アンジュ・ヴィエルジュ *Skyblue Elements*   作:トライブ

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6話 "大人"と"子供"

「教師の実力が知りたいの!」

 

 講師室にて、ソフィーナはアルマに詰め寄った。詰め寄られたアルマは目を瞬かせて、

 

「俺じゃダメなの?」

 

 教師じゃなくて講師だけど、と聞き返した。

 

「ダメ。アルマ兄の実力は……まあ、知ってるわ。でも他のがアルマ兄と同じくらい強いかわからないじゃない」

「ん~、似たようなもんだと思うけど」

「それを直で感じたいの。ダメ?」

「ホントのところは?」

 

 そう指摘されたソフィーナは、一瞬、口をつぐんだ。彼女が今、誰かと戦ってみたいと思うのは、彼女が8月にブルーミングバトルに出るからであった。研究技術ならまだしも、戦闘技術に関して他者からの評価を受けることはあまりなかった。だからこそ、

 

「自分の実力でどこまで食い下がれるか、知りたい」

「あー……」

 

 アルマは渋い顔になって考え込んだ。確かにソフィーナは才女だが、それはあくまで子供としてであり、大人と比べれば……比べるまでもないことはよく知っている。しかし、それを言ったところで「論より証拠」を実践したがるのがソフィーナであった。

 さてどうしたもんか、教師だってみんな忙しいんだぞ――と言いかけたところで、講師室に1人の男性が入ってきた。

 

「あら、ソフィーナちゃん。どうしたの?」

「み、御影先生……」

 

 入ってきたのは、青蘭学園で国語の講師を務めてる男性・()(かげ)(りょう)()であった。男性、なのだが、本人の趣味でやたらと女性らしい格好をしている。シャツに薄手のカーディガンを合わせ、ボトムズは黒のガウチョパンツ。メタルフレームの眼鏡に、首から下げた青い宝石のネックレス、伸ばした黒髪は背中側で緩く束ねている。背は高く、顔は俳優のような美形。おまけに誰にでも優しく親しげで頭脳明晰、と叩きどころがまるで見当たらない。妙な女性らしさが生徒にウケており、彼を慕う女の子は多いという。

 そんな彼とは真逆なタイプのアルマが、

 

「あー、お前さ。土日で暇な日ある?」

「え? そうだね。剣道部の活動がある日の午後とか、なら……どうして?」

「こいつの相手してやってよ。教師の実力が知りたいんだって」

「僕が? 別に構わないけれど、僕教師じゃなくて講師だよ」

 

 と、目の前でトントン拍子に話が進み、凌雅と戦うことが決まった。

 

「じゃあ、僕も準備しておこうかなぁ。ソフィーナちゃんもありったけの武器を持っておいで」

「……言われなくても」

 

 にこやかな凌雅に対して、ソフィーナはあくまで挑戦的に返した。

 

 

…………

 

 数日後。魔術の実践に使用される修練場にソフィーナは来ていた。

 

「あれ、ハイネくんは? リンクしないの?」

「ハイネには内緒なの」

「そっか。正真正銘、ソフィーナちゃんの実力のみでの勝負ってことね」

 

 向かい合う凌雅は、涼やかな表情で言った。

 ソフィーナは、魔術を扱う際に最も適している、というよりそういうふうに作らせたゴシックロリータ調のドレスを身に纏っている。手には魔導書、腰には呪具が詰まったポシェット。言われた通り「ありったけの武器」を持ってきている。

 対する凌雅は、普段のような女性らしい格好に加え、腰に一振りの刀を差していた。変化としてはそれだけだった。

 観客席にはアルマが座っていた。

 そして凌雅は、

 

「ならこれはいらないかな」

 

 などと言って腰から刀を外し、客席の方へ持っていこうとした。

 

「ちょ、ちょっと! どういうこと!?」

「いや、念の為に持ってきたけど、やっぱりいらなかったかなーって」

「ほ、本気で掛かってきなさいよ!」

「本気? 僕が? いや、それは無理だよ」

 

 と凌雅は断言した。

 

「私じゃ本気を出すに値しないってわけ?」

「まあ、その通りかな。僕が本気出したら、仮にソフィーナちゃんが10人いても相手にならないと思うよ。今のソフィーナちゃんなら、そうだね。持って、30秒かな」

「何がよ」

「30秒以内に君を殺せる」

 

 凌雅が、背筋が冷えるようなことを言うと、ソフィーナの眼差しは一層険悪なものになった。が、凌雅の視線は揺らがない。ただ単に彼は『事実』を述べているだけなのだ。

 

「……随分と言ってくれるじゃない」

「ソフィーナちゃんは、講師の実力を知りたいんだよね。じゃあこれがなくても、十分教えてあげられるよ。当然、納得もできるはずだ」

「私を舐めてるの? 貴方、まだ私の魔術戦を見たことがないはずよね?」

「あのね、ソフィーナちゃん。確かに君は年齢不相応に素晴らしい魔術師だと思うよ僕も。でも、それはあくまで、年齢で見た場合だ。15歳の子達と比べれば突出しているというだけで、大人から見ればまだまだ『子供』だよ。それに、魔術師っていうのは、戦うべき相手を選ぶものだよ。選ぶには当然、相手を見定める必要がある」

 

 凌雅の声は変わらず涼やかだ。だが、不満げなソフィーナの反抗的な表情に出会って苦笑し、

 

「よし、いいでしょう。これは、持ったままにするよ」

 

 一度外した刀を再び腰に戻すと、

 

「僕がこの刀を少しでも抜いたら、ソフィーナちゃんの勝ちでいいよ。難しいと思うけど、頑張って」

 

 という明確な勝利条件を突きつけた。言い換えれば、彼は自らの実力とソフィーナの実力を比較した上で、彼女の限界が刀を抜かせるところまでしかない、と考えているのだ。

 

「上等じゃない。すぐに抜かせてあげるわ」

「楽しみにしてるよ」

 

 そんな2人のやり取りを見届けたアルマが、

 

「そんじゃそろそろ始めろ」

 

 と宣言した。

 まずは、すかさずソフィーナが動いた。

 

கிரேட்(アルザント) கருப்பு(ガト) ராஜா(マルバト) மாய(ネロ) அனுமதி(ダラト) என்(エウ) மேஜிக்(マジュ) ஷூட்(ヒニト)!」

 

 黒の世界では言わずと知れた、魔力をそのまま砲弾として打ち出す魔術。単純ながら、潤沢な魔力を持つソフィーナが扱えば並以上の力を発揮する。

 その眼前で、

 

「――ッ!?」

 

 凌雅の身体から爆発的な霊気が迸った。だが、本人は単に一息吐いただけに見える。これは単に、彼が「戦闘モード」に入っただけのことなのだ。

 思わず鳥肌を立てたソフィーナだったが、気圧されないようにより力を込めて呪文を結んだ。望むものを右腕に引き寄せるエクシード《グリーディ・ハンド》と、左手に持った魔導書による補助も含めて、魔力を右手に集め、術式により魔力は砲弾と化し、怒涛の勢いで打ち出された。並みの魔法障壁でも、これを防ぐことは難しいだろう。

 対する凌雅は、真剣な表情だった。そして右手を体の前で、軽く払った。

 その瞬間、まるで荒波のように清らかな霊気が吹き荒れ、ソフィーナの魔力の砲弾を、容易く打ち消した。

 

 ――ただの霊圧で、私の術を!?

 

 彼は自分の体から霊力――即ち魔力と同じものだ――を、ただ前に向かって放出しただけである。仕組み的には、魔術式によって指向性を持たせたソフィーナの攻撃に比べ、大幅に荒い防御である。なのに、出力の差はあまりにも圧倒的だった。

 やっていることはほとんど同じだ。だが、凌雅のそれは、黒の世界ではほとんど見られない防御だった。瞬間的に霊力を練り上げ、一気に爆発させる。誰しもが『術』を扱うあの世界で、ただ練り上げた霊力の圧だけで防御を行おうとは、誰も思わない。

 ソフィーナがいきなりの大掛かりな魔力放出で若干息を荒げたのに対し、凌雅の息は微塵も乱れなかった。その『差』を思い知りそうになりつつも――

 

「――チッ!」

 

 攻撃の手を緩めるわけにはいかないソフィーナは、続いて小型の魔力弾を大量に打ち出した。魔導書に大きくサポートさせることによって可能となる攻撃で、1発ずつの威力は小さいが、多角的に大量の弾で攻めるため、防御は難しいだろう。

 

 ――せめて数発当たれ。

 

 という願望は虚しく潰える。

 彼は右手で刀印を結ぶと、それを体の前でくるりと回して円を描き、そのまま刀印でその円を十字に切る。すると、彼を狙っていた魔力の弾丸は次々と勢いを失い、墜落して消滅した。

 ソフィーナは、その現象を知っていた。

 

「じゅ、《呪文惑わし》!?」

「そう。まあ、ソフィーナちゃんなら知ってるよね。小型の魔術を大量に処理する時には、便利だから」

 

 《呪文惑わし》とは、黒の世界に存在している魔術のひとつだ。名前のとおり、術者ではなく呪文そのものを幻惑し、指向性を曲げるというものである。『幻惑は対人術』という原則を根底からひっくり返す、非常に珍しい術だ。

 それもその筈、《呪文惑わし》は、いわゆる汎用魔術――一般的に誰でも扱える魔術――ではなく、大昔の種族が生み出したと言われる古式魔術の類である。構造が複雑でかつ独特、何よりも理論立っていないため汎用魔術には持ち込まれなかったもので、それを書物で呼んだソフィーナは存在のみ知っていたが……。

 

「いつか習得してやろうと思ってたけど……」

「コツさえ掴めば、意外と簡単だよ」

 

 そう軽く言ってのける凌雅に対し、ソフィーナは畏怖を覚えた。

 青の世界出身の男が、黒の世界の古式魔術を習得している。その事実が問題なのだ。例え凌雅が覚えている古式魔術が《呪文惑わし》1つだけだったとしても、それを証明する手段がない。何せ、古式魔術の世界はどこまでも暗く、複雑に入り組んでいる。どれもこれも思いつきレベルの術をそのまま形にしたようなものばかりで、術式が統一化されておらず雑然としている分、効果はストレートで目に見えて強い。仮に彼が攻撃的な古式魔術を1つでも習得していた場合、ソフィーナはそれに対抗できる自信が無かった。

 そもそも、《呪文惑わし》には、古の魔族が使っていた言語による呪文の詠唱が必要だったはずだが(ソフィーナはそれが問題だったから習得を後回しにしていた)、彼はそれを省略したのだろうか。だとしたら、それはただのセンスと言うには余りにも異常すぎる。

 

 確かに、この男は強い。自分が10倍強くても、勝てないかもしれない。

 だが、引き下がるわけにはいかないのだ。ハイネの為に。

 

 ソフィーナはポシェットから複数の呪具を取り出した。銀色の杭のような形のそれを4つ、真上に投げ、すかさず術を展開。

 

「縛り囚えよ! 《杭檻(プリズンボルト)》よ!」

 

 呪文を受けて杭は鋭く飛び、凌雅の周りに突き立った。杭同士は相互に魔力で繋がり、内部に強力な格子状の霊圧を発生させて対象を拘束する檻となる。

 ――その術式が起動する刹那。

 凌雅は一瞬で複雑な手印を結び、短く呪文を唱えた。それから、懐から1枚の呪符を取り出し、それに呪力を注ぎ込んで前方に投げつける。

 するとその呪符が、魔力に対する凶悪なまでの斥力を生じさせた。その斥力により――杭に仕込んだ術式が乱される。その式も知っていた。汎用魔術であるが……。

 

(なっ――《呪具叱責》!? でも、威力が!?)

 

 術式を破壊された杭は、床に突き立ったまま――何も起こらなかった。

 《呪具叱責》は名前の通り、呪具に組み込まれた魔術を咎める魔術だ。が、呪具という形代に組み込まれた魔術は、当然だが形代という物理的な盾を持っているも同然である。特に金属は形代とするのに都合が良いもので、内部は魔力を通しやすく、外側は他の魔力を排斥しやすい。

 ソフィーナは曲がりなりにも黒の世界の最高統治者である《魔女王》が管理している機関《クレイドル》直轄の教育機関で優秀な成績を修め、魔女王本人から留学の機会を賜ったほどの才女である。なので、例え呪具の形代に金属を使用していたとしても、生半可な式ならば強力な魔力を前に式が乱されることは知っている。なので、この杭は見た目以上に内部の式が強く守られているのだ。

 

 だが――凌雅の使った《呪具叱責》は、通常のそれとほとんど変わらぬ効果ながら、その出力が段違いだった。それにより、《杭牢》の霊的防御はいとも容易く破られた。

 

 潤沢な霊力を持つ、などというレベルではない。この男には、霊力の底が本当にあるのか疑わざるを得ない瞬間的な出力だった。しかも、強力な術を連続して放ったにも関わらず、全くもって消耗した様子がない。

 更に付け加えれば、今の《呪具叱責》に使用した呪符は半紙で出来ていたし、描かれていた式も青の世界のものだった。だとすれば、この男は黒の世界の汎用魔術語を青の世界の魔術語に翻訳でもしたのだろうか。だとしたら、ソフィーナとしては平伏せざるを得ない。

 

「その式、翻訳したのは先生自身?」

「まさか。元々知ってた術を《呪具叱責》に似せて、それっぽく変えてみただけだよ。こっちのほうが使いやすいから。翻訳なんて、とても」

 

 幸いにも予想は外れたが、その言葉を文面通りに受け取るなら、それはそれで物凄いセンスである。先に発動した《呪文惑わし》も、効果が同じだからそうだと判断しただけで、発動のモーションはオリジナルに近い。もしくは、ソフィーナが知らない青の世界の呪術なのだろうか。

 

 なんというか――彼は「型に嵌らない」。

 

 姿格好もそうだが、言動にしろ戦闘行動にしろ、その一つ一つがソフィーナの知る常識を逸していた。

 だからこそ、何事も型に嵌めて考えがちなソフィーナは、酷い「やりにくさ」を感じる。

 

 とにかく、刀を抜かせるどころの話ではなかった。この男の"底"を知らなければ、まず勝ち目はない。

 

「塞ぎ防げ! 《網陣(スパイクネット)》よ!」

 

 次いでポシェットから取り出したのは、(かぎ)(つめ)のような形の呪具。宙を引っ掻くように何度も振るうと、その軌跡が重なり、網状の結界を形成した。それを凌雅に向かって飛ばす。

 飛ばした呪具は《呪具叱責》で咎められる。ならば、手元に置いておけばいい。万が一《呪具叱責》の方が飛んできてもいいように、突貫で《網陣》の霊的防御を重ねがけする。その上で、凌雅の行動を封じる。戦略自体は臨機応変に練り変えられ、素晴らしいものだった。

 

 だが、これに限っては相手が悪かった。

 

oṃ(オン) ādityāyamarīci(アビテヤマリシ) svāhā(ソワカ)――oṃ(オン) marīciye(マリシエイ) svāhā(ソワカ)

 

 彼の体から発生していた霊力が一瞬で凝縮するのと同時に、彼の輪郭が一瞬揺らいだような錯覚を覚える。

 そして、《網陣》による網状の結界が凌雅を縛り付ける、その瞬間、ソフィーナは目の前の光景に瞠目した。

 彼が前に進んできている。

 彼が――魔力の網を()()()()()――前に進んできている。

 陽炎が神格化した姿と云われる、()()()(てん)の真言。何者にも触れられないこの神は、その加護を受ければ必ず戦に勝てるとして、戦国時代にも忍者や武士に好んで信仰されていたという。

 

「なっ――!?」

 

 結界を強引に破るのではなく、すり抜けられることを全く予想していなかったソフィーナの思考は、そこで一瞬停止した。何が起きているのか分からないのだ。

 その一瞬を見計らって、

 

「《సెకియా బుల్లెట్(セキアの弾丸)》」

 

 到底人間が発することのできないような声で唱えると同時に、右手を銃のように構えた。そこから、まるで弾丸のように圧縮された霊力が放たれる。

 

 ――ま、魔族言語まで!?

 

 咄嗟のことで、向こうがどんな魔術を使ったのか捉えそこねた。しかし、確かに《సెకియా(セキア)》とは聞こえた。ならばあれは――セキアの弾丸。魔族言語の古式魔術の中でも随一の破壊力を持つ。

 慌てて思考を取り戻したソフィーナは、動揺しつつも、ならば自分も魔族言語の魔術で、と返す。

 

「《సెకియా డాలు(セキアの盾)》――!」

 

 ソフィーナが習得している、最も強力な防御魔術。

 彼女の祖先であるセキアという強大な魔術師が編み出した、魔族言語により唱えられる古式魔術だ。そこにありったけの魔力を注ぎ込み、凌雅の弾丸を意地でも弾かんと念を込めた。

 ソフィーナは一時期、頑張って古式魔術を覚えようとしたことがある。だが、古式魔術は体系立っておらず、法則的に習得するのが難しい。だが、この《セキアの盾》と《セキアの弾丸》は、かなり気合を入れて習得した。それは、ソフィーナがセキアの末裔であったということも大きい。血筋的に、彼女はセキアの魔術を使いやすいのだ。

 ほんの一瞬で超硬度の《セキアの盾》を生成してのけた腕前に、アルマが息を飲んだ。

 

 ――さあ、来い!

 

 そう意気込んで弾丸を盾が迎える、一瞬前。

 

 弾丸の威力が急激に縮んだ。

 

 何故? どうやったかは分からないが人間が魔族言語の魔術を使ったから、制御ができなくなったのか? という考えは、至極妥当だっただろう。

 しかし、眼前の凌雅の眼差しは、先刻と何も変わらない穏やかさだ。

 

 ――何を狙っている?

 

 その答えはすぐにやってきた。

 減退した威力の弾丸は、盾に弾かれるのではなく、盾に()()()()()

 驚く間もなく、次いでやってきたのは異常なまでの引力。盾が凌雅に引っ張られたのだ。弾丸を弾くため、できるだけ外向きに魔力を注いでいたソフィーナは、突然のことに対応しきれず、魔力の手綱を手放してしまった。

 すると、手放した魔力を通じてソフィーナの体内の魔力が、ごっそりと引き抜かれた。貧血を起こしたように立っていることができなくなり、彼女は思わず床に倒れ込んだ。

 

 ――な、何が起きたの?

 

 それさえも分からず、ソフィーナは呆然と宙を見上げるしかなかった。体内の魔力が枯渇し、思考が回らなくなる。

 

「ソフィーナちゃんって、苗字から察してたけど、セキアの嫡流でしょ?」

「……そう。それが、何か?」

「君なら《セキアの盾》を扱えると思っていたよ。でも、君は単純に知らなかったみたいだね」

「何を?」

「《セキアの盾》も《セキアの弾丸》も、同じセキアの術系統だってこと。魔族言語の古式魔術は、同じ系統同士でぶつけ合うと、相殺しないでどちらかに取り込まれることが多いんだ」

 

 言われてみれば、その通りだった。古式魔術の時代は、各種族同士が領土を取り合っていた時代。その中でも魔族は集団戦に優れていたという。それは単に強大な魔力を持つ者が多かったというわけではなく、大量の魔術師が同じ系統の術を混ぜ合わせて使っていたからだという言い伝えがある。

 ゆえに、魔族言語の古式魔術は、他の言語のものに比べて混ざりやすいのだ、と。

 それに、ソフィーナの周辺で、このレベルでセキアの術を使えるものはほぼ0人だったため、同じ系統の術同士がぶつかった時、実際どのような反応を示すのかを見たことがなかったのも痛手だった。

 

「君の盾に僕の魔力を溶かした後、それを通じて君の盾を乗っ取って、ついでに君の魔力も引っ掛けて引っ張り出したってことだね」

「……なるほど。さすが、教師ね」

「講師ね。一応」

 

 しかし、まだ腑に落ちないことがあった。

 

「……なんで貴方、魔族言語を話せるの?」

「喉の中の空気の通り方を、魔術でいじるんだよ。そうすると、人間でも魔族言語を話せる。でも、聞いたことはないかい? 群雄割拠の時代、なぜ非力な人間がその時代を生き抜けたのか」

「…………」

 

 ソフィーナは首を振った。魔術の勉強は大量にしたが、歴史となるとそこまで詳しくはなかった。

 

「それはね、人間には《適応力》っていう力があったからなんだ。人間は訓練次第で、ほとんど全ての種族言語を話せるようになる。その魔術も、使える。魔族言語も竜族言語もエルフ族言語も、何もかもね。だから、優秀な人間は各種族が欲しがった。そして人間は、様々な種族の庇護の下で繁栄し、生命を繋いできたんだ。――で、合ってるよね、アルマ先生?」

「そうだな。確かに人間には取り沙汰するほど特筆すべき能力はないが、適応力だけはずば抜けていた。単に種族的なものだけでなく、環境に対するものもな。更に言えば、他の種族にはあまり見られない思考の柔軟さも重宝されたとかいう話もあるな」

 

 自惚れを、思い知らされた。確かに自分は、大人から見ればまだまだ『子供』だ。

 

 ()()()()、負けるわけにはいかない。自分を信じてくれるパートナーのために。

 

「はい。とりあえず、魔力は返しておくね。じゃあ、今日はここまで――」

「待って。まだやれるわ」

「ホント? 無理してない?」

「無理してでも、やんなきゃいけないの!」

 

 ソフィーナがフラフラと立ち上がりながら叫ぶと、凌雅は真剣な表情になった。

 

「じゃあ、かかっておいで」

 

 結局、凌雅の腰に差した刀は、その刃を1ミリたりとも見せることはなかった。

 

 

…………

 

 

 その日の夜。

 

「そっか。まあしょうがないよ。御影先生、めっちゃ強いし」

「知ってたの?」

「そりゃ、俺はこの島に3年前からいるわけだから」

 

 ソフィーナは、自分の魔術工房にハイネを呼んで今日のことを話した。ソフィーナは、彼が失望すると思っていたが、ハイネはむしろ勝てたらおかしいと思っているらしい。

 

「俺の知る限りだと、あの人以上の術巧者なんてそうそういないって。術そのものも凝ってるけど、それ以上に戦闘の運びが上手いんだよね。俺も何回か手合わせしてもらってるけど、まー遠い存在だよ」

「……ハイネは、失望しないの?」

「なんでさ」

「だって、いっつも偉ぶってる私が、こんなに簡単に負けるなんて、って」

「別に……なんだかんだ言って、俺もお前もまだ子供だろ」

 

 ハイネは彼らしい飾らない態度で、紅茶のカップを傾けながら言った。

 

「御影先生以外にも、ハイトマン先生とか、それこそ兄貴とかにも稽古をつけてもらうことがあったけど、全員が全員、大人なんだよな。結局俺らはまだ子供で、だから真っ直ぐに努力し続けなきゃいけない。ってなふうに思うんだよね」

 

 彼の口から紡がれた言葉は、背伸びしがちなソフィーナには思いつかない考えだった。それにしても、まだ15歳とは思えないほど"大人"な考えである。

 

 背伸びしてでも"大人"に追いつきたいソフィーナと、頑張って地道な努力を積み重ねる"子供"なハイネ。

 

 どちらが"大人"なんだろうと考えたとき、それが後者であろうことは悩む余地もなかった。

 

「私も、まだまだなのかな」

「当たり前じゃん。ソフィーナだって、兄貴にもネロ姉にも勝てないでしょ?」

「そりゃあ、あの2人はなんていうか、器が違うもの。私が悔しいのは、ああいう"違う器"がこの島にはいっぱいあるってこと」

「ソフィーナだって、十分"違う器"だよ」

 

 ハイネは手を伸ばしてソフィーナの頭を撫でた。その感触は心地良いのに、なぜか悔しさも湧いてきた。ハイネは大人だな、と思ってしまったからだろうか。

 

「……あんたは、強いのね。何度負けても、頑張れるのね」

「ソフィーナに追いつきたいからだよ。でも、お前がヘタれたら、俺はお前に付いていかなくなるかもな」

「え!? やだ!」

「じゃあ、頑張ろうね。今負けたとか勝ったとかじゃなくて、いつか必ず勝てるように、前に進もう。そういう子が、俺は好きだな」

 

 彼の口調は、どこまでも優しい。周囲に抜かれないように、ただひたすら努力し続けた――し続けざるを得なかった時とは、違うのだろうか。

 

「負けてもいいの? 強くなくていいの?」

「今はね。俺より弱くてもいい。大事なのは、前に進み続けること。どんなにゆっくりでも、絶対に足を止めないこと。そうすればいつか、勝てる日が来る。って俺は思ってる」

「その"いつか"がいつになるか、分からないのに? 10年後になっても、100年後になっても?」

「うん、必ず来る。っていうか、今来た」

「え?」

 

 ソフィーナが驚いてハイネを見上げると、彼は少し意地悪な表情をしていた。

 

「まさか、ソフィーナが俺に、負けちゃったどうしよう~! なんて相談してくるなんて。俺嬉しいよ。ソフィーナが負けてくれて」

「それどういう意味よ」

「俺とソフィーナは、まだ近い存在だって思えるから。どっちも、まだ子供って言われちゃう存在だよ」

「まだ、子供ねぇ……」

「少なくとも、俺らの当面の目標は、8月のブルーミングバトルで勝つことだろ? だったら、まずはそれを目指そう。今すぐ先生を全員倒さなきゃいけないなんて、誰も言ってない」

「……そうね。少し調子に乗りすぎたかしら」

「ま、今回はそういうふうに反省しておくといいんじゃない? 反省の後には進歩あるのみ、だって言ってたよ。兄貴が」

 

 見上げるハイネの横顔は、数十センチと離れていないのに、今この時だけはやけに遠く見えた。


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