小噺集   作:畑の蝸牛

23 / 23
それぞれの放課後。


ちゃおっす 2

ーーーそして放課後。生物室。

 

トリニダードはガラリ、引き戸を引く。幸いなことに、または当たり前なことに。黒板消し落下ドッキリが仕掛けられている、なんてことは無かった。

 

「やぁ、待っていたよ」

 

「おい」

 

「キミなら"此処"に辿り着ける、と信じていたよ」

 

「……おい」

 

「さぁ。神々の黄昏《ラグナロク》の為の作戦会議と行こうか」

 

「その喋り方を止めろ!!」

 

「………テンション乗ってきたとこだったんだけどなぁ」

 

先に生物室で待っていたのはパブロ。妙ちきりんな口調に、らしくもなく怒鳴ってしまうトリニダード。どうして怒鳴ったのかについては、今紐解かれるべき話題ではない。

 

生物室は普通の教室の1.5倍程度の広さであり、黒光りするカウンターのようなテーブル、背もたれの無い不親切な椅子、窓際に鎮座する水槽。そこまではよくあるであろう生物室の様相だった。しかし、アノマロカリス・シーラカンス・カブトガニという三代剥製が並んで居てはどうだろう。男子にとってはたまらん生物室である。トリニダードはその剥製に目を奪われた。彼もやはり、男子だった。

 

「アノマロカリス、マジだったんだな」

 

「ディエゴ、嘘つくような奴じゃないだろ」

 

「でもさ、さすがにありえなさが高いっていうか」

 

「……耳を疑ったから反論出来ねぇ」

 

「まぁ、それよかありえん事態が起きてるってのが、俺の見解なんだが」

 

「それな。アンビリーバボーに投稿出来るレベルな」

 

肩を竦めてお手上げのポーズをとるパブロ。それにうなづくトリニダード。全く予想外の事態が明らかになって、二人してどうしたらいいものか。と思っていた。迷っていた。

 

「「まさかあの二人があんなになるとは」」

 

というのが二人の感想であった。パブロはファンの幼馴染で、トリニダードはディエゴの幼馴染。そういう、よーく似たスタンスの二人だから困るのだ。ノータッチで行くべきか、それとも気付かぬフリして口笛吹くか。……本人×2としてはこの二択であって欲しかった。ただし、それを幼馴染×2が許してくれるのか。非情にも微妙だった。特にファンは、容赦無いだろうな、とパブロの心は梅雨よろしくジメジメしてくるのだった。

 

ゆえに。何かを頼まれる可能性のある二人は。頼まれるうちに、可能な限り口裏を合わせる。または共謀しておこう。そういう算段である。ちなみにトリニダードが連絡しようとした相手はパブロであったので、トリニダード的にもちょうど良かった図式になる。

 

「何がどうしたら、あのアマがディエゴに惚れるのかが分かんねぇ…」

 

「喧嘩なら買うぞ」

 

「売ってないから。あ、そっか。解説、ファンという生命体はジャニーズ系が趣味であります」

 

「なるほど。ディエゴって……その、ガチムチ系だもんなぁ」

 

「ねぇ、なんか言い方悪い気がする。うーーんと、野球のキャッチャーみたいな?」

 

「あぁ、キャッチャーか。わかるわかる。たぶんプロテクターとかめっちゃ似合うぞ。見たこと無いけど」

 

「今度さり気なーく、そんな役になるように話てみるか?」

 

「いいなそれ。結構面白そうだ」

 

「だろ?……ってちげえよ。恋愛脳対策だろーがよ」

 

「すまんパブロ。脱線させてしまった」

 

「いちいち謝んなよ……で、どうよ?ディエゴはよ」

 

「どうって?」

 

「なんか普段と様子が違ったり?」

 

「いや別に」

 

こんな調子で大丈夫かね、とパブロは思った。もしかしたらコイツかなりの鈍感なのではとも。その呆れが、顔に出ていたのかも知れない。

 

「………なんか、たまーにディエゴがする眼と一緒の眼だ。バカにしてるな?違うからな。ディエゴが取り繕うの上手いんだからな?」

 

「いやいや、なんでそんなん隠すのが上手いんだよ。ディエゴっておっとりが人の形をとったような奴だろ?」

 

「パブロ。お前はバカか?」

 

「なんでそこまで言われなき「ぶーかーつ。ディエゴの。」

 

「………あ、そうだな。そういやそうだった」

 

そうパブロの頭からあっさり飛んでいたことだが。ディエゴも演劇部の人間であった。…自身の幼馴染が演劇部である事は、しっかり頭にあったのだけれど。いかんせん、それを軽く吹き飛ばすような事件があったもんで。

 

「それにしてもなぁ、どうすっかトリ公」

 

「なんかムカつくからその呼び方止めろよパブ公」

 

「「…………………」」

 

「とりあえず、なんか変化あったら連絡するって事で」

 

「りょーかい」

 

そう言い合って、二人は生物室を後にする。しかしパブロは前の出口から、トリニダードは後ろの出口から。一緒に帰るという選択肢は二人に無かった。

 

「ふふふ……面白い事を聞いてしまいましたねぇ…」

 

そして二人は、何者かがその話を聞いていたことに。全く、これっぽっちも、1ミクロンも気付く事はなかった。

 

ーーーその頃、演劇部。

 

「はいカット!どーして言った事が出来ないのかなぁ?ねぇ。浜辺でイチャつくカップルの目が泳いでるってどうよ?どうなのよ?おかしくない?」

 

黒いカチンとやるやつを持った監督らしき男が檄をとばしている。ディエゴとファンは二人して申し訳なさそうに縮こまっている。……指示の通り出来ていないことは、二人とも理解していた。しかし今の二人には、あまりに酷では無いだろうか。

 

「どーやったら伝わるかなぁ?実演した方がいい?それとも参考映像引っ張ってくる?」

 

監督は真剣なだけであって、悪い人でないことはみんながよく知ってる事だった。しかし……!他の演劇部メンバーがあっさり気付けたことに、彼は気付けて居なかった。そう、彼は恋愛経験ナシ!長ったらしく言えば彼女居ない歴=年齢!二人の間に流れる甘酸っぱい雰囲気を感知する事は不可能!ただ単に恋人役に照れてるとしか思ってない!

 

ディエゴとファンが教壇、前から二番目の席に監督、ロッカーのとこらへんに他の演劇部メンバーという布陣である。ロッカー周辺がざわついていた…!

 

あの二人が照れているであろう理由もしくは原因を伝えるべきか、伝えぬべきか。白熱教室を追い越すような熱を帯びている!(主に女子が)男子はディエゴへの妬み嫉み罵詈雑言パーティである。「どうしてあんなのが、ファンちゃんと……」みたいなセリフが無限ループ地獄を形成していた。

 

もちろん監督は気付かない。だって二人に指導するのに人間的キャパシティを割いている。魂の熱血指導だ。二人に事細かに注文を付け、それを二人は書き留める。

 

今、この部室をサーモグラフィで測ったなら驚くべき温度差であるだろうことは、もはや疑いようが無かった。

 

とりあえずこんな感じで、ディエゴとファンは部活してたのであった。




つづくよっ

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。

評価する
※目安 0:10の真逆 5:普通 10:(このサイトで)これ以上素晴らしい作品とは出会えない。
※評価値0,10についてはそれぞれ11個以上は投票できません。
評価する前に 評価する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。