ことりのモノ   作:kielly

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 約2年ぶりでしょうか、お久しぶりです。
 
 今回は、この作品での1つの転機になるお話です。
 
 ことりのモノ、そのタイトルの怖さが感じられる回。

 peculiar:奇妙な、独特の


Strange taste
*7 曇天 peculiar


 ことりと別れ、俺は家路につく。

 ことりの家と距離が近いから、家につくギリギリまでことりのそばにいられる。

 

 改めて考えてみるとすごいことだ、初恋の相手と近くに住んでいて、その相手とこうやって付き合えて、ましてや相手と両思いで相手の方から求めてもらえる。まるで理想の生活を綺麗に描いているドラマやアニメみたいだ。

 

 

「・・・・・・へへっ」

 

 

 思わずこらえきれずに声が漏れ、顔がニヤける。

 嬉しくて、楽しくて、たまらない。今までだって楽しかったけど、今はそんなレベルじゃない。

 

 

 ことりと別れてまだ数分も経っていないのに、もうすでに会いたくてたまらない。今すぐにでも抱きしめたい、声が聞きたい、綺麗な髪を撫でたい。

 

 そして、ことりと────

 

 

 欲にまみれていた、そんなときだった。

 

 

「・・・・・・っ!?」

 

 

 背後に人の気配を感じた気がして思わず驚いて振り返る。ことりと一緒にいるとき、人気のない道だったとはいえ、周りに邪魔されたくないその一心で警戒し続けていたつもりだった。

 

 欲にまみれた俺の心が、たった今、別の気持ちで心を埋め尽くされる。

 

 

 もし、さっきの光景をファンの人に見られていたなら? 

 

 

 一瞬背筋が凍る感覚が俺を襲う。

 もし本当に人が見ていたとして、それが高坂や園田といった同じクラスの人、もしくは他の、俺とことりが付き合っているということを知らない誰かだったなら・・・・・・

 

「だ、誰かいるのか!?」

 

 恐怖から焦りへと変わるのが自分でも分かる。

 

 そんなことがあれば、ことりは下手をすれば、アイドルを続けられなくなるかもしれない。

 

 女の子アイドルである以上、男がいるなんて印象ダウンにつながるに違いない。俺が欲に負けたせいで、ことりを満足させてあげたかったせいで、ことりに被害が及ぶなんて考えたくもない。

 

 

 背後を見渡すが、誰もいない。全方向よく見渡して見るものの、さっきまでの気配は、今は感じられない。

 

 気のせいだ、気のせいであってほしい。

 

 そう思いながら、急いで帰ってことりに報告すべく、身体を正面に戻そうとした時だった。

 

 振り返る瞬間、さっきまで何もなかったはずの電信柱の横から、見えた。

 

 

 長い黒い髪(・・・・・)が。

 

 

「誰だ!?」

 

 

 急いでその正体に迫ろうと、駆け足で向かう。

 

 もし、その人がさっきの光景を見てたから付けてきてたのなら? 

 

 なんとしても口止めしなければ。何か条件を出されるのなら、どんな条件であれ俺はそれを受け入れなければいけない。

 

 

 他でもない、ことりのために。

 

 

 俺に声をかけられても、逃げることのないその黒い髪は、吹き始めた風にサラサラと揺れる。

 

 

 

 近づいて、徐々にあらわになるその人の顔は

 

 

 

 俺も知っている顔だった。

 

 

 

「に、にっこにっこにー・・・・・・」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「・・・・・・・」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「矢澤、先輩?」

 

「に、にっこにっこにーっ! あなたのはーてょに・・・・・・」

 

 

 お得意の自己紹介にで噛んでしまっいそのままの態勢で黙り込むその人は、他でもないことりのいるアイドルグループμ'sのメンバーで、一つ上の先輩だ。

 

 俺は安心してはぁ、と息をつく。

 恐れていたのは見知らぬ学校の見知らぬ顔。そうでないなら、ましてや同じグループの人なら、問題ないはず。

 

 若干緊張しつつも、なぜ隠れたりしていたのかを確認するため話を切り出す。

 

 

「ど、どうしたんですか? そんな怪しく電信柱に隠れたりして?」

 

「にこは隠れたりしてないよ~? えへっ」

 

「あ、あははっ、そうですか」

 

 

 同じグループにいる人とはいえ、面識があってかつ話したことがあるμ'sのメンバーなんて、せいぜい高坂と園田くらいだ。他のメンバーは、ライブの時に顔を見た、あるいはすれ違ったことがある程度で、こうやって正面に立っているのなんて初めてだ。ライブのときと全く変わらない矢澤先輩の姿に、全くと言っていいほど言葉が出てこない。

 

 頭を回せ俺、他でもないことりのため。もしここでこの人に何も聞けずに逃がしてしまえば、最悪はことりに何かしらの影響が出てしまう。

 

 俺が黙り込んでいると、次は矢澤先輩が話を切り出す。

 

 

 

 低いトーン(・・・・・)で。

 

 

 

「ねぇあんた、ことりと、何してたわけ?」

 

 

 さっきまでとは打って変わり、笑みの一つもなく冷ややかな目で俺に威圧的に言葉を放つ。

 それはまるで、何かを悟っているかのように。

 

 

「あんた、ことりの何の弱みを握ったわけ?」

 

 

 ・・・・・・え? 

 

 唖然とする俺に、矢澤先輩は続ける。

 

 

「ことりはね、純粋無垢でお人好しで、面倒な衣装作りまで任されてくれるような優しさもあって、しかもバイトまで頑張って、そのお金すら衣装代に回してくれるような、うちの大事なメンバーなの!? そんなひたむきに、毎日忙しいあの子に、男と遊んでる暇なんか無いのよ!」

 

 

 口を開くごとに、言葉がだんだん荒くなる。

 だた、そんな荒い言葉を使われても分かるのは、ことりのことをとても大事に考えてくれている。

 

 そして、なぜだろう。

 

 

「ことりとあんたなんかじゃ釣り合わないわ! どんな弱みを握ってるかは分からないけど、次、ことりに手を出すようなことがあったら・・・・・・ただじゃおかないわよ?」

 

 

 

 

 この人は、俺とことりが付き合っている(・・・・・・・・・・・・・)ということを知らない。

 

 

 

 

 

 ことり本人から仮に報告がなかったとしても、あの、ハイテンションで何でもペラペラと話す高坂、そして、アイドルに恋愛は・・・・・・という部分を一番気にしていそうな園田ですら、矢澤先輩へは報告がないようだ。

 

 加えて、俺たちがくっついているのは基本的に登校中や教室の中、あるいは放課後や休みの日だけで、確かに知らないと言われてもおかしくない、それだけ周りに気を遣ってきたつもりだ。

 

 おかげでこの人は、俺が恐喝して無理矢理手を出したという勘違いをしているらしい。

 この人はやはり、さっきの様子を見ていた。

 

 しかも面倒なのは、何を言っても弁解できそうにないと思わせられるほどに真っ直ぐに、こちらを睨んでくるところ。

 ことりのことを本気で守ろうとしているのがよく分かる。

 

 

「・・・・・・それだけだから」

 

 

 それ以上は何も言わず振り返り、立ち去っていった。

 

 

 俺はその場で、何も言えなかったことに対する後悔と、なぜ知らなかったのかという疑問2つが渦巻く頭を抱えたまま立ち尽くしていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 矢澤は、南ことりを恐喝していたと思われる少年と離れた後も、あの少年のことを考えていた。

 

 

「ことり・・・・・・私がなんとかしてあげるから」

 

 

 1人呟き、憎いあの少年の顔と、頑張り屋で優しい南ことりの顔を思い浮かべては、拳をグッと握りしめつつ、力む足を前へ進める。

 

 

 

 考えすぎて、後ろから迫る影(・・・・・・・・)にも気づけないままに。

 

 

「────、ふふっ」

 

「あ、あんた・・・・・・」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 朝、俺は昨日矢澤先輩から言われたことを頭に思い浮かべていた。

 

 

『ことりとあんたなんかじゃ釣り合わないわ!』

 

 

 昨日まではそれどころじゃなくて気にもならなかったのに、今になってズキズキと胸を締めつける。

 

 

 言われてみればそうだった。あんなに可愛くて優しくて、アイドルとしても活動していることりと、何もアピールできるものを持ち合わせていない俺なんかが、釣り合うわけがない。

 

 

 

 矢澤先輩と話すまで浮かれていた自分が愚かで、愚かで仕方ない。

 

 

 

 もうすぐで登校時間を迎える。行かなければ。

 

 

 

 玄関のドアを開けると、眩しい朝日に目を眩ませられ隠された、いつもの姿があった。

 

 

「おはよう、一哉くんっ!」

 

 

 優しくて明るい、太陽にも負けない輝きを放つ彼女の姿は、今の俺には眩しすぎて見れない。

 

 

 今一番、会いたくない人だ。

 

 

 

「・・・・・・おはよう、ことり」

 

「えへへぇ~っ、一哉くんに今日も触れました~っ!」

 

 

 いつもと変わらず抱きつくことり、毎朝の癒しになっているはずが、今の俺にはまるで槍を刺されたかのような痛みに襲われる。

 

 

『ことりとあんたなんかじゃ釣り合わないわ!』

 

 

 そしてまた、この言葉が頭をよぎる。

 

 

 俺じゃことりとは釣り合わない、俺じゃ、だめ。俺なんかじゃ・・・・・・

 

 思えば思うだけ、今のこの関係は、ただの俺の自己満足のように思えてきた。

 

 ことりは今日も変わらずに俺に接してくれる、でもそれはいつまで続く? 

 

 今の勢いなら、μ'sは間違いなくもっと有名になる、そうすれば、俺の存在は邪魔になるのでは? 

 それに、うちの高校には男がいないから、たまたま俺が魅力的に見えただけなのでは? 

 

 近い将来、もしもことりが俺のそばを離れていってしまうなら、俺はどうなる? 

 

 今はまだ付き合ってそんなに経っていない、だとしたら、今の方がダメージは少ないのでは? 

 

 

 

 後で深い傷を負うくらいなら、ことりの邪魔になるくらいなら、いっそもう、俺は────

 

 

 

「ことり。急で悪いんだけど、俺と」

 

「ねえ一哉くん」

 

 

 俺が最悪な言葉を吐く前に、ことりが俺の言葉を遮るように声を重ねる。

 静かな、それでいて少し、圧を感じるような、そんな声で。

 

 

 

 

「昨日、にこちゃんと会ってた?」

 

「・・・・・・え?」

 

 

 

 にこちゃん、そのワードに一瞬俺の胸が締め付けられるのと同時に、なぜ知っているのかという驚きで思わず声が漏れた。

 ことりはそんな俺の反応を見つつ、続ける。

 

 

「ごめんね? 覗くつもりはなかったんだけど、別れた後、にこちゃんに似た声が聞こえたから急いで向かったんだけど・・・・・・にこちゃんと一緒にいたんだね」

 

「っ!!! ご、ごめんことり! それには理由があって!」

 

 

 俺の経験が語る、この状況はまずい。

 普通のカップルだとしても、他の女と会ってたなんて知ったら間違いなくまずい状況になるのに、その相手がことりなら尚更────

 

 

 

 いや、待てよ? 俺は思う。

 

 俺はさっき、言いかけた言葉を遮られた。でも今のこの状況ならむしろ、流れに任せていれば、わざわざ頑張らなくても

 

 

 

 別れる方向に持っていける。

 

 

 

 なんて最低な男なんだ。別れの言葉を言うどころか、他の女の子と見られたのを言い訳にしようとしているんだから。

 

 

 でも、これはことりのためだ。

 

 いいんだ、これで。

 

 

 

 気持ちを落ち着かせ、俺は口を開く。

 

 

 

「あぁ、そうだよ。会ってた」

 

 

 どれだけの暴言を吐かれてもいい。何をされたって仕方ない。

 

 なんならもう

 

 

「・・・・・・・」

 

 

 ―されたって、仕方ない。あのことりなら、それくらいは軽くやりそうだ。

 

 

 

「矢澤先輩と、会ってたんだ」

 

 

 好きでいてくれて、ありがとう。でも────

 

 

 

「さっき、言いかけたんだけどさ」

 

 

 

 

 

 

 さよならだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

「えへへっ、正直に話してくれる一哉くん、大好きっ!」

 

 

 

 

 

 

 

「・・・・・・・は?」

 

 

 あの感情のない目を向けるかと思いきや、さらに嬉しそうに俺に抱きついてくることりに、俺は呆気にとられる。

 困惑する俺をよそに、ことりは言葉を続ける。

 

 

「にこちゃんと一哉くんが離れたあと、にこちゃんに何をしてたか聞いたんだよね~。そしたらにこちゃん、あんな男に近づくんじゃない! なんて本気で怒るもんだから、慌ててことり、違うんだよ~ことりたちはお付き合いしてるんだよ~って言ったの! ことり、まだ穂乃果ちゃんと海未ちゃんにしか報告してなかったの忘れてて・・・・・・ごめんね?」

 

 ごめんね、その声に合わせ、申し訳なさそうに涙を浮かべながらこちらの様子を伺うことり。

 

 すごい剣幕で迫られることを想像していた俺にとって、予想外すぎる反応に、言葉を選べず黙り込む。

 

 

「にこちゃんにも、ちゃんと報告いれたから、ことりたち、もう何も気にすることないの」

 

 

 声を震わせながら、涙を浮かべながら笑みを浮かべることりの表情は、あまりに綺麗で、でもとても切なく感じてしまって、申し訳なくて、さっきまで別れようと思っていたのが馬鹿らしくなって。

 

 

 俺は何を血迷っていたんだろう。

 ことりは俺を求めてくれる。たとえ周りに何か言われても、きっとことりは俺を離さないでいてくれる。

 

 ことりと俺が釣り合わない、そんなのを気にするくらいなら、俺はことりに釣り合うように、ことりを喜ばせてあげられるように努めればいいだけ。

 

 

「ことり、ごめんっ!」

 

 

 俺はことりを全力で、でも締め付けすぎないよう配慮しつつ、抱きしめる。

 

 

 俺はことりと別れたくなんかない。ことりが俺を求めてくれる以上、俺はことりの傍にいる。

 

 

 そんな気持ちで、ことりをしっかり抱きしめる。

 

 

「ごめんな。俺もう勝手に他の女になんて会わないから、だから!」

 

「ふふっ、ことりが悪いのに謝るなんて、本当に一哉くんはいい子さんです~っ」

 

 

 柔らかいことりの手で顔を撫でられ、そして温かさに心まで温かくなるのを感じる。

 

 

 もう、間違ってもことりと別れようだなんて思わない。

 

 

 首に手を回し抱きつき返してくれたことりの耳元で、自分に言い聞かせるように言う。

 

 

「ことり、大好きだ。もう二度と離れない」

 

 

 これは俺の覚悟、そしてことりへの愛の言葉。

 

 絶対に、別れたりなんか、しない。

 

 

 

 ことりもそれに応えるように、耳元で囁く────

 

 

 

「ことりも大好きですっ、だから」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ことりと別れよう(・・・・・・・・)だなんて、今後一切考えたらだめですよっ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 次の授業、俺たちのクラスは別の教室でやるため、仕度を終え、その教室へと向かう。

 ことりたちは何やら職員室へ呼び出されたようで、移動は俺1人だ。

 

 

「また高坂が問題起こしたからかな」

 

 

 いつものことだからと、呆れつつも少し寂しさを覚えつつ廊下を歩いていた時だった。

 

 

 

 見覚えのある、長い黒髪のツインテールが向かいから歩いてきた。

 

 昨日の件がある分、少し気まずさもあるのだが、昨日言えなかったことを言うにはちょうどいい。

 

 

 俺とことりは付き合ってる、何言われようとも別れるつもりはない。

 

 

 よし、心の準備はできた。言うぞ。

 

 俯いて覚悟を決め、足元が見えたタイミングで顔を思い切りあげた。

 

 

「あのっ、矢澤先輩!! 昨日の件で・・・・・・」

 

 

 言おうとした、だが、言えなかった。

 

 

「ことりに、何をしたのよ」

 

 

 すれ違い様、呟くように声を発した矢澤先輩の表情を見たせいで。

 

 

 

 

 

 

 

 

 矢澤先輩の表情は、昨日までとは違う。

 

 

 

 

 暗く沈み、目元に濃いクマが出来ていて、まるで別人のようだった。

 

 

 

 

 

 

 

 




 いかがでしたか?
 あえて描いていないところ、あえて伏せたセリフ。不気味さは表現できてましたか?

 
 まず、長いこと放置してしまい申し訳ありません。
 スランプに陥り、アプリ等のゲームに逃げた結果、長いこと放置してしまうという結果になってしまいました。
 仕事やゲーム等は一段落したので、これからはゆっくりでも更新していけるかと思いますので、これからもよければ、他の作品共々お付き合いいただければと思います!

 
 最後にはなりますが、更新が長いこと停止されていた状況にも関わらず感想をくださった方々、お気に入りや評価を解除しないで待っていてくださった方々、本当にありがとうございます!
 
 2年も経てば色々と環境や状況が変わってしまっているかとは思いますが、健康には気をつけて、そしてお暇な時間があれば、覗いていただけると嬉しいです(●・8・●)

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