きの子抄   作:星輝子

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その4

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 そろそろ親友の話を一度しようと思う。

 

 でもまずは親友の周囲の話からしていかないといけないよな。これを書くようになって気付いたことだけど、誰かや何かについて説明しようとすると、どうやらそれ以外のことについての説明も必要になるみたいだ。もちろんキノコ以外でということだけれど、これまであんまり誰かに物事を教えたりするようなことがなかったから、これは新鮮な発見だ。新鮮ということは初めての出会いということで、どうにも経験が少ないものだからどれだけ話せばいいのかちょうどいい具合がわからないな。言い訳にしか聞こえませんか。そうですか。

 実は親友は私ひとりのプロデューサーというわけじゃなくて、他にも担当しているアイドルがいるんだ。考えてみればこれは当然のことで、福島で見つけたひよこにすらなっていないアイドルに付きっきり、なんていうわけにはいかないよな。親友が担当しているのは五人で、私はその五人目にあたる。つまり最後に採用されたということだ。もちろん親友以外のプロデューサーさんも何人かのアイドルを担当している。これは幸子ちゃんに聞いたから間違いのないことだ。

 

 見た目の印象を省略するのはどうか許してほしい。私は人の外見についてなにかを書けるような能力を持ち合わせてもいないし、やっぱり自信もない。なんとか私に書けることと言ったら、私よりかなり大きいということだけだ。まあ、私から見ればたいていの人はそうなるんだけどな。

 さっきも書いたとおり親友は五人のアイドルをプロデュースしている。おおまかに言えば、売り出しの方向性とかそういったものを決めるのがプロデューサーという仕事らしい。私がいま書いているこれも親友が取ってきてくれた仕事のひとつだな。表舞台には出ないで人と人とをつなぐのが役割だと話してくれたことがあって、それの指す意味はまだよくわからないけど、とりあえずそういうことなんだと私は飲み込んでいる。話が逸れたけど、私を含めて五人ものことを別々に考えるのは大変に違いないから、きっと親友の仕事はハードなものなんだろう。

 親友が担当しているのは私のほかに、時子さま、紗南ちゃん、麗奈ちゃん、イヴさんの四人だ。正直なところ、美人とかわいい子の群れに私は今でも気後れしちゃうんだ。初めて顔を合わせたときには、おお、これは……、なんて感想しか出て来なかったくらいだからな。人の前に立てるどころか、人の前が居場所っていう感じが四人全員からしたんだ。細かく言えばその居場所の感じはそれぞれ違うんだけど、それはまた別の機会にしよう。

 私たちはふつうに仲良くできていると思うけど、ユニットを組んだりしているわけじゃないんだ。私もいくつかユニットに混ぜてもらってることを考えると、もしかしたらそこで混乱する人もいるかもしれないな。しばらく前にちょこっと聞いたことがあるんだけど、ユニットを組むときはプロデューサー同士が話し合って決めることが多いらしい。そのほうがいろんな視点から魅力を探すことができるからだって親友は言ってた。もちろんひとりのプロデューサーが自分の担当しているアイドルの中でユニットを組むこともあるとは言っていたけど、親友はそれをやらないということなんだろう。だから私たちの活動自体はひとりのものがその中心になっている。これははたしてぼっちと呼べるのか微妙なところだな。けれど、時子さまも紗南ちゃんも麗奈ちゃんもイヴさんもその一人舞台がおそろしいほどに映える。これは見ないとわからないと思うけど、視線をぐいっと引っ張るようななにかをみんな持っている。一度は見てみたほうがいいんじゃないかと思う。おすすめです。ちなみにさっきの名前は親友が担当するようになった順番になっていて、つまり親友がはじめて担当したアイドルは時子さまだということみたいです。

 

 

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 昔、初レッスンからそれほど経ってないころに、初めての仕事と呼んでいいのかわからないけど写真撮影があったんだ。いわゆる宣材写真というやつで、誰かに見せることを前提に撮られるやつだ。私は当然のようにキノコの撮影だと思い込んで、バッチバチにキノコのスタイリングをしていった。張りもつやも湿り気も仕上げて準備をばっちりにして、親友との待ち合わせ場所に向かった。私はといえばいつもどおりの、ぼさぼさの髪によれよれのロンTっていう格好だった。

 いま考えてみればこの時点でおかしかったんだな。親友はそんな私をなんの躊躇もなく迎え入れて、さあいくぞ、って歩き始めた。親友の足の向かう先は346プロの社屋で、私はてっきりなにかの手続きをしてから出かけるのかなと思っていた。けれど親友にそんな様子は見えなくて、いつもみたいにエレベーターのほうに歩いていったんだ。今度は別の階で用意するものでもあるんだろうななんて考えていたことを憶えている。親友は私が知らない階のボタンを押して、それで閉じるボタンを押した。ぼっちというものは知らないものや新しいものに怯える傾向があって、私もその例に漏れることなく知らない階に降りることに対してどぎまぎしていた。

 はじめて来たときから346プロは大きい大きいと思ってはいたけど、まさか社内に撮影スタジオまであるとは思っていなかった。テレビとかでちらっとだけ見たことあるような白いバックに大きなライト、どんな使い方があるのかわからないようなカメラなんかがそこにはあった。あのとき以来そこで写真を撮ったことはないけど、他の階に比べて妙に天井が高かったような記憶がある。人もたくさんいて、写真の撮影にこんなにも多くの人が関わるのかと驚いた。目に映るものが全部はじめてのものばかりで、感心というか、呆気に取られっぱなしだった印象がある。

 親友に連れられて撮影場所まで行ってスタッフさんにあいさつをして、それで準備が始まったあたりで、私はきっと満足のいく撮影ができるだろうと考えていた。おもむろに親友に鉢植えを差し出して、かわいく撮ってやってくれ、なんて言ったりもした。直後にキノコの撮影じゃないぞって言われたときには何を言われているかよくわからなかったな。たしかに初めてのレッスンのあとにアイドルというものがぼんやりとはいえ自覚的なものになったっていう話はしたけれど、だからといってすぐに撮影と聞けば自分のこと、なんてことにはならないだろう。だってキノコはあんなに愛らしいしおいしそうだし、撮るなら私よりキノコなのが普通だもんな。

 それはそれとして撮影する対象がキノコじゃなくて私だと意識した瞬間、周りにある設備やスタッフさんたちがすべて私に向かってくるような気がした。ぼっちは囲まれることに慣れていない。当然だ。なにかの中心にいるだなんてもってのほかで、それは一日や二日で治せるようなものじゃない。全身から力が抜けていって、顎だけがくがく震えて、立っているのがやっとだった。たぶん親友がそこにいたのがギリギリの救いになっていたんだと思う。でもそのぶんだけ恐怖感がはっきりして、それから逃れるようにスイッチが入っちゃったんだ。記憶が完全に飛ぶほどのものじゃなかったけど、まあ、もういちど体験したいっていうタイプのものじゃないです。はい。

 

 ひとしきり叫んだあとで、私は親友に聞いたんだ。私はまだデビューなんてしていなかったし、それに自分のことなんてそれまでの人生で一度も考えてこなかったような人間で、どういうふうに写真に写ればいいのかなんてわからなかったから。それ以前に思い出してみれば写真を撮られた経験さえほとんどないような気がする。とにかく、私にはいつもの状態とメタルモードとがあって、そのどっちかを親友に決めてもらおうと思ったんだ。

 これは不思議な話で、私もいまだによくわかっていないんだけど、親友は迷うことなくいつものジメジメした私で撮ることを決めたんだ。そのときの私は緊張と恐怖で親友の言っていることに疑問を持つ余裕なんてまったくなかったし、親友は親友でとくに意図の説明をすることもなかったから、そこは何も明かされていない。もしかしたら秘密みたいなものが隠されているのかもしれないけど、別にそういうのがあってもいいのかもしれないな。

 撮影は時間がかなりかかってやっとなんとかなったっていう感じだった。そもそも日常生活で笑うことの少ない私が自然な笑顔を作れるはずもなく、あまりにも不自然な目の逸らし方をしたり牙を剥いているようにしか見えない顔をしたりと大変な有様だった。最終的に鉢植えを抱えることでどうにかかたちになったけど、ひょっとすると歴代でもかなり上位に来るレベルで手がかかったんじゃないだろうか。ちなみに翌日、顔が全体的に筋肉痛になって、顔に筋肉があることをはじめて意識しました。

 

 

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 なんというか、私は親友に対して、力強いという印象をもっている。

 個性のあるみんなを引っ張っていけることもそうだし、写真撮影だと聞かされてキノコの世話に力を入れるような私を叱るようなこともない。辛抱強いのはわかってるし、たぶん予想外のことがあっても動じることは少ないんだろう。よくもまあこんなぼっちが良い人に巡り合えたものだと思います。それとももしかしてプロデューサーという立場の人はみんなこういうものなんだろうか。今度、機会があったら聞いてみようか。

 親友についての話をするつもりだったけど、状況や私の目を通したエピソードを入れないとどうにも話をするのが難しいみたいだ。こういう人なんだよ、って一言で言えたらそれでもいいのかもしれないけど、親友はそれができない人なんだろう。それに簡単に説明できちゃっても面白くないしな。なにか別の話を通してしか説明ができない。これもきっと親友の一面に違いない。ああ、でも私をアイドルにしようとするくらいだから、変なところがあるとははっきり言えるな。ところでこれ、親友に読まれたら怒られたりしないかな、大丈夫かな。

 

 しっかり書けただろうか。もっと伝えたいことがあるような気もするけれど、いまの私にはここまでしか書けないような気もしている。こうやって言葉で表現することで頭を悩ませるのはほんとうに経験がなくて、これはなかなか難しいものだと実感し始めてきた。

 親友が私にこの仕事をやってみろと言った理由がちょっとわかってきたかもしれない。

 

 

 

 

 

 

 


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