アンジュ・ヴィエルジュ *Skyblue Elements*   作:トライブ

56 / 62
第7話「強すぎる力は、抑圧も制御もできない」

 

 夏休みの学校というものは、なんだか特別な感じがする。

 (そう)(げつ)()()はそう思いながら、歩き慣れた廊下を進んでいた。

 

(ふみ)ちゃん先生ねぇ、何の用事だろうね~?」

(おお)(かた)、世界接続20周年祭のことだと思う。自分たちは、警戒をする側の者だから」

 

 癖で間延びした絵麻のぼやきに反応したのは、彼女の親友にして同じ生徒会役員を務めるアンドロイド、ステラ。大雑把に短く切った金髪に、猫の耳のようなヘッドアーマー、そしてオッドアイが特徴的な少女だ。いつものように抑揚のない声で応えたが、親友である絵麻はそこに滲む僅かな不安を感じ取った。

 呼び出されたのは、生徒会室。生徒会の顧問である数学教師、(ほん)(じょう)(ふみ)()から呼び出されたのは、生徒会と風紀委員の役職持ちメンバーらしい(ちなみに絵麻は生徒会副会長で、ステラは書記だ)。風紀委員といえば、一般的なそれの役割の他に、学園内の荒事への生徒としての対応を求められる。同じようなこともする生徒会も合わされば、これは何か良くないことに決まっている。

 

 生徒会室の扉を開けると、既に数人の生徒が集まっていた。

 

「あ、絵麻ちゃんにステラちゃん~!」

「会長、いちいち抱きつかないで」

「エミルかいちょお~! なんか久しぶりだね~!」

「うんうん!」

 

 真っ先に飛びついてきたのは、生徒会長であるエミル=アンナ。無邪気さと母性が合わさった抱擁に対し、ステラは回避、絵麻は同じく抱擁で応えた。その様子を見ていたのは、風紀委員の面々。

 

「あら、ハグいいわね。どう(はるか)、私たちも――」

「い、いいってお姉ちゃん! 毎日会ってるし! それにハグは今朝――」

「姉妹揃って、何をバカやっているのですか、全く」

 

 風紀委員長の(とう)(じょう)(ゆう)、2年生の副会長の(とう)(じょう)(はるか)と3年生の副会長のマリオン・マリネールだ。悠が遥に割と本気で抱きつこうとし、それを遥が結構全力で拒否し、その様子を見たマリオンは心底呆れたように溜息を吐いた。

 

「風紀委員さんは、もう揃っちゃってるんだよね~」

「うちは……あとクラリス副会長だけですよね~」

「……走ってくる。3、2、1――」

「お、遅れましたぁ――あ、まだ先生いないな。ふぅ」

 

 最後に入ってきたのは、3年生の生徒会副会長、赤の世界出身のクラリス・エーデルライトだった。漆黒の髪をキュッと結い上げた、凛々しい少女だ。射貫くような鋭い眼差しに、スレンダーな身体は一部の隙も無く鍛え上げられている。だが一番特徴的なのは、側頭部に浮かんでいる青いリング――天使の輪(ハイロゥ)。彼女は赤の世界でも珍しい、後天的に天使になった少女なのだ(厳密に言えば、天使のような性質と力を授かった)。その青い天使の輪は、他ならぬ『命導』の大天使ラファエルから戴いたものだ。

 

「珍しく遅かったですね~」

「うむ。この後、赤の世界の来訪団がこの世界に参るのでな。久しぶりに我が主とお話しできればと思って、執行部と交渉していたのだ」

「大天使様に会わせてもらえるなんてスゴイ!」

「すご~い!」

「え? あ、いや、その……別に大したことではない。そもそもこの力自体、ラファエル様から頂いたものであるし、もし了承されたとしてもそれは下僕の様子は見ておきたい程度のものだろう……」

 

 遥と絵麻に褒められると、クラリスは頬を赤く染め、明後日の方向を向いて喋り出したが、その言葉は尻すぼみになった。普段はきりりとした厳格な少女だが、反面褒められるとこの上なく弱い。生徒会と風紀委員(それと彼女が部長を務める剣道部)はこの方法でクラリスを()(なず)けていた。もちろん、悪意のあるものではない。

 

 集まった7人が少しの間雑談に花を咲かせていると、やがて生徒会室の扉が開き、小柄な少女に見える先生が入ってきた。いつも通り、黒髪のツインテールに、丈の長すぎる白衣を羽織った数学教師、本条だ。

 

「どうもお疲れ様です、皆さん。この大変な時期に呼び立ててしまい申し訳ございません」

 

 いつも通りの癖のある声の本条。生徒に一斉に緊張が走ったのを見て、ふぅ、と溜息を吐いた。

 

「揃いも揃って、そんなに身構えないでください。話しづらいです」

「は、はぁ~い」

 

 絵麻が深呼吸しながら答えると、その間延びした声に皆ややの安心を覚えられたのか、各々が思い思いにリラックスしたような仕草をした。

 その様子に、本条自身も少し安心したのか、椅子に座りながら話し出した。

 

「大した用事があるわけではないんです。まあ、実際マジで大したことないなのら、それこそわざわざ呼ぶんじゃねえよと思うのでしょうが」

「別に怒りませんけど……でもこんな時期に呼ぶってことは、何かないわけじゃないんですよね?」

「その通りです、遥さん。さて、いよいよ世界接続20周年祭が、あと3日後に控えています。この中には、ブルーミングバトルに出る人もいますね」

「はぁ~い」

「いちいち返事しなくていいですわ、会長」

「エミルって呼んで~!」

「私が呼んであげましょう。エミルさんお静かに。……さて、こうした大きなお祭りの時は、悪い人たちが動きやすくなります。4月のブルーミングバトルの時も、生徒が1人、拉致されかけました」

「そういったことに警戒しろ、ということですか?」

「それもそうなのですがね、クラリスさん。それ以上に気になるのは、皆さんのエクシードです」

 

 本条はいったん言葉を切ると、生徒たちの顔を見回した。顔を見合わせたり、記憶を探っているようなところを見ると、全員何かしら思い当たる節があるらしい。そうでしょうそうでしょうと頷きながら、本条は言葉を続ける。

 

「ここ最近、毎日のようにエクシードの暴走事故が起きています。エクシード管理課が何とか事を収めていますが、それもかなりギリギリです。なので、世界接続20周年祭の最中に悪人を見つけて、それを追いかけたり、それと交戦することになったとしても、エクシードの使用には細心の注意を心がけてください。皆さんのエクシードが暴発でもしたら、それこそ目も当てられません」

「それもそうですよね……分かりました」

「自分のエクシードは、暴走しても、自分自身にしか影響がない。」

 

 出し抜けにステラがそう言った。ステラのエクシード《七七式加速強襲兵装(ゴースト・バイツ)》は、手足や腰の部分に兵装を纏い、各所に散りばめられた小型のリフレクター・コアによる瞬間的な加速を用いて、目にも留まらぬ連続攻撃を叩き込むものだ。しかし、これはただのエクシード兵装であり、彼女本人の異能はあくまで『思考加速』。多数のリフレクター・コアの制御を加速した思考で行い、より的確で強力な攻撃を行うことができる。なので、エクシード兵装を纏っていないときにステラのエクシードが暴走した場合、それは彼女の思考が勝手に加速し続けるということだ。確かに彼女自身が言うように、エクシードが暴走しても、自分自身にしか影響がない。つまり、周りへの被害はないように思える。

 しかし、本条はそれを厳しく(とが)めた。

 

「確かに、それはそうでしょう。ですが、その慢心は極めて危険です。例えば、加速した時間の中では人間の音声を正確に聞き取ることができないので、コミュニケーションが不全になります。いざという時にその状態になるということは、仲間と上手く連携できないことを意味します。また、エクシードの暴走がどれほどの規模で、どれだけの時間続くかも不明です。もし貴女の思考が『長時間に渡って加速し続けた』場合、思考回路に深刻な悪影響を及ぼす可能性があります」

「……確かに、それは危険」

「そうでしょう? エクシードは『異能』。制御から外れれば、大なり小なり、被害は確実に出ます。特に、絵麻さんエクシードが暴走した際に、周囲に与える影響は極めて大きいでしょう。つい先日も、絵麻さんと似たエクシードを持つプログレスがエクシードを暴走させましたが、ほんの30秒ほどでそばにいたαドライバーが死にかけました。なので十分気を遣ってくださいね」

「えぇ、死にかけたってヤバいねぇ……とりあえず、はぁ~い! できるだけ使わないようにしま~す」

「それがいいでしょう。それ以外の皆さんも、しっかりと自分のエクシードを見つめ直し、きちんと制御すること。なんなら絵麻さんのように、可能な限り使用しないのが一番です。そのためには、何も起きないことが一番なのですが……」

 

 本条はやや俯いて言葉を切った。その表情は、普段の無表情さからは想像できないような苦悩と疲労が見えた。慌てて悠とエミルが本条のそばに寄り、その小さな背中をさすりながら声を掛ける。

 

「文ちゃん先生?」

「大丈夫ですか?」

「あ……いや、はい。大丈夫です。寝不足ですかね……皆さんも同じでしょうけど」

「それは……そうですね」

 

 エミルの言葉を聞いて、本条はまた俯いた。そして、一杯になった器から少しずつ水が溢れるように、ぽつりぽつりと言葉を紡ぎ始めた。

 

「……実を言うと私は、今回のブルーミングバトルの開催を中止すべきだと、ずっと進言し続けてきたました。日に日にエクシードが制御しづらくなる今、当日は今以上に制御が難しくなっていることは予想するに難くありません。それなのに、全力のエクシードをぶつけ合うブルーミングバトルを行うのは、明らかに無謀、無謀も無謀。誰がどんな怪我をするか、分かったものではありません。こんなことを言いたくはありませんが、下手をすると死者すら出るかもしれない……。それを恐れてエクシードを抑えて戦うのであれば、それこそ本末転倒というものです。

 確かに、コロシアムに常設されている『リンク・エクシード抑圧結界』は、エクシードレベルを強制的に0にして、エクシードを封じる効果があります。万が一の時はオペレーティングシステムを操作してバトルを中断させれば、対処は可能かもしれない。それに、αドライバーとリンクするということは、エクシードを制御しやすくなる効果も見込める。だけど、どちらも暴走したエクシードを止められるかは未知数。1人ならまだしも、2人、3人が同時に暴走したら? 前回のバトルで、日向さんとセニアさんが同時にレベル5になった時、この常設結界にはかなりの高負荷が掛かっていました。双方のαドライバーとのリンクも、非常に危うい――それも、切れそうで危かったのではなく、()()()()()()()危ない状況でした。結界は名前の通り『抑圧』するものでしかない……αドライバーとのリンクも、あくまで制御に力を貸すだけ……強すぎる力は、抑圧も制御もできない……」

 

 本条の呟きに、皆が黙って考え込んだ。エミルとマリオン、バトルに出る2人は特に。2人はつい先日の練習の折、この間ソフィーナのエクシードが暴走し、大変だったとハイネから聞いていた。本条が言った、絵麻に似たエクシードが暴走したというのは、このことだろう。エクシード管理課の人が来てくれなけば危なかったという。

 ソフィーナは戦いの中であまりエクシードを使用しない。言い換えれば、レベルが低くても戦力になるということだ。実際、2人がソフィーナのエクシードを使用するところを見た時は、手元に魔力を流れ込みやすくするとか、味方に飛んだ攻撃を少し自分に引き寄せることで曲げるとか、それくらいのものだった。その彼女のエクシードが暴走し、危うくハイネを殺しかけたということは、自分達のエクシードも暴走してしまえば周囲に被害が出ることはほぼ確実だ、と自覚させられた。

 そうでなくとも、この数週間で暴走したエクシードを何度か見ている。チーム練習の時はハイネとリンクしているので安心感があるが、そうでない時は確かに危ないと思う時もあった。もしこれが暴走したらどうなるのだろう。それを想像するのも恐ろしかった。

 

 しばらく、生徒会室にいた全員が沈黙していたが、本条は我に返ったようにハッと顔を上げると、「とにかく」と前置きしてから締めくくった。

 

「皆さん、生徒会や風紀委員の他のメンバーにもきちんと伝えてくださいね。それから、会った学園生のプログレスにもなるべく。エクシードを制御すること。極力使用しないこと。それからバトルに出る皆さんは、できる限り安全に気を遣ってエクシードを使用してください。今回のバトル、少なくとも学園側は、ちゃんと頑張りさえすれば勝敗は一切気にしません。危ないと感じたら即座にエクシードを制限すること。皆さんの安全が第一です。以上、何か質問は?」

 

 

…………

 

 

 18時30分。赤の(ハイロゥ)から、20人程度の団体が青の世界に降り立った。手続きを終え、鐘赤界港のロビーに現れた一団を、数人の男女が出迎えた。

 

「ふむ、今はちょうど黄昏時ですかえ? 異世界の空も美しいものです。アイーシャにもこの光景を見せたかった」

「あ、アイーシャ様は、あまり都の外に出たがらないから……」

 

 先頭を歩いてきた背の高い女性が、にこやかに微笑みながら窓の外を見てそう言った。赤の世界・七女神が一柱、夜を司る『宵闇』の女神・アマノリリスの影だ。

 そして、彼女の言葉に答えたのは、彼女の隣で不安そうにきょろきょろと辺りを見回している、身長2メートルを超すのではないかというほど長身の男性。ただし、猫背なため身長はもう少し低く見え、手足は細く、悪く言えば虫のようなイメージを抱かせる。こちらはアマノリリスの従騎士、ダスティン・ユーイング。

 

「ごきげんよう、アマノリリス様」

「うむ。お出迎え感謝いたしますえ、皆様」

「ひ、久しぶり、サイオン君」

「お久しぶりです、ダスティン君」

「せっかく異世界に来たのです。ダスティン、もう少しきりっとしなさい」

「む、無理だよ、お母さん……まわり、女の子だらけだし……」

「大丈夫だよ、ダスティン君。私も最初は戸惑ったからね。――ともあれ、皆様。ようこそこの青蘭諸島にいらっしゃいました」

 

 そう言って出迎えたのは、権限者(オーソライザー)のサイオンだ。彼が胸に手を当てて一礼する――が、出迎えた人で他に同じ動作を取ったのは、クラリスとガブリエルだけだった。というのも、

 

「あ~、ザーク~! 来てくれたんだねぇ~! ねぇ、久しぶりの抱っこぉ~」

「……あ、ああ」

「……っぷ、くふっ……!」

 

 来訪団から抜け出してきた、とても小柄な女の子が、出迎えたザークに飛びついて、抱っこをおねだりしていたからだ。その横で、ミスティカが腹を抱えて笑いを堪えている。

 ザークはいつものように、極めて攻撃的な格好をしていた。そもそも極めてガタイが良く、その上で短く刈り込んだ金髪に、ミラーコーティングのサングラス。着ているものはラフなアロハシャツにジーパン。首にも手首にも指にも耳にもシルバーのアクセをじゃらじゃら着けていて、とてもではないが青蘭庁に勤めているとは思えない。これでヤンキーでなければ誰がヤンキーなんだ、という格好だ。

 一方、飛びついてきた少女の方は、身長130センチあるか無いかというくらい小さい。特徴的なのは、桜色のふわふわと暖かそうな衣装に、眠たそうな眼。今はそんな眠そうな、しかし自分はこの世で一番幸せな存在だと言って憚らないような笑顔でザークに抱っこして貰っていた。彼女は赤の世界、春を司る『春眠』の女神セレナの影だ。2人の組み合わせはミスマッチもいいところだが、青の世界で定職に就いているザーク、彼はセレナの従騎士なのだ。

 

「く、くくっ……せ、セレナ様、ごご、ご機嫌、(うるわ)しゅう……!」

「はいはぁ~い。セレナ、ご機嫌~」

「だ、旦那も、ご機嫌……っ」

「…………ミスティカ、お前後で覚えとけよ」

「え~? ザーク、ご機嫌じゃないの~?」

「な、泣くな! ……ご、ご機嫌、だ……」

「わぁ~い、ザークも、ご機嫌~」

「うくくっ……ヤバい、腹筋千切れそう……!」

 

 ザークが最大限ドスを効かせた声で脅しても、ミスティカはなお笑いを止められないようだ。しかもどうやら、こっそり撮影しているらしい。後で魔捜課で上映会でもするつもりなのだろう。ちなみにザークがセレナの不機嫌に対してここまで慌てているのは、彼女が不機嫌になると、天使だろうが女神の影だろうが、吸い込んだだけでぐっすり眠ってしまう粉を辺り一面に撒き散らすためだ(彼女本人も例外ではなく、真っ先に眠ってしまう)。さすがにこの場でそれをやられるのはマズい。

 その横で、ガブリエルとクラリスが前に進み出て、女神らに挨拶した後、その後ろにいた天使の元に寄った。

 

「よく来てくれた、ラファエル」

「ご無沙汰しております、ラファエル様! ご壮健で何よりです!」

「あ、ありがとう、ガブリエルちゃん。そ、それから、そんなにかしこまらないでね、クラリスちゃん」

 

 自身なさげだが透き通った声で2人に応えたのは、触れれば切れるような美貌を持ちながらも、不思議と他者を圧倒しない、不思議な雰囲気に包まれた女性。その瞳はガブリエルと同じように、青い十字が刻まれている。『命導』の大天使ラファエルだ。足元に(ひざまず)き頭を思い切り下げるクラリスを立たせようと慌てている。

 

「何やら随分と賑やかなお出迎えになりましたえ」

「ご、ご気分を悪くされてはいませんか……?」

「そんなことはございませんよ、サイオン。わたくしも自分の世界では、女神の影である前に、宿屋の主人であります故。賑やかなのは、大変結構なことです」

「それは良かったです。では、ホテルへお連れします」

 

 サイオンがそう言った後も、相変わらずザークに抱きつくセレナと、それを見て笑うミスティカ。ラファエルの後ろの16人の天使ら全員に挨拶して回るクラリスと、呆れるガブリエル、慌てるラファエル。しどろもどろになる天使たち。

 

 一行が界港を離れたのは、それから50分後のことだった。異常に遅れたのは、クーラーの効いた界港から外に出た瞬間、暑い外気に触れたセレナが一瞬で気を悪くして眠り粉を撒き散らし、全員で40分間眠ったためだ。

 とても安らかな眠りから覚めたサイオンは、機動隊の面々が駆けつけてくれなければどうなっていただろうと考えて、冷や汗を流しっぱなしだだった。

 

 

…………

 

 

 19時。夕玄界港のロビーに4人の来訪者が現れた。

 

「んぉー、まだ明るいね。もう少しすれば、私の時間」

「明るいのか暗いのか分かりませんね。どっちかにすればよいのに」

「美しい空じゃあないかい。見てごらん、あちらの空には星が輝き始めておるよ」

 

 窓の外を見て思い思いの感想を述べる3人を、最後の1人が引っ張って連れていく。その先には、出迎えの一行の姿があった。こちらは5人。教務課からアルマ・カミュオンとアルスメル、エクシード管理課からテオドーチェ・テルマギア、魔捜課からアリサ・マイネル、そして機動隊からアムベル・マカリスターだ。

 

「あれ、4人? 護衛は?」

「うん。護衛は無しよ。まさか最重要人物だけで来るとは思うまい!」

「確かにこの面子なら敵なしだろうけどよ……」

 

 出迎えたアルマに、来訪した4人中の1人が答えた。外見は中背の金髪の少女だが、それ以外の部分が極めて異質だ。

 例えば角()()()()、どこの家系の魔族なのかな、と思える。例えば耳()()()()、銀の森のエルフ族なんだろう、と推測できる。例えば翼()()()()、高位の精霊種の血が混じっているのか、と感心する。例えば尻尾()()()()、なんと人化した龍族の方なのか、と感嘆する。だが、彼女にはそれが()()あった。異常でないのは先に挙げた髪と体格、それからエメラルドグリーンの瞳くらいだ。

 ネロ・アンゲル=グラディウス。今回は魔女王の代理でやってきた、途轍もない才能を持つ魔女だ。そして、アルマとは同じ村・同じ年に生まれた、いわゆる幼馴染である。

 

「久しぶり、アルマ。仕事、忙しい?」

「お前ほどじゃないだろうよ、多分」

「そんなこと言ってぇ。ホント昔から、謙虚なんだか傲慢なんだか分かんない」

「謙虚ってことにしとけよ。ほら、四世界一可愛いお前によく似合う」

「もう……この色男め」

「カッコつけずにはいられなくなるくらい可愛いのが悪いんだぞ」

「やだ、まったく。そういうトコ、ホント変わんないなぁ」

 

 どちらからともなくそっと抱き合う2人。いくら魔女王の代理を務められるくらいのネロと、権限者(オーソライザー)になるだけの実力を備えたアルマでも、ひとたび近づいてしまえばこれだ。その視線といい笑みといい、完全に(のろ)()ている。その様子に、その場にいた全員が呆れたのか、2人はそっちのけで挨拶が始まった。進み出たのはアルスメルだ。

 

「よう来た、3人とも。ヘカテリエル、エヴァーズは当然として、最後の1人はてっきりハイディが来るものだと思っていたのじゃが……まさかお主が来るとはのう、テル=エマ」

「ええ、ええ。せっかくだし、弟子の生まれた世界も見ておきたくなったのさぁ。あの子の言っていた通り、美しい世界だねぇ」

「お主が来ると知っておれば、文香も来たがったじゃろうに」

「ええ、心配無用ですよ、アルスメル。老婆は老婆らしく、静かな時にゆっくり会いに行くさ」

 

 にこやかに語るのは、しわくちゃな顔の老婆だ。腰は曲がっていて、杖を突いているが、その口調や雰囲気には一切の衰えが見えない。名前はテル=エマ。アルスメルと同じく十二杖の1人であり、彼女は『空』を司る杖を持っている(ちなみにアルスメルは『砂』だ)。十二杖の中でも最古参に近いテル=エマからすれば、いくら年寄りぶっているアルスメルも子供のようなものらしい。

 そして、その横からもう1人の来訪者が口を挟んだ。

 

「そうそう、いい世界だしマジで。ハイディも来ればよかったのに、なんか研究が忙しいからパス~とか言って投げたんよね~。あーあ勿体ないなぁ」

「それはそれは……ともあれ、お会いできて光栄です、ヘカテリエル様」

「ちょっ、様とかやめてよね~。私、様付けられっと、なんかゾワゾワするんよ~」

 

 そうぼやきながらアムベルと話し始めたのは、褐色の肌に銀髪、そして背中から黒い翼を生やした女性だった。彼女も十二杖の1人で、『闇』を司る杖を所持する天使・ヘカテリエルだ。天使といっても赤の世界のそれとは違う存在で、その杖の先端には、中をくり抜いた三角形型の紫の結晶が輝いていた。対するアムベルは、若干恐縮しながらも笑顔を交えて話している。十二杖の1人ながら砕けた態度のヘカテリエルは、やはり天使だからだろうか、黒の世界で最も活動範囲の広い十二杖として知られていた。

 

「とにかく……来ましたよ、私たち。ここでいつまでも話し続けます? それとも進みますか?」

「今はその中間なのだ、エヴァーズ!」

「でも私、グレーは嫌いです」

「あ~……ま、どっちでもいいってのも大事ですよエヴァーズ様。この世はそこそこ、テキトーっすからね」

 

 テオドーチェとアリサに、やや苛ついた口調で話しかけたのは、これまた奇妙な少女だ。年の頃は10台後半の、端正な顔立ちをした少女見えるが、まずはその髪。長さはセミロングで、黒髪に白いメッシュが入っているようにも、白髪に黒いメッシュが入っているようにも見える。つまり、白と黒の髪の束が交互に同じ量だけあるのだ。着ている服もモノクロで、これまた地の色と差し色が白黒どちらか分からない。彼女も十二杖だが、世にも珍しいことに、『白』を司る杖と『黒』を司る杖を一手に管理している。名前はエヴァーズ。右手に持つ杖の形も奇妙で、白く真っすぐな杖に、黒い(つた)のような杖が絡みついているのだ。

 

「さてと……とりあえず移動したいのじゃが、あの2人め、人目を憚らず惚気おって」

「私はいいと思うよ。愛とは素晴らしいものなのだからねぇ」

「最近のネロっち、めっちゃ忙しそうだったから、たまの旅行くらい、ね?」

「いや、私に言われても……まあ、ずっと離れていた恋人同士だ。共に居られる時くらいは、そばにいるといい」

「このままここに泊まるおつもりですか? 地面、硬そうです」

「ほれ、そこのソファにでも横になればよいのだ――ああっ、冗談なのだー!」

「エヴァーズ様ってマジで冗談通じないなぁ」

 

 全員に見られているのにイチャイチャを止めないネロとアルマだったが、しばらくして、

 

「え、これ何待ち?」

「お主らじゃ馬鹿者! さっさと行くぞ!」

 

 

…………

 

 

 ミハイル、デルタ、アリアの3人が界港のロビーのベンチに座って、1時間半が経った。近況報告や雑談のネタはとうに尽きており、窓の向こうを眺めながら時々ぼやくだけの時間が続いている。

 アリアが爪先で床を叩きながら、苛ついた声で言った。

 

「……遅いですね」

「ああ。まぁ……揉めてるとかじゃないんだろうけど」

「アリアは時間に厳しいからなぁ」

「19時半過ぎには来ると仰っておられましたが」

「彼女らのことだし、きっと気まぐれだろ」

 

 20時55分。白の(ハイロゥ)から待ちに待った2人分の粒子が吐き出された。ブリッジに降り立った2人は、なぜかそのまま5分間待ち、21時になって(ハイロゥ)の常設結界が閉じる瞬間を目撃した。ここまで待たせておいて何をしているんだ、とアリアは半眼で2人を睨みつけたが、遠すぎて伝わるはずもない。

 

「よくよく考えたら、こっちから(ハイロゥ)の結界が閉まるところって見たことなかったんだよねー。うん、いい経験☆」

「ここにいると邪魔ですよ。お待たせしてしまっているかもしれませんし、早く行きましょう♪」

 

 2人が入界手続きを済ませてロビーに出るのに合わせて、3人は接触を図る。真っ先に進み出たのはアリアだった。

 

「……遅かったですね、お二人とも」

「はーい、遅参しました☆」

「エスナとアルト、ね。なんで遅れたかはともかく……エスナ、その節は本当にありがとう」

「えーっ? どの節? ありすぎて分かんなーい☆」

「銀髪の子のエクシード移植を手伝ってくれた時だよ」

「あの時? あれはその節じゃないよ☆ だってアタシらも収穫あったもん☆」

 

 デルタの言葉に対し、ハイテンションな口調で返すのは、可愛らしいツインテールの少女だ。髪色は頭頂部が純白で、先端に行くにつれて金――いや、黄色になっていく、奇妙なグラデーション。瞳の色も黄色で、着ているスーツも白地に黄の差し色、という風に白と黄色だけで出来ているようだ。名前はコードS23E・エスナ。

 

「こんばんわ、ミハイル様、アリア様。お元気そうで何よりです♪」

「そちらも元気そうで良かった」

「元気でないことなど、なさそうですけどね」

「あら♪ アリア様は聡明ですね。その通りです。ワタシは元気、元気のアルトでーす♪」

 

 ミハイルとアリアに話しかけたのは、来訪したもう1人、背の高い女性だ。こちらの髪はストレートだが、グラデーションは頭頂部が白なのは変わらず、先端に行くにつれて帯びるのは鮮やかな緑色。瞳の色も、着ている白いスーツの差し色も、緑。名前はコードS23A・アルト。

 エスナとアルトの2人は、白の世界の管理者E.G.M.A.(エグマ)直属のアンドロイドだ。

 

「それにしても……じゃんけんの結果は悲惨だな。一応、僕らが不在の間にこの島守ってもらうんだぞ?」

「悲惨ってなにさぁ☆ ていうか、じゃんけん勝負でアタシが負けるはずないじゃん? アルトには負けたけど☆」

「一応参考までに、アルト様はどうやってエスナ様に勝ったのですか?」

「3人に絶対勝てるような手を3人分作りました♪」

「全然参考にならんな……」

「じゃあさー、仮にグランとマイルが来たとしよう? あの2人が、何をどうやれば話し合いなんかできんのさ☆ グランは一家で一番おバカで拳が全部解決してくれると思ってるし、マイルは何を喋らせてもしどろもどろだし☆ そしたらアタシとアルトが行くしかないよね☆」

「それに、2人とも力が強すぎるので、もし1人でも連れて来たら、他の世界への威嚇と思われてしまいますしね♪」

「そう言われると、なんだか不憫だな……まあ口だけ達者なエスナはともかく、アルトがいれば何とかなるか」

「荒事と魔法以外なら、ワタシにお任せください♪」

「アタシはともかくって、どういう意味さ☆」

 

 デルタは2人の言葉を聞き流しながら後ろを振り返った。21時で本日の世界間移動は終了し、界港も店仕舞いだ。早くも清掃員がロビーの清掃を始めている。

 

「ここは邪魔になるな。さっさと行こう。話ならどこでもできる」

「よしきた☆ それいけ―☆」

「飛べって言ってるわけじゃないぞ!」

「分かってる☆ だって天才だもん☆」

「ワタシと違って、エスナちゃんは冗談が好きなんです♪ ね?」

「2人してE.G.M.A.(エグマ)直属のアンドロイドが言うと、笑えないジョークですね。大変勉強になります」

「お、アリアちゃんやるね☆ 皮肉が年々上達してくれて、アタシは嬉しいぞ☆」

「うちの子にこれ以上変なことを教えないでくれ……」

「うちの子って言うなら、むしろワタシたちの子でもありますよね♪」

「あれ? そういえばそっかー☆ なら色々教えちゃっても大丈夫だ☆」

「勘弁してくれよマジで」

 

 げんなりするミハイルとデルタ、カラカラ笑うエスナと微笑むアルトがなんとも対照的だ、とアリアは思った。

 界港の出口へ向かう道すがら、エスナが思い出したように口を開いた。

 

「うちの子って聞いて思い出したんだけど……セニアちゃんはどうなったの? こっちの世界に連れていくって報告受けたっきり、続報がない☆」

「元気でしたよ。この前会いました」

「あれ、もう会っても大丈夫なんですか♪ 女の子の成長って早いですね♪」

「まあ、少しだけ異常が出ていたが。ただ、それだけだった。少し話しかけたら元に戻ったし」

「異常出てたのかよ。それ僕聞いてないぞ。おいアリア」

「言うの忘れてました。てへ。申し訳ございません、サー。以後気を付けます」

「『てへ』さえなければ満点だったのにな」

「えーっ、満点なんてつまんない☆ 女の子なら特別点☆ 狙いに行ってナンボだよね☆」

「今の特別点はいかほどですか、デルタ君♪」

「ん……じゃあ120点。よかったな、アリア」

「やりました。照れます」

 

 デルタがアリアの頭を撫でた。済まし顔のつもりだったが、もしかしたら、少しだけ本気で照れていることが顔に出てしまったのだろうか。そんなアリアを見て、外見通り黄色い声を上げるエスナと、彼女を止めようともしないどころか煽るアルト。その後、無理やりにでも話題を変えてくれたデルタに感謝せねば。

 

「しかしミハイルよ。お前は俺よりも早く彼女らと知り合ってるんだろ? なんかもうちょっと上手く対処できないもんかね」

「無理だ。エスナなんか、いまだに何考えてるか分からんし。グランならまだしも」

「やだ、褒められちゃった☆」

「褒めてないだろ」

「褒めてないんですって♪」

「なんと☆ 薄情だよミハイル☆ 沢山助けてあげたでしょ☆」

「もちろん感謝はしているさ。尊敬もしている……だが信頼はしていない」

「ひどい~☆ そんなこと言うんだったら、イプシロン・インダストリーのデータベース全消去しちゃうぞ☆」

「それをマジでやりかねないんだから信頼されないんだろ……能力上、冗談になってないんだから」

「ワタシと違って、エスナちゃんは冗談が好きなんです♪ 許してあげてください♪」

「お前たち、『G』が近づいているって自覚あるのか?」

「もちろんですよ♪ 仲良くなれるか、敵になるか、楽しみですね♪」

「そーそー☆ いっぱい儲かれば、とっても嬉しいじゃん☆」

「……本当にお前だけで調査に行って大丈夫なのか、デルタ?」

「……御覧の通りなんだから。むしろ連れて行く方がマズいだろ」

 

 喋るだけで疲れるエスナとアルトの相手をしながら、ニーアが運転する車へと案内するデルタとミハイルを、アリアは、少し後ろから、妙な羨ましさを覚えながら見ていた。


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。