きの子抄   作:星輝子

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その7の1

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 自分にとって当たり前になり過ぎてて、なにかものを考えるときに勝手に頭の中で省略されてしまうことってあると思う。たとえばラジオ体操は聞こえ始めさえしてしまえば、次にどんな動きをしよう、なんて考えなくても自然にできてしまうし、考え事をしながらだと家への帰り道のことなんてぜんぜん覚えてなかったりする。これは自然なことだし、悪いことでもないと思う。まあ、書かなきゃいけないことをうっかりしてたことの言い訳になるんだけどな。

 

 デビューのラジオの一件を経て、物珍しさからだろうと思うけど、ちょこちょことお仕事をもらえるような日々が始まった。でもまだ私はどの分野でも十分なレッスンを積んだとは言えなくて、写真で撮られるのも誰かのバックダンサーを務めるのもひとつやるのでてんてこ舞いだったんだ。もちろん写真といっても表紙を飾るような大きなやつじゃなくて、隅っこを埋める感じのやつだ。ちょうど普段と変わらない感じだな。バックダンサーに関しては務めるメンバーのサイズの要求があったんだと思ってる。だって物覚えが良いわけじゃないし、トモダチのシイタケくんがいないと落ち着かなかったし。他にも今から思えば動きも表情もずいぶん修正できるところがあったと自分でも思うところがたくさんあったくらいだ。それでもとりあえずは駆け出しのアイドルとしては悪くない滑り出しだったと思う。そもそもが表舞台に立てるようなタイプじゃないのを忘れないでほしい。

 基礎的なレッスンをしながらたまにそういう仕事をさせてもらってっていうそんな日々がちょっと続いた。さすがに慣れてはいなかったけど、アイドルが具体的にどういうことをするのかっていう輪郭がちょっとずつ見えてきてた。バックダンサーをやったときには、ああやって舞台の中心に立つことがあるのかと思って、それに自分を重ねてみるとやっぱり不安だらけで不可能としか思えなかった。ただ、親友はそれを見抜いてるみたいにいちいち声をかけてくれて、私でも希望を持てるような話をしてくれた。だから歌のレッスンもダンスのレッスンもいっしょの部署のみんな、時子さまたちだな、と頑張ったんだ。相変わらず表現力のレッスンだけは隔離されてたけどな。

 

 そんな毎日を送ってたある日に、親友から呼び出しがあったんだ。これが私が初めてテレビ出演することになったお仕事で、星輝子の名前があのデビューラジオ以上に世間に知られることになった転換点だった。ラジオとキー局のテレビで比べて影響力がどれだけ違うかっていうだけの話なんだけどな。そうそう私も問題ばっかり起こしてるわけじゃないぞ。

 私の影の薄さとぼっち性能を考えれば、私が遅刻しちゃいけないってことはわかってもらえると思う。だから私は普段から待ち合わせ時間とか集合時間とかよりも、けっこう早めに到着するようにしている。あのとき親友から指定された場所は大きめの会議室で、私と二人で使うにはちょっとバランスがいいとは言えないような部屋だった。ソファがあって、テーブルがあって。トモダチのシイタケくんと私は、集合時間までしばらくあったから、ちょっと目立たないところでのんびりすることに決めたんだ。

 いそいそとシイタケくんと遊んでいると、集合時間の十五分くらい前だったかな、そのあたりで親友と藍子さんが部屋に入ってきたんだ。たぶんみんな知ってるんだろうとは思うけど、藍子さんっていうのは高森藍子さんって言って、スーパーゆるふわ系アイドルだ。同じ空間にいるだけでなんだか落ち着くような、そんな空気を持ったお姉さんなんだ。あまりにもゆるふわすぎていっしょにいると時間の感覚が狂うみたいなウワサが流れているけど、正直、私も似たような体験をしたことはある。

 たぶん親友とはこの部屋に来る途中で会ったんだろうな。部屋に入ってくるときにはなんだか楽しそうに話をしていたし。荷物を置いたあとにもその話は続いてて、まあ、そこに乱入していくような度胸は私にはないよな。だから私は息をひそめてシイタケくんとの遊びを続けることにしたんだ。

 それからもまた時間が経って、だいたい集合時間くらいになった。でも部屋にいるのは親友と藍子さんと私だけで、一向に人は増えていなくて、それはちょっと奇妙なことだった。だって三人で揃ってたんだったら本題に入ったっておかしくないはずだったから。こっそり言ってしまうと私以外は三人揃ってるとすら思ってなかったんだけど、それは今だから言えることであって、実際の事態は違ってたんだ。

 

「みんな、どうしたのかな」

 

 藍子さんが心配そうに呟いた。たしかに時間になっても呼ばれてるはずの人が来ないんだから、そうなるのも納得だ。親友も集合時間が間違ってないことを確認してたし、見方によっては異常事態が起きたのかもしれないと疑ってしまっても仕方のないところだ。私は自分が遅刻することはできるだけ避けようとするけど、他の人が遅刻することについてはそんなに頓着しないんだ。それでも事前に聞かされてたメンバーを思うと、知らないうちに、本当に大丈夫なんだろうか、と私も心配になったことをよく覚えている。

 本当にみんな自由なんだから、ってぽつりと藍子さんがこぼして、でもそれがみんなのいいところって言ってて、そのときは何を言っているのかよくわからなかったな。

 呼ばれているはずなのにまだ姿を見せていなかったのは、茜さん、ユッコちゃん、愛梨ちゃんの三人だった。あらためて文字にしてみると、藍子さんも含めてすさまじいメンバーだと思う。なんというか、生命の力に満ち溢れた人たちだ。なんで私がここの中に加えられたのか不思議で仕方ない。もちろんこの五人でユニットを組めたことはすごくいい体験だったと言えるけど、呼ばれた当初はもっと他に適切な人がいたんじゃないかって真剣に考えてた。どう見たってジャンルが違いすぎるだろう。あ、私と同じジャンルのアイドルなんていないとか言わないでくれ、ぼっちなのはじゅうぶん知ってるからな。

 ところで藍子さんのときもそうだったけど、ここでメンバーのみんなの説明が簡単になっちゃうのをどうか許してほしい。みんな知ってるだろうって思うのもあるけど、真面目に書こうとすると、どの人もとんでもない分量になる気がするからだ。前提として全員がおそろしく魅力的な人だし、そんな通りいっぺんの言葉で、しかも私なんかの言葉じゃ絶対に足りないだろうからな。だからこんな説明じゃ足りないって思う人にはきちんとした資料に触れてみることをおすすめしよう。びっくりするほど刺激的で幻想的なほどの魅力が詰まってるはずだ。

 

 ちょっと話が逸れちゃったな。藍子さんだけじゃなくて私も三人のことを心配していると、会議室のドアが突然勢いよく開いたんだ。その先には仁王立ち、と言っていいんだろうか、をした茜さんが立っていて、ドアの開いた感じからすると走ってきたんじゃないかって思うんだけど、汗もかいてないし息も切れてなかった。茜さん、日野茜さんだな、は熱血という言葉をかたちにするとこうなるっていうタイプの燃え滾る系アイドルだ。体力は限界知らずで、移動は基本ダッシュな人だ。あと、意外と背が高くないんだ。私ほどじゃないけどな。それでこぼれ聞こえてくる話をまとめると、どうやら人助けをしてたから遅れてしまったということらしい。茜さんなら当然そうするだろう、って私も思った。そう思わせるのも魅力のひとつに違いないんだろう。

 それからほんの少し遅れてユッコちゃんと愛梨ちゃんがまた走って会議室にやってきて、そういえばあのときは二人とも理由を話してなかったけど、たぶん愛梨ちゃんが道を間違えそうになるのをユッコちゃんが止めつつ来たんだろうな。なんとなく想像がつくというか、まあ、うん。

 ユッコちゃんはご存知エスパーアイドル堀裕子ちゃんで、年下の私が言うのはどうかと思うけど、愛らしいことこの上ない女の子です。エスパーなのに運動能力高いし芯から朗らかで図抜けた愛されキャラっていう、見方によってはアイドルに欲しい素材を備えまくった人なんだ。そばにいると実際に不思議なことがよく起きるから気を付けたほうがいいぞ。冗談です。

 愛梨ちゃんは十時愛梨ちゃんといって今回の企画では最年長で、立場的にはみんなのお姉さんだったな。どんな人かって説明は今さら必要なのかと思うけど、セクシーで、セクシーだ。これはヤバい。かわいいし、セクシーだからな。近くにいると確実に目を奪われる。何にとは言わないけど。タイプとしては藍子さんのゆるふわとユッコちゃんの朗らかさをちょっとずつ持っている感じだと思う。

 ちなみにどうして二人をちゃん付けで呼んでるかといえば、単純に二人にそう呼ぶように頼まれたからだ。なんだか年上の人をちゃん付けで呼ぶのって緊張するよな、しませんか、そうですか。

 私がこれで全員そろったな、って思って安心してると、部屋の中にはどうしてかまだ心配そうな雰囲気が残ってて、それはなんというか、すごく違和感のある状況だった。だって来てなかった三人は来たんだし、呼び出した当人の親友もいる。もう何も問題はないはずだったんだからな。

 

「輝子ちゃんはどうしたんでしょう」

 

 これが日常生活で目立たないよう目立たないよう過ごしてきたぼっちの真の実力だ。何が起きたのかって、単純だ。誰も私の存在に気付いてなかったんだ。それまでの生活では私を探そうとする人すらいなかったから、気付かれてないっていう可能性に思い当たりすらしなかったけど、考えようによってはこれは大きな一歩でいいと思う。

 最初からいましたよ、って出て行ったら、いつの間にかユッコちゃんによるサイキックパワーで見つかったことになってた。ぼっちを見つける技術があるなら、サイキックパワーもすごいものなのかもしれない。

 

 こうして呼ばれた五人が集まって、やっと企画のほうに話題が向いた。そこで親友が口にした言葉は、もちろん可能性として私も考えておかなきゃいけなかったしいちおう考えてもいたことだけど、それでも私にとっては衝撃的だった。現実感を持ってはいなかった。だってそれはこの五人のユニットで曲を出すっていう内容だったから。

 親友が言っていることの意味は、私たちの曲があって、その “私たち” の中に私が含まれているということで、それはなにか決定的なことになりそうで、私はむちゃくちゃ混乱してた。現実の体には別になんの影響も出てなかったけど、私の中から煙のような何かがよくわからない方向に立ち昇っていくような感覚があったのを覚えてる。表面には出さないように話を聞いてるふりはしてたけど、そこで聞いたことなんてさっぱり覚えてなかった。自分で書いててむちゃくちゃな文章だと思うけど、わかってもらえるだろうか。

 意識がぼんやりとしているなかであれよあれよと話が進んで、愛梨ちゃんがリーダーに決まってて、ユニットの名前が “ゼッケンズ” に決まってた。周りを見ると誰もが楽しそうに笑ってて、すごくやる気を出しているのが伝わってきた。不安まみれだったよな、今では仲良しだけど、そのときは実績をきちんと積んでる四人に対して比べられるものなんてないような私だったんだから。

 

 これが、 “絶対特権主張します” の始まり。

 

 

 

 

 

 


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