睨み合ってから数秒が経過する。火花が散るような緊迫感の中、外周区の住民達は思わず生唾を飲み込んだ。
ダリルが足を僅かに動かすと同時に、集はすぐさま地面を蹴る。そして、身体を僅かに捻って技を発動した。
「天童式戦闘術一の型八番ッ。『焔火扇』ッ!!」
苦悶の声を上げて吹き飛んでいく兵士。
普通の人間でもここまで吹っ飛んでいくのは蛭子影胤以来だと、内心呟く集。ボーリングのピンを倒すように次々と兵士を薙ぎ倒し、ダリルを倒したところで兵士は止まった。
痙攣を起こし泡を吹いて倒れているため、あまりいい状況ではないのだが、集の心は別の所にあった。
「……いや飛びすぎだろ。どうなってんだよ、コレ。ここの環境が俺に超パワーを与えたか?」
住民から「そうじゃない!」と心の叫び。そんな住民たちに気づいていないのか、集は伸びているダリルの頬を引っ叩く。
「おい起きろ。お前が寝てちゃ話にならねえんだよ」
集の容赦のなさに遠くから見ていたいのりが冷や汗を垂らす。
起こすだけなら揺らすか頬を軽く叩くだけで大体は起きるのだ。それを集は日頃の鬱憤を晴らすかのように、手首のスナップを使って思いっきり引っ叩いていた。
数秒ほど経ち、ダリルの呻き声が聞こえてくると、集はダリルを地面に投げた。
「……この野郎!なにしやがる!!」
「ここの人達の気持ちを代弁しただけだ」
俺たちを巻き込むなという住民たちの心の中の叫びが再びシンクロした気がした。ダリルは集の襟首を掴むと唾を撒き散らしながら叫ぶ。
「お前!僕にこんなことをしてただ済むと───!?」
ダリルの鳩尾を集は蹴り上げていた。そのまま倒れそうになったダリルの髪を集は掴み、そのまま割れたガラスが入れられたドラム缶の中にダリルの頭を捩じ込む。住民たちの一部から小さな悲鳴が響いた。
「……こんなこと、か」
集はそのままダリルの顔をドラム缶から引き抜くと、ガラスの破片が刺さり、血だらけのダリルを地面に投げつける。そのままダリルの頭に足を乗せ、踏み躙るようにして足を動かした。
「俺が今していることは、お前が罪のない人たちにしてきたことなんじゃないのか?」
「……っ?!」
集はダリルを持ち上げると、指を鳴らした。
「まあそんなことはどうでもいいか。お前には
集は血だらけのダリルの顔を一度頭突きしてからヴォイドを引き抜く。
ヴォイドを抜き取ると対象の人間の意識はヴォイドを戻しても数秒間は戻らない。集はダリルを地面に投げ捨てて、形を成して現れたものを見つめた。
涯の言う万華鏡───というよりは銃口に何枚も鏡があるものだった。
集はそのまま小さく息を吐くと、いのりがいる所に視線を向ける。そこには目を見開いて止まっているいのりがいた。
「……引かないでくれよ、いのりさん」
苦い症状を浮かべながら、いのりと合流する。張り付くような視線を向ける彼女に、集は訊ねた。
「……なあ、いのりさん」
「なに」
「……次はどうすればいいんだ?その……恥ずかしいことなんだけど、シナリオをすっ飛ばしすぎてここから先どうすればいいのか……」
「……」
そう言うといのりは呆れた目で集を見つめてきた。
感情が篭もっていない瞳に萌えると言っていた何処ぞの颯太がいたが、何処にも萌える要素はない。最も、燃える要素なら沢山ありそうではあるが。
「いや、そんな目をしないでくれよいのりさん。さっきはあまりにも腹が立ったもんだからつい……」
「……言い訳は、いい」
「あ、はい」
感情が読み取れないというのはいくら集でも怖い。無表情なのか怒っているのか分からないが、この状況からして後者で間違いないだろう。
「……作戦は集が今持っているその万華鏡を使う」
「これか?」
ダリルのヴォイドに目を落とす。そして、顔を上げて言ったことを後々、集は後悔することになる。
「で、こいつをどうするんだ?」
思ったことを口にした瞬間───
「……」
───ピキ、と何かが割れる音が聞こえた気がした。
数分後。いのりが集に作戦を説明しはじめた。
説明すると、この作戦は涯が囮になり、レーザーを敵が放った瞬間にこのダリルのヴォイドで跳ね返して返り討ちにするという作戦だったようだ。
話を聞かないというのがこんな所で仇になるとは思わなかった、と集は反省していた。
数分前のあの時のいのりは鬼神も裸足で逃げ出すオーラを醸し出していたわけで───
「……集?」
「なんでしょうか」
集は冷や汗を垂らしながら即座に答えた。いのりは不機嫌そうに眉を顰めつつもその口を開く。
「……理解、出来た?」
「出来たことには出来ましたが……」
「……今度はなに」
少し怒りを持った視線で周を見てくる。
「いやさ、いのりさんのヴォイドを駆使して敵部隊を殲滅させた方が早い気がするんだが……」
「……」
それが普通の反応であっている、と集は自分の軽い発想を嘲笑った。しかし、いのりはその顔を上げて予想外のことを口にした。
「……いいかもしれない」
「………、………はい?」
───この人、今なんて言った?
イイカモシレナイ?イイカモシレナイ共和国か何かか。
「……いや、軽い発想で言った言葉なんですけど」
「殲滅させた方が早いかもしれない」
「いや、任務は……」
「……」
いのりは沈黙する。集もまた沈黙する。
長い沈黙が流れる。いつまでも続くと思われたそれは、突然終わりを告げたのだった。いのりは顔を持ち上げて、ゆっくりと首を傾げる。
「……どうしよう?」
「おい!?」
いのりに顔をグイッと近づけると、いのりは一瞬呆けた顔になり、顔を直ぐにトマトのように赤くして集から離れた。頬を引き攣らせながら、内心傷ついた集は、万華鏡を片手にゆっくりと走り出した。
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「世界は常に我々に選択を迫る」
GHQの兵隊達すべてに銃口を向けられても、さきほどの呆れなど忘れて涯はいつもと変わらず堂々とした口振りで話す。
「そして正解を選び続けた者のみが生き残る。『適者生存』それが世界の理だ。俺達は『淘汰』される者に『葬送の歌』を送り続ける。故に葬儀社。その名は俺達が常に『送る側』であること、生き残り続ける存在であることを示す」
涯の言葉に右手に包帯で手を吊ったグエンが睨みつける。
「貴様達が盗み出したという遺伝子兵器はどうした!?」
グエンの言葉に涯が薄く笑う。
「───そんな話、初めて聞いたね」
「吐け !! 」
涯の言葉にグエンが激昂する。
グエンの怒鳴り声と同時に周囲のレーザー砲が、全て涯を狙う。
グエンが再び勝ち誇った笑みを浮かべる。
「10を数え終わるまで待つ!!その間に答えねば貴様はハチの巣だ ! 」
カウントが始まっても、涯は余裕の笑みを浮かべていた。
その光景の一部始終を見ていた集は、善良な一般市民になにを期待しているのかとおもわず眉を顰めた。頼られているというのに、嬉しくない。綺麗な女の子ではなく、テロリストのリーダーだからだろう。と勝手に結論付けることで事なきを得る。
集がレーザー砲に目を向けると銃口が光り輝き、今にも一斉発射が可能なのは明白だった。
「6!5!4……」
カウントダウンが残り僅かになる。集は万華鏡を構え、銃口を睨んだ。
「時間だ!!」
涯に向け万華鏡の引き金を引いた。
「───弾けろッ!」
次の瞬間、レーザーは涯の見えない壁にぶつかった。そして、鏡のように周りの見えない壁にぶつかり反射していく。
「……ああなるほど。だから、万華鏡なんだな」
───展開される無限とも言える量の鏡。だから万華鏡。なんて安直なんだと集は思わず愚痴をこぼした。
「うぼぁぁぁぁあ!?」
絶叫と共に、大爆発が巻き起こる。
集はかつていた世界で使用した天の梯子を思い出しながら、万華鏡を肩に担いだ。
「よう」
頭上から声がして、見上げると爆炎の上で涯が集を見下ろし笑っていた。
それに腹を立てた集は万華鏡の一部を展開、涯を高台から叩き落とした。
「……で?どうして命令無視した」
集は傷ついた葬儀社のメンバーを見つめながら呟いた。
「……いつから俺がお前らみたいな国家に背くテロ組織のメンバーになったのか簡潔に説明してもらえねえか」
雰囲気が変わった集に涯は眉を顰め、言った。
「わかった。質問を変えよう……お前は
その答えに集は、視線を涯に移しながら言う。
「……
誰も集の秘密など知らない。教えるつもりなどない。集は空を仰いだ。
「……まあ、いい。そして次の任務だが……」
「はあ?」
何言ってんだこいつ、と集は素っ頓狂な声を上げる。
「どうした」
「いつ、どこで、俺が、葬儀社に、入った?」
「否定権があると思っているのか?」
瞬間、再び集の雰囲気が剣呑なものに変わる。
「……とっとと家に帰らせろよ。玉捻り潰すぞ」
一般市民が到底放つことが出来ない殺気を集は出しながら、涯を睨んだ。今ここで集とやり合うのは分が悪いと判断した涯は渋々頷いた。
「……わかった。今回の活躍に免じて今回は引いてやる」
「最初からそうしろッ」
「だがお前は必ず俺たちのところにやって来るだろう。その時は───」
「その時は来ねえし次もねえッ。金輪際、今後一切ッ!てめえらとは関わるつもりはねえよ!!」
吐き捨てるようにそう言うと、集は六本木を後にした。
───次の日の朝。戸外でやかましく囀る雀に辟易しながら、集は鏡に映った童顔不幸面の少年を一瞥する。ぴくぴく震える半眼の目元には昨日の不眠による小さな隈が出来ていて、いつもの不幸面を通り越して悪人面になっていた。このまま外に出れば、犯罪者として見られてもおかしくないだろう。
「……」
次の日は月曜日。学校に行きたくない、と心の底からそう思う。
日中からつけっぱなしのテレビは今は今日の運勢が流れていた。いつも通り、金運は最悪だが、出会いの運に関しては一位であった。珍しいこともあるものだ。
笛の音のように鋭くなるヤカンを止めに行き、インスタントコーヒーを入れたカップに湯を注ぐと、香ばしい朝のにおいが立ち混み始める。
集は目を閉じて、大き鼻から呼吸をした。
昨日は疲れていたというのに、全然寝付くことが出来なかった。寝れなかった原因はもう画面越しでしか会うことがないいのりの裸が目に焼き付いていて、どうも眠なかったのである。
コーヒーを胃に流し込んで適当に作った朝食に手を伸ばした瞬間───
「おはよう。集」
「おはよう……ん?」
動かしていた手を止め、聞こえてきた声の方向を振り向く。
一昨日出会い昨日別れたネットアーティスト、楪いのりがいた。集はゆっくりと視線をテレビの方に戻し、朝食に戻る。
───悪い夢に違いない。きっとそうだ。コーヒーを飲んで一息着けばきっと夢から覚めるはずだ。
しばらくして頭蓋がみしりと音を立てるほどの一撃が脳天に見舞われた。
「ぐぅぉおおあああ!?」
「おはよう。そう言ってから、無視するってどういう意味なの?」
集は思わず立ち上がる。昨日の露出度が高い服ではなく、普通の私服を着ていたことに安堵しながら、集は叫んだ。
「いや、その前にどうして家にいるんだよ!?」
その問いに、いのりは胸を張って答えた。
「ふゅーねるがやってくれた」
機械音を出しながらリビングに入ってくるふゅーねる。集は無言でふゅーねるを掴みあげると、リビングのソファに叩きつけた。
「……いのりさん、何個か質問していいか?」
「構わない」
「……何でここにいるんだ?葬儀社はどうしたんだよ」
「集は私が邪魔?」
「そういうわけではなくてね……」
集は義母の春夏と二人暮しであるが、ほとんど帰ってこないため、説明は後回しでも問題はないだろう。
「……その荷物は何だ」
「ここに住むの」
「なんでだ?というか葬儀社はどうしたんだよ」
「集は私が邪魔?」
「そういうわけではなくてね……」
ごほん、と集は咳払いをして最悪の状況を口にした。
「……最後に。まさかここに暮らすわけじゃないよな?葬儀社はどうしたんだよ」
「集は私が邪魔?」
「そういうわけではなくてね……」
なんだよこのコント、と集は思わず崩れ落ちた。そんな集に肩を置きながら、いのりは可愛らしく首を傾げた。
「……よろしく、ね?私の裸を見て、悶々として寝れなくて……不眠不休になった集」
「……あんたやっぱり心読めるだろ」
「……えっち」
「待て、あのな、いのりさん。不可抗力なんだよあれは。俺のせいじゃないんだよ」
「責任取って、ね?」
話を聞いてくれよ、と呟きながら集は項垂れた。
救いは(期限:The Everything Guilty Crown 投稿まで)
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必要
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不必要