風莉さんにも友達が出来た。
これで、ここでの僕の役目は終わりを告げた。
そもそも男である僕が、伝統ある女学園の女子寮に住み続けるだなんて間違っている。
最初から分かっていた。今まで、風莉さんの善意に甘えていただけなんだ。
皆を騙し続けるのも心が痛いし、このまま間違った事をしていたいとも思わない。
皆が出払っている時を見計らって、私物を詰め込んだキャリーバックを引きずって、寮を後にした。
勢いで寮を出てきて呆然とする。
天涯孤独。
行く宛てがない。頼れる人もいない。
一体、僕はどうすれば良いのだろうか? 何処へ行けばいいのだろうか?
近くにある公園のベンチの上で、考える。少しなら、お金はある。今日の所はビジネスホテルにでも一泊して、そこで考えようか。
春先だけあって、まだまだ外は肌寒い。
僕は間違っていない。
僕は正しい事をした。これ以上、風莉さん達に迷惑を掛けられない。
それだけは間違いなく事実だ。
その筈なのに……胸がぐっと締め付けられる。こんなに苦しいのは、お婆ちゃんが死んだ時以来だ。
結局は、何も残っていない。僕の周りには、誰もいなくなってしまった。
女装して女学園に通っていた変態の僕だ。至極、当然の結果なのかもしれない。
罰が当たったのだ。
見上げれば、空には丸いお月様が浮かんでいる。
誰もいなくなった――というのは間違いだ。むしろ、僕自身がいなくなったのだから。
勝手に出てきてしまって、風莉さんには悪い事、したかな。
でも、僕の正体が男の子だって事が発覚した場合、一番迷惑が掛かるのは理事長である風莉さんだ。
学園が存続の危機に立たされるかもしれない。
卒業までの二年間、厳密には二年を切っているけれど、そんなにも長い間、隠し通せる自信が僕にはない。
女の子達は良い匂いがした。短い間でも、性欲でムラムラしてしまった。
下手をすれば理性の鎖が外れて、誰かを襲ってしまうような、最低な人間になっていたかもしれない。
男なのに女学園に通うだなんて、土台、無理な話だったのだ。
足が重い。身体が重い。全身が――重たい。
ベンチから立ち上がるだけで、体力を消費する。
風莉さん、柚子さん、ひなたさん、望結さん、七海先生。
もしかしたら、皆が僕の事を探しに来てくれるんじゃないか。
なんて、淡い妄想を抱いてしまう。
いや、優しい皆の事だ。きっと、僕の事を一生懸命に探してくれている事だろう。
太ももを平手で叩いて、気合を入れる。
こんな近くの公園に居たら、すぐにでも見つかってしまう。見つけられる為に、僕は寮を出て来たんじゃない。
間違っている事を正す為に出たんだ。こんなところで見つかったらいけない。
零れ落ちそうになる涙を引っ込めて、前を向く。
飛鳥湊、女の子を恰好をしていても、お前は男の子だろ?
しっかりしないでどうするんだ。
行こう。これからは何でも、自分一人でやらなければならない。一人で、生きて行かなければならない。
ただ、その前に。
僕なりにケジメだけは、きちんと付けておかなければ。
「今まで、ありがとうございました。短い間でしたが、お世話になりました」
寮の方に向かって頭を下げる。
今度こそ、これで本当に終わりだ。
色々とドタバタしていたけれど、楽しかった学園生活。
後ろ髪を引かれるが、戻るつもりはない。戻って良い存在ではないから。
「夏が近いから、北の方にでも行ってみよう」
皆が喜んでくれた料理での仕事なら、何とか稼げるかもしれない。
住み込みで働けるところが、あると良いな。
月明かりの下で、早歩きで立ち去る僕。
キャリーバックの転がる音だけが、妙に耳に届くのであった。