Guilty Bullet -罪の銃弾-   作:天野菊乃

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【episode15】

 久々の登校。どうしよう、行きたくない。集は思わず足を止めた。

 

「行こう?」

「いのりさん、今ならまだ戻れる。また明日、また明日行こう」

「集?」

「……何だか学校に行きたくなってきた」

 

 絶対零度の声で言われれば仕方がない。

 ルーカサイト事件以降、普通の暮らしに戻ることを命令された集は、普段通りの生活に戻っていた。以前と変わらぬ生活に何となく、物足りなさを感じる。

 平和が一番だというのに、こんな心情になっているのは、この数週間色々なことが沢山あったからだろう。考えを改める機会もできた。

 

 そして、いのりとの距離がさらに近くなった。

 一言で言うと、いのりが異様に積極的になった。人の布団の中に潜り込んでくるのは日常茶飯事、盛んに手を繋ぎたがるなどと年相応の少女のような行動をよく起こすようになった。

 人形のような彼女がここまで成長したのは嬉しいことではあるが、素直に喜べないことが残念である。

 

「集?」

「……なんでもありませんよ、いのりお嬢様」

 

 ついでに、読心術のスキルも向上していた。タチが悪い。

 

「恋人じゃないのにな」

 

 ふと、頭に痛みを感じた。後ろを見るといのりが鞄で後頭部を殴ったらしい。

 

「……僕、何かしたかよ?」

「朴念仁。唐変木」

「……だからなんでだよ?」

「知らない」

 

 頬を膨らませてそっぽを向くいのり。後に、アイスを奢るという条件付きで許してもらった。

 駅に到着し、改札を通ってホームに立つと、いのりが小首を傾げて、集の頭上から足先まで見下ろす。二、三往復した後にいのりが訊ねてくる。

 

「どうして集は夏服を着ないの?」

 

 集は未だに冬服のままだった。集はどう答えようかと思考を巡らしたが、いのりに嘘が通用しないことを思い出すと仕方がない、と言わんばかりに答えた。

 

「体温が一定以上上がらない体質なんだよ。三十五度付近から」

 

 日の光はギラギラと集を刺激するが、集は必要最低限にしか汗をかかない。

 発汗作用も全くといっていいほど行われないため、ブレザーこそ着ていないものの、わざわざ夏服に変える必要が無いのだ。

 学校に到着した時は周りに合わせて袖を巻くっているのだが。

 

「……ふーん」

「それじゃあ乗ろう、いのりさん」

 

 いのりの手を取り、モノレールに引き込む。中に入るなり、顔を真っ赤にして叩かれたのだが、理由が検討もつかなかった。

 

 学校へと歩む道は冷やかな視線とヒソヒソとした声であり、気持ちのいいものではなかった。

 

「おい、あいつGHQに捕まった奴じゃね?」

「何やったの?薬?」

「知らん。知らんけど犯罪者だってよ」

 

 仕方の無いことだ。これは人間の基本心理なのだから。要するに、気にしたら負けなのである。

 GHQに連行されたら周りからどの様に見られるかなど汚い世界を見ていない子供たちでもわかる。

 

 ───明確な理由を言ったとしても、必ず何かがある。

 

 声の主たちも内緒話が大きいのでは無くわざと集の耳に届くように話していた。こうなることが分かっていたから、学校には来たくなかったのだ。

 

「面倒くせえよ……」

 

 下駄箱を開けると、中から大量のファンレターが雪崩のように崩れてきた。

 いない間、毎日コツコツと入れていたのかと考えると、その努力を思わず賞賛したくなってしまう。

 

「にしても、趣味が悪いよな」

 

 死ね、学校来るな。兎も角、色々入っている。特に気にする素振りも見せず、集は一枚一枚丁寧に破り捨てながら、廊下に出る。

 上履きはご丁寧にも捨てられていたので、シューズで中に入るなり、おや。と思う。

 そういえば、隣にいたはずのいのりがいない。どこに消えたのだろうか。

 辺りを見渡すと、いのりはすぐ近くにいた。

 数メートル後ろで立っていた。魔王顔負けの殺気を撒き散らし、その殺気にやられた生徒たちの何人かは膝をついて、何人かは意識を失って地面に倒れていた。

 集は慌てていのりに駆け寄ると、両肩を掴んだ。

 

「い、いのりさん。ステイ。落ち着いて」

 

 すると、いのりは見たこともないような笑みを浮かべる。

 

「大丈夫、私は冷静。ただ集にこんな低レベルの嫌がらせをしてくる人間に分からせてあげようと思っただけ。絶対的な王者と奴隷の差っていうのを」

「抑えて。頼む、お願いだから」

 

 今は踏み止まっているが、もし歯止めが効かなくなったら集はもうどうすることも出来ない。

 

「……やっぱり今此処に来るのは間違いだったな」

 

 いのりの腕を掴み、帰宅しようとする。いのりが驚愕の表情を浮かべるが、気にすることは無いだろう。

 こうして何とか逃げようとした時だった。

 

「あ、逃げた」

「いのりちゃーん、逃げてー。そいつ性犯罪者だよー」

 

 いのりが途端に足を止め、集の手を振り解いた。

 

「い、いのりさん?」

「……やっぱり、黙って立ち去るのはおかしい」

 

 いのりは許せなかったのだ。憶測でものを言う彼等が。

 いのりはゆっくりと歩きながら、そう発言した彼らのもとまで行こうとする。しかし、既のところでいのりの腕を掴んだ集は首を横に振った。

 

「どうして」

「いのりさんが俺のことで怒る必要なんてない」

「……でも」

「俺はいのりさんが事件を起こして歌えなくなる方が嫌だ」

 

 集が有無を言わせずそう言い聞かせると、いのりは渋々ながら首を前に倒した。

 

「ごめん。でも、ありがとう。僕のために怒ってくれて」

「……私もごめんなさい。短気になってた」

 

 お互いのことを理解したので、踵を返して帰ろうとした。

 その時、乾いた音が下駄箱いっぱいに鳴り響いた。集はなんだ?と思いながら振り返る。

 

「憶測で物を言うのはよくないわよ。天王洲第一高校の生徒なら恥を知りなさい!」

 

 そこには先程俺を性犯罪者呼びにしていた男子生徒を、一人の女子生徒が平手打ちを食らわせていたところだった。

 女子生徒は集の方を振り返ると、安心するような優しい微笑みを向けた。

 その際、いのりがジトッとした目線を送ってきたが、集は冷や汗を垂らすことしか出来なかった。

 

 暫くして、集の前を先導していた謎の女子生徒は俺の教室の扉を開き、中にそのまま入っていった。集といのりはお互いに顔を見つめ合い、首を傾げながらそれに釣られるように入っていく。瞬間、教室中の視線が集に集まった。

 

「……集だけに」

「……流石にここで巫山戯るのはどうかと思うぜ、いのりさん」

 

 そう軽口を叩いているが、久しく感じる緊張感に集は動揺した。

 正直、悪目立ちをするのはあまり得意ではない。今でも額から脂汗が滲み出ている。

 そんな集の心情は知らないであろう女子生徒は再び集の方を振り返ると、笑顔で訊ねてきた。

 

「GHQの方々は優しかった?」

「……へっ?」

 

 集の口から間抜けた声が漏れる。

 

「……なんで生徒会長と集が一緒なんだ?」

 

 教室の誰かの言葉で、集はようやく教室まで着いて来た少女の正体を知った。

 王者の風格があるとは思っていたが、本当にこの学校の頂点に君臨する女帝だったようだ。

 

「何度も見てるんでしょ?」

「……全校集会はサボるか寝てたから」

「集……」

「あと心を読むのはやめてくれ。心臓に悪い」

「考えておく」

 

 女子生徒は集に微笑みかけると、口を再度開く。

 

「事情聴取なんて面倒だったでしょうけど、政府には協力しないとね」

 

 一瞬何が起こったのか理解が追いつかなかったが、いのりに抓られたことにより、状況が整理出来た。

 どうやら、彼女は集の濡れ衣を晴らしてくれようとしているらしい。

 集は心の中で感謝する。

 

「……そう、ですね。僕が届けた携帯が葬儀社のものだったらしくて……」

 

 教室の雰囲気が段々と和らいでいく。

 

「そう。根も葉もない噂を心無く流す人もいるでしょうけど、困ったらなんでも私に相談してね?」

「ありがとうございます」

 

 彼女の助け舟のお陰で教室の張り詰めていた雰囲気がなくなり、いつも通りの五月蝿さを取り戻していた。

 

「……一件落着、ってか」

「おお!ムッツリスケベの集か!」

「うるせえよ」

 

 横から飛び出してきた颯太の膝に回し蹴りを叩き込む。鳴ってはいけないような音が聞こえた気がしたが、幻聴だろう。

 

「いってぇ!GHQの事情聴取はやっぱりカツ丼だったか!?」

「カツ丼は今度また事情聴取ある時に出してくれるらしいよ。僕の時はソフト麺だった」

 

 颯汰とのいつものやり取りを火種に、集の周囲に生徒達が集まり次々に質問責めにする。いのりはそれをあらかじめ予知していたのか、集の隣は既におらず、自分の席に背筋を伸ばして座っていた。

 

「ホモいた!?」

「可愛い子いた!?」

「エンドレイヴはかっこよかった!?」

「お前なんで会長と知り合いなんだよ!」

「ねえ掘られた!?ねえ掘られた!?」

 

 最初から最後まで酷いがこの際気にすることはやめた。

 心を無にするんだ、桜満集。

 

「ふふ、余計なお世話だったかしら?」

「……いや、ものすごく助かりました。気遣いありがとうございます」

「気にしないで。生徒会長として当然のことをしたまでよ」

 

 そう言い残すと、彼女は威厳ある態度のまま教室を後にした。

 彼女が怒りを完全に顕にした時、見せたあの側面は異質なものを感じた。彼女は一体何なのだろう。

 

「集!?」

「……祭?」

 

 向こう側から祭が集を呼んだ。駆け寄り、躓いた祭を支えると、涙目を浮かべながら集に抱きつく。

 

「ほ、本当に集なの?」

「う、うん。そ、そうだけど……」

 

 次の瞬間、祭の目に次々と大粒の涙が溢れ出す。

 

「───ちょ、ちょ!?祭!!?」

 

 祭が集に抱きつく。

 女の子特有の匂いや柔らかさが制服を伝って感じられるが、その反面、集は冷や汗をダラダラと垂れ流していた。いのりの視線が絶対零度に到達して行くのを感じる。集を睨みつけ、遠くからなにかを喋っている気がする。

『集、許さない』と言っているような気がしたが、集は現実逃避をすることにした。あとのことは未来の自分に任せるとしよう。

 

 そんなことも知らずに祭は、担任が来るまで大声で泣き続け、集は後ろでいのりの呪詛を受け続けていた。

 

 

 

 

 

 昼休み。旧校舎にやってきた集は颯太に女子生徒の正体を訊ねていた。

 

「生徒会長の供奉院亜里沙さんのことか?供奉院グループのお嬢様で容姿端麗、成績優秀、それで性格もいいんだからすごいよねー。でもいのりちゃんの方が色々勝ってると思う!」

 

 集がそうだとよ、といのりに視線を向けると、いのりはおにぎりを手に持ったまま爆弾発言をする。

 

「私はそんな事どうでもいい。集さえいれば」

 

 祭からは涙の篭った眼差しを向けられ、颯太からは嫉妬の篭った眼差しを向けられる。集はそっぽを向きながら口笛を吹いた。

 

「……変なこと、言った?」

 

 自覚せず言っていたようなのだから、尚のことタチが悪い。

 

「それにしても集!いつの間に会長とあんなに仲良くなったんだよ!!」

 

 涙目の祭から送られた宿題を端末で眺めていた集に颯太が噛み付く。

 集は冷めた視線を一瞬、颯太に送ると、すぐに視線を端末に戻す。

 

「知らねえよ」

「お前俺にだけ無愛想だよな!?」

「気の所為だろ。禿げるぞ」

「巫山戯んな!」

「はいはい。祭ありがとう。助かった」

「あ、うん……」

 

 祭が涙を拭きながら首を傾げる。

 

「……集、少し変わった?」

「へっ?」

 

 素っ頓狂な声が集の口から漏れる。どういうことかと訊ねると、祭はうんとね、と言葉を続けた。

 

「いや、なんか、物凄く元気というか前よりも意思がしっかりしているというか……」

「何言ってるんだか。普段通りだよ」

「そ、そうだよね!」

 

 そう答えるも、集の背筋には汗が垂れていた。

 気が緩んでいるかもしれない。桜満集の体に残る人格を投影して、常に演じていたので、里見蓮太郎としての側面は見せたことがない。気をつけなくては、と気を引き締める。

 そこで、集はあることに気づいた。

 

「……ところで谷尋は?ある約束しているんだけど」

 

 半殺しにしてやる、というねは、勿論言ってない。

 だが、谷尋はどこを見渡してもいない。

 

「……寒川君は───」

 

 

 

 

 

 

「───まさか拉致同然の被害を受けた日から学校に来てないなんて」

「それは私もびっくりですよ」

「うん、そうだな……ってうぉ!?」

 

 モノレールに揺られながらいのりと話していたら、急にいのりの雰囲気が変わったので、思わず大きな声を出してしまう。周囲の客に睨まれたので、一通り謝ると、青い瞳になっているいのりを見下ろした。

 

「どうかしました?」

「……何しにきたんだよ、お前」

「蓮太郎さんと話に来たんです」

 

 小声でボソボソと話す。いのりが普段見せることのない穏やかな表情で、その少女は口を開く。

 

「……蓮太郎さん?」

「……なんだよ」

 

 演じるのが億劫になって、集は演じることをやめた。

 

「わー、見事な多重人格っぷりですね」

「違うな。俺はお前みたいな多重人格者じゃない。この体に残る記憶を投影して、演じてるだけだ」

 

 集は演劇の才能なんて微塵もないのに、なんでこんなことをしなければならないんだ、と呟く。

 これは室戸菫との約束で、特定の状況に陥らない限り、『里見蓮太郎』を表に出さないという約束から生まれたものだ。

 それを知ってか知らずしてか少女はクスクスと笑う。

 

「やっぱり。蓮太郎さんは面白い人ですね」

「どういうことだよ、それ」

「そのままの意味ですよ」

 

 悪戯っぽく言う少女。いのりが普段見しない表情ばかりを見せつけてくるので、動揺してしまう。

 

「こんな風に目を見て話せる事ってこんなに幸せなことなんですね」

「……そういう、ものなのか」

「そうですよ。盲目だった私にはよーく分かります」

 

 ニコニコと微笑みを絶やさず集に向ける少女。

 その時、閉ざされていた記憶の一部が刺激された気がしたが、思い出すにはいたらなかった。

 集は天井を仰ぎながら、少女に問う。

 

「……お前、名前は」

「いのりですけど」

「そっちじゃない。楪いのりじゃない、お前個人の名前だ」

「あー、それですか……」

 

 彼女はバツが悪そうに顔を歪める。

 

「覚えてないんですよ」

「は?」

「だから。私、名前覚えてないんですよ」

 

 ならどうしてプロモーターという記憶を持っているのだろう。

 

「断片断片の記憶はあるんですけどね……」

「……なるほどな」

 

 どうやら、集や菫と違い、断片断片の記憶しか持っていないようである。

 

「はい……」

「ってお前も読心使いかよ!」

「はい!」

「元気よく答えるんじゃねえよッ!!」

 

 集は堪らず叫び、再びあやまる羽目になったのは言うまでもない。

救いは(期限:The Everything Guilty Crown 投稿まで)

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