アンジュ・ヴィエルジュ *Skyblue Elements*   作:トライブ

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第5話「まあ、なるようになるさ」

 入学式。それは、新たな世界への門出。

 

 しかし、残念ながら春樹はそこまで前向きな性格ではなかった。

「なんで2年である俺らまで出席しなきゃいけないのかね」

「まあいいじゃない。いい子が見つかるかもよ」

 見つかるわけねえだろと思いつつ、春樹は視線を前に戻した。

 ぴしりと制服を着た春樹と冬吾は、わずか1列、しかも3人しかいない在校生の列に座っていた。隣には、恐らく在校生代表で何か喋る役の上級生プログレスが1人。その隣はもう教師陣である。実は、現在3年生にαドライバーは在籍していない。しかし、αドライバーがいない学年があるというのは、別段珍しいことではない。ひどい時は、3学年まるごとαドライバーが不在ということもある。それくらい、αドライバーは貴重な存在なのだ。

 入学式参加が強制されているのはαドライバーだけで、プログレスはいない。彼女らにとって、今日は休日ということになる。正直、「αドライバーは少ないから別に場所とらないし出ろ」としか理由付けがされていないのではと思っているので、これにはなんとなく納得がいかない。

「俺はもう3年目だけど、やっぱずるいよなぁ。なんで俺らだけ……」

「文句言わないの。ほら、そろそろ1年生が入ってくるよ」

 あまり乗り気ではない春樹に対して、冬吾は楽しみそうな顔だ。

 華やかな音楽と共に入場してくる、真新しい制服に身を包んだ新1年生は、その多くが緊張気味の表情をしている。そんな新1年生の中を探してみると……いる。美海が。多少は緊張しているようだが、他に比べれば幾分リラックスしているようだ。それでも、なんとなく所在なさげに見える。他と似たり寄ったりといったところだろう。しかし、たまたま春樹と目が合うと、美海は安心したように笑顔を強めた。と同時に、緊張が解けたようだった。知り合いがいるというのは、それだけで心強いはずだ。春樹も小さく微笑み返してやった。

 列の一番後ろには、3人の男子がいる。今年のαドライバーは3人だ。3人とも、講師たちの計らいによって行われた親睦会で、既に顔合わせをしている。が、実は春樹と冬吾は、3人の内1人とは前々からの面識がある。というのも、その1人は中等部からの持ち上がりだからだ。名前はハイネ・カミュオン。黒の世界の魔族家系出身の少年で、一流の魔術師を目指している。

 残りの2人は、日本人だった。異世界人は、まずこの世界の文化に馴染むことから始めなければならないため、どうしても最初は面倒事が多くなる。その点、同じ日本出身なら親しみやすい。

 

 

 入学式に限らず、式典というものはとにかく退屈だ。

 

 しかし、入学生代表に選ばれたプログレスの話だけは、ちゃんと聞いておいた。

 

 

…………

 

 毎年そうなのだが、卒業式以外の式典は、意外な程早く事が済むものだ。その卒業式にしたって、青蘭学園の生徒の少なさなら、ひとりひとり卒業証書を渡したところで、普通の高校よりも時間がかかるということはない。

 入学式は、終わったらそのまま帰っていいよとのことだったので、冬吾を連れ立って帰ろうとしたが、冬吾がカフェテリアでセニアと待ち合わせをしているという。それを聞いた春樹も、美海達の様子でも見に行こうかな、と気分が変わったので、冬吾とその話をしていたら、後ろから彼らを呼び止める声があった。

「おーい、春樹! 冬吾!」

「あ、雄馬先生」

 呼び止めたのは、体育の講師・岸部雄馬だった。新しいαドライバーが青蘭学園に来るたびに親睦会を開く、そういうところでやたらと気が利く大人だ。

「あれ? なんで雄馬先生が? 講師の人って、入学式に出るんでしたっけ?」

 冬吾が質問すると、雄馬は嬉しそうな笑みを浮かべた。

「いや、今日の俺は保護者枠でね。姪っ子が入学したもんだから、出席は当然の義務ってワケ」

「姪……なんて名前ですか?」

「岸部沙織って言うんだ。めっちゃ可愛いの。ほら、入学生代表の。産まれた時から世話してるんだ。お前ら、手ェ出したらタダじゃおかないからな!」

「だ、出しませんよ」

 実に目がマジである。それは置いておいて、その名前は記憶に新しかった。先ほどの入学式で新入生代表の言葉を述べていたのは、確かに岸部性の生徒だった。可愛らしい容姿をしていた。艶やかな黒い髪の、春樹的には「The・優等生」みたいな外見だったと記憶している。同年代である春樹達にとっては「可愛い」よりかは「可憐」と評したいものだが、彼女が産まれた時からそばにいて、現在三十路近い雄馬からすると、やはり「可愛い」のだろう。手を出されたら怒る、というのだって、十分に理解できる。

 ――――にしたって、生徒に向けるのに、その目はないでしょ。

 明らかに殺気の混じった視線に若干頭痛を覚えながら、「それで」と春樹が話題を元に戻す。

「俺らになんか用ですか? まさか、その沙織ちゃんを自慢するためだけに……」

「ちげーよ! 自慢したいのは山々だがな、入学式に出るって海斗に言ったら、伝言を頼まれてな」

(きづき)先生が?」

「そうそう。それで、その伝言ってのがだな……」

 雄馬は、何でもないことのように言おうとして、それに失敗したのか、困ったように右手で頭を掻いた。

 

「お前ら、ブルーミングバトルに出ろ」

 

『………………え?』

 間の抜けたような2人の返事は、奇しくも同じタイミングで放たれた。

 

…………

 

 一応休日扱いのため、ほぼ誰もいない学内のカフェテリアで、奢ってもらった早めの昼食を前に、春樹と冬吾は揃って呆然としていた。

 雄馬が出て欲しいと頼んだのは、4月の末日に行われる《スプリング・ストライクショー》と呼ばれるイベントの一環であるブルーミングバトルだった。このイベントは、青蘭島のことを新入生によく知ってもらおうという目的で、毎年4月に開催される。このブルーミングバトルには競技性の色が薄く、どちらかといえばショーのような色合いが濃い。去年、春樹達も参加した――ただし、観る側で。

「だからな? ホントに足りないんだって。αドライバーが」

 雄馬は困ったように言った。

 去年のブルーミングバトルは、青蘭大学から4組のチームが、そして高等部3年から2組、合計6組のチームが対戦を行った。あくまでもショーであるため、行われたバトルは、同学年同士のみの3戦だけだった。

 ブルーミングバトルの、αドライバー側に設けられた年齢制限は、16歳以上。春樹も冬吾も高校2年生のため、そこはクリアしている。だが、去年聞いた話だと、2年生になってブルーミングバトル実践の授業を受け始め、その成果を最初に発揮する場は、夏休みに行われるイベントだと聞いていた。つまり2人は、ブルーミングバトルのルールこそ知れども、行ったことは1度もないのだ。

「ちょっと待ってくださいよ。去年出場した大学のαドライバーは1年と3年が2人ずつ……学年が上がっても、今年もまだいるでしょう?」

 冬吾がもっともな質問をした。隣で春樹も相槌を打ったが、雄馬は顔をしかめて言う。

「いや、足りない。元3年の2人は、出場停止処分にされた(・・・・・・・・・・)

「あっ……!」

 雄馬の言を聞いて、冬吾は何かを思い出したようだった。そして、思い出したのは春樹も同じだった。

 ブルーミングバトルの様子は、その映像を放送しているため、全世界で見ることができる。特に地球では、どの放送局が放送権を取るかで毎回争っているらしい。

 ブルーミングバトルを含むタイプの青蘭島主催イベントは、大体3ヶ月に1回ほど行われている。前回のイベントは2月中旬にあった。そのイベントはブルーミングバトルがメインとなるもので、1年間の集大成となるイベントのため、競技性の高いトーナメント方式で行われている。失意に暮れていたため、前回のものは観に行きすらしなかった春樹だが、前々回、そしてその前も、大変盛り上がっていたことは覚えていた。

 そして、そのイベントは当然ながら日本全国でも放送された。そこで事件は起きていた。

 アンダーグラウンドな場で、そのイベントに対する大規模な賭博場(・・・)が開かれていたのだ。この手の賭博は刑法186条で禁じられており、開張者はその2項・賭博場開張図利罪に当たる。野球賭博と同じようなもので、明確な犯罪である。これが摘発され、一大事件になった。

 それだけなら、まだよかったのかもしれない。だが、調査を進めるうちに、大学3年のαドライバー2人が八百長に関わっていた(・・・・・・・・・・)という事実が発覚してしまった。

 青蘭島の華でもあるブルーミングバトルで八百長が起きたという事件は、瞬く間に全世界へ広がり、2人にはブルーミングバトルへの出場停止処分が下った。さらに青蘭島側は自粛の意から、3年の間、ブルーミングバトルの放送を停止するという処分を自らに下した。ブルーミングバトルの放送権は当然ながら高額で取引されるものだが、それを取りやめるということは、青蘭島が持ち得る利益の損失につながる。反対意見も多かったらしい。しかし、事実として処分は下り、以降3年間は、ブルーミングバトルがテレビに映ることは一切無くなるという流れになった。

「必要なαドライバーは6人だけど、お前らより上で今出れる連中は4人。てことは必然的に、もう出れる(・・・・・)お前らに出てもらうしかないんだよ」

 雄馬が辛抱強く言った。確かに、理由としては妥当なもので、冬吾も「そういうことなら……」と納得したような空気だ。しかし、春樹は――――

「誤解のないように言っておこうか」

 春樹が口を開くよりも前に、雄馬が釘を刺すように言った。

「お前らももう16歳。ブルーミングバトルに出れる歳だ。だから敢えてキツい言い方をするけど、春樹、別にお前は一番不幸なわけじゃない(・・・・・・・・・・・・・・・・)

「え…………?」

 春樹の『言い訳』。プログレスがいないから、という砦は、その一言であっさりと崩れ去った。

 雄馬は話を続ける。

「確かに、プログレスをまとめて失ったお前の悲しみは分かる。だけど、もうお仕舞いにしようや。ウジウジしてても前には進めないだろ? そういえば」

 雄馬はそこで一回言葉を切ると、殊更真面目な面持ちになった。

早輝(さき)のリンク率、まだ言ってなかったな。本人のいないところで言うのも申し訳ないけど、無礼承知で、敢えて言うことにする。あいつの汎用リンク率は().01%(・・・)だ。この意味が分かるよな?」

 それを聞いた春樹は、絶句した。そんな数字、あり得るのか。下手したら、この学園の誰ともリンクできない可能性がある。ブルーミングバトルに参加するプログレスの人数は、最低でも1人以上。その1人すら、見つからないかもしれない。あの明るくて活発なαドライバーは、そんな大きすぎる重石を背負わされていたなんて。

「お前はこの前、美海との相性が最高に等しいということを証明しただろ。もしプログレスのアテがないなら、彼女を辿ってみろ。そういうヤツ(・・・・・・)は、意外と当たるもんだからな」

「……でも」

 春樹は小さく反論しようとした。今から作る急造チームでいいのかという、また建前の言い訳。だが、それも雄馬の視線に出会って霞んだ。

 その目は、ひどく真剣である。普段おちゃらけている彼からは想像もできないほどに。

「じゃあ趣向を変えて、俺の話をしようか」

 雄馬は、そう仕切りなおして語り始めた。

「俺もかつて、この学園に通ってた。そこで俺は……まあ、モテた。それなりにな。相性が良さげな子は、いっぱいいたさ。そんでもって、チームを組んだ」

 雄馬がモテた、というのは、よくわかる話だ。顔立ちは整っているし、声も綺麗だ。性格も明るくて親しみやすい。何よりも、仕草や声の抑揚に『色』がある。というか、今でも女子生徒からの人気は高い。だが、結局話が何処に向かっているのか気になり、春樹と冬吾は怪訝な表情になる。

「かと言ってだな、別に俺のブルーミングバトルにおける成績がめっちゃ良かったか、って言われれば、別にそうでもないんだ。相性良さげな(・・・・)プログレスは、確かに沢山いた。だけど、真に相性が良い(・・)プログレスだらけだったかって言えば、答えはノーだった。

 で、夏に初めて試合に出るって時に、練習中にプログレスが負傷して……試合前の1週間で組んだ俺のチームは全部で5人。最高リンク率のプログレスでも、数字は70%前半程度。そんなもんだったよ。それでも、やらなきゃいけなかったからやった。そんで、勝てたんだ」

 雄馬は、郷愁に浸るような面持ちでそう告げた。そして、春樹と冬吾を見据える。

「大事なのは、リンク率でもチームを組んでからの時間でもない。自分がどれだけプログレスを信じきれるか――そして、プログレスに信頼してもらえるかだ。俺はその1週間、死ぬ気で頑張った。プログレスを信じきるために、お互いの事を知らなきゃいけないって思ってたから、かなり沢山手を打った」

 聞き入っていた春樹と冬吾に向かって、雄馬は微笑んだ。

「なあ……俺はお前らに期待してるんだ。春樹は美海っていう最高のパートナーが見つかったし、冬吾もセニアとのリンク率が良かったって聞いてる。ちょっと時期は早まったが――2人とも、ブルーミングバトルに出てくれるな?」

 ルールは知っている。チームを急造し、数回の授業を受けただけで、ぶっつけ本番で試合に挑む。しかも、そのチームの核になるのは、まだ信頼からは程遠い少女。正気じゃない。正気じゃない、が……。

「……分かりました。出ます」

 春樹は、きっぱりそう言い切った。隣で冬吾も了解し、2人はかなり無謀なブルーミングバトルに挑むことになった。

「……でも、大丈夫ですかね?」

 少し弱気になった春樹がそんな弱音を漏らすと、雄馬はいつもの快活な表情に戻って言った。

「まあ、なるようになるさ」

 

…………

 

 まだ担任教師が来ていない1年生の教室は、多少ざわついている。40人余りのの新入生は、1クラスに纏められたため、それぞれの寮で知り合った友人がいる――即ち、普通に話せる相手がいる――からだ。しかし、どこか言い知れない緊張感に包まれている。

 しかし、そんな空気をものともせずに

「ねぇねぇ、お名前教えて!」

「どこの世界から来たの?」

 とほかの生徒に話しかけまくるプログレスが1人。言うまでもなく美海だ。

 同じ寮に住んでいる青の世界出身のプログレスとは、既に打ち解けている。しかし、それ以外の世界出身の学生寮には行ったことがない。知り合いは数人いるものの、全員は知らなかった。

「美海ちゃん、ホントにこういうのは得意だよね……昔からああだったの?」

「そだねー……昔からああだったよ」

 そんな美海を眺めながら話しているのは、黒髪が麗しい優等生感漂う岸部沙織と、青蘭島の「顔」として広報活動に勤しんでいる(アイドルをやっている)美少女・小鳥遊希美(たかなし のぞみ)だ。希美は小学生時代に美海と同じ学校に通っていた、いわゆる幼馴染という立場だった。両親の都合で中学からは青蘭学園中等部に通っており、中等部寮から高等部寮へと引っ越してきて美海と再会したのだった。

 その時の事を思い出しているのか、遠い目になる希美。

「美海ってすごいんだよ。私は頑張ってダンスとか歌とか練習してたのに、美海ったらちょっと見せただけですぐに上手くなっちゃうの。それでいてあんなに社交性もあるとか……ちょっとズルいよね」

「確かに美海ちゃん……そういうとこズルいよね」

「む! 私のこと話してる気配がする! なんの話してたの?」

「美海ちゃんはすぐに人を落とすから、ズルいなぁって」

「落とす? 何のこと?」

「沙織を見れば分かると思うけど」

 むぅ、と考え込む美海を見て、沙織と希美は可笑しそうに笑う。

「なにさぁ、私だけ仲間はずれ? ひどいよぅ」

「違うよ~。むしろ美海ちゃんは、みんな仲間にしちゃう感じだもん」

「ある意味、『仲間はずれ』って言葉からは一番遠そうだよね」

「そうかな? えへへ」

 褒められているのかどうか微妙なラインの返事を聞いて、表情を緩める美海。

 ところで――――

 教室の窓際の列、後ろから3席は、女子だらけの教室で異彩を放つ『男子』が座っている。互いに知り合いなのか談笑しているが、そのうちの1人の表情は少し硬い。

 と、そこに美海が襲撃する。

「さぁ、お待ちかねのαドライバーさん! 私は日向美海だよ! お名前聞かせて?」

「え、ええっ?」

 美海が声をかけると、クラスのボリュームが数段下がった。αドライバーの話は気になるところがあるのだろう。

 薄い色の髪をした黒の世界出身のαドライバー・ハイネ以外の2人は、片方がやたらに小さく、もう片方は背が高い。先に口を開いたのは、小さい方だった。

「えと、永瀬俊太(ながせ しゅんた)です。日本出身です。よ、よろしく……」

 緊張気味に答える俊太は、身長が156センチの美海と大して変わらないであろうほどに小柄な男子だった。伸ばした明るめな色の髪を後ろで縛っている。顔立ちは整っており、声も高めと、女装したら男だとは分からなくなりそうな容姿をしていた。

大村(おおむら)早輝(さき)です。俺も日本出身です。美海ちゃん……でいいのかな。よろしく」

 対する早輝はフランクな様子で美海に挨拶した。俊太とは比べるまでもなく身長が高い。それに、笑顔が板についている。初対面の美海にも動じずに対話出来ていた。

 そして残る1人。

「黒の世界出身のハイネ・カミュオンです。よろしく」

「あ、ハイネくんは知ってるからいいや」

 中等部に通っていたハイネは、薄い色の髪に碧い目をした、少しひょろ長い少年だ。ミステリアスな雰囲気が漂っている。人間とは異なる『魔族』という種族である彼は、春休み中に美海と出会っており、その時に少し話をしていた。

 美海の雑な返しに、ハイネは少し傷ついたような顔になった。

「そりゃ酷いな。あの時はちょっとドタバタしてたから改めてと思ったのに。ね、ソフィーナ」

「な、にゃによ!?」

 ハイネが前の方の席に座っていたツインテールの少女に声をかけると、少女は顔を赤らめて振り返った。

「あ、ソフィーナちゃん! こっち来てお話ししようよ!」

「し、仕方ないわね……」

 席を立った少女――ソフィーナは、目を見張るような美少女だった。一番の特徴はツインテールに結った髪だが、それ以外にも側頭から角が生えていたり、スカートから尻尾が伸びていたりと、なんというか、非常に黒の世界『らしい』少女だ。彼女もハイネと同じく魔族だったが、ハイネが人間とほとんど変わらない姿をしているにも関わらず、ソフィーナは魔族としての特徴が大きく外見に出ている。

「で、何の用よハイネ」

「いや、俺と久々に再会したあの時のお前の顔、写真撮っとけばよかったなぁって」

「誰が撮らせるもんですか!」

「あ、そうだね。私も見返したいなぁ。すっごく可愛かったもん」

「あんたも乗っかるんじゃないわよ美海!」

 からかうハイネと美海に、顔を真っ赤にして怒るソフィーナ。

 やいやいと騒ぐ3人に、俊太が尋ねる。

「えと……ハイネとソフィーナ……さん? って、知り合いなの?」

「私を呼ぶならソフィーナでいいわ。(ことわり)深き黒魔女、ソフィーナ・アルハゼンとは私のことよ」

「理深き……ねぇ」

 ハイネが、「またこれだよ」と言わんばかりの、馬鹿にしたような呟きを漏らすが、生憎ソフィーナは話の続きをするのに夢中で、聞いていなかったようだ。

「そうよ。このバカと私は小さい頃からの知り合いで……いわゆる幼馴染って奴かしら? そんな感じ」

「ちっちゃい頃からひねくれてたんだよ」

「ひねくれてないし! もっと言い方考えなさいよ!」

「じゃあ、素直じゃない、とか? それとも、天邪鬼(あまのじゃく)なんてどう?」

「あんたねぇ……」

 ソフィーナがメラメラと怒りの炎を燃やしている。心なしか、彼女の体から漏れ出た魔力が陽炎のように周囲の空間を歪ませているように見えた。

 しかし、美海は動じない。どちらかといえば、気づいていないだけにも見えるが。

「あははー。仲良しさんなんだね」

「別に仲良くなんかないし。大体、コイツとは10年くらい顔も見てなかったんだから……」

「でも息ぴったりだよ。ねー、ハイネくん」

「そうだな。仮にも幼馴染だし……その昔は一緒に山の中を駆け回った仲だもんね」

「はぁ~……そうね。そうだったわね」

 みんなにはまだ話してはいないが、ソフィーナは黒の世界の最高統治者である『魔女王』という人物に才能を見出され、彼女の下で一流の魔女になるために修行を積んできた。そして、魔女王の『ほかの世界に行って、見聞を広げて来なよ』という提案により、青蘭学園へと留学することになったのだ。

 そんな『魔女』なソフィーナ的には、例え幼い頃のことであっても『山の中を駆け回る』というのはエレガントさに欠けるのだろうか、ほとんど諦めムードでハイネの言葉に相槌を打った。

 そんなハイネとソフィーナを眺めながら、早輝が口を開く。

「でも、いいなぁ。幼馴染って。しかも、こんな美少女! 当然リンク率もいい感じだったりするわけ?」

「ホームルームが終わったら計りに行こうかなって。でもきっと最高だと思うよ。ね、ソフィーナ?」

「だ、誰が最高よ! あんたとなんか、精々7割が関の山ってところね」

「あ、ソフィーナ照れてる。ハイネがからかいたくなる理由、なんか分かる気がする」

「そうだろ?」

「そうだろ? じゃないわよ!」

 早輝と俊太とは初対面なのに、やたらと馴れ馴れしく接されるソフィーナである。が、それもソフィーナの魅力のひとつなのだろう。

 そんな微笑ましい様子を見ていると、美海のポケットが震えた。

「あ、春樹くんだ。なんだろう」

 メールを受信した携帯電話を取り出した。そこには、春樹に見つけてもらった貝殻と美海が1人で夕玄島に遊びに行った時に拾った貝殻、それらとビーズで作られたアクセサリーが付いている。画面を見てみると……そこには、

『お願いなんだけど、もし美海と(・・・)相性が良さそうなΩの子がいたら、ホームルームが終わり次第2階のカフェテリアに来てくれるかな?』

 と書かれていた。

 後ろでハイネとソフィーナが騒ぐ中、どういうことだろう、と美海は考える。春樹はブルーミングバトルのチームを組むつもりなのだろうか。でも、連れてこいと言われたのは『春樹と』相性が良さそうなプログレスではなく、『美海と』と書かれている。それでチームが組めるのだろうか。

 しかし、実は美海にはその条件に当てはまるプログレスに――心当たりがある(・・)。同じ寮にやって来た、おなじ日本出身の子が3人。挨拶して、握手して――その時、なんとなく『近い』感じがしたのだ。春樹の時ほど劇的ではなかったが、確かに美海の直感はあった。

『了解でーす!』

 と返信して、ソフィーナ達に「ちょっと待っててね」と断ってから、美海はちょうど固まっていたその3人の元へ足を運んだ。

 

 担任教師が教室へとやってきたのは、その3分後だった。

 

 

…………

 

「……で?」

「『了解でーす!』だって」

「自分から出向けばいいのに。そうすれば、春樹の方にも合う子が見つかるかもよ?」

「まあ……もしダメだったらそうするさ。まだ学校に慣れてない子が多いのに、いきなり訪ねるのは気が引けるってもんでしょ」

 雄馬が去った後のカフェテリアで、春樹と冬吾はすっかり冷め切った昼食を食べ終え、額を寄せ合って携帯電話の画面を見ていた。携帯電話には、美海が見つけた貝殻とビーズで作られたアクセサリーが付いている。

「てか、お前はそろそろ帰れよな。ネタバレになるだろ」

「ネタバレも何も、春樹はユフィとテルルとナナを知ってるじゃん。ズルくない?」

「初対面で別に関係ないお前がいたら、向こうも緊張するだろ。ほら、行った行った」

「ちぇ、冷たいの。仕方ない。セニアとは別の場所で待ち合わせしよう」

 春樹に追い出された冬吾は、カフェテリアを出て行く間際に「じゃあ、幸運を祈ってるよ」と言い残して去っていった。

「……ああいうセリフを咄嗟に出せるのが、モテる秘訣(ひけつ)なんだろうか……」

 昨年、春樹は4人・冬吾は3人のプログレスと親密だったが、それ以外のプログレスでの人気投票だと、冬吾の方が人気が高かった。それもその筈、冬吾はちょっとした気配りができる性格に柔らかな物腰と高い身長、それに加え、定期試験の成績で常にトップ3に入るような秀才である。これでもかとばかりにモテる要素を詰め込んだような男なのだ。そんな奴が相手だから仕方がない……と割り切ることは簡単だが、それでも若干悔しくなるのは年頃の男子高校生だから当然だろう。

 ボキャブラリーは、増やしておいて損なしだな、などとどうでもいいことと、ホームルームが終わるのはいつになるのだろうか、とこれからのことを考える。冬吾の提案でメールを送ったはいいが、いざ美海が連れてきた連中を前にしたとき、ちゃんと気の利いた台詞が出てくるだろうか。一抹の不安がよぎったが、なんだかんだ言ってこの島での生活も4年目になる。今更といったところだろう。

 携帯電話を弄ってニュースなどを見ながら時間を潰す。太陽光の差し込むカフェテリア窓際の席は、夏場になると暑いが、今はちょうど良い心地だ。

 30分ほど経った頃、カフェテリアに、あの元気な声が入ってきた。

 

「春樹くーん! おまたせー!」

 

 

…………

 

「それで、困ったことはなかったかな?」

「はい。問題ありません(ノー・プロブレムです)、マスター」

「そう。よかった」

 冬吾は腕を伸ばして、セニアの小さな頭を撫でた。セニアは、何も反応を示さない。

 青蘭学園は、外との明確な仕切りが薄い、大学のキャンパスのような構造をしている。というよりも、広大な青蘭大学のキャンパスの一部(とはいえ相当広いが)を青蘭学園が占めている、という形の方が近い。出入りは自由なため、青蘭諸島の住人は好きな時に図書館やカフェテリアなどの施設を使える。

 冬吾とセニアは、青蘭学園の外であり、青蘭大学キャンパスの中のレストランで落ち合った。

 冬吾の目の前には、無表情でハンバーグをもそもそ食べているセニア。冬吾は先程済ませたため、今はコーヒーのみだ。

 この1ヶ月弱で、セニアに教えたことは本当に多かった。何しろ、この世界の事――どころか、ほとんどものを知らない状態だったのだから仕方がない。

「マスター。この物体(はんばーぐ)は、食するには熱すぎます。口内の表皮が大きなダメージを受けます」

「そういうときは、息を吹きかけて冷ますんだよ」

「了解しました、マスター」

 こういうやり取りを、悠に100回以上行ったといえば分かり易いか。

 ハンバーグを小さく切り分けて、ふーふー息を吹きかけて冷ましてから、あむ、と小さな口に頬張る姿は、なんとなくリス科の動物を想起させる。

(実際、ちっちゃいもんなぁ……大人しいシマリスみたいだ)

 好奇心はある。寧ろ、旺盛と言ってもいいだろう。セニアは実に様々なものに興味を示した。それは道端に生えるタンポポから他のアンドロイドの装備まで。目に映るもの全てが新鮮なのだろう、表情に現れないから分かりにくいものの、その純粋さ、無邪気さを、冬吾はある程度理解できていた。

「それで、マスター。この後の予定は?」

「うん、これからドクターの所に行くよ。セニアの装備の話をするって聞いてるけど」

「装備、ですか?」

「そう。ブルーミングバトル用の特注品なんだってさ。僕も詳しいことは全然知らないんだけど……楽しみだね」

「はい」

 こくり、と頷くセニア。それを見て満足した冬吾は、ふと自分が何か忘れていることに気付いた。

 ――忘れてることに気付く……って、意味ないよね。だって、忘れてるんだもん。

 そんな素晴らしくどうでもいい思考をしていると、携帯にメールが来た。なんだろうと思って確認しようとしたその瞬間、レストランの入口、ガラス張りのドアを蹴破らんばかりの剣幕で来店したお客様があった。

 店内が一瞬で騒然となる。同時に、冬吾の首筋に、冷たいものが流れていった。

 

「三島、冬吾ぉぉぉぉぉぉ!!!」

 

「――――あ。」

 冬吾の『忘れていること』。それは、彼女(・・)に待ち合わせ場所の変更を言いそびれていたこと――

「よくもわたくしに黙って待ち合わせ場所を変更しやがりましたね……わたくしの可愛いセニアを独り占めしようとは……今日という今日は、万死、万死、即ち1万回の死に値するでございますですます……」

「ま、待ってカレン。誤解だよ。なんか言葉が普段以上に変だし、それに僕はただ忘れてただけ――」

「問答、むよーーーー!!!!!!」

 ずんずんと近づいてくるそのシルエットは、その身から放つドス黒いオーラのような威圧感だけで、店内の人間を全員黙らせていた。

 バイタルコードΩ33、プロダクトコードOHP‐202。通称、カレン。冬吾や春樹と同じ高等部2年に在籍するアンドロイド。セニアの前型機のアンドロイドであり、病的なまでにセニアを溺愛している、つまるところセニアの『姉』。

 表情に乏しい(はずの)端正な顔は、まるで仁王(におう)の如き憤怒の表情に彩られ。セニアと同じく(いつもは)鈴を鳴らすかのように柔らかい声は、今にも張り裂けんばかりに高らかに。鈍い色の(普段は)ストレートの金髪は、『怒髪天を突く』としか表現のしようがないヘアスタイルにアレンジされている。

 「セニアの晴れ姿がどうしても見たい!」と言っていたカレンだったが、今日の午前中は彼女にしかできない仕事があった。その折衷案として、入学後、一緒に昼食を取ろうと約束していた。青蘭学園のカフェテリアで(・・・・・・・・・・・・)

 春樹に追い出された冬吾は、セニアのことばかり頭にあって、カレンのことを忘却していたのだ。

 そして――――彼女は、戦闘用アンドロイド。

 その存在意義を明確にするように、右腕に装備された分厚いブレスレット型の装甲が自動的に展開し、彼女の指先から肘までを覆い尽くすガントレットに変形した。装備者の脳波に反応して自動展開する、ドクター・ミハイルの新型兵装だ。

 そのままカレンか冬吾を殴りつけるように握り締めた右の拳を突き出す。しかし、冬吾とは距離がある。拳は届かない――と思いきや、そこから、

「か、カレン! 人前でミサイルはまずいって!! いや、人前じゃなくてもまずいってばそんなの食らったら絶対に死ぬ

「まず1回目えぇぇぇぇぇぇ!!! 死ねえぇぇぇぇぇぇ!!!!!!」

 冬吾は慌てるあまり、座っていた椅子から滑り落ちたが、カレンは微塵も戦闘意識を薄めない。

 カレンの装着するガントレット、その一部がさらに展開し、現れた小型ミサイルの先端を冬吾に向けた。カレンの目は、完全に狂気に満ち満ちている。まともな状態ではないということは、店内の全員が理解できた。同時に、彼女に対して一切の関係を持ちたくないということも。

 小型ミサイルの先端のマーカーランプが、ちかり、と鈍く煌めいた。発射まであと数秒もない。

 ――ああ、終わったな。僕の人生。

 絶体絶命。死期を悟った冬吾の脳が、脳神経を焼き切らんばかりの異常な速度で動き出し、今までの記憶がフィードバックする(走馬灯が流れる)――――

 そこに滑り込む影があった。

「!? セニア!?」

 カレンの表情が歪んだ。眼前のミサイルにも物怖(ものお)じせず、セニアが冬吾を背に、カレンに向かって仁王立ちしていた。

「カレン。マスターを、傷付けないでください。マスターは、まだ自己弁護が不十分です」

「セニア……」

 取り敢えず、危機的状況は免れたらしい。元の思考速度に戻った脳が、セニアへの感心を示した。

 ――僕を、(かば)ってくれた?

「それに、マスターを傷つけたら、いやです」

 柔らかい声。普段なら、ここに付随するものは鋼鉄のように硬い台詞だ。しかし、今セニアは自らの意思を口に出した。その事実に、不覚にも冬吾は少し感動してしまう。椅子から滑り落ちた、情けない格好のまま。

「……セニアにそう言われたら、矛を収めるしかないのでございます」

 カレンは、無感情に戻ってそう呟くと、ミサイルをガントレットに格納し直し、そのガントレットも金属的な音を立てて元の分厚いブレスレットに戻った。

 先の喧騒が一転、沈黙が、場を支配する。

 沈黙を破ったのは、冬吾だった。

 

「……ひとまず、謝っておこうか?」

「……そうするのでございます」

 セニアが再び席についてハンバーグをもそもそやり始める横で、冬吾とカレンは「ご迷惑をおかけしました」と「お騒がせして申し訳ありませんでした」をひたすら連呼する羽目になった。

 

 後で携帯を確認したところ、さっき受信したメールは春樹からで、文面は「カレンが探してたぞー」とのことだった。もう数分早ければ、もっと上手い言い訳が考えられたのに、と少し悔やむ冬吾だった。

 


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