小噺集   作:畑の蝸牛

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専門用語って難しい。以上。


インフィールドフライ

インフィールドフライ

 

俺は死んだ。いや、俺たちは死んだ。高校球児としての俺たちは死んだ。俺たちは皆、小学生の頃から野球をやって来ていた。言い換えれば、人生の半分を野球に捧げてきたメンバーだった。

 

死因は俺のインフィールドフライだった。満塁でツーアウト、ツーストライクでツーボールのフルカウント。俺はアウトを審判から告げられた。腕から力が抜けて、バットが地面を叩いた。

 

焦点の合わなくなった瞳には、自分の肩を叩く監督の姿が映った。練習の時には厳しい指示を飛ばし、試合の後には1人ずつダメ出ししたりと、冷徹のように思っていた監督の行動に涙が零れそうになった。

 

そして、試合が終わった。俺の野球人生最後の試合が。一列に並んで対戦相手に礼をし、泣きながら土を集めたり、円になってそれぞれの思いを語り合ったりと最期らしいことを色々やった。

 

それでも、自分のやったこと。インフィールドフライは脳裏にこびりついて離れようとはしなかった。

 

 

今思えば、私の人生は野球に彩られたものだった。同窓会で変わったようなどこか変わらない同級生達とあの頃の話をするにも、野球が絡んで来ない話がいくつあっただろうか。

 

自分の仕事について話せば驚かない同級生はいなかった。特に野球部のヤツらが顕著だったが。あの頃の私は、あのインフィールドフライで終わったものだと思っていた。

 

実際、そうでは無かったのだけれど。

 

あぁ、何の因果だろう。私の監督としての最後の試合があの時と同じ甲子園の1回戦だったということは。でも、考えてみれば正しい終焉とも言えるかもしれない。

 

私が監督になろうと思ったのはあの時がきっかけとしか思えないから。

 

そんなことを考えながらも試合は進んでゆく。自分が手塩にかけて育てた選手がボールを必死に追っている。あの頃の私もああだったのだろうか。

 

選手たちの汗がきらめいて見えた。私ではもう取り戻せない若さがそこにはあった。自分が老いたことを思い知らされる。

 

カキーンと小気味よい音が鼓膜に響いた。ボールとその向こうの電光掲示板が瞳に映った。そして、何者かに心臓を掴まれている。そんな感情に襲われた。

 

9回のウラ、2アウト、全て埋まったら塁。そこに打ち上げられたフライ。

 

インフィールドフライだった。俺はヤツに嗤われている気がした。

 

コイツにしてやられた高校3年の夏から、俺の心には黒くて不定形の何かが残った。コレを拭い去りたいがために監督になった。あぁ、間違いない。

 

俺は、あの夏から、コイツに、インフィールドフライに。どうしようもない因縁を持っていた。

 

目から涙が零れた。あの時、俺が流せなかった涙だろうか。

 

ようやく、泣けた。あの夏を終わらせることが出来た。

 


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