「ねぇねぇこれ敵がきたんじゃないの!?」
私と銀が血相を変えて教室へと駆け込むと、やはりと言うべきか、須美と園子はこの止まった時間の中でも動けていた。⋯⋯園子は机に顔を伏せてピクリとも動かないが、多分止まってない。動けている。動けている⋯⋯はずだ。
少し私が困惑していると、須美は私たちが動けることに尚更現状への理解を深めたようで、
「三ノ輪さん、高嶋さん⋯⋯2人とも動けるんだ」
「うん、鷲尾さんも動けるんだ。小春、やっぱりこれって⋯⋯」
銀が私に問いかける。私は小さく、だが確かにコクンと頷いた。
「うん、お役目の時間だ」
そう──時間停止は、お役目開始の合図。私たちは安芸先生からそう教わっていた。⋯⋯と、その時、つい今まで机に突っ伏して快適な睡眠ライフを過ごしていた惰眠を貪っていた園子が身体を起こした。
「ふぁーあ⋯⋯。あれ、また寝ちゃってたぁ⋯⋯?
あれ? あれあれあれ?」
そしてあたりを見回し、ただならぬ雰囲気を感じとったのだろう、幾度か目を瞬かせると──
「夢かぁ」
また顔を伏せた。あやとりの天才である某小学生もかくやの寝付きの良さで、すぐにすやすやと規則正しい寝息を立て始める。
「「「寝るなー!」」」
3人息の合った総ツッコミ。「はぅあ!?」と間の抜けた声を出し、園子が夢の世界から帰ってきた。
須美が小さく咳払いをし、緩み始めた空気を再び引き締める。気を取り直し、私たちは現状を整理した。
時間が止まった後に起こることは、確か
「神樹様によって結界が張られるんだよね。えっと、何だったっけ⋯⋯"神樹化"?」
うろ覚えの知識を私が披露すると、須美は頭痛がするように頭を抑えた。その反応を見て察する。どうやら、私の知識は間違っていたらしい。
「神樹様になってどうするのよ⋯⋯。神樹様による、大地の"樹海化"、よ。もう何回も教わったでしょう?」
「アタシたちが勇者になって、やってくる敵を追い返せばいいんだよな」
銀が小さく呟いて、袖を捲る。
そして、それとほぼ同時に世界を白い光が包み、そして塗り替えた。
数秒間が経ち、光が収まると、私たちの前には"樹海化"した四国が広がっていた。家屋も学校もほとんど全てが樹木に変わり、その原型を留めていなかった。言うなれば、樹木の国である。
銀が周囲を見回して、呟く。
「うーん、もはやどこがどこなのかさっぱり分かんないね、全部木だ⋯⋯。ねぇ、鷲尾さん、イネスどこかな」
「こんな時にイネスの心配しなくても」
須美は呆れながらも律儀につっこみ、軽いやりとりを幾つか交わした。
イネスとは、昔から駅前にある巨大なショッピングモールの事だ。色んな店があり、基本的に何でも買うことが出来る。銀はそんなイネスが大のお気に入りで、自らをイネスマスターと呼ぶほど通いつめていた。
「あ、ねぇ。大橋は、完全に樹海化しきってないよ〜」
とても大きな橋を園子が指さし、全員がそちらを向いた。なるほど、確かに軽く根が張っている程度で、大部分は原型が残っていた。私たちのお役目は、あの橋の向こう側からやって来る敵を撃退することであるため、その位置が分かるのはありがたいことであった。
「じゃ、そろそろ⋯⋯!」
銀が懐から、携帯端末を取り出した。須美、園子、小春も後に続く。お役目を果たすために4人にだけ配信されているアプリを起動させ、その姿を勇者のそれへと変換させる。
銀は、赤を基調とした衣装に、本来なら両手で持つほど大きな斧を二刀。
須美は、青を基調とした衣装に、弓。
園子は、濃紫を基調とした衣装に、普通の物よりも刃が多めについた槍。
私は、濃いめの桃を基調とした衣装に、小柄な体型には似合わない巨大な戦槌。
皆の姿をぐるりと見回し、園子がのんきに呟く。
「わー、皆の衣装初めて見たけど、可愛い〜」
「そう言えば合同訓練まだだったもんねー。お互いに初めてのお披露目か。園ちーのも可愛いね」
私が笑うと、須美は真面目な表情で頷いた。
「敵がご神託よりも早く出現してしまったから⋯⋯」
「まあ、大丈夫だろ」
銀は自信満々にそう言うと、大橋へと向かって大きく跳躍した。神の力を纏った少女達の基礎能力は、元々の状態と比べても大きく跳ね上がっている。数十メートルを跳躍することも容易であった。
突出気味に大橋へと向かった銀を追って、私、園子、須美も順に後に続く。
それは、橋の向こう側から出現した。例えられる物がこの地球上には無い程に異質な、とても巨大なバケモノ。
十メートルはあろうそのバケモノは、"バーテックス"と呼ばれる存在だ。
人を襲い、この世界全ての恵みである神樹様の破壊を目的とする、人類の敵。通常の兵器はほぼ効果がなく、神の力を宿す勇者にしか対抗できない。
「よしっ、じゃあやろっか!」
「おうっ!」
銀と顔を見合わせて頷くと、私たちは地面を蹴った。
バーテックスの撃退に長い時間が掛かれば掛かるほど、現実世界に悪影響が出る。その被害を軽減するためだ。
「駄目! 先に牽制して、手の内を見ないと⋯⋯!」
須美が慌てて援護射撃をする前に、バーテックス側が動きを見せた。頭の先端部分から生成した液体の数多の塊を、私たちへと放ってきたのだ。
「えっ、ちょっと、待っ⋯⋯あうっ!」
私の武器では小回りが効かず、複数個は弾いたものの数に押し切られて吹き飛ばされた。地面に激突し、激しい衝撃を受けた。
「うわ⋯⋯っとと! 何だこれ!」
銀は何とか器用に避けていたものの、やはり数に呑まれ、吹き飛ばされる。
「はるるん! ミノさん!」
園子の心配の声に私は手を挙げて無事を伝えた。私と銀の戦闘衣装は、近接用にタフな作りになっている。これぐらいでは、何の問題も無い。
「大丈夫! でもちょっとこれ面倒だな⋯⋯」
私の武器は当てられれば大ダメージを与えられるはずではあるものの、近付くまでがまず難しい。
銀も私と比べればマシながらも同じ様子だった。
「あぁー、もう!」
銀が苛立たしげに叫んだその時、須美の放った矢がバーテックスの表面に突き刺さった。爆発を起こし、表層の部分が割れる。
しかし、ぐにゃりとその部分が歪んだかと思うと、次の瞬間には元の通りに戻っていた。言うなれば、まさに"超再生"である。バーテックスの特性の一つで、私たち撃退する側からすればご勘弁願いたいくらい面倒な能力だ。
「む、むむぅ⋯⋯」
私は思わず腕を組んで唸った。
須美の矢では火力が足りず、私と銀では近付けない。
残るは園子なのだが⋯⋯と、私が園子の方を見たその時。
「あっ! ぴっかーんと閃いた!」
園子がそう言い放った。