アンジュ・ヴィエルジュ *Skyblue Elements*   作:トライブ

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Chapter 100 : Winter Hero

 1人の男が、そこにいた。

 

 暗い研究室。何度拭おうとも拭い去れない『荒廃』が溢れかえっている。

 破損した器具。溢れた液体。ひび割れた壁、床。そこにこびり付く、血。

 その一角の机だけは小さい電気に照らされ、その男の顔を彩っていた。

 男は深くフードを被っていて、目元は見えない。左の頬には酷い火傷の痕があり、好き放題に伸びた髭と髪は、半分ほど白くなっている。

 彼の目の前、机の上には、4つの煌く光がある。燦然たるシルバーが象る、リングだ。そこには、それぞれの(・・・・・)――――

 彼が不意に後ろを振り返った。研究室の中央には実験台があり、その上には、破壊し尽くされた1体のアンドロイドが横たわっている。

 彼を薄く彩る狂気が完全に失せ、血の気のない顔に悲哀の色が浮かんだ。その悲壮感たるや、百年も悲惨な目に遭い続けたかのようだった。

 アンドロイドの胸には、円形の白い装置が埋め込まれている。まるで切れかけの蛍光灯のように、今にも消えそうな薄い光が明滅し、部屋を時々明るく照らしていた。

 彼はリングに向き直ると、その横にあった黒い箱に、それらを丁寧に仕舞った。蓋を閉め、彼が箱をひと叩きすると、箱は白い光を発し、完全な立方体に変化する。

 彼は立方体となった箱を手に取ると、実験台の方へと足を引きずって進めた。優しくアンドロイドの手を開かせ、その上にそれを置く。

 慈しむように彼女の頭を撫でると、「さあ」と呟いた。

「頼むよ」

 彼の声は掠れ、今にも消え入りそうな声音だった。しかし、アンドロイドは反応した。

「――りょ――い――し――、――ご――。ど――、――うん―――――」

 破壊し尽くされたアンドロイドの、口と思しき部分が引きつるように開閉し、どこから発しているかも分からない声で言った。それと同時に、胸の装置が確かな光を放ち、それが止んだ頃には、立方体は消え去っていた。

 それを確認した彼は、アンドロイドの、辛うじて額だと分かる場所にひとつ、口付けを落とした。そして、アンドロイドの胸にはめ込まれた装置を右手で掴む。

 カチン、と音がした。彼の右手は、薄い光を弾いて鈍色に輝く。それは金属で出来ていた(・・・・・・・・・・・)

「…………ごめんね」

 彼は愛情の籠った声でそう呟くと、装置をそっとアンドロイドの胸から引き抜いた。あとにぽっかりと空いた(あな)は見るも痛々しく、彼はすぐに目を背けると――その装置を、自分の胸に空いた孔に嵌め込んだ。

 装置が、アンドロイドの胸に嵌っていた時とは全く異なる、強い光を放ち始めた。それに呼応するように、彼の体からエネルギーが満ち溢れてくる。

「僕は、変えてみせる」

 そして彼は、光に包まれ、忽然と消えた。

 

 破滅だけが、そこにいた。

 


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