アンジュ・ヴィエルジュ *Skyblue Elements*   作:トライブ

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断章『ファーストキス』

 ――ねえ、ハイネ! あんた、大きくなったら私のはんりょになりなさい!

 

 ――『はんりょ』ってなに?

 

 ――え? えーっと……なんかこう、ずっといっしょにいる人なんだって。

 

 ――ずっといっしょにいればいいの? そんなのカンタンさ!

 

 ――でもねんのため、おまじないしておきましょう。ずっといっしょにいられるおまじない、おそわったの。

 

 ――ホント? それ、きくの?

 

 ――モチロンよ! 私がおまじないするんですもの! まずは小指で指きりして……。

 

 ――はい、指きり。

 

 ――それで、それぞれ相手の名前をよぶ。ハイネ。

 

 ――ソフィーナ。

 

 ――そしたら、もう片方の手で指きりしてる指をにぎる。

 

 ――はい、にぎったよ。

 

 ――そしたらそのあと……『せいこうい』って書いてあったんだけど、アリス先生に聞いたらそれはまだ早いから、後ででいいよって言われたの。

 

 ――じゃあ、後でにしよ。でも『せいこうい』っていうくらいだから、成功すればいいんじゃないかな?

 

 ――なるほど。ハイネ、あんた頭いいわね!

 

 ――えへへ、ありがとう。

 

 

…………

 

 夕玄島のアルマの家から青蘭島の魔術工房まで足を運んだハイネは、意を決してソフィーナの工房のドアを叩いた。

「…………?」

 だが、返事はなかった。もう1回叩いてみるが、やはり反応はない。

「……俺が怒ったことに怒ってんのかな」

 俄かに失望がこみ上げてきた。今日は帰ろう――

「何してんのよ」

「うぉわっ!?」

 後ろから急に声をかけられ、ハイネは思わず飛び上がった。振り返ると、訝しげな目でソフィーナが見上げていた。

「……何してるの?」

「あ、いや、話があって。……中で話せる?」

「あー……ええ、そうね。立ち話もなんだし」

 ソフィーナに導かれて中に入ると、数日前に後にした時と同じ、豪華な部屋……ではなく、散らかっていた。ソフィーナはかなりの潔癖症なので、これはおかしい。

「ごめんなさい、部屋、汚くて……」

「じゃあ一緒に片付けちゃおう」

「いいの?」

「おう」

 彼女はどこか怖がっているような眼差しでハイネを伺っていたが、彼は宣言するや否や掃除を始めてしまったので、ソフィーナもそれに従う。

 お互いに背中を向けて、黙々と部屋を片付ける。言葉が交わされるのは、「これはどこに置けばいい?」「それはそこに置いて」という類のやり取りのみ。

 そんな中、ソフィーナがぽつりとハイネを呼んだ。

「…………ねえ、ハイネ」

「何?」

「私、その……ハイネに、謝らなきゃいけない」

「……うん」

「私、ずっとハイネに対して、ひどい態度取ってきたのよね……?」

「ん……まあ、ある程度は努力に繋がってたけど」

「でも、ずっとひどいこと言ってた。自分が天才だからって、他人もそうだと思うのはおかしい。……その通りよね。無配慮で、ごめんなさい」

「……ん、いいよ。もう、怒ってないから。ていうか、怒るつもりも、無かったんだけどね」

「そうだったの?」

「うん。でも……俺、怖かったんだ。ソフィーナは天才で、俺は非才で。俺が頑張ってる間に、ソフィーナが別の誰かと行ってしまったら……俺は、耐えられない」

「そんなことしない!」

 ソフィーナは片付けの手を止めると、ハイネに後ろから抱きついた。

「そ、ソフィーナ?」

「私、ずっとハイネって決めてた! ちっちゃい頃からずっと! ハイネ以外の男と結ばれるなんて、考えられなかったよ……!

 でも、再会したハイネは、もういろんな女の子に囲まれてて……私以外のものになっちゃったらどうしようってずっと悩んでた。だから無意識に高圧的に接して、ハイネを逃がしたくなかったのかも……」

「そっか……なんか馬鹿らしいね」

「え?」

 ハイネはソフィーナの方へ振り返り、その手を握った。

「どっちもおんなじような事考えてて、でも口に出せなかったからすれ違ってて。口に出したら、こんなに簡単に仲直りできちゃった」

「……仲直りで、いいの?」

「逆によくないの?」

「いい! もちろんいいわ!」

 急に慌てるソフィーナが可愛くて。ハイネはその頬に手を添えると、

「――――」

 ソフィーナの顔に自分の顔を近付け、その頬にそっとキスした。

「――――!?!?」

 すぐに唇は離したが、何をされたか理解したソフィーナは目を白黒させ、言葉にならない声を発そうともがいていた。

「な、何を――ッ!」

「仲直りの証だよ」

「は、ハイネ、あんた変よ!」

「まあ、そうかもね」

 未だに信じられないという表情のソフィーナの頭を、ハイネはそっと撫でた。

「さあ。残りも片しちゃおう。そうしたらお茶を入れるよ、ソフィーナ」

「よ、よろしく頼むわね」

 幼い頃に交わした盟約が、果たされつつある。

 

…………

 

 

 ――ねえ、ママ。『せいこうい』ってなに?

 

 ――……あー、ソフィーナがおまじないしたのね。

 

 ――うん。でも、さいごにそれがひつようなの。早くむすばれたいなって思って。

 

 ――そうね。『せいこうい』っていうのはね、この世で一番好きな子とするものよ。私たちはそれを行うことで、2人は永遠の繋がりを得るの。

 

 ――えいえんのつながり? なにそれ? つながるの?

 

 ――そう。ずーっと先までね。ハイネがおじいちゃんになっても、続くのよ。

 

 ――すごい。で、どうすればいいの?

 

 ――うーん……今は教えられないわ。さっきも言ったとおり、これをすれば永遠に結ばれる……だから、決して簡単な魔法じゃないのよ。この繋がりはどんな幻も打ち払う、最強の魔法なの。

 

 ――さいきょう! すごいなー。いつ教えてくれる?

 

 ――15歳になったら、考えてもいいわ。

 

 ――えー、ずっと先じゃーん。

 

 ――それまでにしっかりと強くなっておくのよ。いい?

 

 ――はーい。ぼく、頑張るよ!

 

 ――いい子いい子。流石は私の自慢の息子ね。

 

 

…………

 

「ふう、ようやく終わったね」

「こんな片付け、久しぶりにしたわ」

 数十分後、部屋は整頓された状態になっていた。いかにもな高級感が戻ってきている。

「でも、なんであんなに散らかしてたの?」

「だ、だって……あんたに悪いことしたって自覚あったけど、どうしたらいいか分からなくて……頭がごちゃごちゃになってたのっ。悪い!?」

「別に。俺もおんなじようなもんだったし。ついさっきまでさ……」

 2人は縮まった距離を保とうとするかのように、雑談しながら寄り添ってお茶を入れ始めた。大部屋にはキッチンどころかシャワーや風呂・トイレまである。しかもそこに彼女はやらたと大きい天蓋付きのベッドを持ち込んでいるため、ここで暮らすことも簡単だろう。現に彼女は休日は徹夜で作業していることもある。形だけなら、もはやひとつの1LDKの物件だ。

「しかし、ベッドはいるのか?」

「いるでしょう。夜のうちに術を染み込ませなきゃいけない時とか、ここで仮眠するし」

「このベッド、超ふっかふかじゃん。こんなんで寝たら、絶対ぐっすり寝ちゃうよ」

「目覚ましくらい掛けておきなさいよ」

 これまた高そうな樫のテーブルで――先程までは羊皮紙とインクだらけだった――で入れたお茶を飲む。ソフィーナが好きな黒の世界のものではなく、ハイネがこの前買ってきた、この世界のお茶。ここ数日間、心を落ち着けるためにこれを飲んでは、ハイネを思い出して心を乱し、でもハイネが買ってきたものだから捨てるわけにもいかず、正直味は好みだし、また飲む……という悪循環を続けてきたが……今は、とても心が落ち着いていた。ハイネが入れてくれたからだろうか。

「ねえ、ソフィーナ」

「なに?」

 ハイネは落ち着いてリラックスした様子で口を開いた。

「俺さ。さっきまでリゼと一緒にいて……それで言われたんだ。俺もリゼのことを置いていっただろって」

「……そっか。あんたは5年前にここに来たのだものね」

「だから、ソフィーナに怒ったのは筋違いだったかなって思ってさ……」

「筋違いじゃないわ。私もその……悪かったわ」

「リゼにも、ちゃんと謝っておいてね」

「……うん。でも、あの子……」

「怒ってなかったよ。少なくとも、ソフィーナがちゃんと反省してるのなら」

「そう……それなら良かったわ。ちゃんと……謝れそう」

 その言葉を聞いたハイネは、手招きで彼女を呼んだ。訝しげな表情のソフィーナが席を立ってハイネのそばまで行くと、彼は立ち上がって、

「――――!!」

 彼女を抱きしめた。

「偉いよ、ソフィーナ」

「は、ハイネ……」

 彼女も戸惑いながら、ハイネを抱きしめ返す。

 素直ではないソフィーナをこういう面は、自分がリードしなければならない、と思っていたハイネは、その耳元にそっと囁いた。

「大好きだよ、ソフィーナ」

「私も……大好き」

 ずっと秘めてきた想い。周りにはバレバレだったが、それでもずっとこの想いを貫いてきた。2人とも同じ約束の元に結ばれている。

「俺、何があってもソフィーナのそばにいる。だから俺を、置いてかないでくれる?」

 ハイネが微かに震える声で問うと、ソフィーナはすぐにそれを否定した。

「置いてかない! ずっと手を繋いでてあげるから。苦しくなったら、必ず慰めるから。だから、私を選んでくれる?」

「うん。俺はずっと、ソフィーナを選ぶよ」

「…………ありがとう」

 2人は互いを自身に縛り付けるように抱き締め合った。不意にソフィーナが顔を上げた。その瞳は潤み、何かを求めるように唇を突き出している――。

 ハイネは少し戸惑い、いいの? と聞いた。彼女は無言で背伸びをし、さらに彼との距離を詰めようとした。

 彼は、彼女の精一杯の背伸びをいじらしく思った。そして微笑むと、そっと、ソフィーナにキスをした。淡く触れる程度の、ぎこちない、けれど大切なもの。

「……ソフィーナ、初めてだった?」

「ええ。……ハイネは?」

「俺も初めてだよ」

「そう……ありがと」

 どちらからともなく顔を離して終えたファーストキス。しかし、ハイネは抱擁は解かない。

「いつか交わしたおまじない……覚えてる?」

「おまじ……っ! あ、あれのこと……?」

「そう。母さんも15歳になったらしてもいいみたいなこと言ってたし……」

「……最後に1過程、残ってたわね……するの?」

「俺は、したい。ソフィーナと完全に、結ばれたい」

 ハイネは真剣な表情で訴えた。対するソフィーナの回答は、決まりきっていた。交わしたあの日から、ずっと。

「…………ん、いい、よ。しましょう」

 夜は、まだ始まったばかりだ。

 

…………

 

 セニアと別れた俊太が少し晴れた気分で家に帰ると、いつの間にかアウロラからメールが来ていた。さっと頭が熱くなる感覚に襲われ、謎の恐怖心が湧いたが、興味が先行してそれを震える指で開く。

 

『直接お話したいことがあります。明日、お家にお邪魔してもいいですか?』

 

 と、時間の指定と共に書かれていた。

 どこか安心したような、だけど恐怖心は抜けないような、変な感情を覚えた。

 ――怒ろうとしてるのかな。それとも……それとも、何だ?

 だが、怖かろうと、伝えようと決めたのだ。この心にずっと秘め続けていた想いを。

 俊太は文面を書いては悩んで消し、ああでもないこうでもないと文章を考えて、結局、

 

『アウロラの好きな紅茶を用意して待ってます。』

 

 と送った。送信ボタンを押した瞬間、後悔に苛まれてベッドの上でジタバタしていたが、数分後に返ってきたメールには、

 

『嬉しい! じゃあ、紅茶にぴったりなお土産を買っていきます!』

 

 とあった。しばらくその文面を見て……これは大丈夫そうだぞと判断した俊太は、すぐに私服に着替えてスーパーマーケットに向かった。少し前にポロっと聞いた彼女が一番好きな紅茶を買いに行くために。

 そして、帰ってくるなり部屋の片付けをし、少しでも見栄えをよくするために奮闘する。元々あまりものは持っていない俊太だが、だからといって剣道の道具がそこらへんに放ってあるのは言語道断。すぐにクローゼットにしまう。ゲームもテレビ下のラックに片付け、ハイネの付き合いで始めて少しハマり気味のカードゲームもまとめて机にしまう。

 その辺の行動は、ごく普通の男子高校生と何も変わらなかった。

 

…………

 

 翌日。

「おじゃましまーす」

「い、いらっしゃい」

 アウロラは、今まで通りの笑顔で俊太の家にやってきた。

「はい、お土産よ」

「うわ、すごい量だね……」

 彼女の持ってきたお土産は、ケーキの箱にシュークリームの箱に……と、商業地区のちょっとお高い店で売ってそうな、俊太がまず自発的に買うことはないであろう高級そうなスイーツ。

 ――ていうか、半分自分が食べたくて買ってきただろこれ。

 だが不思議なことに、呆れよりも可愛らしさの方が強く感じられた。それに、箱を開けて、どれが食べたい? うーん、これかな。じゃあ私はこれ! といったやり取りが心地よかった。

 予め入れておいた紅茶を用意し、ティータイムのような感じになった。ちゃぶ台でティータイムもあるものかと違和感を覚えていたが、彼女が行儀よく正座しているので、俊太もそれに倣う。

 彼女は紅茶を一口飲み、ほっと一息吐くと、意を決したように話し始めた。

「……じゃあ、メールで送ったように、俊くんにお話があります。聞いてくれる?」

「うん。なに、かな?」

 彼も同じように紅茶を一口飲む。アウロラに似た、落ち着いた風味の紅茶だ。それが心を落ち着かせ、焦りを止める。

「まずは、俊くん……本当にごめんなさい。私、ずっと貴方のことを傷付けてた」

「あ、アウロラが謝らなくても……俺もごめんなさい。そ、その……押し倒したり、よそよそしくしたり……」

「でも、俊くんにそういう態度を取らせるようなことをしたのは、私が原因でしょう? だから、ごめんなさい、なの」

 アウロラの語り口調は静かながら、その下に謝罪の響きを強く伴っていた。

「私、ね……確かに普段は大人っぽいキャラで通ってるわ。その、自分で言うのもなんだけど……それなりに物事を大局的に捉えることには長けてる、と思う。でもね、俊くんのことは、全然大局的に見ることができなかったの。お花畑で初めて出会ったあの時から……」

 彼女の頬がどんどん赤らんでいく。その告白に聞き入って、俊太は口を挟めない。

「俊くんのことを考えると、いつも頭がぐるぐるして……全然2人の関係とかまで目が行かなくなっちゃうの。俊くんはどうしたら喜んでくれるかな、とか、俊くんは何を考えてるんだろう、とか、ずっと考えちゃうの。周りからどんな風に見られるかなんて考えられないし、こんな気分になるのが……怖かった。

 ごめんなさい。俊くん、私に言ったわよね? 『格好良いって、言ってくれないの?』って。私、ずっと俊くんのことを格好良いと思っていたわ。小さいけれどどこまでも一途に頑張れる貴方のこと、とっても格好良いと思ってた。でも、それを口にするのが恥ずかしくて……それでつい、可愛いって言葉で誤魔化してた。でも、それは俊くんを傷付ける言葉だって気付けなかった……本当に、ごめんなさい」

 アウロラは俯き気味になり、上目遣いで俊太を見ていた。彼女が言いたいことを全部言ってくれた。その思いの真相は、俊太の疑念を晴らしてくれた。

「俺も、アウロラに謝りたい。そのさ、俺がもっとアウロラにいろいろ話せば、アウロラも分かってくれたはずなのに、恥ずかしくて全然話さなかった。だって、アウロラより背が10センチも低いのが恥ずかしいですなんて、言いにくくて……。それでアウロラにばっかり「格好良いって言って」とか要求して、ちょっと虫が良すぎた、かな……それに、俺、アウロラにはもっと似合う人がいるんじゃないかと思うと怖くなって、それでその……あの時思わず、押し倒しちゃった、っていうか……本当にごめん」

「そんな……そんなことないわ。私も悪かったわ」

 お互い、言うべきことは全部言った。最後に俊太は、一番言いたいことを彼女に要求する。

「俺のこと、認めてくれる? 俺、アウロラのαドライバーでいてもいい?」

 拒否されるのが怖かった。自分だけ舞い上がっているという事実を突き付けられたくなくて。

 彼女の返答は、あまりにも単純だった。

「もちろんよ。ずっと、私のαドライバーでいて欲しい。ずっと」

 アウロラは立ち上がって俊太の方へ向かい――

「あ、つっ!」

「ちょ、アウロラ!?」

 倒れ込んできた彼女を、俊太は慌てて抱きとめた。

「どうしたの、アウロラ!?」

「え、えーと……」

 彼女は自分の足を指して、

「し、痺れちゃった……正座してて……」

「あー……そっかー……」

 なんか心配して損した、と思うも束の間、俊太は彼女の豊満な身体が自分に押し付けられていることを知り、大いに慌てたが、アウロラは嬉しそうに彼に身体を預けた。

「しばらく……こうしてたいな。ダメかしら?」

「い、いいの?」

「ええ。俊くんに……こうされてたいの」

 アウロラは俊太にもたれ掛かると、ふんわりと笑った。彼女らしい、どこまでも優しい女神か天使のような笑み。

「俊くん、足痺れないの?」

「まぁ……剣道でよく正座してるから、慣れてるっていうか」

「そういえばそうだったわね。うん、格好良いぞ、俊くん」

「…………ありがと」

「でもやっぱり、こういう反応は可愛いわ。ねえ、これからも可愛いって言ってもいい?」

「べ、別にいいけど」

 俊太が照れてそっぽを向くと、アウロラは殊更嬉しそうな声になった。そして、この人には勝てないな、と思う。

 そのアウロラは、静かなトーンの声に戻ると、こう言った。

「ねえ、俊くん。私、春樹くんと話してて気付いたの。私が貴方に、ずぅっと恋してたってことに」

「……っ」

「俊くんはどう? あの、ホントに嫌なら突き放してもいいのよ……?」

 どこか恐怖を含んだ声。その声を聞いて、俊太は、ああ、と納得した。

 ――なんだかんだ言って、想いを伝える恐怖は、アウロラにもあるんだな。

 そう思うと、なんだか急に心が軽くなって。すぐそばのアウロラの頭を、そっと撫でた。

「俺も、好き。ずっと恋してた。一目惚れだったんだから。大好きだよ、可愛いアウロラ」

「……ありがとう」

 彼女は、心の底からの歓喜に胸を震わせているような声で答えた。それから、姿勢を正して俊太の隣に座ると、彼が選んだケーキを見て、

「あら、こっちもおいしそうね。俊くん、ひとくち欲しいなぁ」

「え? いいけど、はい」

 俊太が皿ごとアウロラの方にやろうとすると、彼女は目を閉じて口を開いた。

 ――これはまさか、食べさせてくれってことなのか!?

 漫画でよく見るシチュエーションがいざ自分の身に降りかかると慌てるのは当然だが、紅茶を一口飲んでなんとか落ち着きを取り戻すと、ケーキをひと切れフォークで切り、持ち上げ、彼女の口元へ持っていく。

「はい、あーん」

「あーん」

 本当にこんなやりとりがあるとは思わなかったが、ぱくりとケーキを加えて嬉しそうに頬に手を当てる彼女は、やはり年齢相応の可愛らしさがあった。

「うーん、こっちも美味しいわ。今度また買っちゃお」

「……ほどほどにね?」

「はぁーい」

 のんびり返事をするアウロラ。その唇に、クリームが付いている。舌で舐めた時に付いたのだろう。

「アウロラ、唇にクリーム付いてるよ」

「あら、ホント? じゃあ俊くんが取って?」

「え、えぇっ!?」

 アウロラはどこかいたずらっぽい表情になり、俊太に顔を寄せた。

「口で、取って?」

 そこでようやく、これが彼女の策略だったことに気付いた。

 ――可愛い顔して、なんて策士。

「……いいの?」

「ええ、だって……大好きなんだもの。この味を、俊くんにも分けてあげたいから」

 もう、考える余地は無かった。

 俊太も意を決して、彼女にそっと近付き、

 

 初めてのキスは、甘いクリームの味がした。

 


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