Guilty Bullet -罪の銃弾-   作:天野菊乃

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【episode17】

「おい涯、人使いが荒いぞ。給料はずめよ」

「黙れ。お前の人権を取り戻してやったのは誰のおかげだと思っている」

「猫耳だろ」

「俺たち葬儀社だ」

「猫耳カチューシャだろ」

 

 学校の校門前に到着するなり、黒塗りの高級車に半ば強制的に乗せられ、クロロホルムの染み付いたハンカチで半強制的に気絶させられ、目が覚めたらこれである。

 集は堪らず大きな溜め息を吐いた。

 

「……それで?わざわざ俺を呼び出したのは理由があるんだろ?説明しろ」

 

 乱れた服を正しながら、集は涯を睨みつけた。

 涯は耳のイヤフォンをコンコンと二回叩くと、渋い男の声が返ってくる。

 

『───数回の戦闘で、軍事物資が不足してきているのです』

「あんたが答えんのかよ、四分儀さん」

 

 集はなんだかどうでも良くなってきて、肩を落とす。そこで、ん?と首を傾げながら涯にもう一度訊ねる。

 

「OAUから金は手に入れられてんだろ?だったらなんで軍事物資が不足するような事態に陥るんだよ」

『資金はあっても運ぶルートがないんですよ』

「やっぱりあんたが答えんのか……」

 

 一通り、四分儀にすべて答えさせると、涯は集に顔を近づけて言う。

 

「───というわけだ。協力者が必要となった。そうしたら丁度学校に行きたくなさそうな面をしている男子高校生がいたわけだ。」

「俺を学校に行かせてくれないか?なぜだか知らないが今日は無性に行きたい気分なんだ」

「断る」

 

 集は裏声で涯の胸倉を掴んだ。

 

「お兄様!!」

「いるだけで俺の身に不幸が訪れそうな顔をしている妹なんて俺は要らん」

「お前本当にいい神経してるよなッ」

 

 涯の鳩尾に一発、拳を叩き込む。くの字に曲がった涯を横目に、通りすがった男二人組に組み付く。一瞬、何が起こったかわからない二人は首を絞められて気絶、ずるずると引き摺られていく。

 

「お前、悪魔か」

「違うな。服が歩いていたんだよ。俺は正しい」

「お前、それを悪って言うんじゃないのか?」

 

 ぐうの音も出ず、押し黙っている集に涯は口の端を上げて言う。

 

「この下衆(ゲス)野郎が」

「うるせえ、感謝しやがれ。葬儀社リーダー様がわざわざ手を汚さず追い剥ぎが出来たことに」

 

 服を奪い去ると、適当なロッカーに人を押し込み、鍵を閉める。

 目覚めた時、パニックになるのは明白だが、大声で喚けば脱出は出来るはずだ。

 着慣れないスーツの襟を正しながら、集は既に着替えを終えた涯を見る。

 

「……こんな場所に来たってことは、話したい奴がいんのか?」

「ああ。しかし、なかなか表舞台に出て来ない相手だ」

「いくら表舞台に出てこないからと言って、無理矢理表舞台に引き摺り出すのだけはやめてくれよ。愉快なオブジェになるのはお前一人で十分だ」

「安心しろ。そんなことするのはお前だけだ」

「んだとてめぇ」

 

 掴もうとした手を涯はするりと躱し、広場へと向かう。後ろから蹴り飛ばしてやろうかと考えたが、そんなことをしても仕方がない。溜息を吐いて、その後ろを着いて歩く。

 会場に出ると映画くらいでしかお目に掛からない、豪邸のような豪華な装飾の広々とした空間に、どう少なく見積もっても八十人強はいるスーツとドレスを着飾った男女が互いに談笑していた。

 集は久しく見るその光景に、天童菊之丞(仏像彫り)斉武宗玄(ヒトラー)を思い出しながら、頬を引き攣らせた。

 そんな集を気遣ってか、涯は集に声をかける。

 

「こういう所は初めてか?」

「……いや。寧ろ行かされすぎてもう行きたくないと思ってたくらいだ。もう二度と行くまいと思っていたんだが」

 

 あの時のことは今でよく覚えている。

 天童菊之丞(シロヒゲクソロウガイジジイ)のことを思い出すだけで、腸が煮えくり返りそうだ。この世界ではそんな男は存在しないので、もう二度と会うことは出来ない。残念極まりない。

 集の静かな憎悪を感じ取ってか、涯は冷や汗を垂らした。

 

「……お前も色々あるんだな」

「まあそれなりにある」

 

 臙脂色の絨毯をしばらく歩き、天井のシャンデリアの数を数えていた時、涯が足を止めた。

 

「あれが目的の人物だ」

 

 涯が目線で示す場所に目をやると、ドレスを着た女性と話す老人の姿があった。集はその老人の隣にいる女を見て───目頭を押さえた。

 

「……なんでここにいるんだよ、春夏」

「桜満春夏か」

「悪い涯。今ここで接触するってんなら俺は外の空気でも浴びてくる」

「わかった。状況は追って伝える」

 

 春夏が何かの拍子でこちらを向く前に、集は大人しくその場を立ち去る。

 

「……春夏が言ってたパーティってこれの事かよ」

 

 なぜだろう。とても不幸だった。

 

 

 

 

 夜の停泊場。

 そこに四人の男の姿があった。

 ダリル、嘘界、ローワン、そして白い歯を大きく見せて笑う、ダン・イーグルマン大佐。

 ダンは無駄に爽やかな笑顔を三人に見せる。

 

「格好つかないだろ?着任したからには、一発で決めないとさ!三人は今日付けで俺の部下になったんだから、ガッツ出して行こうぜ!!」

 

 無駄にでかい声を張り上げてダンは言う。

「お言葉を返すようですが。イーグルマン大佐」

「ダン!!親しみを込めてダンと呼んでくれ!!」

「は……はあ……、あのミスター・ダン」

 

 ローワンはダン独特のテンションに若干引きながらも話しを続ける。

 

「このドラグーンは地対空ミサイルでして、洋上の艦艇を撃つようには……」

 

 ローワンは後ろのミサイルを積んだ数台の大型車両を示しながら言う。

 

「俺が自由に出来るミサイル砲と言ったら、ここにあるドラグーンだけだからね!でも大丈夫さ、上に上がるなら……横にだって飛ぶからねっ!!」

「………………」

「………………」

「その標的となる艦艇というのは?」

 

 嘘界は携帯から目を離なさず、興味なさげに呟く。

 

「ナイスな質問だスカーフェイス!!」

「嘘界=ヴァルツ・誠です」

「GHQに反抗的な日本人が船上でパーティーをする。おそらく防疫指定海域外でテロリストと取り引きするつもりなんだね」

「話を聞いてくれませんか」

 

 ダンは黒く塗り潰したような海と、若干雲のかかった星空の境にある水平線を指しながら言う。

 

「ちょっと待ってください!民間人が乗る船をもろとも爆破するつもりなんですか!!」

「確かに……だけど、日本と今後の世界のためにテロリストは確実に排除しないといけないんだよ。彼らには可哀想だけど、尊い犠牲になってもらうことになるね」

「……!」

 

 ローワンは絶句した。

 まさかこの男が見た目通りの脳筋だとは思わなかったのだ。

 

「どこからそのような情報が?」

「善意ある市民からの通報でね!」

 

 ダンは三人に爽やかなウインクをして言った。

 

『……気持ち悪っ』

 

 エンドレイヴに乗ったダリルは相変わらず謎の記憶に悩まされながらそう呟いたのだった。

 

 

 

 

 夜景というのは美しいもので、寝静まった時間帯でも美しさはある。電気が消えて、月光が反射される海面というのは素晴らしいものだ。端末を操作しながら、いのりの曲を再生、星空を見上げた。

 曲名は【Ghost of a Smile】いのり曰く、一人で仕上げた曲だという。

 儚さを感じさせながらも、決して絶望はない。そんな歌のように聞こえた。

 

「───僕の分まで笑わなくていい。だから僕の分まで泣かなくていい、か」

 

 どんな情景を浮かべながらいのりは歌ったのだろうか。

 歌のことはさっぱりわからないので、集には理解が出来なかった。

 

「……さて、そろそろ戻るか。もう終わる頃合いだろ」

 

 端末の時計を見るともうすぐ0時にさしかかろうとしていた。おまけに夜風の浴びすぎで、すっかり体が冷えきってしまっている。集は身震いをすると、船内に戻ろうとした。

 

『集!集!!』

 

 その時、無線が入った。一度は無視してやろうかと思ったが、後に文句を言われるのは自分なので、舌打ちをつくと無線機に声を透す。

 

「……なんか用かよ、えっと……ツバメ?」

『いい加減名前覚えて!ツグミよ!ツ・グ・ミ!!』

「似たようなもんだろ。要件を早く言え」

『アンタが話を逸らしたんでしょ!?』

「切るぞ」

 

 通信を切ろうとする。

 

『急いで涯に伝えて!ドラグーンがその船を狙ってる!!』

「……EQFU-3X スーパードラグーン 機動兵装ウイングか。随分と物騒なものがあんだな」

『違う!そっちじゃない!!攻撃を受けたら船なんて木端微塵よ!!』

「……なんだと?」

 

 血の気が引くのを感じた。端末を握り締めながら、震える声で言葉を紡ぐ。

 

「……おい、猫耳。涯と、通信を、繋げ」

『えっ、なんで?』

「早くしろ!」

『あ、うん!』

 

 涯と通信を繋ぐまで数秒。

 

『……話は聞いた。船ごとやるつもりか大胆なのか単なる馬鹿なのか』

「……お前ならなんか打開策あるんだろ?」

『ないことは無い』

「なら俺に命令しろ!今すぐにでも!!」

 

 冷静さをかいた集に怪訝な声を漏らしたが、すぐに春夏がこの船に乗船していることを思い出した涯はすぐに声を発した。

 

『そう焦るな。今その打開策を連れてくる』

「……ヴォイドか」

『そうだ』

 

 安堵の息を吐いた、その時だった。

 

 何かの発射音が聞こえた。

 

「なに!?」

 

 集は思わず、船を乗り出すようにして発射音のした方を見る。

 洋上、何かが飛び出して来そうな程の塗り潰されたような闇色をした夜の海の上を、いくつもの赤い流星のような物が通過していく。

 ドラグーンは船に向かって無慈悲に向かって来ていた。

 

「おい涯!早くしろ!」

 

 しかしもう無理だ。どんなに急いだところで、ヴォイドを取り出すまでには一秒は必要だ。その間にこの船は爆破されて、みんな死ぬ。

 集は歯を食いしばりながら、ドラグーンを睨んだ。

 

「……ざっと十ってところね」

 

 後ろで声が聞こえた。

 

「……暴れるわよ。焔光(えんこう)

 

 凛と響く声。

 

「───天童式抜刀術 零の型三番」

 

 聞き覚えのある声。もう二度と、聞けるはずのない声。

 

「阿魏悪双頭剣!」

 

 恐ろしい速度で繰り出された斬撃が形となってドラグーンへと降り注ぐ。

 

「ふぅ。まあ、こんなものね」

「……なん、で」

 

 集の声が漏れる。喉からヒューヒューと空気が漏れる。

 

「……さて、邪魔する者はいなくなった事だし聞いてみますか」

「なんで、あんたが、ここに……!」

 

 姫カットのストレートの黒髪。陶磁のような肌。すべてを見透かすような黒曜石の瞳───

 

「だって……あんたは……()()()()()()()()()()()()ッ!」

「……久しぶりね、()()()()。その不幸面は相変わらずね」

 

 黒いスーツを身に纏った天童木更が、船の手摺に立って見下ろしていた。

救いは(期限:The Everything Guilty Crown 投稿まで)

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