Guilty Bullet -罪の銃弾-   作:天野菊乃

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【episode09】

「……疲れた」

 

 シャワーを浴び、重たい身体を引き摺りながら集は歩いていた。

 涯について行き、葬儀社に到着してから、既に一週間が経過しようとしていた。

「体力面はまあ……特に問題なしね。ここから一週間は射撃だけをやってなさい」と、さして嬉しくもない報告を綾瀬から受けた集は、げんなりとした顔をしながらと射撃訓練場に張り付いていた。

 XD拳銃は勿論、リボルバーや狙撃銃による急所を狙った射撃も行い、命中率は大分上がってきていた。義眼を発動すれば、百発百中なのも確認済みである。

 

「ほんとに広いよな……ここ」

 

 気がつけば、開けた場所に出た。ロストクリスマスが起こる前はきっと、沢山の社員が訪れここからの景色を楽しんでいたのだろう。残念なことにここから見える景色は瓦礫と無限に広がる闇だけだったが。

 集は背中を柱に預けると、天井を仰いだ。中身が剥き出しになっていて、空洞が空いていた。流石にあそこまで跳躍するのは無理だが、梯子があれば行けるかもしれない。

 そんなことを考えていると、奥の方から歌が聞こえてきた。集は振り返り、声がする方まで歩くと、予想していた人物がいた。

 いのりがふゅーねるを抱えて歌っていた。

 

「……綺麗だ」

 

 静かに呟くと、いのりがこちらを振り向いた。

 

「……、………集?」

 

 いのりは赤い目を何度も瞬かせた。集は片手を上げていのりの元まで歩くと、すぐ横に腰を下ろした。腰のホルスターに収められたXDがカチャリと音を立てる。

 

「……」

「……」

 

無言の沈黙が続く。特に集から話しかけることも無く外の景色を一望していると、いのりはこちらの顔を覗き込んでから怒ったように視線を向けてきた。

 

「どうして、来たの?」

「……どうしてってどういう意味?」

 

 葬儀社に来た理由か、それとも今ここにきた理由か。後者だった場合、たまたまここにたどり着いただけなので、弁明のしようがない。

 

「どうして、涯に着いてきたの?」

「ああ、そっちか」

 

 集はどう答えたものか、と思考を廻らす。

 

「戻ったところで居場所はないから、だな。今、僕は葬儀社の協力者として認知されてるはずだ。だから今は一番安全なここに身を置いている」

 

 不本意だけどな、と苦笑いを浮かべながら続ける。

 

「しかもここは物資が色々揃ってる。光学迷彩やら四〇口径の銃弾やらなにやら。僕……いや、ここでは隠す必要は無いんだったか。俺にとってはありがたいもんばかりだ」

「……戦争でも起こしたいの?」

「いいや。でも、誰かを守るためには必要になるものではある」

 

 集は腰のホルスターからXD拳銃を取り出し、月光に翳す。拳銃が月光を反射して鈍く光った。

 集は思い出したかのように、そういえば、と言うといのりの顔を覗いた。

 

「いのりさん。なら聞くがなんであんたは葬儀社なんかにいる?」

「……どういう意味?」

 

 訳が分からないと言わんばかりに小首をかしげるいのり。

 

「いのりさんなら葬儀社なんて入らず別の道に行くことも出来たはずだ。ネットアーティストじゃなく、本物のアーティストになることが出来ただろうし、こんな血と銃弾が飛び交う戦場に来る必要なんてなかったはずだ。それなのに、なんでいのりさんは葬儀社にいる。一体なぜなんだ?」

 

 いのりは集から顔を背けようとするが、集の眼差しに耐えられなかったのか諦めたようにため息を吐くと言った。

 

「……涯が私に名前をくれたから。涯が私に世界を見せてくれたから。だから───」

「───涯、についていってるということか?」

「うん……」

「……変な事聞いてごめん」

 

 再度沈黙。集はXD拳銃をホルスターに戻すと、窓の外に映る景色を一望した。

 ここは特殊な磁場を発生させるバラニウムの壁に覆われてはいない。しかし、現状はガストレアウィルスが萬栄していたあの世界と大差ない。

 原因がわかりゃいいんだけどな、とボヤいていると隣にいたいのりが集の袖を掴んだ。

 

「……集は」

 

 集は顔をいのりの方に向けて小さく首を傾げた。

 

「集は、いつになったら私のことを名前で呼んでくれるの……?」

「……?いや、呼んでますけど……」

 

 ───もしかして、別の名前があるのか。

 

 と思ったがどうやらそういう訳では無いらしい。いのりは首を左右にふるふると振る。

 

「……言い方を変える。いつになったら私のことを『いのりさん』ではなく『いのり』と呼んでくれるの……?」

「えっと……そう呼んでほしいの?」

「……うん。校条祭のことは『祭』、魂館颯太のことは『颯太』、寒川谷尋のことは『谷尋』。それなのに、私のことは『いのりさん』と呼ぶ」

「いや、だって知り合って間もないし───」

「涯のことだって『恙神涯』じゃなく『涯』と呼ぶ。これは非常に不公平だと思う」

 

 集はそう来たか、と頬をポリポリと掻く。

 

「いや、これは仕方ないというか……じゃあ試しにいのりさんが望んだ通りに呼んでみようか。()()()

 

 沈黙。いのりは違和感を覚えたのか、何度も首を傾げている。

 

「……少し、変な感じがする」

「そうでしょ?無理矢理名前の呼び方を変えようとすると違和感が生まれるんだよね。でも、いのりさんがそう呼んでほしいなら、僕もそう呼ぶように努力するよ」

 

 わかった、といのりが言って再び沈黙が生まれる。集はよっこらせと立ち上がり、いのりを見下ろした。

 

「さて、明日も早いからそろそろ行くよ……あ、それと最後に一つ」

「……なに?」

「いのりさんは今、幸せか?」

「……どういう意味?」

「……ごめん忘れてくれ。じゃあな、また明日」

 

 そうして集はこの場から立ち去った。

 

 

 ✧

 

 

 集が自室の部屋の前にやってくると、見知った後ろ姿が集の目に入る。

 思わずめんどくせぇ奴がいる、と呟き、その声に気づいた綾瀬が振り返り、顔を顰めた。

 

「誰がめんどくさい奴ですって?」

 

 聞こえてたのかよ。と内心呟きながら綾瀬に近づく。

 

「大丈夫かお前。幻聴が聞こえてるぞ」

「誤魔化せると思ってる?」

「それなんて言うか知ってるか?被害妄想って言うんだぜ、篠宮」

 

 集はそう言いながら綾瀬の服装を見下ろして目を剥いた。

 いつもの全然タイツではなく、白いワンピースだったからである。

 

「変態」

「何も言ってないだろ」

「目が体の方向いてた」

「じゃあ日頃の格好を改めやがれこの痴女が」

 

 集は溜息を吐き、本題に入った。

 

「……俺になんか用でもあるのか」

「あんた多重人格者なの?いのりの時と私の時の態度、全然違うじゃない」

「はっ、当たり前だろ。お前はまだ過ごして一週間、いのりさんとはお前より長く過ごしている。信頼度が違うんだよ」

 

 ちなみに昼間は「小生意気な桜満集」を演じているだけであって、多重人格でもなんでもない。綾瀬は舌打ちをすると、手に持ったレポートに目を落とした。

 

「まあいいわ……この際あんたが多重人格者だろうがなんだろうが」

「おい」

 

 おかしいだろというも綾瀬は聞く耳を持たない。

 

「あんた、どこ行ってたの。明日、試験でしょ。早く寝なさいよ」

「……わざわざ確認しに来たのか?」

「別にあんたのためじゃないんだからね」

「うっせえ、わかってる」

 

 集はポケットに手を突っ込み、どう答えたものかと髪を搔き、正直に言うかと心の中で呟くと綾瀬に視線を落とした。

 

「……たまたまいのりさんと会ったから、雑談してたんだよ」

「あらそう。いのりと……いのりと!?」

 

 話しちゃ悪いのかよ、と呟くと綾瀬は顔を真っ青にして集を見た。

 

「よく撃たれなかったわね!?」

「いのりさんは無差別殺人犯じゃねえだろうが」

 

 集は冗談よせよ、と笑いながら言うが綾瀬の真剣な面持ちを見て、冗談だろ?と言う。どうやら冗談でも何でもなく、いのりは本当に人を撃つらしい。

 

「ま、まさか歌を歌っていたりしなかったわよね?」

「……う、歌ってたぞ。『London Bridge』だったかな?」

「そ、それはいのりの十八番ね……本当によく生きてたわね」

 

 話を聞く限り、歌っているのを妨害されるといのりは威嚇射撃をする癖があるらしい。途轍もなく危ないいのりの癖に集はよく撃たれなかったな俺、と呟いた。

 

「集、悪いことは言わないわ。夜のいのりに会うのは今日以降やめにしなさい……いや、まて。集だからいのりは攻撃してこないってことも……ああ。なるほど」

 

 勝手に思考して勝手に理解するのをやめろよ、と内心毒づく。

 

「前言撤回。これから毎晩いのりに会いに行きなさい」

「お前俺に死ねって言ってんのか!?」

「大丈夫よ。よくよく考えたら、涯が夜にいのりに会いに行っても、軽傷で済んでるし」

「結局怪我するんじゃねえかよッ」

 

 集は天井を見上げて、大きなため息を吐いた。

 綾瀬と別れ、自室に戻った集はサイドテーブルに置かれた書類に軽く目を通すと、近くのゴミ箱に投げ捨ててそのまま毛布にくるまった。

 

 

 

 朝になった。

 入団テストしてルーカサイト攻略のシナリオの一部の想定として単身、綾瀬が操るエンドレイヴと対峙する。目的はエンドレイヴの後ろにあるトレーラーへと到達すること。集の方に支給されたのは何の変哲もないただのアサルトライフル。

 集は記入されていた内容と違う、と頬を引き攣らせながらシュタイナーの動画を端末で見ていた。

 

「嘘だろおい」

 

 一言で言い表せば小回りが利く戦車。しかもその速度はスーパーカーに匹敵する。

 今の集には義手義足のカートリッジによる加速は今は持ち合わせていないため、使えない。一応スーパーコンピュータが搭載された義眼による演算もできない訳では無いのだが、タイミングを間違えれば愉快なオブジェの仲間入りだ。そして、菫の解剖室に運ばれるオチまで見えた。

 長らく会っていない菫が手招きをしている幻影を見た。頭を振って雑念を取り払うと、息を大きく吸う。

 

 

 ───義眼、解放。

 

 

 グラフェ・トランジスタ仕様のナノ・コアプロセッサが起動、演算開始。回転するコンタクト部に幾何学的な模様が浮かび上がる。集はもうやけくそだと叫ぶと、立ち上がって軽く頬を張る。

 

「集」

「……いのりさんか、どうした?」

「……えっと」

 

 張り詰めていた空気が一瞬にして壊れた。集は椅子から転げ落ちそうになるのを何とか堪えた。

 

「……なんと言おうとしたんだっけ?」

「……思い出すのを待つよ。ゆっくり考えてくれ」

 

 いのりは目を閉じる。集はいのりの返答を待つ。

 

「……」

「……」

 

 いのりは小首を傾げる。集はいのりの返答を待つ。

 

「……」

「……」

 

 いのりは唸る。集はいのりの返答を待つ。集の意識は半分くらい夢の世界に飛んでいた。

 

「思い出した」

「……やっとですか」

 

 寝落ちしそうだった集は意識を一気に覚醒させた。

 

「集……ふぁい、と」

「…………。あ、うん。頑張るよ」

 

 どうしてたった四文字を忘れてんだこの人は、と内心呟き集は親指を上げた。

 

「それじゃ、いってくるね」

「うん」

 

 集は控え室から出た。

 既に綾瀬が操作するシュタイナーは広場の中央で待機しており、集の姿を確認するなりその声を張った。

 

『あら、遅かったじゃない。逃げ出したかと思ったわ』

「それはこっちのセリフだ。そこがお前の棺桶にならないといいな?」

『言ってくれるじゃない。悪いけど、手加減は一切無しよ』

「望むところだ」

 

 集はアサルトライフルシュタイナーに向け、言い放った。

 

「───不吉を……届けに来たぜ!」

『どこの黒猫だ!あんたは!!』




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