Guilty Bullet -罪の銃弾-   作:天野菊乃

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【訂正:2019/08/04】


【episode11】

「……クソがッ!」

 

 集は誰も聞こえなくらい小さな声で呟いた。

 涯の言い放った言葉が集の琴線に触れたのである。血が出んばかりに歯を食いしばると、涯を映すモニターを睨みつける。

 

「死んだら終わりってことか……?ふざけんじゃねえぞ……!!」

 

 左手で壁を殴りつける。肉が裂け、止まっていた血が吹き出したが痛みはなかった。怒りが痛みを上回っているからか。

 だが今はそんなことはどうでもよかった。集はモニターを睨みつけたまま、吐き捨てるように言う。

 

「覚悟しておけ、その顔が変形するまでぶん殴ってやるからな……!!」

 

 集は血が滴る左手を強く握りながら歩き始める。

 

 ───その時、集は気づかなかった。

 

「……集?」

 

 いのりがずっと集を見ていることに。

 

 

 

 

 

 

 補給部隊を壊滅させられてから数時間後、集たちはトラックによって目的地へと向かっていた。

 

「……ちょっといつまでそんな顔してるのよ」

 

 眼球運動のみで綾瀬を見やる。集はため息を着きながら移り変わる景色を傍観する。

 

「返事くらいしなさいよ」

「……黙っててくれないか。殺してやりたくなる」

「ッ!あんたねえ!!」

 

 いつも通りの他愛ない会話。しかし、楽しいとは微塵も感じられなかった。

 集は冷めた目を綾瀬に向けると、もう一度黙っててくれと言う。

 同時に、支給されていた水を一気に飲み干す。ひんやりとした冷たい液体が喉を伝って胃に収まる。空腹感はなかったが、微量の満腹感を得た。

 そんな集の行動を見てか、綾瀬は罰の悪そうな顔をする。

 

「……気にしている暇なんてないのよ。私たちは───」

「……ッ!」

 

 思わず綾瀬を睨みつける。しかし、綾瀬はそんな集の表情の変化に気づいていないのか、そのまま言葉を続けた。

 

「……私たちには止まっている暇なんてないの。死んだ人達のために……涙を流す暇なんてないのよ……」

「……わかってる。わかってるさ、それくらい」

 

 ───これはテロ。正義でも何も無い。犠牲という代償は必要不可欠になってくる。

 しかし、集は非情に離れなかった。

 あの感情の感じられなかった『壊滅』という二文字を思い出す度に。

 かつての出来事が鮮明に脳裏をよぎるのだ。

 

 

 ───助けられなかった少女達。

 

 ───見捨ててしまった人達。

 

 ───助けられたかもしれないのに助けられなかった少女達。

 

 

 思い出す度に激しい頭痛に見舞われ、急な吐き気が襲ってくるが、心臓の部分を押さえつけてなんとか抑え込む。そして、自分にこう言い聞かせるのだ。

 これは未来永劫背負っていく十字架なのだと。永遠に償っていく罪だと。あの時感じた絶望を絶対には忘れてはならないと。

 冷や汗を垂らしながら急に黙り込む集を心配してか、綾瀬は何度か呼び掛けるが返事がない。聞こえない声でずっと上言を言っているだけだ。

 そんな集を現実に引き戻したのは城戸研二の一言だった。

 研二は一欠伸してから、呟いた。

 

「ばっかみたい……仲間ごっこ如きに真剣になっちゃって」

 

 集は視線を外から研二へと向けた。綾瀬は研二を紹介しようと集の肩を掴んだが、その手は直ぐに叩かれる。

 集は立ち上がり、研二の元まで行くと───

 

「……ってあんた!」

 

 ───集は研二の襟首を掴み上げていた。

 鬼のような形相になった集は、怒鳴り、喚き散らしながら、研二を壁に叩きつけた。

 

「……今なんて言った!」

「言葉通りに決まってるじゃん。全く……人が一人死んだくらいで何言ってんだか……グフゥ!?」

 

 研二が途端に身体をくの字に曲げた。綾瀬が集の方に視線を向けると、拳を握り締めたまま、無表情でその場で蹲る研二を睨む集が佇んでいた。

 咳き込む研二に、集は研二の水を頭からぶちまける。蹲り、集を睨みつける研二は唾を撒き散らしながら、集を再度煽る。

 

「……口が使えないから暴力でってこと?」

 

 その言葉の返答は集の膝蹴りだった。眉間に集の膝が炸裂し、鮮血が舞う。

 集は眉一つ動かさず、ゆっくり口を開いた。

 

「……ああ、そうだ。人ってのは言葉言葉じゃ分かり合えない。戦わなきゃ、分かり合えない」

 

 研二の右腕を掴み、腕を振り上げる。

 

「俺達はテロリストだ。だったらテロリストはテロリストらしく───」

 

 研二の肘関節に振り下ろした一撃が決まる。鈍い音が鳴り響き、研二は声にならない悲鳴をあげた。集は

 

「実力行使だ。なに、心配しなくてもいい。その減らず口を塞いでやっただけだ。殺しはしない」

 

 集は城戸を天井に向けて投げ飛ばす。重力に従って床に落下した研二は想定外の痛さに悶絶した。その研二の背中をブーツの裏で踏みつける。

 

「城戸研二。さっきの言葉を訂正しろ。すみませんでした、たった8文字だ」

 

 集は研二の髪を掴んで持ち上げ、勢いをつけて床に顔面を叩きつけた。

 研二の鼻が折れ、鼻血が吹き出す。

 一方的な蹂躙。圧倒的暴力。少しも満たされず、少しも気分は晴れない。

 だが今は、これが一番いい。

 罪悪感もない。背徳感もない。嗚呼、今この瞬間だけは罪から開放された気分だ。

 

「早く言え。すみませんでした、って。幼稚園生のクソガキでもわかる言葉だぞ」

「ぐっ!ぐぅ!!」

「何を言ってるかわかんねえよ」

 

 もう一度、顔を床に叩きつける。

 

「ぐはっ!」

「ぐはっ、じゃわからねえよ。日本人なら日本人らしく日本語喋れ」

 

 腰のホルスターからXD拳銃を取り出し、研二の頭蓋に照準を合わせる。この距離なら外すことは無いだろう。

 このまま引き金を引けば、研二は死ぬ。もう元には戻れないだろう。だが、こういう輩は殺さないと世界の癌になる。殺さなくては。屠らなくては。蹂躙しなくては。地獄の底に突き飛ばして、永遠に懺悔させなくては───

 

「やめなさい!」

 

 そんな集の意識を現実に引き戻したのは綾瀬だった。

 集は引き金にかけた指を離し、薬莢を排出させた。地面に倒れる研二の腹を蹴り飛ばし、集は自分の元いた場所へと戻る。

 

「やりすぎよ!城戸は大事な戦力でしょうが!」

 

 集は視線を再び外に写すと、返答する。

 

「だからなんだってんだ?本作戦は俺が城戸研二からヴォイドを取り出せばいい。それだけだろ」

「そ、そうだけど……もし研二に何かあったら」

「失明はさせてない。生きてはいる。なら、こいつはヴォイドとして起動する」

「で、でも」

「諄いぞ。エンドレイヴでも白兵戦でも俺に勝てない輩が口答えするんじゃねえよ。お前もこいつと同じ目に遭わせるぞ」

 

 綾瀬を有無を言わせぬように黙らせる。

 今は森林の中を走っているようだが、霧がかかっていてよく見えない。今の集の感情をそのまま映し出したかのような風景だった。

 

 

 

 

「───今回の作戦目標は月の瀬ダムの底、ルーカサイトのコントロール施設だ」

 

 メンバー達をテント内のベンチに座らせ涯は説明をする。

 集はベンチに座らずテントの骨組みの部分に寄りかかって腕を組み、涯の様子を伺っている。

 

「ここの最深部に潜入しコントロールコアを停止させる。 ツグミ 」

 

 ツグミは一返事すると、キーボードの上で指を恐ろしい速度で叩く。すると、ホログラムに宇宙空間に存在する衛星の映像が現れた。

 

「これがルーカサイトだよ。これは地上からの量子暗号システムでコントロールされてるの。で ダムの地下200mが……はい、ドーン!」

 

 映像が切り替わり、透明なケースの中に発光する球体が浮いた物体が映し出される。

 

「これがそのコントロール装置よ。コアは超電導のフロートゲージに浮遊する形で格納されてて、物理的な刺激を受けると自閉モードに切り替わっちゃうの。こうなったらもうお手上げよ。外部からの操作を一切受け付けなくなっちゃうの」

 

 おまけに。とツグミは続ける。

 

「ルーカサイトはネットワークからは切り離されてて、ここのコントロールルームからしか命令を受け付けないの。つまり、破壊する事もハッキングする事も出来ないってこと……」

 

 ツグミはお手上げという感じで両手を上げる。

 

「だから停止信号を送るには、コントロールコアを触れずに操作するしかないのよ」

「つまりこの作戦の鍵は鍵となるのは、集の王の能力と、研二の重力操作のヴォイドだ」

 

 ベンチから離れた場所で立つ集と、応急処置を施された研二を交互に涯は見やる。

 

「現在、3つ目の衛星は軌道遷移中。それが終わったらコントロールコアは封印されちゃうわ。そうなったらもう手出しは出来なくなるの」

「ルーカサイトが完成すれば、日本から出ようとするものは全て撃ち落とされる『檻』が完成する。止られるのは今だけだ」

 

 メンバー達からやってやるという声があちらこちらから上がる。

 

「人員が足りません」

 

 大雲が手を上げる。

 

「分かっている。ツグミ」

 

 涯はツグミにメモリを渡し、スクリーンに中のファイルを表示させた。

 

「これが作戦案だ。各自で共有しろ」

「損害予測が5%から35%に跳ね上がってる……!」

「3人に1人は犠牲になるって事か……」

 

 アルゴの呟きで頭に血が上るのを感じた。

 

「今止めなくてはいずれ国中に被害が及ぶ。俺達が食い止めるほか無い」

 

 涯の言葉に集は小さく笑い始めた。

 

「……何がおかしい?」

「くく、俺たち、だと?笑わせるなよ。俺はこの作戦には参加しない」

 

 周囲がどよめき始める。涯は一瞬目を丸くしてから集を睨みつけた。

 

「怖気付いたか?」

「そう思いたきゃそう思っていればいい。だが、無様に死体を増やす作戦に俺を巻き込むんじゃねえよッ」

「集!テメェ!!」

 

 アルゴが立ち上がり、集にズカズカと近寄ってくる。

 そのアルゴの鳩尾向けて、集は拳を捩じ込んだ。

 

「立てよ月島。あの時の再現でもしようぜ」

「くっそ!」

 

 地面に蹲るアルゴを蹴り飛ばそうとする集。その集の動きを涯が止めた。

 

「集!」

「……なんだ、涯」

 

 集は涯を睨みつけた。その目に、僅かな殺意を宿しながら。

 

「命令違反だ!やめろ!!」

「俺はてめぇの優秀な兵士でもなければ、操り人形でもねえんだよッ!!」

 

 集はそう吐き捨てると、テントを後にした。

 森の奥まで進むに連れて、霧が濃くなっていく。視界が制限されていく中、後ろから僅かな気配を感じ取った。

 集は顔を後方に向け、その人物を呼んだ。

 

「……いのりさん。涯の所にいなくていいのか?」

「……気づいて、いたの?」

「そりゃあな……」

 

 驚いた、と言わんばかりに目を丸くするいのりに集は瞑目する。

 ガストレアとの戦いで、この世界の人間より僅かに第六感が発達していた集は、人間程度の追跡ならすぐに勘づくことが出来る。

 

「……あとで、個々の端末に情報を送るって。涯が言ってた」

「……そうか」

 

 また涯かよ、という言葉が喉まで出かけたが、その言葉をぐっと飲み込んだ。

 

「……大丈夫だ、さっきは頭に血が上って言い過ぎたけど後で月島や涯には謝る。だから安心してくれ」

「集……」

 

 自分でもわかるくらい無表情で言い放つ集をいのりはどう思っているだろうか。気づけば、集は言葉を続けていた。

 

「───涯の言う通りだ。戦いに犠牲は付き物。そんなことはわかっている」

 

 一泊置いて、集は歯を噛み締める。

 

「あいつは───涯は、人の命のことを何も考えていないのか?涯は人の命など道具みたいにしか考えていないのかッ!?」

 

 涯は指導者として向いているということは理解している。人を導くということなど集には真似出来ないが、涯はそれが出来る。

 だが、人間性はどうだろうか。仲間のことを自分の兵士のように思っているのではないだろうか。都合のいい駒だと思っているのではないだろうか。

 集の目に再び憎悪の炎が揺らぐ。

 

「あいつは……人が死んでも平気なのか?!」

 

 集は近くの岩を殴りつける。肉が割れて、血が岩にこびりついた。

 そんな集を見ていたいのりはふるふると首を振った。

 

「……平気なんかじゃないよ」

「……なんだと?」

「涯は全然平気じゃないよ」

 

 へいきじゃない、というのならなぜ『壊滅』という言葉に感情がこもっていなかったのだろうか。

 

「……何を言ってる、いのりさん」

「来て、見せてあげる。恙神涯の本当の姿」

 

 いのりは集の手を掴むと、ゆっくりと歩き始める。振りほどこうとしても、握る力が強いせいかなかなか振り解けない。そうしているうちに、トラックが一台止まった開けた場所に出た。

 いのりは指紋認証で中に入ると、そこに置かれた椅子に集を座らせる。

 

「───ここに座ってて」

「お、おい!いのりさんは!?」

「いいから」

 

 いのりの剣幕に集は大人しく従った。

 しばらくしてカーテン越しに誰かの声が聞こえてきた。

 

「……ああ。いのりか」

 

 涯だった。なぜだろう、声に覇気がない。

 

「……久々に堪えたよ。今日の悪夢も最悪だった。俺の作戦のせいで死んだ奴らが出る所まではいつも通りだったが───」

 

 一瞬、本当にあの恙神涯かどうかを疑う。

 誰よりも偉そうで意地っ張りな男の声とは到底思えなかったからだ。

 集はそのまま耳を澄ました。

 

「───その中に梟がいた。ルーカサイトの攻撃を受けた時、梟はまだ生きていた。笑っていたよ俺が無事で良かったと───死ぬのが俺ではなく自分で良かったと」

 

 梟といわれて思い出したのは小さな子供だった。

 集は黙って涯の言葉を聞き続ける。

 

「───なあ、いのり……俺がリーダーでいいのか?俺は、『恙神涯』とはあいつらに報いるほどの存在なのか?」

 

 集は無言で立ち上がり、仕切られていたカーテンを思いっきり開けた。

 そこにいたのがいのりではなく、集だと知った涯は罰の悪そうな顔をしながら集を睨む。

 

「……盗み聞きとはいい度胸だな?」

「まあな。が、いい収穫はあった。お前もちゃんと『人間』だったって言うな」

「……人間だと?」

「"恙神涯"は人を躊躇いなく殺せる怪物ではない。一人の人間ということに安心したんだよ」

 

 そう言った集を涯は睨みつける。

 

「……俺はお前を目的のためなら、手段を選ばない血も涙もない奴だと思っててたからな。正直、お前のことが大嫌いだったよ。この作戦が終わったら殺してやろうと考えてやるくらいにはな」

「……」

 

 涯は何も言わず、集の言葉を聞く。

 

「俺が守るのは大切な人たち。だが、お前は国そのものを救おうとしてる。正直言って尊敬したよ。俺じゃ絶対出来ない所にお前はいるからな」

 

 桜満集───つまり、里見蓮太郎という人間は人の上に立つことのできない人間である。第三次関東大戦のことを思い返せば、その事がよくわかる。

 涯はそんな集のことなど気づいていないのか、情けなく呟いた。

 

「……見ての通り、俺は小さく真っ先に淘汰されてもおかしくない男だ。葬儀社のリーダー"恙神涯"はただの虚像に過ぎない。だが、それで皆が戦えるなら俺は幾万の亡霊と罪を背負ってでもその虚像を演じてやる」

 

 自らを犠牲にして罪を己自身に塗りたくる男。それがこの恙神涯という男の状態だった。

 

「葬儀社の中でお前が一番の人間だったって訳か。安心したよ」

「……話はここまでだ」

 

 逃げようとする涯の腕を集は掴む。

 

「離せ」

「……前々から思っていたが、お前は知っているんじゃないのか?ロストクリスマスの真実を」

「っ!」

 

 涯の動揺から集は察した。

 

 ───この男はロストクリスマスの何かを知っている。

 

 聞き出さなくてはならない。あの日、何があったのかを。

 

「お前はあの時、パンデミックの中心にいたんじゃないのか?だから知ってるはずだ。なぜ、あんな事が起こったかを」

「……黙れ」

「他人のヴォイドが見えるのもそれが関係してるんじゃないのか?」

「……最後の忠告だ。黙れ」

 

 流石にこれ以上は不味いと判断したのか、集は詮索を中止して両手を上げる。

 

「……わかった、これ以上の詮索はやめてやる。だが、涯。お前、一体何を隠しているんだ?」

「……それはこっちのセリフだ。お前こそ何を隠している」

 

 集は心臓が跳ね上がるのを感じた。

 

「……何を言っている」

「……"天童式戦闘術"。第二次世界大戦後にアメリカ合衆国が危険だと判断してこの世から抹消された殺人拳の筈だ」

「……」

 

 この世界にも天童式戦闘術の文献は残っている。しかし、それは第二次世界大戦後に葬られた戦闘術で、後継者はすべて殺害されており、系譜は途絶えている。

 

「なぜお前が葬りさられた殺人拳それを使える」

「……さあ、生き残りでもいたんじゃないのか?」

「有り得ないな。第二次世界大戦後に継承者は射殺されている。あそこの門下生は入ったら最後、死ぬまで出られないからな」

 

 集は何も言えずに黙っていたが、しばらくしてまた口を開いた。

 

「……まあ、お前も俺も隠し事はあるだろ?お互い様ってことでいいだろ」

「……」

「……それともなんだ?お互いに実力行使でいくか?」

 

 集は腰を落とし百載無窮の構えを取る。

 

「……いいだろう」

 

 涯はCQCの基本の型を取る。

 

「……いくぜ!」

 

 格闘術ではない蹴りを放つ。涯は頭を僅かに背けて回避するが、集は更に蹴りを二回放つ。蹴りが空気を切る。

 

「っ!」

 

 集の蹴りを右腕で掴んだ涯は反対の腕で集の足首を掴む。掴まれたまま、集は拳を涯の顔面に向けて振りかざした。重い一撃が涯の横頬に炸裂する。

 同時に涯の拘束から逃れ、空中で一回転、距離を置いた。

 

「すごい握力だな、お前」

 

 葬儀社の中に居る数少ない強敵。集は冷や汗を垂らした。

 こんな事のために義眼を発動する気にもならず、地面を蹴りあげ、鋭い回し蹴りを放つ。

 

「天童式戦闘術二の型十六番!」

「来い、集!」

 

 涯が隙のない構えを撮る。

 

「隠禅・黒天風!」

 

 それは涯の両手によって阻まれ、掴まれる。集はこの時を待っていた、と言わんばかりに涯に飛びつく。

 体勢を崩した涯に馬乗りになって、XD拳銃を涯の眉間に突きつけた。

 

「俺の勝ちだ」

「本当にそう思うか?」

「なにを……そういう事か」

 

 集は自分の腹元に視線を向けて納得した。

 涯もまた、グロック拳銃を集に突きつけていた。

 

「───引き金を引けばお互い死ぬ」

「……分からねえぞ。俺は運はねえが悪運だけはあるからな」

「なら、試してみるか?」

「……いや、辞めておく。腹に風穴が開く痛みは二度と体験したくない」

 

 涯の上から降り、集は横に座り込んだ。

 涯もまた起き上がり、集と向かい合うようにして座り込む。

 集は口元を緩め、口角を僅かに上げると言う。

 

「……前言撤回だ。地獄の果てまで付き合ってやるよ。お前の行く末を、この国が変わる最後まで見守ってやる。だから、せいぜい俺を上手く使えよ。俺は番犬だからな」

「……あくまでも上から目線だな、お前」

「当たり前だ。この勝負、俺の勝ちだからな」

「いや、俺の勝ちだ」

「やんのかお前」

「その喧嘩、買ってもいいぞ?」

 

 集と涯の間に一瞬、火花が散って───馬鹿らしくなった二人は思わず吹き出したのだった。

救いは(期限:The Everything Guilty Crown 投稿まで)

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