アンジュ・ヴィエルジュ *Skyblue Elements*   作:トライブ

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第8話「もしかして、盗み聞きしてたってこと?」

 1週間が過ぎた。

 

 2年生になりたての春樹と冬吾が観衆の前でブルーミングバトルをする、というニュースは学園中に広まりきっていた。1年生や3年生、果ては中等部のプログレス何人かが彼らの元を訪ね、是非バトルに出してくれと頼み込んできたときはどちらも驚いたが、残念ながらリンクの結果が芳しくなく、メンバーは互いに増えていなかった。

 

…………

 

 火曜日の1・2時間目、高等部1年生は体育の授業だ。

 暖かい陽気に包まれたグラウンドに、体操着姿のプログレス達が集まる中、それとは少し離れた場所で、何とも居心地悪そうにしているαドライバーが3人、グラウンド脇のベンチに座っている。

「これ、ホントに俺たちもいていいんだよな?」

 と心配そうに尋ねる俊太(しゅんた)に、

「中等部の頃もこんなんだったけど……こればっかりは慣れないんだよな」

 と苦笑しながら答えるハイネと、

「流石の俺も……中学の頃は遠目から見る程度だったけど、いくら人数少ないからって、マジで一緒に授業受けんのか」

 と肩を竦める早輝(さき)

 青蘭学園は1学年1クラス、多くても2クラスしかない。そして、青蘭学園で教えることのできる教職員の人数もまた限られる。そのため、こういう体育まで男女合同だったりする。流石に水泳の授業は分けられるが。

 早輝が不意に俊太に話を振った。

「しっかし……お前、私服は割と男っぽかったし制服もそうだけど……体育着だとマジで女の子みたいだな」

「え!?」

「そだね。可愛いよ」

 現在の俊太は、男女共にほぼ同じデザインの半袖・短パン(まだ肌寒いので上はジャージ)体育着を着ている。小柄な体躯で、中性的な顔立ちに加え、髪も少し伸ばして後ろで縛っているため、ともすれば女子に見える、という早輝の感性は、一般的な観点からすれば正しいといえる。微妙にジャージの丈が長くて、長袖の袖口に手のひらを隠す、いわゆる『萌え袖』っぽくなっているのも原因かも知れない。

 しかし、俊太は不満なようで、

「だー! 俺に『可愛い』とか言うな!」

 と怒っている。俊太は昔からよく可愛いと言われてきたので、そう言われると「男としてはプライドが傷つけられる」と言って怒るのだ。

「やってることは剣道って男っぽいのにな」

「ギャップ萌えって奴じゃない? アウロラ先輩も喜んでたし」

「こ、こらぁ! その話はすんなっつったろ!」

 剣道部に俊太を見に来たアウロラと、その友達の妖精2匹が見守る中、やたらとプライドの高い新入生の剣道部員と練習試合をしてひと悶着あったのは、つい先週の話だ。

「あー……葵ちゃん、また美海ちゃんに突っかかってるよ」

「え? あ、ホントだ。なんであいつは誰にでも突っかかっていくんだ……」

 その、やたらとプライドの高い新入生の剣道部員・御影(みかげ)(あおい)が、美海に指を突きつけて何やら物申しているらしい。その光景に俊太は溜め息を吐く。強気そうな目に、麗しいツヤのある黒髪をポニーテールに結い上げた彼女は、克己心が非常に強い。だが、それがよく災いして他人に突っかかってしまうという欠点があった。……と、本人は言っていた。

 で、そちらの方はというと、

「今日の体育、何するんだろーねー」

 と美海。

「初日だし、体力測定じゃないか?」

 と葵。

「測定、かぁ……50メートル走とかもするのかな」

 と沙織。

「そりゃ、するでしょ。あと……立ち幅跳びとか?」

 と希美。

「たいりょくそくてい? たちはばとび? 何それ。変な呪文ね」

 とソフィーナ。

 黒の世界出身のソフィーナに体力測定や立ち幅跳びが何かを教えている葵と希美の横で、心配そうな沙織に、美海が声を掛ける。

「沙織ちゃん、運動苦手なの?」

「えーと……」

 もじもじと俯く沙織は、見た目が生粋のお嬢様といった雰囲気で、本を持たせてメガネでもかければ、完全に文学少女と呼んで差し支えないような姿をしている。全く運動ができそうにない、と思うのは、別に美海に限った話ではないだろう。

 何か言いづらいことがあるのか、沙織は少し悩んだ挙句、話題を変えて、

「み、美海ちゃんは、走るの速そうだよね」

「私? 私は速いよ! 徒競走じゃ、1位以外とったことないんだよ!」

 沙織が素直に感心して「すごーい!」と言うより前に――それを聞き逃していなかった葵が、

「何? 聞き捨てならないわね!」

 そして、ビシィッ! と音が鳴りそうなくらいの勢いで美海に指を突きつけると、

「足には私も自信がある! 勝負よ美海!」

「お、いいねー! かけっこ一等賞の名にかけて、葵ちゃんには負けないよ!」

「それいつの話よ……」

 本人たちは盛り上がっているが……周りは「またこれだよ」と呆れ顔だ。なぜならこの2人、寮の中でも何かしらの勝負事を見つけては競り合っているのだ。黒の世界の生徒用の寮に住んでいるソフィーナは知らないことであるが、同じ寮に住んでいると――結構うるさいのだ、これが。

 葵はよく美海に勝負を申し込み、美海もそれに乗っている……が、これは葵の克己心云々よりかは、単純に2人がやたらと仲良しで、2人とも勝負事が好きなだけなんじゃ――と、その場にいた全員がそう感じた。

 そんな中、1人だけ呆れ顔ではなく、ぷんぷんと怒り顔だったのが、沙織だった。

「葵ちゃん!」

「な、なに?」

 珍しく語気を強める沙織に、思わず背筋を伸ばす葵。沙織は可愛らしくほっぺたを膨らませて、

「前にも言ったけど、ビシッって指を突きつけちゃダメだよ! 人に当たったり、目に入っちゃったりしたらどうするの!」

「あ、あぅ……そうだった、ごめん。つい身内にやるクセで……」

「美海ちゃんも、すぐに勝負に乗っちゃダメだよ! それだから葵ちゃんが付け上がるんじゃない!」

「ひゃ、ひゃいっ!」

「付け上がるって……言い方が……」

 むん! と息を荒げる沙織に、美海と葵は完全に気圧されている。

「これは2人ともに言えることだけど、美海ちゃんも葵ちゃんも、すぐになんでもかんでも競争しちゃダメだよ! 心が荒んじゃうよ!」

 腰に手を当ててぷんすかな沙織と、しょんぼりしている美海と葵。まるで厳しい母親と悪ガキ2人みたいな光景だ。悪ノリするとうるさい2人だが、こうやってド正論をぶちかます沙織に対しては頭が上がらなかったりする。

 沙織に関して、本人は頑張って叱っているつもりなのだろうが、如何せん沙織自身が非常に可愛らしい容姿のため、傍から見ていると、背伸びしている物心付きたての少女ような微笑ましさすら感じられる。寮での触れ合いが増えて遠慮が少し無くなったのか、はたまた怒っているせいか、かなりズケズケとものを言っているが。

 そんな沙織の後ろから、ニヤニヤしながら希美が抱きつく。

「ひゃうっ!?」

「どったの沙織? なんかやけに使命感に満ち溢れてたけど」

「の、希美ちゃん。それは、あの……先輩方から『あなた、あの2人を静かにさせられない? うるさいんだけど』って苦情が来て……しかも2人ともよく私の部屋で騒ぐから、これは私が2人をどうにかしなきゃ、寮の……というか私の安眠が、って……」

「ははぁ、それで」

 前に沙織が怒ったのは、春休み中に葵と美海が、どういう成り行きでか美海の部屋――つまり沙織の部屋でもある――でテレビゲームで勝負を始めてしまい、それが深夜1時まで続いた時だった。まさか苦情が来ているとは思っていなかったらしく、美海と葵はさらに落ち込んでいる。横で事の成り行きを見守っていたソフィーナも「あんたたち、寮でもそんななの?」と呆れ顔だ。

 若干調子を崩された沙織は、希美に抱きつかれたまま「と、とにかくっ」と頑張って声を張り上げ、

「勝負はあんまりやらないようにね! あと、もう少し静かにしてね! 特に寮では! いいですか!」

『は、はい……』

 お姉さんのような沙織に対して、美海と葵は完全にゴメンナサイ状態だ。

 そこに丁度いいタイミングで体育講師がやってきて、沙織のお説教はようやく幕を閉じた。

 

 体育講師・岸部雄馬は、まだ4月だというのに半袖だった。身長は低めで、どちらかといえばがっちりした格闘家のような体型だが、グラウンドの向こうの方でぶんぶんと腕を振って「こっちだよー」と教える姿は、女子の目にどことなく魅力的に映った。彼という男は、そういう、何気ない仕草にすら妙な色香を感じさせる、不思議な雰囲気を持つ男性なのだ。

 もうひとりの講師も男性で、クリップボードを眺めて生徒の顔と名前を頭の中で一致させている。名前をアルマ・カミュオンというらしい。ハイネのように妖艶なオーラの青年だが、そこには貧弱さというものが全く見えない。ハイネのそれをすらっとした、どこか儚さを感じさせる細身の日本刀に例えるのなら、こちらは鍛え上げられた、無骨ながらも振るわれるためだけに洗練された大剣、とでも言えばよいのだろうか。『妖しさ』と『力強さ』が絶妙なバランスで共存する、彼もまた不思議な魅力の持ち主だった。

 それを見た女子――主に青の世界出身――の間で、「カッコイイねー」という声に混じって「これまずいんじゃないの」的な言葉がこそこそとやり取りされる。男女比約1:9のクラスで体育を教える人間が2人・両方男性というのは、確かにおかしい。

 雄馬は一通り出席を取ったあと、

「君たちの言いたいことはよくわかる」

 と、深く頷きながら言った。

「ほぼ女子クラスを教えるのに、両方男ってのは確かにおかしいよな。でも、青蘭学園は人手不足なんだ。女性の先生は中等部だから……まだ2人とも講師始めて数年のペーペーだけど、一応実績はあるし、まあ勘弁して欲しい」

 あ、流石に水泳の授業は無理言って男女分けて女性の先生に来てもらうよ。と話を続ける。

「まずはじめに、この授業は体育と銘打ってはいるものの、俺らが付ける成績評価に、技術的な部分は一切取り入れない。この授業はあくまで『体育を通して体を楽しく動かして欲しい』っていうコンセプトでやるから、はっきり言っちゃうと、例え運動が苦手でも、やる気さえあるなら全員評定5が取れちゃうからね。ま、得意な子も苦手な子も1年間、とにかく楽しむこと第一優先でいこう!」

 生徒たちの間から、やったーという声が上がる。何を隠そう美海も、体を動かすのは大好きだ。

「それでなんだけど、俺たち2人は『ブルーミングバトル実践』の授業を受け持ってもいる。この中にも、出たいと思ってる子はいるだろう。てなわけで、そっちの方の説明も兼ねて、俺たち2人がそれぞれ少しだけお話するから、まあ退屈だろうけど、みんな座ってね」

 全員がグラウンドの上で体育座りになったのを確認すると、雄馬は喋りだした。

「この中には、入学前のテストで、リンク率が低かったり、エクシードの出力が弱かったり、っていう子、何人かいると思う。そういう子にこそ、ブルーミングバトル実践の授業に出て欲しいんだ。毎週水曜日の放課後にあるから」

 雄馬は数人の生徒に視線を送る。それらのプログレスは皆、雄馬が今言った特徴に当てはまる生徒だった。

「俺は正直、この『ブルーミングバトル実践』っていう授業名、変えて欲しいって思ってる。というのも、この授業はブルーミングバトルへの理解を深めると同時にエクシードとの付き合い方(・・・・・・・・・・・・)を教える授業でもあるからね。エクシードをうまく扱えない子、そういう子は、得てしてその使い方に慣れていないだけなんだ。もし来てくれれば、こっちは懇切丁寧……って、俺が言うのもおかしいかな? とりあえずまあ、一緒に考えるから、1回だけでもいい、是非来て欲しい。もちろん、戦闘用のエクシードじゃなくても全然オッケーだよ。授業へのエントリーの仕方は携帯を使って学内ネットからお願いね」

 わからなかったら、どの先生でもいいから聞いてみてね。と雄馬は話を区切った。

 続いて、雄馬に変わってアルマが口を開く。

「はい、アルマ・カミュオンです。黒の世界出身で――もうわかるかな? そこにいるハイネ君の兄です。1年間よろしくね」

 女子の間から、えーっ! ハイネくんのお兄さんカッコイイー! などの声が上がる。ハイネは……恥ずかしそうに俯いた。実は、毎年こうだったのだ。

「さっき雄馬先生が言ったような、リンク率が低い、エクシードが弱い、そういうことを言われた子――それだけじゃない、ここにいる全員に言っておくけど、そういうのは一切気にしなくていい(・・・・・・・・・・)

 アルマは一旦言葉を止めると、微笑んで話を続ける。

「エクシードは近年、技術の進歩でその出力だったり性質だったりが測れるようになってる。確かに、その数値はある程度信用に値するものだ。現に、君たちの知らないところで――君たちのステータスは、測定の結果を元にランク分けがされてる」

 にわかに生徒がざわつき出す。勝手にランクが付けられているなど、あまり気分のいい話ではない。

 しかし、アルマはそれを気にせず、あくまでにこやかだ。

「まあ、そのランクってのは見たい時に学内ネットで見れるんだけど。面倒臭がりなαドライバーとかはそれを参考にプログレスを選んだりするわけだ。ランクの上からプログレスを数人見繕えば、最強チームの完成っていう寸法で」

 口調を変えずに、まるでなんてことでもないかのように言い切ったアルマ。生徒たちの様子は当然ながら不満げだ。美海も心中「それはないでしょ……」と思う。

 しかし、そんな生徒たちを前に、アルマは始めて口調を――『実直さ』というものが見え隠れする口調に――変えた。

「でもな、俺らは――少なくとも俺は、ランク分けってのは好きじゃないし、俺らが教えてるってのもあるんだろうけど、この学園に在籍するαドライバーは決して(・・・)そんな方法でプログレスを決めない。それがなんでだか、わかるかな?」

 その質問には――誰も答えられない。彼がこの話をするのは高等部からなので、中等部で教わっていた希美などの一部の生徒も、答えられない。αドライバーであるハイネ、俊太、早輝ですら、答えられない。

 アルマが嬉しそうにニヤリと笑う。

「それはな? エクシードだとかリンクだとかいうものは――機械なんかがその全貌を推し量れるほど薄っぺらい(・・・・・)ものじゃないからだ。あ、これは決して俺が黒の世界出身だからじゃないぞ」

 先の実直さは何処へやら、おどけて言うアルマに、生徒たちはどう反応していいのか分かりかねているようだ。アルマは自分のギャグが受けなかったのを確認して少しショボンとしたあと、口調を再び真剣な調子に戻した。

「白の世界の技術をディスるわけじゃないんだけどね。機械はある程度を教えてくれる。あくまである程度をな。でも、それは決して全部じゃないんだ。だってそうだろ? 君たちは体力測定して、君は50メートル走は何秒です走り幅跳びは何メートルですなんて言われたところで、次の日から頑張って走る練習なり跳ぶ練習なりしたら、もちろん短距離走のタイムは縮まるし幅跳びの距離は伸びるだろ? それとおんなじことで、エクシードやリンクも鍛えて使っていけば、確実に成長していくんだ。考えてもみてくれ。年度の初めにエクシードとリンク測定して、その結果をランクにして、そのランクで1年間頑張ってねーなんて言われて、1年間頑張ってもその評価が更新されるのは次の年度だ、なんて理不尽でしょ? 努力ってものを考慮に入れてくれない機械が出した数値なんてのは、目安にしかならない。その目安だけで、自分のパートナーを決めるのは、あまりにも不確かで、不誠実だ」

 噛んで含めるように話すアルマ。しかし、彼が発した最後の『不誠実』という言葉の意味を、その場にいた生徒の一体何割が理解できただろうか。

「機械の定規は努力を測ってくれない(・・・・・・・・・・)し、伸びしろも測れない(・・・・・・・・・)。だからαドライバーはみんな、自分の目で見て、触れ合って、リンクしてみて、そこで始めてパートナーを選ぶんだ。そこには、機械がはじき出した数値なんてもんは関係ない。もう一回言うけど、君たちの持つ力や可能性(・・・)は、決して機械ごとき――いや、もっとはっきり言おうか。君ら自身でも(・・・・・・)測れるような軽薄なものじゃない。それは複雑で入り組んでいて、暗く深い場所で成長していくものなんだ」 

 生徒たちは皆食い入るようなアルマの話を聞いている。アルマの話には、耳を逸らさせる()を与えない密度というものがあった。

「だからこそ――エクシードとの付き合い方がわからなくなったり、エクシードに関係なくても何か悩みがあったら、そのときは俺ら先生の手を取って欲しいんだ。もちろん無理強いはしないけど、ここにいる全員がエクシードを完全に開花させられる権利を持っている。それが青蘭学園側のスタンスである以上、君らにはその権利を、是非有効に使って欲しい」

 アルマが話を終えると、自然に拍手が起こった。アルマは照れた様子で下がり、対する雄馬は額の右の方を掻きながら、

「はいアルマ先生ありがとうね~。それじゃあ硬っ苦しい話はここまでにして、とりあえず質問タイム!」

「はいはーい!」

 真っ先に手を上げた美海を雄馬が指す。と、美海は嬉しそうに、

「アルマ先生がハイネくんのお兄さんなら、雄馬先生は沙織ちゃんのお兄さんなんですか?」

「お、いいとこ突いてきたね。そう。実は俺、そこにいる沙織の兄――」

 と雄馬が言いかけたところで、耐えかねたように沙織が、

「じゃないでしょ! もう、お兄ちゃんったら! お兄ちゃんは私の叔父さんでしょ!」

「え……と、さおりん? それ、お兄ちゃんなの? 叔父さんなの?」

 隣に座っていた琉花が、その勢いにむしろ食いついた。「へ?」と自分の言ったことをようやく認識した沙織は、顔を真っ赤にしてうずくまってしまった。耳まで赤くなったその頭からは、心なしか湯気が上がっているようにも見える。

 雄馬はカラカラと笑い、

「沙織は俺の姪っ子ね。お兄さんの娘ってやつ。沙織がいるから、みんなも俺のことを呼ぶなら、親しみも込めて下の名前でよろしくね」

 と、お茶目に片目を閉じてみせる。普通の男がやったら確実に引かれるであろうキザなウィンクも、雄馬がやるのなら魅力的に見えるのだった。

 

 その後、この授業では生徒たちのリクエストに則ってサッカーやバスケットボールなどのスポーツを行い、結局美海と葵はその悉くで張り合ったのだった。

 大体の生徒は、それを呆れた様子で眺めていた。琉花や忍などのノリのいい子は面白がって参戦した。沙織は、なんかもう色々と諦めたみたいだった。

 

 

…………

 

 放課後のコロシアムで、春樹のチームは特訓に励んでいる。

「そろそろ、美海も琉花もエクシードの扱いに慣れてきたかな?」

『うん! なんていうか、コツがつかめてきたよ!』

『私も右に同じかなー。状態操作は全然ダメだけど、流動操作は結構続くようになったぜー!』

 バトルフィールドの中では、美海と琉花と忍がそれぞれエクシードの練習をしている。兎莉子はクラスの仕事があるらしく、遅れてくるようだ。

 美海は頑張って特訓した成果が早くも出始め、不安定ながらも空中でホバリングができるようになっていた。さらに、左右に高速で動くこともできる……が、こちらはまだ安定しておらず、地面に落下しては春樹が痛い思いをすることになった。ちなみに、スカートは風で巻き上げられて大変なことになるので、初回以降は全員体育着姿で特訓している。

「なんか、体育着汚れてるね」

『体育の時間にバトルしまくったからね!』

「……くれぐれも怪我しないようにねー……」

 琉花は言葉通り、流動操作に関してはお手の物になっていた。球体を維持することはもちろん、平たく壁のようにして美海の風を防いだり、波のように流して相手を押しやることもできるようになった。美海と同じく、まだ未熟な点は見受けられるが、初めて使った時とは見違えるようだ。

『拙者はなんかもう、評価もクソも……って感じでゴザルな。使えて当たり前的な』

「いや、そんなことないよ! でも、忍は元々エクシード使えるじゃない」

『拙者、高レベルのリンク状態でエクシードを使用するのは、実は初めてだったでゴザルよ。思ったよりも勢いがすごくて、正直ビビったでゴザル』

 少し拗ねたようにぼやく忍は、レベル4リンク状態でも当たり前のように大量の炎を操っていた。火遁の術で細く吹き出した炎を、まるでレーザーのように動かしたり、多数の火の玉を生み出して、それぞれ異なる起動で敵を追尾させたり、と芸達者に拍車が架かっている。

 今回のバトルは、どんな戦略を立てようとしても、その要は忍だ。如何に彼女が「忍びというものは、日の下で戦うことが本分ではないのでゴザルが……」と言ったところで、一般人の美海と琉花に比べたら、戦闘力の差は一目瞭然だろう。

 そして、それは冬吾も理解している。

 この間、冬吾のチームが練習を見に来た。流石にこちらだけ向こうの情報を知っているというのはアンフェアなので、顔合わせということで春樹もそれを快諾した。ただし、「セニアの性能を見せてもらう」という条件付きで。現在、お互いにそれぞれのチームのプログレスのステータスを、ある程度理解しているということだ。

 セニアは、まだまだ武装の調整に苦労している感じだった。彼女のエクシードは、自らの亜空間領域に格納した装備を限定的に使用できるというものだった。非殺傷のエネルギーショットだったり、様々な機能を持つ腕部装甲などが見受けられたが――セニアはその悉くの取り扱いに不慣れで、ユーフィリアに助けられて、なんとかなっているという雰囲気だった。そして春樹は、ユーフィリアとテルルの武装について、ある程度の知識がある。

 ユーフィリアのエクシード『三六式神聖炎翼機装(セラフィック・オルタナティブムーブメント)』は、背後のブースターから青白い炎を、まるで翼のような形で吹き出す武装だ。高速で移動することが可能になる他、大きく展開して広範囲へ攻撃することもできるし、飛行することも可能だ。

 テルルのエクシード『五二式衝撃増幅手甲(マキシマム・ガントレット)』は、自分と接続状態の専用の篭手が物体を殴った時、生まれる衝撃をジェネレーターによって増幅するというものだ。ブルーミングバトル中はリミッターが起動するとのことで、ジェネレーターの性能に制限がかかり、人が死ぬことはないらしい。が、あのエクシードは通常状態のフルパワーで地面にクレーターを作ったりコンクリートの壁をあっさり割るレベルの威力を持っている。一撃でも喰らえば大きく体力を持っていかれるだろう。ただし、液体を殴る場合はジェネレーターが正常に働かず、増幅倍率が極端に落ちる。

 そこで、春樹はいくつかの作戦を立てた。

 自分のチームの誰が誰に当たるべきかを考えた。まず、液体が苦手なテルルに琉花を当てる。次いでユーフィリアには、その高速移動についていける忍を。そして体重の軽いセニアには風で攻撃できる美海を。

 だが。

 ――冬吾は、どこまで読んでくるだろう?

 春樹のチーム全員が強力なエクシードを持っている――その中でも別格な美海がいる――ということを冬吾は知った。そして、その性質も。

 冬吾からしたら、春樹がこのようにプログレスを当ててくることは、最早考えるまでもないことだろう。だから、空中に逃げられ広範囲へ攻撃できる美海には、同じく空中戦が可能で範囲攻撃の手段を持つユーフィリアを。液体を操ることが出来る琉花に対しては、液体での威力減衰が難しいエネルギーショットを含む武装を取り扱えるセニアを。忍の機動力に高い膂力でついていけ、且つ一発当たればゲームを決めてしまえるほどの攻撃力を持つテルルを。

 春樹も馬鹿ではない。そこまではこちらも読めた。しかし、具体的な対策があるかといえば――無い。

 冬吾が望む形で戦闘が形成されてしまったとき、戦闘経験のない美海と琉花にそれを「打開しろ」と言うのは、あまりにも酷な話だ。琉花がセニアを、ならまだしも――美海がユーフィリアから逃れることは難しいだろう。このバトルに参加するプログレスの中でも随一の機動力を持つユーフィリアに、忍を――強引に当てるのなら、可能かもしれない。しかし、フリーになったテルルはどうなるだろう。セニアとのコンビネーションで琉花を狙われたら、流石の琉花の防御でも耐えられないだろう。

 何よりも――バトル中、相手のプログレスに指示を出すのはあの(・・)冬吾だ。学年一の秀才は、春樹の泥縄な戦略など容易く見破り、すぐさま対策案を立てるだろう。

 そこで春樹は考えた。春樹の取るべきは――読めても防げない戦略(・・・・・・・・・・・)

 そのキーは……美海だった。

 

…………

 

「春樹たち、頑張ってるな」

 コロシアムの様子を映すモニターの前で、雄馬が呟いた。

 コロシアムのコントロール・ルームには3人の姿がある。1人は雄馬、もう2人は沙織と希美だった。

「美海ちゃん、頑張り屋さんだね」

「そだね。美海も変わったんだなぁ……」

 沙織が感心したように言った。それに希美が同意する。

「美海ちゃんと琉花ちゃんって、朝早くから寮の近くを走ってるんだよ。偉いよね」

「へぇ、美海もそうだったんだ。知らなかった……」

 どこか悔しそうな表情を浮かべる希美。その横で、雄馬が2人に向かって、

「今回のバトルは、面白くなりそうだ。なあ、2人とも?」

「そうだけど……私は、いきなりはひどいと思うなぁ」

 沙織が、持ち前の優しさでやんわりと批判した。希美も頷いている。

「俺だってそう思うよ。だけど、歴史はいつだってそういうことを示してる」

「どういうこと?」

「可能性はいつだって、苦境を跳ね除けるために成長するんだ。昼間にアルマ先生が言ってたろ? 可能性は機械じゃ測れないって」

 2人が頷いたのを見て、雄馬は嬉しそうに笑んだ。

「だから成長させて、目で見て測るんだ」

 沙織はポカンとして雄馬を見つめていた。一方の希美は、青蘭諸島での暮らしも4年目になるため、確かにといった面持ちになった。

 その希美が、

「ねえ、雄馬くん。私も高等部に入学したことだし、そろそろブルーミングバトルに出たいなぁ」

 と甘えるように言った。希美と雄馬、2人の関係もまた、4年目に入ったところだった。

「そうだな……沙織、俺のチームに入ってくれるか? 沙織のエクシードなら、きっとみんなを守れる」

「え!? 私……お兄ちゃんのチームでブルーミングバトル、かぁ……やりたい、かも」

「そか。ならアイも合わせて3人か。十分戦えるな。そのうち、出れそうな大会とか探しておくから、それまでにちゃんと体を作っておきな。なんなら、俺が鍛えてやってもいい」

「じゃあ私も、美海ちゃんと一緒に走ろうかなぁ」

「そういえば沙織、体育の時間で初めて知ったけど、結構運動が得意なんだね。なんか如何にも運動できません! って外見だから中身もそうなのかと思ったけど、サッカーやってる時も全然息切れしてなかったよね」

「ひ、ひどいよ希美ちゃん! それに、別に私は運動得意じゃないよ。体力はなんか、他の子よりも多いんだけど」

 涙目になって反論する沙織を見て、雄馬が嬉しそうな表情になる。

「なあ希美、今じゃ沙織はこんなお嬢様っぽい感じになってるけどな。その昔は結構やんちゃでいたずらっ子――」

「わ、わー! 何言ってるのお兄ちゃん! 昔の話は恥ずかしいからやめてよー!」

「へぇ~、だからかぁ。美海に仕掛けるちょっとしたいたずらとか上手いなぁって思ってたけど」

「そ、そんなこと思ってたの!? あ、あれはつい出来心で……!」

「ねーねー雄馬くん、沙織の昔話、もっと聞かせてよ」

「よしきた」

「よしきた、じゃないよ~~!!!」

 いずれチームを組む3人の奇妙な(じゃ)()いは、しばらく終わる気配を見せない。

 

…………

 

 コロシアムは日替わりで春樹と冬吾が使う約束をしたので、今日の冬吾たちの放課後は自由時間だ。

 冬吾は「あんまり毎日毎日バトルだバトルだーって言っても、正直みんな疲れちゃうでしょ? リラックスって大事だと思うから、自由にしてていいよ」と言っており、現にテルルは外食しに出かけて、ナナは医療の練習に励んでいるのだが、なぜかセニアとユーフィリアは冬吾のそばを離れようとしなかった。

「セニアさん、学校にはもう慣れましたか?」

「はい。ですが、まだ不慣れな点もあります。それと、セニアのことは『セニア』と呼んでください。2日前にも同様の事を言いましたが」

「あっ……ごめんなさい。さん付けだったり敬語なのは癖なので……了解しました、セニア」

 中庭のベンチに座って、のんびりと時間を過ごすセニアとユーフィリア、その隣に冬吾。セニアとユーフィリアがじゃれあう横で、冬吾はそれを微笑みながら眺めている。

 と、そこに予期せぬ訪問者が現れた。

「あら、猫ちゃんです」

 トコトコと歩いてきたのは、どこから来たのかも知れない1匹の子猫だった。ユーフィリアと冬吾は、可愛いなぁという表情になったが、セニアの表情は、ぴきっ、と少し固くなった。

「マスター。これは……」

「猫、だよ。流石に知ってるでしょ」

「はい。ですが……」

 子猫は何の気まぐれか、地面に下ろしたセニアの足に擦り寄ってきた。同時に、セニアがびくりと震える。

「あ、あの……」

 セニアが困ったように、あるいは怯えたように冬吾とユーフィリアに助けを求めるかのような視線を向けた。が、冬吾とユーフィリアは寧ろ感心したように、

「セニア、気に入られたんじゃないですか?」

「抱っこしたら怒るかな……?」

「結構人馴れしてそうですし、大丈夫でしょう」

「え? あの、その」

 セニアが戸惑い、二の句を継ぐ前に、ユーフィリアが流石の手さばきで子猫をひょいと抱き上げ、セニアの膝の上に置いた。幸運にもユーフィリアの予想通り人馴れしていたらしく、にゃあと一声鳴いて丸くなった。そんな丸くなった猫とは正反対に、セニアの動きはがっちーんと固まる。しかし、その目は貪婪(どんらん)な知識欲をはっきりと浮かべていた。

 自分の膝の上で蠢く、自分よりも小さな器に収まっている《命》。触れたことのない、人間とは別の生き物。その脈動、その温度、その息遣い。それは一体、何なのだろう。

 それが、今、自分の膝の上に乗っかって丸くなっている。その事実は、セニアの頭を大きく揺さぶっていた。

 しかし、どうしたらいいのか全くわからない。この毛深くて温かくて柔らかくてにゃあにゃあ鳴くこの生き物にどう接したらいいのか……それに気づいているのか、はたまた気づいていないのか、ユーフィリアが、

「撫でてあげましょう」

 などと言う。それから、「ほら、こうやって……気持ちよさそうですね」とその背中を優しく撫でてみせると、子猫は気持ちよさそうに目を細めた。

「さぁ、セニアも」

「は、はぃ」

 セニアは微かに震える手の平を、そっと子猫の背中に当てた。子猫の綺麗な毛並みが触れる。

 その瞬間の感覚を、セニアは一生忘れないだろうと思った。

 生温かい子猫の体温が。その息遣いが脈動となって、細く硬い背骨を上下させる動きが。ユーフィリアのやっていたように撫でてみることにより、体毛の滑らかさと肉の柔らかさ、背骨の硬さとその形が。感覚を研ぎ澄ませば、心臓の鼓動と、送り出される血液の流れ、呼吸による空気の動きまで。

 その全てが、たったひとつの存在により成り立っている。

 即ち、

「……これが、《命》」

 自分の体にも宿る命。誰でも等しく1つ持つ命。小さな生き物に触れることで、その存在をより身近に感じる。

「ま、マスター。ユーフィリア。セニア……セニア、今、猫さんを撫でていますです」

 興奮のあまり口調がおかしくなっていることも自覚できず、セニアは夢中になって子猫の背中を撫でている。子猫もリラックスしたように、にゃあと鳴く。それを見た冬吾とユーフィリアは顔を見合わせて互いに微笑むと、

「そうだね。セニア、また1歩成長したね」

「セニア、偉い偉いですよ」

 ユーフィリアがセニアの頭を撫でた。その時、セニアはひとつ思うことがあった。

 冬吾もユーフィリアも、テルルもナナもみんな、よくセニアの頭を撫でる。それが、ずっと疑問だった。嫌ではない、寧ろいい気持ちになる、でも、どうしてみんなしてセニアの頭を撫でるのだろう。

 彼らは自分たちよりも小さいセニアの頭を撫でることで、《命》を感じていたのだろうか。

「しかし、今なんとなくセニアがカレンに見えたよ。語尾に「です」を付ける口調が似てたし」

「私もそう思いました。姉妹機だからでしょうか?」

「あ、そっか。そりゃ似るわけだ――と、メールだ。なになに……マスターが、出来るだけ早くセニアの装備の使用状況を知りたいって。ユフィ、データ持ってる?」

「今ですか? 今はちょっと無いですね。精密な奴は寮に帰らないと、何とも。出来るだけ早くということなら、口頭でいいなら幾らかは……デルタさんってそういうことあまり気にしなさそうですし」

「確かに、『本人の口から直接聞く意見は重要だ』って言ってたもんな。じゃあ、少しはそれでいいかな? 電話していいか聞こう」

 横で冬吾とユーフィリアが何やら話しているが、猫を撫でるのに夢中なセニアは全く聞いていない。

 ――今度は少しだけ、頭の方まで失礼して……。

 震える手で子猫の頭をちょいちょいと撫でてみる。と、子猫は鷹揚に首を1回巡らせた後、にゃあと鳴いてまたおとなしくなった。よきにはからえ、とでも言いたかったのだろうか。

「セニア? 猫ちゃん撫でながらでいいから、マスター・デルタに今の装備の使用状況を教えてあげられるかな?」

「え? あ、はい。了解しました」

 セニアは、誰もが思っていたよりもずっと動物好きだったらしい。背中を撫でられるたびに気持ちよさそうにする子猫を見て、僅かに――ほんの僅かに、微笑んでいた(・・・・・・)

 その後少しして、デルタとの通信が繋がり、セニアは現在の装備の使用状況を話した。デルタはどうやらセニアの意見を元に、装備を少し改良するつもりらしい。

『そりゃ、装備は作りっぱなしじゃダメってもんさ。今回のはセニア専用ってことで、通常のそれよりも少しサイズを絞ってるから、なんか不具合が出るかも知れない。で、セニア。なんか困った点は無いか?』

「いえ、特には……お恥ずかしながら、セニアはまだ装備を完全に使いこなせていません」

『そりゃあまあ、1週間で慣れろなんて土台無理な話だ。そこらへんの使い勝手は変えないつもりだし』

「そうですか……あ。強いて言うなら、エネルギーショットの持続時間が短いこと、でしょうか」

 セニアの腕部装甲は、手の平に取り付けられた装置からエネルギーショットが打てる。しかし、通常の装備が合計50秒ほど打てるのに対して、セニアの装備が打てるそれは、20秒ほどでエネルギー切れしていまうのだ。

 デルタは通話越しに悩ましげなうめき声を上げた。

『やっぱそう来るよなぁ。さっきも言ったとおり、セニアの装備は通常より小型なんだ。だから、どうしてもエネルギー切れしちまうんだな』

「しかし、マスター・デルタ。リフレクター・コアはほぼ無尽蔵にエネルギーを生み出すことができます。どうしてエネルギーが枯渇するのですか」

 セニアがもっともな事を言うと、デルタは困ったように、

『そりゃ、確かにリフレクター・コアは便利なもんだよ。だけど、あのエネルギーショットを打つためには、リフレクター・コアが生み出したエネルギーを別の形に変換してやらなきゃいけないわけ。その過程で変換器が必要になるんだけど、このサイズだと触媒がすぐ摩耗するタイプのやつしか無いんだよな。時間さえあればもう少しいいのを調達できるんだが……テロに使われたからって理由で最近された規制強化が効いててな。いや、不甲斐ないのは承知の上なんだけど』

「はぁ、それで……」

 ユーフィリアが納得したように声を漏らす。セニアの身体的特徴が、こういうところで弊害をもたらすとは予想していなかったのか、冬吾も少し厳しい表情だ。

『改良は進めているが、如何せん非殺傷エネルギーへの変換というと、テルルじゃねえけど触媒の燃費が悪いのなんのって……そのサイズに収めるなら、どれだけ伸ばせても25秒だな。使い勝手は多少落ちるが、それでもいいって言うならサイズを増加させて35……いや、40秒までは保証する。どうだ?』

「マスター、どうしましょう」

 デルタの提案を受けて、セニアは冬吾に意見を仰いだ。冬吾は少し考え込んでから、

「うーん……セニアには今の形を使い続けて欲しい。とにかく、慣れて欲しいんだ。だからとりあえずは今の形のままにしてください。このタイミングで使い勝手が変わっちゃうのは、惜しい」

『そう言うと思った。じゃあ、そういう形で調整しておくから、そうだな……明後日までには完成させておく。取りにおいで』

「了解しました、マスター・デルタ」

 デルタとの通信が切れると同時に、セニアの膝の上で丸くなっていた子猫が急にぴょんと地面に飛び降りた。

「あっ……」

 子猫はにゃあと鳴き、来たときと同じような気まぐれさで、どこかへ行ってしまった。

「ふふ、名残惜しそうですね」

「そう……でしょうか」

 どこか寂しげなセニアの横顔を見て、冬吾が言う。

「じゃあ、リラックスも戦略の内ってことで、今からペットショップにでも行こうか? セニアが好きそうな動物、いっぱいいるよ」

「あの猫さんと同じような動物がいっぱい……い、行きたいですっ」

 どこか語気を強めて答えたセニアの水晶のような目は、見たこともないくらいキラキラとしていた。

 

…………

 

 冬吾達が去って数分後。

「はぁ、だいぶ遅れちゃいました」

 クラスの仕事で遅くなった兎莉子は、コロシアムへの道を急いでいた。中庭の時計を見れば、もう30分も遅れている。兎莉子はバトルの面では何の役にも立てないが、横からみんなの様子を見ておく、というのは案外重要だと春樹が言っていた。曰く、「2人分の目があった方が、より多くの視点でものが見える」とのことだった。

 不意に横から、にゃあ、と鳴き声が聞こえた。

「あら? あ、この間の」

 ガサガサと草むらから出てきた子猫は、青蘭学園の周辺に住んでいる。前にお腹がすいたー! とにゃあにゃあ鳴いていたところにたまたま兎莉子が通りかかり、ちょうど持っていたエサ(兎莉子は学校指定のバッグとは別に、動物たちのエサが入ったポシェットを持っている)を恵んでもらえたからか、やたらと彼女に懐いていた。

 すりすりと兎莉子の足に擦り寄る子猫は、とんでもないことを言い出した(・・・・・)

《25秒!》

「え?」

《まえに兎莉子、やくにたちたいっていってた!》

「は、はい。そうだったね」

《うりこたち、たたかう! ばとるする! そのあいてのちっちゃいこ、えねるぎーしょっと? とかいうの、がんばってもぜんぶで25びょうしかうてない!》

「え、え……?」

 セニアのエネルギーショットは琉花の防御を破る鍵になる。だからその対策に苦悩していた春樹。

 その答えは、持続力の無さだった。それを、

「も、もしかして、盗み聞きしてたってこと?」

《ぬすんでないよ! どうどうとひざのうえできいてた!》

 こんな形で相手の情報を知ってしまうというのは、どうにもアンフェアな気がする。これではまるで、兎莉子が斥候を放って相手を諜報していたみたいではないか。

 それに、こういうふうに知った情報をみんなに教えたら、みんなはなんて言うだろう。ズルい、汚い、そんなせこい手段で情報を仕入れてくるとは思わなかった――――

「ど、どうしよう……」

 兎莉子の心は自分の正義感とチームへの貢献、2つの間で揺れていた。

《そんなことより、おなかすいた! なんかもってない?》

 苦悩する兎莉子のよそに、子猫は脳天気ににゃあにゃあ鳴いていた。

 


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