アンジュ・ヴィエルジュ *Skyblue Elements*   作:トライブ

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 どうしてリゼリッタが絡むと、エロくなるんでしょう。



第2話「先生は優しいので」

「……美海。時々思うんだけど、あんたって底抜けのバカなんじゃない?」

「ソフィーナちゃんひどっ! でも安心したー、沙織ちゃんも出てくれるなら、勇気100倍だよ」

「うぅ……勢いに押されちゃったけど、恥ずかしいよぉ~」

「なに、私だけじゃ不安ってワケ?」

「え? いやいや、希美ちゃんも合わせて、200倍だよ!」

 10日ぶりの登校は少しばかり億劫になるのは仕方がないことだ。

 全体的に気だるげな雰囲気の朝の教室で、沙織は机に突っ伏していた。彼女もまた希美の勧誘を受け、お人好しが過ぎる性格から同意してしまっていた。

 

…………

 

 

「わ、私と、アイドルやらない?」

 

 

「……………………へ?」

 美海は思わず呆然となった。言われた事の、言葉としての意味は理解できたのだが、如何せん急すぎて意図が全く分からなかったので、思わず間の抜けた声が出た。答えを求めて横の春樹を見やったが、彼もなんだかわけの分からなそうな顔をしている。

「えっと……それってどういう……?」

 仕方ないので本人に直接聞いてみると、希美はつっかえながら、

「だ、だから、私と一緒にステージに立って、歌ったり踊ったりしてくれないかな、ってこと!」

「えーと……なんで、私なの?」

 もっともな疑問がポロっと口から出て、それから――

 

 私と一緒にステージに立って――

 

 それは、かつて自分が彼女と交わした約束だった。幼い頃、美海がまだエクシードに目覚める前のこと。

 

 

 ――わたし、おおきくなったら『かしゅ』になるの!

 

 ――それしってるー。たくさんおうたをうたうんだよね?

 

 ――うん、そうだよ。

 

 ――じゃあ、そのときはみうみもいっしょにうたっていい?

 

 ――もちろんだよ!

 

 

「雄馬くんが言ってたバトル、あるじゃん。あれの少しあとに、学園内でちょっとしたコンサートやるの。でね、それには友達を何人か連れておいでって言われてて……こんなこと頼めるの、美海くらいだから……」

 希美は下を向きながら、ぽつりぽつりと言葉を紡いでいる。一杯一杯という感じだ。

 だから美海は、彼女の手を取って言った。

「もちろんやるよ! 任せて!」

 それを聞いた希美は、嬉しそうに笑った。

 でも、春樹の目には、その笑顔に()ぎる、ほんの僅かな別の感情(・・・・)を見た気がした。

 

…………

 

「はいおはようございます。さ、ホームルームを始めるから席に着きなさい」

 予鈴が鳴る時間になると、担任教師の癖のある声が教室内に響いた。

 教室に入ってきた1年生の担任教師本条(ほんじょう)文香(ふみか)は、教師のはずなのに、やたらと背が小さい。黒い髪をツインテールに結い、ワイシャツの上から明らかに身の丈に合っていない白衣(裾がふくらはぎの半分くらいまである・袖が長すぎて幾重にもまくっている)を羽織った、数学を教えている女性だ。

 号令を掛けるクラス委員長に就任したのは、黒の世界出身の才女、ソフィーナ・アルハゼンだ。曰く、

「まあ、この天才魔女たるソフィーナには、たった三十数人のクラスメートをまとめることなんて造作もないことだし? やってあげなくもないわ?」

 とのこと。ちなみに、今は一癖も二癖もあるクラスメートに日々手を焼かされている。結局、みんなの助けもあってなんとかなっているが、元々彼女が高飛車故に若干(いじ)られキャラ気質なのが問題な気がしないでもない美海である。

 そのソフィーナは、心なしかゲンナリしているように見える。美海らが「どうしたの?」と聞いても、「まあ、色々とね……」と言葉を濁した。というより、喋るのが疲れるからのようだ。

「皆さん、ゴールデンウィークはいかがでしたか? 青蘭諸島、ちゃんと見て回りましたか? レポートはあとで回収するので、終礼までに書いておくこと。どうせみんな遊んでいて書いてないでしょう。先生は優しいので、最悪放課後まで待ちます。ちゃんと書くように」

 本条は酷く表情の変化の少ない女性だ。声の抑揚も小さく、感情が読み取り辛い。しかし、その実かなりお茶目な性格であるらしく、真顔で発せられる冗談にもそろそろ慣れてきた頃だ。また非常に親切で、教え方も上手く、理解しきれない生徒のために補講を開いてくれることもある。それ以外の個人的な悩みであったり、ちょっとした相談にも快く乗ってくれるため、取っ付き(にく)いことを除けば、まさに模範的な教師と言える。

 その本条が、いきなりとんでもないことを言い出した。

「さて、じゃあ最初に、転入生を紹介しましょうね」

 ――転入生!?

 クラス中の生徒が一堂にそう思ったことだろう。同時に、あともう1ヶ月くらい早く入ってくればよかったんじゃないかな、とも。

 本条が教室の外に呼びかけると、スライド式のドアが開き、1人の少女が入ってきた。

 その少女は、薄い色の髪をツインテールにして、そこにクリップのような髪留めをしている。即頭部から角が生えてるのを見て、魔族であるソフィーナと同じような種族なのかな、と予測できた。

 しかし、なによりもクラス中の目を引いたのは、その巨大な胸だ。あまりの大きさに、青蘭学園指定の制服のワイシャツのボタンが弾け飛びそうになっている。自信に満ちた歩き方で1歩足を進めるたびに、その大きさを誇張するように揺れていた。この時点で、クラスにたった3人しかいない男子は目を逸らそうとして失敗した。しかし、そのうちの1人違う意味(・・・・)で目が逸らせなかった。

 教壇の横まで進むと、少女は肉感的な唇を開いて――

「……リゼ?」

 言葉を発する前に彼女を呼ぶ声があった。その声は、3人の男子のうちの1人、黒の世界出身のハイネ・カミュオンが発していた。

「あら、ハイネ。お久しぶり」

 少女は妖艶に微笑むと、彼にのみ向けて言った。それから、今度は全員の方を向いて、

「黒の世界から来た、リゼリッタ・ナイトローゼです。どうぞよろしく」

 どことなく色気の滲む声で自己紹介した。彼女のインパクトに呑まれながらも、皆が口々によろしくと返すと、本条は満足気な表情をする(あまり変化は無いものの)。

「ナイトローゼさんは諸事情があって入学が遅れてしまったとのことです。青蘭諸島にも昨日着いたばかりのようですので、みんないろいろと教えてあげるように」

 そして、

「また、様々な事情で入学するタイミングがずれてしまうことがよくあるので、この学園において転入生はそれほど珍しい事ではありません。なので、皆は転入生の子に青蘭学園のことや青蘭諸島のことを教えてあげられるように、身の回りのことはちゃんと知っておいてください。いいですか?」

 皆がそれぞれに頷くと、本条は「では――」と教室内を見回して、一番後ろの空いている席を指差して、「あそこの席に座ってください」とリゼリッタに示した。彼女は本条に向かって優雅に一礼すると、先ほどと同じように自信有り気な歩き方で歩いて行った。

「さて、1時間目は数学ですけれど、せっかく転校生が来たことですし、触れ合いタイムにしましょう。また、ゴールデンウィーク中に出した宿題がまだだという人は、それをやっていてもいいです。回収は次の時間にします。もう1回言いますけど、先生は優しいのですからね。分からない所がある子は、分からない箇所が分からなくなってしまう前に、ちゃんと先生に聞きに来てください」

 本条は一気に言い切ると、黒板前の椅子に座って本を読み始めてしまった。ゴールデンウィーク中の課題として出した数学の問題は数が少なかったため、勉強が苦手な美海も(沙織の補助を得まくって)終わらせている。なので、たまたま席が近いということもあって、美海は真っ先にリゼリッタに飛びついた。近づくと、甘いキャラメルのような匂いがした。

「リゼリッタちゃん、私は日向美海だよ! よろしくね!」

「ひなた、みうみ? そう、よろしくね、日向」

「あ、できれば美海の方で呼んでくれると嬉しいな」

「苗字の方がいいの? じゃあそうするわ」

「え?」

「ん?」

 いきなり会話に()()が生じてしまっている。そこに割って入ってきたのは、

「この世界の人は、苗字の後に名前が続くんだよ」

 先ほどリゼリッタに声を掛けたハイネだった。薄い色の髪に碧い目の、少しひょろ長い少年で、不思議とミステリアスな雰囲気をまとっている彼だが、今はその雰囲気が崩れている。

「あら、そうなの。じゃあこの美海は、とってもフレンドリーな子なワケね?」

「そういうこと。にしても、驚いたよ。また会えて嬉しいな」

「私も、とぉ~っても嬉しいわ、ハイネ?」

「うっ……」

 ハイネとソフィーナは同郷の出だが、このリゼリッタも同じである。つまり、3人は共に幼馴染なのだ。そして、リゼリッタは、他人をからかうのが大いに好きな、困った性格の持ち主だった。いわゆるトラブルメーカーだと言える。

 次々と寄ってくるクラスメート達に快く応じているリゼリッタだが、その裏でなにやら品定めするような目つきをしている。きっと、からかい甲斐のある相手を探しているのだろう。

「…………その様子だと、全く変わらないようで。道理でソフィーナがああなってる訳だ」

「ええ。そういう意味じゃ、貴女も良さそうねぇ」

「え!?」

 妖艶な眼差しを向けられた美海は、背筋にゾクッとするものを感じた、とてもではないが、同じ15歳だとは思えないオーラである。体つきも大人っぽいし、全身からフェロモンを振りまいているみたいだ。

 と、そこでガタっと椅子を鳴らす音が聞こえた。何かと思ってそちらを見れば、ソフィーナが立ち上がってこちらへずんずんと歩いてくるところだった。

「ちょ、ちょっと!? 何美海まで毒牙に掛けようとしてるのよ!?」

「あら、別にいいじゃない? 彼女だけじゃなく、可愛い女の子がいっぱいいるもの。からかう相手には困らなそうって思っただけよ」

「それをやめなさいって言ってるの! 大体あんたはいっつも他人をからかってケラケラ笑って……趣味が悪いのよ!」

 その「趣味が悪い」というソフィーナの発言にカチンと来たのか、リゼリッタも席から立ち上がると、ソフィーナに真正面から対峙した。

「そういえば、最近『(ことわり)(ふか)きナントカ』とか呼ばれてるみたいねぇ、ソフィーナ。成長しているようで何よりだわ。で、言い忘れてたけど」

「何よ」

こっちの方は(・・・・・・)、あまり成長がないみたいね?」

 リゼリッタは囁くようにそう言うと同時に、ソフィーナの――未発達と言わざるを得ない――胸を、人差し指でなぞった。多少はある(・・)ため、人差し指はその先端から1センチほど埋没したが、相手はリゼリッタ。はち切れんばかりのこちらの胸をつついてみれば、恐らく指全体が沈むことだろう。

 しかも、なぞったルートにたまたま――というか絶対に狙ったであろう――彼女の胸の先端があったらしい。年頃の少女のそれは、なんとも敏感なもので……

「ひゃぁあっ!?」

 と普段なら絶対に聞けない悲鳴を上げて、顔を真っ赤にしたソフィーナが飛び退()いた。その反応が面白かったらしく、リゼリッタはケラケラと笑っているが、他の皆は赤面気味、中でも男子は目を逸らした。男女比1:9よりも偏っているこの学園はほとんど女子高のようなものなので、こういう女子同士の性的なやり取りが時々発生し、その度に男子は肩身の狭い思いをしている。見たいのは山々だが、見てはいけない気がするのだ。

「リ、ゼ……あんたねぇ……!」

 一方、からかわれたソフィーナはたまったものではない。まるで猫のようにツインテールを逆立てながら、体から溢れ出た魔力が蜃気楼のように空間を歪ませている。大爆発しそうなのを、辛うじて押さえ込んでいるのか、手足が小刻みに震えている。まさに一触即発。流石の美海ですら、これに触れたいとは思えなかった。

 しかし、そんなソフィーナに進んで触れに行く者が1人。言うまでもなくリゼリッタだ。

「あぁ~ら、理深き黒魔女様がこんなになっちゃってぇ。こーんな暴力的な女は嫌よねぇ、()()()?」

「え!?」

 リゼリッタは近くにいたハイネの腕を掴むと、それをそのまま自分の胸に抱き寄せた。即ち、その巨大な胸を押し付けた。

「ちょ、リゼ!?」

「ほらぁ、ハイネも、あんなまな板より、こういうおっきなおっぱいの方がいいわよね? 幼馴染だし、使いたければ使ってもいいわよ? ハイネも、アルマ兄ほどじゃないけどそれなりに男っぽくなったし……ねぇ?」

「!?」

「ねぇ、ハイネはおっきい方が好きよね? どこぞの理深き黒魔女様みたいなちっこいのよりも、ねぇ?」

 ハイネが、振りほどきたくても振りほどけない、というより振りほどけなくはないけど振りほどけない、そんな魔性の拘束から逃れられずにいると――

 

 遂に大爆発が起きた。

 

「ハイネ~~~~~ッ!!!!!!」

「な、なんで俺なの!」

「朝っぱらから、そんな下品なことして……は、()(れん)()よ! 成敗するわ!」

「あら、ペチャパイがなんか言ってるわね?」

「あんたのその牛みたいにでっかい乳ごと吹き飛ばしてやりゅ!」

 激昂のあまり()(れつ)が回らなくなっている。

 しかし、そんな()(さい)な変化以上に、ソフィーナが発している魔力の量がとんでもないことになっていた。当たり前のように、リゼリッタの周りにいたクラスメートが一目散に教室の端へ退避する。そして何よりも凄いのが、この騒ぎのそばにいながら眉一つ動かさない担任・本条であろう。

「――って、なんで逃げさせてくれないの!」

「私とハイネは運命共同体。死ぬときも一緒よ……」

「リゼは兄貴の方が好きじゃなかったっけ!?」

「それもそうなんだけどぉ。なんかハイネがかっこよくなってたから……ようやく再会できたことだし、久々に会う幼馴染の味見もしたいなぁって」

「ばっ、おま、そんなこと言ったら……」

 眼前の魔力の出力がまた数段上がった。そして、その魔力が、ソフィーナの右手に集まっていく。

 彼女のエクシード『グリーディ・ハンド』。望む物を右手へと引き寄せる力だ。

「覚悟、しなさぁぁぁい」

 怒りが高まりすぎて、いっそ穏やかとも言える声を発するソフィーナは、これぞ魔族、という風貌である。髪の毛は逆立ち、牙を剥き、何より膨大な魔力を纏っている。

 ソフィーナは右手を前に突き出すと、不思議な言葉を紡ぎだした。

கிரேட்(アルザント) கருப்பு(ガト) ராஜா(マルバト) மாய(ネロ) அனுமதி(ダラト) என்(エウ) மேஜிக்(マジュ) ஷூட்(ヒニト)

「ちょ、マジで攻撃すんの!? ここ教室内だよ!? 先生!?」

「……ここですか? ここはですね、係数もちゃんと2乗して……」

「あ、そっか……忘れてた」

(とお)(なぎ)さんは、ケアレスミスが多いですね」

「うぅ……気をつけ、ます」

(ふみ)先生、私の方も」

「少し待ってくださいね古谷(ふるや)さん。すぐに見ますからね」

 本条は、宿題で分からない箇所がある生徒に解説をしている最中だった。本条もそうだが、教壇の前で教えてもらっている生徒2人も、この状況にも全く動じていない(その内の1人は樹理だ)。普段から静かで落ち着いている2人であるとは言え、その豪胆さは凄いと思わざるを得なかった。

 ソフィーナが唱えたのは、黒の世界にある、汎用魔術語と呼ばれる言葉を使っての魔術。もっともポピュラーな、溜めた魔力を放つ魔術だ。黒の世界出身の者なら、ほぼ全員が知っているだろう。

 しかし、その出力が半端ではない。彼女が何を(もっ)て『才女』であるのか、クラス中が認識させられていた。

「ね、手伝ってよ」

「やだ、って言いたいけど、そうしないと死んじゃうかも……」

 対するリゼリッタとハイネもまた、全身に魔力を漲らせて魔術を発動させる。

கிரேட்(アルザント) கருப்பு(ガト) ராஜா(マルバト) மாய(ネロ) அனுமதி(ダラト) என்(エウ) பாதுகாப்பு(ガストディ) அனைத்து(アルテッサ)

 リゼリッタとハイネの魔力が、防御壁を作り出した。こちらもかなりよく知られた魔術である。2人掛かりでようやくソフィーナの出力に対抗できそうな壁が生まれた。後ろに控えるクラスメート全員を守れるような防壁だ。

「消し飛べぇぇぇぇ!」

 頭のネジが吹き飛んだかのように奇声を上げたソフィーナの右腕から、遂に魔力の玉が解き放たれた。リゼリッタとハイネは衝撃に備えてさらに力を込める。荒れ狂う魔力は防御壁に衝突し、そのまませめぎ合いを始め――

「――ッ!?」

 て、いない。衝突するかギリギリとところで、何かに掴まれているかのように前へ進まない。

 慌ててソフィーナが後ろを向くと、そこには相変わらず解説を続ける本条の姿があった。生徒のノートと問題集から目も上げていない。何も変わっていないように見えた。

 しかし、たったひとつ変わっているのは、左手の人差し指を上に向かって立てていることだった。そこには小さな魔力の玉があり、その玉がソフィーナの魔力を押さえ込んでいた。

 呪文の詠唱もなければ、これといってアクションがあったわけでもない。それなのに、今彼女は確かにソフィーナの全力を止めている。

「な――!?」

 本条は、目の前の2人に「ちょっと待っててください」と断ると、魔術を使った3人に向かって口を開いた。

「思い切りがよくて結構。3人とも、基礎に忠実です。呪文の詠唱も良好。皆高い魔力を持ちながら、それを上手に活用している。ここ数年で身につけた技術ではありませんね。ちゃんとした指導者に教えてもらっている証拠です」

 3人が驚いたのは、青の世界の人間であるはずの本条が、さも当然のように黒の世界の魔術について評価したことだった。その言葉と行為は、攻撃を止められているソフィーナだけでなく、攻撃を受けるはずだったリゼリッタとハイネをも驚愕させている。

 本条は3人の方を向くと、立てた人差し指を丸めて親指で押さえ、デコピンするような仕草をする。すると、小さな魔力の玉が弾け、一瞬空間が揺らいだ――同時にソフィーナの魔力と、リゼリッタとハイネの防壁が、まるで霧のように宙へ掻き消えた。

「しかし、あまり喧嘩はしないように。仲良くしましょう。あと、先生は優しいので黙認しておきますが……アルハゼンさん、エクシードの行使は原則控えるように」

「は、はい……」

「よろしい。では解説に戻りましょう。ここはですね、古谷さん……」

 生徒たち――特に黒の世界出身――は、一瞬だけ垣間見えた、このよく分からない担任の力量に、背筋を震わせるしかなかった。

 

…………

 

 昼休みに、春樹たち"スカイブルー・エレメンツ"は、講師岸部雄馬に呼び出された。

「決めてくれたか?」

 職員室よりも狭い講師室の中。雄馬の単刀直入の質問に、春樹は頷いた。

「はい。俺は出ます。あと、美海と琉花も……だよな?」

「うん! 私も出ます」

「もちろんよ!」

 美海と琉花は威勢のいい返事。だが、忍は……

「拙者は、出場を控えさせて頂くでゴザル」

「あれ、忍は出ないのか?」

「拙者、少し思う所があって、()(たび)は外から試合を見たいと思ったのでゴザルよ」

「なるほどねぇ。それも有りか。じゃあ、こっちも希美と沙織だけ出すことにする」

 今回、忍は試合を観る側に回りたいらしい。それを聞いたとき、春樹たちは大いに驚いたのだが、よく考えてみると悪いことではない。現状、"スカイブルー・エレメンツ"は、戦闘力の多くを忍に負担させている。もちろん、美海のエクシードはかなりのものだし、琉花もそれに負けじと力を付けていっている。だが、エクシードの開放がまだされていない序盤で、戦闘のほとんどを受け負うのは、忍者(ゆえ)に戦闘経験があり、且つ『忍術』というエクシードに左右されない戦力を持つ忍である。また、先日のバトルでも終盤に上級生であるを圧倒してのけたのも忍だ。

 その忍が抜けるということは、即ち大ダメージなわけだが、これを機に美海や琉花にも序盤の戦闘力を付けてもらうというのは、悪い話ではない。

 ということで、忍の不参戦は、チーム内で既に納得されている。当の忍は申し訳なさげな顔だが、今回の意志は硬いようだ。

「ていうことなら、俺が練習相手を見繕ってやる」

 と雄馬が言った。それは願ってもない申し出だった。

「そんなことしていただけるんですか?」

「おうよ。ていうか、こないだのバトルが終わってから、お前らの実力を知りたいっていう連中がいてだな。そいつらの相手をしてやってくれないか? あと、そのくらいなら忍も出るだろ?」

「それは構わないでゴザルよ。して、相手というのは?」

「この学園の卒業生だよ。それなりに手応えはあると思うから、頑張ってくれ」

 雄馬はニヤリと笑った。

 と、そこに1人の講師が入ってきた。

「ようやく解放された……さて、さっさと昼飯食って……あ、美海。いいところに。ちょうど呼ぼうと思ってたんだ」

 体育の講師であり、先ほどの騒ぎの渦中にいたハイネの兄、アルマ・カミュオンだ。

「え、私をですか? なんかしましたっけ」

「おう。お前のエクシードがな、強すぎて危ないって話」

「はぁ……」

 気の抜けた声が出たが、なんとなく、今とんでもないことを言われたんじゃないかと美海は思った。

 アルマは一度自分の机まで戻ると、何かを持ってきた。燻したシルバーに青い宝玉のついた腕輪だ。

「お、完成してたのか」

 と雄馬。純粋に興味があるようだ。皆の視線も腕輪に注がれている。

「そうだよ。はい、これあげる」

「なんですか、これ」

「お前のエクシードを制御する(じゅ)()、平たく言えば魔法のアイテムだな」

「魔法!」

「食いつくところ、そこじゃないから。これを嵌めて、力を込めてみ」

 美海は言われたとおりに腕輪を嵌めて、それからうんと力を込めてみた。すると、

「おおっ、なにこれ!?」

 腕輪は光と共に、一振りの刺突剣(レイピア)へと形を変えた。腕輪だった時と同じように、燻し銀に青い宝玉の意匠が凝らされている。

「それはお前のエクシードを制御するのに役立つはずだ。まあ、実際にやってみたほうが早いわな。バトルする時はそれを持っていけ」

「はい! でも危なくないですか? こんな刃物……刺さっちゃう……」

 美海が恐る恐る剣の先端を指先でツンツンと突っついたりしていると、アルマは微笑んだ。

「そこらへんは抜かりない。それは刺せないし切れない。衝撃として相手にダメージを与える、ブルーミングバトル専用の装備だと思ってくれ。ほら、ここを突き刺そうとしてみな」

 そう言ってアルマは手の平を美海へと向けた。その発言にビビった美海は剣を取り落としかけたが、なんとか拾い上げて、これまた恐る恐るアルマの手の平へ剣を突きつけた。そのまま少し押すと、如何にも鋭そうな剣の先は皮膚を突き破ることなく、まるで指で押したかのように手のひらが凹んだ。もう少し押してみると、彼の手が後ろへ下がった。どうやら、彼の言っていることは本当らしい。

「おお……」

「作るの、結構苦労したから壊すなよ? 戻れって念じれば腕輪に戻るから、普段から身につけておくのもいいかもな」

 美海が剣を腕輪に戻したのを確認すると、アルマは「早いとこ使い方を覚えちまえ」と言って自分の席へ戻っていった。

「ちょうど良かったな。これで少しはマシになるだろ。美海も、ただ風を吹かせてるだけじゃなくて、もっといろんな使い方を考えてみな」

 雄馬はそう言うと、頑張れ、と小さくウィンクしてみせた。

 これで話は終わり――そう思った矢先に、再び講師室の扉が開いた。

「失礼するでございます」

 そう言って入ってきたのは、白の世界出身のアンドロイド、コードΩ33・カレンだった。春樹と同じ、青蘭学園高等部の2年生である。

「あれ、カレン。どうしたの?」

「やはりここでございましたか、春樹」

 カレンは鈍い色合いの金髪をした、背の高い少女だ。表情の変化は少なく、言葉遣いも若干おかしいが、基本的には気の良いアンドロイドである。

 カレンは雄馬の方を向くと、

「さる筋から春樹がバトルに出ると聞いたのでございます。そのバトルに、(わたくし)も参加させて頂きたいのでございます」

 いきなり過ぎる発言に驚く春樹。だが、カレンと春樹はリンクができるので、チームメンバーになること自体は可能なのだ。

「え!? ていうかさる筋って誰?」

「それは秘密なのでございます。春樹、よろしいですか?」

「ま、まあ俺は構わないけど……美海と琉花は?」

「ん? 全然オッケーだよ! よろしくお願いします、カレン先輩!」

「私も大丈夫だよ。戦闘用アンドロイドだっけ? 頼もしそうじゃん!」

 美海と琉花が快く応じてくれ、別に春樹としても異存はないので、一時的にカレンがチームに加わることとなった。

「カレンが追加、ね。了解。じゃあこっちも1人増やすことにするわ」

「誰を増やすんですか?」

「まだ決めかねてるかな。まあ、適当にカレンレベルの子を見繕うことにするさ。で、カレンは特訓に来る?」

「特訓? なんのことでございますか」

 後から来たカレンに、卒業生が練習に付き合ってくれる、という話をすると……。

「うーむ……是非、と言いたいのは山々なのでございますが、その日は先約があるので、不参加とさせていただくでございます」

「そうか。まあ、それは仕方ないか」

 来てくれないのは残念だが、どうしようもないことを考えても意味がないので、とりあえずは目先のことを考えるのが大事だ。

「じゃあ、今日の放課後にコロシアム借りよう。で、美海の剣を試そうか!」

『おー!』

 春樹達の元気な様子を見て、雄馬は彼らしい快活な笑みを浮かべた。

 

…………

 

 1年生のαドライバー3人は、放課後に呼び出しを食らった。

「なんだろう……別に俺ら、何もしてないよな?」

 不安げな俊太。

「3人一緒だし、そんなに身構えることじゃないでしょ」

 特に気にしていないハイネ。

「ま、大丈夫大丈夫。気楽に行こう」

 そして、背の高く、笑顔が板についている楽観主義の大村(おおむら)早輝(さき)。人当たりがよく、好かれる性格なのだが、リンク率が前代未聞の0.01%という低さから、自分に合うプログレスを見つけられずに苦労している少年である。

 呼び出された先の教室には、3人以外誰もいない。日が傾いて夕日が差し込む教室の中、少々の不安を抱えて談笑すること数分、1人の講師が入っていきた。

「済まないな、呼び出して。何、話すことはちょっとだから」

 数学の講師を勤める、(きづき)海斗(かいと)だ。顔つきは30代かそこらに見えるが、ストレスからか若干白髪混じりだ。ノータイのシャツにスラックスを履き、右耳にだけ蒼い星のように煌く宝石のはめ込まれたイヤリングを付けている。まだ15歳の3人でも少し憧れてしまうような、男としての『味』のようなものがある男性だった。

 海斗は、手に3枚のプリントを持っていた。それを3人に配る。

 そのタイトルを見た3人は、呆然とした。

「まあ、言いたいことはそこに書いてある通りなんだ」

 そこに書いてあったのは、『規制緩和によるブルーミングバトル出場規制年齢の引き下げ』。

「さて、今月よりαドライバー側の規制が緩和されて、今まで16歳以上じゃないと出場できなかったブルーミングバトルに、15歳以上でも参加できるようになった。つまり、お前たち3人には出場権がある」

 海斗はそう言った。3人が呆けてしまったのも無理はない。何せ、ブルーミングバトルに参加できるようになるのは来年からだと思っていたからだ。まだ1年以上ある。だから、気持ちの準備ができる、と。

「直近のブルーミングバトルだと、夏休み中に行われる奴だな。3人には、それに出場してもらうことになるけど……どうかな?」

 突然のインパクトに思考が全くまとまらない3人だったが、まず俊太が、

「俺は……出れるなら、出たいです」

「そうか。ちなみに、夏の大会は外部のプログレスを使ってもいいことになってる。ただし、年齢制限は18歳以下だから気をつけろよ」

「はい」

 俊太が、青蘭学園に所属していない妖精2匹――フローリアとルビーだ――と親しいことを知っていたのだろうか。海斗は前もってそう言った。これは俊太にとって、願っても見ない幸運だった。これで、現状俊太と相性の良いプログレス3人が出場できるようになる。先日の、春樹と冬吾のブルーミングバトルは、彼の心を大きく揺らしていた。

 俺もあの舞台に立ってみたい、と。

「俺は……俺も、出ます」

 続いてハイネも同意した。相性の良いプログレスとして、ソフィーナがいる。これ以上プログレスが見つからなければ最悪1人で戦う事になるが、それもいい(・・・・・)とハイネは思う。彼は黒の世界出身ながら、既にこの世界で3年間生きているため、ブルーミングバトルを何度も見てきた。そして、その中にいたのだ。αドライバーとプログレスが1人ずつというチームが。その2人がバトルに勝つところを見た、その記憶が今でも残っている。

 しかし、早輝は――

「俺は……すいません。リンクできるプログレスが見つからないので、今のところは辞退します」

「まあ、それは仕方ないだろうな……」

 海斗も表情を渋らせる。実際、リンク率0.01%という数値は教務課の中で驚きと共に駆け巡った。

 早輝は、この件を気にしないようにしている。だが、目の前の事実として、参加できるαドライバーと、できない自分を突きつけられると、反射的に表情が暗くなってしまう。それは仕方のないことだった。いかに大人びているとは言え、まだ15歳なのだから。

 ただ、早輝を見る海斗の目に、『哀れみ』が混じっていないのは気が楽だった。教師の誰もが、彼を哀れまないのは、彼としても嬉しいことだった。可哀想、と言われるのは好きではない。

「ま、なんかの拍子にひょっこり見つかるかも知れないし、そしたら……」

「はい。その時は是非参戦したいです」

 早輝はそう言って笑った。しかし、その奇跡を信じているようには、まるで見えなかった。

 


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