アンジュ・ヴィエルジュ *Skyblue Elements*   作:トライブ

2 / 62

あらすじ

『特別になりたい。誰よりも、ずっと』
 それは、彼がまだ、今よりずっと小さな世界で生きていた時の願い――。
 3つの異世界への門を有する青蘭諸島。
 16歳のαドライバー・神城春樹は、喪失感に沈んでいた。事故で大事な人々を失い、苦悩に暮れる日々。そんな春先のある日、青く煌く疾風が彼の前に降り立った。
「高く飛びたいの。誰よりも、ずっと」
 強力な異能(エクシード)をその身に宿す少女(プログレス)、日向美海。彼女との出会いは春樹の心を大きく揺さぶった。さらに、生まれて初めてブルーミングバトルに出ることになってしまうが……プログレスを探して、チームを組んで、親交を深めて、練習して――全部やらなきゃいけないけど、その猶予期間は1ヶ月も無くて!?

 いずれ大きな世界へと羽ばたく少年少女、その巣立ちの物語が始まる――――
 


1幕【Obstinacy vs Will】
第0話「特別になりたかった」


 

 

 お前が本当に『特別』になりたいなら、気をつけろ。

 

 

 『普通』に甘んじるな。

 

 

 『常識』に抗え。

 

 

 『絶対』を信じるな。

 

 

 『当たり前』を疑え。

 

 

 『当然』だと思ってること全ては、お前をがんじがらめに縛り付けている『(くさり)』だ。

 

 

 『一般的』なことは、特別な奴にとって『(かせ)』でしかない。

 

 

 『他人(ひと)』とは違う存在になりたいなら、決して『まとも』になろうとするな。

 

 

 『自分』の全てを見直し、正しく改めれば、お前は『世界』から逸脱できる。

 

 

 お前は『凡庸』から『特別』になれる。

 

 

 そのことを自覚しろ。

 

 

 

…………

 

 

 

 (かみ)(しろ)(はる)()の人生は、正直言って大したことのない人生だ。

 彼は、たった13年ぽっちの自分をそう評価する。

 

 

 『普通』に生きてきた。

 

 自分は少なくとも『常識』人なはずだ。変じゃないはずだ。

 

 そういえば、幼い頃に引いたおみくじに「将来『絶対』に成功する!」とか書いてあったような。

 

 だからというわけではないが、別段努力を積み重ねてきた人生ではなかった。『当たり前』なことをやり続けただけだ。

 

 みんながやっていることを自分もやる。みんながやっている程度の勉強を自分もやる。それくらいは『当然』だと思っているから。

 

 『一般的』な考えで言ったら、十分に良い人生だ。

 

 頭も体もおかしいところがなく、至極『まとも』な生き方をしてきた。

 

 自分が『世界』にとってどんな役割が与えられているかなんて、考えたことがなかった。

 

 だけど。

 

 心の片隅では思っていた。こんな人生でいいのか、と。ありふれた人生を、ありふれた生き方で歩む。それだけでいいのか、と。

 

 そういう自問をするたびに、心の大部分が反論した。いいじゃないか『普通』で。『常識』人で何が悪い。そうやって生きれば、『絶対』に負の道には行かないはずだ。それが『当たり前』だろう。

 

 そうやって、自分の『弱さ』が心の中で大合唱するたびに、『常識』への反骨心は薄まり、次第に忘れていってしまうのであった。

 

 あとひと押し、何かきっかけさえあれば。

 

 弱い心を振り切って、前に一歩、踏み出せるかも知れないのに。

 

 しかし、忘れてしまっても、心の中から消えたわけではない。それはずっと眠っていたのだ。

 

 その時をずっと待っていた。

 

 自分の中に眠る『特別』が誰かに見出される、その時を。

 

 

…………

 

 

 中学生の頃、まだ寒い冬のことだった。

 

『1年B組の神城春樹くん。職員室まで来てください。繰り返します。1年B組の――――』

 

 昼休みが始まると同時に、担任の先生から校内放送で呼び出された。全身がさっと熱くなる。

 

「あれ、神城、なんかやらかしたの?」

「え? いや、別に……なんにもしてないと思うんだけどなぁ」

「まあいいや。じゃあ終わったら校庭来いよなー!」

「わかってるって」

 

 仲のいいみんなに少しからかわれつつ、春樹は言われたとおりに職員室へ向かった。

 一体なんの用だろう。これといって校則違反はしてないはずだし。次の授業で使う教材か何かを運ばせようってことかな。

 春樹は至極真面目な生徒だった。人当たりがよく、成績も良好。問題行動も見られない。少しばかりリーダーシップに欠けるようだが、それ以外はひどく模範的な生徒だった。リーダーシップにしたって、そんなものはこれから学ぶのに十分な時間がある。中学1年生としては大人びていて、落ち着いた生徒だった。

 しかし、それはそれ、これはこれ。何もしていないからといって、急に職員室に呼び出されたら、誰だって不安になる。

 

「し、失礼します」

 

 春樹が声をかけながら職員室に入ると、待ち構えていた担任は「お、来たか」と言うと、春樹を職員室の外へ(いざな)った。向かっているのは、少し離れた応接室。

 

「あの、俺、なんかしましたか?」

「うん? いや違うよ。君に会いたいっていうお客様がお見えになってるんだ」

「え、俺に?」

 

 担任は頷くと、応接室のドアを開いた。入るのは初めてだが、ここに来ることになるとは予想していなかった。

 

()(かげ)さん。連れてきました」

「ああ、ありがとうございます」

 

 ソファから立ち上がって礼をしたその人物は、若い男性だった。180を超えるであろう長身、顔つきは穏やかで、艶やかな黒い髪は伸ばし、背中側で緩く束ねている。黒いスーツをぴしっと着こなしており、その胸に小さな青いバッジが留められている。

 対面するソファに座ると、御影と呼ばれた男性はニッコリと微笑んで口を開いた。

 

「こんにちは、神城春樹くん。(せい)(らん)(がく)(えん)から参りました()(かげ)(りょう)()といいます。どうぞよろしく」

 

 差し出された名刺を、春樹は微かに震える手で受け取る。薄青色の名刺には彼の名前と、所属名が書かれている。

 間違いではない。そこにははっきりと書かれていた。

 

 青蘭学園。

 

 今では誰でも知っている、その名前。

 

 この世界における『特別』の象徴――――

 

 御影は春樹伺っていた。春樹が名刺から目を離して顔を上げると、彼は殊更嬉しそうな表情になった。

 

「さて、神城くん。いきなりだけど、君にはαドライバーとしての適性が認められた。是非、青蘭学園へ編入してもらえないだろうか?」

 

 

 この時をずっと待っていた。

 

 自分の中に眠る『特別』が誰かに見出される、この時を。

 

 今こそ、変革の時だ。

 

 勇気を出して、変われ!

 

 実際、悩むことはできたかもしれない。少なくとも、今のこの生活は捨てる必要があるのだから。仲のいいみんなとも別れなくてはならない。両親は……春樹以上に歓迎してくれるだろうが、それでも慣れ親しんだ土地を離れるということに恐怖がないわけではない。

 しかし、この時だけは、そんな風に悩む時間がやけに勿体なく感じられた。

 春樹は頷いて、口を開く。

 

 

「はい、喜んで」

 

 

 考える前に、口が動いたというか、そんな感じの返事をした。

 

 ずっと、そう思っていた。「特別になりたかった」という願いを叶えるために。

 

 


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。