アンジュ・ヴィエルジュ *Skyblue Elements* 作:トライブ
バトル相手が春樹のチームだと知る前から、俊太はチームメンバーと一緒に特訓を続けていた。
「よし、今日はここまでにしよう」
フィールド内でのプログレスらの出来栄えを確認しながら、俊太はそう声をかけた。その呼びかけに、フィールド内でエクシードを発動させていたアウロラ、フローリア、ルビーの三者はエクシードの発動を止めて、エンドラインまで戻ってきた。
練習開始から、既に3時間以上が経過している。今日の練習割り当ては午後からだったので、時間も17時直前、といったところだ。しかし、夏なのでまだまだ日は高い。コロシアムには当然ながら天井がないので、ずっとこの炎天下の中だ。何度か休憩を挟んだとはいえ、やはりただの人間である以上はキツい。
だが、本番もこうして炎天下に晒されることを考えると、経験しておいて損はない。
「おつかれさま~」
「おつかれ、シュン! 水飲みなさい!」
2人の妖精、特にルビーの方はそんな様子を見せない。
フローリアの方も元気だ。直前まで飛び回っていたとは思えない。
「お疲れ様、アウロラ。大丈夫?」
「ええ、ありがとう。俊くんもお疲れ様でした。お腹空いちゃった。何か食べに行きましょう?」
微笑みながら戻ってくるアウロラは、このチームのプログレスの中で唯一の人間だ。動きやすいスポーツウェアを着ているが、動き続けているので汗でびしょ濡れで、その豊満なボディに張り付いている。バストやら太ももやらが、とても直視できない感じになっているので、俊太は思わず目を逸らしながら「う、うん。そうしよっか」とぶっきらぼうに返すので精一杯。
それはさておき、プログレスらの動きはとても良くなっていた。体力的にやたらとタフなアウロラは、炎天下での練習が終わった後でも見せるのは多少の疲労だけだ。チームの要である以上、そこまで生半可な練習ではなかったはずだが……これは安心できる部分だ。4月のバトルを見ていて気付いたが、当時はまだ付け焼刃だった春樹チームの美海と琉花は、バトル中盤から終盤にかけて明らかなスタミナ切れを起こしていたからだ。
ルビーとフローリアの妖精2人も、アウロラよりは疲れて見えるものの、よく頑張っていると思う。しかも、この2人はそれぞれ、面白い特性を持っている。
ルビーの特性は先に述べた通り。熱と光から力を得る彼女は、炎天下という状況に対してアドバンテージを得ている。これは人間ではありえない。外見からは想像できないほど、彼女のスタミナは長く持つのだ。
一方のフローリアは花の妖精。炎天下では
当日のバトルも、このコロシアムで行われる。俊太チームと春樹チームのバトルは午後から。天気が晴れなら、フィールドは直射日光に晒される。そして、その環境要因によって疲弊するのは人間だけであり、2人の妖精はむしろ強化される。これはきっと想像以上に大きなアドバンテージになると俊太は考えている。というより、春樹はフローリアとルビーのことをよく知らないはずだ。向こうに赤の世界出身のメンバーはいない。それに、フローリアとルビーの特性は、ヒト語を解せるほど高位の妖精だからこそ、ここまで有効活用できるものだ。春樹チームはほぼ確実に、この2人の限界を見誤るはず。
「俺が偉そうに言うのもなんだけど……3人ともすごく良くなってる。これなら、互角以上に戦えるはずだよ」
「シュンもそうおもう~? リアもね、そうおもってた!」
「当然よ! ルビーにかかれば、ひとひねりなんだから」
「まあまあ、そうがっつかないの。でも本当、最初に比べれば見違えるようね。これも、バトルが決まった直後から頑張ってきたおかげね」
俊太がチームの調整を開始したのは、アウロラと仲直りした5月の下旬から。ルビーとフローリアもチームに迎え、対戦相手がどんなチームでもいいように、3人の特性や技を知り、戦術を組み立ててきた。対戦相手が春樹チームだと知った時、冬吾チームと戦うよりは勝ち目があると思った。
アウロラのエクシード《
フローリアのエクシード《
最後にルビーのエクシード《
「じゃあ、対戦相手も決まったことだし……そろそろ本格的に戦略を練ろうか」
「そうね。まずはどこから決めましょうか……私は予定通り後衛でいいのよね」
「うん。そこは変わらないと思う。後ろでオーロラを張って、とにかく日向の行動範囲を制限しなきゃいけない」
春樹チームを相手にする上で重要なのは、やはり美海にどう対処するかだろう。風を操るというエクシードの特性上、フィールド内のどこにいても影響があるのは、他のチーム以上に問題である。なぜなら、サイズが小さく軽く、しかも飛行している妖精2匹が風の影響をもろに受けるからだ。突風に煽られれば、すぐにコントロールを失い、吹き飛ばされてしまうのは目に見えている。だが、アウロラのエクシードのオーロラは、風を防ぐことができる。これで美海の行動と攻撃を制限し、あわよくばフィールド外に押し出すことができれば、勝負の流れを一気に引き込める。
「フローリアとルビーも、サイズ連続変化に慣れてきた感じかな」
「うん! うまくいくようになったよ!」
「ルビーにかかればこのくらい、ラクショーってことね!」
ルビーとフローリアには、エクシードや魔法の扱い以外にもう1つ、サイズ変化をスムーズに、しかも連続して行うという特訓をさせていた。理由は単純。小さければ攻撃が当たらないからだ。さらに、青の世界で普通に生きていれば、戦う相手が大きくなったり小さくなったり、などという体験はしないものだ。なので、ここで『驚き』というアドバンテージを得たい。
「フローリアは那月の相手な。水を操るから、逆に利用してやるんだ」
「うん! お花、いっぱい咲かせちゃうよ!」
「ん、その意気だね」
フローリアは琉花に当てる。彼女は花の妖精なので、エネルギーを生み出すにも植物を成長させるにも、とにかく水が必要だ。最初、どのチームと当たるか分からなかったときは、アウロラが習得した水魔法を利用しようと考えていたが、今はサブプラン。せっかく相手に水を操るプログレスがいるなら、これを利用しない手はない。ただし、例によって質量の小ささは懸念事項だ。水に囚われてしまったら、容易にフィールド外に叩きだされてしまうだろう。
「で、ルビーは風魔だ。炎に耐性があるお前なら、彼女の攻撃は気にならないよな?」
「うん! でもあの鎖とか熱でおさえつけるヤツだと、くらっちゃうわよ」
「そこは……俊敏さでどうにかしよう。小さい状態でなら、あの鎖には捕まらないでしょ」
「それならだいじょうぶよ!」
炎に耐性のあるルビーは、当然の如く炎の術を多用する忍に。しかし、忍の本領は忍術だ。煙幕を焚いたり、分身を作ったりと、その技の多様性は同年代どころか学園内でも群を抜いている。しかも、前回のバトルから3か月が経過しているのだから、技術はより洗練されていそうだし、新技もありそうだ。とはいえ、ルビーはルビーで、不思議と力がかなり強い。これは、ほぼ同い年のフローリアと比べても明白だ。いざという時には、力押しも考えるべきだろう。
「もう少し考える必要はありそうだけど、みんな自分の役割は分かってるね」
俊太の言葉に頷く3人。そんな彼女らを見ながら、俊太は言葉を続ける。
「……正直言って、勝つのは厳しいと思う。俺にとっては初のバトルで、持ってるノウハウは春樹さんの方が多い。土壇場で間違った戦略を伝えちゃうかもしれない。それでも……」
状況的にはかなり有利を取っているという自覚がある。しかし、不安にならないかといえば、もちろんそんなことはない。
プログレス的な面なら、考察した通り有利なのはこちら。だからこそ、自分の差配が勝負を分けてしまう可能性が高い。今自分で口にした通り、経験的な有利は向こうにある。
「俊くん」
「な、なに?」
やや俯き気味になっていると、アウロラが屈んで頭を撫でてくれていた。それ自体は嬉しいのだが、彼女の胸の双丘……どころの話ではないそれが、これでもかとばかりに主張してきて、ついビクついてしまう。アウロラは、そんな俊太の頭をなお撫でながら、
「『案ずるより産むが易し』よ。ね?」
「……うん、そう。そうだ、もちろん」
そう。心配していたって何も始まらない。進むから壁にぶつかる。それは当然のことだ。それでもなお進もうとするから、人間は前に出られる。
慈愛に満ちた表情のアウロラ。不思議そうな表情のフローリア。やや呆れた表情のルビー。その3人の顔をしっかり見回した。もう、逃げない。この4人で頑張ると決めたから。
「それでも、全力で行こう。俺も頑張って耐える。頑張ってリンクする。だからこの4人で、後悔のないように頑張ろう」
「ええ、もちろん!」
「がんばろー!」
「やるからには、かつわよ!」
返ってきた三者三様のリアクションを見ながら、俊太はまた頑張ろうと決心した。
(そうだ。頑張れる。3人がいてくれるから……何があっても、立っていられる)
「じゃあ何を食べに行こうかしら? 個人的には、お肉が食べたい気分」
「じゃあ焼肉とか行く? 一応お金はあるけど……妖精って入っていいんだっけ」
「リアはおにく、たべらんない! おやさい、ある?」
「サラダとかならあるでしょ、多分。ルビーは?」
「イギなーし! はやくいこー!」
「まずシャワー浴びて、着替えましょうね~」
そう。大丈夫だ。弱気になる前に、みんなと自分を信じるんだ。
俊太は朱く染まり始めた空を見上げて、そう誓った。
…………
その上空に白の世界への
そんな白百合島の中で最も大きな施設は、島の南東に建つ、半分海に面した円柱型の塔のような建物である。世界間移動を司る界港以上に大きなその施設の名前は『アンドロイド・ネスト』。『ネスト』と略されるここは、この世界にやってきた、白の世界出身のアンドロイドの大半が住む施設である。
ネストはただの居住施設ではない。青蘭はその機能維持と安全確保のために、数多くのアンドロイドを雇用している。例えば、青蘭庁の航空管制局は、世界間を運行する輸送船や機動隊の戦闘機などの航空機が、空中でアクシデントに見舞われた際、問題解決や人命救助のためにスクランブルできる、飛行ユニットを装備したアンドロイド部隊を指揮している。また、海洋調査を行うための潜水ユニットを装備したアンドロイド調査隊、飛行できるがその用途は建設目的としてチューンされているのアンドロイド建設隊、果ては青蘭庁の施設の受付対応に従事するアンドロイドもいる。
こうした多様な仕事に従事するアンドロイドたちが快適に暮らせて、かつこうしたアンドロイドたちのメンテナンスを行う施設を大量に詰め込んだ、言ってしまえばここは『白の世界の前線基地』なのである。
「――――で、残りはどうなってんの?」
『明日の定期輸送船に5枠確保できましたので、そこに10機載せられます。さらに残った23機は、デルタ・テックのライトキャリアで輸送予定です』
「それで納期には間に合う感じか。それから、こないだ計画に上げたネガクォーツのフレミグナル錬成炉を黒の世界に輸出したいって言ったあれ、どうなってる?」
『そちらは青蘭庁の機能監査がまだ通っていません。『クレイドル』の監査官様方も含めて、本社にある実験炉の様子をお見せする予定を策定中です』
「結構。それが通れば、ネガクォーツもだいぶ入手と加工が楽になる」
そんな施設の中を歩く男性が1人。くしゃくしゃの黒髪にラフな装いの、イマイチ冴えない彼の名前はデルタ。白の世界では『マスター・デルタ』と呼ばれる天才科学者で、主に兵器やアンドロイドの装備を作成し続けている。彼がアンドロイドたちとすれ違う度に、アンドロイドたちは驚きの表情を見せ、敬礼する者までいたが、彼は「お構いなく」というように笑顔で手を振って受け流していた。
デルタと会話しているのは、彼のサポートAIであるシステムΣ9X・ニーアだ。極めて優秀なAIだが実体がなく、ホログラムのボディすら持たない。今は彼が耳に着けている銀のイヤリングから声だけを上げている。
彼が歩を進める先には、青蘭庁の航空管制局の執務室および
「『G』は『G』として、世は進む。考えること増えてキツイな」
『そんなこと仰らないでください。もしかしたら、試験稼働中にロストした機体を発見できるかもしれません』
「お前の一部が入ってるんだ。
『前例がないので何とも言えませんね……ロストするだけならともかく、時間が経った後で回収するのは今回が初めてで』
「変なことに使われてなきゃ……って、そんなはずないよなぁ。自力で逃げてくれてれば御の字って感じだが」
サポートAIであるニーアは非常に特殊な存在だ。なんと、それ自身がプログレスであり、エクシードを持っている。《
そして、ニーアはそうやって分割した自分の思考を、AI領域を持つ兵器やロボットの中に入れ、操作するという技術を持っていた。デルタが作成した多彩な兵器やロボットの大半をニーアが管理している。現在起きている問題とは、ニーアの下位思考が入ったロボットのテスト機が、試運転の最中に忽然と消えてしまったというもの。予想外の出来事だったので、ニーアは咄嗟に下位思考を回収することができず、そのままの状態になってしまっている。
黒髪をわしゃわしゃと搔きながらデルタが航空管制局の執務室のドアを開くと、そこはソファやテーブルが並んでいる、ゆったりとしたカフェのような内装になっていた。およそ執務室と聞いて思い浮かべるような部屋ではないが、これはここの局長の趣味、というか働きやすい環境を目指して作られた部屋だった。執務室の一角には、コーヒーや紅茶を無料提供するブースまである。ここで働く人々は、忙しそうにしつつもどこか余裕のある雰囲気だった。
そんなオフィスのソファに、1人の女性が座っていた。目の前のテーブルにいくつもの
「やあ、来たよ。ガブリエラ」
「ああ、こんな状況で済まない。すぐ終わるから、コーヒーでも飲んで待っていてくれ」
ガブリエラと呼ばれたその女性は目を上げることなく、しかし優しい声でデルタに返事した。流れるような金髪で、どこか高級そうな白い法衣を纏っている。青蘭での暮らしが長ければ分かる。この白い法衣は天使の翼が変化したものだ。
デルタはガブリエラに言われた通りカフェブースに足を運び、カフェオレを注文した。その間にも、ニーアと会話を続けている。とにかくやることが多くて、少しの時間さえ無駄にできない状況だ。
砂糖をたっぷり入れたカフェオレを味わいながらガブリエラの元に戻ると、もう確認作業は終わったらしい。
「その目が欲しくなるよ。色々なものが見えそうだ」
「そういうわけにもいかない。この目は特別なんだ」
微笑むガブリエラの赤い瞳には――十字が刻まれている。特別な目。大天使の証だ。
ガブリエラ――正式な名前はガブリエルだが、彼女は赤の世界でも最高位の四大天使の一角で、《愛導の大天使》と呼ばれる。その赤い瞳は、暁天の女神から生み出された大天使の誇りであり存在証明なのだ。
しかしなぜそんな彼女が航空管制局の局長という立場にいるかといえば、それは彼女が青の世界で何らかの役割を得たいと申し出たからだ。戦略的な思惑、というよりかは単純に、四世界が協力していかなければならないと強く感じていたらしい彼女は、天使としての飛行性能を青蘭庁の長官に売り込み、立場を得ることに成功した。アンドロイドらを管理する必要があるため、今では赤の世界出身の人物の中でアンドロイドに関する知識が随一とされる。
また、航空管制局の空中部隊は大きく分けて2つの種族で構成されており、片方は先に述べたように白の世界のアンドロイドだが、もう片方は赤の世界の天使らである。そちらに対して、元から絶大な影響力を持っていたガブリエラの協力は、世界接続黎明期、この青蘭上空の安全確保において大きな役割を果たしたという過去があった。
余談だが、青蘭学園高等部2年生の担任教師・ララエルは、大天使であるガブリエラ直属の部下であり、《愛刻の天使》と呼ばれることもある高位の天使である。このように、赤の世界の天使は、他の世界の者らよりも青蘭の生活に絡んでいることが多い。というより、どうやら『別世界』という認識自体が薄いらしく、繋がったのだから1つの世界だ、と捉えている節がある。これは、自分の世界に明確なルーツを持ち、本体が外の世界に出ることができない女神らとは大きく異なる部分だ。
「ミハイルはまだか」
「今日は海洋調査部隊の定期健診の日だからな。少々遅れるのもやむなし。ようやく昨日で航空部隊の検診も終わったところだ。我々で先に始め――ああ、噂をすれば。お疲れ様だ、ミハイル」
「やぁーっと終わった終わった。いや遅れて済まない。コーヒー取ってくるからもう少し待っててくれ」
ドアから入ってきたのは、黒髪が美しい、白衣の女性。アンドロイド関連の研究の第一人者、ミハイル・イプシロン。彼女もデルタと同じく、白の世界では『ドクター・ミハイル』と呼ばれる。
いつものように目の下には濃いクマが浮かんでおり、はっきりと疲れて見えるが、その声には不思議と張りがあった。そんな彼女がコーヒーを持ってくるまで少し待ち、ようやくこの場に三者が揃った。
ちなみに、同じ激務の中でも、ガブリエラの方に疲れは全く見えない。なぜなら彼女は大天使。休息や睡眠すら必要とせず、何なら午後8時くらいにネストを飛び去って赤の世界に戻り、そこで大天使としての勤めを果たし、翌朝6時にまた飛んで戻ってくる予定だ。分かってはいるが、人間と似たような外見でそんなことをされると、どうにも調子が狂ってしまう、とデルタはぼんやりと考えていた。そんなデルタも、開発に夢中になっていれば平気で10日とか徹夜してしまうどころか、食事すらろくに取らなくなるが。
「よし、それでは始めよう。あまり時間もないが、よろしく頼む」
「ああ。ニーア、地図を表示しろ」
『
デルタが机の上に携帯端末を置きながら、彼の指示と同時にニーアが青蘭諸島全域を示したホログラムマップを浮かび上がらせた。立体的で、地形もよく分かるようになっている。
「さて、まずは賢緑島の機動隊基地の輸送機か。何機残す予定だ?」
「アムベルとも話し合ったんだが、賢緑島に3機残して、残り8機中4機は青蘭島東に移動させる。それ以上は諸島内で置いておける場所がない」
「で、残りは白の世界か?」
「いや、1機は黒の世界に待機させようってなってる。というのも、『G』到来でファントムの攻撃が活発化する可能性がある。クレイドルは別にいいと言っていたんだが、ここは
「ガブリエラも、それには合意か?」
「構わない。とにかく、世界接続20周年祭までに、賢緑島の上空はクリアにする必要がある。輸送機を移動させるなら、早いほうがいい。戦闘機と違って、移動には時間もかかるし、世界間移動させるものに関しては申請も通す必要がある。早急に飛行計画を提出すること。いいな、デルタ?」
「了解。ニーア、機動隊に連絡して、移動させる8機を伝えろ。飛行計画が出来たら航空部隊と連携して移動を進めること。世界間移動申請は……」
『心配ご無用です、サー。ニーアがやっておきます』
「助かるよ、ニーア」
「本当に便利な奴だな」
『むぅ、便利なだけじゃないですよ! ニーアはできる子なんです! 晩御飯だって作りますよ! なんなら今、自宅で作っている最中ですよ』
「実際、素晴らしいよ。ニーアのおかげで事がスムーズに運ぶ。これで実体があれば、いくらでもお礼をしたいところなのだが……」
『生身の身体なんて、持ってても面倒くさいだけだと思いますけどねー。下位思考をロボットとかアンドロイドに乗せることは多いですけど、あれが本体っていうのは、ちょっと脆すぎますよね。しかも人間となれば、さらに脆弱! ガブリエラ様のような大天使様の御身体ならともかくとして、ニーアは電子生命体で十分です』
賢緑島の機動隊基地から8機の輸送機を飛ばすシミュレーションをマップ上に表示させながら、ニーアはつまらなそうに言った。これも白の世界のAIには珍しい特徴で、あの世界のAIは、ホログラムだろうがロボットだろうが、与えられた外見に執着する性質がある。しかし、彼女にその性質が発露する様子は見られなかった。
そんなニーアの様子に、少し困ったように微笑みながら、ガブリエラは続けた。
「それから、世界接続20周年祭の間は、上空を妨害しない程度に飛行部隊を青蘭中に配備する件だが……」
「何か問題が?」
「問題があるわけではない。むしろ皆、望むところだという感じだ。それに、赤の世界から天使が、予定では16人、警護のために訪れる。彼女らにも協力させれば、大半の問題は解決できる」
「そういえば、ラファエルには……」
「ああ、話は通した。こちらの世界代表の1人として来訪する。『G』が訪れればパニックは免れないだろうが、その対応は彼女に任せることとする。構わないか?」
「問題ない。むしろ大事なのはその後……島の間を移動した人々を家に帰すための手段だが……」
「それに関しては、バスとフェリーを増やすしかないだろうが……デルタ、何か案はあるか?」
「一瞬、輸送機を使えばとか考えたけど、まさか青蘭のど真ん中に着陸できる場所もないし、非現実的ってことになった。まあこういう時はシンプルに、大人しくバスとフェリーをありったけ出すのが手っ取り早くて、コストも安い。輸送機だってタダで飛ぶわけじゃないからな。これでいいか、ガブリエラ?」
「意見相違ない。お金はいくらでも掛かる。
やはり予算のこととなると、いかに疲れ知らずなガブリエラといえども頭は痛いらしい。彼女はソファの背もたれに深く身体を埋めてコーヒーを啜った。コーヒーなど本来、大天使としては意味の無いものであるはずだが、なぜか飲むと落ち着くらしい。大天使の中でも《愛》を導く彼女は、最も人の感情に近しいと云われる存在だからだろうか。
そんな様子を眺めながら、今度はデルタが口を開いた。
「賢緑島の基地もある程度空ける必要がある。場所の特定はさすがにまだらしいが……」
「機動隊の業務に影響は出ないのか?」
「そりゃあ、出ないわけないんだけどさ……機動隊が不審な動きをしてたらファントムにバレる可能性が高いし。20周年祭のゴタゴタに紛れ込ませることができれば話が早いんだが」
「そんなことを言ったら、輸送機の大移動の時点でバレているも同然だろう。今更気にすることではない気がするな」
「それもそうか……とりあえず、対応すべき結界の方はアルマからクレイドルに話が行っているはずだ。で、その今は常設結界のコントローラを製造している。これが完成し次第、機動隊基地に運び込んでおきたい。これは問題ないな、ガブリエラ?」
「ああ。基地周辺での輸送機の大きな動きに紛れさせれば、何とかなるだろう。それに、あちらはあちらで、新型兵装の発注も同時に行っているのだろう?」
「さすが、ご名答。って、これ言っていいのかな……しかし、こうも機動隊関連の話ばかりしていると、アムベル辺りは呼ぶべきだったかもしれないな」
デルタが思案していると、ミハイルが彼に懐疑的な声を投げかけた。
「まさか界港を基地内に作るとか言わないよな?」
「界港の建設となるとまた話がややこしくなるが、まあそれは先の話だろうよ。『G』の調査がしっかりと終わってから、ってことになる。場所も含めてな。場合によっては、基地の移設も必要になるかもしれない。それまで、結界を操作するために、魔女王に青蘭にいて貰うわけにはいかないだろう?」
「それができれば話が早いのだがね」
「あんたの世界でいえば、宵闇の女神が常駐するようなもんだろ。無理だろうよ」
「いや、あの方はどちらかというと……その、自営業のお宿を空けることの方を気にされるだろうが」
「え、女神が宿屋やってんの? 初耳なんだけど」
「あれは、お戯れ以上のものだ。大人気だぞ。2人も赤の世界に行って、宵闇の都に寄ることがあれば、行ってみるといい。アマノリリス様のお宿でなくとも、宵闇の都はよく眠れると評判だ」
「それは気になるなぁ。しばらく休みなど取れそうにないが、その時は是非……って、話が逸れたが、とりあえず界港はまだということだな」
「通商できると決まったわけでもないからね。何しろ、戦争状態らしいから。んで、ミハイルにはやはり戦闘部隊に気を遣ってやってほしい」
「それは言うまでもない。我が社でも新型部隊の調整がそろそろ付きそうな具合だ。先発隊のこともあるし、いきなり実戦投入というわけにはいかないだろうが……」
「ありがたいことだ。昨日まで見てきて分かっただろうが、ここ最近、航空部隊は大いに疲弊している。天使の方も似たり寄ったりだ。少し休息期間を与えてやりたいと思っていた」
「さすがに現行部隊のお株を奪ってしまうほどのハイスペックではない。が、やはり出張ラボではどうしようもない破損部を抱えている子もいた。別途提出した書類の通りだが、彼女らは来週頭に白の世界に連れて帰って、それなりの時間をかけて修繕させてもらう。本人の要望次第では、除隊もあり得るだろう。代わりに、帰りの便で新型部隊を連れてくるから……」
「そうだな。その詳細は追って聞くとしよう。デルタ・テック側の装備の納品は?」
「10機、明日の定期輸送船に積む枠があったんで、それに乗せる。残りの23機は時期不定だが、うちのライトキャリアで運ぶ予定。そっちの予定はどうする、ニーア」
『イプシロン・インダストリー社のご要望に合わせます。先発する10機は明日、こちらに輸送しますが、残りはいかがいたしましょうか? あちら側で、ある程度の微調整を済ませてから、アンドロイド様方と一緒に運ぶ、ということも可能ですが』
「23機か。なら、早めに投入できそうな子達に先に試してみよう」
『承知いたしました。それと、シータ・システムズ社からの納品がありましたので、イプシロン・インダストリー社に提供している、当機専用のフライトシミュレータをアップデートします。よりリアルな感覚が掴めると思いますので、そちらもご活用ください』
「アリーナはやはり仕事が遅いな。まぁ一度始めたら凝るタイプだし、精度には期待できるか……とりあえず、了解。いつも助かるよ」
「こちらに届く10機は、現行部隊に調整してもらうことにしよう」
『それがよろしいかと思われます。これに関連して、ガブリエラ様。このネストにあるフライトシミュレータを大幅にアップデートする計画についてですが、ひとまずデータの用意自体は完了しました。時期につきましては……』
「ああ、時期に関して明確な回答を出せていなくて済まないな。この情勢だ。ひとまず『G』までは現状維持で行きたい。なので、20周年祭が終わってから2週間程度経ったら……って、また曖昧になってしまった」
『問題ございません。アップデート中はフライトシミュレータを停止させる必要がありますので、今後の訓練計画が決まりましたらご連絡ください。デルタ・テックから日程を提案させていただきます』
「恩に着るよ、ニーア」
『このくらいどうということはありません!』
「常にリンクしてる僕にも、ちっとは感謝してな」
デルタがコーヒーを啜りながらぼやくと、ミハイルもガブリエラも笑った。しかし、ニーアにまで笑われたのは少し腹立たしかった。
その後も3人(ニーアも含めて4人)は話を続け……最後にミハイルがデルタに言った。
「最後になるが……もう十分時間が経った。こんな時期だが、セニアのバトル前に、刺激を与えておきたい」
「……大丈夫、なんだな?」
「先日会った時に確認したが、もう十分にパーソナリティが乖離している。今なら共鳴はしないはずだ」
「分かった。いつがいい? アリアもそこまで暇じゃないんだ」
「そうだな……では――――」
今まで果たされなかった邂逅が、間近に迫っている。
そんな、真剣に話し合うデルタとミハイルを見ながら、ガブリエラは溢れる慈愛に目を細めた。