きの子抄   作:星輝子

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その2

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 親友との出会いの経緯については書いたから、今日は普段の生活について書いてみようと思う。

“これまでの振り返り” なんて言っても、基準というかベースというか、そういうものがないと私の活動を書いたところでよくわからないところが出てくる気がするしな。

 基本的にはきちんと学校に通って、そうしてからレッスンだったりお仕事だったりに向かうのが普段の感じで、かなり大掛かりなことにならない限りは学校は休まない。これは家族と事務所とのあいだで約束されたことらしい。どこのご家庭ともそういう約束をしていると親友が言っていた。私にはまだよくわからないけど、きっと大事なことなんだろう。

 地方から出てきた子たちは私を含めていわゆる芸能活動に対して寛容な学校に通っている。もともと東京の出身の子たちはそのまま通うのがほとんどらしい。346プロにはたくさんのアイドルがいるけど、実は中学三年生って多くなくて、同じクラスなのはみちるちゃんだけだったりします。

 

 授業が終わると電車に乗って寮に帰ったり、そのまま事務所に行ったり、あるいは現場へ向かったりといろんなパターンがあって、その中で私が選ぶ割合がいちばん多いのはいったん寮に帰って事務所に向かうやつなんだ。学校からそのまま行っちゃう子もけっこういるけど、私は制服のまま行動するのがどうも苦手で。

 レッスンの話をしてもしかたがないから、事務所での過ごし方について話をする。それについてはあまり詳しく書きすぎるな、と親友に言われているから簡単に書こうと思う。

 私は事務所の中ではあまり活動的ではないほうで、基本的にキノコを育てている。原木選びから環境の調整まで丁寧にやらないと、意外なほど簡単に死んでしまったりする。だからとても慎重にお世話をしているんだけど、やっぱりキノコに興味を示してくれるアイドルはいなくて、それはすこし寂しい気もするけど、いつものことと言えばいつものことだ。

 基本的に私がいる場所は決まっていて、近くにいる人もだいたいは決まっている。事務所にいるときによく一緒に過ごすのはボノノさんと、まゆさん、だな。二人とも物静かなタイプで、他の事務所のみんなみたいにたくさん話をするわけじゃないけど、仲良くしてもらってると思う。他にも仲良くしてもらってるトモダチはいて、小梅ちゃんや幸子ちゃんなんかはよくお仕事でいっしょになったり寮で遊んだりするんだ。仲が良いっていうのとはまた違うかもしれないけど、まゆさんをはじめ、杏さんとか夏樹さんとか比奈さんとか、お姉さんたちにもお世話になっています。みんなものすごく整った顔立ちで、さすがはアイドル事務所だな、なんて思ったりする。夏樹さんだけはかっこいいと思うことがあるっていうのは内緒の話だ。ここだけの話、夏樹さんのギタープレイは言葉を失うくらいにおしゃれで、とろんとしてしまうくらいに引き込まれるんだ。知ってますか、そうですか。

 

 先に書いたとおり、学校が終わると着替える派の私は制服派のみんなと比べると事務所に着くのがちょっとだけ遅れる。とは言ってもほとんど誤差みたいなもので、学校とか学年とかの違いによっては差がなくなるどころか事務所に着く順番がひっくり返るなんてこともしょっちゅうだから、まあ、気にしてる人はいないと思う。うちの事務所には学生アイドルもたくさんいるから、タイミングが合えば途中でいっしょになって出社?することもある。というか誰にも会わない日のほうが少ない気もするな。毎日事務所に行くわけじゃないから細かいところはわからないけど。

 私は歩くのが遅いから、敷地内を歩いてるとよく追い抜かれる。ほとんど走ってるみたいなスピードの社員さんとかを見ると驚くぞ。きっといろいろな仕事があって、中には私たちに関係のある仕事をしている人もいるんだろう。私たちにできないことをしてくれているんだから感謝しないといけないな。

 そもそも事務所のあるビルのある敷地内に寮が建てられているのは普通なんだろうか。私は世間知らずなところもあるから、正直なところよくわからない。でも近くにあるよそのビルと比べるとはっきり敷地は大きいから、会社としての力は強いんだと思う。寮から社屋までもちょっと歩くし、社内の廊下もけっこう長い。途中にはエステルームやらなにやら未知の施設もたくさんある。いわゆるリア充の領域だな、怖い怖い。

 事務所に入るとほとんど誰かが部屋にいて、入ってきた私にあいさつをしてくれる。私は未だにテンパりながら小さな声でしか返せないんだけど、それでもみんなにっこり笑ってくれるからホントにいい人だらけだと思う。アイドルなんてやれる人は根本的に明るいのが自然なんだとこのあいだ気付きました。そうなると私は例外にあたるな。ボノノさんもかな。

 普段の生活とはいっても色んな人がたくさんいることもあって、毎日なにかの事件が起きるのが普通で、いつもこうですよ、と言える日常がないのが実際のところだと思う。頻度の話をするならまゆさんが編み物をしてるのを眺めてたり、ボノノさんや杏さんが仕事やレッスンのために連れ去られていくのを見るのが日常と言えば日常だ。連れ去られる二人にはいつも何かを求めるような目で見られるけど、私にできることは何もない、と思う。

 

 事務所にいないときは外には出ないで寮の部屋で過ごすことが多い。おしゃれも苦手だから服とか小物とかをひとりで買いに行くこともほとんどないんだ。連れて行ってもらうことはたまにあるんだけどな。もちろん仕事があるときはちゃんと外に出るけど、それ以外となると遠出することが多い。都心だと満足にキノコが生育できる環境がないから、山にトモダチを探しに行くことが中心になる。でもそれなりに準備もあるし時間もかかるから、行きたいときに行く、なんて簡単にはできないんだ。都会の難しいところはこういうところだな。

 私の部屋は、まあ、そんなに特別に書くことはないと思う。ちょっとキノコ関連の小物が多いくらいで、そこ以外は普通だ。棚とかクローゼットとか、あとテーブルがあってベッドがあってキノコがあって。ほら、普通だろう。生育環境のことを考えて明かりとかにちょっと手を加えてはいるけど、人間が暮らすのには影響がないんだから問題ないな。

 

 でもあらためて普段の生活のことを書き起こしてみると、中学生の生活とあまり離れてはいないような気がする。朝起きて学校に行って、帰ってきて習い事をしたり友達と遊んだりして、それで寝る。もちろん勉強もするけどな。何が言いたいかっていうと、イメージされてるほど一般とかけ離れた生活をしてるわけじゃないってことだ。宿題忘れたりテストでヒドい点数取ったりすると普通に親友に叱られるからな。正直なところ親友に叱られるのはかなりつらいものがある。怖い怒りかたをするんじゃなくて、なんていうか、周囲の足場がどんどん落ちていくような気がして、自分が本当にどうしようもないやつなんだって思えてくるんだ。心の中の風景としては64のマリオの、最後のクッパと戦ってる時みたいに足場がなくなっていくんだ。紗南ちゃんと一緒に遊んでるときに画面を見てすごく驚いた覚えがある。自分の持ったことのある気持ちがすでに映像化されてるだなんて考えもしなかったからな。

 まあそんなわけで、勉強もしっかりしています。幸いなことに寮には頼れるお姉さんがたくさんいるので、困ったときには助けてもらえるんだ。でもできるだけ自分で頑張ろうっていうことになってるから、そんなに聞きまくってはいないと思います。はい。

 もしかしたらいつか私も勉強のこととか質問される立場になるのかな。ないか。

 

 

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 事務所では親友が私にもできる仕事を探してきてくれる。そもそもがコミュ障ボッチの私には、幸子ちゃんみたいにいろんな人に囲まれながら場を盛り上げる力はないから、そういう意味ではちょっと間口が狭いのだと思う。そういう場に出るときは一人じゃ絶対に無理だな、誰か頼れる人の傍にいないとお蔵入りするレベルの事故になるのが目に浮かぶ。

 アイドルのみんながたいてい事務所にいるのはそういう連絡がつきやすいからっていうのもあるんだと思う。他の事務所がどうなっているのかはわからないけど、346プロだとそういうことになっている。連絡だけなら電話とかでもできるけど、話があったら聞きたいことが出てくるのは自然だし、それなら直に話をしたほうがいいとみんな考えているんだろうな。よほど特別な場合じゃない限りは別の部屋を借りてお仕事の話をすることはないから、きっとオープンなスタイルなんだろうと思っている。杏さんやボノノさんが安心して逃げようとできるのもひょっとしたら関係あったりするのかもしれない。一種のコミュニケーションというか、じゃれ合いみたいなものだしな。

 そうは言っても私もお仕事の話をもらうとまだびっくりするんだ。いっそライブならスイッチが入っちゃうからそのまま行けるけど、ライブじゃないお仕事だとそうそうメタルモードばっかりに頼れなくて。収録が終わったあとに自分で思い出すとなんだかずっとあわあわしてただけのような記憶しかないことがしょっちゅうある。三つ子のボッチ魂百までとも言うし、アイドルとしては致命的かもしれないな。それでも私を励ましてくれるトモダチのみんなは、ひょっとしたら菩薩とかそういうのなのかもしれない。星輝子はみなさんの力添えで成り立っています。

 

 普段の生活のことはだいたいこんなところだ。事務所のことの割合が多いのはきっと私の生活とぴったりくっついているからなんだと思う。そういう言い方をすれば私もすっかりアイドルに見えるような気もする。でもダメだな、ちょっと恥ずかしい。

 素敵な人たちに囲まれて元気でやっています。それが伝われば十分だと思う。

 

 

 

 

 

 


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