アンジュ・ヴィエルジュ *Skyblue Elements*   作:トライブ

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第10話 立ったまま

 

 午前中に冬吾とハイネのバトルを観戦していた春樹は、控え室に入ってからも、その時の衝撃を未だに振り払えずにいた。

 

「俺ら、完全に食われたよな」

「ん?」

「いやほら、相手をフィールドから吹っ飛ばして勝つって、俺らも最初にやろうとしたじゃん?」

「あー、そういえばそうだったね。失敗しちゃったけど……」

「でも、冬吾は成功させた。また戦うとなると厄介だな」

 

 冬吾のチームは、ユーフィリアの《セラフィック・フルバースト》によって、ハイネチームのプログレスを全員フィールドから退場させて勝利した。そして、春樹のかつて同じことをやろうとしたことを思い出す。バトル開始直後から美海のレベルを上げまくり、相手のレベルが上がり切らないうちに決めてしまおうというものだ。

 だが、その作戦は失敗した。素の膂力が非常に高いテルルがフィールドに拳を突き刺すことによって位置を固定し、そこにもう2人がしがみついて耐えるという方法で。しかもユーフィリアのレベルを上昇させて美海の暴風の中でも飛行できるようにし、攻撃を行うことでこちらの戦略を元から断ってきた。こちらとしても「決まればいいな」くらいの気持ちだったとはいえ、それと似たような作戦を彼らが成功させたとなれば、今更になって少し悔しさを感じるというものだ。

 

(……きっかけが俺らだったとしても、冬吾はこれを上手く纏めてた……)

 

 というのが、春樹の素直な感想だ。春樹らがこの作戦を思いついたのは、全体的にプログレスの練度が足りない中で、少しでも効果的な戦略を増やそうとしている最中。正直に言えば『見せかけ』の大技だったのだ。とはいえ、美海のレベルを素早く上昇させながら、準備の整っていない相手を乱すというのは、そこそこ理に適った作戦ではある。冬吾の頭脳がそれを上回ったというだけで。

 (ひるがえ)って、その冬吾は本当に『決め手』としてこの作戦を取った。前回のバトルを(ことごと)く裏切るかのようなトリッキーさでハイネ側の作戦を滅茶苦茶に荒らし、混乱の最中に一気に勝負を搔っ攫うために用いた、文字通りの切り札。悔しいが、この大技を思いついた春樹よりも先に、冬吾の方が早く実戦で決めた。

 だが、学べることも多かったのは確かだ。相手の考えを読んだ『手』の外し方と、誘導の仕方は流石の一言だったし、それぞれのプログレスの動かし方や特徴の出し方も上手かった。時間さえあれば、こっちも新しい戦略を考えたくなるくらいだ。

 その上で、再び冬吾のチームとバトルする際の厳しさも実感した、特に空中と地上を完全に切り離してしまう、あの思い切りの良さは、今後バトルする上で大いに厄介になるだろう。それに、相手チームを対策するために必須となる『過去のバトルのデータ』すら彼は逆手に取った。となれば今回のそれも、布石と考えて間違いない。現に、これから冬吾のチームとバトルすることになったチームは、ほとんど例外なくユーフィリアの《セラフィック・フルバースト》の存在を念頭に作戦を立てなければならない。それからセニアの持つ多彩な装備――特に厄介なのは、残数も出てくる時も分からないスタングレネードだと思う――に加え、テルルの高い膂力と機動力も変わらず無視できない。この3人は『抜群の機動力と影響範囲の広さ』『攻撃・防御を問わない手段の多彩さ』『エクシードに頼らないデフォルトの身体スペックの高さ』という、互いの弱点を上手く補い合うような強さを持っているので、安易な対策も難しいだろう。

 

 ――そういえば、テルルってお姉ちゃんがいるんだっけ。1度も見たことないけど。なんだっけ。仕事、とかでいないんだっけ。一応クラスに在籍だけはしてるけど……そうだ、元素――セレンって名前だったか。彼女がもしテルルと同じで冬吾とリンク相性良かったらどうすんだ、マジで……。こっちも、みんなが戻ってきてくれたら、その時はメンバーどうするかなぁ……考えなしに増やすとデメリットの方が大きそうだし……。

 

「とりあえず……みんな、準備はいい?」

 

 雑念を振り払うための春樹の問いかけに、力強く頷く美海、琉花、忍の3名。頼もしい限りだ。

 できることはやってきた。

 美海はチームの練習時間外も、雄馬の部下である(さち)に頼んで飛行や空中機動のやり方を教わっていた。そのため、飛行に使うエネルギーの量は以前と比べ物にならないほど減っているし、その飛行も非常にスムーズになった。

 琉花はエクシードの出力を高めながらも、搦め手の開発に勤しんでいた。相手の足に水をひっかけて転ばせたり、自分の移動に使用したり。エクシードの効率化にも取り組み、前々回のバトルでセニアを攪乱するために使ったウォータースライダーのような技も、今までよりずっと長持ちするようになった。

 忍は今更……と思っていたが、実はこっそり青蘭大学で元生徒会長の(そう)(げつ)()()と特訓していたらしく、新技をいくつか編み出していた。それも、今までとは別方面からのアプローチ――どちらかといえば心理的に相手を追い詰めるタイプのものが多かった。前回の雄馬のチームとのバトルを敢えて観戦したことの収穫は大きかったようだ。

 総じて、美海は出力と機動力を向上させ、琉花は燃費が上がってトリッキーになり、忍はそんな2人を纏めながら相手を確実に追い詰めていけるようになった。

 

(まあ、今回のバトルですべて役に立つとは、思っていないけど……)

 

 今回は、相手に妖精が2人いる。人間とは全く異なる特徴を持っているため、人間相手の作戦がどこまで通じるかは未知数だ。しかし、積み上げてきたものが無駄になるはずもない。

 

「頑張っちゃうよー!」

「まぁ、ほどほどにでゴザル。怪我したら明日楽しめないでゴザルからな」

「大丈夫っしょー? (りゅう)()ちゃんが治してくれるだろーし!」

「あ、あんまり張り切りすぎないでね……?」

 

 バトルに出る3人に、兎莉子を加えた4人の調子は、良い感じだ。先ほどのバトルで刺激を受けたらしい。が、そっちに傾かれてしまうと困るという意味で、

 

「いいか? あんまりさっきのバトルに影響受けすぎるなよ? 俺たちは俺たちがやってきたことを、素直に出し切ればいいんだから」

「大丈夫だよ! ただ、早く動きたいなぁって」

「スポーツマンだね、みうみん。私もだけど」

「身体が疼く気持ちは分からないでもないでゴザルね。拙者も編み出した技が、どこまで通じるのか気になるでゴザル」

「なんか大丈夫そうだな。まあ、気楽に……っていうか、気負わないで? って感じで行こう」

 

 どうにも締まらないが、これもこのチームの持ち味、とポジティブに捉え、春樹は3人を連れてゲートへと向う――前に。

 

「行ってくるよ、兎莉子」

「が、頑張ってきてっ!」

 

 兎莉子に声を掛けると、彼女はにっこり笑って、両手で春樹の頬を挟んでくれた。その笑顔が、その小さな手から伝わってくる体温が、昂った心を鎮めてくれる気がした。

 

 

…………

 

 

 俊太チームの控え室は、妙な緊張感に包まれていた。バトルそのものに怖気づいている訳ではなく、武者震いが高まっているような、そんな緊張感。

 

「うん……準備オーケーよ、俊くん」

「おっし。2人は?」

「おけおけー! てんきもいーし、ちょうしバツグンだよー!」

「ルビーたちがガンバってきたところ、みせつけてやるわ!」

「大丈夫そうだね、良かった」

 

 バトルに出場する3人の調子は良さそうだ。皆、早く動きたくてたまらない様子。それは俊太も同じだった(αドライバーは実際に動くわけではないが)。

 フローリアの言った通り、天気は晴れ。開始時刻は14時なので、コロシアム内は直射日光に晒される。予定通り、環境面ではこちらの有利。

 あとはその場の判断次第だ。先ほどのハイネのバトルを見てはっきり分かった。彼らの敗北の原因は、プログレス同士の相性差にも、冬吾の戦略にもあったが、決め手となったのはハイネの指示ミスだった。それに加え、微妙に統率の取れていないプログレスらの独断専行が、チーム全体の致命的な乱れを生んでしまっていたのだ。

 一方の冬吾チームのプログレスの動きは完璧だった。彼らの場合、確かに個々の能力が高いこともあるが、恐らく冬吾という指揮官への信頼感が、彼女らの行動を絶対のものにしていたのだろう。白の世界のアンドロイドのみで構成された冬吾のチームメンバーは、バトル時のみとはいえ彼を『マスター』と呼び、彼の指示にのみ従うという主従関係が存在する。その絶対的な力関係こそ、ハイネのチームに足りなかったものだ。

 ハイネに対する彼のチームメンバーは、同年代がソフィーナのみで、後の3人は皆年上。しかもエミルとマリオンに至っては、それぞれ生徒会長と副風紀委員長という『立場』を持っている。ソフィーナも、長い間離れていた幼馴染ということで、妙なしがらみを持っているらしい。比較的フラットな関係であるカサンドラでさえ年上となれば、()()()()()()()()指揮系統がガタついているのは否めない。彼らは恐らくそういう関係に頓着しないつもりだったのだろうが、やはり無意識のうちにハイネの指示と自らの判断が競合してしまっていたのだろう。

 翻って、こちらの対戦カード。

 春樹チームはメンバーが全員、春樹の後輩だ。彼女らの入学当初から面倒を見ており、このチームメンバーで1度バトルもしている。その信頼は確固たるものだろうし、指示出しにも慣れていそうだ。指揮が乱れるということは考えづらい。

 では、俊太のチームは? 俊太自身の性格の問題もあり、当初はどうなるか分からなかったが、このチームの練習を見てくれていた音楽講師のサイオンのおかげもあって、指示出しの練習はずっとしてきた。チームメンバーの3人も、俊太の指示に従うという共通認識ができている。それが実際に上手く働くかどうかはさておきだが、前提条件で春樹らに劣っているとは思わなかった。

 俊太の役割は、とにかくフィールド内を注視して指示を出し、なおかつ耐えること。それさえできれば、バトルに勝てる。そして、それができるように特訓してきた。

 絶対に負けない。それだけが俊太の心を満たしていた。

 

「それじゃー……時間だ。行こうか」

「ええ」

 

 俊太の合図に、アウロラが短く返答。攻撃用の魔法を使うためのロッドを持って立ち上がった彼女の両肩に、ミニサイズになったフローリアとルビーが座る。

 

「頑張りましょう」

「がんばろ―! おー!」

「うるさいわよフローリア!」

「喧嘩するなって。ほら、みんな見てるぞ」

 

 ゲートをくぐると、4人は大歓声に包まれた。先ほどは観戦席の中にいて、歓声を上げる側だったのに、受ける側になるとこうも違うものか、と実感する。ただ、ちらっと後ろを見たところ、プログレス3人は特に緊張していないようだ。フローリアとルビーなど、小さな手を観客に向かって振るほどの余裕を見せている。というより、よく分かっていないのだろう。それならそれでいいや、と俊太は安心した。余計な緊張で動きが鈍る心配もない。

 

 開始時間が近い。メンバーの3人とファーストリンクを結び、3人がフィールド内に入る。俊太自身もαドライバーゾーンに入って、準備完了。

 フィールドの反対側に目をやると、春樹チームも準備が完了したようだ。

 一瞬、春樹と目が合う。挑戦的な、それでいて苦笑のような、微妙な笑顔を向けられた。それに対し俊太は、とりあえず一礼しておいた。ずっと剣道をやってきた俊太にとって、それが一番誠実な対応だと思ったのだ。

 

 フローリアとルビーはまだ小さいままだ。これも先ほどのバトルを見て改めて理解したことだが……バトルに参加させるプログレスの人数は、そのまま相手の攻撃を受ける的の数になる。ならば、3人分の攻撃力を持つにもかかわらず、1人分の身体しか持たないプログレスがいたとしたら?

 

 開始時刻が迫るにつれて、緊張感が高まる。だが、それはいい緊張だ。今、ファーストリンクで繋がっている4人の心は、熱く燃え立っていた。

 

「まずは計画通り『おひとり様モード』からスタートするよ」

『ええ、任せて』

 

 数秒の沈黙の後――バトルが開始された。

 俊太は考えるよりも先にデータパッドを操作し、アウロラとセカンドリンクを結ぶ。

 

 

…………

 

 

 バトル開始時に春樹が思ったのは「そんなのアリかよ」だった。

 なにせ、妖精サイズのフローリアとルビーが、アウロラの左右の肩にしがみついているのだ。こういう、小さいのが左右から魔法を撃ってくる感じのボスキャラ、なんかゲームで見たことあるぞ、などと無駄なことを考えつつ、まずは美海とセカンドリンク。これは場を制す上で必須の手だ。

 

「忍、琉花、まずは2人で。美海はレベル上昇を待とう」

『承知でゴザル』

『任せろ!』

『りょーかい!』

 

 二重にセカンドリンクを結んだ美海のレベル上昇速度は、そのリンク率の高さから非常に早い。一方で、データパッドを見ると、俊太はアウロラとセカンドリンクを二重に結んでいるようだ。

 春樹は……実は、アウロラのエクシードがどんな性質のものかよく知らない。分かっているのは、オーロラのような光のカーテンを引くもの、というだけだ。それも、実際のカーテンのような性質を持っている。これは過去に触らせてもらったことがあるので確実だ。なので、美海の風で吹き飛ばせる、と考えている。それに、カーテン特有の性質もある。少なくとも美海の行動は担保される……はずだ。

 だが、過信は禁物だ。俊太という最高のαドライバーを得た彼女のエクシードは未知数。油断なく、手堅く攻める。

 

『まずは、我々の相手をしてもらうでゴザル!』

『逃がさないよ!』

『ええ、分かってるわ。受けて立ちましょう!』

 

 接近する忍、琉花に対し、アウロラは持ち込んだロッドを振るい、攻撃魔法を放ってきた。忍と同じく、エクシード無しでもある程度戦えるのだ。とはいえ、これは予想通り。アウロラが魔術の専科を受けていたのは知っていたので、ここで簡単に終わるとは思っていない。

 いくらかの攻撃を互いに交わしたあたりで、美海のレベルが4になった。

 アウロラと妖精2人があくまでも離れないつもりなら、美海の突風で同時に吹き飛ばす。成功すれば、俊太側のプログレスがフィールド内からいなくなるので、これだけで勝利だ。

 

「美海、リンクする」

『おし! 来て!』

 

 力強い美海の返事を聞いて、彼女とαリンクを開始。5秒で成功。美海のエクシードが完全に解放される。

 

『行くぞー!』

「琉花! 忍! バックだ!」

『承知っ!』

『おっけ!』

 

 打てば響くコンビネーションは、この数か月の努力の賜物だ。アウロラとの戦闘に集中していた琉花と忍が急に下がり、美海の風を安全に通せる状態に。

 だが――やはり俊太も、甘くはなかった。

 

『極光よ!』

 

 俊太とのαリンクが成功したらしいアウロラの呼びかけに応じ、フィールドに光のカーテンが引かれた。オーロラのように色が変わり続ける、思わず見惚れてしまいそうなほど美しいそれは、上空20メートル以上という高さから、フィールドを前後に仕切るようにたなびく。

 そして、美海の突風を受けても、光のカーテンはふわりと揺れただけで、風の大部分は下へと逸らされてしまった。まるでそよ風に吹かれただけのような反応。春樹は直感する。

 

(アウロラのエクシード……見た目以上に、重いってことか……!)

 

 そう簡単にバトルは終わらない。だが、春樹にはそれが面白く感じられた。それは、彼とリンクで繋がっているメンバーも同じようだった。

 

(――出し尽くせるだけ、出し尽くせるってことだもんな……!)

 

 

 

…………

 

 

「20メートルなら日向は上を超えてくる。アウロラ、手を抜かないで、仕切り続けて」

『分かっているわ、大丈夫。フローリアとルビーを優先して』

「了解」

 

 ミニサイズのフローリアとルビーがアウロラと一緒に行動するという戦法の中で、一番のリスクはやはり、纏めてフィールド外に叩き出されることだろう。特に相手チームには美海がいる。それをみすみす見逃すわけにはいかない。

 アウロラのエクシード《暁の極光(ドーン・イン・ザ・ヴァーミリオン)》は、厳密に言えば少し違うものの、オーロラのような光のカーテンを引くというもの。そして、エクシードレベルが上昇すると、一度に引ける幅やカーテンの丈の長さが上昇するが、カーテン自体が重くなる、という効果もあるのだ。そして、何度も試した結果、レベル4まで上げれば相当な突風でも防げることが判明した。

 とはいえ、飛行する美海に対する明確な弱点もある。このエクシードは、カーテンのように発動した場合は、あくまでもカーテンの性質を持つ。カーテンは上から吊り下げるものである以上、上面を塞ぐことができないのだ。そして、ブルーミングバトルのフィールドに天井は存在しない。よって、美海がカーテンの上から入って来ることは十分に可能なのだ。

 春樹が最初から美海のレベルを全力で上げに来ることは分かっていた。その時間稼ぎに忍と琉花が出てくるということも。その間、危険なのはルビーとフローリアだ。彼女らはそこそこレベルを上げなければ戦えない。なので、最初の内はミニサイズのままアウロラにくっ付けておくことにしたのだ。これが、妖精2人のサイズ感を活かした『おひとり様モード』だ。アウロラが忍と琉花から同時に攻撃を受けることになるが、その琉花もまたレベルを上昇させなければ戦えないタイプのプログレス。レベル上昇していない時の戦闘力はそこまでではないだろうと判断し、アウロラには回避と反撃をメインに、レベル上昇の時間を稼いでもらう。

 俊太とアウロラのリンク率は、春樹と美海のそれと大差ないほど高い。同じようにセカンドリンクを二重に結べば、レベル上昇速度はほとんど同じになるので、レベル4に到達するのもほぼ同時のはず。αリンクの判定時間は5秒で固定。全力でやれば、恐らく来るであろう美海の突風攻撃に間に合う。

 

 こんな予想を立てて戦略を練ってみたが、結果としてはまあまあ上手くいっているようだ。

 ブルーミングバトルはフィールドを制したもの勝ち。そして、相手にはフィールド全域に影響を及ぼすことができる美海がいる。一見不利なのはこちらだが、その美海すら制限できるアウロラがいる。

 

「やっぱ超えて来るか。当然だよな。アウロラ」

『ええ、やってみるわ』

 

 予想通り、美海が20メートルのカーテンを飛び越して来た。その対処法は、もう考えてある。今の俊太が注視すべきは、むしろ下。カーテンをくぐり抜けてくるかもしれない、琉花と忍だ。

 

『すっごい綺麗です、アウロラ先輩!』

『ありがとう。美海ちゃんも、4月の時と比べて飛び方が変わったみたい。とても(なめ)らかね』

 

 地上と空中で、アウロラと美海が対峙する。アウロラの両肩にはまだルビーとフローリアがしがみついている。琉花と忍は、カーテンについて調べて春樹に報告しているらしい。となれば、こちらに入ってくるのも時間の問題だろう。

 アウロラは空中に向かって幾筋もの攻撃魔法を放った。が、美海はその攻撃の隙間をするすると(すべ)るように躱していく。今までの『飛ぼうとして飛んでいる感』のようなものが無い。これには俊太も感心せざるを得なかった。やはり彼女はチームの主力。鍛えるべきところをしっかり鍛えてきた。

 その間にも、俊太はアウロラとのαリンクを切断し、セカンドリンクをルビーとフローリアの両方と結んでいた。2人の俊太とのリンク率は、どちらも90%前半と、アウロラほどではないが非常に高い。レベル上昇速度もかなりのものだ。レベルは2から3へと達しつつある。その一方で、データパッドによれば春樹も美海とのαリンクをいったん切りった上で、こちらは琉花1人のレベルを上げにかかっているみたいだ。

 

(水を地面に流せば、確かにアウロラのエクシードじゃ防げない……でも、フローリアとルビーは飛行すれば影響は受けないから、仕切りが上手くいけば何とかなるか)

 

「アウロラ。那月のレベルが上がってる。多分水流してくるよ」

『了解したわ。――美海ちゃん、これはどうかしらっ?』

 

 空中を自在に飛び回り、地面にいるアウロラ達を風で巻き上げようとする美海。攻撃というよりは、体力を消耗させようとしているのだろう。あわよくば、浮かせてフィールド外に放り出して勝利を狙う、といった感じか。だがアウロラの身体が浮く気配は一切ない。こうなることを見越して、自分に対する加重魔法を掛けているのだ。それに彼女は……失礼な話だが、高身長と肉付きのいい身体つきからして、そもそもかなり重い。

 そのアウロラが杖を振って攻撃魔法を放ちながら、同時にエクシードのカーテンを張る。今もフィールドを真っ二つに仕切っているそれに比べれば小規模なものだが、攻撃魔法で美海の進路を誘導し、その先に配置することで、美海は頭から突っ込むことになった。

 

『ぼぶふっ!』

 

 間の抜けた声と共に光のカーテンに包まれる美海。しかも、ここでさらに一計。エクシードを操って、カーテンで美海を巻き込んだ。そして、吊り下げられていたカーテンを、外したのだ。結果、美海は自身の重さで重力に従って落下していく。アウロラのエクシードは、他者のエクシードも通さないため、今の美海は風を操って飛ぶことができない。これで大きな落下ダメージを与えることができる――

 と楽観視したのも束の間。地面に落ちきるまでに何とか腕だけカーテンから突き出した美海は、その腕だけでエクシードを使用。風を操って横向きの突風を敢えて自身に当てることで、無理やり横向きのベクトルを加えたのだ。これによって彼女はオーロラのカーテンに包まれたまま落下したが、ゴロゴロと転がって軟着陸となったため、ダメージは大幅に軽減されてしまった。

 

(これは……間違いなく努力の賜物だな)

 

『うぅ……危なかったぁ!』

 

 カーテンを振り払った美海は、あっけらかんとしていた。いや、それもそうだろう。きっとこうなることは予想済みだったのだ。

 だが、それはそれでいい。このごく短時間、こちらのプログレスは全員がフリーだったのだから。

 気が付けば、フィールドがさらに分割されている。今度は縦方向に。これでフィールドが4分割された。

 そして、美海のいる区画からは既に、ルビーとフローリアが去っていた。縦方向のカーテンは忍と琉花を分断し、その区画にそれぞれがいる。

 

「正々堂々、タイマンでやろう」

 

 

 

…………

 

 

 思い上がっていたかもしれない。俊太もアウロラも、よくやっている。

 春樹は琉花に、フィールドの地面に水を流す作戦をキャンセルさせながら、変化した状況を整理するため、プログレスらに確認を進める。

 

「完全に分断されたな……忍、琉花、下くぐれるんだよな?」

『無論。しかし、向こうも追いかけてくるだけでゴザル』

『とりま、タイマン勝負を制するしかないってカンジっぽい』

「美海は大丈夫か?」

『うん! でもあれやられちゃうと、今度こそ落っこちちゃうかも』

「だよな……アウロラをフィールド外に押し出してから、忍に加勢するべきだな。よし美海、もう1回αリンクする。アウロラをフィールド外に出すんだ」

『オッケー!』

「他の2人はとりあえず対処だ。アウロラをフィールド外に出せば、オーロラみたいなカーテンも消えるはずだからな」

『承知したでゴザル』

『了解っ!』

 

 美海とのαリンクを試みながら、フィールド内の様子を注視する。とはいっても、それは難しい。なにせ、アウロラのエクシードがフィールドの向こう半分を隠してしまっているからだ。もちろん、オーロラのようなカーテンなので、透けて見えるのだが、詳細なことは分からない。何より、その輝きで目がちかちかしてしまう。

 

(ブルーミングバトルってことになると、かなり厄介だな、あのエクシード)

 

 視覚妨害効果は、あくまでも副次的なものだろうが、それでも今はかなり効果的に働いていると言える。だが、これは逆に、俊太もフィールドのこちら側半分があまり見えていないということでもあるはずだ。であれば、こちら側にいる琉花と忍は、実質的に情報アドバンテージを得ている。奇策にすぐさま反応できないはずだ。

 フィールドが横に分断された時にすぐ2人を入らせなかったのは、琉花のエクシードの性質を考慮したからだ。あのエクシードのカーテンは下を完全に閉ざしていなかったため、そこから水を流すことができた。そのまま遠隔で水を操って攻撃できれば、フィールドを分断するカーテンを逆に利用できると思ったのだが……。

 

 美海とのαリンクが繋がった。それと共に、彼女はアウロラに猛攻を仕掛ける。美海の暴風に、フィールドを仕切っている光のカーテンが揺れたが、やはりそよ風程度の揺らぎだ。だが今の目的はアウロラだけ。

 レイピアを振るいながら、美海はアウロラにヒットアンドアウェイ戦法で攻撃する。上空から落下しながら風で加速して一撃入れ、すぐさま再上昇するというそれは、シンプルだからこそ一撃の威力が高い。

 驚いたのは、アウロラが美海の攻撃をまともに受けていることだ。アウロラもまた、美海への攻撃の手を緩めていない。攻撃に集中するあまり、自分へのダメージを無視しているかのようだ。

 実際、プログレス側は、自分への攻撃を無視することができる。理由はもちろん、αドライバーが痛覚を肩代わりしてくれるから。しかし、そうやってαドライバーがダメージを受け続けて倒れてしまえば、そこでバトル終了だ。なので、プログレスはどこまで被弾を無視して強引に攻めてもいいか、予めαドライバーと相談しておく必要がある。これは必須項目と言えるだろう。

 

『春樹くん、だいじょーぶ!?』

「ああ、耐えられる。とにかく攻めろ!」

『りょーかい!』

 

 アウロラの攻撃魔法は激しさを増す一方だ。その勢いは、回避に全力を注ぐなら避けきれるとしても、反撃しようと思ったらある程度は受けなければならないほど苛烈だ。だが、まだ大丈夫。大丈夫である限り、美海には攻めてもらう。この調子なら先に限界が来るのは向こうの方に思えるが……。

 

 他方。琉花はフローリアの対処に追われていた。ウォータースライダーのように水流を制御し、リボルバー銃(みずでっぽう)で着実にダメージを与える――はずだったのだが。

 

『あーもう! でっかくなったりちっちゃくなったり、なんかすごいね! 全然当たんないんだけど!』

『へへん! リア、すごいでしょー!』

 

 フローリアとルビーが、妖精サイズと人間サイズを使い分けることができるのは知っていたが、まさかここまでコロコロと変えられるとは予想していなかった。弾丸を受けそうになれば小さくなって身を躱し、水流に飲まれそうになったら大きくなって振りほどき、思うように攻撃が通らない。ある程度のダメージにはなっているはずだが、未だに芯は捉えられていない。

 そして、向こうもただ避けているだけではない。

 

『えいっ! 花よひらけ!』

 

 琉花の流水に向かって、ポシェットから取り出した花の種子を投げつけると、その水を吸い上げて巨大なアネモネが何輪も花開いた。思わず見惚れてしまう――

 

『っていけない! これ、のぞみんの奴っぽい! 目が離せなくなるカンジのやつ!』

『げんわくまほー、って言うんだって! キレイなお花は、みんなでみるの!』

「マジか……結構ヤバいな。琉花、なるべく気を強く保って」

『おうよ!』

 

 フローリアが使えるのは、花を介した幻惑魔法らしい。確かに目が離せなくなる、というのは、前回のバトルで希美が使った『印象操作』による幻惑に近い。レベル5になっていたあの時ほど強くない(その時はフィールド外の春樹すら何も考えられなくなってしまった)のは確かだが、攻撃の合間に(こま)(ごま)と使われると、これはこれで厄介だ。それにしても、あんな動機で魔法が使えるとは……

 

つる()よ、のびろっ!』

『うわ、こんなのまで……って、なんの攻撃方法もなしに来るわけないかっ!』

 

 今度は種子から植物の蔓が幾本も伸びて、琉花に絡みついた。幸い、棘は生えていないようだが……もしかしたら、棘のある植物の茎を、このように出現させることで攻撃できるのだろうか……?

 動きを止められた琉花だが、もちろんただでは倒れない。エクシードを操作して、彼女の正面に水の塊を渦巻かせ、さらに増幅させる。その一部だけを防御用に残し、後は全て攻撃に使用。

 

『動けなくたって、何とかなるんだかんねっ!』

『うわわわ――わっぷ!』

 

 人間サイズでも飲み込めてしまうような水の塊を、まるでスーパーボールのように激しく弾ませ、フローリアを襲う。こうなればサイズはほとんど関係ない。大技の1つとして開発していたが、状況に上手く嵌る形となった。

 しかし、フローリアがどうやら溺れていないことは誤算だったかもしれない。考えてみれば、水中にも植物は生えているし、水蓮(スイレン)などは水中に根を張る。つまり、このマッチアップは春樹が考えていた以上に相性が悪い。

 

 他方。こちらも春樹が軽視していた相性差が出ていた。忍とルビーのマッチアップである。

 

『星礫集いて大河と成せ! 忍法・炎星流河(フレアー・シャワー)!』

『ぬるいわ! ルビーにとってはこんな炎、たいしたことない!』

 

 ルビーは忍の忍術をまともに受けても、平気な顔をしていた。俊太は相性を考えてルビーを忍に当ててきたのだろうが、炎がほとんど効かないのは流石に予想外だった。これでは、忍はエクシード無しで戦っているも同然である。

 

『おかえしよ! 紅玉よきらめけ!』

『くっ……! こっちには効くんでゴザルよなぁっ!』

 

 返礼とばかりにルビーが放ったのは、胸元のブローチから発せられるオーラを用いた魔法攻撃らしい。忍は回避したが、彼女としても予想以上に範囲が広かったからか、僅かに食らってしまい、痛覚が春樹にフィードバックされる。バトルフィールドの効果で30%にカットされているが、そこそこ痛い。まともに食らったら大ダメージと言っていい威力だ。

 こうなると、考えなければならないのはマッチアップの変更だ。どうにかしてフローリアに忍を、ルビーに琉花を当てたいところである。変更できれば、植物は炎で燃えてしまい、炎は水に消されてしまうため、圧倒的に優勢となるはずだ。

 だが、ここで問題になってくるのが、現在フィールドを分割しているアウロラのエクシードのカーテンだ。美海を拘束しようとしたものは小規模だったので何とかなったが、フィールドを縦横に4分割しているそれはかなり重く、持ち上げて下を潜ることはできるが、そうなると相手に背を向け無防備を晒すことになってしまう。それこそ格好の的だ。さっきも感じた通り、特に忍がルビーに大して無防備になってしまったら、大ダメージを受けてしまう。

 それに、例え対面を変えることができても、それは向こうも織り込み済みだと考えるのが妥当だ。アウロラがフィールド内に残っている限り、何かしらのタイミングでまたフィールドを仕切られ、有利な状況に戻されてしまうだろう。

 つまり、エクシードのカーテンを維持していることも考えて、まずアウロラをフィールド外に出さなければいけない。そうすればカーテンも消えるはずなので、そのタイミングで琉花と忍が、それぞれルビーとフローリアを同時に叩く。

 

「不利だな……2人とも。隙を見てカーテンの下、潜れそうか?」

『こっちはムズいかも……フローリアちゃん、めっちゃ蔦とか伸ばしてくるし!』

『こちらもキツそうでゴザルな。分身に引っかかってくれれば可能やもしれぬでゴザルが……』

「さっきの威力からして、あれ食らったら一撃でピンチになりそうだもんな」

『私がどっちかに加勢するっていうのは?』

『美海殿。申し出はありがたいでゴザルが、今そうしても振り出しに戻るだけでゴザろう。また妖精の2人がアウロラ殿に付き添いながら我々を分断し、この対面に戻す可能性が高いでゴザル』

『う~、それだと確かに意味ないね……! こっちは攻撃が激しくて、避けてるだけで精一杯、かも――っ!』

「分かった。美海はとにかく全力でアウロラに攻撃。琉花、忍。回避メインで、向こうの体力を削ごう。サイズ変化にもエネルギーを使ってるはずだから、限界はそんなに遠くないと思う。俺も耐えるから、頑張ろう!」

『りょーかい!』

『おっけ!』

『承知!』

 

 春樹はチームメンバーに発破を掛けながらも、今自分が言ったことの真偽について疑問を持たざるを得なかった。

 

(限界がそんなに遠くない? そういえば――この3人の限界って、どこにあるんだ?)

 

 改めて考えてみると、そこが不明な点だ。同じ人間であるアウロラはまだいいとして、妖精であるフローリアとルビー。その体力の限界は、一体どうなっているのだろう? 既にエクシードを多用しており、サイズ変化も複数回行っている。それなのに、あの2人と来たらまるで疲れたような素振りを見せない。

 思い返すと、先ほどの指示――『はずだ』とか『思う』とか、不確定な事ばかりを言ってしまった。だが、それも仕方のない話かもしれない。何せ、本当に知らないのだから。

 一方で気になるのは、アウロラの反応もだ。先ほどから美海の攻撃をまともに回避せず、ダメージ覚悟で対空攻撃に全力を注いでいる。だがここで当然の疑問。なぜ回避しない? そんなにダメージを受け続けたら、いつか俊太が倒れてしまう――そうなれば、彼女らの負けなのに。地面から空中を攻撃できるのだから、多少攻撃の効率が落ちるとしても、攻撃が迫ったら避けるべきなんじゃないのか?

 今の攻撃状況は、煌めくカーテンに阻まれてよく見えないが、それでも美海よりアウロラの方が受けているダメージは多そうな感じだ、春樹の元にも鈍痛が時々入るものの、フィードバック率が30%なのもあって、これはまだ耐えられる。向こうは、どうなのだろう?

 

『いっくよ――なんて!』

『え――うぅっ!?』

 

 そんな中、美海が何度目になるか分からない急降下攻撃、と見せかけて、攻撃が当たる直前でアウロラの真横に抜けた。ミスしたわけではない。そのまま流れるように彼女の背後に回り、

 

『襟掴んでごめんなさいっ!』

『あ……ぐっ!』

 

 アウロラの服の襟を掴みながら、同時に腰を押すことで、彼女の足を地面から離すことに成功した。その瞬間、美海は再び気流を操り、浮かせたアウロラの身体を、自分を中心とした竜巻のような気流に乗せる。咄嗟の事態、激しい身体の動きに、彼女は対応できていない。

 

『えい――やあっ!!』

 

 さらに美海は、渦巻く気流の一筋をエンドラインに向けて強く引き延ばし、同時にエンドライン付近に気流を自身に向けて引き寄せることで、循環する空気の性質を利用して一際強い突風を生み出す。こうなると、もうアウロラになす術はない。突風に乗せられた彼女の身体は、容赦なくフィールド外に放り出された。

 ここ1か月間の猛練習。それが実を結んだことが、はっきりと分かる一連の流れに、美海は思わずガッツポーズ。

 

『やったぁ! これで――あれ?』

 

 目的達成。アウロラをフィールド外に出すことに成功した――のに。一番の懸念点が消えてない。

 

 

 アウロラのエクシードの、光のカーテンが、消えてない。

 

 

(な――どうして? それは、アリなのかよ……っ!)

 

 春樹は、アウロラのエクシードの性質を決定的に読み違えていたことを知った。

 

 

…………

 

 

 

「俊くん! 大丈夫!?」

「俺は、大丈夫、だから――フローリア、ルビー。アウロラが出されちゃったから、協力して『仕切り直し』、だよ。フローリア、朝顔でいこう」

『はーい!』

『フローリア! すぐいくわ! おみず、のんどきなさい!』

 

 ジンジンと身体を苛む苦痛に屈することなく、俊太はフローリアとルビーに指示を出し続けた。そんな彼を心配そうに見つめるのは、美海によってフィールドから叩き出されてしまったアウロラ。

 俊太が見るに、彼女もかなり大きなダメージを負っている。今は痛覚を全て俊太が引き受けているのでまだいいが、やはり美海の攻撃を何度も食らったのは悪手だったか、と少し自問してしまう。

 

(想像以上に、痛い――な)

 

 それだけ、アウロラが受け続けていた美海の攻撃が苛烈だったということだが、この程度で折れるわけにはいかない。まだバトルは終わっていないのだ。

 この状況になった時、春樹がどのような対応をしてくるかは何パターンか考えていた。最悪のパターンは『アウロラを無視してフローリアを狙う』だった(フローリアは直接的な攻撃手段をあまり持たないため、強烈な攻撃を受けても反撃が行いにくく、すぐにダメージを蓄積させられてしまう)が、これなら幸いにもまだリカバリーが効く状況だ。

 状況は、こちらが盤面を支配しているように見えるが、そもそもこちらのチームは出場させるプログレスについて大きな情報アドバンテージを持っていた。なので、ある意味この有利は当然のことである。むしろ春樹のチームは状況を見極め、手堅い手をしっかりと打ってきた。何度も思うが、こういうところに露骨な経験の差が出ている。逆の立場だったら対応できたか怪しいものだ。

 だが、アウロラのエクシードの特異的な性質については、流石の春樹も読めなかったようだ。彼女のエクシードは、発動の際にエネルギーを消費することでオーロラのような障壁を生み出すというもので、こちらは承知済みだったが、一度発動してしまえば維持する必要がない。彼女とのαリンクが切れようが、発動者である彼女がフィールド外に出ようが、あまつさえファーストリンクを切断した後(つまりバトルから抜けた状態)だろうが、この障壁はずっと残り続ける。そして、攻撃を受けて破壊されるか、もう1度彼女がエクシードを用いて消去を念じるか(この場合は少なくともファーストリンクを繋いでフィールド内にいる必要がある)――このいずれかに該当しない限り、勝手に消えることがないのだ。つまり、オーロラのように神々しく幻想的な見た目に反して、物体を生成するようなエクシードに近い性質を持っていると言える。

 恐らく春樹は、アウロラをフィールドから退去させることができれば、同時にアウロラのエクシードの影響が終了し、フィールドを仕切るオーロラが消えると踏んだのだろう。だからこそ、まず全力を注いだのが美海によるアウロラへの攻撃だった。もし目論見通りに事が運べば、残った妖精2人を攻撃することで勝利を狙えたはずだ。フローリアとルビーに対して好相性なのは、それぞれ琉花と忍。だが、このマッチアップが逆転すると、途端に不利になる。そこにフリーとなった美海も手を出せば、まず勝ち目はない。

 

(春樹さんにしては迂闊だった――いや、こんなの読めないだろ、普通。だからこの状況は、当然なんだ)

 

 アウロラのエクシードの特性は、俊太たちですら練習開始から1ヶ月後にようやく判明した事実である。そしてアウロラは1年生のころ、というより俊太の前以外で、ろくにエクシードを使ってこなかった。なので、実質初見で分かるはずもない。

 

「とりあえず、何とか作戦通りに、エクシードを変形させたわ」

「ありがとう。上手くいってるよ。さ、2人とも。アウロラが帰ってくるまで、耐えるんだ」

『おっけー! いっくよー、ルビー!』

『きょうりょくするわよ、フローリア!』

 

 アウロラは、美海によってフィールド外に飛ばされる瞬間、フィールド内を4つに分断しているオーロラに対し、ある操作を行っていた。前後に仕切る1枚を消去し、左右に仕切る1枚を変形させていたのだ。

 今、フィールド内のオーロラは、さながらサッカーコートのセンターサークルを上に引き延ばしたように、ほぼ中央で円筒形になっている。そして、その内側にはフローリアと琉花が閉じ込められていた。

 

 そこに、紅玉のブローチから発せられるオーラを用いた魔法を使うルビー。発動したのは、短距離の転移魔法だ。本来はとても難しい魔法だが、本人がミニサイズに縮まることで、拙い術式でも転移できるように調整してある。ルビーの努力の賜物だ。

 

『なっ――逃げるでゴザルか!?』

『ゴメン! あとでね!』

 

 ルビーにとって有利な対面だったからこそ、自主的に退くとは思わなかった忍の反応が一瞬遅れ、まんまと転移を許してしまう。その転移先は、フローリアと琉花が閉じ込められている、中央のカーテンの中。

 そして、そのタイミングを見越して、俊太はフローリアとαリンクを結んでいた。

 

(時間稼ぎだけど――上手くいってくれよ)

 

 そう祈る俊太の視線の先に、美海がカーテンの上から中央のサークルに入ってこようとするのが見えた。2対2になることを狙ったのだろう。が、実はこれこそが狙いだった。

 

「今だ!」

 

 俊太の合図で、フローリアとルビーが同時に動いた。まずルビーが、αリンクを結んでいない状態で最上級のオーラをブローチから放つ。そしてフローリアがポシェットから数個の種を投げ、それらに対して思い切りエクシードを発動。すると、先ほどまでのものとは比べ物にならないほど巨大な蔓が伸び出した。

 

『うわあぁぁあっ!?』

 

 蔓に襲われた琉花の悲鳴。爆発的に伸びた蔓は、琉花のエクシードに必要な水の塊をごっそりと吸い上げて成長したのだ。こうなってしまうと、琉花はお手上げだ。

 藻掻く琉花を拘束した蔓だったが、すぐに空に向かって花を咲かせ始める。何百輪もの鮮やかな朝顔の花だ。上空からそれを見てしまった美海に、異変が起きる。

 

『わぁ、綺麗な朝顔……』

『やば! みうみんが幻惑魔法に掛かっちゃった!』

 

 フローリアの幻惑魔法だ。普通に発動する分には、範囲も効果も、実はそんなに大したことはない(元はといえば、近づいてきた人に対するイタズラが目的なので仕方がない)のだが、今はルビーがサポートしているため、かなり距離がある美海に対しても効果が出ている。そして、魔法の発動源たる花に近づけば近づくほど、影響は大きくなる。ふわふわと降りてきてしまった美海は、朝顔の花を見渡すので頭がいっぱいのようだ。

 これが、アウロラがフィールド外に出されてしまった時用の作戦、名付けて『仕切り直し』だ。マッチアップ的にフローリアのそばにいるであろう琉花を拘束した上で、ルビーがフローリアの幻惑魔法をサポートすることで上空の美海や離れた位置にいる忍を行動不能にする。アウロラがフィールド内に戻ったら、再度エクシードでフィールドを『仕切り直す』というわけだ。

 今回の場合、忍はこの状況下で唯一自由に動けるが、動かない。理由は単純で、植物に火を付けたら、それに拘束されている琉花が一番のダメージを受けてしまうからだ。

 

 が、ここで俊太も、読みの甘さを知ることになる。

 

『まるで拙者が、火しか能がないとでも言いたげな作戦でゴザルな!』

 

 カーテンの外から、その下の隙間に向かって忍が投げたのは、金行符。呪術によって誘導されたそれはカーテンの内側に入り込み、金属の刃へと変わる。そして、あっという間に琉花を拘束している蔓を切り払った。

 

『あー! つる、きっちゃダメー!』

『ごめんね! あんがと、シノ! よっしゃ、練習の成果、見せてやるぜ!』

 

 拘束から解き放たれた琉花は、忍が生成した刃の持ち手を握り、同時に懐から水行符を取り出す。そこに力を込めて水を生成――そこに、忍から教わった一工夫を取り込む。力を水行符に、そして手に持った刃にも流すのだ。五行相生の、(ごん)(しょう)(すい)。金気は水気へと生ずる。生み出された水の量は、普通に使った時の倍以上。呪術師ですらかなりのセンスを要する五行相生だが、琉花はエクシードの助けも借り、この難しい技を土壇場で見事決めて見せた。

 

『やった、シノ! 上手くいったよ! ほらみうみん! 目ぇ覚ます!』

『うわわっぷ――はれ? 私何して――あ、さっき言ってた幻惑魔法か!』

 

 琉花によって頭から水を掛けられた美海も、その衝撃で我に返ったようだ。これで、作戦は完全に破綻した。それでも俊太は冷静に状況を分析しながら、後の作戦を考え直す。

 

(一気にダメになっちゃったけど……まあ、当初の目的は何とかなったって感じか)

 

 この作戦の目的はあくまでも時間稼ぎ。目一杯稼げなかったとしても、とりあえずどうにかなればいい。もし作戦がばっちり嵌ったら、アウロラをエクストラプログレスゾーンに入れてレベルを4に戻してから再出場させたがったが……。それに、こういう時のために、この作戦は円形のカーテンの内側で発動したのだ。稼がなければいけない時間は、あと10秒。

 琉花は、相変わらずフローリアに対処させればいい。この絶対的な相性差は覆らない。問題はルビーだ。

 

「フローリア、幻惑魔法を解除して、さっきみたいに那月と戦って! ルビーは下の戦闘に巻き込まれないくらいまで上昇して、日向が下に来ないように見張って!」

 

 カーテンを円形に変形させたのは、美海の風に吹き飛ばされてもフィールド外に出されないようにするため。ルビーはなるべく相性がいい忍と交戦させたいが、そのためにカーテンの外に出てしまうと、美海の攻撃も受けることになる。そして、妖精2人はアウロラよりも遥かに軽いため、ダメージを受けるというより暴風で吹き飛ばされる可能性が非常に高い。よって、今のあのサークル内は、この状況においてとても安全な領域なのだ。人数不利の状況なら、わざわざ無理に交戦する必要がない。今は安全な領域を確保することに注力すべきだろう。

 懸念すべきは、この目論見を春樹が見抜いた時に、どんな作戦を取ってくるかだが――所詮は10秒。気付いたところで今さら対策のしようがあるはずもない。となれば狙ってくるのは自ずと、再入場するアウロラになる。だから俊太は注視する。案の定、美海は中央のサークル内に戻らず、忍のそばに向かった。上手くいった。

 

「アウロラ、日向と風魔が狙ってくる。エクストラプログレスゾーンに20秒だけ入って。αリンク成立と同時にレベルが4になるから、オーロラを制御して元の態勢に戻すんだ」

「分かったわ」

 

 春樹が中央のサークル内の対処を放棄したのなら、それは()()()()()()()()()()()ということを意味する。なら、その時間は有効に使うのが一番だ。

 フィールド外のプログレスが1人だけ入ることができるエクストラプログレスゾーン。その中にいるプログレスのレベルは、フィールド内にいる状態の半分の速度でエクシードレベルが上昇する。リンク率が100%に程近いアウロラのレベルが、フィールド内で1上昇するために要する時間は、約15秒。一方で、αリンクの成立に掛かる時間は5秒。エクストラプログレスゾーンで20秒――フィールド内での10秒――を稼いでおけば、フィールドに入ると同時にαリンクを開始することで、全力を出せる状態が一気に整うという寸法だ。

 イメージは、先ほどのバトルの冬吾の作戦。使えるものは全て使って、勝利する。そのために状況を鑑み、可能性を考慮して、作戦を決める。

 考えるのだ。10秒あれば何ができる? 20秒なら?

 

 そんな中、フィールド内でまずいことが起こり始めた。美海と忍が、中央で円形になっているオーロラのカーテンを、外側から破壊し始めたのだ。俊太は知る由もないが、アウロラのエクシードは布のような性質を持つため、それを断ち切る金属による攻撃に弱い。もちろん、エクシードレベル4の状態で発動したものなので簡単には破れないだろうが、間違いなく20秒は持たない。そして、あのカーテンが破壊されてしまうと、恐れていたことが現実のものとなってしまう。

 

「ダメか……アウロラ、すぐ入って。ルビー、アウロラが入ったら教えるから、ミニサイズになってからフローリアを連れて、彼女の元に転移して。『おひとり様モード』で体勢を立て直そう」

「その方が良さそうね」

『わかったわ!』

「フローリアはなるべく水を摂取して、パワーを貯めておいてね。あと、ルビーが連れ転移できるようにミニサイズになっておいて」

『はーい!』

「アウロラは『おひとり様モード』になったら、あのカーテンは放棄しちゃって。そこからは――ちょっとズルいけど『アパート作戦』だ」

「ええ、信じてるわ。大丈夫よ」

「よろしくね。じゃあ、行くよ――」

 

 大規模な作戦の変更は、やはりドキドキする。下手すれば一気に負ける可能性だってある。それでも、このままではいけないことだけは確かだ。だから動くのだ。不安でも、怖くても。

 

 アウロラの退場から30秒経った。と共に再入場。同時にルビーが急降下してフローリアを捕まえ、彼女を巻き込んだ転移魔法でアウロラの両肩に。アウロラは美海たちが破壊しようとしていたカーテンを放棄して消滅させる。俊太はフローリアとのαリンクを切断しながらアウロラとセカンドリンクを2重に結び、即座にレベル4に上昇させる。そして、αリンクを結ぶ――。

 

(この10秒、持ってくれ!)

 

 そう祈ってはみたが、やはり甘くはない。眼前のカーテンが消えたことで、美海・琉花・忍はアウロラに向かってきた。しかも分断を防ぐためだろうか。お互いの位置はかなり近い。

 考えてみると、今はバトル開始時と同じ状況だ。ただし、全員のレベルが上がりきっていることを除いて。その中でフィールド全体を支配するエクシードを持つ、こちらのアウロラと、向こうの美海。本当にフィールドの支配者となるのはどちらか、勝負だ。

 真っ先に美海の放った突風がアウロラに直撃する。肩に掴まるフローリアとルビーは、吹き飛ばされないようにするだけで精いっぱいだ。

 だが、真っ先に飛んできたのが『それ』だったおかげで、命拾いした。琉花の水鉄砲や忍の()(ない)であったなら、余計な防御をする必要があっただろう。

 その僅かな時間が、アウロラにとって有利に働いた。

 

『いくわよ――』

 

 こちらに向かってくる美海・琉花・忍の位置がそれぞれかなり近い。――が、それは少し違う。正確に言えば『フィールドを真上から見下ろした際の互いの座標』が近い。事実、美海は琉花と忍の上を飛行している。アウロラのエクシードがフィールドを縦横に仕切るものである以上、この位置取りは厄介だ。これは春樹の指示によるものだろう。

 ――アウロラのエクシードが、本当に『フィールドを縦横に仕切るもの』であれば、だ。

 

『私のエクシードは、オーロラの発現。誰も――』

 

 アウロラのエクシードが発動し、僅かに先んじていた忍の真後ろにオーロラが出現した。美海と琉花はそのまま突っ込んでしまったが、先ほどとは様子が違う。カーテンのように包まれるのではなく、トランポリンのように弾き返されたのだ。

 

『あ、あれっ?』

『下を固定できない、とか――』

 

 今まで上端で固定されていたためにカーテンのようだったそれが、裾の部分も固定されていることで、弾力のある壁になっている。

 さらに、美海がオーロラの壁に弾き返され、落下したのは地面、ではなかった。そこもまたトランポリンのように弾力のある――オーロラ。

 

『地面と水平方向に展開できない、とか――言っていないわ』

 

 今までと全く違う。サッカーコートほどの大きさがあるフィールド全体が、地上10メートル程度の高さで、地面と水平にスライスされるように仕切られている。

 さらに、フィールドの外周を囲うようにもオーロラが出現していた。こちらもカーテンではなく、高さ15メートルほどの壁のようだ。しかも、その壁に蓋をするかの如く、天井のようなオーロラまで。

 

『い、今までのは――前座だったということでゴザルな?』

『そういうことよ。これからが本番。正々堂々、戦いましょう』

 

 アウロラのエクシードは、布のような性質を持つオーロラが出現させるもの。基本的には()()()()であり、地面と垂直方向に展開して上端を固定すればカーテン『のように見える』だけなのだ。つまり、上端だけでなく裾も固定すれば壁のようになるし、地面と水平方向に張って外周を固定すればトランポリンのようになる。今まではフィールドをカーテンで『なんとなく仕切っていた』が、今回は完全なる仕切りになっている。

 

 これが、俊太とアウロラが考え出した『アパート作戦』。フィールドを縦横に、そして上下に仕切り、相手プログレスを分断することで連携を無力化する。天井と壁も作ることで、妖精2人と美海の存在的から一番のネックとなっていた『フィールド外への退場』も無力化する。特に美海を『上に』閉じ込めておけるのが、この作戦の大きな利点だ。今までのように、アウロラのエクシードを無視して飛んで来ることはできない。一方、今回は仕切りの裾も地面と接触させて固定しているため、最初にやろうとしていたであろう琉花が隙間から水を流すという作戦も、使えない。

 これだけのことを一気にやってのけたアウロラの消耗は当然ながら莫大だが、こちらはフローリアとルビーが健在だ。美海と琉花をひとまず無力化した上で、こちらは3人で忍1人を叩く。

 

(問題は、この仕切りがどれだけ持つか、だけど……今は考えても仕方ないか)

 

『3対1で正々堂々も無いでゴザろうよ』

『あら、実質1人みたいなものよ。私、かなり消耗してしまったし』

『リアとルビーがなんとかするよー!』

『さぁ、さっきのつづきといくわよ!』

『――美海殿、琉花殿。春樹殿の指示を仰ぎながら、なる早でご助力願うでゴザル』

『分かったよ!』

『オッケー! って言っても、どうすんのさコレ……!』

 

 早速美海が手に持ったレイピアを床のオーロラに突き立てようと奮闘し始めた。が、立っている地面も布のようなものなので、上手く踏ん張れていない。それに、美海が破ろうとしている水平方向のオーロラは、アウロラが最も力を入れた1枚だ。そう簡単には破れないだろう。おまけに美海は現在、地面と天井両方のオーロラに挟まれており、その高さは5メートル程度。美海が得意とする『落差を活かした攻撃』が行いにくくなっているのだ。

 琉花もエクシードで壁を破ろうとしているが、こちらも上手くいっていないようだ。壁の下からの浸水が無いかも調べているが、アウロラはそんなミスはしていない。

 

『ルビー、αリンクするよ。アウロラを守りながら、風魔と戦って』

『わかってるわ! さあ、きて!』

 

 データパッドを見ると、春樹がαリンクしているのはやはり忍だ。つまり、全力勝負に応じたということだろう。

 

『では、遠慮なく行かせてもらうでゴザルよ! ――赤く焦げ付く(しるべ)を示せ! 忍法・炎赤焦準(サーマル・サークル)!』

 

 忍が唱えると同時に、アウロラの立つ地面、その周辺が赤く光り始めた。俊太は条件反射的にこう思った――アクションゲームで、ボスキャラクターの攻撃予定位置を表示しているかのようだ、と。

 ゲームでも現実でも、あれほど露骨な合図が出れば、普通は避けを選択するだろう。だが、それが向こうの作戦のはず。俊太は敢えて受けることにした。まだ耐えられる。耐えて見せる、と自分に言い聞かせながら。

 

『アウロラ、動かないで! ルビー、防御を!』

『ええ!』

『紅玉よ、きらめけっ!』

 

 ルビーが胸元で手を組み、ブローチから発せられるオーラでアウロラとフローリアごと自身を包み込んだ。その瞬間、忍の次の術が発動する。

 

『星礫集いて大河と成せ! 忍法・炎星流河(フレアー・シャワー)!』

『またそれっ!? ルビーにはきかないって、いってるでしょ!』

 

 忍が放ったのは、先ほどと同じ術。流星のような炎が幾筋もルビーに殺到する。こちらは防御を固めている上に、そもそもルビーが炎への耐性を持つため、ダメージは無いに等しい。

 しかし俊太は見逃さなかった。先ほどと決定的に異なる点があったのだ。それは、流星の着弾点。先の術は着弾点がでたらめで、どちらかといえば『流星の通り道で当てる』という感じだった。だが今回は流星の着弾点が一発も漏れることなく、先に放った赤い光の円の中に収まった。狙って打ち込んだ――というより、やはり炎赤焦準(サーマル・サークル)は誘導専用の術なのだろう。そういえば、魔術の専科を取っているアウロラから、そういった類の術が存在することは聞いていた。

 ただ、先ほどルビーに効かなかった術を、何の考えも無く打ってくる忍だとは思えなかった。ということは、今の一撃は『炎赤焦準(サーマル・サークル)の効果を教えるため』なのだろう。

 

(そこに、罠を仕掛けるってことか)

 

 正直言って、忍にはこの相性差をひっくり返せるだけの実力があるということを、俊太は確信していた。今のは初見の術の効果を知りたかったので敢えて危険を冒したが、もう迂闊な手は打てない。もし今のが、前回のバトルで見せた、特に厄介そうな炎鎖戒牢(ブレイズ・プリズン)だったら、防御していても拘束されていた可能性もあったのだから。

 

「爆炎の如く疾く走れ! 忍法・炎輝加速(バースト・ブースト)!」

 

 考える暇を与えないようにするかのように、忍が次の術を唱える。攻撃――ではない。彼女の足元が爆発し、その勢いのままアウロラに突っ込んできたのだ。俊太の反応も、アウロラの防御も間に合わない。ルビーの防御も切れかけ。このタイミングで近接戦に持ち込まれるとは……。

 

『――ふっ!』

『やはり、近づかれると困るのでゴザルなっ!』

『ええ、その通り――よっ!』

 

 殴る。蹴る。また殴る。アウロラは何とか対処しているが、身体能力は明らかに忍の方が上だ。俊太には何度も鈍痛がフィードバックして来ている。となれば、こちらは数で対抗するしかない。

 

「『おひとり様モード』解除だ。ルビー、一端離れて支援して!」

『おっけーよ!』

『リアは~?』

「フローリアはそのまま! αリンクするから、風魔の足を掬うんだ!」

『は~い!』

 

 俊太の指示通りにプログレスが動く。ルビーが人間サイズに変化しながらアウロラの元を離れ、忍の後ろに回る。フローリアとαリンクを開始し、結ばれ次第攻撃を始める。

 だが――俊太は1つ見逃していた。それは忍の左足裏に残った炎輝加速(バースト・ブースト)。この術は1回で左右の足裏に術式を装填し、片方ずつを任意のタイミングで起爆できるのだ。今は接近するために右足の術式のみを消費している状態。

 

『済まない、でゴザルっ!』

『え――きゃあっ!!』

 

 ルビーが後ろに回った瞬間、忍はおもむろに左足裏をアウロラの方に向けて、残っていた術式を起爆させた。爆発と共にアウロラから離れる方向への推進力を得た忍は、そのまま自分の真後ろにいたルビーに体当たりを仕掛ける。ルビーの防御は、炎による忍術攻撃を防げても、物理的な攻撃はあまり防げない。不意打ちとなればなおさらだ。その弱点を見事に突かれ、俊太は大ダメージを受ける。

 

「ぐっ――!」

 

 先ほどアウロラに無理やり攻めさせたため、蓄積しているダメージは大きい。思わず地面に足を付きかけて――何とか堪えた。だが、フィールド内の状況は悪くなる一方だ。

 アウロラとフローリアは、爆発と一緒に放たれた閃光により一時的に視界を奪われてしまった。体当たりをもろに食らってしまったルビーは、突然の衝撃に目を回している。忍が、完全にフリーになっているのだ。

 一時の自由を手に入れた忍は、まだ加速の勢いを残したまま、琉花が破ろうとしているオーロラの壁に向かって苦無を投げた。分厚いとはいえ、オーロラは布のような性質を持つため、貫通こそしなかったが、容易に突き刺さる。そのままダッシュして壁に到達すると、忍は突き刺さった苦無の持ち手を掴み、強引に動かしてから引き抜いた。破れてはいないが、壁に大きな亀裂が入る。

 

『琉花殿! ここを狙うでゴザル!』

『あんがとシノ! おっしゃいくぜ! 避けてな!』

 

 壁の向こうの琉花は腰からリボルバー銃(みずでっぽう)を抜いて構えた。そのエクシードにより、周囲の水が勢いよく圧縮・装填されていく。止めたいが、こちらからは手出しのしようがない……

 

Baaaaang(バーーーーン)!!!!』

 

 爆音と共に銃口から発せられた水の勢いは、今まで見てきたそれとは比較にならないほどだった。まるで大砲だ。忍が傷つけた箇所に裏から当たった水の銃弾は、いとも容易く壁を貫通する。いや、貫通したというより、加えられたエネルギーの多さに弾け飛んだかのようだ。

 しかも、その余波が接触部分を介して、フィールドを覆っているオーロラの壁と天井全体に広がっていく。そして、少なからず揺らいだその瞬間を()()()狙っていた

 

『おりゃあぁぁあ!』

『ナイスみうみん! どいてな!』

 

 ついに美海のレイピアが床を貫いた。その場所を琉花が、上に向けた銃口から放たれた水の銃弾で反対側から穿ち、美海が下りて来られるだけの穴が開いてしまった。

 

(アウロラの体力的に、もう『仕切り直し』はできない……休める時間があれば何とかなるかもしれないけど、壁のオーロラを放棄してエンドラインから出したところで、フローリアとルビーが袋叩きにされるだけだ。消耗からして、フィールドから出ている間の30秒間で体力を回復できるとも思えない)

 

 何とか起き上がるフィールド内の3人を叱咤激励しながら、俊太はひたすらに思考を巡らせる。

 

(残った壁の向こうに転移魔法で逃げる手もあるけど、そうするとルビーの体力確保が難しくなる……向こうの3人が合流したなら、壁の2枚や3枚なんて、30秒も持たないだろうし)

 

 考える。ここから勝利する手を。頑張ってきたのだ。だから必ず手はあるはずだ。

 

(いっそのことフローリアごとアウロラを退場させるってのは? ルビーだけなら逃げる時間も……いや。そうしたら逆に攻めてこなくなるだろ。今度は向こうに、迎撃するための準備時間をあげることになるだけだ。再入場の隙を狙われて、より戦況は悪くなる)

 

 手は、あるはずなのだ。そのために今日まで頑張ってきた。お互いを理解し、信頼し合ってきたのだ。色々な状況を考え、それに対抗するために、手段を考えてきた。

 

(しかも、向こうはまだ、前回のバトルで見せたレベル5を出してない……アウロラの制御がない状態で日向にレベル5になられたら、あの壁もまとめて吹っ飛んでしまう)

 

 ピースが足りない。この状況を改善できる明確な手段が見つからない。どこで間違った? いや、今はそんなことよりも、目の前の事態に対処しなければ。

 

(アウロラともう1回αリンクして分断するか? いや、それも難しい。生半可な分断じゃ、逆にこっちが閉じ込められて不利になる。向こうもギアが上がってきてる……有利なマッチアップを強いたとしても、今のアウロラに日向を引き留め続けさせるのは酷だ)

 

 身体中が痛覚に苛まれている気がする。考えるのが辛い。現実味が薄れる。

 

(――このまま負ける、のか)

 

『俊くん』

 

 不意に、アウロラの声が聞こえた。慌ててフィールド内に視線を戻すと、彼女はこちらを見つめてにこやかな笑顔を作っていた。

 

『全力でやるわ』

 

 彼女から送られたのは、たったの一言。しかし、そんなたった一言が、今の俊太にとっては何よりも嬉しい言葉だった。

 

「……全力で耐えるよ」

 

 足にしっかりと力を入れ、手の平で頬を叩いて気合を入れ直し。

 

「3人とも。全力で、やってくれ」

 

 それが今できる、一番の指示だと確信して言った。

 作戦は尽きた。手段も無い。

 

(でも、俺はまだ立ってる。だからまだ終わらないぞ。終わってたまるもんか)

 

 俊太はフィールド内をしかと見つめ、覚悟を決めた。

 

 

…………

 

 

 忍の活躍に美海と琉花の尽力が合わさって、どうにか体勢を立て直すことに成功した。

 アウロラがエクシードを使用しないあたり、流石にエネルギー切れのようだ。これだけのことを一気にやってのけたのだから当然と言えば当然だが、それでもまだ戦えるらしいことには驚嘆してしまう。ここまで体力的にタフなプログレスは、学園内でも彼女くらいのものだろう。

 

「何隠してるか分かんないからな。慎重に、それでいて大胆に行こう。美海は上から、忍は寄って、琉花は遠くから」

『りょーかい!』

「琉花。今はルビーがフリーだ。相性的に、積極的に狙って」

『よしきた、任せな!』

「忍はさっきみたいに、なるべくアウロラに近接戦を仕掛けて。多分、あれ効いてるから」

『任せるでゴザル』

「美海はシンプルに、ヒットアンドアウェイを繰り返すんだ。忍とタイミングを合わせて」

『分かったよ! 忍ちゃん、合わせるね!』

『承知したでゴザル』

 

 幾枚ものオーロラの壁に阻まれて、戦況が上手く把握できない。しかし、報告を聞く限りでは大丈夫そうだ。依然としてフィールドの外周は壁に覆われていて、退場させる作戦は使えないが、手堅く攻めれば勝てるだろう。

 

『いっくよー!』

『ああ、先走っては――仕方ないでゴザルなぁ。拙者も掛かるでゴザルよ!』

『受けて立つわ! フローリア!』

『おーし! はんげき、しちゃうよー!』

 

 向こうはフローリアとαリンクを結んでいる。彼女はポシェットから花の種をばら撒き、そこから花を咲かせた。燦然と輝くような向日葵(ヒマワリ)の花だ。また幻惑魔法か? と思ったのも束の間。

 

『いっけー! ひまわりびーむ!』

『うわちょっ――』

 

 上空から攻める美海の方を向いた向日葵が、一斉に光線を発射した。そんな攻撃ができたのか――と思っていたが、それに直撃した美海からほとんど痛覚がフィードバックして来ない。

 

『ま、眩しいっ!? 前見えない!』

『出鼻を挫かれたでゴザルな。美海殿、風は如何(いかが)でゴザろう?』

『あっ、そっか!』

 

 どうやらあれは視界を封じる魔法だったようだが、成長した美海は周囲の気流を感知することができるようになっている。その応用で、ある程度視界を塞がれても大丈夫なのだ。とはいえ、実戦でいきなり視界喪失状態になるとは思わなかったが……

 

「美海、下がれそうなら下がって。流石に危ない」

『えっ、うごけるの!?』

『動けちゃう! ゴメン忍ちゃん! 一旦引くね!』

『無理しないで頼むでゴザル』

『流石に予想外ね……』

 

 結局美海は、せっかく近づいたのに再度離れた。その際、気流を感知したからか、先ほど琉花が閉じ込められていた壁の亀裂を通って、その向こう側に隠れた。そこなら流れ弾を受ける心配はない。指示はしていなかったが、いい状況判断だ。

 

『ルビーって水に弱いの?』

『炎のちからはよわまるけど、石はとけないわ!』

『そりゃそっか。んじゃ、お相手頼むぜ!』

『ま、まけないんだから!』

 

 その傍ら、琉花もルビーとの交戦に入った。スライダーのような水流、リボルバー銃(みずでっぽう)、水の盾。覚えてきた技を次々と繰り出してルビーを着実に追い詰めていく。そして、

 

『流水ってさ、30センチもあれば立ってらんないらしいよ、っと!』

 

 そう軽口を叩きながら狙ったのは、少し離れた位置で交戦しているアウロラ。飛ばした水の塊がアウロラの膝から下を掬い上げ、その勢いでアウロラはいとも容易く転んでしまった。

 

『きゃっ!?』

『ちょ、ヒキョーよ! いまはルビーのあいてでしょ!』

『そーだそーだ!』

『今は言いっこなし! 後でいっぱいゴメンするから! シノ!』

『分かっているでゴザル』

 

 アウロラが尻もちをついた隙を狙う忍。アウロラは間一髪で避けたが、明らかに消耗している。返礼とばかりにフローリアが花の魔法を放つが、忍のエクシードの炎によって焼かれてしまった。

 

『う~! やっぱあいしょーわるいよ~!』

『泣き言言わないの。応戦あるのみ……って、復帰早いわね、美海ちゃん』

『まだ結構ちかちかしてるよ!』

『無理するなって言ったでゴザろうが……』

『またひまわりびーむ、うっちゃうもんね!』

『それ、言ったらダメなのよ、フローリア』

 

 そこに美海も復帰し(かなり無理やりのようだが)、戦況はこちらに大きく傾いた。反撃による痛覚が時折発生するものの、与えているダメージはこちらが明らかに上だ。

 そんな中、春樹は疑問に思った。どうしてバトルが終わらない? 多分、このくらい攻撃を加えれば俊太も倒れる、と思ったのだが……。

 

 もう数分も交戦が続いている。アウロラもフローリアもルビーも、流石に限界が近そうだ。ルビーが何とかミニサイズになってアウロラの元に転移し、彼女の背中にしがみついて隠れた。アウロラは背中に隠した妖精2人を守るために、こちらの3人を同時に相手にしている。エクシードも用いてなんとか攻撃をいなしているが、ダメージは着実に入っている。当然、反撃する暇もないので、もはや一方的なリンチのように見えてきてしまった。

 

 ……なのに、バトルは終わらない。

 

 不審に思った春樹が目を凝らすと、反対側のαドライバーゾーンに立っている俊太は――普段の彼からは想像もできないほど顔を歪めて、必死に()()()()()

 

(なんで、まだ立ってるんだ)

 

 その俊太が、叫ぶ。

 

「戦え! 耐えるから、戦え!」

 

 その叫びは、幾重もの極光の壁を通り抜けて、春樹の耳を強烈に打つ。

 瞬間、春樹は戦慄せざるを得なかった。本能的に感じたのは、恐怖といってもいい。

 

 いくら攻撃しても、倒れない。

 

 ブルーミングバトルに出場するαドライバーが、もしそんな奴だったら。それは、敗北条件を1つ無視しているようなものだ。だが春樹が感じたのは、そんな理屈っぽい恐怖ではなく、もっと本能的なもの。

 倒せない相手。ただそれだけ。

 今自分は、そんな奴を相手にしている。その実感に、背筋が寒くなった。

 

『は、春樹くん……っ!』

『ど、どーすんのさー。このままやり続けんの……?』

「そ、それは……」

 

 アウロラは既にボロボロだ。しかし、俊太の渾身の叫びを聞いた瞬間、それに呼応するかのように攻撃魔法を放ち始めた。美海は回避し、琉花は防御しながらも、普段の穏やかさなど一片も感じられない気迫に怖気づいてしまっている。

 いや、怖気づいているのは春樹も同じだ。美海と琉花の逡巡に、言葉を返せない。

 そんな3人に激励の言葉を叩きつけたのは、一念を通し続ける忍だった。

 

『やるしか、ないでゴザル! 2人とも! 春樹殿も!』

 

 その声はわずかに震えていた。きっと彼女も怖いのだろう。だが、彼女の言う通りだ。やるしか、ない。勝つためには。

 

『全力で、やってくれ!』

『……っ。わ、分かった!』

『しょ、しょーがないよね! やるよ!』

 

 そこから始まったのは、お互いに戦略も何もない、ただの全力のぶつけ合い。向こうは防御を無視して攻撃しているので、春樹にもどんどんダメージが蓄積していく。このまま押し切ってしまえ……!

 ただ、恐怖が消えない。俊太は依然として立っている。春樹の何倍ものダメージを受けているはずなのに。大丈夫だ、勝てる、と何度自分を奮起させてみても、どうしても心の端に残っってしまう恐怖から目を離せないのだ。

 もし自分が先に倒れたら? 正直、春樹の限界も近かった。そして、自分が限界に近づきながら、向こうの底知れない限界を覗き込む感覚に、恐怖が増幅していく。

 

『負けるわけには――いかない、のっ!』

『うぐぅっ!?』

 

 その恐怖が伝播してしまったのだろうか。アウロラの攻撃魔法が美海にクリーンヒットしてしまった。そのフィードバックで、春樹の膝が折れかける。

 

(た、耐えなきゃ――負ける!)

 

 意地でも耐える、ではなく、耐えなきゃ負ける。恐怖が意地を蝕んでいた。

 攻撃魔法が、美海に、琉花に、忍に突き刺さる。その度に春樹は、大岩の如き絶望感が背中に叩きつけられているように感じた。

 あと何度、限界を超えればいいんだ――

 

 

 絶望的な気分になりそうになった――が、ふと気が付くと、全ての痛覚が消えていた。

 

『永瀬俊太チームのプログレスのファーストリンクが全て切断されました。よって、神城春樹チームの勝利です』

 

 そんな感じのアナウンスがぼんやりと聞こえた。どっと押し寄せた安堵に、春樹は思わず座り込んでしまう。

 ファーストリンクが切れたということは、プログレスかαドライバーが気絶したということだ。なので、俊太はどうなったと思ってフィールドの向こうを見ると、彼は――

 

 

 まだ、立っていた。

 

 立ったまま、意識を失っていた。

 

 

 それを見た春樹の胸に沸き上がったのは、どうしようもない敗北感。思わず、口に出す。

 

「……俺の、負けだな」

 

 初めての勝利の味。それは、余りにも苦かった。

 

 

…………

 

 

 

「報告通りではありますが……これは偶然……ですかえ?」

「恐らくは……。彼女が来島してから1年間と数か月、何度も確認しましたが、アーシー様の魂ではないようでした」

「……にしては、雰囲気が似ています。不思議なこともありますえ……まさか、暁天のと似た異能の持ち主とは……。ほとぼりが冷めたら、わたくしも(じか)に確認してよろしいでしょうか?」

「ええ、もちろん。というより……どうか、お願いします。私では判断が付かないので……」

「しかし、あの少年も。立ったまま気を失うとは……あの心胆、カイを思い出すようです。……これもまた偶然、なのですかえ? のう、暁天の……」

 

 




 なんかリリンクの公式設定も島が分かれましたね…。

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