アンジュ・ヴィエルジュ *Skyblue Elements* 作:トライブ
青蘭学園高等部の校舎の西側階段は、1階からさらに下へ行ける。しかし、下った先には地下フロアがあるわけではなく、その突き当たりには、近代風な内装に似つかわしくない、様々な
海斗がドアを開いて中に入る。そこは暗い地下室……ではなかった。
そこは、まるで巨大な図書館の中のようだった。10階建てのビルの床をそのままぶち抜いたかのような円形の空間。その壁は、本という本でびっしりと埋まり、各所に点在する窓からは暖かな陽光が差し込んでいる。部屋の中央には太い柱が1本、部屋を貫き通すように立っており、側面から張り出した階段で、上階へ移動できるようになっている。見上げるほど高い天井はドーム型のガラスで出来ており、その真下・柱の最上階には、これまた巨大な天体望遠鏡が設置されていた。そして、空いている空間を、本やら天体のモデルやら砂の詰まった瓶やらがプカプカ浮いていたり、盛んに空中を移動していたりする。
そこは、『魔導図書館』という言葉がそのままピッタリ当てはまりそうな空間だった。
「今日は……随分上にいるんだな」
上階を見上げながらひとりごちた海斗は、中央の柱の階段を登っていく。しばらく登り続けて、彼女のいる6階の、広めな読書スペースに辿り着いた。
「おう、海斗。ゴールデンウィークなのに呼び出して済まないのう」
「何の用だ、メル。今日はさくらと過ごす予定なんだが」
「まずは、ほれ、座れ座れ」
「仕方ないな……」
海斗が椅子に座ると、その上にぴょんとアルスメルが乗っかってきた。そのまま身体を海斗に預けるように深く座る。海斗の膝の上は、彼女のお気に入りの席なのだ。
図書館の主、アルスメルは、誰がどう見ても10歳児程度の外見をした魔女だった。しかし、これでも黒の世界では名だたる魔術師であり、至上の錬金術師だったりする。どうやら魔術の影響で不老になり、数百年前からこの姿で生き続けているらしい。
彼女は眼前に広げたホログラム映像を眺めていた。先日の、春樹のチームと冬吾のチームが行ったブルーミングバトルの記録映像である。
彼女の手元には、ブルーミングバトルに関する様々なデータが記されたパッドがあった。彼女が再生ボタンを押すと、ブルーミングバトルの様子が動き始めた。ちょうど、美海とセニアがほぼ同じタイミングで
「妾が用があるのは、ここじゃ」
アルスメルは手元のデータパッドを海斗の方に向けた。
「αフィールドが、圧迫されてるな」
「その圧力が、異常なのじゃ」
「そりゃ、2人がいっぺんに覚醒すれば、圧力も通常の2倍だろ?」
「それでもじゃ。2人合わせて、通常の1人分の6倍は圧迫されておる。随分昔に文香とシャーリィが同時に覚醒した時も、ここまでではなかった。BBOSのαフィールドは、こんなに脆かったかの? 下手をすればαフィールドが破れ、大惨事になったやも知れぬ」
「そうか……なら、早急に補強せねばな」
海斗はアルスメルの頭を撫でながら言った。傍から見ていて、確かに素晴らしい覚醒だ、と感嘆していたが……まさか
「圧迫度合いからして、6倍のうちの4倍くらいは日向のものだな。驚異的だ」
「これは覚醒、なのか?」
「覚醒ではある。ただ、これは半分暴走ってことだな。本人は振り回しているつもりなんだろうが、振り回されてる。操りきれてるのは1割から2割程度だろう」
「やはりそう見えるか。しかし、2割でこれとは……完全に操りきったらどうなるものか」
「とりあえず、デルタかアルマに頼んで、できるだけ早く制御装置を作ってもらうことにしよう。このままでは、次の覚醒で日向が吹き飛びかねない。しかし、この力の振るい方は、なんというか……」
「うむ?」
海斗が言いにくそうに言いよどむ。アルスメルが振り返って、くりくりとした目で見つめてきた。
「雄馬が本気で戦う時に似ているな」
「ああ、ああ。妙に既視感があると思えば、それか。ならば道理じゃろう。彼女は
「雄馬のは、どちらかといえば血に因るものだと思ったが。」
「それもあるじゃろう。が、結局は似たようなものになる。なにせ、アレはそういうものなんじゃろうが? 学生時代は散々やらかしてくれたであろう?」
「……そうかもな」
陽光に照らされた読書スペース。アルスメルが手元の再生ボタンを押すと、再び映像が動き始めた。ほんの十数秒間、そこに咲き乱れた、青と白が彩る幻想的な大輪の花。誰もが思わず見とれる美しい戦い。
花開いた、可能性のぶつかり合い。
「二兎を追う者は一兎をも得ず、か……」
「む、汝らしくないのう。その
「なんだそれ」
「錬金術なんぞで
「少しニュアンスが違う気がするな。それにお前、錬金術極めてるくせに大金持ちじゃねえか」
「錬金術というものはな、そこから始めるものではないのじゃよ」
「じゃあお前は何から始めたんだ」
「さあ? そんな昔のことは覚えていないのう。ただひとつ言えることは、妾は金を作るために魔道を歩んだ訳では無い、ということかのう。今は満足じゃ。この
「……そうか」
海斗はアルスメルの頭をゆっくりと撫でると、彼女は気分が良さそうに目を閉じた。
「今でこれなら、後々どうなるか。楽しみだ」
「うむ。これほど力が集まるのは久方ぶり故、胸が躍る」
「……それで、俺もお前に用事があるんだ。せっかくだから」
「む? なにかの?」
「お前の小テスト、難しすぎだ。中学レベルに合わせろって言っただろ。しかも、早く採点しろ」
「む、む?」
「あと、成績に入れる時は全員5にしろ。流石にあれで成績は測れないだろ」
「…………」
「…………なぁ、メル。どうしてお前が急にSに目覚めたのか教えてくれ。あとこっち向け」
「そ、それは……問題作ってたら、新入生の美少女どもが難しい顔して頭を捻っているのを想像して、それで面白くなってもうて……そ、そんな感じだよ、お兄ちゃん! ってそれは」
「今の録画したから」
「なぁ!? け、消せこのー!」
「じゃ、俺、さくらのとこ行くから。バイバイ」
「ひ、卑怯者! 妾も行くー!」