アンジュ・ヴィエルジュ *Skyblue Elements*   作:トライブ

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5話 限界と

 

 降りしきる雨の中、学園特区の片隅、青蘭大学が魔術関連の研究を行う棟の地下に、2人の姿があった。

 

「呼び出しに応じてもらって、ありがたいでゴザル」

「いいのよ、可愛い後輩の頼みだし。それにしても、1対1で稽古をつけるって」

 

 ここは、魔術の研究を行う一環として地下に設置された修練場である。強力な魔術結界が常設されており、ここでならそれなりに大規模な魔術を行使しても、この結界が外部への影響を遮断してくれる。このような修練場は青蘭諸島内に幾つか存在し、ここはそのうちの1つだった。

 風魔忍はこの日、青蘭学園のOGであり青蘭大学の3年生、元青蘭学園生徒会長の蒼月紗夜を呼んで、自分に戦闘の稽古をつけてもらう約束をしていた。

 先日のバトルが終わってから、早くも2週間が過ぎた。6月も中盤に差し掛かり、連日降る雨はなかなか止む気配を見せない。そんな中でも、忍は折を見ては修練場を借り、基本的な呪術と、エクシード併用の忍術の練習に勤しんだ。その理由は、自分が"スカイブルー・エレメンツ"でどのような役割であるべきかを、おぼろげに掴みつつあったからだ。また、前回紗夜と戦った時に、ほとんど何もできずに完敗したことも大きい。

 時々、この修練場で別の人と使用時間が被ることもあったが、忍はそれを許容した。そして、青蘭大学の学生たちと模擬戦を行い、術を競い合うこともした。学生相手には無敗、たまたま挑戦する機会を貰った教授には負けたが、「紗夜に勝ちたい」というと、全員口を揃えて言ったのだった。「あの人は別格だ」と。

 夏には、青蘭学園主催の大きな大会も待っている。それまでに、何としてでも強くならなければいけないのだ。例え相手が誰であっても、勝たなければいけない。主に勝利を捧げなければならない。

 

 チームの戦術の要である忍は、負けられないのだ。

 

 例え相手が、この蒼月紗夜であろうとも。

 

 蒼月紗夜。その澄んだ霊力が体内を循環し、隅まで満たしているのが分かった。

 

「この前のバトルで刺激を受けたのね。さあ、始めましょう。先手は貴女でいいわよ」

 

 紗夜は常変わらぬ涼しげな表情で告げた。腰には木刀を吊っており、呪符入れもあるが、両手は平手のまま。だが、彼女の真に恐ろしいところは、手でも木刀でも呪符でもなく、その頭脳だということを忍は知っていた。

 

「……行くでゴザルよ」

「おいで」

 

 忍も、体内の霊力の循環を促し、一部の隙なく体内を満たしていく。霊感覚が広がり、周囲の霊気を正確に捉える。この修練場は霊的に密閉されているので、ここにあるのは自分と紗夜だけだ。その紗夜から高密度の霊気が発せられているのが分かる。だが、戦いの前だというのに、あまりにも『揺らぎ』がない。緊張して固まっているわけでもなければ、興奮して荒ぶっているわけでもない。ただ単純に、『自然』なのだ。

 まずは、練り上げた霊力を使用し、火遁術を派手に放つ。エクシードは使えるが、その条件は向こうも同じ。しかし、力任せのゴリ押しではなく、戦略を立てる。そうでなければ、この女には勝てない。

 

(シャ)

 

 紗夜は一言で、修練場に溢れる火遁術を吹き消した。静を尊び厄災を払う、(がっ)(こう)菩薩(ぼさつ)種子(しゅじ)真言。

 だが、術は祓えても、忍本人は無傷。舞い散る火の粉をかき分けて、忍が突進していた。そのまま勢いよく拳を振るう。紗夜は、一瞬反応が遅れた。クリーンヒットは免れたものの、咄嗟に張った結界では忍の拳を防ぎきれず、広げた両手に彼女の拳が勢いよく叩きつけられた。忍の練り上げた呪力が腕の中を通り抜ける。

 

「初撃は頂いたでゴザルよ」

「流石」

 

 紗夜は短く評価した。忍は火遁術を修練場中に撒き散らすことで、自分の霊力を紗夜の霊感から隠したのだ。その対応を種子真言で行うことも織り込み済みで。

 だが、紗夜も一筋縄ではない。今、忍の拳は紗夜の手の中にある。忍が拳を引き戻す一瞬先に、紗夜はその手にぐっと力を込めて掴まえた。近距離戦では、おそらく紗夜に勝ち目はない。そういう自負が忍にはあった。だから、逆に突っ込むことにした。その瞬間。

 

「『வெளியே சுட(撃ち出せ)』」

 

 決まり文句を省いた、黒の世界の魔術。効果は単純、手の平の中のものを遠くへ飛ばす。簡易詠唱のため威力は削がれるが、それでも忍を後方へ吹き飛ばすには十分だった。思わず、ぐっ、とくぐもったうめき声が漏れる。向こうこそ流石だ。紗夜の攻撃範囲は、一定の距離未満ならおそらく全範囲であることは前回の戦闘で分かっている。とはいえ、事前準備無しでの近接戦までできるのか――いや、できない、あるいは苦手だからこそ、紗夜は忍を、自分が最も戦いやすいレンジまで押し下げたのだ。と考えれば、この距離で戦うのは危険だ。

 戦うべきは、近接の間合い。

 

 ――考えろ、考えろ! どうすればこの間合いを抜けられるか?

 

 単純な突進などではまず無理だ。前回の勝負で紗夜が琉花相手に使用した、超簡略版の早九字護身法。あれを複数放たれただけで、忍は近付けなくなる。とはいえ、呪術を使用した下手な絡め手などは種子真言で破られる。

 そして、間合いの維持もまた問題だった。近接の間合いで戦うとはいえ、紗夜はそれを易々と許しはしまい。まず間違いなく、忍を遠くへ押しやるはずだ。まだ見たことのない手も持っているかもしれないし、逆に紗夜の方が遠ざかる手段が無いとも確信出来ない。

 

 とにかく、手を探る。向こうの手札を可能な限り暴くのだ。そうしなければ、どこから突き崩していいのかも分からない。

 忍は木行符と火行符を取り出し、立て続けに放った。先行して起動した木行符から蔓草が網のように広がり、後発の火行符がその蔓草を炎上させた。陰陽五行の相生、木生火。木気は火気を生ずる。勢いよく燃える炎の網が紗夜に降りかかった。

 

 が、紗夜の動きはそれ以上に早かった。

 

Namah(ノウマク) samanta(サマンダ)-buddhanam(ボダナン) varunaya(ヴァルナヤ) svaha(ソワカ)

 

 忍が呪符を2枚投げ、それが木行符と火行符であると判断するや否や、その目論見を見抜いた紗夜は水天の真言を唱えて手印を結び、渦巻く水の盾を生み出した。炎の網は水流の盾に阻まれて虚しく消える。五行相剋の水剋火。水気は火気を刻する。

 

 ――やはり、読みが早い。しかも、今のは……。

 

 今の術は、前回の勝負でも使ったものである。当然、忍はそれを知っていた。紗夜はもしかしたら、手札を暴いてやろうという目論見さえ見抜いているのかもしれない。

 

 今度は逆に、紗夜が呪符を1枚取り出した。忍は霊感覚を高めて、瞬間でその式を看破する。木行符。ならば狙いは、木行術を、たった今生み出した水天の真言でブーストし、強化された蔓草、あるいは樹木で忍を封じることだろう。前回の勝負では、それにかなり近いやり方で琉花が封じられた。

 

 紗夜の手から木行符が放たれ、式が起動する、その瞬間に滑り込むように、忍はエクシードで火遁術を制御して炎の盾を生み出した。

 

 しかし、それさえ、()()()()

 

「疾く(あま)(はし)れ、疾く()(はし)れ、(あま)(みず)よ」

 

 謎の呪文と同時に、起動中だった木行符の式が()()()()()。忍が驚く暇もなく、水天の真言によって生み出された水流が横殴りの雨になり、炎の盾を打ち据えた。当然、炎の盾はひとたまりもなく吹き飛び、台風のど真ん中に放り出されたかのような衝撃を受けて忍も吹き飛んだ。

 

 ――今の術は……!?

 

 紗夜が使ったのは、日本神話における水神であり龍神でもある(くら)()()()(のかみ)の威を借る術である。伝承に乏しい神で、日本国内でもこの神を祭る神社は少ないが、紗夜はとある先輩からこの神の存在を知り、その先輩と共同で、その威を借る術を編み出したのだ。

 しかし……

 

「読みは悪くないわ。読んで、実行に移せているのも合格。でも、定石に則るのはいいけれど、あまり拘りすぎると()()()()時に焦るよ」

 

 そう。反省すべきはこちらだった。先に自分が定石に則った五行相生の式で紗夜を拘束しようとしたのだから、紗夜までそうしてくるはずだ、とは考えるべきではなかった。紗夜はこちらの読みを読み、戦況を鑑みた上で、忍の防御を抜いたのだった。

 また、紗夜は水天の真言を唱えて忍の炎の網を打ち消したが、忍はエクシードを使用しての防御を行おうとした。エクシードは魔術よりも直感的に働き、レスポンスも早い。ならば、忍の睨みが現実のものとなってからでも遅くはなかったのだ。あるいは、防御の()()こそが、逆に紗夜に判断する隙を与えてしまったのではないか。盾を先に見せびらかせば、吟味されるのは当然の話といえる。

 

 ――どこまでも強敵でゴザルな。

 

 結局のところ、下手に小手先の策を弄するより、自分の強みを活かすしかない。忍の強みは忍術だ。その真髄は、様々な呪術と道具を使い分けることにある。呪術は種子真言でどうにかされるとしても、道具はどうにもならず、別の対策が必要になる。そこに生まれる僅かなタイムラグを突くのだ。呪術と道具、そして自分自身を使った波状攻撃で。

 

「行くでゴザルよ!」

 

 自分を奮い立たせるために叫び、忍は即座に術式と道具を用意した。まずは木行符を放ち、呪力を注入。式が起動し、紗夜を捕らえんと蔓草が伸びる。

 対する紗夜は、例の超簡略版の早九字護身法を使って蔓草を弾いた。

 しかし、忍は既に次の行動に移っている。懐から取り出した2本の苦無のうち1本を、鋭く投げつけた。これも紗夜に避けられ、背後の壁に突き立った。

 

「爆炎の如く疾く走れ! 忍法・炎輝加速(バースト・ブースト)!」

 

 その時には既に、忍はエクシード併用の忍術によって紗夜に切迫していた。足の裏で爆発を起こし、その勢いで加速する忍術。緊急回避にも使えるが、今は接近のために使用した。その最中、手にしたもう一本の苦無も投げつける。こちらは、紗夜がやむを得ず抜いた木刀により弾かれる。その過程で、紗夜の右手は外側に大きく開かれた。使えるのは左手だけ。なので、彼女から見て右側――左手でストレートを放つ。これは止められない。

 

 はずだった。

 

 パシィッ! と小気味の良い音と共に、忍の左手が止まった。紗夜は左手での防御が間に合わないと判断した瞬間に、右手の木刀を離し、紙一重で拳を止めたのだ。だが、やはり防御は不完全で、拳の乗った呪力の攻撃はほとんどが通る。

 紗夜が僅かに微笑んだ。それを……忍はほぼ無意識に『油断』だと判断した。だからこそ、忍の方も微笑みが漏れたのだろう。

 

 初めて紗夜の表情が激変した。

 

「害悪を払え! (きゅう)(きゅう)(にょ)(りつ)(りょう)!」

 

 紗夜は気付いたのだろう。木行符の蔓草に呪符が()()()()()()()()()を。そして、爆炎に紛れて今まで隠せていたが……忍が超加速で紗夜に切迫する前に、その地点に呪符を一枚()()()()()()()に。

 

 紗夜が避けた苦無は彼女の背後に刺さり、

 弾いた苦無は彼女の右に放り出され、

 蔓草は彼女の左側に、

 忍が残してきた呪符は彼女から見て真正面。

 

 つまり、()()()()()()

 

 絶叫のように呪文を唱えるとほぼ同時に、紗夜は掴んでいた忍の手を離し、呪符ケースから確認もせずに4枚の呪符を抜いて放った。その符に予め仕込まれていた術式が、紗夜の強靭な呪力によって無理矢理書き換えられる。

 一方の忍は、紗夜の右手から拳が解放されるや否や、片足に残しておいた炎輝加速(バースト・ブースト)を使用して即座に囲いの内側から出て、

 

「千鎖繰り疾く吹き閉じよ! 忍法・炎鎖戒牢(ブレイズ・プリズン)!」

 

 4枚の呪符の式を同時に起動させる。狙いは紗夜、ではなく、それぞれに対して右側の呪符。4本の炎の鎖が結び合わさり、紗夜を囲う炎の結界を形成する。

 あとは、その内部に対する新しい術を放てば、勝利は確実、だった。

 

 その前に紗夜の術が完成した。それは4枚の呪符を使用した、紗夜の周囲を覆う結界だった。これで身を守るつもりなのだろう。そうなれば、どちらの呪力が強いかの勝負だ。そうなったら勝てる自信はないが……少なくとも消耗はさせられるだろう。こちらは準備済みの式を使っているが、向こうは急造の式だからだ。

 

 と思っていた忍は、次の瞬間、自分の甘さを思い知らされる。

 

 紗夜の生み出した結界には、通常のそれでは多すぎる呪力が注がれていた。これでは内圧が高すぎて、例え結界が結べても内側から破裂してしまうだろう。

 

 ――咄嗟のことで焦ったのでゴザルか?

 

 違った。

 その結界は、なんと()()()()()()()。半分暴走しているレベルの呪力が、紗夜を中心に、爆発するように拡散する。

 

「辺獄の火炎にて焼き焦がせ! 忍法・炎焼地獄(ロースト・カースト)!」

 

 本来なら、鎖の囲いの内側に炎を生み出し、内部のものを焼き尽くすはずだった。唱えた術が発動する、その直前。

 紗夜が制御を放棄した結界が、荒れ狂う呪力の波となって、それらの術式をまとめて吹き飛ばしてしまった。先に発動していた炎鎖戒牢(ブレイズ・プリズン)の術ごと破壊され、炎の鎖は宙に溶けるようにして消える。同時に、4枚の呪符に仕込んでいた残りの術式も破壊された。

 

「ふぅ……焦ったわ。成長したね、忍ちゃん」

「どうもでゴザル」

 

 既に結ばれた結界を内側から吹き飛ばして尚、紗夜の霊気に揺らぎはない。表情はどことなく嬉しげだったが、忍は紗夜が自分の策に気付いた瞬間の顔を脳裏に焼き付けようとした。

 

 ――これだけやっても、まだダメなのでゴザルか。

 

 自分はまだまだ未熟だ。手応えはあったが、実際彼女はどこまで読んでいたのかは分からない。そして、どこまで読まれていたのかが分からないなら、その裏をかくこともまた難しい。それさえも読まれているかもしれないからだ。

 

 その隙に、紗夜は先ほど手を離した木刀を拾い上げた。そして、

 

「じゃあ、私が攻めるよ。受けられるかな?」

「来いでゴザル!」

 

 忍の返答に紗夜はにやりと笑うと、何気ない所作でポケットから取り出した物を放り投げた。

 緩やかな放物線を描いて宙を舞うそれは――指輪だった。白い宝石が埋め込まれた指輪。

 

 その光景は、不思議とゆっくりに見えた。光を反射しながら優雅に地面へと落ちてゆく指輪を、戦闘中だというのに、見つめてしまった。その向こうで、紗夜が左手を銃のように構え、

 

 忍の視界に、光が炸裂した。

 

「うわあぁぁぁぁっ!!」

 

 思わず目を塞ぎ、手で押さえる。痛みさえ感じるほどの眩しさ。視界がホワイトアウトして何も見えなくなる。しかも、

 

 ――み、()()()()!?

 

 その閃光は驚くべきことに、忍の()()()まで一時的に封じていた。つまり、今の忍は、戦闘中ではありえないほど無防備だった。

 とりあえず攻撃に備えて結界を張ろうにも、霊感覚が遮断されている。体内ならまだしも、体外に放出した呪力の状態を正確に認識できない。そんな状況で自分を丸ごと覆う結界を張ろうなど、無謀もいいところだった。

 とにかく、できることをしなければと考えた忍は、この状況で頼れる唯一の力を放出する。即ち、エクシード。仕組み自体は単純な火遁術で生み出した炎を、エクシードで制御して壁にする。これなら、紗夜は近付けない。

 

(ごう)()の女神よ。その荒れ狂う()(ちから)一篇(いっぺん)を我に貸し与え給え」

 

 という思考は、体幹への物凄い衝撃で吹き飛んだ。

 

 視界が真っ白なため、何がどうなっているのか分からないが、数メートル吹き飛んだのは確からしかった。勢いよく転がり、壁にぶつかってようやく止まった。

 

「ごめんなさい、少し大人気なかったかしら?」

「いや……勉強になったでゴザル。拙者の負けでゴザルな」

 

 完璧な敗北だった。それを認めると、いきなり視界が戻ってきた。霊感覚も同時に戻ってくる。

 

「……エクシードでゴザルか」

「そう。体内に溜め込んだ光を、魔導リングを通して視界と霊感を封じる、ちょっとした目くらまし」

 

 近づいてくる紗夜は、木刀を肩に担いでいた。

 

「なら、あの攻撃は?」

「赤の世界の、轟雨の女神様の加護を使った遠距離攻撃、かな。こんなふうに」

 

 紗夜はそう言うと同時に、右手の木刀を肩から下ろし、真横に向かって軽く振るった。すると、見たこともないような澄んだ霊気が木刀から発せられる。それは空を切る刃となって壁にぶち当たり、修練場の霊的防御を揺るがす轟音を上げた。

 

「芸達者が過ぎるでゴザルな」

「あら、そうでもないわよ。凌雅さんなんか、私の数倍は使いこなすわ」

「凌雅さん、って、御影先生のことでゴザルか?」

「そう。見た目と性格はあんなだけど、ものすごく強いのよ。私なんか右腕一本で完封されるわね」

 

 それを聞いて、忍は背筋を凍らせた。その言葉が本当なら、青蘭学園にはあのように、見た目と実力が全くマッチしないような強者が大勢いるのだろう。

 思い切り脱力してしまった忍は、ぐでっと壁際に寝転んだ。

 

「拙者、この2週間、かなり頑張ったのでゴザルよ。大学の学生とも闘ったし、教授ともやったでゴザル」

「ええ、少し聞いたわ。なんかすごい子が来てるって。すぐに貴女だと思ったわ」

「そこまで見抜いてるのでゴザルか」

「状況的に、貴女くらいだもの」

 

 笑みを絶やさない紗夜が、忍の横に腰を下ろした。

 

「でも、あの結界はマジで焦ったよ。まさか、爆炎と蔓草で呪符を隠すなんてね。私でなきゃ、おそらく引っかかるはずよ。そこは自信を持っていいわ」

「……でも、先輩には感づかれたでゴザル」

「それは……そうね。私もそういうの、よくやるから」

「この上、あのようなこともできると?」

「一応ね」

「それに、勉強になったでゴザル。結界にあんな使い方があるとは」

「青蘭学園の先生に教えてもらったの」

「うちの教師に? 誰でゴザルか?」

「言っていいか分かんないから、今は内緒」

 

 参った。この先輩には、当分勝てそうになかった。相変わらず手札の数は見えないし、その質も――異様に高いということ以外は――推し量れない。

 それでも屈するわけにはいかない。自分はチームの要なのだ。

 

 負けるわけにはいかない。

 

 忍はよいしょと起き上がると、深呼吸して言った。

 

「さ、もう1回、お願いするでゴザル」

 

 紗夜は嬉しそうに微笑んだ。

 


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