アンジュ・ヴィエルジュ *Skyblue Elements* 作:トライブ
夏休み初日。目覚めた子供が、一年の中で最高の自由を感じる朝。
「……あの夢さえなければ、もうちょっと気分も晴れるのにねぇ」
「ホントにね……」
しかし、青蘭学園のブルーミングバトル用のコロシアムに集まった、ハイネチームの面々の表情は硬い……というか、若干げっそりしている。それもそのはず、ここ最近見る夢が、夏休みになったからといって学校のように休んでくれなかったからだ。
「まあ、細かいこと気にしててもしょうがないし、練習がんばろー!」
「エミル会長の言う通りさ! 今日も美しく特訓開始だ!」
「貴女達のその元気、こういう時には頼もしいものですわね……」
常のようなほんわか元気屋さんのエミル=アンナと、常のようなハイテンションさを振り撒くカサンドラを、マリオンは溜め息交じりに評価した。
この場に集まったのは5人。αドライバーであるハイネに加え、彼のクラスメイトであり幼馴染のソフィーナ・アルハゼン、2年生の先輩であるカサンドラ・サブナック、3年生の先輩であり、風紀委員会の副委員長を務めるマリオン・マリネール、そして現青蘭学園生徒会長のエミル=アンナ。
ハイネが選んだこの4人のプログレスは、贔屓目に見ても非常に優秀な4人だ、と彼はそう評価している。
まずソフィーナ。黒の世界の統治者である魔女王がリーダーを務める政府《クレイドル》で、魔女王から直々に術を教わるほど厳しい修行してきただけあって、その実力は同年代の平均など遥かに超え、大人にも通用するレベルにまで達している。しかも、少し前に青蘭学園の講師のひとりに負けたのが悔しかったのか、近頃個人練習にも熱心だ。右腕に望むものを引き寄せるエクシード《グリーディ・ハンド》の扱いはイマイチ、というより魔術と併用する戦略を練り切れていないのは少し残念だが、そんなものはこれからどうとでもなる。
次にカサンドラ。彼女のエクシード《アマデウスの真翼》は、魔術を特殊な膜で包み、遠くへ運ぶというものだ。しかし、その性質に反して彼女は魔術が極めて不得手だ。ただし、身体能力は非常に高く、素の状態でも曲芸のような挙動が可能だ。膂力も優れているため、主に近接戦で活躍できるだろう。また、彼女本人だけだとほぼ無用の長物と化してしまうそのエクシードだが、実は彼女はこれを完璧に操ることができる。つまり、すぐ隣にソフィーナがいたりすれば、ソフィーナの魔術を飛ばすことなら可能だ。これは大きな強みといえる。このことを知っている者は数少ないのだ。
マリオンもまた黒の世界出身ながらあまり魔術には優れない。しかし、カサンドラとは異なり多少なら扱える。そして、そのエクシード《
最後にエミル。この中では唯一白の世界出身のアンドロイドだが、彼女は特殊な『魔導アンドロイド』であり、高度な魔術を行使することが可能だ。しかも、その魔術の方向性はソフィーナと大きく異なり、ソフィーナが出力の高い攻撃魔術を連発するパワータイプなのに対し、エミルは相手を拘束する魔術を立て続けに放ちながら巧妙に立ち回るテクニックタイプといえる。さらに、彼女が羽織っている、黒く分厚いコート型のエクシード兵装《
総合すると、所謂『魔法使いパーティ』みたいなチームである。良くも悪くも、有利不利がはっきりするタイプのチームだ。
そして、夏休み開始直前に通告された対戦相手は、あの冬吾チームだ。以前のバトルを見ていたので、戦法などはある程度把握している。そして、フェアになるように参加メンバーを伝え合ったところ、彼らは今回も、前回と同じメンバーで出場するそうだ。
これを踏まえたチームメンバー5人の共通認識は――「それでも全く油断できない」だった。
「セニアちゃんがどれだけ成長してるか、分からないのよねー。4月のバトルの時は、装備すら不十分だったってデルタさん言ってたし」
エミルが言うように、まず懸念事項の1つがセニアだ。前回のバトルの時のセニアのコンディションは、はっきり言って最悪に等しい状態だった。正式な装備が整っておらず、訓練も大した量をこなしたというわけでもなく、さらに言えばマスターである冬吾との信頼関係もまだまだ、といった状況だったのだから。むしろ、そのような状態のセニアをチームに入れて、春樹のチームと引き分けた冬吾の裁量を評価すべきところだろう。
今のセニアの実力は未知数だ。というのも、これは彼女が中等部生であり、練習風景を高等部であるチームメンバーがガッツリ見る、ということが憚られたこともある。ただ、それだけの理由なら、同じアンドロイドであるという点を生かして、エミルが情報収集できないこともない。一番の理由は、彼女が秘密の特訓に精を出しているらしいからだ。そして、それを主導しているのが、どうやらドクター・ミハイルのようなのである。ミハイルは青蘭に住むアンドロイドの大半の情報を持っているため、何か思惑があってのことなのだろうが……。
付け加えるのなら、彼女のエクシード兵装《
「しかし、懸念というならユフィ君もだね。前回のバトル以降、新技の開発に勤しんでいるようだ」
「ユーフィリア先輩って、前回もすごい活躍してたじゃない。あんなに飛び回ってたし……」
「だが、最後に
ユーフィリアと同じ2年生のカサンドラが言うには、彼女は新技をいくつか作り出しているらしい。前回のバトル、春樹チームのメンバーと冬吾チームのメンバー、誰が一番多彩に動いていたかといえば、美海との空中戦と忍との地上戦、そのどちらにも大きな影響を与えていたユーフィリアだろう。彼女のエクシード兵装《
「一番振れ幅が小さそうなのはテルルさん、ですが……」
「あれはあれで脅威だよね。基本スペックが高すぎるもん。マリオン、どう?」
「彼女に真っ向勝負で勝てると思うほど、自惚れてはいませんわ」
格闘に秀でたマリオンすらそう評価するのはテルル。極めて高い膂力と、衝撃を増幅させるエクシード兵装《
「さて……まずは、誰が誰に当たるか決めようか」
「役割分担かぁ……それがいいね! まず、空中戦ができるのは私しかいないから、私ができる限りユーフィリアちゃんを抑えるよ」
「それは決定事項として……残りはどうしましょうか」
「とりあえず、各員の戦闘する領域を区切ったほうがいいわね。セニアは地上・中~近距離で、テルルは地上・近距離っていう風に」
「となると、マリオンはセニアちゃんと同じく地上・中~近距離で、カサンドラはテルルと同じ地上・近距離か」
「ソフィーナ君は地上・遠距離かな。さて、どうだろう。私一人でテルル君を抑えるのは限りなく不可能に近いと思うけれど……」
普段は溌剌としているカサンドラだが、今は少々不安げだ。それもそうだろう。テルルの怪力を一番よく知っているのは、クラスメイトである彼女に他ならない。
ただ、ハイネにはそれに対する答えがもう出来ていた。
「だから、カサンドラはソフィーナとツーマンセルで動くべきだ。それに、カサンドラは単純な力比べならまだしも、動きの柔軟さでなら彼女をいなし続けられるはずだ」
「んー……それもそうだね。いなすだけなら、多分できると思う」
「なら大丈夫だよ。カサンドラの役目はどっちかといえば、攻撃することじゃなくて、テルル先輩をソフィーナが狙いやすい位置に留めておくこと。こうすれば、十分にダメージを入れられると思う」
「なるほどね。それなら確かに大丈夫そうだ!」
「課題はソフィーナの、攻撃範囲の凝縮、でしょうかね」
「まぁ……それは何とかするわ。狭めるだけなら、対人レベルにセキアの魔弾を調整しようかしらね……」
ソフィーナがツーマンセル前提の魔術の候補をいくつか出している横で、エミルが口を挟んだ。
「それでも、相手はあのテルルちゃんだよね。素早くノックアウトできればいいけど、多分そんなにヤワじゃないよね」
「そうだろうけど……それが?」
「うん。だから、攻撃を加えるより、フィールド外に出しちゃったほうがいいのかなーって。確かにレベル低下の影響は受けにくいかもだけど、そもそも人数はこっちが1人多いから、向こうが1人いなくなるってことに対するアドバンテージは、すっごく大きいと思うんだよね」
「確かに、一時的にでも4対2になることのアドバンテージは明白だ。素晴らしい、さすが生徒会長だ!」
「エミル、って呼んでよ~! ……まあいいや。最後に、私ひとりだと、多分ユーフィリアちゃんとは互角がいいところなんだよね。だから、テルルちゃんを追い出してから再入場までの30秒間、ソフィーナちゃんとカサンドラちゃんのコンビネーションで、私を援護してほしいの。向こうの主戦力は間違いなくユーフィリアちゃんだし、彼女の行動を制限できれば、ぐっと勝利に近づけると思う」
「確かに、1対3なら向こうも攻撃対象を絞りにくいでしょう。眼前のエミルを外すわけにはいかないはずでしょうし、かといってソフィーナの魔術をカサンドラのエクシードで遠くから叩きつけられるのを放っておくわけにもいかない……逃げに徹されたら、それこそエミルの束縛魔術が火を噴く、といったところでしょうね」
「だから、そのー……マリオンちゃんにはできれば、セニアちゃんを単身で何とかしてほしいなーって」
「そのくらい、造作もありません……と言い切るのは少々傲慢でしょうが、風紀委員会副委員長の名に懸けて、残念な結果は見せないよう努力いたしますわ」
ハイネの中にも、だんだんと理想的なビジョンが浮かんできた。まず前提として、向こうの3人それぞれに担当を割り振る。セニアにはマリオン。ユーフィリアにはエミル。テルルにはカサンドラと遠距離からソフィーナ。
それぞれが戦うフィールドは大きく2つに分かれる。ユーフィリアは空中で、セニアとテルルは地上だ。そしてこちらは、魔術が得意なエミルとソフィーナがそれぞれ空中と地上にいる。この2つが相互に干渉し合わないようにすべきだ。特にソフィーナの魔術は規模が大きい。カサンドラとのツーマンセルが前提であるだけに、いかに範囲を絞るといってもフレンドリーファイア――味方を攻撃してしまう可能性がある。
セニアに対するマリオンは、正直あまり心配していない。セニアの兵装がどんなものであろうと、マリオンはこのチームメンバー内で、最も立ち回りの幅が広いプログレスだ。まず一方的にやられるといったことはないだろう。
次にユーフィリアに対するエミル。ユーフィリアがどれだけ多彩な技を身に着けてくるかは分からないが、束縛を得意とするエミルの実力は疑うべくもない。本人は「多分ユーフィリアちゃんとは互角がいいところ」と謙遜したが、実際どうなるかは分からない。なにせ、技を隠しているはエミルも同じなのだから。
そして、鬼門のテルル対策にカサンドラとソフィーナの2人を充てる。カサンドラが近距離でテルルの攻撃をいなし、その隙をソフィーナの魔術で狙い撃つ。その一方で、ダメージを与える他にフィールド外に押し出すことも狙っていく。これで上手くテルルを盤面から外すことができれば、この2人がフリーになる。つまり、ソフィーナの魔術とカサンドラのエクシードのコンビネーションで、強力な魔術を遠くの敵に叩きつけることができるようになる。エミルが押されていたらユーフィリアを狙えるし、場合によってはセニアを攻撃するのも十分ありだろう。理由は単純、向こうのチームで最も防御が薄そうなのはセニアだからだ。ブルーミングバトルは、αドライバーが倒れたら負け。より効率よくダメージを与えられる相手を集中攻撃するということは、相手が最年少のセニアなだけに残酷に思えるが、必要な戦略だといえる。
だが、その一方で気になるのが……冬吾はハイネらがこういう攻め方をする、ということをどこまで読んでいるのだろうか、ということだ。
中等部からの持ち上がり組であるハイネは、冬吾と知り合って1年と5か月が経つ。その期間で、彼の聡明さはよく知っていた。本当に人の考えを読むのが上手い人なのだ。
彼らは白の世界のアンドロイドのみで構成されたチームだ。こちらが『魔法使いパーティ』なら向こうは『アンドロイドパーティ』とでも言えばいいのだろうか。少なくとも、魔術に関して卓越した知識を持っている人はいない。それは、彼らのバックについているであろうドクター・ミハイルやマスター・デルタも例外ではないだろう。となれば、ソフィーナとエミルの手についてはそこまで心配する必要がなさそうだ。
テルル対策に誰を投じるかは微妙なところだが、ユーフィリアに対抗できるのがエミルだけだと断じれば、残る3人のうち2人でカバーする、と考えるのは当然の判断だ。射程に関しては比較的オールマイティなソフィーナをバックに配置し、セニアをマリオンが、テルルをカサンドラがマークすることも……恐らく読まれている。
しかし、仮に彼がこちらの戦略を読んだところで、
そもそも、前回のバトルもそうだ。春樹チームは最序盤、美海のレベルを一気に上昇させて相手プログレスを全員吹き飛ばすことで超短期決着を狙っていた。もしハイネがあのバトルの相手だったら、恐らくそこで敗北していただろう。だが、冬吾チームはそれへの対策を考えていた。あの一局だけ見ても、こちらの戦略なんかすべてお見通しなんじゃないか、という恐怖に襲われる。
(そうだ。彼はこっちのプログレスの『可能性』を、きっと俺より重く、深く考えている……)
件の一局は、あくまで可能性の1つだったのだろう。冬吾は美海というプログレスの『可能性』を重く見ていた。単に風を吹かせるというエクシードでも、極めれば暴風を呼び、プログレスを全員退場させられてしまう『かもしれない』。だから、自分のチーム内でとれる手段を組み合わせ、対策する。それだけのことだ。
だとすれば……今の彼の目に、こちらのチームの『可能性』は
「……相手はあの冬吾さんだ。なにか秘策、練る必要があるかもね」
ハイネがそう呟くと、気のせいだろうか、こちらを向くみんなの眼差しが輝いたように見えた。
…………
青蘭島の商業地区にある有名な場所といえば、まず初めに超大型ショッピングモールで、ここで揃わないものはほぼ存在しないとまで言わしめる『クリスタルモール』が挙げられるが、当然ながらその周辺にも様々な商業施設が存在している。岸部雄馬は、その中でも特に青蘭学園生に縁のない部分――経済・行政地区にほど近い、居酒屋などが立ち並ぶ少々怪しげな通り『ヤクラ横丁』に来ていた。もっと言えば、
「こういうところも嫌いじゃないけど、生徒がいるかもしれない昼間っからってのは頂けないな。しかも夏休み初日に」
「いいだろうが別に。生徒たちにとっちゃあ立入禁止区域だろ」
「外から見えるかもしれないじゃないですか」
「なら隠形をもっと鍛えるこったな」
身長170センチと男性にしては低めな身長の雄馬の服装は、ボタンを止めずに前を開けた半袖ワイシャツにジーパン、背中にリュックサック、とラフ極まりない格好で、おおよそその場にふさわしいとは言い難い。しかし、場にふさわしいかどうかはさておき、不思議で少々危険な魅力の漂う存在感を持っている。
絢爛な内装が目に眩しい、高級クラブである。知り合いが働いているから時々行くというだけで、クラブ自体は彼の趣味ではないが、今日彼がここにいるのは、彼の目の前に座って周りのホステスに愛想を振りまいている男に呼ばれたからだった。珍しく雄馬が敬語を(かなり雑ではあるが)使う相手である。
「あら、雄馬くん。久しぶりじゃない」
「どうも、ミーネさん。こんなクソジジイに気ィ使う必要ないっすよ」
「誰がクソジジイだ」
たまたま学生時代に知り合ったプログレスのホステスがいたので、心の底からの親切心でアドバイスすると、その『クソジジイ』が顔をしかめた。
一見して、齢70程度の男だ。白くなった髪はオールバックにして、後ろは肩まで伸びている。口髭も同じく白いが、全く衰えた雰囲気は見えない。声にも言動にも張りがあり、口元には活気のある笑みを浮かべている。スラックスは普通だが、上半身に着ているのは赤いハイビスカスのアロハシャツと、男も雄馬と同じくラフな装いだ。
オルガ・メテオグラード。赤の世界で高名な賢者であり、青蘭庁執行部および、魔術的犯罪捜査課・通称『魔捜課』を束ねる存在である。年齢はあまり表に出したがらないが、こう見えても年齢は100歳を超えているらしい。彼は神族の血を引いているから、長生きなんだそうだ。
「大体、なんで呼び出すときはこういう店にしか呼ばないんです。別に喫茶店とかでいいでしょ?」
「バカ言え。こういう店の方がバレ辛いだろうが」
「100歳超えのジジイがよく言うわ。アンタの趣味だろ」
「こちとら老い先短いジジイなんだ、少しくらい浪費したっていいじゃねえか」
「5年前も同じこと言ってたぞ、クソジジイ。本当に短いなら、さっさとくたばりやがれ」
雄馬は向かいの席にどっかりと腰を下ろすと、明らかな暴言と共にオルガを睨み付けたが、向こうは全く気にしない。当然だ。雄馬などオルガにとっては、自分の4分の1程度しか生きていない『若造』なのだ。
雄馬は青蘭学園の出身だ。そして、青蘭学園を卒業した後、青蘭大学には進まず、日本本土で執行部の仕事をしていた経験がある。オルガは異世界人である以上、青蘭の外に出ることはできないが、雄馬は彼から直接指示を受けて行動していた。そういう意味で、オルガは雄馬にとって『元上司』なのだ。
「まあいいや。さあ、すまんね」
とオルガが両手を上げると、個室にいたホステス達は全員外へ出て行った。個室に、2人が残る形になる。
「でもほら、俺の金で飲めるのはいいだろ?」
「俺はアンタと違って、一応仕事中なんですけどねぇ」
「じゃあお前の分は無しだ」
「なら帰るわ。さいなら」
「ったく、いつまでも口の減らねえガキだ」
悪態を吐きつつも楽しそうに笑うオルガ。こういうところでも何となく手玉に取られている気がして、反抗すると子供っぽいかと思い、雄馬はおとなしく差し出されたシャンパン入りのグラスを受け取った。
――とりあえず、冷房が効いてるからいいか。
暑がりの雄馬はそんなことを考えつつ、少しの間、お互い無言でグラスを傾ける。雄馬はグラスの半分ほど空けたところで、口を開いた。
「で、最近どうなんです。魔捜課に限らず執行部は、最近いい噂聞かないけど」
「魔捜課に限らず執行部はな、周りの目だとかメンツなんか気にしてられる仕事じゃねえんだよ。相手にその気がねえからな」
「そんなことだと、また機動隊に引き抜かれるぜ? アムベルさん、最近熱心だし」
「どこもかしこも人手不足は同じだ。こっちが引き抜いたって、総人数が増えるわけじゃねえ。魔捜官にしろ機動隊員にしろ、使えるやつは一朝一夕には生えてこねえんだよ」
「だとしても、アンタは一応使えるやつばっか集めてんだろ? そのくせ、お仕事が最近どうもテキトーじゃねえか。教務課まで執行部の尻拭いさせられるとは思わなかったぜ」
「ああ、あれか」
雄馬は意地の悪い笑みを浮かべて言った。4月の終わりに開催された『スプリング・ストライクショー』の最中にひっそりと起きていた、日向美海が拉致された事件。オルガは渋面になって唸る。
「あのタイミングで連中が動くなんて、予想できるかよ。大体、現場にいた執行部の連中は魔捜課じゃなくて警備課の連中だったし、そもそも警備は分厚かったはずだ。実際に拉致された場所が会場付近でもなくて通学路で、通常の登校時間より大分早い時間に、ってのが抜け穴になった。監視カメラのギリギリ範囲外でもあったし、そういう情報は俺まで上がってきにくいんだよ」
「別にそこに関して文句を言うわけじゃねえけどよ。あの件、大半は結局教務課の負担になったんですよ。どうなってんだ。しかも一部の生徒が首突っ込んだ挙句、負傷までしてるんだぞ」
「その件については謝罪したし、事後処理はこっちでしただろうが。あんなバカでかい死骸を住民の目につかないうちに片づけたのはこっちなんだぞ。よりにもよって路上で殺りやがって」
「そこんところの文句は俺じゃなくて凌雅に言えよな。俺らは雑魚狩りしてただけだし、しかも全員生きたまま身柄をそっちに渡したでしょ」
「下っ端どもなんか何十人くれたところで何も嬉しくねえよ。重要な情報に繋がってる奴は1人もいなかった。肝心の男爵の死骸だけじゃなく、生きてる雑魚どもを処理するこっちの身にもなれってんだ」
程度の低い言い争いをする2人。しばらくにらみ合っていた2人だが、意外にも先に視線を逸らしたのはオルガだった。
「まあいい。この件は一応話を付けてある。今更お前が噛み付いたって空しいだけだ」
「そりゃ……まあ、そうですね」
「ところで、あの銀髪の嬢ちゃんは元気にしてるか?」
「アイですか? 元気過ぎて困ってますよ。あ、どうです親方。ちょっとお小遣い下さいよ。そしたら俺がありったけのドーナツ買って帰って『これはとってもエラーい人からのプレゼントだよー』って言うんで。親方への好感度、一気にアップですよ」
「別に構わんが、テメェも一応社会人なら、ものの頼み方ってもんがあるだろ。あと、他のことに使ったらぶっ殺すぞ」
またなんとも程度の低いやり取りをした後、雄馬はようやく真剣な表情になった。
「……5月の件。あいつは――」
訊ねたのは、5月中旬に起きた、ファントムによる中毒事件の犯人についてだった。だが、雄馬が言い終えるよりも前に、オルガは頭を降った。
「ああ、洗脳だった。どうやら遠隔で記憶を消されたようでな」
「じゃあ、証拠は何もなしってこと? しかも、魔捜課が取り押さえておきながら遠隔で記憶消されるとか。いくらなんでも、それじゃあメンツが立たないだろ」
「メンツなんざ気にしてられねえってのはさっきも言っただろ。向こうさんも相当な術巧者だ。今後も下っ端が現れた時に、どんな式が仕込まれてるか分からん。それに、消されたっていうよりかは『引き抜かれた』って言う方が正しいな。意識を乗っ取る式の群体を遠隔で引き抜いたんだ。で、その中に記憶領域もあったらようだ……」
「……ってことは、記憶が残っている可能性はないってことか。本人も堪ったもんじゃねえだろうな。……気付いたときには犯罪者になってるなんてよ」
「それでもしょっ引くのが俺らの仕事だ。……野放しにするわけにも行かねえだろ」
「あの子、プログレスだろ。アムベルさんが引き抜くだろうな」
「それならそれで、
「生き残れば、の話だけどな」
それから2人は、またしばらく無言でグラスを傾けた。氷水で満たされたクーラーの中で、シャンパンのボトルがガラン、と心地よい音を立てた。
今度は、その沈黙をオルガが破った。
「……そういえば」
「ん?」
「お前んところの、かの名高きソフィーナ・アルハゼン嬢が《
「ほーん、それで最近やけに鼻高々なのか。しかし、才女ってのはマジなのな。将来が楽しみだ」
「アルマが泣きついてきてな、学園中に知れ渡っちまってたかもな。そうしたらどうせ外にも漏れて、効果も半減だ。一応、《
「あいつに限って泣きつくとか……てか、ソフィーナはどうなんだ。見た感じ、別に記憶を封じたとかじゃないっぽかったけど」
「おう。まあ少しこう、袖の下の力だな。俺の。小さいのをどうにかするにゃ、なんだかんだでご褒美が役立つもんさ」
「マジかよてめーふざけんな。そんなら俺も、言いふらしちゃおっかなー。親方様の袖の下とやらの力があればどうにかなるかもなー」
「そん時は俺が直々に舌を引っこ抜いてやるから安心しろ」
オルガは、まるで閻魔大王のような悪い笑みを浮かべて言った。対する雄馬は、もう抵抗する気も起きない。4倍弱の年齢差はここまでのもんか、とげんなりする。
「――ッ」
すると、突然雄馬が何かに気付いた。そして、
「お疲れさん、すがちゃん。ちゃんと入口通ってきた?」
「うん、一応……誰も気付かなかったけど」
少女はそう言うと、やんわりと微笑んだ。オルガは少し前から気付いていたのか、苦笑している。が、それにしたってずっと前から分かっていたわけではなく、雄馬よりは少し早かったという程度だ。
彼女の名前は
「お前、またよく嗅ぎつけたな。どうして分かった?」
「今日はアイちゃんに隠形術教える日だったの。それで、ゆうくんの家に行ったら、ゆうくんいなくて。留守番してた
「テメエ、行くとこ全部自分の式神に言いふらしてやがんのか?」
「そ、そうじゃねえって! 今だってハレ連れてるから、相対位置でなんとなく分かるっていうか……。ていうかよくそんな曖昧な情報だけで、こんなところ覗く気になったな、すがちゃん?」
「……ここの従業員さんに、顔馴染みの情報屋さん、いるから」
「まあ、言っちまえば『そのため』に作ったもんだからな。てなもんで、ここは『執行部が』使いやすいんだよ」
「そうだったの? 知らなかった……てことは、俺がどんな情報引き出してるかも……ま、まあいいや。しかし、こんなところにさえリスクなしで潜入できるってのは強いな。親方、あんたすっげー幸運だって気付いたほうがいいっすよ」
「気付いてなきゃ、あんなに給与査定が激甘なわけねえだろ」
「そうだったんですか。知らなかった」
「……初任給いくらだった?」
「えっと、48万……だったかな」
「てことはもしかして、今は月60万とか貰ってるわけ?」
「その……それの1.5倍くらい」
「ちょっとあげすぎじゃね、親方。この子27歳で年収1000万超えだぞ」
「こいつの能力は替えが効かないからな。大金積んででも居てもらわなきゃいかんのさ。長官のお達しでな。ついでに雫も」
「はぁ……そんなに貰えるなら、俺も魔捜官に鞍替えしてえな。どうすか、親方。俺のこと買わない?」
「一度ケツ捲ったろ。今更いらねえよ」
久遠のエクシードは『存在希釈』とでも言うべき能力で、自分の存在を薄れさせる事ができる。そのままではあまり役に立ちそうにないが、彼女は魔捜官だ。潜入捜査にはもってこいのエクシードと言える。
しかも、雄馬が「リスクなしで潜入できる」と言ったのは『ほぼ』本当のことで、彼女はあらゆる方法で自らの存在を薄めることができる。具体的には、この世界にある仏教系の隠形術でエクシードをさらに強化し、黒の世界の魔術で光学的に透明化する。さらに、彼女が腕につけている、白の世界の技術で作られた腕時計型のフェーズシフターにより、人の身でありながら物理的に透過状態になることができる。ここまで重ねがけすれば、それは――もはや存在するのか疑わしいというレベルだ。
もちろん、これらを全て重ねがけできる時間は限られており、特にフェーズシフターのバッテリーが20分しか保たないので、最大でも20分以下になる。そういう意味で「『ほぼ』リスクなし」なのだが、それでもその20分というのは「存在するのか疑わしいというレベル」の状態で行動できる時間としては非常に長い。これほどまでに『替えが効かない』人材もそう多くはないだろう。
「てか、こっち来なよすがちゃん。ジジイの隣なんかにいないでさ」
「誰がジジイだ」
「ん……分かった」
「ったく……これだから若いのは」
「いいじゃないですか。ここはクラブ。女の子といちゃつかなきゃ損ってもんだ」
「こういう時は口が回るんだなお前」
「なんの。口先八丁はあんたに習ったんですよ、親方」
「教えたのは失敗だったな」
久遠が隣に来るなり、その頭を嬉しそうに撫でる雄馬。久遠も抵抗はしない。雄馬のちょっと危険そうな魅力に惚れ惚れしている……のではなく、彼にとって自分はこういうものだと理解しているだけだった。
「それで、勢いで来ちゃったはいいんですけど……出て行ったほうがいいですよね」
「あ、撫でない方がよかった? ごめん」
「そ、そうじゃないの」
「別にいていい。むしろ、お前も警戒するべきだ。どっちにしろ、来週には呼びかけるつもりだった」
「警戒……?」
「ああ。だいぶ本題から逸れたが……雄馬、お前を呼んだのには理由がある」
「なくて呼んだら、学園長怒るもんな」
雄馬の軽口をよそに、オルガは身を乗り出した。さすがの雄馬も真剣なオーラに、いつもの軽い調子を引っ込めて真面目な顔つきになった。そして、隠形術を多用する都合上、霊気の流れに敏感な久遠は、オルガが盗聴対策の結界を追加で張ったことに気付いた。既にこの個室には、幾重にも結界が張られている。どうやら雄馬は気付いていないようだが。
「周知メールは読んだな。例の件は『G』ってコードネームで呼ぶことになった。それはいいか?」
「ええ、まあ……意味あるんですか?」
「ある。こうして外でも話せるようになる」
「そんならいいけど……それこそ周知メールで伝えればいいんじゃないんですか?」
「メールは傍受される可能性がある。また少し話が逸れちまうが……向こうは白の世界の技術を使っている可能性が極めて高い」
「へえ、そりゃまたどうして」
「ファントムの侵入を防げない理由」
その言葉を聞いた瞬間、元々真面目だった雄馬の瞳に鋭さが宿った。彼からは純粋な『敵意』がありありと見て取れる。それもその筈、4月に美海が誘拐されそうになり、それはなんとか防げたものの、それ以前に3人、拉致を許している。そして、その3人は、拉致の首謀者の館で発見された。……無惨に殺害された状態で。魔捜課の捜索に、教務課の代表としてついて行き、ほんの数ヶ月前まで教えていた生徒の惨殺死体を直に確認した雄馬は、周囲の魔捜官が怯えるほどの強いオーラを発していたという。
隣の久遠が少し怯えたような表情になった。しかし、オルガは何も気付かないふりをして言葉を続けた。
「魔術結界は何重にも張り巡らせてる。界港のシステムだって万全だ。でも、あの世界の技術を使えば、世界間で転移ができるらしい。だとしたら、魔術結界で侵入を防ぐのは無理だ」
「……そりゃそうだ。で、だからどうするんですか?」
「話は最後まで聞け。でだ……四世界府が倒れた後、その残党の大半は黒の世界を拠点として活動していたファントムと合流した。……が、どうやら白の世界と繋がったらしい」
「白の世界? またどうして。エグマが完璧に統制してる世界のはずなのに」
「それはモノを知らねえ、部外者の偏見だ。エグマも完璧じゃない。というより、あえてそうしていると言うべきか……彼女は人間の多様性を尊んでいる。っていうことは、当然ながら反体制派ができるわけだ。それと繋がったと見て、ほぼ間違いない」
「黒の世界の魔術師どもが、技術を悪用する連中と手を組んだのか。碌でもない事が起きるわけだ」
オルガが何気なく出した『四世界府』とは……4年前までこの青蘭に存在していた、青蘭庁と並ぶ巨大な組織である。
青蘭庁が政治の場なら、四世界府は技術の場。「4つの世界の技術を統合させて、よりよい世界を作っていこう」という方針は、それだけなら大いに関心できるものである。
しかし、その実態は方針とは大きく異なった、いや、ある意味その方針を過剰に進ませたものだった。
彼らは技術の発展のためというお題目の元に、次第に暴走していった。これは設立当時の日本の政権の問題もあるのだが、当時の政権はこの四世界府に強大な権利を付与させており、彼らは青蘭庁の監査を拒否できたのだ。政権交代後、これを解体するという案もあったのだが、役に立つ技術を発信し続けていたのは事実であったため、その実態がなかなか判明しないまま、事態は悪化していく。
四世界府は、青蘭庁管轄の教育機関である青蘭学園に対抗し、『ブルーエデン』という独自の教育機関を設立した。青蘭学園が、一般の学校にエクシード訓練などの独自の要素を付け加えたものであるのに対し、ブルーエデンは最初から『エクシードの更なる成長のため』に動いていた。そして、そこに所属するプログレスは皆エクシードを開花させており、中には『マキシマム・ヴァリュー』と名付けられた「αドライバーとのリンク無しでエクシードを最大まで開放できる」というプログレスまで数人いた。これが、青蘭庁の……特に執行部と学園運営部エクシード管理課の目を引いた理由である。
そして5年前、遂に執行部は極秘裡に、四世界府とブルーエデンへの潜入捜査を試みる。余談だが、その際にブルーエデンの担当になったのがアルマだった。そして、遂にその実態を知ることになる。
中で行われていたのは、非人道的で狂気的な実験・研究の数々だった。
マキシマム・ヴァリュー誕生に大きく貢献したブルーエデンは特に酷く、呪術儀式に洗脳、人体改造など、ありとあらゆる『非人道』が詰め込まれていた。
そして4年前、結論を出した青蘭庁は、総力を挙げて四世界府への
「もっと警備の人数増やしたほうがいいんじゃないですか? それに《
「バカ言え、人手が足りねえってさっきも言っただろ。それに、人員に関しちゃこれでもかなり水増ししてる方なんだぞ。アリサとニュクスなんか、何とかして《マニューバー》の糸の中継人形を作れないか検討してるし、その間にも《
「……だとしてもだ。もう2度と、生徒が犠牲になるなんてことは許さねえ」
「そうだ、お前はそれでいい。で、さっきの話の続きだ。警戒の話」
オルガは一息入れると、僅かに声を低くした。
「もちろん、ファントムへの警戒を緩めるつもりはない。だが、今は『G』がある。警戒すべきはそちらもだ。だからこそ、お前なんだよ」
「何に警戒すればいいんですか? さっきはテキトーにあんなこと言ったけどさ、魔捜官の真似は俺には無理よ?」
「そうじゃねえ。学園の『外』は俺らがやる。お前は『中』だ」
「中……?」
少し考えて、まさかスパイ探しをやれって言う気か、と言い返そうとした雄馬をオルガは遮って続ける。
「ここ最近、プログレスのエクシード暴走が相次いでいる。テオドーチェが提出したデータによれば、ちょうどあの『夢』が始まってから増加傾向にあるそうだ。エクシード管理課の調査結果を見るに、プログレスのフレーム脳波が昂ってきているらしい」
「ってことは、これからもっと増える……?」
「『G』までは確実だろう。だからお前も注意しろ。お前の領分はここから西だろうが、常にお前がこっちにいるとは限らねえだろ」
何事も単刀直入に言うオルガにしては少し歯切れが悪い。なんというか、明言したくなくて察させようという雰囲気がある。それを不信に思った雄馬は、オルガの言葉を静止して言った。
「……ずばっと言ってもらっていいですよ。親方は大賢者かもしんないけど、俺はバカだから察せないし、多分考えてること同じですよ」
「なら言うが……日向美海嬢に気を付けろ。あの子のエクシードが、恐らく一番暴走しやすくて一番
「ええ。とにかく、彼女自身にも制御を学ばせます。なにせ
「それならそれもいいだろう。だがあの魔導具にしろ、無理やり縛るのはそろそろ限界なんだろ?」
「みたいっすね。アルマとバハムさんは、あれでもう4回くらい改良してるらしいけど」
「仕方ない。そんなんで縛れるほど甘い可能性じゃねえんだろうよ」
「まあ、それはそうだ……」
雄馬は、頭の中で美海の戦う姿を思い返しながら曖昧な返事をした。エクシードが常に暴走状態にあると思われている美海。現に、かつて練習の時に1回、エクシードが操作下から外れ、暴走したことがある。それをレイピア型の魔導具《ミストラル》で束縛し、無理やり威力を落としているのが現状だ。
しかし、真相は恐らく違う、と彼は考えている。
常に暴走しているのではない。単純に、力が大きすぎるだけなのだ。まるで、世界そのものから力を貰った――いや、
「でも、警戒だって『G』までは、ってわけにもいかないんだろ?」
「当たり前だろ。『G』の後に、エクシードの暴走が収まる保証もない。むしろ加速する可能性もある。だが、
「親方っ!」
「――っと、すまん、すがさ。つい口が滑った」
「いえ……だ、大丈夫、です」
オルガがつい漏らした『ブルーエデン』という言葉に、久遠は身をぶるりと震わせた。いつの間にか雄馬のシャツの裾を、その手が白くなるくらいにぎゅっと握り締めている。雄馬の鋭い叱責に、オルガは本当に申し訳なさそうに謝ったが、久遠は俯きながらも首を振った。
実は、久遠には年の離れた妹がいた。そして、青蘭学園に進学した久遠とは異なり、彼女の妹はブルーエデンに引き抜かれた。そこからほんの1年で、妹は『マキシマム・ヴァリュー』と呼ばれるようになり、そのエクシードを単独で全て引き出せるようになっていた。
しかし、今はその妹は、もうこの世にはいない。
急襲を受けて存続不能に陥りかけた四世界府は、その抵抗の最後の手段としてマキシマム・ヴァリューらを強力な洗脳によって操り、自爆前提の出力で戦わせたのだ。その結果、他者の命を道連れに、彼女らの肉体は自らのエクシードに破壊され、全滅した。
だからこそ、当時は何も知らなかった自分を、久遠はとても責めている。そして、もう二度と自分のように悲しむ人間を出さないために、『誰にも気付かれずに行動できる』という自分のエクシードを、この青蘭を守るために使うと決めたのだ。
「……ともあれ、だ。しばらくはずっと気を張り詰めておかなきゃいけねえ。お前たちも警戒すると同時に、自分の身体には気を使っておけ」
「わ、私は大丈夫……慣れているから」
「俺もまぁ……基本的にはお気楽主義だしなぁ。とりあえず、美海のことは任せてください。俺と桜丸でしっかり鍛えますから」
雄馬はそう請け負うと、グラスの中のぬるくなったシャンパンを一気に空にし、ワインクーラーからシャンパンのボトルを勝手に抜き取った。