小噺集   作:畑の蝸牛

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飼い主をさがしています

 

コンビニで買い物を終え、帰ろうとした時にふと、目が止まる。

「飼い主をさがしています」写真の付いた広告が貼られている。その他にも細々と、居なくなった状況、性別、見て分かるような特徴などが書かれているんだろう。じっくりと読む気はあまりない。どうにも、そんな個人情報めいたものを強いて目的も無く目に映すのは好ましくないからだ。

・・・無いのだが、どうにも何かが捻れているような気がしてならない。何かがおかしい。そんな想いが、私の視線を外させない。

 

「そいつ、カワイイよな?おっさんも分かるクチ?」

 

横から、どうにも軽そうな声が掛けられる。「おっさんと呼ばれる歳じゃない!!」と言いかけて止めた。そうやって言い返す方が、おじさんであるように思われた。

声を掛けて来たのは、金髪に作業着の青年だった。時間から鑑みるに、休憩中の工事作業員とかそこらの職の人だろう。

問いの意味は、私にはよく分からなかった。口を噤むしか無かった。そんな私を見、あからさまにがっかりしたように言う。

 

「ちっ、期待してみればトーシロかよ。見れば分かるだろうがよぉ。見れば」

 

改めて広告に指が指されるので、従い見た。……何らおかしな、それこそカワイイと思えるような特徴は無い。ピアスするんだな、とは思うが。その点をカワイイと言うのなら、そうなのだろう。私は痛そうだなとしか思えないが。

しかし、そんな単純な事では無いだろう。今度は眉根を寄せて見てみる。

 

 

「分かるか?目が綺麗だし、爪もしっかり手入れされてる、かなり飼い主は"分かってる"やつだ。……こうなりゃ探してみるか。会ってトークしたいぜ」

 

と、言いながら青年は去っていった。私の事など、あんまり視界に入ってなかったらしい。……じゃあなんで話し掛けたんだろう。その手の界隈では、よほど素晴らしい仕事をしていた、あるいはされていたのだろうか。

かの有名な虹の感動の話と、同ベクトルの感情か?私には分からない。通りすがりの彼の気持ちなんて、ミジンコ程も、分からない。

 

冷たい風が吹いた。コンビニは案外、温められている事に気付いた。それと、先ほど肉まんを買っていた自分の慧眼に感謝した。久しぶりに買うこととなったが、大正解だ。

 

口を開いて、かぶりつく。

 

ぽとり、と液体に雫が落ちて、波紋が広がる。

 

さっき去っていった人の言う、"分かってる人"とは誰の事なのか。

 

肉汁と一緒に謎までじわり、と溢れて来た。幸いにも、考えることは肉まんを食べながらでも出来る。

 

「飼い主をさがしています」という広告を出したのは、飼い主が居なくて困っている本人、ではない。当たり前だ。体操したっていい。

さしあたって飼い主が居なくて困っている本人を保護した者であろう。……なんかややこしいな。拾い主としよう。

肉まんは三分の二になっている。

拾い主はこの広告を作るために、写真を撮った筈だ。スマホ、一眼レフ、デジカメのうちのどれか、あるいは私の知らない専門な撮影器具で。

もう一度写真を見てみよう。……キレイだな。瞳とか眼とか爪とかそういう所ではなく、全体的にだ。

おそらく、一度連れ帰って洗ってから撮ったのだろう。そう考える。写真の背景も、よくよく見れば手入れされた庭のように見える。

 

ここが問題だ。青年は飼い主を"分かってる人"と言ったけれど、それは本当に本当の飼い主であるのだろうか。拾い主がそういう職の人という可能性は、考えないのだろうか。

肉まんは三分の一になっている。

コンビニから出てきた学生らしき二、三人が胡乱げにこちらを見た。確かに、ずーっとこの広告を見てる人間は奇妙に見えることだろう。もしかすると、関係者にすら見えるかもしれない。

冷たい風が吹く。提げたままのコンビニ袋が、がさりと音を立てた。ああ、そう言えば昼休みだったな。

一度考え始めると、時間を忘れてしまう。時計を見た。慌てるほどの時間ではなかったけれど、もう戻った方が楽な頃合ではあった。

肉まんは胃の中へと消えた。私は広告から視線と踵を外した。

 

願わくば、早めに飼い主が見つかるといいな。


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