踏み台だった野郎共の後日談。   作:蒼井魚

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09:後悔

 すべてが鮮血に染まった室内は、それは、それは、何と表現したらいいのだろうか、言うならば、この世界に存在してはいけないと思わせる程に、禍々しく、そして、穢れていた。俺は少しだけの後ろめたさを心に抱きながら、ゆっくりと前進する。それに追従するバルの姿も、何時もの脳天気なものではなく、命を奪いなれた傭兵と表現するに値するものとなっていた。

 血生臭さが吐き気を助長させる。それを飲み込んで、ゆっくりと前進する。

 決意は既に心の中に存在している。その決意の意味は――この景色を創りだした存在を殺める。

 

「ご主人はん、ワイはどうしたらいいでっか?」

「......俺一人で殺す。無理だったら――骨は拾ってくれ」

「それは無いと思います。この程度の殺人鬼、シリアル・キラーだったら、まあ、ご主人はん一人で殺せます。やけど、ご主人はんにその決意があるかどうか、まあ、それを見させてください」

「決意はもう、意中の中にあるさ――それを行動出来るか、それがわからないだけだ」

 

 扉を開くと血生臭さではなく、古くなった遺体が放つ異臭、それが脳を揺さぶる。そして、吐き気を高める。だが、決意がそれを押し留め、そして、意思を強く持たせる。異臭漂う室内の空気を深く吸い込み、そして、殺すべき存在の元へ歩みを進める。

 

「貴方がわたしの新しい玩具?」

 

 目の前に存在しているのは、十の年にも満たないであろう、少女。そして、その懐には、管理局の魔導師であろう男性の生首が静かに目を閉じている。だが、その表情は酷く歪んでおり、酷い痛みに耐え切れずに死んでしまったようにも見受けられる。

 無言でデバイスを構える。手が震えている。それは、大多数の死者を見たためか、それとも、自分の死を感じ、恐怖しているからか、いや、そのすべてが否。俺は、輝夫という存在は、目の前に存在している楽しそうに、そして、不気味な笑みを浮かべている少女に畏怖の心を持ってしまっているのだ。

 少女は小さな体を起こし、生首を強く投げつける。生首は内容物を撒き散らし、この世のものとは思えない物体に変化する。臆する気持ちが増えていく。

 

「ねぇ、君はどんな死に方をしたい?」

「腹上死だよ、それも、絶世の美女のな」

「腹上死って何?」

「快楽に溺れて死ぬことだ――おまえがやっている殺しの対極に位置しているんじゃないのかな?」

「そう? わたしは人を殺すと楽しいと思うよ、だって、死ぬ時の叫び声って、凄く綺麗な音なんだよ。それに、人によって違うし、直ぐに殺すのとジワジワと殺すの、それも違う。貴方の叫び声はどんな音?」

 

 少女は酷く歪んだ曲刀を鞘から抜いて、片手で構える。俺も気を引き締めて、デバイスを静かに構える。

 狂気と畏怖が拮抗する室内、そこは戦場と表現するには、あまりにも禍々し過ぎて。殺人現場と表現するには、あまりにも後悔の念が少な過ぎて。例えるなら、屠殺場、生き物を殺す現場と表現することしか出来ないでいた。そして、そこで殺されるのが、俺なのか、それとも、彼女なのか、神のみぞ知る世界だった。

 鋭い攻撃が腹部めがけて飛んでくる。それを紙一重のバックステップで回避して、ある一定の間合いをとる。

 理解した。何故、彼女がここまでの人数を意味ありげに、そして、意味なく屠ることが出来たのか。それは、この限定的な閉鎖空間ゆえに生じる範囲の狭さによるものだ。管理局のエリート魔導師というものは、大抵がミッドチルダ式の空戦主体の戦闘を主にする。だからこそ、この閉鎖空間が彼らを殺した。少女はただ、実った果実を収穫したに過ぎない。

 現状、俺は危ない領域に立たされていた。膠着状態が続いているが、閉鎖空間というアドバンテージと戦い慣れているという部分がビハインドになっている。だからこそ、少女は狂気を含ませた笑みを絶やすことなく、そして、恐怖を与え続けることが出来るのだ。この勝負、猫と鼠が戦うのと同じだ。勝敗は確実に見えている。

 

「すごいすごい! あんなに速く切ったのに避けるなんて!! 君、弱い魔導師さん達とは違うんだね!?」

「......怖いな、本当に怖いよ、なんで、そんな風に躊躇いなく人を攻撃できるんだ」

「何言ってるの? そうしないと――わたしが殺されちゃうじゃん!!」

「......そう、だな」

 

 決意が定まらない。扉の前で俺は心を落ち着かせて、そして、この少女を殺害することを決意したはず。それなのに、それなのに、それなのに、俺は恐怖している。震え上がっている。狂気を含んだ殺気にひよっている。だからこそ、足が後退の一手に向かうのだ。逃れようとする。それは恐怖からか、それとも、狂気からか、それとも......その両方からか。

 連鎖する攻撃を紙一重で避けつつ、決意を、そして、行動を実行する何かを掴もうとする。だが、それを掴むのは、とても難しく、目の前に存在している狂気が少女だということも理由して、霧のように、完全に目視出来ているのに、掴むことが出来ない。存在している何か、だが、掴み取ることの出来ない何か、一秒、二秒、三秒、それだけ短い時間の中でも、恐怖が増していく。俺は、少女という、幼く、そして、儚い、刹那的な存在を手に掛けたくないと思ってしまっていた。

 

「ねえ、どうして攻撃しないの?」

「......怖いからだよ」

「そんなに怖いの?」

「......ああ、逃げ出したいくらいに」

「他の魔導師さん達は逃げないで戦ったよ?」

「......そいつらは、命知らずなんだよ」

「君は?」

「......臆病者なんだ」

 

 少女はつまらないという表情をして、部屋の隅に存在している椅子に腰掛けた。そして、にこやかに俺のことを、いや、俺の目を見てこう言い放つ。

 

「君が命知らずになるまで待ってあげる! そしたら、綺麗な音が聞けそうだから......」

「......綺麗な音ね。どんな音がするんだ? 俺も少し気になる」

「そうだねぇ~すぐに殺す時はザヴァー!! とか、グチャ!! 少しずつ殺す時は痛い!! 助けて!! ママ!! 死にたくない!! とかが多いかなぁ? あ、君はどんな音を奏でたい?」

 

 気味の悪い音だな、と、心の底から思った。そして、少しだけ虚しい気持ちになる。

 

「......残念だが、俺が奏でられる楽器はリコーダーと太鼓の達人のふつう程度なんだよ」

「太鼓の達人? 何それ?」

「......まあ、暇人か廃人がやるゲームさ」

「ふぅ~ん、どんな音が出るの?」

「......音楽さ、明るい曲から、暗い曲、同人の曲、色々な音楽を自分で奏でる。君が語る一個か多くて三個程度の音じゃなくて、色々な楽器が重なって奏でられる音楽、それを演奏するんだ」

 

 少女はまた、つまらないという表情をした。

 

「音楽は楽しくないよ、全部同じ音に聞こえるもん」

「でも、曲は違う」

「曲が違っても、楽器は同じ。でも、人間は違うよ! それぞれに違う声があって、そして、違う音を出してくれる。わたしは人間が死ぬ時の音が大好き、沢山人間は居るし、人それぞれ音も違う、こういうのって、何て言うのかな?」

「十人十色だよ、みんな違って、みんないい」

「へぇ~そういう表現があるんだぁ~」

 

 少女は少しにこやかになった。

 少し気を緩めて、バルの方へ目線を向けるとトリガーに指をかけている、死にかけたら助太刀に入るつもりはあるらしい。だが、この事件は俺が、俺自身が解決する必要がある。この場に立ち会った責任があれば、ひよって殺す覚悟を持ち合わせていない自分への戒めにもなる。だが、一歩踏み出せない。一歩、あと、あと、あと、あと一歩なんだ、その一歩で目の前の少女の狂気を終わらせることが出来る。こんな幼気な少女にこんな膨大な狂気を背負わせることは、酷で、無慈悲としか思えなかった。終止符を打つ、打つ人間が必要だ。それが俺とは確信出来ないが、それでも、やらないといけない。そういう使命感がある。だが、恐怖感も存在している。俺は、二つの志を彷徨っていた。

 

「ねえ、君の名前はなんて言うの?」

「西風輝夫」

「ニシカゼ? テルヲ? 不思議な名前だねぇ~」

「まあ、西風は珍しい名字だと思うよ」

「わたしはアビゲイル・ベイカー! アビーって呼ばれてたよ......」

「呼んでた人は?」

「来る途中で死んでた人達!」

「ああ、そうか、そうだよな、ここ、孤児院だもんな......」

 

 首のない子供の死体やら、教師のような清楚な格好の女性が胸を貫かれていたり、一人の老婆に至っては、両手両足を切断され、出血多量で死亡していた。そうか、彼らが彼女のことをアビーと呼び、育てていた人達なのだ。だが、そんな風に親しく接していたのに、何故、彼女はこうも狂気に取り憑かれてしまったのだろうか? 恐怖の中に疑問が溶けこむ。

 狂気と恐怖が溶けこむ室内はとても静かで、そして、冷たいものだった。

 

「ニシカゼくん、少し隅に移動してくれる。そうしないと――君も道連れだよ?」

「――ッ!?」

 

 急いで部屋の隅に飛び退いた瞬間に管理局の魔導師が轟音を響かせる砲撃魔法を放って突入してきた。俺のことなど気にもとめないで、ただ、目の前に存在している少女、アビゲイル・ベイカーを殺傷するだけのために、殺すためだけに編成された部隊。それが、俺とアビゲイルの前に立ち塞がった。いや、俺の前には立ち塞がっていない。逆に、彼らは仲間だ。だが、理解してしまった、彼らの末路を、そして、彼らが奏でるであろう音を......。

 悲鳴すら響かない、ただ、肉と骨が切り裂かれる表現しがたい鈍らな音が響いたのは確かだ。そして、それを奏でたのは目の前に存在しているアビゲイルという少女で間違いない。(「間違えない」と「間違いない」では意味が異なります)

 動きは見きれた。でも、それを防ぐ手段を持ち合わせていなかった。だから、目の前で部隊は無惨にも斬り殺された。それを、俺は当たり前のように受け入れることも出来ていた。ただ、現状、同い年くらいの少女が人を殺している姿は、とても、残酷に見えたのは確かだ。

 

「......ねぇ、綺麗な音でしょ?」

「......ああ、綺麗で、汚い音だな」

「綺麗で汚い? 不思議な言い方をするね」

「そうかな、率直にそう思った、だから、そう表現した。気に障ったなら、謝るよ」

「ねぇ、どの辺りが汚かった?」

「骨が切れる音」

「わたしは好きなのにぃ~ぶぅ~」

 

 アビゲイルは鮮血の滴る曲刀を振るい、鮮血を俺に飛ばす。

 

「あはは! 殺人鬼みたい!!」

「......鏡が無いから見えないや」

「見せてあげたいな、ニシカゼくんの怖くて、そして、カッコイイ姿! でも、もう駄目......あれだけの戦力を投じたなら、この建物を壊してでもわたしを殺すはず。ニシカゼくんを生け贄に捧げてでも」

「......そう、だな」

 

 静かに曲刀を構えて、ゆっくりと間合いを詰めてくる。俺は、デバイスをようやく構えることが出来た。そして、決意も纏まった。俺は、彼女を倒す。殺すじゃない、倒す。それは苦肉の策でしかない。彼女の死期を先延ばすだけの愚かな行為。だが、それでも、名前を名乗りあった仲の人間を殺したいとは思えなかった。

 少女らしからぬ素早い移動、それを紙一重で回避する。だが、彼女は限りある空間を利用して接近、攻撃を仕掛ける。間合いと空間把握能力こそ彼女が上だが、才能は俺の方が上。技量を力量でカバーする。そして、彼女を自分を汚さないやり方で殺す。それが、俺に与えられた任務だとようやく理解することが出来た。

 デバイスを魔力で強化して、曲刀と火花を散らす鍔迫り合いを繰り返す。やはり、技量は彼女の方が上のようだが、力量、腕力などの細部は俺の方が優っている。それを利用して、一撃必殺のカウンターさえどうにかしたら、俺は彼女を倒せる――!

 それは一瞬の慢心だったのかもしれない。それか、必然的に起こりえた偶然なのかもしれない。だが、一つだけ言えることがある。彼女、アビゲイル、愛称はアビーは進化していた。それは腕力や技量じゃない、知恵という部分で俺より勝った。

 ガギッ! そう、鈍く響いた物が壊れる時の音、両手で握りしめていたデバイスが綺麗に真っ二つに切り裂かれ、浅いが、胸から腹部まで綺麗に体を切り裂かれていた。

 

「ようやく斬れたぁ~昔ね! 石を高いところから落としたらどのくらいの威力になるのか実験してみたの! そしたらね――普通に落とした時より、ずっと地面にのめり込んだんだ......」

 

 重力の利用、それが、彼女に欠けていた腕力を補い、攻撃と防御の手段を俺から奪い去った。

 

「......君はどんな音を出すの」

「......ご主人はん」

「バル、こいつは俺が止める。俺が死んでも、絶対に手を出すな......」

「......ご命令のままに」

 

 バルはトリガーから指を放して、ただ、俺とアビゲイルの攻防を観戦する存在になった。こういうところだけは忠実な奴でよかったと思っているよ......。

 痛みを堪えるために握りしめていた切り裂かれた杖を地面に投げ捨てると、カラリンッと、小綺麗な音を奏でた。

 

「......聞こえた気がする、アビーが聞いてた音が」

「本当!? どんな音だった!!」

「とても、悲しい音だったよ......」

 

 一瞬で間合いを詰めて、彼女が握りしめている曲刀を弾き落とそうとするが、流石に大振りな動きだったからか、バックステップで回避され、カウンターを受けそうになった。それを紙一重で回避して、体制を低く、そして、一瞬で武器を弾けるように集中力を研ぎ澄ませる。

 

「ニシカゼくん、もしかして、武器が無い方が強い?」

「それは無いよ、人間は武器を手にして生きてきた。誕生した瞬間から、今現在まで。武器を構えた人間より、素手の人間の方が強いことは稀だ――圧倒的な力量差が無い限り......」

「......そう、そうだね」

 

 アビゲイルは鋭い狂気を放ち、俺の行動を、次に出す行動を鈍らせる。それくらい、彼女の狂気と殺気は身に感じられるものであり、精神力を酷く削られる。致命傷とは言えないが、傷を負っている現状なら、尚更だ。

 ――だが、止める。俺は、絶対に止める。この狂気を、そして、悲しい音の連鎖を、終わらせる必要がある。

 

「死んじゃえ!!」

「馬鹿野郎!!」

 

 激しい攻防、一見、武器を握るアビゲイルの方に勝機があると思われる。だが、そんなのは気力と根性でどうにか出来るラインだ。俺の使命感は酷く燃えている。彼女を、裁くという正義感と一緒に。俺は、俺は、俺は、戦う意志を持ち合わせた。

 完璧な攻撃と防御の連鎖、二人は殺意や狂気、そんなものでは推し量れない何かを感じながら命という対価を賭け金にして、攻防を繰り広げる。そう、言うなれば、それは――歓喜、自分と同じ力量の境地に達した者だけが感じあえる何か、だからこそ、今の彼女は、アビゲイル・ベイカーは、アビーは殺気も狂気も持ち合わせていない。ただの少女、武を身に着けている少女として俺と一戦交えている。だからこそ、俺は、彼女を殺そうとは思えなかった。

 グッタリとその場に跪くアビゲイルは静かに笑っていた。

 

「あーあ、体が持たなかった......」

「知ってるか? 男と女は体の構造が違う。そして、男の方がずっと女より強いんだ」

「そんなの初耳だよ~」

「そうかもな、いや、そうだろうさ......」

 

 アビゲイルは曲刀をその場に突き刺して、俺の瞳を覗き込む。

 

「ねぇ、わたしを殺して」

「嫌だよ」

「お願い、そうじゃないとわたし、報われないよ」

「どうして」

「わたしはね、貴方に殺されたいの。管理局の知らない魔導師じゃなくて、ニシカゼ・テルヲ、わたしを倒した初めての人」

「......どうして、俺に殺されたいんだ?」

 

 アビゲイルは高らかに笑った。そして、ただ一つ、正論であり、間違いでもある答えを告げる。

 

「わたしが殺した人を全部見たのは貴方だけだもの」

「............」

「貴方がわたしが犯した罪をすべて知っている。だからこそ、貴方に終わりを与えて欲しい。罪を償わせて欲しい。多分、わたし、貴方以外に殺されたら、成仏出来ないから......」

「......どうして、俺なんだ!」

「貴方が、わたしを倒したから。それ以外に無いよ。もし、わたしをそこで倒れてる魔導師が倒していたなら、それはそれでよかった――でもね、これは運命だと思うの。貴方がわたしを倒して、そして、殺す。わたしが殺した人間の無念をはらすために、ね!」

 

 俺は、彼女から逃れることが出来なかった。

 

「ねえ、殺して、わたしの罪を貴方が裁いて......」

 

 静かに細い首に手をかける。

 

「わたしの音、どんなのだろうね......」

 

 彼女は、アビゲイルは声を上げることなく、ただ、瞳を閉じて死を待つ存在になった。

 そして、彼女は静かに、深い眠りにつくように、この世界から消えた。

 

「――ッ!? 駄目だ!!」

 

 俺は彼女が死んだ瞬間に首から手を放し、すぐに心臓マッサージと人工呼吸を繰り返す。だが、彼女は息を吹き返さない。何時間も、何時間も俺は蘇生を続けた。だが、彼女の生命の息吹は途切れたままだった。それでも、俺は続けた。管理局の魔導師が俺の肩に手を添えるまで、ずっと、ずっと......。

 鼓動は、聞こえなかった。音は、聞けなかった。

 

 

 一つだけよかった点は、彼女の体は首以外はすべて綺麗な状態であった。

 名も知らぬ花々に飾られた少女の姿はとても、とても、とても、華やかで、花嫁のようだった。

 俺は、事件を解決した後、嘱託魔導師として働く予定をすべて拒絶して、事件解決の報酬をすべて、アビーを弔う費用に当てた。彼女の墓はとても豪勢で、まるで、王族が眠る墓のようだ。だが、そんな墓を建てたとしても、彼女は蘇るはずがない。そして、あの時、あの場所で手に掛けていなくても、彼女は殺されていた。だからこそ、俺は、どうすることも出来なかった。出来たことと言えば、この、無駄に大きく、そして、悲しい墓を彼女に送ることくらいだった。

 流れたのは、熱く、そして、悲しい雫だけだった。

 俺はその後、管理局の汚れ仕事に手を出した。別に好きでやったわけじゃない。最初の汚れ仕事はどうしてアビーが狂気を含んだのか、それは、あの曲刀が持った負の魔力によるものだった。

 二度目はその曲刀の破壊をするためにまた、自分の手を汚した。

 三度目はアビーが預けられていた孤児院を建て直すための資金の為。

 四度目は自己満足と金の世界だった。

 ただ、俺はアビーに感謝している。彼女を手に掛けたからこそ、今の自分が存在していて、そして、人を躊躇いなく殺せるのだ。多分、彼女以上に時間をかけて、命を賭けて、人を殺すことはもう二度と無いだろう......。

 ――残ったのは、後悔だった。

 

 

 

『ニシカゼくん......ありがとう......』

「ハッ!? はぁ......はぁ......」

「うぁ? どうしたんだよ......こんな時間に......」

「あ、ああ、すまない......ただ、昔のことを思い出しただけだ」

 

 何時の間にかヴィータが俺の寝床に潜り込んでいた。だが、俺の叫び声で目を覚ましてしまったらしい。

 

「夏なのに、よく潜り込んでくるよな」

「夏だから不安な気持ちが増えるんだよ」

「そうか......なあ、お願いしていいか?」

「なんだよ?」

「少しだけ、抱きしめてもいいか......」

「......いいよ、好きなだけ抱きしめろよ」

「......ありがとう、お礼は何でもするよ」

 

 ヴィータの胸を借りて、安心することが出来た。

 あの時、消えてしまった鼓動は、取り戻せない。でも、今ある鼓動は守れる。

 ――俺は、家族を守るためなら、鮮血に汚れても構わない。それが、俺が汚れる理由だ......。




【アビゲイル・ベイカー】
 西風輝夫の最愛の人であり、最初に殺した人間。呪われた曲刀に魅入られてしまい、精神が崩壊、輝夫によって最後は殺され、埋葬される。彼女の存在が輝夫を外道の世界に連れて行ってしまう。

【西風輝夫】
 管理局の汚れ仕事を高額で引き受ける傭兵。基本的に武蔵と行動を共にし、仕事の成功率は100%、完全で完璧な魔導師と評価され、管理局は喉から手が出る程に欲しい人材だが、一人の少女の死によって、それは叶わないものになる。

【作者から】
 これが作者の本気、これ以上は作家さんに求めてくだち!

投稿ペース

  • 一秒でも早く書いて♡
  • ネタの品質を重視してじっくり!
  • 冨樫先生みたいでええよ~
  • 絵上手いから挿絵積極的に

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