アンジュ・ヴィエルジュ *Skyblue Elements* 作:トライブ
時刻は、午前零時。
世界が変わった。
…………
「……え? あれ、
「まさか……でも、それってつまり……」
「あ、あれってもしかして、新しい世界ってこと?」
周囲の人々も異常に気付き、だんだんと騒ぎが広まっていく。そんな中、春樹たちははっきりと分かっていた。分かってしまっていた。
(あれだ)
(あれだ)
(助けを求めていたのは、あれだ……!)
夢の中に出てくる、揺らめく緑色の光。
「たすけて」と呼ぶ、あの煌めき。
あれだ。助けを求めていたのは、あれだ。
あの夢は、この予兆だったのだ。
「は、春樹くん……っ!」
「――あ、あぁ……あれは……」
美海が絞り出すように呼び掛けてきたが、春樹はうまく言葉を返せない。当の美海も、明確な答えを求めているというよりかは、とりあえず絞り出されたただの声のようだ。
琉花も忍も兎莉子も、立ち尽くすことしかできない。
眼前に揺らめく緑の光は、新しい世界への
春樹ら5人は全員、世界接続より後に産まれた。だから、3つの世界と繋がっているということはある意味当たり前の事だった。それが正しいものだと理解してきた。
その正しさが、ひっくり返った。この世界に繋がっている世界は、今や3つではなく4つ。
世界接続の折にどんな混乱があったのか、春樹は両親から聞かされている。世界間の外交官だった父からは特に具体的な話まで。他の4人も、程度の差こそあれそういうことは聞いてきたはずだ。
それが今、起ころうとしている。この世界接続20周年祭が仮初の平和の元に成り立っていて、新しい世界の出現を機に争い始める、なんてことになってもおかしくないのだ。
「ね、ねぇ。これ、どうしよう。どうなるんだろ」
「お、落ち着くでゴザル。とにかく、慌てないで……」
「そそ、そうだねっ。こういう時は、変なことしないようにって」
なんとか平静を取り戻そうとする。現に、直前までの連帯感が働いたためか、この5人に関しては上手くいった。そうだ、この異変にはみんな気付いているはず。きっと青蘭庁が動いてくれる。自分たちが心配することは、少なくとも今のところは、ない。
だが、少し離れたところでは騒ぎが起こり始めていた。
「あ、新しい世界だって……?」
「どうなっちゃうのかしら……!?」
「や、ヤバいことになるかも。もしかしたら、戦争に――」
「せ、戦争っ!? そんな、嫌よ!」
徐々に騒ぎが大きくなっていく。1人が出した『戦争』というワードが恐怖と共に広がっていく様は、まるで集団ヒステリーだ。そして、春樹らはそんな光景を、ただ見ていることしかできない。「落ち着いてください!」とか言う事すらできない。だって彼らも混乱しているのだから。無理やり平静を保っているのだから。
そして、同じことが青蘭諸島中で起きていた。あちらこちらでパニックが広がる。新しい世界の到来を、悪い方向に捉えて。
先ほどまでの和やかなムードはどこへやら、青蘭中が恐怖に包まれていく。
「ほ。ほんとに大丈夫、だよね……?」
「大丈夫に決まってる……たぶん」
隣の美海が不安そうな声を上げた。それに対して春樹は、またもロクな答えを返してあげることができない。周囲の恐怖が徐々に心を蝕んでくる。これは俊太とのバトルの際に感じたそれとはまた違う、感情が捻じ曲げられそうな恐怖だ。
――こんな時、どうすれば……
そう考えようとしながら、それでも遠くに揺らめく緑色の光から目を離せないまま立ち尽くしていると――ふと、視界の端に柔らかい青の光が漂った。視線を落とすと、優しく光る青い羽根が、ふわりと砂浜に舞い落ちた。
今度は視線を上げる。すると、今見たものと同じ、青く光る羽根が、まるで雪のように次から次へと降り注いでいた。この世のものとは思えない、幻想的な光景だ。
そんな光景に目を奪われていると……気付けば春樹の心から恐怖が消え去っていた。驚いて周囲を見ると、美海も琉花も忍も兎莉子も同じ様子だったし、先ほどまでパニックになっていた人々も平静を取り戻したようだ。
そして、これもまた同じことが青蘭中で起きていた。あちらこちらに広がったパニックが収まっていく。
舞い散る羽根の青い光が、青蘭中を包んでいく。
『皆様。私は赤の世界の大天使、ラファエルです』
光に包まれる人々の耳に、優しい声が響き渡った。ゲストとして招かれていた、赤の世界の『命導』の大天使・ラファエルの声が、羽根を通じてあらゆる人の耳に届く。
『予想だにしないことでしたが、青の世界は新しい世界と繋がりました。
『皆様。ご安心ください。不安な気持ちは、私の羽根が拭い去りましょう』
『『緑の世界』の実情は不明ですが、対応は青蘭庁にお任せください。今宵、皆様がお家へとお帰りになり、お休みになられるまで、このラファエルの羽根が、皆様の心をお包みします』
『お伝えがこのような形になり、大変心苦しくはありますが……これにて『世界接続20周年祭』は閉幕となります。皆様、お気をつけてお帰り下さいませ』
『なお、特例措置により、ただ今から黒・赤・白の世界への
『それでは皆様。本日はお疲れさまでした。どうぞごゆっくり、お休みなさいませ』
ラファエルの声が止んだ後も、青い光の羽根は降り続けている。地面を見ると、地に落ちた羽根はいつの間にか形を失い消えていた。
「……帰ろう、か」
「う、うん。そうしよう」
「そだ。ハル先輩、家まで送るよ」
「え? いやいいよ。満月寮からちょっと離れてるでしょ。むしろ俺が満月寮まで送ってくって」
「そんなこと言わずに、でゴザル」
「ほら、私たちは4人で帰れますからっ」
「ん~……じゃあ、せっかくだしお言葉に甘えちゃおうかな」
そんな感じのやり取りをしながら、5人はその場を離れた。少しぎこちないながらも、先ほどまでの不安とは無縁の足取りで。
青蘭中の人々が、各々の帰るべき場所に歩を進めていた。
そんな人々を、延々と天から降り注ぐ青い光の羽根は、静かに見守っている。
…………
青枝山の中腹辺り。やや開けた場所から4人の少女が、緑の
「これにて我々も、ようやくお役御免、といったところでしょうか」
『白のはじまりの少女』コード=913・セレナが、透き通った声でそう言った。
「いや……これからでしょ。なんか面倒なことになってる。誰が来た?」
『赤のはじまりの少女』エルミナ・ガーネットが、面倒そうに首を振りながらそれに応じた。
「今回のは……なんだか随分と弱そう。私たちとは少し違う性質みたい。大丈夫かしら?」
『黒のはじまりの少女』クロリス・オブシディアが、不安そうな声を上げた。
「……確認しよう」
『青のはじまりの少女』サファイアは、常と変わらない落ち着きのまま立ち上がった。
…………
賢緑島上空に開いた
そこに1人の少女が落ちてくる。
艶やかな長い髪の、何の変哲もない少女だ。――着ているものが、緑を基調とした軍服であることを除いて。
その目は虚ろだ。開いてはいるが、何も映してはいない。その瞳の奥に、緑色の光が覗く。
少女はそのまま降下し、機動隊基地の演習場に音もなく降り立った。
少しの間、少女は周囲を見渡していたが……その瞳の奥に灯っていた緑の光が消えた瞬間、初めて自分が置かれている状況に気付いたようだった。
「あ、あれっ? こ、ここは――どこ……?」
きょろきょろと周囲を見渡すが、誰もいない――いや、1人だけいた。こちらに近づいてくる。
「やぁ、ごきげんよう。何もしないから、手を上げて」
陽気に聞こえるが、どことなく冷徹な、男性の声。少女は「ひっ」と声を上げたが、ほんの一瞬だけ悩んで、
「ぐ、《グリム・フォーゲル》!」
そう唱える。すると、少女の左右の手に小さな拳銃が一丁ずつ出現した。
その銃で近づいてきた男性を狙う――ことは出来ず、
少女――マユカ・サナギは意識を失って地面に倒れ込んだ。
…………
「随分と喧嘩っ早いな……何もしないって言ったのに」
少女に金縛りの術を掛けて意識を奪った海斗は、金縛りの状態を再確認しながら周囲に合図を送った。すると、基地のあちこちの物陰に隠れていた機動隊員が集まってきて、少女を拘束し始める。
同時に黒の世界からの来賓であったネロ・グラディウスが、その上空で揺らめく緑色の
「完璧に予定通り……次は、調査隊か。もう組織は終わっているし、機を見て行くだけだ」
周囲で機動隊員が忙しく動いている中、海斗は拘束され運ばれていく少女をぼんやりと眺めていた。
この数ヶ月間の全ては、今この瞬間のためにあったといっても過言ではなかった。
予見によって事が起こる日時と位置を絞り込み、
機動隊に掛け合って人員や物資や設備を整え、
執行部にはより厳重な警戒網の整備を呼びかけ、
教務課は異常が出始めるプログレスをなんとか制御し、
さらに事態の収拾に必要な人員を来賓として招き、
その全てを今この瞬間に傾ける。
今までの歩みが、まるで緩やかな走馬灯のように脳裏に流れていた。
要するに、彼は余りにも疲れているのだ。
『皆様。私は赤の世界の大天使、ラファエルです』
上空から青く光る羽根が舞い落ちる中、ラファエルの声が青蘭中に響き渡った。混乱もこれで少しは収まるだろう。
海斗は相変わらずぼんやりしながら、リュックサックの中から1冊の本を取り出し、目的のページに書かれている文章を眺めた。
『海斗様。どうしてこちら側からばっかり、あちら側へと落ちて行っちゃうと思います?』
ほんの数刻前。エルミナ・ガーネットから投げかけられた質問に、海斗は答えられなかった。
『世界が、その表紙と同じ位置にあったら、必然だと思いませんこと?』
一瞬、そうかも、と思ってしまった。
『そんなこと、私が知るわけもありませんが』
だが、エルミナ・ガーネットはクスクスと笑ってそう言った。
「……これからよろしくな、緑の世界」
海斗はぽつりと呟くと、深呼吸して気持ちを入れ替え、その場を後にした。これからやるべきことは、まだまだいくらでもあるのだから。
海斗が取り出した、1冊の古ぼけた本。
その表紙には、掠れた5つの星が描かれていた。
右に黒、上に赤、左に白、中央に大きな青。
そして、下に小さな緑。
…………
青い光の羽根に見守られて無事に帰ることができた早輝は、自室のベランダから緑の
「…………」
ラファエルのものだという青く光る羽根は未だに舞い続けている。幻想的な光に当てられて、どんな恐怖も怒りも鎮まってしまうかのようだ。争いが存在しない世界があるとしたら、まさに今この状況以外には考えられないだろう。
頬を撫でる夜風が気持ちいい。そんな愛すべき世界にまた1つ、巨大な異変が起きてしまった。今夜はどんな夢を見るのだろう。
「……なんだろうね」
あの
例えるなら……そう。
心が、何かと繋がった気がした。
その夜、連日の悪夢から解放された彼は、幼い頃の夢を見た。
泣き虫な妹と、意地っ張りな姉の夢。
翌朝。目覚めた彼が覚えていたのは、1人っ子である自分には余りにも贅沢すぎる夢を見た、ということだけだった。
3幕が終了しました。ここまでお付き合いいただきありがとうございます。
今回の幕は、筆者の中にあるアンジュ・ヴィエルジュの世界をお見せするために、大人の話を入れることで、世界をより深く掘り下げることになりました。堅苦しい文体に加え、オリジナルキャラクター(特に男)が多すぎて混乱されたことでしょうが、ご容赦下さいませ。また、原作に登場するキャラクターの数人に関しても、かなり立場を変えて登場させました。とりあえず、今後必要ないキャラクターは1人も出しておりませんので、先に投稿しました設定集を眺めてみてください。
いよいよαドライバーの人数も増えて参りましたので、「どのαドライバーがどのプログレスと関係しているのか」という資料も作りたいと思っております。加えて、原作とは大きく異なる世界観であることに対するフォローが薄いと感じたため、このお話の中での青蘭諸島の案内といった趣向の資料も作成中です。完成し次第投稿しますので、そちらも是非ご覧ください。
続きとなる4幕は、緑の世界へ調査に向かう大人達のお話と、青蘭諸島に残り動乱に巻き込まれる子供達のお話になります。ようやく全ての世界が繋がり、原作にもあった大イベントへと突き進んでいくことになります。ですが、そちらの方は上記の資料が完成してからの投稿になると思いますのでご容赦ください。
この世界でのお話はまだ始まったばかりと言っても過言ではないため、今後も不定期ではありますが投稿は続けていきます。お暇な方はお付き合いいただければ幸いです。
今後の予定として、1幕と2幕に対し大規模な改修を加えようと考えております。具体的には
●登場人物の心情や状況描写の追記
●セリフと地の文の改行を現在の状態に合わせる
この2点について改修する予定です。もちろんお話の流れや繋がりは変えませんが、描写や心情が加筆されることで、少し分かりやすくなるかもしれません。
以上、ここまで読んでいただき、本当にありがとうございました。今後ともよろしくお願いします。