アンジュ・ヴィエルジュ *Skyblue Elements* 作:トライブ
少し前に時間を遡る。
「いやー、どもども。
と、制服姿に、なぜか腰にリボルバー銃を下げている少女が言う。
「あ、あの……すみません! 美海ちゃんに来て欲しいと言われたので……あ、わ、私、
と、か弱い小動物を連想させる、薄幸の姫君のような少女が言う。
「お初にお目にかかりまする。拙者、
と、日本人なら誰がどう聞いても忍者としか思えない少女が言う。
実に、キャラが濃い。
美海の連れてきた子は3人。その3人が全員、濃ゆいキャラクターだったのは少々想定外だった。春樹は引きつった笑顔で挨拶するしかない。
――あいつら、あれはあれで割とマトモだったのかもしれない。
しかし、どうも美海の勘は冴えているらしい。試しに握手してみたら、全員が全員、美海と初めて接触した時の感覚に似たものを覚えたからだ。
「で、春樹くん。連れてきたはいいけど、何するの? もしかして、もしかしちゃうの?」
期待顔の美海。いきなり「プログレスを連れてこい」なんて書いたものだから、きっと色々と察しているのだろう。春樹は「まあ……そんなとこかな」と適当にお茶を濁す。
それから、さてどう切り出したものかと思案し、取り敢えず、
「取り敢えず、ゴハン食べよう。1人1000円あげるから、好きなもん取っておいで」
…………
渡そうとした1000円は全員から拒否され、ファースト・インスピレーションはカッコ悪く決めることになった。そして、ちょっとした小話を交えながら食事をすすめ、全員が食べ終わると、事のあらましを洗いざらい話した。
「……で、ブルーミングバトルに出ることになっちゃったから、プログレスが欲しかったと」
「そうだね……なんとも面目ないけど」
すると、琉花から当然のような質問が出る。
「うーん……でもそれって、2年生か3年生に頼めばいいんじゃね?」
まったくもってごもっともすぎる指摘である。
「俺、
「あ。い、いやいや、別に責めてないよ? でも……」
慌てて手を振る琉花。しかし、琉花、美海、忍の視線が、兎莉子へと向かう。
「あ、あう…………」
話に聞く限り、兎莉子のエクシードは『動物と意思を疎通できる』というものだった。戦闘では役に立たないと、本人も自覚しているのだろう。涙目になって縮こまってしまった。
「ご、ごめんなさい。役に立てなくて……」
「あ、いや。別にいいんだよ。こっちもいきなり呼び出したりして申し訳ないし、それに」
春樹は一旦息を整えて言う。
「ブルーミングバトルとかエクシードの質とか、
それは、今成さねばならないことを無視してでも伝えたい、春樹の本音だった。
去年仲のよかった4人のプログレスの内2人は、戦闘向きではないエクシードの持ち主だった。それでも、彼女らとだって固く絆を結ぶことができた。だから兎莉子とも……と思ったのだが。
「…………っ」
兎莉子は顔を真っ赤にして俯いてしまった。春樹としては「気にしないで」という意味も込めて言ったつもりだったのだが、傍から聞いたら実に恥ずかしいセリフである。他の3人の「何言ってんだこいつ」的なリアクションを見て、ようやく自分が何を言ったかを自覚した。
しかし、あわてて弁解しようとした春樹の心に不意に芽生えたのは、先の自らの言葉に対する反発的な感情だった。
――待て、『固い絆』?
現状、出会ってから1ヶ月程度が経過している美海とすら、未だに距離をとっているのだ。
そんな自分が、この3人とも仲良くなる? 信頼できない――いや、信頼
――いや、違うだろう!
雄馬が言っていた。「大事なのは、リンク率でもチームを組んでからの時間でもない。自分がどれだけプログレスを信じきれるか――そして、プログレスに信頼してもらえるかだ」と。だとしたら、必要なのは信頼したフリじゃない。心からのそれだ。やるって言ったからには、やらねばならない。そうしなければ、向こうも心を開いてくれるわけがない。でも、
――俺は、冬吾に勝ちたいのか?
――それをみんなに強要するのか?
決まりきらない。割り切れない。他人本位で優柔不断、それでいて自己中心的。歪んだ匙が、頭の中に渦巻く要素をぐちゃぐちゃにかき混ぜる。
だからこそ春樹は――弁解の仕方を、口に出す直前でいびつに変える。すると、我ながら整合性のない台詞が出てきた。
「だ、大丈夫だよ。とりあえずチームを組むのは今回だけだし!」
「え?」
その言葉に怪訝そうな声を上げたのは、美海だった。
「春樹くん、他に組めるプログレスいないんでしょ? だったら私たちと組んでよ~。夏にもブルーミングバトルの大会みたいなのがあるんでしょ?」
まあ、琉花ちゃんと忍ちゃんとはリンクテストしてからだけど、と付け足した美海は、春樹の心など何も知らない。対する春樹は……咄嗟に反論ができない。美海の言っていることは、当たり前のように正論だ。普通に考えれば、結成したチームを1回限りで崩すなんてもったいないに決まっている。
春樹がとりあえずで出した結論を、彼女は一瞬で打ち砕いていく。
と、そこに……新たにやってきた姿があった。
「セ、ニ、ア~~っ!!」
「……カレン?」
カフェテリアに入ってきたのは、同学年の春樹ですら一度も見たことのないような至福の笑みを浮かべたアンドロイド――コードΩ33カレンだった。
そのカレンはきょろきょろとカフェテリア中を見回して、
「あら神城春樹。セニアと三島冬吾はどこでございますか?」
探しているものが見つからないと分かった途端に、一瞬で普段通りの無表情に戻るカレンに対し、ちょうどいい邪魔が入ったと春樹はそっちに向かって、
「セニア……って、お前の妹機だっけ。ああ……さっき冬吾が、どこか別の場所で待ち合わせするって言って出て行ったけど」
「な、に…………?」
特に気負いなく答えた春樹の視線の先で、完全に表情が滑り落ちて普段以上の無表情になるカレンは、1年生達が全員ドン引きするようなオーラを発し始めた。兎莉子など、震えてすらいる。いや、1年生だけでなく、春樹すらも背筋に悪寒が走った。
「あの三島冬吾め……いよいよ本性を現したでございますですね……万死……万死に値するでございますですます……」
「あー、カレン?」
カレンは背筋を丸めて俯いたままカフェテリアを出て行った。
沈黙が、場を支配する。
「じゃ、じゃあ、みんなでマシンルームに行こー! ものは試しだし、リンク率、パパッと測っちゃおう! 春樹くん、いいよね?」
「あ……ま、まあ、そうだな」
「よ、よっしゃー、行こうぜ!」
「あ、あう。よ、よろしくお願いします」
「春樹殿が拙者の主人たり得るか、調査でゴザルな!」
結局、微妙な雰囲気のままロクな反論ができずに言葉を濁していたら、美海に主導権を握られ、リンクテストをしに行く流れになってしまった。
こういう時、自分の押しの弱さが嫌になる春樹であった。
とりあえず、冬吾には『カレンが探してたぞー』とメールしておいた。
…………
『ようこそ、デルタラボへ。あ、冬吾さんにセニアさん、それにカレンさん。お待ちしておりました。どうぞお入りください』
「ありがとう、ニーア」
白百合島の北西。冬吾の個人的な先生、デルタのいるデルタラボは、ラボと銘打っていはいるものの、実際のところ彼の自宅であった。
デルタのアシストAI、ニーアは、ドクター・ミハイルのラボの門番AIよりもずっと感情豊かで高性能だ。それもその筈、ニーアはデルタの作成した兵器をサポートする為に存在していた。門の開け閉めしかできないAIとは、モノが違うのだ。
冬吾はここで――個人的に白の世界の兵装について学んでいる。冬吾は昨年アンドロイドと多く触れ合う機会があったため、その兵装に興味が沸いた……のではなく、ひょんなところから知り合ったデルタが、冬吾の才能を見抜き、直々に彼の後継者にするために兵装の技術を教えたのだ。寧ろそのせいでアンドロイドと触れ合う機会が多くなった。
…………
冬吾は頭がいい。非常に、頭がいい。天才だ、と持て囃されてきた。勤勉な性格もあったのだろうが、とにかく物覚えがよく、中学の定期試験の結果は入学から卒業まで全て1位。そういう少年だった。頭の作りが、常人とは異なる存在だと言っても過言ではないのかもしれない。
そういう少年だったからだろうか――彼の両親もまた優秀な人であったが、彼に対して、愛情らしい愛情を見せたことが少なかった。共に研究職に就いており、多忙を極める両親は、彼に対して口を開けば、彼の成績のことばかりを聞いた。そして、自分が優秀であることを伝えると、満足して仕事に戻るのだった。
当然、このまま行けば高校は一流の進学校へと入学し、そこから東大・慶応などに進学する。そして、両親と同じく優秀な頭脳を持つ人間として、技術の発展に繋がる仕事をする。そう、思っていた。
しかし、
成績なんてどうでもいいだろう。もっと僕を見てくれ。
両親に対してそんなことを口にしたことなどなかった。聡明な彼の理性が、そんなことをしても無駄だ、とはっきり告げていたからだ。
でも。友人の家に遊びに行って。
羨ましかった。そういう風な両親の元に生まれたかった。両親に不満は無い。だけど、
それの感情は、
プログレスとαドライバー。その関係性を――多くのプログレスが1人のαドライバーに付き従うというものを――聞かされるたびに、口では「そういうのもいいかもね」と適当に言い。
心の中では、言いようのない、激烈な羨望が渦巻くのだ。
1人でもいい。多くは望まない。僕を愛して。
冬吾が、その温和な性格と天才的な頭脳に反して抱いていた感情は、狂おしいまでの『愛』への飢餓だった。
だからこそ、
冬吾の両親は、言ってはなんだが前時代的な人間だった。世界接続など不要。青蘭学園の存在をあまり快く思っていなかった。
冬吾の両親に限らず、そういう人間は一定層存在している。プログレスまたはαドライバーとその関係者、及び青蘭諸島内での仕事に従事する人間以外は、一切の渡航が禁止。ブルーミングバトルの映像を全世界へと放送しているとは言え、青蘭諸島に渡る権利を得た人間は、例外なく身辺調査から血統調査までされ、不適切ならば渡航はできない。留学生に関しては、さらに厳しいテストもある。そんな過ぎたる閉鎖性が反発を生むのは、当然のことだった。
だから、両親に事実を伝えようとしたとき、冬吾は内心恐怖を抱いていた。
当然のごとく両親は反対した。
子供を、自分たちの用意したレールに乗せて将来へと導く。その教育方針は、ひょっとしたら間違っていないのかもしれない。子供の、将来の安定を願ってのことならば……しかし、冬吾はもう嫌だったのだ。
僕は、あなたたちの人形じゃない!
冬吾は生まれて初めて、泣きながら慟哭した。
そして、両親との話し合いが
冬吾は、半ば両親から勘当される形で青蘭島へやってきた。
「お前なんか、もういらない」
そう言った時の母親の顔は、なんだか非人間的に見えて、ぞっとした。
正直、清々していた。今までデフォルトで自分を縛り続けていた鎖が解けた時、冬吾が感じたのは、勘当された悲しみよりも、解放されたことへの喜びだった。後から思い出して、自分はなんて傲慢で非情な奴なんだろう、と悩みもしたが。
青蘭学園では、かけがえのない友人が2人できた。1人は春樹。今でも大事な親友。もう1人は、自分を磨くためにと黒の世界へ留学した。今でも時々手紙のやりとりをする。彼も大事な親友だ。
そして、彼は出会った。自分
…………
「おーし、集まったな。そんじゃ、早速セニアのデータをとろうかな」
黒い癖っ毛の髪をわしゃわしゃやりながら、デルタが言った。
中肉中背な体躯、少し伸びた髭、ジーンズにTシャツ1枚という冴えない出で立ちからは、とても天才的な頭脳を持つ科学者のオーラが見えない。しかし、彼こそが『
白の世界の技術は、実のところ青の世界にそのまま持ってきても正常に作動しないことが多い。それは単純に、稼働に必要な電圧が異なる、という、この世界の中でも普通に有りうる原因もある。しかし、最も大きな理由は、『白の世界で作成されたほとんどの
白の世界の光の反射率だからこそ動いたはずのエンジンを、青の世界で動くように改造できたのは、彼が天才であったためだろう。しかも、彼が作成したそれは、白の世界どころか黒や赤の世界に持って行ってもそのまま使用できるのだ。それをこの世界で売れば――仮に白の世界相手だったとしても――大儲け間違いなしなのだが、白の世界で何かしらのいざこざがあったのか、彼は企業相手の大量受注だとか、そういうものは一切受け付けていない。彼は基本的に、自分の趣味で作った兵装と、青蘭学園に在籍しているアンドロイドの装備に使用する、という目的以外でエンジンは作らないという信条を掲げていた。
開放的なリビングに集まったのは、デルタ、冬吾とセニアとカレン、そしてユーフィリア、テルル、ナナに加えてドクター・ミハイルの計8人。
「セニアさんの装備は、マスター・デルタが開発した新型なのですよね?」
脚の長い椅子にお行儀よく腰掛けている銀髪の美女・ユーフィリアは、中々にミステリアスな性格をしたアンドロイドだった。ボディは直視するのが恥ずかしくなるほどグラマラスで、顔立ちは絶世の美女。そのくせ、どこか抜けていたりユーモアがあったりと、親しみやすい性格をしているため、交友関係は広い。
「ママの装備……もしかしてアレかなぁ」
そして、時々おかしなことを口走るのが彼女の欠点らしい欠点だった。具体的には、なぜかセニアのことを『ママ』と呼ぶ。それに、冬吾と初対面の時も、彼のことを『パパ』と呼んで泣きじゃくったりしていた。冬吾にしてみれば、まったくわけがわからない。結局、人前で『ママ』『パパ』と呼んだのは初対面の時だけで、それ以降はプライベートな時やちょっとした呟きの中でそう呼ぶようになった。
「ニーア、お腹が空いたですの」
『もう! テルルさんったら、この調子で食べ続けられたら、今晩のサラダを作るために、芝刈り機を動かさなきゃいけなくなっちゃうじゃないですか!』
そして、先程からずっと食事を取り続けてニーアに怒られているのは、バイタルコードΣ52、プロダクトコードJMI‐02、通称テルル。四肢に取り付けられたジェネレーターから発せられるエネルギーにより、強大な膂力を発揮できる、パワフルなアンドロイドだ。その代償として、燃費が悪い。しかし、現在はジェネレーターを使っていない。なぜ使っていないはずのジェネレーターの代償を求めるのか――それは単純に、彼女が非常な大飯食らいだからだった。
冬吾は取り敢えず、持ってきた飴玉の袋をテルルに渡すと、テルルは「待ってました!」と言わんばかりの表情でそれを受け取り、一度に2粒の飴を頬張った。口になにか入れておけば、それなりに満足はするらしい。去年から対策に悩んだ冬吾の、当面の対処法だった。
と、ソファから立ち上がったセニアが、トコトコとテルルの元へ歩いて行った。そのまま、じーっとテルルを見上げる。
「欲しいですの?」
テルルが尋ねると、こくり、と頷く。
「はい、あーんするですの」
包装を開けて飴玉をつまみ上げたテルル。セニアは律儀に小さな口をあーんと開けた。テルルは、隠し持っていた携帯電話で瞬時にそのセニアの写真を撮ると、「はいですの♪」とセニアの口に飴玉を入れた。
「……何してんの?」
「ほら、可愛いじゃないですか。要ります?」
何を馬鹿な、要るわけないだろうとテルルの手元を覗き込んだ冬吾。携帯電話の画面に表示されている、可愛らしく口を開いてこちらを見上げているセニアの画像を見て、セニアに聞こえないくらいの小声で、
「あとで送って」
「飴玉2袋ですの♪」
「わかったから」
いくら天才的な頭脳を持っていて、尚且つ人並み以上に大人びている冬吾であっても、彼は16歳、思春期真っ只中である。即ち、そういう欲求もそれなりにある。――というか、周りのアンドロイドが皆ぴっちりとしたスーツを着ていることが多いため、否が応にも反応してしまうのだ。どこがとは言わないが。
当のセニアは、むぐむぐと口の中で飴玉を転がしながら、不思議そうにこちらを見ている。言い知れない申し訳なさが冬吾の中に芽生えたが、これはあくまで可愛がる用、と自分を割り切ることにした。
「微笑ましいですねー。こういうの、良いですねぇ」
そんなテルルとセニアのやり取りを見てほんわかしているのが、MU‐21型救護用アンドロイドのナナだ。すぐに治療したがるくせに流血を見るのが苦手(映像も含む)という、なんとも中途半端なアンドロイドである。その治療の腕にしても、はっきり言って発展途上なため、現在は頑張って勉強中だ。
セニアを含め4人には、冬吾がブルーミングバトルに出る旨を既に話してある。ナナは戦闘用アンドロイドではないので出ないが、ユーフィリアとテルルは快く承諾した。
ちなみに、冬吾はΣフレーマーなので、Ω波のカレンとはリンクできない。そして、ブルーミングバトルに出場できるプログレスは、αドライバーとのリンク率が最低でも50%なければいけないので、フレームが異なるゆえにリンクできないカレンは出場させることができないのだ。それを話したとき、カレンのなんと悔しがったことか。
「ほら、おいでセニア。冬吾も来い。ニーア、テストマシンを準備しておけ」
『
デルタは冬吾とセニアを呼び寄せ、地下へと続くエレベーターに誘った。
「おい、ミハイル。2階のラボ使っていいから残りの子の調整よろしく」
「分かったよ。さ、行くぞ」
はーい、というユーフィリア、テルル、ナナの声。しかしカレンは、
「セニアを男2人に任せるのは不安であります」
「まあ確かに……じゃ、カレンも付いて来ていいよ」
カレンも乗り込んだエレベーターの扉が閉まり、地下へ向かっていく。
「さ、パパッと終わらせるぞー。見たい映画があるんだよね。取り敢えず、シェイプをとるかな」
エレベーターの扉が開くと、そこは雑多な雰囲気の漂う、いかにも機械工学の研究所といった部屋だった。そこら中にケーブルやネジなどが転がっており、机の上には作りかけの機械類がごちゃごちゃと置かれている。ここは、冬吾が実習作業をする時にも使用しているラボだ。
その奥に、こちらは白く清潔そうなドアがあった。そこを開くと、中はこれまたいかにもな近未来的な真っ白い部屋。こちらはアンドロイドのデータを取るためのマシンルームになる。
「おし、セニア。そこの上に立ってな。冬吾はこれ見てて。カレンはこっち手伝って。ニーア、準備できてるな?」
『起動可能状態です』
冬吾は、手渡されたデータパッドを見る。これは、マシン起動後、テストマシンの上に乗ったアンドロイドをカメラに写すと、その状態がリアルタイムで表示されるものだ。去年、この機械の使い方は一通り教わっていたので、その通りに操作し、必要な情報のみを画面に表示させるように設定する。
デルタは、固定された機械の操作をしながらセニアに呼びかけた。
「セニア、プロテクトを一旦解いてくれ」
「了解しました、マスター・デルタ」
「よーし。そんじゃニーア、起動しろ」
『
セニアの乗った台座が透明な壁に包まれる。それと同時に、データパッドの画面にセニアの状態が表示された。
「冬吾、見えてるか?」
「大丈夫です、マスター」
冬吾はデータパッドのカメラをセニアに向けたまま、彼女の周りを1周する。こうすることで、パノラマ写真を撮る時のように、360度の視界から見たセニアの情報が、データパッドに記録されていく。セニア自身は、目の前を横切る冬吾を不思議そうに眺めていた。そして、カレンがこちらを剣呑な目で見ている。
――僕が悪いんじゃない。誇大解釈をするカレンが悪いんだ。そして、僕は別にセニアをそんな視線で見てないぞ。
「これで十分ですかね?」
「上々だろ。貸しな」
冬吾はデルタにデータパッドを返す。デルタがそれを、彼が操作していた機械に差し込むと、データパッドが取得していた情報を画面に表示した。
「シェイプ、シェイプ、と……ニーア、必要な情報は?」
『取得完了致しました。バイタルコードは
「全部まとめたらどうなる」
『その場合はレベル4領域になります。また、セニアさんの頭部装甲にアクセスし、脳波の形状を記録。身体の形状と合わせて、最適な状態で装甲を展開できるように設計図の調整を提案します。よろしいですか?』
「それは後でやろう。今は取り敢えず、必要な情報を記録しておく。撮影データからモデルは?」
『作成完了しています。注文通り、レントゲン情報から骨格を再現してあります。どうぞ』
ニーアがそう言うなり、機械の手前にセニアのホログラムが映し出された。そのホログラムはニーアの言うとおり骨格が再現されているので、無理のない範囲で様々なポージングをさせられる。毎度のことだが、冬吾はこの技術につくづく感心させられていた。
「ホント、いつ見ても凄いですよね……」
「そうか? このくらい、
「それ、なんか問題になりそうじゃないですか?」
「
「……本当に、どこまでも常識の通じない方でございますね」
セニアのホログラムをどことなく……いや、かなり羨ましそうに眺めていたカレンが嘆息した。
アイム、というのは、彼が自ら作成した超高性能パワードスーツの名前だ。構造は複雑を極めるが、冬吾はその腕部分の仕組みを教わり、実習としてそれを作成している最中である。
そして、至極当然のことのように言ってのけたデルタだが、白の世界のハッキングツールは、仮に青の世界で使用した場合、ほとんどのパスワードを割ったり、暗号化データを復元してしまえる。青の世界の情報セキュリティなど無いに等しい状態になってしまうのだ。それをいかにも簡単そうに防げてしまうのは、何度も繰り返すように彼が稀代の天才であるからである。
そんなデルタが、思わずぎょっとするような事を言った。
「よし、予定通りなら
「……え?」
冬吾は思わず声を上げた。怪訝そうな顔を向けるデルタ。
「うん。5月上旬。それがどうかしたか?」
「いや、あの……」
冬吾は返答に困った挙句、呟いた。
「なかなか、思うようにはいかないな」
それから「実はですね……」デルタに話を切り出した。
…………
琉花のエクシードは、『液体を操る』というものだった。
先程、コップの中のお茶を球状にして浮かせていたが、エクシードを開放できればもっと大質量の液体を操ることも可能なのだとか。これは『液体の流動操作』である。腰に下げたリボルバー型水鉄砲で水を打ち出して、高速で相手に当てるのが得意だという。
また、『液体の状態操作』ということも可能らしい。曰く、液体であるなら、それを凍らせて個体にしたり、蒸発させて気体にすることもできる。ただし、あまりうまく扱えていないらしい。本人もお茶を凍らせようとしていたが、残念ながら失敗していた。
さらに、琉花本人が完全に使いこなせないと言っており、本人も意図的に使わないようにしているのが『液体の性質操作』だ。こちらは液体の性質を変化させられるという。水をワインにできたり、やりようによっては毒にもできる。そんな反則級の力は、操作するのに非常なポテンシャルを要求するという。
――そんな琉花とのリンク率は、86.5%。かなり高い。
「いやあ、入学早々こんなに良いリンク率のαドライバーと出会えるとは思ってなかったよ~。ありがとね、ハル先輩!」
琉花は春樹のことを『ハル先輩』と呼ぶようになった。なにかとせっかちな性格で、変なイベントとか開催するのが好きなのでもしかしたら巻き込むかもと言われた。正直に言って、勘弁して欲しい。
忍のエクシードは、『炎を操る』というものだった。
マッチの火から火災現場まで。琉花のものと同じように、多くの炎を操るには相応のエクシードを開放しなければならないが、それでも有用な能力である。
彼女の何が強いかというと――彼女はどうやら忍者の一族らしく、エクシードが無くとも『シノビ・アーツ(忍が言うには)』さえあれば、そこらの戦士にも負けない戦闘力があるのだ。そして、そのシノビ・アーツの一環として『火遁の術』というものを習得しているらしく、それによって彼女は自力で炎を生み出し、それを操れるのという。実際、「実演するでゴザル」と言って、口からガスバーナーくらいの大きさの炎を一瞬だけ吹いて見せた。
――そんな忍とのリンク率は、81.3%。琉花より低いとは言え、ブルーミングバトルに出るには十分なレベルである。
「このリンク率なら……拙者の新たなる主は、春樹殿に決まったでゴザル。よろしくお願いするでゴザルよ。拙者、春樹殿の忠実なる隠密として、主に益をもたらすべく――」
忍は春樹のことを『春樹殿』と呼ぶようになった。ついでに「部下扱いしてくれ」というので、断ってはみたものの押し切られて、そういうことになった。正直に言って、勘弁して欲しい。
兎莉子のエクシードは、『動物と意思疎通ができる』というものだった。
動物、この世界で言うところの哺乳類と鳥類とは殆どの場合お話できるのだとか。海岸を飛ぶカモメや、街中にいる猫だったり犬だったり。水族館に行けばイルカやシャチやペンギンとだって話せる。これらと話せるのは、生物の中でもかなり高度な知能を持っているためであり、逆にあまり知能指数の高くない爬虫類・両生類・魚類の多くとは話せず、単純な感情のやり取りをするか、または読み取るだけだという。
これらの特徴からして、恐らく彼女は、黒の世界に棲む竜種や、赤の世界に棲む霊獣種とも意思を疎通させることができるはずだ。――と春樹が言ったところ、どうやら本当にできるようで、青蘭諸島に少数ながら棲んでいる霊獣種のひとつであるグリフォンと、春休み中に話せたらしい。また、植物園を囲っている花畑の妖精達とは、はっきりとした会話こそできないが「楽しい」「嬉しい」といった大雑把な意思を読み取ることができ、逆に彼女もそれを伝えられたという。戦闘向きではないが、それはそれで使いようのあるエクシードだ。
――そんな兎莉子とのリンク率は、92.9%だった。ブルーミングバトルに出れないのが惜しすぎるリンク率だ。
「あ、あの……こんなにリンク率が高いのに、バトルに出れなくてごめんなさい! で、でも、春樹さんのために……私は、私にしかできないこと、したいですっ」
兎莉子は春樹のことを『春樹さん』と呼ぶようになった。やや積極性に欠ける子だが、なんとなく一段階リラックスしてくれたような雰囲気がある。その儚げだが嬉しそうな笑顔を浮かべる彼女は、
「さあ、じゃ早速コロシアムに行って、リンクを試してみよう!」
と美海が言う。しかしながらここで残念なお知らせが。
流れに流されてコロシアムの使用許可を取りに職員室に行ってきた春樹が、
「今日はコロシアム使えないんだってさ。監督してくれる先生がいないって。今日は入学式だし、仕方ないよ」
「むう。なかなか、思うようにはいかないものでゴザルな」
忍が腕組みをして嘆息した。今日は色々ありすぎて、少し感情を整理したい気分である春樹だ。
「でも、入学早々チームに入れちゃうとは思ってなかったなぁ。せっかちな私が言うのも何だけどさ、別に焦んなくてもいいんじゃね? 試合は4月末なんしょ?」
「そうですよ、美海ちゃん。あんまり急いだら春樹さんが困っちゃいます」
琉花と兎莉子のフォローも入り、「それもそっかー」と美海が聞き分けよく引き下がったので、とりあえず今日は解散という流れになった。
――さて、こいつらをどうやって信頼させたものか。
ここまで来たら、流石に引き下がるわけにはいかなくなってしまった。ある程度、と割り切って考える。先程、好みな事を少し聞いてみたのだが……
美海と兎莉子は、商業地区にある猫カフェにでも連れて行けばいいだろう。琉花も……本人がなにかやりたいと言いだしたら付き合ってやればいい。
――なんだよ、忍術を考えるのが好きって……!
まだ入学式が終わっただけだというのに、いきなり問題がてんこ盛りになって頭を抱える春樹であった。
…………
青チーム!(仮)(5)
――4/6(Tue)――
春樹《明日の放課後、もしよければ、コロシアムでエクシードを試したあと、猫カフェでも行かない?》
美海《猫カフェ! 行く行く!》
忍《拙者も行くでゴザル。猫好きだし》
琉花《シノって猫好きなんだ? あ、私も行きます》
忍《いや、普通に可愛いでゴザろう?》
美海《だよねー! 猫可愛いよねー!》
春樹《とりあえず、美海と忍と琉花は行く……と。兎莉子は?》
琉花《携帯見てないかもしんない》
琉花《ちょっと聞いてくる》
――4/7(Wed)――
琉花《行くって》
美海《やったー! みんなで猫カフェ!》
忍《兎莉子殿は何してたでゴザルか?》
琉花《なんか、文字の打ち方が分かんなかったって》
琉花《あと眠そうだった》
美海《明日教えてあげよっと》
春樹《全員行くってことね。了解しました。じゃあおやすみ》
美海《おやすみなさーい! 私も沙織ちゃんがもう寝るーっていうから寝ます》
琉花《おやすみ》
忍《おやすみでゴザル》
琉花《でも忍って携帯とか使えたんだ》
忍《バカにしてるでゴザルか?》
琉花《キャラ的に》
忍《このご時世、忍びも電子機器を使うでゴザルよ》
忍《しかし、拙者も眠いでゴザル》
忍《早寝早起きは忍びとして必須でゴザル》
忍《琉花殿? 起きてるでゴザルか?》
忍《そっちが先に寝落ちしたでゴザルな。拙者も寝るでゴザル》
兎莉子《いきま》