Guilty Bullet -罪の銃弾-   作:天野菊乃

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華の物語は終焉へと向かう。


この物語が辿る道はたった一つだ。



【Episode:00-2】

 耳鳴りがしている。

 再度降り出した大粒の雨がアスファルトを跳ね、力強く吹く湿った風が鉄条網をけたたましく揺らす。

 

「……嫌な天気だ」

 

 警備に当っている男の一人、椿真一は呟いた。

 

「全く……なんで俺らが天童補佐官の護衛なんぞせにゃならんのだ」

 

 防弾バイザーを装着した黒灰色の防弾ヘルメット、紺色のアサルトスーツ、下腹部を保護するプレートが装着された防弾ベストを着用し、同ベストの上からタクティカルベストを着用している。サバゲーのそれとは違う、本物の装備。凶弾から身を守るために考案された装備。

 欠伸を噛み殺しながら呟く椿の横腹を誰かが殴る。椿は隣に目線を寄越しながら小さく呟いた。

 

「……何すんだよ」

「口を慎め椿、任務中だぞ」

 

 椿の横で背筋を伸ばして立っている青年、薊伸元は椿の不真面目な態度に目を鋭くしながら言い放つ。

 しかし、椿は口を止めるのをやめない。

 

「言われてもよ、俺らこんな警視庁特殊急襲部隊(バケモノ)とは程遠い一端の刑事(デカ)だぜ?なのに、上が『経験になるだろうから』と勝手に俺たちを選出しやがった」

 

 そりゃあガストレア相手に拳銃を使うことはあるかもという理由で『黒い銃弾』を使うかもしれないが、MP5F(こんなの)は俺たち一生使わねえだろ。椿が機関銃を軽く持ち上げながらボヤくと、薊は確かになと言う。

 

「……だったらなんで俺らがこんな所に寄越されるんだよ」

「……ここだけの話だ。少し耳を貸せ」

 

 薊に言われるまま耳を近づける椿。

 

「最近、天童補佐官の命が何者かに狙われているのは知っているだろう」

「ああ、ニュースにもなってるからな。でも、それとこれとは今関係なくねえか?」

「表沙汰にはなっていないが、天童補佐官の警護に当たった人間の大多数が殺害されているらしい」

「……その話、本当か?」

 

 椿の額から汗が滲む。薊は小さく頷くと、MP5Fを力強く握り締めた。

 

「人手不足。そして、格闘技の全国大会で何度か優勝経験ある俺とお前。だから回されたのだろう」

「……成程、な。戦闘員が大いに越したことはない───そういう事か。俺たちは足止めのために呼ばれたわけだ」

 

 椿は生唾を嚥下し、緩んでいた気を引き締めた。

 再度嫌な風が吹いて、椿がたまらず目を細めると、50m先に黒衣の青年が立っていた。年齢は二十代前半くらいだろうか。黒い喪服のようなスーツの上から季節にそぐわぬ真っ黒な夜戦服を着込んでいる。

 音も気配もなく突如、目前に現れた青年を凝視する椿。

 

「なんだ……あいつ」

 

 椿が呟いたのが合図だった。

 青年がこちらへ向かって全力で駆け出してきた。

 他の隊員たちが引き金を引く前に、青年は腰に収まっていたであろう拳銃をドロウ。此方へと照準を定めて発砲。

 

「自殺特攻だと……ッ!?」

 

 幸いにも銃弾は誰にも当たらなかったが、青年の姿を再び見失う。

 威嚇射撃だと?なら何処へ行った。遠くには行っていないはずだが。

 刹那、後方から断末魔。

 

「まさかあの一瞬で背後に回ったのか!?」

 

 突破した様子は見受けられない。迂回するにも時間がかかり過ぎる。なら、考えられることはただ一つ。人の山を飛び越えてみせたのだ、この男は。

 振り向くや否や、青年は手榴弾のピンを抜いて宙に放っていた。身構えた時にはもう遅く、手榴弾から灰色の煙が吹き出す。

 

「……ちっ!」

 

 数秒で視界は灰色に包まれ、目前が暗くなる。このまま背後に回られたりでもしたら、一瞬で命を奪われるだろう。しかし、この状況は目前の男も共通な筈だ───

 

「動くな」

 

 底冷えするような声が背後から聞こえ、椿は息を止めた。

 先程まで他愛のない会話をしていた薊でも、この小隊の人間でもない。声の主は間違いなく黒衣の青年のものだろう。

 

「質問に答えろ。答えなければお前も殺す」

「……ッ!?」

 

 今、この男はお前も殺すと言った。なら、ここにいる小隊のうち何人かは殺されたことになるが───

 

「……いいのか?このまま留まっていたらお前、狙撃部隊に蜂の巣にされるぞ」

 

 椿が口角を上げて言うも、青年はさして気にした様子もなくとんでもないことを言い放つ。

 

「殲滅済みだ」

「なんだと……!?」

 

 一瞬冗談かと思うが、青年が嘘を言っている様子は見受けられない。現に、いつまで経っても援護射撃が来ないのがその証拠だろう。

 

「天童菊之丞はこの旧東京駅の何処かにいる。そうだな?」

「───ッ!?」

 

 青年の発言に堪らず後ろを振り返る椿。まさかこいつが薊の言っていた人間───刹那、即座に振るわれた神速の拳が椿の防弾ベストに突き刺さる。凄まじい衝撃が脇腹に走り、堪らず地面に膝を着く。

 

「誰が動いていいと言った」

 

 青年はそのまま椿の首根っこを掴みあげると、東京駅の中に放り投げた。

 ガラスを突き破り、中に叩きつけられる椿。喀血し、視界に血が飛沫く。

 頭からすっぽ抜けたヘルメットが何度か地面を跳ねて、凸凹になってしまった。

 

「……なん、なんだ、あれはッ!」

 

 痛む身体に鞭を打って立ち上がる。殴られたなんて衝撃ではない。現に、身体を守ってくれている筈のベストのプレートは変形。呼吸をする度、肋骨が痛い。

 

「最後の質問だ」

 

 椿の後を追うように青年が東京駅内部に侵入。黒いコートの裾が風で靡く。

 

「聖天子補佐官、天童菊之丞は何処にいるかと聞いている」

「……聞いてどうするつもりだ」

「国家の狗には関係のない話だ。お前は大人しく何処にいるかだけ言えばいい」

 

 青年が鋭い前蹴りを放ちながら言う。咄嗟に腕を交差して防ごうとするも、間に合わずそのまま鳩尾深くに突き刺さる。

 青年は椿を訝しむように睨めつけながら、ああと小さく呟く。

 

「……時間稼ぎをしようって算段か。くだらん」

 

 青年は椿が持っていたMP5Fを奪い取ると、ゆっくりと歩き始めた。

 しばらくその光景を呆然と見つめていたが、椿は立ち上がると、ホルスターに収められた拳銃を抜く。

 

「動くな……ッ!」

 

 青年が歩んでいた足を止めて、こちらを振り返る。

 憐れむような、蔑むような。二つの感情が入り交じった表情で椿を睨めつけていた。

 

「ニューナンブ拳銃……狂ったか?」

「かもな……だが、俺がここで足止めすれば隊の生き残りが天童補佐官に伝えてくれるだろうさ。黒衣のバケモンが、補佐官殿を狙っているってな」

「……」

 

 青年は数瞬、考える素振りを見せてからホルスターから拳銃を取り出して椿に照準した。

 先程はよく分からなかったが、今からわかる。青年が使用している拳銃はスプリングフィールドXD。アメリカの警察やら軍やらが使用する安全面に特化した拳銃だった。

 形状からしてパイファー・ツェリスカやS&W・M500では無いことには気づいていたが、威力に関しては上記二つに比べると遥かに低いXDを使用していることに驚きを隠せずにいた。

 青年は銃口をこちらに向けたまま呟く。

 

「銃を下ろせ」

「無理だな。お前の言う通り、俺は国家の狗なんでな」

「……狂犬が」

「そんなこと言ってる暇があったらその引き金を引いたらどうだ。今の俺は防御なんてないに等し───」

 

 刹那、乾いた発砲音が鳴り響く。頬を銃弾が擦過し、生暖かい血が溢れ出る。

 

「……もう一度言う」

 

 青年は語尾を強くして忠告した。

 

「銃を下ろせ」

「……嫌だと、言ったら?」

「殺す」

 

 一瞬の躊躇いもなく言い放つ。

 フードから覗いた黒い瞳が椿を射抜いた。

 

「……!」

 

 底知れぬ感情を覗いてしまった気分だった。

 目前の青年からは何も感じられない。

 

「……どうして、そんな目をしている」

 

 気づけば、口からそんな言葉が零れていた。

 

「ガストレアに奪われた。それだけだ」

 

 再度発砲音。椿のニューナンブ拳銃を吹き飛ばし、青年はコートの裾を翻した。

 闇の中へと消えていく青年の後ろ姿を、椿はただ呆然と眺めていることしか出来ない。

 

「……お前、は」

 

 青年は言った。ガストレアにやられたから、こんな目をしているのだと。だが、椿が言いたかったのはそういうことではない。

 

 ───どうして、お前の目には生きる気力も、希望も、感じられないんだ?

 

 喉まででかかった言葉を口にしようとした時、もうそこに黒衣の青年の姿はなかった。

 

 

 

 

 羽虫が飛び交う音が頭の中に鳴り響く。

 数年前。自分が無力だと思い知らされたあの日から、頭の中で羽虫が飛ぶ音が聞こえ続けている。

 

「……」

 

 ふと、携帯端末の時間を見ると二十一時に入ろうとしていた。ここに侵入したのが十九時頃だったので、あれから二時間も経過したことになる。

 思いの外、敵影が多かった他に、隠し通路を見つけるのに時間を費やしてしまったが、この先で彼を見つければ時間なんて関係ない。

 

「……天童菊之丞を殺してどうする、か」

 

 ふと、地上で椿という男に言われた言葉を思い出す。

 その先のことは何も考えていない。そもそも、里見蓮太郎という人間に残された時間は、残り僅かだ。

 幸せだった記憶が頭の中でざわめく虫たちに喰われ、欠落していく。もう、大切な人たちと過ごした日々でさえ曖昧なのだから。自分の名前すら忘れて、戦うだけの怪物になるのは時間の問題だろう。

 

「……」

 

 誰かを助けるのも気まぐれで、誰かを殺すのも気まぐれ。

 人間は人を手に掛けた数だけ精神が摩耗していくというが、果たして本当にそうだろうか。意志の違いではないかと蓮太郎は考える。

 半ば強制的に人を殺さなければならないのと、意図として人を殺すのでは訳が違う。現に、蓮太郎は先程殺したゴロツキや数名の狙撃兵のことなんて頭の片隅にもない。

 

「……とっくの昔に、俺は怪物になりさがっているのかもしれねえな」

 

 蓮太郎は最後の階段を降りると、目前の扉を睨んだ。

 

「この、向こう側にあいつが……」

 

 まさに地獄の扉。これを開けば、蓮太郎は蓮太郎ではなくなるだろう。押さえつけていた感情が昂り、醜い怪物に思考を支配されるだろう。

 多少歳は食ったかもしれないが、菊之丞は巨大なガストレアを単体で倒せる男だ。未熟だった頃よりは幾分か強くなったが、気を抜けば一瞬で殺される。

 気を引き締めてから、蓮太郎は扉を蹴飛ばし、機関銃の引き金を引いた。

 

「だ、誰……ぐはッ!」

 

 中で待ち構えていた兵士が銃をこちらに向ける前に回し蹴り。体勢を崩された兵士の顔面を踏み抜き、手に持っていた機関銃を強奪。

 蓮太郎は顔を持ち上げると、こちらへ銃を向けている兵士たちの向こう側───天童菊之丞を睨んだ。

 

「……ようやく、ようやく───見つけたぜ」

 

 蓮太郎の口角が上がる。あんなににも追い求めた相手がすぐ近くにいる。ようやく、この手で殺すことが出来る。憎いこの男をこの手で殺すことが出来る。

 夢にまでみた光景。機関銃を持つ手が興奮で震える。

 

「……久しぶりだな、ジジイ───あの時は殺し損ねたが……」

 

 蓮太郎の両腕の皮膚が燃え、中から黒色の義肢が現れた。

 

「今度こそ……引導を渡してやるッ!!」

 

 蓮太郎の顔が歪む。張り付いたような表情は獰猛な獣のそれへと変貌。檻から解き放たれた肉食獣の如く、地面を駆け抜ける。

 機関銃を前方に向け、引き金を引く。案の定、銃弾は近くを警備していた兵士の盾によって防がれ、銃弾は地面に落下。

 走った勢いをそのまま、蓮太郎は地面を跳躍。兵士の裏側に回った蓮太郎は脊髄目掛けて拳を振り抜く。凄まじい速度で振るわれたそれは鈍い音を撒き散らしながら、兵士を吹き飛ばした。

 

「逃がすかよ」

 

 その間、コンマ1秒。

 蓮太郎はあまりの出来事に硬直している兵士の顔面を殴り、蹴り、撃ちながら菊之丞の元へと向かう。

 自らの体が血濡れていく感覚に陥りながら、蓮太郎は突き進む。

 

「───やめんかッ!」

 

 最後の一人を手にかけようとしたところで───蓮太郎は腕を止めた。

 目線をそちらに向けると、菊之丞が一振の刀を持ち蓮太郎を真っ直ぐ睨み返していた。

 

「ここまで辿り着いたことは褒めてやろう……だがな、お前のしている行為にはなんの意味もないッ!この、親不孝者がッ!!」

 

 菊之丞の一喝に蓮太郎は堪らず機関銃の銃口を向けながら叫ぶ。

 

「黙れ!貴様が木更さんやあいつらに何をしたか、俺は少しも忘れちゃいねえ!!」

 

 脳裏に蘇る明るい記憶。しかし、それは直ぐに羽虫のざわめく音に覆われて消えていく。

 

「それにな……お前はどの道死ななきゃならなかったんだ!今度こそ俺の手で!!」

 

 菊之丞は目を細めながらその重い口を開いた。

 

「……藍原延珠を介抱する時にもそう言ったのか?」

「黙れッ!!」

 

 激昴した蓮太郎は屍の山を蹴り、菊之丞に急接近。

 

「……お前は道を違えた。ならば、儂の手で蓮太郎、貴様を葬ってくれる!」

 

 刀を構えた菊之丞は、天童式抜刀術の攻の型『心地光明の型』を取る。

 

「天童式抜刀術一の型八番……」

 

 遠心力を利用して刀からカマイタチが生み出される。

 

「『無影無踪』ッ」

 

 中近距離特化の蓮太郎は遠距離からの攻撃に弱いことを菊之丞は知っていた。

 しかし、それは数年前の話である。

 蓮太郎は腕をクロスしカマイタチを突破。その際、服が浅く裂け、()()()が滲み出る。

 

「……なんだと!?」

 

 そのまま菊之丞との距離を詰める蓮太郎。0.1秒の隙の隙を着いて拳を握りしめた蓮太郎は、天童式戦闘術一の型五番『虎搏天成』を繰り出す。

 鳩尾に突き刺さるも、貫いたという感覚はあまりない。

 なにか仕込んでやがる。思わず舌打ちを着いて、蓮太郎は後方へ跳躍すると菊之丞を睨んだ。

 

「達人は1コンマの奪い合い───ジジイ、お前は俺にそう言ったな」

「……この天童の面汚しめ。強化手術何ぞ受けおって」

 

 蓮太郎から流れる青い血を睨みつけながら菊之丞は唸る。

 青い血。正式名称を『ブルー・ブラッド』

 五翔会が『新世界創造計画』の開発の一環として発明した軍事用人工血液。

 その詳しい効力は伏せられているが、身体能力の飛躍的な上昇を促すために使用されるはずだった。

 しかし、一定期間ごとに透析を行わなければ、記憶障害と自家中毒に陥ってしまうという致命的な弱点と、その手術の成功率の低さから『負の遺産』として闇に葬られたはずの技術な筈だ。

 

「それはお前だって一緒だろ。腹に何か仕込みやがって」

 

 腹から血が溢れ出しているというのに、蓮太郎は痛がる表情を見せない。それどころか、目を爛々と輝かせている。

 不審に思った菊之丞は訝しむように蓮太郎を睨めつけ───まさかと呟く。

 

「……人間性を捨てたのか?」

 

 菊之丞の問いに蓮太郎は答えない。

 

「───」

 

 蓮太郎の答えは、到底人間のものとは思えない表情だった。

 感情をすべて捨て、憎悪と殺意だけが蓮太郎には取り憑いている。

 死神、悪魔、怪物。菊之丞の頭の中で3つの言葉が羅列する。

 

「……この、馬鹿者が」

 

 暗い瞳の奥で、死神の双眸に炎が宿る。

『水天一碧の構え』を取り、拳を僅かに前に突き出す蓮太郎。

 何の技が繰り出されるか即座に判断した菊之丞は両眼を閉じて天童式抜刀術『涅槃妙心の構え』を取った。

 

 

Ø

 

 

 そこから先の顛末を僅かに語るとしよう。

 椿がここに辿り着いた時には、戦いは既に終わっていた。

 地獄絵図。まさにその四文字が相応しい光景だった。

 先鋭の勇士たちはたった一人の青年によって全滅させられ、護衛対象であった天童菊之丞は身体に大きな穴をあけた状態で発見。向こう側の景色が見えることから、菊之丞の中には心臓は既に無いものと思われる。

 見ればわかる、天童菊之丞は絶命していた。

 机の上には投げ捨てられるように置かれたライセンスが置かれていた。

 

「……これは?」

 

 椿がライセンスを恐る恐る手に取って、中を見て───絶句した。

 

「そんな……まさか、そんなことが……」

 

 ライセンスの持ち主は、里見蓮太郎だった。

 

 その日を境に、里見蓮太郎への世間の態度は大きく変わった。

『英雄』から『死神』へ。史上最悪の犯罪者にその姿を変えた。

 里見蓮太郎、24歳。彼は国際指名手配されたが、彼の末路を知る者は一部を除いて誰もいなかった。

 

 

Ø

 

 

 黒い墓標の前に、蓮太郎はいた。

 服から青い液体が滲み、その瞳は完全に消沈。今にも死にそうであった。

 真っ赤に染ってしまったその瞳を細めて蓮太郎は呟く。

 

「……終わったよ。きさ───ッ!?」

 

 名前を言おうとした刹那、頭の中で羽虫がザワつく。

 この墓の下に眠る大切な人の名前が、思い出せない。

 蓮太郎は歯を噛み締めて唸る。

 

「……なんで、なんでなんだよ……」

 

 とうとう、大切な人を忘れた。自分を助けた恩師を殺した理由ですら、忘れてしまった。

 ならば、俺があの男を殺した理由は一体なんだったんだ?

 

「俺があの男を殺したのは……意味のなかったって事なのか……!?」

 

 最悪な気分だ。あの男を殺してやりたいと心の底から思っていたと言うのに、天童菊之丞こそが里見蓮太郎という人間を支えていた最後の砦だったのだ。

 

「……こんなこと、あるかよ……」

 

 復讐からは何も生まれない。報復からも何も生まれない。

 わかっていたことだ。わかっていた、はずだった。

 

「畜生、畜生ッ!!」

 

 目元を抑えて狂ったように叫ぶ。

 わかっていたならなぜ殺した。殺す以外の方法ならいくらでもあったはずだ。

 

「あ゙あ゙ッ!!」

 

 かつて、蛭子影胤が蓮太郎に言った。

 

「───は、はは」

 

『君はいずれ私になる』と。

 

「はははは」

 

 ならないと決めていたと言うのに、結果がこれだ。蓮太郎は英雄から死神へと姿を変えていた。頭の中に住まう羽虫共が殺せとざわめく。

 

「はははははははッ!!」

 

 気づけば右目から失ったはずの涙が流れていた。哀しみからか、それとも自分の愚かさからか。それはもうわからない。だが、もう何もかも失った自分にはわからないくらいがちょうど良かった。

 

「……」

 

 蓮太郎は涙を拭うと、ホルスターに収めていたXD拳銃を抜き、墓標に置いた。

 

「……もう、あんたが誰か、思い出せないけど───今までありがとう」

 

 顔を上げると、モノリスの壁が見えた。

 

「……さようなら」

 

 蓮太郎は瞑目すると、東京エリアから離れるように歩き始める。

 

 その日、一人の男が死に、一体の怪物が生まれた。

 怪物の名は里見蓮太郎(死神)。かつて、黒い銃弾(ブラック・ブレット)と呼ばれた英雄の名前だ。

 

 

-Fallen-

『序章:里見蓮太郎最後の日』

 

 

復讐にはそれ相応の対価がついて回る。

 

男は力を得た代わり、何もかもを失った。

 

男に残されいるものはもう何も無い。

 

自らを犠牲にして悲しむ人間はもう誰もいない。それ故に効率がいい。

 

男は僅かに残った『正義』に縋って、戦場を駆け続けた。

 

そして、男が最後に辿り着いたのは───

 

目を逸らしたくなるような、地獄のような世界だった。




次回

『The Everything Guilty Crown』


エンディングテーマは一応「Fallen」。他の曲でも構わないと思います。

戦闘シーンを1万字以内に収めたかったが、収められなかった。そんな天野です。なので合間を見てまた描ききれなかったお話+お話の続きをチャレンジしたいと考えております。

そして、これを読んでいるブラブレファンの皆様。
里見蓮太郎ファンの皆様。
申し訳ありませんでした。


椿真一
モデル:狡噛慎也
唯一生き残った警官。

薊修哉
モデル:宜野座伸元
蓮太郎に殺害された。殉職。

救いは(期限:The Everything Guilty Crown 投稿まで)

  • 必要
  • 不必要

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