海の心地よい音がする。潮の香りが鼻腔をくすぐり、盛大なくしゃみをする。
海はつい最近行った。もう行かなくてもいい気がする。というか行きたくなかった。
「集?」
「どうしたの、いのりさん」
「そんな顔しないで」
「はい」
どうしてこうなったんだろう。やはり、俺は呪われているのだろうか。なんて思っているいるうちに、陸に上陸。目的地である大島に到着した。
船から降りようとすると、颯太が集を突き飛ばして大きな声で叫ぶ。
「着いたぞぉぉぉ!」
船から下りた颯太は興奮の声を上げる。壁に叩きつけられた集は眉間に皺を寄せながら、指を鳴らしていた。
殴り殺してやりたい衝動を押さえ込みながら、集も陸に降りる。
高校二年生の夏休み、集たちはは大島へやって来ていた。
英研部員達は夏休みの合宿で、集たち葬儀社は涯からの任務でここへとやってきた。
やはりと言うべきか、この場にも谷尋はいない。一体、どこで何をしているのだろうか。
ちなみにいのりは部員じゃないのだが、颯太がいのりを被写体にしたいらしくて連れてきたらしい。最初は乗り気ではなかったようだが、花音が集も来ることを伝えると二つ返事でOKしたようだ。
肌を突き刺すような日差しから逃れるように集たちは別荘へとやってきた。
想像を超えた大きさに、花音は集に訊ねる。
「桜満くんの親戚の人って何してるの?」
集は花音に目もくれずに答える。
「アルドルフ・ヒトラー」
「えっ?」
「みたいな、人だよ。そういうことは、あんまり気にしない方がいい」
涯のことではない。真っ先に連想したのは天童菊之丞。断じて涯ではない。花音はふーんと軽く返すだけであまり深く追求しなかった。そして、荷物を置きに行こうとするいのりを捕まえて耳元で話す。
「……どうしたんだよ、この屋敷」
「ふにゃあッ!?」
いのりが素っ頓狂な声を上げて集から二歩、三歩と後退した。なにかしたのだろうか。
「……いのりさん?」
「が、涯が供奉院グループから手配した」
驚く必要ねえだろ、と視線で送るといのりは目を泳がせる。
最近、いのりの調子が可笑しい。例えば集がいのりに近づくと、わざとらしく距離を取ったり、話しかけようとするとどこかへ行ってしまう。その癖、集が他の女子と話していると、鬼神も真っ青になって逃げ出すような不機嫌オーラを撒き散らしながらいのりは集の背後に立つのだ。
何がしたいんだお前。そう言いたくなる言葉をいつもぐっと呑み込んでいる。
集が訝しげにいのりに視線を送っていると、近づいてくる影が一つ。
「また二人仲良くしてー家だけにしてよ!」
「はあ!?いきなりなにを───」
「だって二人一緒に住んでんでしょ?」
言われて驚くいのりと颯太に対する不信感を一層強くする集。
「何?どういうこと?」
花音と祭は、話が見えずに首を傾げている。
「俺見ちゃったんだよねー、二人が一緒に家へ帰っていくところ!」
「はぁ!?」
「じゃあインタビューしちゃいましょう!二人の慣れ初めは?」
「颯太ッ!!」
「最初は怖かったけど受け入れればそうでもなかった」
「あんたは黙ってろいのりさんッ!!いのりさんとは本当になにもないから!」
「またまたー」
「巫山戯るのもいい加減にしやがれ!いのりに迷惑かけるんじゃねえッ!!」
感情に任せて口汚い言葉を発する集。一触即発。火がつく寸前で花音が仲裁に入った。
「あっ……」
集はしまったと思い、沈黙する周囲を見渡した。集は頭をかくと無言で家の外に出る。
「悪い……ちょっと、頭を冷やしてくる」
言いながら集は外へと駆け出した。
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桜満玄周と書かれた墓の目の前に訪れる。墓参りの手順を一通り行ってから、集は小さく息を吐いた。
「桜満玄周か」
「……知ってるのか?桜満玄周のこと」
「旧天王洲大学の教授であり、アポカリプスウイルス研究の第一人者だ」
「そう……か」
そんな大層な人だったのか、と集は小さく呟く。
「寧ろなぜお前が知らん。アポカリプスウィルスの研究をしている者が近くにいれば、いやでも耳に入る名だぞ?」
涯の声に呆れの色はないが、少し意外そうな感情が入っている感覚だった。
「春夏とはあまりそういう話はしないからな。父さんのことを思い出すと泣き出すもんだから」
集はここから見える景色を一望する。
「この大島にも昔住んでたらしいが、俺に記憶がないから実感もわかなくてな。実の父親っていう実感もなければ、この男の顔すら知らない」
それは、集も蓮太郎も同じことだった。
「本当になにひとつ憶えていないのか?」
涯の言葉に小さく頷く。残念そうな顔を浮かべる涯にまあと続ける。
「姉と弟がいたような気がするんだ。気の所為だと思うんだがな」
「……そうか」
涯が一瞬息を飲んだ気をした。集は問い詰める気にもなれず話題を転換する。
「それで、いい加減話してくれてもいいんじゃないのか?この大島に俺たちを呼んだ理由ってやつをよ」
集の言葉に、涯は着いてこいと言うと歩き始める。その後ろを黙々と歩き続けると神社を見つけた。近づこうとすると、涯が手を出して集を静止させる。
「あれが今回の目的のものだ」
「神社?」
涯に示された先を見ると、丘の下で道路を挟んだ向こう側にある鳥居と長い階段だった。見てみろ、と涯に手渡されたスコープで鳥居を覗く。
階段の至るところに赤外線センサーのラインが張り巡らせていた。
「神社如きでなんでこんなに……」
「”はじまりの石“。今俺たちが最も手に入れなければならないものだ」
「なんだよそれ?」
「文字通りだ。ここに落ちた隕石の破片にある少女が接触したことによって───その少女はアポカリプスウィルスの第一感染者となった」
「……アダムをすっ飛ばしてイヴってことか。趣味悪ぃな」
集は涯の言葉を聞きながら、顔を顰める。
「それがはじまりの石。今回の任務はそれを手に入れることが目的だ」
「そのためのヴォイドが必要なんだな」
「そうだ。お前は時間に指定の場所に魂館颯太を連れてこい」
「半殺しにしてから連れてくりゃいいか?」
「……いのりを使え」
その言葉に集は涯を睨みつける。
「……いのりさんを使えってことか?」
「不満か?なら、お前が他の案を考えてみろ」
集は数秒唸った後、諦めたように首を横に振った。確かに、涯の作戦ならリスクを負う必要もない。
「決まりだな。お前は戻って時間まで思い出作りでもしておけ。友達は大切にな」
涯の言葉に集は気のない返事をした。
救いは(期限:The Everything Guilty Crown 投稿まで)
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必要
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不必要