アンジュ・ヴィエルジュ *Skyblue Elements* 作:トライブ
背が小さいのはコンプレックスだ。
だって、見た目で舐められるから。
だからそういうことが無いように、いろいろ頑張ってきた。
背の高い彼女は優しいけど、そばにいてくれることが怖かった。
背の低い俺には、似合わないから。
…………
本条には、クラスの雰囲気がどんどん悪くなっていくのが手に取るように分かった。
最たる理由としては、やはり琉花が登校拒否状態になったことだろう。クラスを盛り上げているムードメーカー的な存在である彼女がいなくなっただけで、教室内の音量ボリュームが1段階下がってしまったかのようだ。
それとは別に、美海の様子もどこかおかしい。もちろん、同じ寮に住んでいる琉花を心配する思いもあるのだろうが、それ以上に黙り込んでいることが多くなった。
2連続で起きた事件の犯人が捕まったということは、既に生徒に知れ渡っている。なので、安心している様子でもあるのだが、なぜか琉花が登校拒否していることに変わりなければ、美海が黙り込んでいるのもまた事実である。恐らく、事件での精神的な圧迫感・ストレスが、これらの状態を招いている。だとすれば、ここから良くなる可能性もあるが、転がり落ちる可能性もまた存在するだろう。というより、雰囲気としては後者の方が明らかに有力である。
担任としては、どれも頭痛の種である。
満月寮の寮監である
しかし、それも仕方のないことなのだろう。教員らは皆、彼女が
それに、プログレス――それも、未熟故にまだエクシードを完全に支配下に置くことができていない――の扱いは、非常にデリケートである。なぜなら、過度な精神的負荷を掛ければ、エクシードが暴走し、他の生徒が傷つく可能性が高いからだ。
以上の理由により、教務課は最終的に「しばらく登校を止めて、それで彼女の精神状態が元に戻るのなら」という判断の元、彼女の登校拒否を認めることにした。ただし、定期的な面談は行うことにする。
「いやホント、疲れますよ」
「そんなことになってたんですか……」
場所は商業地区の西寄りにある居酒屋。本条の隣に座っているのは紗夜である。
色々とやることが多くて、あっという間に週末になってしまった。今日は、普段から顔を突き合わせている教員達ではなく、かつての教え子と飲みたいという不思議な気分で、それに紗夜が乗ってくれたのだった。
「私、ちょっと前にあの子達と会いましたけど、全然そんな風には見えなかったなぁ……特に琉花ちゃんは」
「そうでしょうね。事件が起きたのはその後なんですから」
「だとしても、そんなに急に変わっちゃうなんて、と思いまして」
「それは私も同じです」
本条は猪口に注がれた熱燗をちびちびと飲み、時々つまみの塩辛を箸先でつまんで口に運んでいる。表情は普段通りの無表情だが、目元が赤くなり、酔っているのが分かる。
対する紗夜は、あまり酒が得意ではないので熱燗は付き合いで少しだけ、あとはチューハイだけ。だがこちらも普通に酔っており、薄膜が掛かったような思考で、本条の話を聞きながら、酔った彼女なりにどうすればそんな状況を変えられるのかな、と考えつつ、鶏の唐揚げをかじっている。
暫くの沈黙を破ったのは本条だった。
「そういえば」
「はい、なんでしょう?」
「貴女の方は大丈夫なんですか? その……《蒼月》の方は」
「んー……大丈夫ですよ。先生の式、ばっちり使ってるみたいですし」
「でも、跡取りはこうして2人とも孤島にいるわけじゃないですか。実家を離れて。大丈夫なんですか」
「まぁ……そうですけど。でも当面は私も絵麻もこっちで頑張るように言われました。本土は父と母と親族が頑張るから、って」
「なら、良いのですが」
「あ、ひょっとして心配してくれてます? 大丈夫ですよ。先生は、クラスのことを考えてあげてくださいね」
「……せっかくの人の親切を……」
唇を尖らせる本条を、紗夜はむしろ愛らしく思った。そして、彼女なりに考えた結論を告げてみる。
「琉花ちゃんに関してなら……そう、適切な相談相手がいると思いますよ。彼女をあてがってみましょう」
「誰……ってああ、彼女ですか。まあ似たタイプですし……でも……」
「多分、少しは聞き出せると思いますよ。学園生時代にメディの家族関連のことを聞いてあげたのもあの子だったし。私はその……不甲斐ないけど力になれなかった」
「では、悪化させない自信があるならどうぞ。そっちまではさすがに面倒を見きれません」
「ありがとうございます」
紗夜は礼を言うと、グラスから少し酒を口に含んだ。本条は猪口に残った酒を一気に呷ると、徳利から酒を継ぎ足した。
「すいません、これ、もう1本」
「ちょっと、飲み過ぎじゃないですか?」
「いいんです。週末くらいは」
テーブルの上には、飲み終わった徳利が4本も置かれている。そして、飲みすぎを指摘する紗夜も、今日は結構飲んでいる。一応、愚痴を聞く代わりに、今日は本条の奢りなのだが……それでも少し遠慮はしている。
そんな紗夜は、今更のように訪れた違和感を口にした。
「先生、そういえば」
「はい、なんでしょう?」
「いいんですか? 髪、ツインテールのままで」
「……なんか、今日はこういう気分なんです」
「それに、呼ばなくて良かったんですか? 龍ちゃんとか、雄馬くんとか……」
「……いいんです。こういう気分なんです」
うつむき加減に猪口を傾ける本条に感じていた違和感の正体が何であるかを見破った紗夜は、「ダメですよ」と彼女を叱責した。
「先生まで暗くなってちゃ、ダメです」
そう。ストレスを抱えているのは、クラスの雰囲気に流されそうになっているのは、何も生徒だけではない。本条もだ。だからこそ、普段から一緒にいる他の教員ではなく、元教え子を呼び出してまで愚痴を吐いているのだ。
思わぬ指摘を受けた本条は、ハッと顔を上げた。
「そう……そう、ですよね。私まで暗くなっていてはいけない。ありがとうございます、紗夜さん」
「いえいえ。私もいけませんでした。確かに性格上、接しやすいのは今の先生ですけど……お酒を飲む時まで今の先生でいる必要はないですよ」
「……でも、紗夜さんに迷惑をかけてしまいます」
本条が上目遣いに紗夜を見やると、彼女はニヤリと笑って、ちょうど熱燗の徳利を運んできた店員に、
「すいません。烏龍ハイと唐揚げとチーズ下さい」
と注文した。そして、酔いから珍しく困惑を顕にする本条に向かって笑いかけ、
「値段相応の迷惑は、掛けてください」
「……全く。どうして生徒会長は皆曲者ばかりなのでしょう」
「それは先生もでしょう?」
「そうですね。違いありません」
本条はツインテールにしていた髪をほどくと、手馴れた手つきで、今度はポニーテールに結い上げた。
彼女は晴れやかな表情でニッと笑うと、
「さあて、飲むか!」
「ふふ。お付き合いしますよ、文ちゃん」
紗夜は徳利を傾けて、本条の猪口に注いだ。
…………
数日前に遡る。
「う~ん、美味しいわ! やっぱりここのおうどんは最高ね」
「そうだねぇ……」
アウロラと俊太は、青蘭島の商業地区の一角にあるうどん屋に来ていた。彼女はちゅるちゅるとうどんを吸い上げると、頬に手を当てて至福の表情を浮かべた。
彼女の発言には十分同意できるほど、確かにそのうどんは美味しかった。しかし、どうにも俊太が微妙な表情なのは、相席のアウロラのせいだ。
アウロラが現在すすっている大盛りのどんぶりの横に、既に空になった同じどんぶりが
4杯目なのだ。大盛りを。
このアウロラは、見た目の柔和さにそぐわず……なのかは知らないが、結構な健啖家である。これといった趣味が無いせいなのかは分からないが、私費のほとんどが食費になるらしい。大食いで知られる(というより単に燃費が悪いだけのように思われる)アンドロイド・テルルとは、よく食べ歩きをする仲だそうだ。とはいえ、単なるドカ食いではないため、来訪から1年経った今でも、(幸いにも)出禁になっている店はないという。
このうどんも1杯700円はするのに、よくお金が持つよな。と思う俊太だが、アウロラの実家であるエオース家は、赤の世界でも有数の名家である。要するに、お金持ちなのだ。なので、毎月の仕送りの量も多く、お昼ご飯に1杯700円のうどんを4杯食べても、全然大丈夫らしい。しかも、彼女の実家は青蘭学園に援助金を出すほどの親青蘭派の家系だ。
「ふぅ……こんなものかしら。ごちそうさまでした」
アウロラは4杯目のうどんを平らげると、満足気な表情で手を合わせた。
「アウロラ……ほんとに大食いだね」
「そうかしら? そういう俊くんだって、結構食べてるじゃない」
「まあ……そうだね」
俊太は身体こそ小さいものの、剣道をやっていてよく体力を使うため、彼も割と食べる方である。うどんは1杯だが、サイドメニューを色々と付けていた。
「それにしても」
「なに?」
「私ね、この世界に来て驚いちゃった。何せ、神様が800万人もいらっしゃるんでしょう?」
「え? ……ああ、
「うふふ、知ってるわ」
「じゃあ変なボケかまさないでよ! なんか恥ずかしいじゃん!」
慌てて怒る俊太、アウロラは尚も微笑みかけた。
「でも、そういうことがすごいと思うのよ、この世界は。だって、この世界の神様は目に見えないけど、何かを食べる時に『いただきます』って言って、食べ終わったら『ごちそうさま』って言うじゃない?」
「そうだね。でもそれって日本だけらしいけど」
「そうなの? でも素晴らしいわ。何物にも感謝の気持ちを持って接するって。私たちの世界に、そういう文化は無かったわ。神様がそのへんを歩いている世界なのにね。寧ろ、そのへんを歩いているほどありふれた存在だから、ありがたみとかも薄れてしまったのかしら」
「そんなにいっぱいいるの?」
「まあ、それほど多くはないし、もちろんお会いできれば敬意を持って接するけれど……でも、そうね。こういう食べ物そのものへの感謝はほとんど無かったわ。少なくとも、私たちのような貴族には。豊穣の女神様に感謝することはあっても、食べ物を食べることは当たり前。そう思っていたわ」
アウロラはどこか悲しげな表情だったが、すぐに柔らかく微笑んだ。
「だからこそ、私はこの世界が好きよ。全ての物に感謝する。それって、とっても素敵なことでしょう? ほら、俊くんだって、剣道場に上がるときとか試合前と後とかに一礼するじゃない」
「そっか、そうだね。囲いの中は、正々堂々と勝負を行うための、神聖な場所だからって教えられたから。それに、剣道は『礼に始まり礼に終わる』って言うし。剣道って、素振りならまだしも、基本的に1人じゃ練習できないからね。そういう意味で、闘ってくれる相手への敬意が必要っていうか」
「そうでしょう? 俊くんはとっても礼儀正しい子だと思うわ。背筋もすっと伸びてるし」
「そ、そうかな?」
「ええ。とっても――」
と、そこで彼女は少し慌てたように言葉を切ると、
「うん、いい子。可愛いわ」
と言って、俊太の頭を撫でた。
もちろん俊太は嬉しいのだが……そこに混ざる複雑な思いがあった。
――「格好良い」とは、言ってくれないのかな。
…………
青蘭諸島は太平洋上に浮かぶ孤島ではあるが、緯度は東京よりも少し上なため、南国の島、というわけではなく、夏はそれなりに涼しく、冬は雪が普通に降る。
とはいえ、今日はやけに暑かった。まだ5月だが、肌寒い日が続いていたからそう思うのだろうか。
「んーー、今日は少し暑いわね」
「そうだね」
うどん屋を出て商業地区を歩く2人。アウロラはぐーっと腕を上げて身体を伸ばした。すると、彼女の豊満なバストが強調されて、俊太は反射的に目を逸らした。
「あら? どうしたの、俊くん?」
「な、なんでもないっ」
――自分がエッチな体つきしてるってこと、自覚がないのかな?
横目でチラ見しながらそう思う俊太。健啖家の彼女は実に稀有な体質らしく、食べた分はほとんど胸に回っているようだ。バストサイズは大人顔負けである。豊満な体つきの彼女だが、太っているという印象は全く受けず、逆にむっちりとした太ももは非常にいやらしく、それでいて腰はきゅっとくびれ、お尻への魅力的なラインを見せ付けられる。長い、ウェーブのかかった髪はポニーテールに結い上げられており、扇情的なうなじが見え隠れする。体中どこを見ても、男子高校生には刺激が強すぎた。
高校生離れしたグラマラスな彼女。身長も170センチ程度と高い。そんなアウロラの隣を歩くのは、少しだけ……怖かった。
俊太は身長が低い。アウロラよりも10センチくらい低い。顔立ちも中性的だし、声も高い方だ。そんな男らしくない自分が、こんなに女性らしい女の子の隣を歩いていいのか、というコンプレックスを抱いているのだ。
彼女には、もっとこう、似合う人がいるはずだ。例えば、彼女よりも身長が10センチくらい高くて、イケメンで――
「あ、俊太くん。アウロラちゃん。こんにちは」
そう、声も男性らしくて頭が良くて――
「って、と、冬吾先輩!?」
「あれ? なんか驚かせちゃった?」
「あー、いえ、その、ごめんなさい」
目の前にいたのは、1学年上の先輩αドライバーである三島冬吾と、その横に、
「こんにちは」
真っ白な髪の小さな女の子、セニアだった。
「あら、冬吾くんにセニアちゃん。こんにちは」
「どうしたの、2人で」
「あのね、おうどん食べに行ってたの。それでね――」
冬吾と話し始めるアウロラ。何時でも優しく、幸せそうに話す彼女は、とても可愛らしい。俊太はそれを見上げていた。
冬吾とアウロラは、とてもお似合いに見えた。
胸が、少し苦しくなる。
その苦しさを紛らわすように、俊太はセニアに声を掛けた。実は今まで1度も話したことがなかったが、先日のバトルで見ていたので知っていた。
「あのさ、セニアちゃん、だよね?」
「はい。えーと……」
「俊太。
「俊太様、ですね。登録致しました。それで、どんな御用でしょうか」
「え? いや、あの、この前のバトル、すごかったよって。レベル5になった時とか、ほんとにかっこよかった」
「そうでしょうか……」
アンドロイドであるセニアは、アンドロイドらしくない、どこか下向きな呟きをこぼした。しかし、それに気づかない俊太は、
「そうだよ。とっても頑張ってたよ」
「はい……ありがとうございます」
念を押すと、セニアは真っ直ぐに俊太の目を見て答えた。
まるで水晶のように澄んだ瞳。心の底まで見通すかのような眼差し。
それを認識したとき、俊太はこのアンドロイドの少女を、改めて「すごい」と思った。
彼女と冬吾は、身長が30センチも違う。彼女はまだ中等部1年生なのに対し、冬吾は高等部2年生。2人の間にはそれだけの差があるのに、彼女は全く揺るがない。余りにも違う存在の隣にいて、これほど自信を持って立っていられるということに感銘を受けた。自分のように、フラフラとしていない。その1本通った《芯》に、心から感服させられたのだ。
「それじゃあ、またね」
「ええ、また」
「さようなら」
少しして、4人はまた2人ずつに別れた。隣を歩くアウロラは上機嫌だ。
「アウロラ、楽しそうだね」
「ええ! だって楽しいもの」
――それは、冬吾先輩と話して、ってこと?
とは、聞けなかった。勇気がなかったからだ。
――俺は惨めだ。
…………
そして現在。
部活が無いにも関わらず、俊太は剣道場の鍵を借りて、1人で自主練習に励んでいた。いや、正確に言えば、1人で励もうとしていた。
竹刀を素振りする俊太を、アウロラが横から眺めていた。だから、剣道場には2人いる。
彼女はいつの間にやら剣道部のマネージャーになっており、部員が竹刀を振るう様を横から見てアドバイスをしたり、練習試合の結果を管理したり、補給を勧めたり……と、本当に様々なことをやってくれる。今年度に入るまでは剣道の知識など無きに等しかったのに、今は猛勉強してマネージャーたらんと頑張っている。
誰かにじっと見られながら、というのはどうにも落ち着かないが、彼女が自分の振りの癖や良くないところを指摘してくれるのは事実だ。だから、黙ってひたすらに精神を収斂し、あたかもそこに何か倒すべきものが立っているかのように竹刀を振るう。
そうすると、自然に頭に浮かぶのは、冬吾の姿だった。アウロラに、お似合いの。例え本人はそんなことを思っていなかったのだとしても――俊太は知らないが、実は彼には既に恋人がいるため、決してアウロラに特別な感情など抱いていない――それでも、コンプレックスは着実に彼を追い詰めていた。
「俊くん? ちょっとぶれてるわ」
「あっ。ごめん、直すよ。……これでいいかな?」
「ええ。良くなったわ」
――いけない。
ほんの小さな感情のぶれが、太刀筋を歪める。アウロラはそれに(後者にだけだが)すぐに気付いて指摘した。
彼は頭を小さく振って世迷言を頭から弾き出すと、再び無心で竹刀を振るい始めた。
「お疲れ様。はい、飲んでね」
「ありがと」
ひたすら竹刀を振るい続けること30分。俊太は防具を外して板張りの床に倒れ込んだ。剣道着は汗だくで、下にきた肌着など、絞れそうなほどだ。だが、このやりきった感が俊太は好きだった。
彼は起き上がって、アウロラから差し出されたスポーツドリンクのボトルを受け取ると、1口含んではゆっくりと飲み込み、また1口含むということを繰り返した。疲れているのに一気飲みすると、余計疲れるからだ。
「俊くん、大丈夫? なんだか普段よりもぶれが多いみたい」
「ん……大丈夫。ちょっと疲れてるだけ」
「ならいいけれど」
アウロラは心配そうな手つきで、俊太の頭を撫でた。彼女はよく俊太の頭を撫でる。それ自体は嫌ではなかったが、彼女が自分のことをどう捉えているのかが伝わってきて、複雑な気分だった。
そして、決まってこう言う。
「ふふ、可愛い」
「え?」
「なんだか、意地っ張りな弟が出来たみたい。可愛い」
「弟……」
「意地は、張らないでね」
――俺は、どうしたいんだろう。
彼はストレスを溜めていた。中毒事件が2度も起きた。犯人は捕まったものの、目の前で苦しむ少女を2度も見た。アウロラがこうなったらどうしようと、夜も眠れずに考えた。悩んだ。怖かった。
だからいい加減、限界だった。不安定な心で、自分が萎縮するほどの美女の隣にいるということが。自分に、自信がないから。いや、違う。自分が彼女に、認めてもらっていないから。
俺が彼女に言って欲しいのは、「可愛い」じゃない。
――俺は、
気づいたら、俊太はアウロラを床に押し倒していた。
「え? え?」
彼女は戸惑った表情で、自分が何をされたのか分かっていないようだった。
俊太は息を荒げてアウロラに覆いかぶさっている。
そして、ポツリと呟いた。
「アウロラは、格好良いって、言ってくれないの?」
「え……?」
アウロラは戸惑いを隠せていない。しかし、何をされたのかはようやく理解したようだった。それでいて、何故か――拒む様子を見せない。
汗の雫がアウロラの頬を伝う。その潤んだ双眸が俊太を見つめている。憧れていた彼女の顔が、こんなにも近くに有る。
「俊くん……私は……」
彼女の言葉が耳に入ってようやく、
「ち……違う!」
彼は弾かれたように彼女から飛び退くと、改めて彼女を認識した。
俺が、彼女を押し倒した。
「違う……違うんだ!」
たまらず、逃げ出した。
――最低だ! 最低だ!
こんな時でも、「アウロラは、俺に乱暴されたことを先生に言うだろうか」などと考える自分が、余計に嫌だった。
…………
「俊くん……」
剣道場に取り残されたアウロラは、胸に手を当てて俯いた。
「私は……彼を、傷つけてたのかな」
自問するまでもない。そうだった。自分は、大好きな少年を傷つけていた。彼女が
「どうしよう……」
普段は頼れるお姉さまで通っている彼女でも、その答えはすぐに出そうになかった。