∞→0・ストラトス   作:さんばがらす

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筆が乗ったので少し早いじわ、後悔はしていない。


狂気と恋心

ファントムを退け、やっとこさ第三アリーナに到着した千冬は、夜間照明の落とされたアリーナの中央にIS姿で立っている女生徒を見つけた。

 

「こんばんわ…………織斑先生」

 

女生徒は千冬を一瞥し、目的の人物ではないことを確認、明らかに落胆したように千冬の名を呼んだ。

 

「お前なのか……オルコット二年生」

 

――レヴィア・オルコット

 

札付きの悪、というほどではないにしろ、授業中の素行不良の目立つ生徒であった。そのくせ成績だけは一流で、暇さえあればアリーナにこもってIS操縦の自主練をしている。常に模擬戦の相手を探しており、クラス学年問わずいろいろな生徒に対して模擬戦を申し込み、コテンパンに伸した後、一言的確なアドバイスを与える。というとても「よく分からない」生徒なのであった。

 

「その通り、愚妹がお世話になっております」

 

形ばかりの社交辞令、その後、彼女は最初に千冬を見てからの落胆を隠す気もなく深くため息をついた。

 

「……手紙を見たぞ」

 

そういって千冬は懐から先ほどの手紙をとりだしてレヴィアに見せた。

 

「ハァ……他人宛の手紙を先に見るなんて、あまり褒められたものではありませんよ?」

 

彼女は深いため息をもう一つつき、落胆の色をさらに強めた。

 

「宛名ぐらい書いておけ、馬鹿者。それに、部屋には鍵がかかってたはずだが?」

 

アナログとデジタルの二重施錠だったはずだ。そう簡単に破れるものではないし、第一ピッキングなどしたら鍵が壊れて二度と掛からなくなってしまう。

 

「乙女には、秘密は付き物ですよ。織斑先生……それに、私はしっかり彼(・)の部屋に届けたはずなのに、なんで織斑先生が先にそれを読んでなおかつ持って来ちゃうんです?」

 

世界最高峰といわれるIS学園のセキュリティを、一部とはいえ突破しておいて、『乙女の秘密』で済まそうという魂胆に若干呆れると共に、千冬は、彼女がある事実を知らないことに気付いた。

 

「それは私とゼロは相部屋だからだ」

 

彼女の知らなかった事実を伝えながら、千冬は考えをめぐらせる。

レヴィアは千冬とゼロが相部屋であるという事実を知らなかった。ということはつまり、あそこがゼロの部屋であることしか知りえなかったということでもあった。

そもそも、ゼロの部屋自体、まだ生徒達には公表されておらず、本人達を尾行でもしない限り……

 

「そうかお前、夕方に私とゼロが別れたときにゼロを尾行(つけ)たな?」

 

「ご名答、ま、つけたのは私じゃなくてファントムだけど」

 

私だったらあの人にばれちゃうし、といってレヴィアは勝気な笑みを浮かべる。

 

「ファントム……さっきのエセ忍者か」

 

「そう、それで織斑せんせはどこまで知ってるのかしら?」

 

さっき聞いたばかりの名前に、千冬は複雑な表情を浮かべ、それを見たレヴィアは最初の敬語から、大分砕けた話し方で問うた。

 

「そういうお前はどうなんだ。『理想郷の妖将』と名乗っておいて、ただのゼロのファン、という訳ではないだろう」

 

おそらくそれは、ゼロの世界のものが見れば一発で分かる『通り名』のようなものであると千冬は考えていた。それを知っているということは、ゼロの世界の人間である可能性が高い。

 

「私? フフフ、知ってるわ……全部、全部」

 

――死ぬほどタイクツだけど、それだけでは死ぬことを許されない世界

 

「あの世界のことも」

 

――その中で見つけた。唯一の愉しみ

 

「あの人のことも」

 

――けれどそれ(彼)は、既に自分のものではなくて

 

「あの忌々しい女科学者のことも」

 

――交わされる刃のみが、彼との逢瀬だった。

 

彼女は、猟奇的に笑った。

 

・・・・・・・・・・・・

……手に入らぬのなら、壊してしまえ。そうすれば、永久に誰のものにも出来ない。

 

……そんなことをしてしまえば、二度と彼とは戦えなくなる。彼との戦い(逢瀬)は、愉しい。

 

二律背反した思考は、彼の圧倒的な強さによって絶妙なバランスを保ち、次第に彼女を狂わせていった。

 

……

「たとえ世界が滅びても、貴方さえ倒すことが出来れば、私、幸せなの……」

 

……

「……私は、どんどん愚かな女になっていく……貴方と戦うこと以外、考えられなくなっていく、でも…………幸せよ」

 

義務よりも世界よりも、何よりも彼を壊す(戦う)ことに傾倒してしまうほどに……

・・・・・・・・・・・・

 

彼女の狂人めいた笑みに千冬は気圧された。

当初、千冬は彼女が件(くだん)の「シエル」なのではないかと思っていた。

 

だが、そんな思考は彼女の笑みを見たとたんに吹っ飛んでしまった。

千冬は思わず問う。

 

「お前は……一体“何”だ?」

 

「ネオアルカディア四天王、蒼海の海神・妖将レヴィアタン。彼の敵だった女よ」

 

「!!」

 

ゼロの敵、と聞きとっさに抜刀しようとしたが、刀がなぜか鞘から抜けなかった。

手元を見ると、鯉口の部分が氷塊によって接着されていた。

 

「残念、細工をさせてもらったわ。でもISに生身で挑むって……貴女ほんとに人間なの?」

 

レヴィアは、ISを纏った存在に平然と刀を抜こうとしていた千冬の豪胆さに驚いた。

刀一本で勝つつもりでいたらしい、この世界最強の兵器に。

 

「でも安心して、今すぐに彼をどうこうするわけではないの……私はただ、本気の彼に勝ちたいだけ。今のところは……ね?」

 

もう用はないとばかりにレヴィアはISを解除してISスーツ姿になり、寒っ! やっぱり人間って不便ね。といって立ち去ろうとした。

 

「おい待て! お前……レプリロイドなのか?」

 

聞き捨てならないことを聞いた、といった様子の千冬が呼び止める。

 

「……質問の多い女は嫌われるわよ織斑先生。それに、私はれっきとした人間。昔と違ってね」

 

うんざりしたように肩をすくめながら放った彼女の言葉はつまり、昔はレプリロイドであった。と肯定したようなものだった。

 

「どうしてかは聞かないでよね。そんなの私にだって分からないもの」

 

「……」

 

レヴィアに次の言葉を見透かされるようにして出鼻をくじかれ、千冬は押し黙った。

 

「それに……それを聞くってことは、彼はレプリロイドのままなのね……面白くなってきたじゃない」

 

彼女の声に喜色が満ちた。

 

「あと、言い忘れてたけど」

 

――ゼロの味方を気取るのも結構、でも……今度私の邪魔をするなら、命を捨てる覚悟をしてからになさい。

 

友人同士のような気軽な調子から一転、発されたのは氷点下の恫喝だった。

 

「その刀みたいになりたくなかったら、二度と邪魔をしないことね」

 

そういわれて、千冬は腰に佩いた刀を見る。

鯉口の部分にしかなかった氷が、刀全体に広がって奇怪なオブジェと化していた。

 

――単一能力(ワンオフアビリティー)のみの、部分展開。

世界が度肝を抜くような操縦を、彼女はやってのけていた。

 

「……私には、ゼロがお前と戦うとは思えんがな」

 

「なんですって?」

 

捨て台詞のように言った千冬に、今度はレヴィアが食いついた。

 

「あいつの戦う目的から言えば、『敵』でなくなったお前と本気で戦う理由など存在しないし、仮にそうなったとして、お前はその後何がしたいんだ?」

 

戦う理由がないなら、作ればいい。

だが、千冬の投げかけた「その後」という問いに、レヴィアは咄嗟に答えることが出来なかった。

 

「……」

 

負けたのなら、また挑めばいい。

だがもし、仮に、百歩譲って、万が一億が一……ゼロに勝てたとして、その後はどうするのか、レヴィアは今の今まで考えたこともなかった。

以前の世界なら、勝つ=壊すに直結したが、この世界では違う。

無論、壊れるまで戦うことも出来るが、ISの絶対防御の関係で、壊すのはとても骨が折れる。

 

それに、『壊す』理由でもあった。ゼロがご執心のあの女科学者はこの世界にはいない。

――つまり、ゼロの中の、あの女が占めていた部分に、自分が入り込み蚕食することも不可能ではない――

 

「――っ!」

 

ボンッ、と音が出そうなほどに、レヴィアの顔が急速に紅潮した。

耳まで赤くなった彼女は千冬に背を向け、ぶつぶつと小声で呟き始める。

 

「おい、どうし……」

 

「わ、私は! ゼロに勝って、ゼロを私のものにする! 貴女やあの女なんかに、ゼロは渡さないわ!!」

 

声をかけようとした千冬を遮って、レヴィアは早口で言い、興奮冷めやらぬ様子でアリーナの出口に猛スピードでかけていった。

その様子は、もはや恋する乙女のそれであった。

 

レヴィアの豹変振りに毒気を抜かれた千冬は、追いかけることを忘れて立ち尽くし、彼女が見えなくなってしばらくしてから我に帰って、とぼとぼと帰路に着いた。




レヴィア、ヒロイン入り、という名のカリスマブレイク。

次回:一夏「ガタッ」

じわまで気長にお待ちください。

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