ことりちゃんに嫉妬してもらいたいなぁと思う今日この頃でございます。
jealousy : 嫉妬
「うわあんどうしよぉ!」
昼休み、俺が席で本を読んでいた時だった。高坂が頭を抱えながら、教室全体に響くほどの大きな声を出していた。
「だから毎日復習をこつこつやれとあれほど言っていたのに!」
「穂乃果は海未ちゃんと違ってたくさんやることあるから忙しくてそれどころじゃないの!」
「……ほぉ?」
「う、嘘だよ海未ちゃん」
高坂の一言に表情が変わった園田、それに気づいた高坂が慌てて訂正する。そんなやりとりも今日で何度目だろうか。
しかしながら今はことりが保健委員の仕事のため、教室にいない、誰も止められる人がいない。
「穂乃果……穂乃果が遊んでいる間に私がどれだけ苦労していると思っているのですか?」
「ひっ!?」
「作詞にダンスの練習に歌の練習、それに加えて学校で習ったことの復習……」
「う、海未ちゃん落ち着いて!」
徐々に園田がヒートアップしていくのが分かる。周りにいるやつらに恐れられるほどに声色が変わっていく園田を、軽く涙を浮かべながら何とか園田を抑えようとしている高坂。
ことりがいないときはいつもこんなんだから、特に気にすることはないだろう、そう思って俺は再び本を読み始めた。
しかしそれはまた中断されることになった。
「助けてよぉ皆月くんっ」
「うおっ!?」
高坂の涙目アタックを食らい、体勢を崩された俺。椅子から落ちるまではなかったが、読んでいた本はストンと地面に落ちてしまった。
「ことりちゃんがいないから誰も海未ちゃんを止められないんだよぉ!」
「いや高坂が悪いんだから仕方ないじゃん」
「うー! 皆月くんまで〜!」
落ちた本を拾いつつ答えると、高坂はご立腹と言わんばかりにジタバタしていた。
しかし俺は気づいていた、ジタバタしている高坂の後ろには
「ほーのーかー……」
「ひぃっ!?」
鬼の形相とはこれのことを言うのだろうと言わんばかりの表情を浮かべた園田が立っていたことを。高坂が気づいた時にはもう遅く、園田は高坂の真後ろに立ち、仁王立ち。その姿はまさに鬼。
「今日という今日は許しませんよ、穂乃果?」
「うっ!? み、皆月くん助けてぇ!」
泣きついてくる高坂に迫る園田、ことりの苦労が伺える。しかし今はそのことりがいない以上、ことりの代わりになるのが俺しかいない。
周りの目も気になるから、仕方なく園田に声をかける。
「園田、その辺にしときなよ」
「え? ……あぁ、皆月くん。いたんですか」
「今更かよ! ほら、もうちょいで昼休みも終わるからさ」
「そう、ですね。この続きは後にしましょう」
「やったー! 皆月くんありが」
「た・だ・し、後で覚悟しておいてくださいね、穂乃果?」
「うわーん! やっぱり皆月くんじゃダメだったよぉ」
「頼っておいてそれか!?」
ことりの代わりを担おうと頑張った俺に対して辛辣な言葉を投げてきた高坂、俺は思わずガッカリしてしまった。しかしこの場は何とかなったようで、園田は高坂に軽い笑みを送ったあと自らの席へ、高坂もまた、肩を落としたまま重い足取りで席へと戻っていった。
「あー、きっつ」
思わず呟いた。ことりはいつもあんな二人の仲裁に入ってるっていうのか。天使にも程がある。
そんなことを思いつつ時間を確認すると、あと五分余裕があることに気がついた。俺はその時間を使って、再び本を読もうと、読みかけの本を開いた。いい所であの二人に邪魔されてしまったから続きが気になるんだ。
……ことりは、まだ保健委員の仕事をやってるんだろうか。もうそろそろ帰ってきてもいいはずなのに。
気になって、ことりの席の方へ顔を向けようとした時だった。
「ことりはここにいるよ」
真後ろ、聞き慣れた声で俺にそう告げた。
「ことり、帰ってきてたんだな」
平然を装ってことりの方へ身体を向けたが、内心驚きのあまり手汗をかいてしまった。
それもそのはずで、ほんの数秒前まで後ろはいなかったのを確認した上で本を開いたのにも関わらず、真後ろから声をかけられたのだから。
「うん。帰ってきたよ」
「……ことり?」
驚きを必死に隠そうとしている俺に、ことりはほんのり笑みを浮かべている。しかしその表情に疑問を感じた。
「保健委員のお仕事疲れちゃったぁ」
「え? あ、あぁ、お疲れことり」
「えへへっ、だからことりにご褒美くださいっ」
「えっ!? ちょっと待て!」
ご褒美、そう言うとことりは目を閉じ、こちらに顔を近づけてきた。これは明らかにキスを狙っている、そんなことはわかってはいるのだがここは教室。みんなが居る前で見せびらかすようにキスするだなんて勇気は俺にはない。
「こ、ことりそういうのはみんながいない前で! なっ!?」
俺は慌ててことりを説得する。しかしさっきの目、おそらくことりは俺の言うことなんか全く聞いていないだろう――――
「……けちっ」
「え?」
予想外の反応だった。ことりは、俺の言葉を聞くなり顔を離し、少し頬を染め、俺から目を背けた。
強引に来るものだとばかり思っていたがために、動揺を隠せない。がしかし、同時にそんなことりが愛おしくてたまらなくなった。
だから俺は
「帰ったら、な?」
それだけ告げて、照れ隠しに再び本を読むふりをした。
「わぁ! うんっ、約束だよっ♡」
恥ずかしくて顔を見ることはできなかったが、そう言ったことりはきっと、俺に可愛い笑顔を見せてくれているのだろう、そんな気がした。
キーンコーンカーンコーン……
授業開始の鐘が鳴った。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
放課後、席を立とうとした俺のところに高坂が駆け寄ってきた。
「ねえねえ皆月くん! ちょっといいかな!?」
すごく顔を近づけてきた高坂は、何かを期待する目で俺を見てきた。
その目を見て、何やらものすごく面倒なことになりそうな気がして
「いや、俺は今日ちょっと」
「海未ちゃーん! ことりちゃーん! 皆月くんが今日穂乃果に勉強教えてくれるってー!!」
断ろうとした俺の意見など聞かず、俺が高坂に勉強を教えることになってしまったらしい。それはたぶんすごく面倒くさいことになるから次こそ断ろうとして
「おい待て高坂、俺はまだ何も」
「今から穂乃果の家で勉強会だよっ! 海未ちゃんことりちゃん!」
「聞けやあああ!!!」
高坂に言おうとしたその言葉を遮られてしまった。しかも今から高坂の家で四人で勉強することになるらしい。ほんと高坂は強引だ。
高坂の声を聞いたことりと園田が俺たちのところに来た。園田は呆れ顔で、ことりは――――柔らかな笑みを浮かべていた。
「はぁ。穂乃果、本当に皆月くんに許可を取ったのですか?」
「うんっ! だよね皆月くん!?」
「あー……あぁ、もういいよそれで」
「ねっ!? 穂乃果ちゃんと許可取ったんだよ!」
胸を張って自慢げに話す高坂、俺はがくりと肩を落としその様子を見ていた。園田もまた、呆れ顔で高坂を見ていた。
ことりは――――
「…………」
ただただ無言で、柔らかな笑みを浮かべたまま
何かを言いたげのような、ただ俺を見ているだけのような、何も読めないことりの笑み。
あれ?
俺、もしかして
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
「うわーんわかんないよぉ!」
「だから! ここをこうやってってさっきから教えてるじゃないですか!」
「助けて皆月くーんっ!」
高坂の部屋で高坂の勉強を見ていた俺たち。教えるのは園田で、俺とことりはその様子を伺うだけだったのだが、園田に教えてもらってもなお分からないと言う穂乃果は、俺に泣きついてきた。
教科は数学、高坂が毎回のように赤点をたたき出している教科なだけに、普通に教えただけじゃ理解できないらしい。俺にしがみつくように抱きつく高坂をどけつつも、俺は小学生に教えてるかのような丁寧さで高坂に教える。
「いいか~? ここはこうやって……」
「うんうん」
「ここをこうしてな?」
「うん」
「こうするんだぞ? わかったか?」
「うんっ、わかったよ! やっぱり皆月くんはすごいや!」
理解してくれたらしい。やってることは園田のと全く変わらないのだが、言い方を変えただけで理解できたらしい。ようは高坂の頭は小学生並ということだな。
「えへへっ、できたよぉ」
「よく頑張ったな~」
「うんっ! だから撫でてください!」
「おう、えらいぞ~」
「えへへぇ……♡」
「穂乃果、あなたは小学生ですか」
「くぅ~ん♡」
「いや、高坂は犬だな」
「犬ですね」
「わんっ!」
完全に高坂を小学生扱いしている俺は、高坂の言うままに頭を撫でた。だが驚くことに高坂は小学生ではなく犬だった、人間ですらなかったのだ。
そんなやり取りをしてた俺たちだったが、完全に高坂のペースに乗せられていた俺は、横に座っていることりの存在をすっかり忘れていた。高坂に乗せられて頭を撫でてしまったが、ことりがこんなのを見てしまったら一体どうなることか分からない。怖くて仕方ないが、ここで放置してしまうことのほうがもっと怖いから、恐る恐る横に居ることりの方へ顔を向けた。
「…………」
完全なる沈黙、そして変わらずの笑み。何を考えているのかが全くわからないことに、俺は恐怖する。
だが不思議なことに、このことりからは怖さは感じず、むしろどちらかというと
このあともことりは、一言も離さず笑みも崩さず、この勉強会を過ごしていた。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
高坂家からの帰り道、高坂家で終始無言を貫き通していたことりだったが、二人きりの帰り道すらも一言も話さないことり。俺はそんなことりが気になって、少し重い空気を断ち切り口を開く。
「なぁ、ことり。何か――――」
何かあったのか、そう聞こうとしたその瞬間だった。
「うぐっ!!」
ことりに胸ぐらを掴まれ、そのまま道の脇にある
「……嘘つき」
「えっ?」
「嘘つき嘘つき嘘つき嘘つき嘘つき嘘つき嘘つき嘘つき嘘つき嘘つ」
「わわわっ!? ま、待てことり! 落ち着け!」
抱きついたまま、ことりは俺の顔を見て嘘つきと連呼する、感情のないいつもの目、だがしかし、涙を浮かべて。
「一哉くんの嘘つき! 帰ったらご褒美くれるって約束したのに!!」
「……あっ」
俺はことりの言葉で思い出した。
そう、俺は昼休みの終わりにことりと約束していたんだ。高坂に完全に流されてしまったからとはいえ、完全に忘れきってしまっていたのだ。
「ことりとの約束破ったのに穂乃果ちゃんにはご褒美あげてた! 優しくしてた! どうして穂乃果ちゃんにだけ……もうことりのこと好きじゃなくなったの!?」
「違う! あれは高坂に流されてただけだ!」
完全に暴走してしまったことり、高坂にだけご褒美をあげたと言うことりの目から更に涙が溢れる。違うと否定したものの、実際にやってしまったことには変わりない。深い反省感が俺を襲う。
「もう……我慢できないよ……」
涙をボロボロこぼしながら、ことりは俺をより強く抱きしめていく。強い圧迫感で、呼吸しづらくなるほどに、強い力で。
「……して」
「え?」
「忘れてたことりのご褒美、それと穂乃果ちゃんにしたご褒美、ここで全部して……っ」
頬を染めることりは、甘えた声で涙を流しながらそう言った。
ここは教室じゃない、ただの
だから
「んっ……ぁ」
俺はことりを抱きしめ返し、柔らかなことりの唇を奪う。そしてそのまま、舌と舌を絡ませ、ことりを抱きしめる片方の手を離し、ことりの頭を優しくなでる。
「ぷは……えへへぇ、ことりもご褒美もらえたぁ♡」
「当たり前だろ、ことりは今の今までご褒美お預けされてたのにずっと耐えてたんだから」
「ふぁぁ……ことり、もっと頑張ったらもっと一哉くんからご褒美もらえる……?」
「もちろんだ、ことりはお利口さんだからな」
「えへへぇ、ことり頑張るぅ♡」
俺の手に撫でられることりは、いつも以上に甘えてきた。ご褒美を我慢してきただけはあるようだ。
俺はそんなことりを見ながら思う。
小学生のような感性を持つのは、高坂ではなくことりの方だったんだ、と。
甘い声で抱きつくことりを撫でながら、ボロボロと涙を流すことりを思い出し、心の中で反省を繰り返していた。
「は~、今日は補習で遅くなっちゃったわ。これだから受験生は……って、あれ? あれってことり……と、男!?」
一哉とことりが抱き合う小道の角には、黒髪のツインテールの少女が一人。
いかがでしたか?
ことりちゃんに嫉妬されたいなぁと思う今日この頃であります(大事なことなのでry)
今更ではありますが、たくさんの感想・お気に入り・評価ありがとうございます!
本当にやる気につながります、感謝です。仕事等の都合でこの作品の執筆時間は取りづらくはありますが、毎日確実に書き進めていけるのも、読者様のおかげ!
これからもよろしくお願いしますね(●・8・●)