Guilty Bullet -罪の銃弾-   作:天野菊乃

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ようやく第1期が終わりました。
第1期に何年かけてるのでしょうかこの作者は。
この調子だと第2期は2024年に終わることになりそうですね。
まあそんなこんなで最終話。よろしくお願いします。

因みに、速攻で仕上げたので誤字や文法がおかしいかもしれません。その場合、誤字報告をしていただけると助かります。


『9月16日 あとがきの変更』


【episode:final】

 桜満真名に剣を振り下ろした集。真名に剣が当たる直前、集はふと剣を進める手を止めた。

 

「───寝たふりしてるんじゃねえぞ、桜満真名。答えがないのなら即座にお前を抹殺(イレイズ)する」

 

 集が小さく呟くと、真名が囚われている機械から無数のキャンサー結晶が飛び出し、眼球を形成。集を凝視した。

 

『そんな他人行儀な呼び方はやめてよ、集。私たち、姉弟じゃない』

「御託はいい。目的を話せ」

『もう、怖いなあ。ねえ集。私の身体を返して貰えないかしら。キャンサー(コレ)で幾ら身体を作ってもあなたのことを抱きしめてあげることは出来ないのよ』

 

 集は真名を見据えながら、口を小さく開いた。

 

「……もしお前に楪いのりの身体をお前に渡したとしよう。そうしたら、お前はどうするつもりだ」

『そんなの、簡単じゃない。この旧世界を破壊して……新たな世界を創るのよ。私と集がいつまでもいつまでも幸せに過ごせる───そんな世界よ』

 

 真名の言葉に集は剣を握る手を強くした。顔を伏せて、続きを聞く。

 

『だから集。私に『楪いのり』の身体を渡して頂戴?あんな作られた人形、いてもいなくても変わらないんだから』

「……」

『作られた体、作られた意思。作られた心。嗚呼、本当に気味が悪い───』

 

 真名がそう言った瞬間───剣が閃く。刹那、集を見つめていた無数の眼球が一斉に切り落とされた。

 

「……よく分かったよ、桜満真名。俺が睨んだ通り、お前はこの世界にはいらない存在だ」

 

 剣を薙ぎ払うように振るった集がボヤく。そのまま囚われの真名の方まで足を進める。

 

『し、集!あなた一体なにをしたかわかっているの……ッ!?』

 

 真名が囚われている機械を手刀で貫き、その首を掴むと集はその表情を変えぬまま言う。

 

「旧世界を破壊して新世界へと飛び立つだと?お前と()()()が幸せに過ごせる世界だと?───馬鹿馬鹿しい。御伽噺の読みすぎだ」

 

 冷めた瞳で真名の言葉を御伽噺だと言い切る集。そんな集に真名は動揺しながら呟く。

 

『集?どうしてしまったの?私の大好きな集に戻って?』

「ああ、それと───お前はその瞳で何を見ている。目を凝らして俺をしっかり見ろ……お前の大好きな王子様は俺ではない」

『え……?』

 

 真名は集の瞳を見つめた。そして、首をふるふると振ってうわ言のように呟き始めた。

 

『う、嘘よ……そ、そんな……そんな馬鹿なことがあるものですかッ!』

「残念だったな。これが現実だ」

『有り得ないッ!だって───』

 

 真名が言葉に詰まる。有り得るはずがない。あってはならない。なぜなら───真名の瞳に映っているのは桜満集でもない、昔助けた金髪の少年でもない。

 真名の視界に映ったのは、黒衣の青年。顔立ちは整っているものの、その表情(カオ)から生気が感じられない。瞳に宿るのは人間のそれとは思えないほどの怨念と絶望。

 桜満集とは似ても似つかない、見ず知らずの青年が真名を睨めつけていたのだった。

 

『───なぜ集の気配が感じられないの!?』

 

 集の中から、集の気配を全くと言っていいほど感じられなかったのである。

 真名は集の腕を掴むと、紅の瞳を向けた。

 その瞳には凄絶な怒りが滲んでいたが、それを集は無表情で見つめる。

 

『お前は……誰だ……お前は……集じゃない!』

 

 集は血化粧が施された顔を歪ませると、真名を正面から威圧した。

 そして、集は真名を掴む力を徐々に強くしていくと、薄ら笑いを浮かべて言った。

 

「───ああ、お前の言う通りだ。俺は桜満集ではない。さっきまでお前らが里見蓮太郎だと思い込んで会話を交わしていたのが……本物の桜満集だ。安心しろ、桜満集は死んじゃいない。眠ってもらっているだけだ」

 

 集が力をさらに込め、真名の首を絞めていく。真名も負けじと集の腕を思いっきり掴むも、集の力は緩むどころか強くなっていく一方だった。

 

『誰なの……!』

「いい加減察したらどうだ」

 

 集はその瞳を真っ赤に染めると、真名を絞める力をさらに強くする。

 

「─── IP序列96位『黒い銃弾(ブラック・ブレット)』。お前らがずっと呼び掛けていた里見蓮太郎その人だよ」

 

 と言っても、あのクソジジイを殺した時に剥奪されてるけどな。と集が───蓮太郎がボヤくと、真名は蓮太郎を睨みつけ、小さく口を動かした。

 瞬間、キャンサー結晶が一斉に蓮太郎が立っていたところに集中して襲いかかった。しかし、蓮太郎はあらかじめ予測していたのだろう。真名の攻撃は当たることなく空を切った。

 蓮太郎はヴォイドエフェクトを発生させ、空中で静止すると真名の血走った顔を見て嘲笑。バケモノになったお前でもそんな表情(カオ)は出来るんだなと挑発。

 続けて真名は蓮太郎にキャンサーの刃を伸ばすも、蓮太郎が剣を振るう度に刃は一瞬で砕かれる。

 蓮太郎は後方に跳躍して、ヴォイドエフェクトの上に着地。剣を軽く振るうと天童式抜刀術の攻の型・心地光明の構えを取った。

 

「……」

 

 真名がキャンサーの礫を蓮太郎に投擲した瞬間、蓮太郎は動いた。UFOのような軌道を描きながら真名に急接近する。真名は攻撃の分に回していたキャンサー結晶を防御の方に回し、剣による攻撃を防ごうとする。

 

『無駄よ、このキャンサーの絶対防御はヴォイドでも切り裂けない』

「うるせえよ」

 

 真名の言葉に一切耳を貸さず、蓮太郎はそのまま剣を水平に倒す。

 

「───天童式抜刀術・零の型三番」

 

 天童木更が編み出した零の型。その剣戟は音速をも超える。

 

「『我流・阿魏悪双頭剣(あぎおそうとうけん)』」

 

 一撃で真名の絶対防御を突破、二撃目で真名の身体を袈裟斬りに切り裂いた。数秒後、硝子が砕け散る音と何かを切り裂く音が辺り一面に響き渡った。

 鮮血が飛沫、蓮太郎の顔面に降り掛かる。

 真名は信じられないと言わんばかりに目を丸くして、蓮太郎の赤い瞳を見つめた。

 再度蓮太郎は真名の首根っこを掴むと、囚われていた機械の中から真名を強引に引き出した。

 

「里見……蓮太郎ッ!どうして私たちの理想郷創設の邪魔するの!!」

「……てめえらの御伽噺を聞くのはもうウンザリだ」

 

 蓮太郎は真名を宙に放ると、剣を薙ぐように振るった。

 

「死人は死人らしくとっとと地獄に還れ」

 

 瞬間、真名の身体が輪切りに切断される。凄まじいほどの絶叫と悲鳴が空に木霊した。

 

「……終わったか?」

 

 血の雨をその身に浴びた蓮太郎はゆっくりと地面に降り立つ。そして、空を見上げると僅かに顔を顰めた。

 

「無駄な足掻きを……」

 

 身体を輪切りに切断されたと言うのに、真名はまだ生きていた。キャンサーの結晶体となった真名はその身体を球体に変えると、力を蓄えるかのように周囲のキャンサーを吸収し始めた。

 舌打ちしながら再度宙に飛び上がろうとする蓮太郎。そんな中、蓮太郎の腕を何かが擦過した。

 蓮太郎は鬱々とした表情で背後を見る。

 右腕からおびただしい量の血を流し、充血した瞳で蓮太郎を睨みつけているユウが、そこいた。

 呆れたような、驚いたような。蓮太郎は目を細めながらユウを一瞥。

 

「……まだ生きてたのか、墓守」

「ダァトに逆らう愚か者め……ボクの、ボクの王の力を取り返せ……ッ!」

 

 ユウがそう言い、空間にキャンサーの礫を生成する。なるほど、先程蓮太郎に投擲したのはこれだったようだ。

 蓮太郎は小さく息を吐くと、ユウの背後に一瞬で移動した。

 

「こんな力、別に誰のものでもねえだろ」

「い、いつの間───かはッ!?」

 

 躊躇なくユウの背中に剣を突き刺した。背中の肉と骨を切り裂き、腹から剣が現れる。遅れて、凄まじい突風と土煙が巻き起こった。

 

「余計な時間取らせやがって」

 

 再び頭上を見上げると、妖しい輝きを放つ球体が蓮太郎を照らしていた。

 蓮太郎は剣を構え、宙へ飛ぶと球体の前で静止。剣を上段に構えた。

 

「消えろ」

 

 言いながら剣を振り下ろす。

 

 そして───眩い光が世界を放射状に照らした。

 

 

 頭に走る鋭い痛みで集は目を覚ました。額にはびっしりと脂汗が滲んでいる。

 跳ねるように飛び上がると、集は周囲一帯を見渡した。

 

「……何だ、これは」

 

 そこには見慣れた風景は跡形もなく、キャンサーが大量に張り付いていて、奇天烈な世界が広がっていた。

 狂ってしまった静寂の世界に、自分の足音だけが聞こえる。自分だけが異世界に飛ばされてしまったような気分だ。

 ふと空を見上げると、夜空が白み始めていた。もうすぐ、夜が終わる。集は疲労感の溜まった身体を引き摺りながら、歩いていた。

 

「……そういえば」

 

 集は歩きながら、思考を働かせた。

 明らかに強化外骨格たちの数が少なかった。ユウたちが言うには、5名居るはずの兵士たちが4名しかいなかったのは、明らかにおかしい事態だった。怖気付いて逃げ出したのかと考えもした。だが、彼らは恐怖という感情を人為的に削除されているため、その可能性はゼロに等しい。

 となると、答えは一つだけだ。誰かが、食い止めてくれていたのだ。

 徐々に混濁していた意識と視界がクリアになっていく。集は思わず息を詰めた。

 

「……ッ」

 

 切断された人間の右腕が無造作に転がっていた。

 その近くには、ところどころ破損した箇所が見られるショットガンと、生首が転がっていた。その血の気のない面持ちを見てそれが強化外骨格のものであることに気づいた。

 

「……まさか、いや……そんなわけが……」

 

 集は気持ちを必死で押さえつけながら、階段を歩いた。

 怖いくらいの静寂の中、集の靴が結晶を砕く音だけが聞こえる。

 そして見つけた。見つけてしまった。

 集は拳を握りしめ、思いっきり振りあげようとして止めた。首を振りながら喉を振り絞って声を漏らす。

 

「……俺の王の力を使って世界を救うんじゃなかったのかよ───恙神涯ッ!!」

 

 建物の壁に背中を預けた涯は、虚ろな瞳で集を見上げた。

 

「そういう訳にも……いかないだろ。あんな怪物をお前一人に任せるわけにいかなかったんだ……結果は……このザマだが」

「……ッ、お前……」

 

 身体の半分がキャンサー化している。剣で斬られた傷はキャンサー結晶によって防がれていたものの、これは全く歓迎できる事態ではなかった。

 

「ステージVの一歩手前───涯、お前は、もう……」

「……言うな。それくらい……俺にでもわかるさ」

 

 キャンサー患者は様々なステージが存在しており、それは真名のインターフェースであるいのりの血液を透析することにより押さえつけることが出来る。しかし、それはあくまで『抑制』であって『抑止』する効果はない。そして真名の歌を聴いたことにより、アポカリプスウィルスの侵食率が上がっていったのだ。

 ステージⅤに到達した患者は、現代の医療技術では寿命を引き伸ばすことも、押しとどめることも出来ない。

 

「……集。真名はどうなった?」

「……実は」

「いや、いい……無理矢理復活させられたんだ……お前に殺されたことは、真名自身も本望だったはずだ」

 

 違ぇよ、記憶にないんだよ。言ってやりたかったが、涯の安堵したかのような顔を見ると、そんな言葉も喉元でつっかえてしまう。涯は小さく息を吐いてから、震える手で集にグロック17を手渡してきた。

 

「……頼む。お前の手で、俺を真名の元まで連れて行ってくれないか?」

「……ッ!」

 

 砕けそうになるほど歯を噛み締めながら、涯からグロックを奪い取って眉間に照準する。

 銃口があちこちに飛び跳ね、照準が狂う。こんな至近距離なのに、集は外すかもしれない。

 人を殺すのは決して初めてのことではない。あのロストクリスマスの日、直接の原因は真名ではあったが、破滅の引き金(トリガー)を引いたのは桜満集本人だ。

 あの時のようにまた引き金を引くだけ。それが形を持っているかいないかの違いだけだ。

 集は改めて質量の持ったそれを力一杯握りしめると、涯に照準を定めた。

 

「……ッ」

 

 非情になり切れ、桜満集。里見蓮太郎のように行動しろ───と自分に命令するも、指が一向に引き金を引かない。

 

「……ちくしょうッ」

 

 ───嗚呼。やっぱり、俺は俺なのか。俺は里見蓮太郎ではなく、俺はどこまでも桜満集なんだということを、嫌という程思い知らされた瞬間だった。

 

「……なんだ、俺のために泣いてくれるのか?」

 

 集は顔を振りながら笑ってみせる。しかし、目尻から溢れる涙は止まらない。

 

「……お前はずっと俺の目標だった。だから俺はここまでやって来れた。色々あったが生きていてよかった。ありがとう、集」

 

 そんなこと言うなよ、余計に撃ちにくくなるだろ───出かかった言葉を何とか飲み込んだ。

 涯は続ける。

 

「……集。自分自身を信じろ」

「……え?」

「……確かに、お前は真名の精神を壊す切っ掛けを作った。だが、それは決してお前一人のせいではない」

 

 束の間、集と涯の視線が絡んだ。

 

「お前は真名と世界を天秤に掛け───腐りきったこの世界を選んだんだ。たった一人、桜満真名の生命を生贄にな。結果、多くの人命を救ったんだ。そして、今回も───」

「……、…………」

「人は輪廻転生を繰り返す……だから、お前のしたことは正しい。正しかったんだよ集……」

「……、…………、………………涯」

 

 重たい声が集の口から漏れる。

 

「だから、頼む。俺が……恙神涯が人間であるうちに……」

 

 気づけば、手の震えは止まっていた。心を打つ鼓動は未だに早いままだが、ざわついていたその心は、いつの間にか穏やかになっていた。

 

「───ああ、わかった。涯」

 

 再度銃を上げ、涯の眉間を狙う。

 涯の瞳はもう焦点を結んでいない。涯の声はもう切れ切れだった。

 

「───この世界を変えるのは……お前に託した……ぞ」

 

 引き金を絞った。腕を蹴るグロックの反動。乾いた発砲音がして、空薬莢が一発排出。スライドストップが上がり、スライドがロックされた。

 涯のキャンサー化は動きを止めていた。集は地平線の向こうから顔を出した太陽を見つめながら呟く。

 

「……要らねえ置き土産、していきやがって」

 

 砕け散ったキャンサー結晶が舞う。

 ヘリのローター音が聞こえてきて振り返ると、崩壊した元六本木の地平線の向こうから赤い朝焼けが差し込んできていた。

 

「……お前のその意思、確かに引き継いだ。あとは任せろ」

 

 集は目じりに溜まっていた涙を拭くと、口の端を持ち上げて言った。

 

「さよならは言わない。だから───お疲れ、“トリトン”」

 

 かつての恙神涯を呼ぶと、集は朝日を背に歩き始めた。

 葬儀社たちの戦いはここで幕を閉じた。そして恙神涯という集の友達がこの世から姿を消したのだった。

 

 

 

 【Epilogue:Change The World】

 

 

 

 あの騒動から数週間が経過した。その間に、世界は変わってしまった。

 あの騒動は『第2次ロスト・クリスマス』と呼ばれるようになり、その被害は数万人にも及んだようだ。

 その緊急事態を受けて、政府は様々な場所を避難場所として提示。集の通う天王洲第一高校が避難所の一つとして指定された。

 幸いなことに集の家に被害はなかった為、幾らでも家に帰ることは可能なのだが、それだと何を言われるかわかったのものでは無い。大人しく、部室に入り浸っている。

 そして、もう一つ。東京を囲うように巨大な壁が現れたことだろうか。モノリスを彷彿とさせるそれだが、その役割りは全くといっていいほど別のものだ。

 壁の向こう側に少しでも出ようものなら、外で待ち構えているGHQの白服たちが民間人を蜂の巣にするというその狂ったシステム。

 表向きでは感染拡大を防ぐためと言っているが、恐らくは違うだろう。

 GHQとダァトという組織は繋がっている。この東京という名の檻に《楪いのり》という人間を閉じこめ、桜満真名の復活を企んでいるに違いない。

 

「……」

 

 集は恥ずかしげもなく集の右手を握る楪いのりの顔を見て、小さく息を吐いた。所謂、恋人繋ぎというものをしたいと言い出したいのりに、集は必死に抵抗したものの、いのりの無言の圧力で従わざるを得なくなってしまった。

「立場的に俺の方が上だよな?なんで俺はいのりに従ってるんだ?」と言いたくなる衝動を抑えながら、集は思考する。

 第二次ロストクリスマスが発生し、涯を自らの手で射殺した後。集はいのりを探していた。もしかしたら、危険な目にあっているかもしれない───そう考えながら。

 しかし意外なことに、いのりは安全なところで寝かされていた。集は思わず安堵の息を吐いた。そして、いのりを抱き上げここから離脱しようとした刹那、頭に大量の情報が流れ込んできたのだ。

 集が気絶している間に、何があったのか───。

 ここで集は真相を知った訳だが、わからないことがある。それを確かめるべく、集たちは天王州病院へ向かっていた。

 

「集」

「……どうかしたか?」

「私はここで待ってる」

 

 いのりの言葉に集は怪訝な表情を浮かべたが、すぐああと呟いた。

 

「……先生と会うのが嫌なんだな」

「それもそう。あと運気が吸われて私に不幸が訪れそう。不幸顔なのは集だけで十分」

「……」

 

 集は無言でいのりの額に軽いデコピンをした。いのりは涙目を浮かべながら集を睨めつける。

 

「痛い、何するの」

「自分の胸に手を当ててよく考えとけッ」

 

 集はドカドカと歩きながら、病院の中に入る。受付はいなかったが、どうせいつも顔パスで通ってるんだ。今日くらいいだろう───と思いながら地下へと続く階段を下る。

 

「相も変わらず暗い場所だな───おい先生、生きてるかよ」

 

 集が扉を数回ノックするも返事がない。まさかと思い立て付けの悪い扉を蹴破ると、意外にも普通の食事をとっていた菫がこちらを見つめていた。

 

「やあ、久しぶりだね。桜満くん。いつになったら死んで運ばれてくるんだい?」

「あんたに聞きたいことがある、室戸菫先生」

 

 開幕から物騒な言葉を放ってくる菫の言葉を聴き流しながら、いつにも増して真剣な表情を浮かべる集。しかしというかやはりと言うべきか、相変わらずヘラヘラとした表情を浮かべる菫に、集は思わず辟易とした表情を浮かべた。

 

「……締まらねえだろ、先生。こういう時くらいもう少しまともな表情(カオ)してくれねえか?」

「私が君の要望に応じるとでも?」

 

 ゲンナリとした顔をして集は呟く。

 

「……いや期待してねえし、あんたならまず応じねえだろうな。性格悪いし」

「心外だな。私は性格が悪いのではない。欲に忠実なだけだ」

「ああそうかよッ」

 

 集は立て付けの悪い椅子にドカッと座り込むと菫は気味の悪い笑みを浮かべて言う。

 

「まあそんな顔をするな。折角、東京エリア───いや、この東京の英雄になったというのに」

「本当にあんたは性格が悪いなッ」

 

 集は仏頂面を浮かべて言う。

 

「……あんな犠牲の上でなった英雄なんて喜べるかよ」

 

 恙神涯をこの手で殺した感覚は未だ残ったままだ。集は新たにホルスターに入れたグロックを一瞬撫でる。

 そんな集を見つめながら、菫は悪戯っぽく笑った。

 

「それもそうだ。それに、君は英雄と呼んでも喜ぶ性格ではなかったね───そうだろう?桜満集くん」

 

 数秒時間が流れる。集は横目で菫を睨め、小さく息を吐いてからその口を開いた。

 

「……あんたは最初から知っていたんだよな。里見蓮太郎が俺になっていたんじゃない。俺自身が里見蓮太郎に近づいていたこと」

「無論」

「どうして、そのことを俺に言わなかった?」

 

 震える集の言葉に、菫は肩をすくめて言った。

 

「聞かれなかったからな」

「だったらせめて教えてくれ先生。俺は一体───桜満集(おうましゅう)は、何者なんだ」

 

 菫は目を瞬かせながら答える。

 

「君は桜満集その人だ。間違いなくね───ならなぜ、自分に里見蓮太郎の記憶があるのだろうと君は考えるだろう。安心したまえ、その答えはもう既に用意してある。君が桜満真名が目の前で死んだショックにより、自身の記憶の大部分を損失。その失った部分を里見蓮太郎という人間で補った。ただそれだけさ」

 

 やはりそうか、と集は目を細める。足りない部分を里見蓮太郎で補った結果、桜満集としての要素が薄れてしまったのだろう。だから、集は気づかなかった。自分が、里見蓮太郎に限りなく近づいている別人だということに。

 これじゃあまるで道化師だな───集は自分を自虐するように笑う。

 

「ところで、いのりちゃんはどうしたんだ?君なら真っ先に連れてくると思ったんだがね」

「俺も連れてこようと思ったんだけど……『あそこは埃臭いから嫌だ』『死体愛好家(ネクロフィリア)とは相容れられない』『解体されそう』『食欲が失せる』とか言ってたぞ。あんた、いのりに何かしたのか?」

「いや、何もしていないさ……それにしても、いのり、ね」

 

 菫は集がいのりの呼び方を完全に変えたことに微笑を浮かべた。

 

「んだよ、悪いか」

「いや、悪くないさ。悲しい末路を辿った蓮太郎くんは、気になっている異性のことは必ずさん付けだったからね。こういう点でも、君は蓮太郎くんと違うんだなと思っただけさ」

 

 集は蓮太郎と言う言葉を聞くと、生唾を呑みこみながら菫に訊ねた。

 

「最後に一つだけ教えてくれ、先生。なぜ黒い銃弾(ブラック・ブレット)の記憶が俺にはないんだ」

 

 集の問い掛けに菫はすかさず答える。

 

「君が拒否したからさ。彼の記憶を。彼のその後の末路を」

「里見蓮太郎の末路?」

「それは私からではなく蓮太郎くん本人に聞くべきではないかね?」

 

 菫は私は答えないぞ、と目を伏せながら言う。集は数秒ほど菫を見つめいたが、答えないとわかったのだろう。静かに立ち上がると背を向けて歩き始める。

 と、そこで集はそうだと呟くと歩く足を止めて菫の方に向き直った。

 

「どうした?まだ私に何か用か?」

「……いやそういう訳じゃないんだけどよ。ありがとうな、先生。見ず知らずの俺を───桜満集を助けてくれて」

「……なんだ、そんなことか。だったら気にするな。これも玄周(クロス)との約束だからな」

 

 菫はそう言うと、静かに笑った。

 

 

 

 全体的に薄暗かった病院から出ると、眩い日差しが集を貫いた。

 あまりの眩しさに思わず目を細めると、木陰で待っていたいのりが手を小さく振っているのが見えた。

 集は苦笑いを浮かべると、足早でいのりの元へ向かう。いのりは真っ赤な瞳を集に向けながらその小さな口を開いた。

 

「室戸菫との話は、終わったの?」

「ああ。終わったよ」

 

 言いながら、集はポケットから財布を取り出していのりに投げ渡す。

 いのりはどうしたの?と首を傾げて集を見つめてくる。

 

「ずっと待っててお腹すいてるだろ。好きな物買ってきなよ」

 

 集がそう言うと、いのりは顔を明るくして近くのハンバーガー屋に入っていった。

 集は近くのベンチに腰掛けると、伸びをしてから一息ついた。

 戦いは終わった。しかし、最早引き返す道はもうどこにもなかった。

 戦いが終わってなお、王の力は集の中に残っている。もしかすると、この王の力は、世界を変えるまで集の中に存在し続けるのかもしれない。

 新たに刻まれた右腕の王の刻印を太陽に翳し、考える。

 

 ───王の力とは、一体何なのだろうか。

 

 恙神涯(つつがみがい)はかつて集に言った。

『王の力は、神々の領域を暴く力』だと。

 ───果たして本当にそうなのだろうか。集には、神がどういうものだとか、神の領域を暴くだとかそういうものには興味はない。それに渡せるものなら渡してしまいたいし、こんな厄介極まりない力は即刻処分してしまいたいところだ。

 しかし、そうもいかないというのがこの現実(リアル)だ。

 

「……それに、あいつらが生きている限り、この力は絶対に必要だ」

 

 あれから隈無く探したものの茎道修一郎の死体は、見つかることは無かった。その後もニュースでも報道されることがなかったため、あのユウという少年が彼を連れて逃げたのだろう。だとすると、再度彼等と闘うことになるであろうことは容易に理解出来る。そして、真名の復活もまた諦めていないということになるのだろう。

 その計画を完膚なきまでに破壊しない限り、彼らは永遠にいのりという存在を狙い続けるに違いない。

 そんな彼らに対抗するためにこの王の力は必要だ。楪いのりというこの世でたった一人しかいない人間を守るためにも。

 

「……集?どうしたの?」

 

 これからのことを考え耽っていると、大量の紙袋を抱えたいのりが集を見下ろしていた。ふと端末の時計を見ると、既に十数分が経過していた。

 そんなに自分の世界にのめり込んでいたのか、と苦笑いを浮かべながら集はベンチから立ち上がる。

 

「───や、なんでもない。そろそろ行こうぜ」

 

 その時、金属質の物体が石畳の上を跳ねる澄んだ音が2人の時間を止めた。

 集は自分の首にぶら下がっているはずのロザリオと、地面とを呆然としながら何度も見比べた。地面を跳ねた物体は、涯の遺品の一つである純銀製のロザリオだった。

 

『───王の能力はその力を持つ者を孤独にする』

 

 かつて、世界を売った男(スクルージ)が言った言葉を思い出す。

 

『───気をつけろよ、里見蓮太郎(ブラック・ブレット)。お前が手にしたその輝きは、決して奇跡を起こせる力などではない。触れるモノ、関わったモノ、すべてを破壊し作り替える力───』

 

 スクルージが言い放った言葉が未だに耳に、脳裏にこびりついている。

 

『───呪われた力だ』

 

 集は息を呑みながら、落ちたロザリオを静かに眺め続けた。

 

 

 

 

 

-第1章 エウテルペ 完結-

次回:名前のない怪物

 

 

 

 

 逢魔が刻。血塗れた大地に乾いた風が吹く。

 青年、里見蓮太郎は閉じていた瞳をゆっくりと開け、瞼を何度も瞬かせる。

 桜満集と肉体を共有してから約数年。随分と長い間、眠りについていた蓮太郎は眼球運動のみで辺りを見渡した。

 何処を見渡してもあるのは屍の山。死臭と硝煙が入り交じった最悪の匂いに、蓮太郎は思わず顔を顰めた。

 数年前であれば、こんな光景見ただけで吐いていただろう。しかし、今では何も思わなくなってしまっている。

 

 ───予言しよう、里見蓮太郎くん。君は必ずこちら側に来る。

 

 かつての宿敵、蛭子影胤の言葉を思い出した蓮太郎は、思わず唸るような息を吐きながら、静かに起き上がる。

 黒いコートの裾が風に靡いて揺れる。

 

 屍の山を突き進みながら、蓮太郎は小さく息を吐いた。

 歩く度に思い出される。忘れたくても忘れられない忌むべき記憶。しかし、これがあるから今の蓮太郎はある。

 

 天童木更が目前で殺されるのを見た。

 愛する人を失った憎しみで、誰の言葉にも耳を貸さず、自分の中に滾っていた怒りを相手にぶつけた。結果、依存心と唯一残っていた左側の上肢と下肢を失った。

 

 藍原延珠が目前でガストレア化するのを見た。

 蓮太郎自身の手で殺して欲しい。そう言われたにもかかわらず、蓮太郎は行動に移せなかった。結局、自分は何も出来ないと思い知らされたあの日、蓮太郎は感情を捨てた。

 

 天童菊之丞をこの手で殺した。

 ほんのひと握りだけ残っていた正義さえ無くした末に、里見蓮太郎は魔道に堕ちた。

 

「……」

 

 空を仰ぐ。

 全てを無くし、全てを世界に奪われたあの日から───里見蓮太郎という人間は壊れてしまった。

 正義のためと行動していたことは、すべてが裏目に出た。すべての悪を根こそぎ滅ぼそしても、その心が満たされることはなく、それどころか心身共に摩耗していくのを感じていた。

 

「……」

 

 殺す度に『恐怖心』というものが、里見蓮太郎という人間の中から消え失せいき、その肉体は最終的に殺戮だけを行う人形(マシン)へと変貌していった。

 民衆を守るはずの正義は、邪悪の敵になっていたのだ。

 

「……誰も失いたくない。この力でみんなを守ってみせる、か」

 

 蓮太郎には、賭けるものも、救うものも、もう何も無い。ただ仕事をするように人を殺すだけだ。

 序列が100位に上がった時に付けられた異名、黒い銃弾(ブラック・ブレット)。思えば、あの日から、何かを守るという意思が抜け落ちたような気がした。

 銃弾に感情などは必要なく。必要なのは敵をどうやって殺すかという銃弾の如き意思のみ。

 

「……力で世界を変える、か。くだらねえんだよ」

 

 力とは形を成すものであれば、無限に広がる無でもある。

 無からは何も生み出すことは出来ず、力技では何も解決しない。そんなことを繰り返したところで、何の解決にも至らない。

 やがて、訪れるのは世界の破滅。

 ガストレアでも、機械化兵士でもない。人間そのものが、世界を破滅に導くのだ。

 ───それに気づかされたのは、すべてが終わった時であったが。

 

「……所詮は餓鬼の戯言。どうせいつだって人の世界は変わらない」

 

 恙神涯は桜満集に言った。俺の意志をお前が引き継げと。

 桜満集は恙神涯に言った。お前の意志を俺が引き継ぐと。

 蓮太郎は恙神涯の言葉と桜満集の言葉を嘲笑する。

 

 ─── 世界を一度も変えたことも無い人間が、世界を救うだと?

 

 気づけば、口から笑い声が零れていた。

 

 「夢を見るのも大概にしておけ。桜満集」

 

 蓮太郎は一瞬右腕に走った鋭い痛みに呻き、その右腕を天に翳した。

 有り得るはずのない痛みに僅かに動揺する蓮太郎。そこには、桜満集と同じ王の刻印が刻まれていた。

 蓮太郎は目を細めると、天にかざした右腕を力いっぱい握りしめる。

 

 「こんな悪魔の力なんかで、世界を変えられるわけがないないだろうが……ッ!」

 

 蓮太郎の言葉は表情とは裏腹に、哀愁が紛れ込んでいた。

 

 -

END




第1章完結。
お疲れ様でした!くぅ、疲れました!!
4年という長い月日をかけてこちらの作品を完成させました!このまま2期に行く……前に、少々とあるお話を入れる予定です。
そう、物語で殆ど語られることのなかった本物の里見蓮太郎についてです。
最後に少しだけ本物が出て来ましたが、原作の彼とは似つかないほどに別人となっていましたね。
里見蓮太郎の末路を少しだけ明かせたらなと考えているので、第2期である『The Everything Guilty Crown』はしばしお預けです。

救いは(期限:The Everything Guilty Crown 投稿まで)

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