アンジュ・ヴィエルジュ *Skyblue Elements*   作:トライブ

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閑話「私、嫌われてないかしら?」

「なんていうか、お前らと飲める日が来るとは思わなかったなぁ」

 商業地区にある居酒屋の一角で、雄馬が酒の入ったグラスを傾けながら言った。

 青蘭島北側の中央に存在する商業地区の中でも西寄り、経済・行政地区にほど近い部分には、居酒屋の類が並ぶ通りがあった。当然ながら、青蘭学園生の立ち入りは推奨されない。

 店内には程良い騒音に溢れ、居酒屋ならではの雑然とした雰囲気を醸し出している。

「そのセリフ言うの、何度目よ」

「おっさんは酔うとおんなじ事ばっかり言うからねー。しかも日をまたいで」

 4人掛けのテーブル席には、雄馬の他に紗夜と朝子、そして、

「酔ったら細かいこと気にしない方が、いい」

 静かで落ち着いた声。どう見てもここにいてはいけないような幼い少女が座っていた。身長150センチにも満たない体躯に黒いローブを纏い、かなり暗めの銀髪をひとつに束ねた少女だ。暗い(ろく)(しょう)色のつぶらな瞳は、既に眠そうに細められている。

 名前は、メディオディア・ルルカルン。黒の世界出身の彼女は、こう見ても立派な20歳、青蘭大学の学生で、紗夜と朝子とは青蘭学園高等部の同級生。その頃からの大親友だ。加えて、紗夜が生徒会長だった時には生徒会で書記を務めていた。紗夜と同じく既に研究室から声が掛かっているような才女である。彼女が得意とする魔法薬の分野に関しては高等部生時代から勉強を重ねていたが、それに加えて非常に稀有なエクシードを持っている、優秀なプログレスとしても知られている。なんと、エクシードでお金を稼いでいるほどだ。

 そんな彼女が居酒屋に入ると当然の如くまず店員に止められ、青蘭大学の学生証を見せると驚かれるのは、最早見慣れた光景だ。

 メディオディアは鶏の軟骨の唐揚げを口に放り込むと、それをガリガリと(かじ)りながら、

「細かいこと気にしてると、ハゲる」

「ハゲねえよ!」

 男性の尊厳に関わる辺りには結構反応する雄馬。それを見て、呆れたようにクスクスと笑う紗夜、声を上げて笑う朝子。すまし顔でグラスの酒を飲むメディオディア。

 全くタイプの違う4人(強いて言うなら、人付き合いに強い雄馬と朝子は似たタイプだと言える)だが、こういった酒の席だとタイプの違いなど些細な問題だ。

 アルコールのせいで少し上機嫌な紗夜が、雄馬に向かって口を開いた。

「ねえ、最近どう?」

「どう、って何が」

()()

「ああ」

 雄馬の浮かべる笑みが、心なしか優しさを増した。

「絵麻なら心配いらないよ。いい子だし、ステラと一緒にお前のいたポジになるために頑張ってるよ」

「無理してないかしら? 絵麻、ステラちゃんとバスケのことは話してくれるけど、学校のことはあんまり……私、嫌われてないかしら?」

「んなわけあるかよ。絵麻の奴、俺に向かって口を開けば『お姉ちゃんは~』『お姉ちゃんがね~』『お姉ちゃんなら~』って、お前のことばっかり。そこは、お前と似てるな」

「よっ、シスコン会長殿! 絵麻ちーが中学生の時にバスケ大会で優勝した時さ、聞いてくれれば――というか、聞かなくても誰にでも触れ回ってたの、今でも覚えてるわ」

「う、うるさいわね! だって本当にいい子なんだもの。昔から――」

「はいはい。姉妹仲が良いのは、いいことよ」

「そうよね? メディは分かってくれるよね? 絵麻ったら本当にいい子でね、私が今日帰りが遅くなるからごめんね、って言ったら、あの子はちゃんと『うん、楽しんできてね!』ってね!」

「その話、もう3回目。聞き飽きた」

「そ、そうだったかしら?」

「ったく、姉妹揃ってシスコンかよ。ま、俺もメディの意見と同じ、姉妹仲が良いのは、いいことだ」

 皆でひとしきり笑った後、紗夜が少し真剣気味な表情になって口を開いた。

「で、雄馬くん。話は変わるけど、彼女の方はどうなの?」

「誰がだよ」

「日向美海ちゃん」

「あー……」

 その一言で紗夜の言いたいことを全て察したかのように雄馬は渋面になった。

「制御装置は渡したし、見た限りじゃ本人も使いこなしているようだけどな」

「でも、あれはどうなの? 映像で見たときにはもしやと思ったけど、本当に暴走気味だなんて。しかもあの制御装置、彼女の力を無理矢理縛ってるみたいだったわ」

「仕方ないだろ。通常のエクシード封印があんまり効かないんだから。あのエクシードを封印するには……そうだな、コロシアムの常設結界レベルの拘束が必要なんだから。それをあそこまで小型化させたアルマ先生を褒めてやれよ」

 雄馬が話を逸らしにかかると、朝子がそれに食いついた。

「え? あれアルマ先生作だったんだ。じゃあ拘束力は納得だけどさ。でもちょっと雑じゃね?」

「それはどうも、あれがプロトタイプだかららしくて。その内改良版を持ってくるとは言ってたな」

「じゃあ、どうすんの。その改良版が上がってこなかったら、あれを大会で使わせるの?」

「仕方ないだろうな」

「仕方ないで済ませちゃいけないと思うんだけど……彼女の安全が第一でしょ? なんでもかんでも龍姫ちゃんに任せてちゃダメでしょう」

 グラスを傾けながら呆れたように紗夜が言う。そういう反応をするのは予想通りだった雄馬は、また渋い面になった。

「それはごもっともなんだが、無いよりはあった方が断然マシだ。それにな? あの制御装置を使わなきゃいけない理由はどっちかっていうと美海が、というよりかは、αフィールドが、なんだよな」

「どういう意味?」

「レベル5状態の美海のエクシードが、αフィールドを破壊しかねないから、泥縄でも出力を縛っておきたいんだよ。本題はそっちなわけ」

「ああ、なるほど……」

「αフィールドって壊れるの?」

 紗夜は納得したようだが、朝子は聞き返した。メディオディアは黙って聞いている。

「理論上は、同一リンク上のエクシード過剰開放で、圧力に耐えられなくなるとか。αドライバー2人分の力を機械で強化しているとはいえ、プログレスを同時に繋いだαフィールドが耐えられる限界値はおよそ10人――そこに少し余裕を持たせて、『お互いに4人までしかプログレスを出せない』っていうルールにはそういう意味があるんだよ。紗夜は知ってるよな?」

「そうね。そこらへんの基礎知識は知ってるわ。でも、ブルーミングバトルのαフィールドが壊れたっていう話を聞かないのだけれど」

「ああ、壊れかけたことならあるぞ。何を隠そう、あの文香がな」

「文ちゃんが?」

 朝子が尋ねると、雄馬はテーブルに頬杖をついて昔を思い出すように言った。

「そ。あいつが()()()()になった直後のブルーミングバトルに、生徒会長対決とか言ってシャーリィが出てきてな。お互いにレベル5になって、シャーリィの雷撃を文香の結界が防いだ時に……流石の俺も死ぬかと思ったわ、あの時は」

「シャーリィ……って、鐘赤島の教会のシスター様?」

 ようやくメディオディアが口を開く。

「メディ、アルバム読んでないのかよ……そうだ。雷雲さえあれば島中が攻撃範囲になるとかいう、歴代生徒会長でも5本の指に入るくらいの実力者だな」

「へぇ、すごい。流石のあたしでも、手こずるかも」

「あんたじゃ話にもならないわよ。それに、歴代と言っても、14人しかいないじゃない。まあ、私は下から何番目かでしょうし、そういう攻撃タイプのエクシードがあればいいなー、と思ったことが無いとは言わないけど」

 ほろ酔い状態で感情の起伏が激しくなっているからか、ネガティブに伏し目がちになりながら紗夜がぼやくと、雄馬は逆にそれを否定した。

「でもよ、お前の強さは攻撃タイプのエクシードを持っていない、『だからこそ』だと俺は思うんだよね。策士タイプっていうのかな。戦況をコントロールするのは容易いもんだろ。それに呪術もちゃんと成長させているようだし。派手なのは他に任せて、お前は地味ながら着実に敵を倒せるようになればいいと思う」

「雄馬くん……」

 ぱあっと頬を赤らめる紗夜。

「ほらそこ、ラブラブ光線出さない! メディが()くでしょ」

「朝子だって羨ましいくせに」

「そんなことないってば! 私と雄馬くんはいつだってラブラブだし? ――ってメディ! それ私の刺身でしょ返しなさい!」

「むぐむぐ」

「あんた自分の唐揚げがあるでしょ! しかも、サワーに刺身はあまり合わないと思うけど」

「なんとなく、こっちが食べたくなった」

「そう来るなら、私はあんたの唐揚げを――」

「させるかー」

「な、魔術で防御は卑怯でしょ! もー、容赦しないよ!」

 メディオディアと朝子がつまみを取り合っている横で、紗夜がとろんとした眼差しで雄馬を見つめた。

「ホント、貴方って女性だけには困らなそうね」

「この性格もなかなかキツいんだぞ。学生時代はそれこそ死ぬような思い、何度もしたし」

 そこに、結局唐揚げを取り上げられたメディオディアが口を挟む。

「雄馬くんは、100回殺しても死ななそう」

「だと助かるんだけどなー。「死んでくれ」って頼まれたことあるし。100回くらい死ねたら、そういう子のお願いも叶えてあげられるんだけどなぁ」

 メディオディアから奪い取った軟骨の唐揚げを頬張った朝子が言った。

「雄馬くんって、そういうとこ若干ズレてるよね」

「まーそれは自覚してる――というか、させられたわ。流石に」

 

 その言葉とは裏腹に、雄馬は肉食獣のような笑みを浮かべた。

 


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