アンジュ・ヴィエルジュ *Skyblue Elements* 作:トライブ
青蘭島北西部の経済・行政地区の一角に所在するビルに、
彼はカウンターに向かうと、バッグの中から鍵を取り出した。それを専用の機械に通した係員は、『《特定の人物》を呼べ』という見たこともない表示に戸惑う様子を見せた。
ここは『青蘭金庫ビル』である。特別に許可を受けた強力且つ排他的な結界がいくつも重ね張りされ、不法侵入者を決して許すことがないここには、巨額の資産や数多くの価値ある品々が収められている。
「お待たせいたしました、城様」
「ありがとうございます、結城さん」
呼ばれて出てきたのは、柔和そうな顔立ちの初老の男性だった。この青蘭金庫ビルの従業員の中でも最も偉い人物――理事長である。
海斗は結城に従い、そばにある一般用のエレベーターではなく、狭い通路を入った裏にある従業員専用のエレベーターに乗った。結城は階数ボタンの下にある鍵穴に、先ほど海斗が出した鍵を差し込む。すると、エレベーターは自動的に下へと向かい始めた。
「まさか、もう引取りに来るとは思わなかった。なにか予感があるのかな?」
結城は突然砕けた口調になり、それでも穏やかな口調で海斗へ訊ねた。海斗は少し考えてから、落ちついて声を返した。
「俺も、まさかこんなに早くだとは。ただ、予感というよりは……予見が。出ている」
「予見……と言うと、あのプロスペキア家のご令嬢が?」
「そう。しかも、タイミングが悪い。どうやら刻は、
「それはまた……早いな」
「記憶している内容によれば、もう少しで青蘭諸島にいるほとんどの
「クレア様の予見はその前触れだと?」
「おそらくな。そうでなくとも、これから世界接続20周年祭で忙しくなる。その前に、できれば回収しておきたかったんだ。魔女王や女神、E.G.M.A.とも先に協議しておくに越したことはない」
「そうだな。備えあれば憂いなし、というもの」
「……そもそも、アイが現れた時から警戒しておくべきだった。彼女がこの世界に落ちたのが今年の1月。思ったよりも、近付いていたのかもしれない」
「……しかし、腑に落ちないのは、
「鶴は、大丈夫だろうか」
「彼のことだ。危うい場所も口先八丁で切り抜けているだろうさ」
そうこうしていると、今までずっと動き続けていたエレベーターがようやく止まった。扉が開くと、そこは暗い洞窟の中だった。その突き当たりに、金属製の扉がある。
「鍵を」
「では、いってらっしゃいませ」
「似合ってるよ、その口調」
「ありがとう」
2人は軽口を言い合い、鍵を受け取った海斗はその扉を開いた。3重の自動ドアが開き、その中へ入ると、ドアは再びその口を閉ざした。
そこは、一面真っ白な空間だった。今入ってきた扉と、その真向かい、海斗の正面にも、また扉がある。
《チェックを開始いたします。チェック項目は13点です。尚、1つでも当てはまらない場合、即座に警報が鳴りますのでご注意ください》
無機質な女性の声のアナウンスと共に、チェックが始まった。これには4つの世界全ての技術が用いられている。指紋、網膜、手のひらの静脈などという青の世界で使用されている生体認証、黒の世界の技術を用いた魔力の質や構成魔素の認証、赤の世界の技術を用いた霊魂形状及び思念波の認証、それら全てを白の世界の技術で超高精度で検査する。
《13点、認証されました。おかえりなさいませ、城海斗様》
無機質なアナウンスがまた鳴り、海斗の正面の扉が開いた。非常に分厚い金属の扉の向こうは、また金属の扉。それが開くとまた扉。今度は5重である。先ほどの入口の扉を含め、全ての扉には異なる、それも強力極まる結界が掛けられている。はっきり言って、この先にあるものを無許可で手に入れることは、黒の世界の魔女王でも、赤の世界の女神でも不可能と断言できた。この部屋に掛けられている結界さえ、青蘭の法で言えば違法レベルの強力なものである。
そして、その過剰すぎる防護の先に保管されていたものは――
テーブルの上に乗った、1冊の本だった。
海斗はその本を手に取ると、中身をパラパラとめくり、それからカバンにしまった。
「忙しくなるな」
彼はそのまま踵を返し、部屋を後にした。
その表紙には、掠れた5つの星が描かれていた。
右に黒、上に赤、左に白、下に小さな緑。
そして、中央に大きな青。