Guilty Bullet -罪の銃弾-   作:天野菊乃

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【episode08】

 あまりの薄暗さに集は、つい最近まで通い詰めていた室戸菫の部屋を思い出していた。最もここには死体も転がっていなければ、腐乱臭もしない。しかし、何度もその幻影を見てしまうのは見慣れてしまったからか。

 集は目頭を抑えながら、涯の後ろを歩く。

 何個もあるセキュリティを通過すると、集たちは開けた場所に出た。沢山機材が並べられており、近代的な雰囲気を醸し出している。

 涯は周囲を一望できるところまで歩くと、叫んだ。

 

「それでは、改めて紹介しよう!」

 

 内心しなくていい、と呟きながら集は涯の後ろに立つ。

 

「桜満集、ヴォイドゲノムの持ち主だ。今後は集を作戦の中核に据えていく」

 

 ザワザワと喚き出す葬儀社のメンバー。

 集は当たり前だろう、と目を細くしながら葬儀社のメンバーを見下ろした。見ず知らずの、しかもただの高校生が作戦の中核に据えられるとか言われれば、誰であろうと戸惑うだろう。

 集はそんな葬儀社たちに同情した。

 

「この桜満集の加入と城戸研二の獲得により、我々葬儀社の当面の最大目標であった『ルーカサイト攻略』が可能になった」

 

 叫ぶと同時に大きいディスプレイに大量の文字列が現れる。

 

「これが作戦案だ。状況に応じて、パターンが145通りに分岐する。全員、実行までにこれを全て頭に入れろ」

 

 集はディスプレイに映された文字羅列を眺めてから小さく息を吐いた。

 いのりの一件以降、書類などに目を通すようにはなったが人間の本質はそう簡単に変わるものでは無い。集は欠伸を噛み殺しながら、次の言葉を待つ。

 

「時間は?」

「3日だ。それができないなら参加するな」

「……嘘だろおい」

 

 集は思ったことを口にしてしまい、涯に睨まれる。

 視線を逸らしながら、集は空を見上げた。涯はしばらく集を睨みつけてからその目を離す。

 その時、涯の横に立っていた四分儀がその閉ざされた口を開いた。

 

「隔離施設襲撃のミッションから一日も経っていません。皆の疲労が心配されますが……」

「それは違う。お前達は何をしにここへ来た。ゆっくり寝るためではあるまい!目脂でボヤけた視界で敵の前に出ていくつもりか!」

 

 涯のその言葉に、歓声をあげる葬儀社のメンバー。集は目を剥きながらその光景を一望していた。

 会議が終わった後、涯は一度姿を消してしばらくして車椅子の少女を連れてきた。訝しげな視線を向ける集を無視して、涯は口を開く。

 

「───と、いうわけだ。綾瀬」

「は、はい!」

「こいつは一般人上がりだ。お前が基礎訓練を施してやれ」

 

 集は頬が引き攣るのを感じた。

 集がこの世界に来る前は殺人術である天童式戦闘術初段を獲得し、元陸上自衛隊東部方面隊第787機械化特殊部隊『新人類創造計画』であった男である。一般人というよりは逸般人と言った方が正しい。銃弾が飛び交う音や血液の匂いは記憶の深くにまで刻まれてしまっている。

 

「私が……ですか?」

「お前がいいというまで鍛えてやれ。いいな?」

 

 涯はそう言って階段を上がり、通路へと消えていく。

 

「えっと……」

 

 集は近づき、綾瀬と呼ばれた少女に話しかける。

 

「僕のことなら放っておいてくれて構いませんよ。車椅子の人に迷惑かけるわけには行きませんし……」

 

 我ながら完璧な心遣いだ、と内心呟く。

 

「あら、優しいのね?桜満君?私は篠宮綾瀬よ。よろしくね?」

 

 綾瀬は集に手を伸ばしてきた。どうやら、握手を求めているらしい。

 

「知ってると思いますけど、桜満集です。しばらくの間よろしくお願いします……」

 

 綾瀬の手を掴もうとしたが、綾瀬は集の腕を掴んだ。綾瀬は車椅子を巧みに操り、集を昏倒させようとする。しかし、集の方が早かった。

 車椅子の車輪を蹴り、昏倒を防ぐ。そして、綾瀬の眉間に銃を突きつけた。

 

「動くな」

「───っ」

 

 息を呑む声が聞こえる。集は眉間に皺を寄せた。

 

「……せっかく人が親切にしてやろうと思ってんのに何なんだお前。お前あれか、車椅子がお前の個性だとでも言いたいのか?」

「……ええそうよ!馬鹿にしないでって言いたかったのよ!」

「はいはい、そうですかそうですか……めんどくせ」

 

 集は綾瀬に突きつけていた銃をしまうと、葬儀社って面倒な奴らしかいねえのかよと呟く。

 

「面倒ってどういう意味!?」

「猫耳然り、お前然り、涯然り。個性があるのは十分だが、個性が強すぎて少しでも長い間つるんでいると疲れる」

「うっさい!兎も角、訓練は受けてもらうからね!!」

「人の話を聞けよエロタイツ」

 

 集の呟きは突然吹いた突風の中に消えていった。

 

 

 

 ✧

 

 

「……にしても」

 

 葬儀社の一室が渡され、ベッドで寝転びながら左手を翳す。

 とある一説によると、本来『王の力』は右腕に宿る力だそうなのだ。

 しかし、集は右腕ではなく左腕に宿った。これは、集がこちらにやってくる前

 ───集の一部である蓮太郎が、ガストレアに右手右脚を喰われたことが由来しているのかそれとも他の何かか。

 

「……先生に聞いてみるか」

 

 集は目を閉じて、軽い睡眠をとった。

 

 

 

「……なさい!……きなさい!」

 

 唐突な怒号に集は辟易としながら目を細かく瞬かせる。

 

「起きなさい!桜満集!!」

 

 無視して布団を被り直したら、集はベッドから引き摺り落とされた。

 

 

 ✧

 

 

「さあ!今から訓練を始めるわよ!もう寝る暇もないからね!覚悟しなさいよ!!」

「寝る暇ねえのかよ。じゃあ覚悟はいらねえな」

「あと一週間後、あんたが葬儀社のメンバーに相応しいかテストする予定なの」

「テスト……うげ、思い出しただけでも吐き気がしそうだ。お前、先生向いてるよ」

 

 皮肉たっぷりで言うと、綾瀬に睨まれる。

 

「何か言ったかしら?」

「……なんでもねえよ」

 

 集はそっぽを向きながら再度大きな欠伸をこぼした。

 

「では、始めていきましょうか?」

 

 最初に連れて来られたのは、薄暗いバーであった。

 きちんと清掃がされておらず、酒瓶が割れたりしているためか酒臭い。

 葬儀社のメンバーたちは唐突にやって来た集の姿を見て、ヒソヒソと話し始めた。集は無視を貫き通した。

 しばらくして、バーカウンターの上に腰掛けていた不良がぶつかりそうな距離まで近付いてきた。

 

「龍泉高校2年、月島アルゴ」

「その顔で同い歳とか無理があるだろおい。ライトノベルの読みすぎだろ」

「そういうお前は見事なまでの不幸顔だな」

「言ったなてめえ。その悪人顔ぶん殴ってプレデターみたいにするぞ」

「やれるもんならやってみな」

 

 アルゴがそう言って投げ渡してきたのは、何の変哲もないサバイバルナイフであった。集がそれを手にした瞬間、唐突に銀色の光が弧を描いて集に襲い掛かる。身体を後ろに倒して、ナイフを避ける。

 

「本当に殺す気でかかってこい」

「いきなりやりやがる奴がよく言うぜ」

 

 集はナイフを右手に持ち替えると、百載無窮の構えをとった。

 

「お前から来いよ」

 

 集がそう言った途端、どっと笑い声がバーを埋め尽くした。

 

「あのね、あんた。アルゴは白兵戦のプロよ?喧嘩とは訳が違うの」

 

 集はそういう綾瀬を横目に腰を低く落とした。

 脳裏に蘇るのは幼い頃の記憶。菊之丞が達人の部屋に蓮太郎を叩き込んで、「明日来る」と言って一週間、達人級の相手と白兵戦をさせらたのだ。今思えば、あれはただの虐待だったんじゃないかと思う。

 

「葬儀社の看板は重いぞ!こんなんでビビんなよ!!」

「いらねえよそんな看板」

 

 アルゴが素早い速度でナイフを突き出してくる。

 集は後方に大きく跳躍、突き出し攻撃を躱す。集を追い詰めるかの如く、アルゴはナイフを振るい、集を攪乱するも集は息一つ乱さず慎重に捌いていく。

 

「避けてばっかりじゃ勝てねえぞ!」

「どう戦おうが俺の自由だろ」

「口だけは随分と、達者だな!」

 

 アルゴがナイフを振り下ろしてくるタイミングと合わせ、集はサバイバルナイフを振り上げた。甲高い金属音が薄暗いバーに鳴り響く。集とアルゴのサバイバルナイフの刀身が砕け、地面に落下する。

 その隙に集はアルゴに接近、アルゴの懐に潜り込む。

 

「天童式戦闘術一の型三番!」

 

 繰り出すのは捻りを加えた一撃。集はアルゴの鳩尾目掛けて繰り出した。

 

「───『轆轤鹿伏鬼』ッ!」

 

 天井すれすれまで打上げられたアルゴの身体をタイミングに合わせて大きく片足を振り上げる。

 

「天童式戦闘術二の型四番───隠禅・上下花迷子(しょうかはなめいし)!」

 

 容赦のない踵落としがアルゴの顔面に炸裂。バーの床に叩きつけられ、木造の床を貫通した。

 

「……終わりでいいのか?」

 

 集の呟きで我に返った綾瀬は桜満集の勝利!と叫んだ。

 

 次の訓練はアサルトライフルを持ってひたすら走るというものだった。重りが詰められたバッグを背負い、目の前を先導するふゅーねるを追いかける形となっている。

 

『うわぁ』

「やれって言ったのはお前だろうが。引くなよ」

『本気でやるとは思わなかったよ……うん』

 

 ツグミのその呟きは集の無線越しでも聞こえた。

 

 

 

「重いかも……」

 

 ミサイルランチャーを集に渡してくる大雲。手渡されたそれを気力で持ち上げる集。

 

「……正直に言う。俺は手頃なこいつでいい」

 

 集は腰のホルスターに収められたXDを叩くとミサイルランチャーを大雲に手渡した。

 

 

 最後の特訓は射撃であった。銃の発射音が連続して射撃場に響く。

 まずはいのりを基本として奥にある的を見る。全弾急所に当ててることに集はギョッとした。

 

「あんたにもこれくらいを目指してもらうから」

 

 射撃は民警のライセンスを取る際に行い、それ以降も何度か使用してきたが、

 射撃よりも格闘戦が多かったために、腕はまちまちだった。

 XDを探すもなかったため手頃なリボルバーを手に取り、的に向けて発砲。慣れない銃に集はため息をついた。

 

「……違う。そうすると反動で腕がやられる」

 

 そばで見ていたいのりは、集の背後に回ると正しいフォームを集にさせる。

 その時、背中当りに女子特有の柔らかい感触。

 集はドキリとしながら発砲する。煩悩まみれで撃った弾が的に当たるなんてことはなく、隣のコンクリを抉った。

 

「煩悩があると、失敗する」

「……あんた、まさかわざとやったのか?」

「わかった?」

「おい、いのりさんなんか言ってくれ……っておいッ。なんで今目を逸らした!?」

 

 集といのりのやり取りを見ていた綾瀬は無言で集の名前の欄に『エロガキ』と記入したのだった。

 その後、その紙を見た集に「あのしっぽアタマめ……!」と叫ばれることになるのはまた別の話。

救いは(期限:The Everything Guilty Crown 投稿まで)

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