アンジュ・ヴィエルジュ *Skyblue Elements* 作:トライブ
「おつかれ、俊太。屋台で買ってきたから食べな」
「ども、春樹さん。ありがとうございます」
「ほれ、焼きそばとたこ焼きなんだけど。ど定番」
「あ、嬉しい。昨日アウロラに異世界のものばっか食べさせられてたんで、逆に新鮮かもです」
バトルが終わった後。気絶したため安静にしていた俊太の部屋に、春樹はお土産を持って訪れた。
「気絶してたけど、大丈夫か?」
「ええ。それよりアウロラの方が心配です。無理させちゃったから……」
「さっきちょっと聞いてきたけど、大丈夫だって。やっぱタフいよな」
「それなら安心なんですけど」
普段は結んでいる髪を下ろした俊太は、その小さな体躯と中性的な顔立ちもあって、少女に見えないこともない。窓から差し込む夕日のせいもあるのだろうか。
その俊太が、苦笑しながら口を開いた。
「負けました。やっぱ強かったです、春樹さんのチーム」
「お前のチームこそ。初めてのバトルなのに、あそこまでやるなんて……」
春樹はベッド脇の椅子に座りながら言った。俊太がお土産の焼きそばに手を付け始めたのを眺めながら、少し考え込んでしまう。こんな、ともすれば「可愛い」と形容できてしまう子が、あんなに顔を歪めて最後まで立っていたなんて。
「俺さ、バトル終了のアナウンスが流れて、安心して座り込んじゃったんだよ。でもさ、お前は立ってた。だからめっちゃ負けた気分」
「あー……なんか、そうっぽいですね。志賀先生に、無理しすぎだって怒られました」
「そりゃ怒られるでしょ」
「でも、俺の取り柄なんてそのくらいしかないですもん。んで、結果負けたんだから……情けないです」
「……そんなことねぇよ。俺らは確かに追い詰められてた。俺の心があと5秒早く折れてたら、お前らの勝ちだった。そのくらいよくやってたんだ。それは誇っていい――っていうか、誇れ。じゃないと、俺の立場が無いよ。な?」
「…………ん。春樹さんがそういう言うなら、そういうことにします。あ、そうだ」
「お?」
俊太は思い出したように右手を差し出してきた。
「バトル、ありがとうございました」
「……おう。こっちこそありがとう。いい勉強になった」
春樹は差し出された手を握る。バトルは真剣にやっても、終わったら共に高め合う仲間同士。そこに負の感情は一切無く、ただ向上心だけが存在していた。
「でもさ、お前の戦略、考え直すのもいいかもだぞ。俺が5月にやった『ダメージカウンター式』のバトルだと、αドライバーがどんだけ耐えるかって意味ないからな」
「それもそっか……やっぱ無駄にダメージ受けすぎましたかねー」
「削れるところはあったと思うぞ。ま、それは俺もだけど。なんか、みんなすごいよくやってるからさ。俺も新しい作戦、考えてみたくなった」
「それは同感。アウロラにもフローリアにもルビーにも、もっと大きな可能性あるなって、思いました」
「そうだ。せっかくなら対戦した相手として思ったこと、教え合おうじゃん。俺も聞きたいし」
「お、いいっすね」
「じゃあまず俺からな。戦った感想としては――」
「ふむふむ――」
相争った2人のαドライバーは、互いのバトルを振り返り、己の力として取り込んでいく。
…………
時は流れ、
「もう少しで終わっちゃうのか~」
「なんかちょっと寂しいよな」
「もう少し長くてもいいのにねー」
春樹と美海・琉花・忍・兎莉子の5人は、青蘭島の浜辺に来ていた。夕陽は島に沈み、もう少しで日付が変わる。
「ん~、でもめっちゃ楽しかったよ!」
「いろいろと有益な祭りでゴザったな」
「無事に終わりそうで何よりだねっ」
ブルーミングバトルが終わってから今まで、色々な事があった。バトルの反省会をしたり、改めて本気でお祭りを楽しみに掛かったり。青蘭の島々を巡って、他の世界の文化に触れるのも面白かった。美海ではないが、もう少し続けてほしいと春樹も思っている。
だが、本当に充実していたのは確かだ。何より、この5人でここまで来れたことが嬉しかった。春樹としてはこっそり、浴衣を着た彼女らの姿を見られたのが嬉しかったというのもある(記念撮影と称してばっちり保存済み)。
もう少しすると、賢緑島から花火が上がり始める。その拡大魔術のために、賢緑島は現在、渡航禁止だ。渡航禁止にするほどなんだからきっとすごいんだろう、と期待しながら、花火を待って談笑している、というのが今の状況だ。
春樹たちの後ろには、木組みに半紙で作られた灯篭が5つ、置かれている。これは後で灯篭流しに使用するものだ。どの灯篭にも、送る人の名前が書いてある。
「灯篭には、拙者のエクシードで火を点けられるでゴザルな」
「ちゃんとライター使おうぜ~。暴走したら全部パァじゃん!」
「それもそうでゴザルな。バトルが終わって、少し気が緩んでしまっているかもしれんでゴザル」
「忍ちゃんでも、気が緩んじゃうんだ?」
「兎莉子殿には信じられんかもしれないでゴザろうが、拙者も人間でゴザルからな」
そう言うと、忍は自分の分の灯篭を取ってきた。
「あまり声を大にして言うべきことではゴザらんが……もしよろしければ、みんなが誰を送るのか、教えてほしいでゴザル。互いのことをよく知るためにも……」
「……ん、まあ、そこに置いてあるから、読めば分かっちゃうけどさ」
春樹は自分の灯篭を手元に寄せながら言った。他の皆も打ち明けてくれるようで、それぞれの灯篭を手に取った。
「言い出しっぺの拙者は、敬愛する師匠でゴザル。忍術を拙者に教えてくれた……ここに来る前にくたばったでゴザルが、まあ満足して死んだようだから、現世に留まらないでさっさと帰ってほしいでゴザル」
「へぇ……なんかドライ」
「そういう男だったのでゴザルよ」
忍の表情は、呆れているような、それでいて寂しそうな、でも少し喜んでいるような、形容しがたいものだった。しかし、彼女がその師匠に対して並々ならぬ愛情を抱いていることだけは確実に分かった。
「じゃあ次は俺ね。……俺の場合は、父さんなんだ。俺が青蘭学園にスカウトされて、一家纏めて移住するって時に、事故で死んじゃってさ。ここに着いた時も呆然としてたの、覚えてるよ。だけどさ、父さんは青蘭庁の外交官で、その時に作ってくれた縁のおかげで、俺も母さんも生きて来られたんだ。だから、ありがとうって」
「春樹くん……」
「い、いいんだよ、湿っぽくならないで。父さんもきっと喜んでくれるさ。こんなに素敵なチーム作って、一緒に頑張ってんだからさ」
春樹の灯篭に書かれた名前は『神城秋人』。彼の父の名前だ。
彼の父は厳しくも優しい、まさに理想の父親だった。外交官であるが故に家にいないことが多かったものの、働いている父の後ろ姿は、いつも春樹の憧れだった。
せっかく青蘭に移住することも決まって、これからは一緒に過ごせる時間が伸びると、誰よりも喜んでいたのに……その死は余りにもショックだったが、だからこそ彼の死後に残った縁故を知った春樹は、生前に何かを遺すことの大切さを知ったものだ。
父は死んだ。だが、その父が今まで生かしてくれた。今でも尊敬する、大切な人なのだ。
そんな春樹の表情を慮りながら、兎莉子が口を開いた。
「わ、私は……家族とかじゃないんだけど、今まで救えなかった、沢山の動物さんたち……。私ができるのは話すことだけだから、元気づけてあげるだけで何もしてあげられなかったけど……天国で、みんな仲良く暮らしてくれてれば、嬉しいなぁって思います」
隣に座った兎莉子の灯篭に書かれている――いや、描かれているのは、動物たちの姿だった。春樹はこんな時ながら、絵が上手いな、と思った。どれも丁寧に描かれている。彼女にとってはどれも辛く、だが無意味ではない死だったのだろう。彼女が時折見せる毅然とした芯の強さの原点は、これだったのだ。その考えに至った春樹は、彼女への愛情が溢れて止まらない気がして、ほとんど無意識に彼女の頭を撫でていた。
そんな春樹と兎莉子の様子を眺めながら、琉花が口を開いた。
「じゃあ次は私で。私は母方のおじいちゃんとおばあちゃん。なんていうか……普通に亡くなった、ってカンジ。おじいちゃんは私が生まれる前に死んじゃったから、話したこともないんだけどさ」
「あ、私もおばあちゃんなんだよ。すっごく優しいおばあちゃんだったんだけど、老衰で亡くなったの。すっごく悲しかったけど、いろんなお話してくれたなぁって思って」
琉花と美海は灯篭を撫でながら視線を交わし合っている。その視線の優しさから、2人にとってそれぞれとても大切な人だったんだろうな、ということが分かった。
「……そろそろ時間だし、火、点けようか。ほら、あそこでライター貸し出してる」
「そうでゴザルな。拙者、借りてくるでゴザル」
少ししんみりしてしまったので、空気を変えるために春樹がそう言うと、そもそも言い出した忍が真っ先にライターを取りに行った。そのすれ違いざまに彼女は春樹の耳元に口を寄せて、
「ありがとう、でゴザル」
「……気にすんな」
その声は、今まで聞いた彼女の声の中で一番柔らかかった……気がした。普段はチーム1のしっかり者で、先日のバトル中でも揺らいだ春樹たちの心を立ち直らせてくれた彼女だったが、中身はやはり少女。その年相応な部分を見せられると、やはり愛おしさを感じる。
…………
「おっ、みんな灯篭流し始めたねー」
「わぁ、綺麗! 写真撮っておこう」
「海が光ってるみたいだねっ」
日付が変わるまであと30分。海に流された灯篭が徐々に沖へと出て、五角形を描く青蘭諸島の中心の方へ集まっていく。兎莉子の言う通り、まるで海が光っているようだ。
琉花と美海と兎莉子は写真を撮るのに夢中になっている。そんな3人を、少し離れたところから眺める春樹と忍。
「みんなが、誰かを送った光でゴザル」
「感慨深いよな」
「……先ほどは、本当にありがとう、でゴザル。改めて考えると、とんだ不躾だったでゴザルが……」
「大丈夫だよ。それに、こっちこそありがとう、だ。チーム組んでからずっと主力を任せっぱなしで」
「それは問題ないのでゴザル。何しろ、春樹殿は拙者が仕える主人と認めた殿方でゴザルからな」
そう言うと忍は春樹の方を向いて、ニコッと笑った。
「……頭、撫でていい?」
「拙者のでゴザルか? いいでゴザルよ」
忍は普段から被っている黒い帽子を取ると、頭を寄せてきた。よく考えると、帽子を取った彼女を見るのは初めてな気がする……。
「も、もし! 撫でるならさっさとするでゴザル! 帽子を取るのは恥ずかしいのでゴザルよ」
「ご、ごめんよ。ほれ、よしよし」
「……む、これは……なんというか、懐かしい感じ……」
春樹が忍の頭に手を乗せて撫でると、彼女は戸惑いながらも喜んでくれているみたいだった。
「……この歳にもなれば、人に頭撫でられる機会なんて無くなっちゃうもんな」
「なら……拙者は、幸せ者でゴザル。良き主、良き友人、良きライバル、良き先導者。己を高めるのには、どれも不可欠でゴザルからな」
「お互い、もっと強くなろうな。付いてきてくれるか?」
「無論でゴザル――っと、ここまででゴザル!」
忍は急に離れると、帽子を被りなおした。見ると、写真を撮っていた3人が戻って来るところだった。
「いーカンジに撮れた~! ほら見てこれ!」
「ん? お、ホントだ。後で送ってよ」
「シノ、何してたん? ハル先輩に撫でて貰ってたの~?」
「う、うるさいでゴザル。バトルで成果を上げた褒美でゴザルよ」
「あっ、忍ちゃんが照れてる。珍しいねっ」
不意に視界の端が鮮やかに光った。見ると、賢緑島から花火が上がっている。
ここから10キロ以上離れた賢緑島は、ほんの小島のように小さく見えるが、上がった花火の大きさはそれの数倍の大きさだった。これが拡大魔術の成せる業なのか、と感心する。
「うわぁ、でっかーい!」
「めっちゃ拡大されてんねー!」
「迫力満点でゴザルな。写真撮らないでよいのでゴザルか?」
「あっ、撮る撮る!」
「海にも映ってるのが、すごくキレイ……」
しばらくすると、見たこともないような弾け方をする花火が混じり始めた。線のような軌跡を幾筋も残す花火、
「……20年の積み重ね、か。すごいな」
「これからは、拙者らも担っていくのでゴザルな」
「だな。昨日のバトルはその第一歩だった、って感じだ」
「みんなとは、長い付き合いになりそうでゴザル」
雲一つない、晴れ渡った星空に、花火が弾けては消え、また弾ける。そのどれもが美しい。まるで「一番美しかった奴が新しい星になれるぞ」と言われて、その美しさを余すことなくアピールするように。
あと数分で日付が変わる。厳密な世界接続の時期は不明なのだが、とりあえずそこから21年目に突入、ということになっている。
その訪れを、5人は静かに花火を見上げながら待っている。
「ねぇ、春樹くん」
「どうした、美海?」
「これからも、よろしくね?」
「もちろん。こっちこそよろしくな」
横を見ると、美海の瞳はキラキラと輝いていた。花火を映して、灯篭の明かりを映して、星明りを映して。その輝きに、春樹は見惚れてしまった。
初めて出会った時に思った彼女の美しさ。それがまだここに――いや、さらに輝きを増して、ここにある。
「あと1分か」
「おし、じゃあ叫ぼう!」
「え、なんて?」
「うーん……『これからもよろしくー!』とか?」
「ほ、ホントに叫ぶの?」
「まあ俺ら高校生だし。ちょっとヤンチャするのもいいかもな」
「でしょでしょ?」
「行き当たりばったりでゴザルなあ。まあ、それが琉花殿の良いところでもゴザルが」
「よーし……じゃあ、準備して……」
春樹が時計を確認しながら息を整える。あと20秒――10秒――5秒、4、3…………
「2……1……!」
日付が、変わる。
『これからも、よろしくーーーー!!!!』
思いっきり、叫んだ! ああ、なんだか気分がいい。この連帯感。まさに青春。
それと同時に最後の花火が打ち上がった。一際大きな、緑色の花火。それが消えて、ようやく世界接続20周年祭が――
――――消えない。
最後の花火は煌めいたまま賢緑島の上空に留まっていた。揺らめくようにその輝きを広げている。
「あれ、あの花火消えない――」
「――花火? じゃなくない……?」
「あれは……」
全員、徐々に理解してきた。あれは花火じゃない。あの煌めき。あの雰囲気。一度認識してしまえば、間違えるはずがない。だって、そばに同じものが3つもあるのだから。
そう、あれは――
――――――