ある日、母親が感極まったように泣きながら「大事なお役目に任じられた」と私に言った。
家が家だし、とても重要なお役目らしいので、私も嬉しかった。誇らしかった。
怖くない、なんて言ったら嘘になる。だって、お役目の途中で死ぬかもしれないと教わったから。何てったって相手はウイルスから生まれた得体の知れない超変異生命体だ。
でも、頑張る。
だって私は──勇者になったんだから。
*ㅤ*ㅤ*
「それじゃ、いってきまーす!」
朝。私──高嶋小春はいつものごとくお手伝いさん数人に見送られて家を出た。私の家は大赦の中でも2、3を争う程の力を持った家、高嶋家である。当然のようにうちは沢山のお手伝いさん達を雇っていたし、私が物心つく前からのお手伝いさんも複数人いるので、既に彼女達は私にとって家族みたいなものだった。
ランドセルを揺らしながら、通学路を1人進んでいく。お手伝いさんに頼めば車で送迎してもらえるし、実際、人によってはそうやって来ている者もいるが、私は普通に自分の足で歩いて登校するのが好きだった。
いつも一緒に登校している友人達を見つけ、声をかけて合流する。昨日何をした、だの、今日は何をする、だの今日の授業は何々があるから苦手だ、だの数時間後にはすっかり忘れてしまっているような取り留めのないことを話している内に、すぐに私が通っている学校が見えてきた。
おはようございます、と入口にたっている警備員さんに頭を下げると、相手もにこやかに返してきた。少しそこらを見渡せば、あちらこちらに警備員さんや監視カメラが設置してある。この学校のセキュリティは万全なのだ。
私の通う神樹館は、世界の全てである神樹様の名前を冠するだけあって、四国内随一のお嬢様学校。しかし、お嬢様、と言ってもやはり小学校で、そんなにお固い感じではない。私は、そんな学校の雰囲気が大好きだった。
自分の教室──六年一組へと入り、自分の座席へと向かう。椅子に座り、ランドセルの中に入れておいた教科書を取り出して机の中にしまった。右隣の席の友人はまだ来ていないようだったので、他の友達と会話を楽しむ。
「はわわっ! お母さんごめんなさい!」
突然の大声。クラス中の視線が今しがた寝ぼけて立ち上がった少女──乃木園子へと向かう。当の本人はと言えば「はれ? 家じゃない」と辺りをキョロキョロと見回し、周りの視線に気付いたのだろう、照れてまた、座り直す。
私と彼女は家柄の関係で昔からある程度の面識はある。いろんな意味で彼女らしい行動に、私はクスリと微笑んだ。
「乃木さん、ここは教室で、朝の学活前よ」
そんな園子にそう冷静に突っ込んだのは、鷲尾須美。私や園子と同じお役目についている、少し生真面目な女の子。
⋯⋯実を言うと、私は彼女が少し苦手だ。彼女が、というより、真面目な雰囲気が、と言った方が正しいだろうか。基本的に私がフリーダム気質なため、真面目な彼女にしばしば注意される事があったことも、その理由に含まれている。
だが、最近は合同練習も近付いていることもあって、私からも頑張って鷲尾さんへと話しかけてみている。結果はあまり芳しくはないけれど。とほほ。
私が少し途方に暮れていると、授業の開始を知らせるチャイムが鳴り、担任の安芸先生が教室へと入ってきた。
⋯⋯と、思った途端に、ドタバタと廊下を走る音。
「はざーっす! ま、間に合ったぁ⋯⋯」
「三ノ輪銀さん。間に合ってません」
今しがた教室へと駆け込んできた少女──三ノ輪銀が出席簿で頭を軽く叩かれる。時代が時代ならこれも体罰問題へと発展したかもしれないが、神世紀298年現在、体罰は軽度のものであればそう咎められるものではなくなっている。
叩かれてわざとらしく痛がった後、銀は私の隣の机へとランドセルを置くと、ふう、と一息ついて椅子に座った。
「おはよー、銀ちゃん。今日はどうしたの?」
「おう、おはよ。ま、六年生にもなると、色々あるんさー」
「あはは、何それー」
お互いに軽く笑い合い、授業の用意を始めようとランドセルを開けたところで──
「⋯⋯教科書忘れた」
自分のランドセルが空っぽであることを見た銀が情けない声でそう呟いた。私は軽く肩をすくめる。
「しょうがないなぁ、銀ちゃんは。私の教科書、見せてあげるから」
「おー! サンキュー」
「いえいえ」
そんな会話をしながら私も一時間目の授業で使う教科書を机の中から──
「あれ⋯⋯? これ去年のだ」
「おい」
5年の教科書を取り出し、そして再び何事も無かったように片付ける。
「隣の人に見せてもらおっか!」
「そんな満面の笑顔で言われてもなぁ⋯⋯」
銀はそう呟いて苦笑した。
日直の挨拶が終われば、学校の授業が始まる。
一時間目の授業こそ私も銀も教科書を隣の人に見せてもらわなければならなかったが、二時間目からは私が持ってきた六年の教科書を2人で共有し、授業を受けることでなんとか乗り切った。
お昼ご飯を食べ終わり、長い昼休みに入ると、私と銀はいつものように広いグラウンドへと向かって走り出した。
お嬢様学校とは言え遊び盛りの小学生だ。当然、グラウンドで遊ぶ子も沢山いる。
しかし、私と銀がいると、普通の鬼ごっこは余りすることがない。来るべきお役目のために訓練している私たちは、まず他の友人達とも基礎体力が全然違い、誰も私たちをタッチすることが出来ないからだ。
だから私たちがするのは、専ら球技だ。と言っても、私も銀もかなり強い方ではあるので、大体が別チームに振り分けられるのだが。
今日の遊びはサッカー。私と銀をリーダーにして、五対五に分かれている。今の点数は、二対三。私たちのチームがリードされていた。
しかし、丁度得点のチャンスが到来した。ゴール前にいる私へのマークを上手く振り切れたのだ。パスルートもガラ空きで、これで三対三のイーブンに戻せる──
と思っていたの、だが。
いつまで経ってもボールが来ない。不審に思って視線を上げると、私へと蹴られたボールは空中で停止していた。それどころか、さっきまで一緒に遊んでいた友人達もピタリと動きを止めている。
唯一この時の止まった世界で動いているのは──私と銀、だけ。
「これは⋯⋯っ」
まだ神託で告げられたその時より相当早いが⋯⋯まさか。
私と銀は顔を見合わせ、どちらからともなく頷きあった。
お役目を果たす時が来たんだ、とお互い何も言わずとも察した。ひとまず教室へと向かい、動けているはずのもう2人と合流しなくてはいけない、と。