きの子抄   作:星輝子

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その7の2

・・・

 

 

 “ゼッケンズ” っていうユニットが事務所的にも私たちの意識の中にも生まれて、それでいちばん最初に取り組んだことはなんだと思う? きっと、レッスンとか練習とかそういうことをイメージするんじゃないか? でも私たちは違ったんだ。そんなに驚き、ってほどでもないんだけど、ちょっと変わってるなっていう印象を受けるくらいのこと。ただ私はこの取り組みにものすごく助けられたと思っていて、言い方を変えれば愛梨ちゃんのおかげで怯えずにみんなと同じユニットとして活動できるきっかけをつかむことができたんじゃないかって思ってる。

 何があったかっていえば、ユニットができてリーダーが愛梨ちゃんに決まって、そしたら愛梨ちゃんがすぐにリーダー特権なるものを発動したんだ。リーダーの言うことは絶対に聞かなくちゃいけないというものらしくて、そういう文化がリア充にはあるのかと思って私は素直に従わなきゃなんて考えてた。あれ、もしかして愛梨ちゃんは前もってこのユニットの企画の話を聞かせてもらってたのか? じゃないと特権なんて言葉がここで出てくるのはあまりにもピンポイントすぎるもんな。だって曲の話とかは、少なくともその時の私は聞いてなかったし。

 いけない、話を戻そう。それでその特権にしたがって私たちは五人そろって事務所を出ることになったんだ。その時は私もどんな目的があるのかわかってなかったな。レッスンとかを考える以前に、もう私はこのユニットに場違いなんじゃないかっていう不安があらためていっぱいになってきてたんだ。内臓からにじみ出た重い液体が体の中をすみずみまで満たしていくみたいに。

 

 地元と比べて東京の街はどこもかしこも人だらけで、平日も休日も私にはまるで区別がつかないくらいで、そのせいでゼッケンズ結成の日が平日のことだったか休日のことだったかどうかは思い出せない。人が多すぎて今でもまだ積極的にひとりで街に遊びに行こうなんて気にはあまりなれないくらいだ。そんなところをゼッケンズのみんなと歩く精神状態はなかなか想像できないだろう。

 雑談をしながらではあったけど、愛梨ちゃんは先頭に立ってきちんと目的があるぞっていう歩き方をしてた。どこに行くのかなんて話は最初出なかったけど、まあ、レッスンに向けて移動してるとは誰も思ってなかったはずだ。そんな歩き方をしてたら “どこに行くの?” なんて疑問が出るのは自然な話で、愛梨ちゃんはそれに、仲良くなるために遊びに行きまーす、ってこともなげに答えてた。茜さんとユッコちゃんはそれを聞いただけで楽しそうに肩を組んで笑ってたな。その一方で私はユニットなんて初めてだったから何が順序として正しいのかとかそういうのは全然わからなくて、とはいえそれでも本当にそれが当たり前の流れなんだろうかと疑問に思ってたのもホントで、それと同時にものすごい申し訳ない気持ちになってた。だってそうじゃないか。いきなり遊びに行くのが一般的じゃないのだとしたら、それはたぶん私に気を遣ってのことというか、私がやりにくそうにしてるのをどうにかしようとしてのことだって思うだろ?

 だから私はそのまま思ったことを言って謝ったんだ。もうなんかあらためて自分の行動を思い返すととんでもない空気の読めなさだよな。愛梨ちゃんの意図がそうであってもそうでなくても、どっちにしても本当の意味でやりづらくなるのが目に見えてるのに。こんなところで成長を感じるのも妙なものだけど、多少は私もマトモな人間に近づけたんでしょうか。なんてな。

 

「ぶぶーっ、輝子ちゃん、その考え方、このユニットでは許しませんっ」

 

 こういう言い方ができるのが愛梨ちゃんの強いところで、ずるいところだと思う。私の卑屈な返しで空気が壊れそうだったところを、これだけで元に戻しちゃうんだからな。藍子さんも茜さんもユッコちゃんもそれは当然のことみたいに、むしろきょとんとして私のほうを見ていて、なんだか何も言えなくなったことをよく覚えてる。

 

「私がリーダーになったからには、みんな対等の仲間ですよっ!」

 

 さらに私も大事なメンバーだ、って言ってくれた。これがむちゃくちゃ嬉しくて、すごい照れくさくてたぶんキモいニヤけ顔をしてたんじゃないかと思う。たしかにその頃には親友もいたし、幸子ちゃんも小梅ちゃんも仲良くなってはいたけど、これはこれでちょっと違ってたんだ。なんだろうな、言葉にするのはなかなか難しいけど、ゼッケンズはユニットとして頑張るために集められてて、つまりそれは責任みたいなものが端っこにいる私にも発生するってことで、そういう種類の仲間っていうのを私はこれまで体験したことがなかったんだ。恥ずかしい話だけど人生レベルで。だから対等っていう言葉はすごく響いた。きっと対等になるためには仲良くなることが大事なことで、私にはそのあたりのことはまだちょっとよくわからないけど、それを知ってる愛梨ちゃんはすごいんだってそう思ったんだ。

 だいぶ失礼な話だけど、この瞬間まで私は愛梨ちゃんを誤解してたしリア充っていう存在を誤解してた。いや、リア充に関してはまだ疑わしく思ってる部分もあるけど、ちょっと見直したのは本当だぞ。話が逸れちゃったな。私はそれまでテレビの向こうの愛梨ちゃんをなんかふわふわしてぽやーっとしたセクシーなお姉さんなんだな、くらいにしか知らなかったけど、実物と触れ合ってみると全然違ってて、ものすごく申し訳なくなった。私なんかよりずっとオトナなお姉さんだもんな、今ではもうすっかり憧れのアイドルのひとりです。

 

 これは余談だけど、そんな話をしてるあいだにあれだけ混み合っていた人の群れがまばらになっていって、なぜかと言えばよく見なくても中心街から離れていくほうにみんなで歩いてたんだ。もちろん先導してたのは愛梨ちゃんで、遊びに行くのにどうしてこっちに行くんだと聞いてみたら、素で道を間違えてたらしい。あれだけ素敵な話をしてくれたあとに天然でこんなかわいいことをしてくるのが愛梨ちゃんなんだ。間近で体験してみればわかると思うけど、本当にずるい。

 

 

・・・

 

 

 そうこうしているうちにたどり着いたのが、いわゆるアミューズメントパークとかいうやつで、建物が一棟まるごと遊ぶための施設になってるところだった。たまにテレビとかで見るようなことはあったけど私には全然関係ない場所なんだろうと思ってたから、いざ入るとなると尻込みしそうになったことをよく覚えている。というか今でもかなり緊張する。でもあの時はみんながいたから立ち止まったり引き返したりしないでまっすぐ入れたんだ。

 他のところがどうなっているのかはわからないけど、そこの一階はゲームセンターになってた。自動ドアが開くと同時に声がかき消されるくらいの大音量が押し寄せてきて、たしかに私の体はその音の波にちょびっとだけど押し戻されたんだ。種類が多すぎてよくわからなくなるほど入り混じった音と暖色中心に構成されたそのフロアは、もう完全に私の見たことのない種類の空間だったな。経験があまりにもなさ過ぎて、初めのあたりはなんかくらくらしてた。人はたくさんいるしうるさいしで大変だったぞ。うるささもメタルとは全然違うものだったからな。

 でもなんだかんだで初めてのトモダチイベントみたいなのが起きたのもそこだったから、実はいい印象を持ってたりもするんだ。

 

 何があったかっていうと、茜さんとユッコちゃんがUFOキャッチャーの台にへばりついて、なんだか悔しそうな唸り声を上げながらすごい頑張ってたんだ。話を聞いたら、あの、握力を鍛えるやつあるだろ、握って開いてってやるやつ。あれを取ろうとして何度も挑戦してたらしいんだ。まずそんなものが景品になることに驚いたけど、目の前に欲しがってる二人がいたからそんなにおかしいことじゃないのかもしれない。それを取ろうとしてる二人はサイキックというかイカサマは禁止されてるし気合だけで解決できるものじゃないからってことで、ものすごく困り果ててた。

 きっと私も浮かれてる部分はあったんだろうな。愛梨ちゃんから仲間だって言ってもらえて、みんながそれを当たり前だっていうふうに受け取ってくれたから。だから私は珍しく自分から私が取ろう、って言いだしたんだ。あまり関係ないかもしれないけど、超インドア派の私は実はゲームとかも好きなタイプで、UFOキャッチャーが得意かどうかは別にしてやってみたいって気持ちもけっこうあったんだ。それで二人の握力を鍛えるやつを取るための私の挑戦が始まった。

 結果から言ってしまえばそんなに上手くはいかずにけっこうお金と時間がかかっちゃったけど、それでもなんだかすごく楽しい時間だったのは間違いない。失敗するたびに茜さんとユッコちゃんが、惜しいです! とか、あとちょっとですよ! とか応援してくれたから、途中からはもう負けるわけにはいかないみたいな気持ちになって、私もかなり夢中になって頑張ってた。取れた時には三人で円陣組んでそれぞれ自由に叫んでた。店からしたら迷惑そのものだったろうけど、店内ももともとうるさかったわけだし許してもらえませんか。ダメですよね。ごめんなさい。

 

 時間はかかったけど頑張った甲斐あって、それぞれ二人にプレゼントすることができたんだ。つまり、人生で初めてトモダチにプレゼントをあげたんだ、キノコ以外で。このことはやっぱりどうしても特別で、普通の人にはよくわからない感覚かもしれないけど、それこそ初めて原木からキノコの育成に成功したときみたいな胸の疼きがあって。私の当たり前はリア充の当たり前とは違うから、初めてもらったプレゼントより初めてあげたプレゼントのほうが強烈に頭に焼き付いたんだ。今だって二人がその時のあれで握力を鍛えてるのを見るとニヤッとしてしまうくらいだからな。

 ちなみに藍子さんと愛梨ちゃんは隣の台でちっちゃくてかわいい景品を狙ってました。私たちの台とは空気感が違いすぎてなんか面白かったな。

 すごく単純で、経緯としてはちょっと不思議なものかもしれないけど、これで茜さんとユッコちゃんと仲良くなれたんだ。いや、というよりは私が仲良くなれたって認識できたってことなんだろうと思う。だって二人はそういうことを気にしないで一緒にお仕事をするんだから仲間だしトモダチだっていう考え方をするタイプだもんな。

 とにかくこれで私から話しかけるきっかけも (これはすごく大きなことだ) 話のタネもできたから、ちょっとずつとはいえ話しかけることができるようになったんだ。幸子ちゃんも小梅ちゃんも親友も無しでこれだからな、進化と言ってもいいんじゃないか。すいません。調子に乗りました。

 今でも茜さんとユッコちゃんとは、というかゼッケンズのみんなとは仲良くさせてもらってます。たまにみんなで遊びに行ったりもしてます。楽しいぞ。

 

 あ、我らがゼッケンズの話はまだ続きます。

 

 

 

 


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