∞→0・ストラトス   作:さんばがらす

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比較的早くにじわ投稿できてうれしいです。




黒い雨・稲光る雷鳥

箒との会談から一晩明け、いつものように出勤したIS学園教員室では、ある話題で持ち切りだった。

 

学年別トーナメント

 

「……なんだそれは」

 

そろそろそんな時期か、と呟いた千冬に対し、ゼロは訝しげだ。

 

「学年ごとにトーナメント形式で模擬戦をする大会だ……演習相手の生徒から聞いたりしていないか?」

 

「……いや」

 

そう言いつつ、ゼロは最近の演習の様子を思い出していた。

 

最近の『放課後ゼロ演習』の生徒たちは、まるで巨獣を仕留めんとする猟犬のような雰囲気で以ってゼロ打倒を息巻いており、始まった当初こそあった生徒側の『甘さ』は消え去っていたために、無駄口など叩かなくなっていた。

 

生徒たちからすれば「そこそこに戦ってあとは質疑応答だろう」といった従来の対教師演習の定石(主に真耶などがこれに当たる)が通じなかったための措置であり、彼女らが不真面目だったわけではない。

 

そして決定的だったのはレヴィアとの一戦である。

普段は冷めた態度でひたすら己を磨く彼女が、燃え盛るような情熱でゼロに挑み、二年最強である楯無も舌を巻くほどの技量と速度を見せたにもかかわらず、ゼロはそれを(専用機こそ使ったものの)すべて受け切り、勝利したのだ。

 

……その時の損傷でレヴィアは学年別トーナメントに出場できなくなってしまったが、彼女は少しも悔やむ様子はなかった。むしろ悔やんだのは彼女打倒を目指す一部の物好きだけであった。

 

この一見以来、生徒たちはこの演習を、圧倒的な実力差を持つ相手にどれだけ食らいつけるか、自分の戦闘技能が『格上』にどこまで通じ、どう対処されるのかを、教えられるのではなく学び取るものであると理解したのだった。

 

しかし、この演習に否定的な意見を示す教師もいる。山田真耶などがそうだ。

彼女たちの言い分は、生徒が小手先の戦闘テクニックばかり器用になって『強くなった』と勘違いする可能性があり、基礎練習を疎かにし兼ねない。という、生徒を慮った危惧からであった。故に、現在この演習は二年以上の成績上位者の中でさらに教師に許可をもらった一部の生徒にしか申請資格はない。

 

例えば、射撃精度がこれの最たる例である。地道な射撃訓練によって培われるそれは「当たらなくてもばらまけば牽制にはなる」という、実戦的運用法と言えば聞こえはいい詭弁によってないがしろにされがちである。といっても、本来の牽制とは『当たる』弾がばらまかれることによる牽制効果であり、それを理解していない生徒たちには『ゼロ演習』への申請許可は下りていないのだが。

 

――閑話休題。

 

「最近は男子が入ったためにいろいろな噂や憶測が生徒たちの間で飛び交うこともありましょうが、私達教師陣はいつも通りに男女分け隔てなく接してあげましょう」

 

時は少し進み、朝の教員会議のようなものを教頭がこの言葉で締めくくって、担任を持つ教師たちがHRに向かった。

 

・・・・・・・・・・・・・・

 

案の定、教頭の言うとおりに、とある噂が一年生を席巻していた。

 

――トーナメント優勝者は織斑一夏と交際できる。――

 

噂はあくまで噂であり、大多数の生徒はそのことを理解していたが、学内の雰囲気は『優勝者になれば告白しても抜け駆けにはならない』といった程度の方向に流されつつあった。

そこに一夏本人の意思は全く介在していないことは疑うべくもない。

 

「ふん。下らん。皆、学園に何をしに来たのだ」

 

一年生の間に漂う甘ったるい雰囲気に辟易したハルがぼやく。

 

「若いのに勉強ばっかりしてるのもどうかと思うけどねぇ? 命短し恋せよ乙女、ってことで、皆生徒である前に一人の乙女なんじゃないの?」

 

「そんなに織斑がいいのか」

 

「いや、この人気はマーケティングの勝利だね。織斑くんがこの学園の女子のニーズにがっつりジャストミートしてるのが悪い」

 

共学上がりも女子校上がりも、おぼこい者もそうでない者も、等しく好感が持てる顔と態度、罪な男だねェ、とそのぼやきを聞いていたクラスメートが続けた。

彼女もハルと同じく織斑一夏になびかない、一組女子としては異端な部類だった。

 

「逆に、シャルル君はひ弱そうに見えて意外と女慣れしてるみたいだから、今こそパンダ状態でちやほやされてるけど、多分織斑くんほど燃え広がらないんじゃないかな、その分カルトなファンが出来そうだけど」

 

「……お前は一体何を言っているんだ……?」

 

「なに、掛け算好きが高じてしまっただけさね」

 

そういって、クラスメートは噂の出所を捜索するためにハルとは離れた集団に向かった。

そもそも『掛け算』の意味も分からなかったハルが嘆息して授業の準備をしていると、セシリアがやってきた。

 

「ハルさん、よろしくて?」

 

「何か」

 

「今日、放課後アリーナの使用許可を取ったのですが、私とご一緒に機動修練でも致しませんこと?」

 

模擬戦の一件以来、セシリアをハルはちょこちょこ二人で訓練をしていたり、挨拶や世間話などをする程度には仲良くなっていた。

 

「いいだろう。他の候補生にも声をかけるのか?」

 

「いえ、その……ハルさんは噂の事はご存じ?」

 

同じ相手とばかり訓練していては変な癖がついてしまうことを危惧したハルが鈴音や簪を挙げようとしたとき、セシリアは所在無さげに問い返した。

 

「勝ったら交際、というヤツか。興味はないがさっき知った」

 

「私も……クラスの皆さんと同じように、一夏さんをどこぞの輩に渡す気はありませんので」

 

そういえばセシリアは織斑に惚れているんだったな、とハルは思い出した。そして、同じく一夏に首ったけの箒と鈴音のことを考える。

傍から見れば、さっさと告白してしまえばいいのにと思うが、本人たちは変なところで意固地になっており、一夏を自身に惚れさせようと躍起になっている。

 

「なら、織斑とデュノア、ボーデヴィッヒも誘うべきだな。一年生の実力を見るに、脅威になるのは他クラスの専用機持ちだけだろう」

 

「ですがボーデヴィッヒさんは……」

 

故に、一夏に全く興味のないハルのような生徒なら、優勝しても問題ないため別にいくら手の内を見せようが構わないだろうと候補を挙げたが、セシリアは少し困ったような表情を浮かべた。

なぜならラウラは転校初日からクラスメートたちに冷たく当たったため、半ば孤立していたからだ。

それに彼女は、セシリアの慕う一夏にあまり良い感情を持っておらず、むしろ憎んでいるとさえ言え、それがさらにセシリアへ悪印象を強めていた。

 

「現状、彼女が一番優勝に近い。目的のためならば私情は挟むべきではないと思うが……そんなに苦手ならば私が誘って来よう。セシリアは後の二人を頼む」

 

「……わかりましたわ」

 

もしラウラがセシリアや一夏ともめそうならば、自分とラウラだけで少し模擬戦でもして、セシリアは一夏とシャルルの二対一で戦ってもいい訓練になるかもしれない。という風に考えていた。

 

 

 

「いいだろう。付き合ってやる」

 

ハルの誘いにラウラは二つ返事で了承した。このことにハルは驚き、ラウラへの評価を改めたが、それはすぐに裏切られることになった。

 

・・・・・・・・・・・

 

「中国の『甲龍』に、英国の『ブルーティアーズ』……カタログスペックは一流でも、操縦者が三流ではな」

 

男子は更衣室が一つしかなく、少し遅くなるとの連絡を受けたセシリアは、まだ着替え中のハルとラウラを待つ間、偶然一緒になった鈴音と軽く模擬戦でもしようか、などと話していた時にラウラの奇襲砲撃を受けた。

 

砲撃自体は回避できたものの、その時の二機の動きを見てラウラはそうのたまった。

 

「ハルさんの手前、あまり貴女と揉めたくはありませんが……交戦の意思がお有りで?」

 

「言葉には言葉で、鉛玉には鉛玉で。セシリア、言葉より先に鉛玉飛ばすような奴に言葉は要らないわよ」

 

不意打ち気味に大口径砲をぶっ放すというまるきり非常識な行動に二人は憤慨し、セシリアはレーザーライフルを、鈴音は衝撃砲を展開し臨戦態勢を取った。

 

「どうした。怖気づいたのか? 何なら二人まとめて掛かってくるがいい。下らん男に媚びる軟弱者どもなぞ、何匹いようが同じことだ」

 

ラウラは人を小馬鹿にしたような笑みで、二人をさらに煽った。

思い人を悪しざまに言われたことで、二人の怒髪は天を衝いた。構えられた武装の引き金が引かれ、光条と不可視の衝撃弾が『シュヴァルツェア・レーゲン』へ向かい、ラウラも肩部大口径砲を発射した。

 

――おい、私抜きで始めるなんて水臭いじゃないか。

 

砲弾と光条、衝撃弾がぶつかる瞬間に、翠緑の機影がそこに割り込みその攻撃のすべてを迎撃して見せた。

レーザー、砲弾はどちらも光剣の二刀『轟雷』で、不可視の衝撃弾は電磁加速砲『秋雨』で迎撃した翠緑の機影――『打鉄隼式』を纏ったハルは、戦闘の出鼻をくじかれた三人を交互に見、非固定浮遊部位(アンロック・ユニット)である『秋雨』に稲光を纏わせながらいつもの世間話のようなトーンで話しかけた。

 

「ボーデヴィッヒ、クラスメートの悪口とは感心しないな。ドイツには思いやりや遠慮はないのか?」

 

「そんなものは全体主義とともに死んだ。本当のことを言って何が悪い?」

 

「ならば言葉を返そうボーデヴィッヒ……三流の貴様が駆る『シュヴァルツェア・レーゲン』なぞ、第一世代にも劣るぞ」

 

……所詮はドングリの背比べなんだ、お前も、この二人も。

ハルはそう続けつつ、セシリアと鈴音に「ここは私に任せてくれ」という通信を送っていた。

 

「ずいぶんと大きな口を叩くな、『2.5世代(出来損ない)』の分際で」

 

ハルの言い方では、自分はお前たちとは違って三流ではない。と言っているようにも取れた。

 

「陳腐な表現だが、『性能の差が、戦力の決定的な差でないことを教えてやる』……とっとと来い」

 

ハルがニヤリと笑ってことさら火に油を注いだところで、『シュヴァルツェア・レーゲン』の大口径砲が火を噴いた。




とりあえず今書いてる本編の短編(サブタイのみ)
273.15→0・ストラトス(誰VS誰ってのは秘密です。たぶん秘密になってないです)
アフターシエル編(仮)
龍と蜘蛛と金の夜明け(仮)
BADルート「龍は自らの羽根を喰らい、世界へ堕ちる。私は世界蛇(ヨルムンガンド)」

↑多分、どんな話かすぐわかっちゃうと思います。はい。

じわ「お前はリアルにもっと注力しろ。「しゅ」で始まる過酷な夏イベと、「け」で始まる一年継続イベはもう始まってるんだぞ」

……はい(泣)
故に、じわはなるべく早く投稿しようとは思いますが、気長にお待ちください。

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