ワンパンマン ~機械仕掛けの弟子~   作:Jack_amano

7 / 10
手合わせ

 映像は唐突に始まる。

 場所は石切場、ヒーロー物のロケで使われるような人里離れた山奥だ。

 

 『今日は無理な頼みを聞いてくれてありがとうございます』

 

 俺の声が入る。

 中央に映るサイタマ先生は、白いマントを風に棚引かせながら、画面から距離を取るように遠ざかっていく。

 

 『弟子にするとか約束しちゃったからな。でも手合わせっていってもガチじゃないんだろ?』

 『俺はそのつもりです。………先生の本気を引き出せるよう全力でぶつかっていきます』

 

 先生が止まった。一陣の風が砂ぼこりをたて、それに誘われたかのように振り向く。

 と、画面に入る邪魔な文字。

 

  ▶アンプル投入確認。これより6時間、再投入しないで下さい。

 

「博士、この警告文、入らないように出来ませんか?」

 俺は、隣で一緒にスクリーンを見ていたクセーノ博士をちらりと見た。

「だめじゃ」

 博士はこちらを見るでもなく、いつもの様に拒否をした。

 

  ▶リミッター:解除

 画面のシステムゲージがグリーンからイエローに変わる。

 

  ▶エネルギー制御:解除

 軽い音を立てて起動音が鳴る。

 

  ▶最大出力:展開中

 ブースターが予備動作に入る。

 

  ▶TARGET:捕捉中

 サイタマ先生を中心に、ターゲットスコープが現れる。

 

  ▶TARGET:LOCK ON

 『お願いします』

 

 俺の声。

 俺が構えても先生は直立不動のまま動かない。

 構えても…と言っても、俺の目に仕掛けられたカメラ映像だから俺自身は映ってない。

 俺はたまに末端が映るくらいだが、画面が少し下がった事で行動の察しが付く。

 ここまでは自立型機動カメラ(ドローン)の方も、ちゃんと俺達を追っていた。

 

 肩に備えたブースターが限界音を出す。

 俺の脳内に響くGOの合図とともに、一気に加速し、一瞬にして先生との間が詰まった、だが、先生は俺の蹴りを簡単に見極め、マトリクスの様に仰け反(のけぞ)ってかわす。

 必殺の一撃が外れ、両手を反射的に進行方向に突き出し、焼却砲を撃ってブレーキをかけ、そのまま回し蹴りに持ち込む―――が、これも先生には簡単に見極められる。

 そのまま予備動作に入り十分に加速、フルパワーのまま踵落(かかとお)としのコンボに持ち込むが―――

 

「すまんがジェノスや、少し前に戻して、スローでの再生にしてくれんかの? ワシの目では追いきれん。酔いそうじゃ」

「あ、ハイ」

 俺には補助電脳があるから映像の補間が出来るが、生身で年寄りのクセーノ博士にはキツかったか?

 取り敢えず、×1/8ほどでいいか。

 脳内で巻き戻しスイッチを意識し、スロー再生。

 

 戦闘はまだまだ続く、俺が間を詰める時、キックを入れる時、様々な場面でちらりとサイタマ先生の顔が視界に入る。が、どの表情も戦いをしているって感じじゃない。

 俺を見ている目は、なんかこう――― 超合金の玩具を見ているような感じで――― SF映画を見ている時の兄さんもこんな顔していたな。

 

 上半身をひねり、大きく振りかぶった足を躊躇(ちゅうちょ)なく先生の頭上に叩き付ける。…踵落(かかとお)としはダメだ。溜めの時間が長すぎて、先生にかすりもしない。

 ジャンプして攻撃を避けた先生の着地点を瞬時に計算し、焼却砲を打ち込む。

 威力の反動で、俺が踏みしめていた大地は飴のようにヒビ割れた。

 流石、対サイタマ先生仕様のアームだ。素晴らしい破壊力。一瞬にして地面が溶ける。が、やはり(かわ)され、マントにすら当たらない。

 …戦っている時は必死で気付かなかったが、どれもこれも、すべて先生は予備動作すらせずに(かわ)している。

 つまり――― 先生は全然本気じゃなかったって事だ。

 

「サイタマ君は体が柔らかいのう。腰が強いから、どんな態勢からでもすぐに復帰する」

 これの攻撃をかわし続けている先生に、感心したようにクセーノ博士が言った。

 その通りだ、どんなに無茶な態勢からでも、先生がバランスを崩して地に這う事はない。

 

「やはり、開始直後に自立型機動カメラ(ドローン)が落ちてしまったのは痛かったですね。タイムラインと突き合わせてみないと俺の行動が判りづらい」

 自立型機動カメラ(ドローン)は開始早々に、俺達の戦闘の(あお)りを受けてリタイヤしていた。

「残っておっても追いきれんかったじゃろう。オヌシから話には聞いとったが、正直、生身の人間がここまで速いとは思わなんだ」

 クセーノ博士は(おとがい)に手をやり、食い入るように戦闘を見つめていた。

 やはり、今までの俺の話は信じて貰えていなかったらしい。当然だろう。体験した俺ですら事態を把握するのに時間が掛かった。

 

 『あぶね――― まーた服が燃えるとこだった』

 

 空中で飛んできた岩を蹴り、方向転換して地面に降り立つ先生。

 何事にも動じない、平熱系の先生の声に、俺はまるで自分が相手にされていない様な気がして臍を噛んだ。

 ダメだこんなスピードではダメだ――― そう痛感したのを覚えている。

 出力をメインの焼却砲に絞り、圧力を上げて空に浮く、刹那、摩擦を0にして最大出力で飛び込む。

 音が後ろに流れるほどのスピードなのに、先生は易々と後ろ走りで俺の拳を避けた。

 そのまま崖際にまで追いつめ、崖が崩れるほどに、連続でパンチを繰り出す。

 岩が飛び散り、砂煙で何も見えなくなる中、俺は逃げる先生を追ってひたすら拳を繰り出し続けた。

 だが、いくら殴っても、先生に当たっている感覚がない。

 

  『?』

 手を止める。そこにサイタマ先生の姿は何処にもなかった。

 

  ▶TARGET:LOST

  ▶BIOLOGICAL REACTION:LOST

 

 画面に続けざま表示される、赤いLOSTという文字。

 

「ふむ、崖際に追い詰めてすぐに、BIOLOGICAL REACTION(せいぶつはんのう)LOST(なし)になっておるな。オヌシのレーダーをこうも簡単に出し抜くとは… 」

 

  ▶BIOLOGICAL ANALISIS:ON 

  ▶BIOLOGICAL REACTION:HIT

  ▶TARGET:LOCK ON

 

 思いも掛けなかった方向に現れたサイタマ先生の反応を追って、瞬時に先生の前に飛び降りる。

 

 全出力をこの一撃にかける!

 

 最大出力、拡散焼却砲!!

 出力を最大まで上げた焼却砲! すべての砲門を開き、サイタマ先生に向けて一斉掃射する!

 今までの焼却砲と違い、2次被害など考えない、この戦いの為だけに付けられた、半径100mの生命反応を溶解させる凄まじい威力の武器だ。

 

 完全に捉えた。

 もとより、これでも先生に危害が加えられるとは思っていない。まぁ、服くらいは無くなるかもしれないが―――

 だが、これで先生も少しは本気になってくれる筈。その時は本当にそう思った。

 後ろから肩を叩かれ、振り向いたところを、頬に指プニされるまでは―――

 

 『はい、俺の勝… 』

 

 俺の頬を指で突きながら、笑顔でそう告げる先生に、俺はこんなにも本気なのに! 先生も真面目にやっているのにくれ! と無性に腹が立った。

 反射的に殴りつけるが、空に溶けるように逃げられて、やはり先生には当たらない。

 

 『先生』

 『へ?』

 『この手合わせのルールを忘れたのですか?』

 

 先生は腕を組み、俺の話を黙って聞いていた。

 

 『回避可能な攻撃はちゃんと回避する事、ふざけずに真面目にやる事、俺に気を遣わない事、

 そして……… 俺が戦闘不能になるまで続ける事』

 

 サイタマ先生本人でさえ説明できない純粋な強さの秘密…… この戦いで何か掴めるならば、俺が破壊される事ぐらいなんて事はないと思っていた。

 俺は人間じゃないのだ。頭さえ残っていればどうにかなる。

 

 いきなり、先生の反応が直前に現る。脊髄反射的に回し蹴りを入れる――― が、そこにもう先生の姿はない。

 

 不意に画像が歪んだ。

 なに?! ×1/8のスローでも先生の動きを追いきれないだと?!

 

 突如、背後に膨れ上がる巨大な気配!

 システムゲージが俺の感覚に反応し、一瞬にしてレッドに変わり、エマージェンシーコードが鳴り響く。

 

 あの時の恐怖を思い出し、俺は生身の時の様に首筋の毛が逆立つ感覚に襲われた。

 勿論、錯覚だ。俺はもう、ただの機械なんだから。

 

「死を――― 意識しました。4年前のような緩慢な死ではなく、激情のような一瞬の死を… 」

 思わず呟やく。

 気が付くと、クセーノ博士がこちらをじっと見つめていた。

 

「…すまんが、もう一度今のシーンを」

「はい」

 

 振り返った途端、俺の目に写るのはサイタマ先生の振り上げる拳――――――――――死。

 

 情け容赦なく膨れ上がる闘気。圧倒的な力が俺の全身を擦り抜けて行った。

 死ぬ!と思った瞬間、額の前で拳がぴたりと止まる。

 

 先生の拳が裏返り、やさしく俺の額を叩いた。

 

 『腹へった メシだメシ! うどん食いに行こうぜ』

 何事もなかったかのように、先生が笑う。

 

 『……………………行きましょう』

 俺はふらつく頭でそう答える事しか出来なかった。

 

 強くなるためなら、どんな事でもやる覚悟はある。だが――――

 俺が先生の強さに近づけるイメージが全く湧かない。

 

 もうもうと立ち上がる砂煙。背後を振り返ると、先生のたった一撃の拳でゴッソリと山肌が削れ、渓谷の様に景観が変わった山々が目に映った。

 

 ―――――次元が違う。

 

 

 

 首のコネクターから無造作にケーブルを引き抜く。目の前のスクリーンに映っていた映像はぷつりと消えた。

 これ以上の映像は戦闘とは関係ない。先生と俺とで饂飩を食べるところが映っているだけだ。

「ふむ… オヌシの背後の山は削れても、オヌシは無傷―――か。サイタマ君の能力は、身体能力の向上だけでは済まなさそうじゃな」

 眉を寄せて考え込むクセーノ博士。

 そう、俺も気づいていた。先ほどの攻撃、俺の背後に壊滅的なダメージを与えているのに、中心の俺には傷一つ付いていない。

 それはどう考えても不自然だ。

「えぇ、ですが画面をご覧の通り、SAIエネルギー反応は現れていません」

「オヌシの言う通り、彼の強さは紐解くことは新しい力の発見に繋がりそうじゃ」

 クセーノ博士の台詞に、俺はほっと息をついた。

 よかった。これで先生の素晴らしさを知る理解者が一人増えた。しかも相手はクセーノ博士だ。

 

「今の段階で何か推論出来ませんか?」

「無理じゃな。今の状況では材料が少なすぎる」

 やはり、地道にデータを集めて行くしかないのか。

 明日からサイタマ先生の家の前に作ったベースキャンプを復活させて、朝から晩まで先生に付き従おう。

 

「ところでジェノス、オヌシの脳波と行動パターンを照らし合わせてみたかね?」

「いえ、まだですが… 」

「ふむ、接続速度が上がっておるよ」

「えっ?」

 なぜ? この一年間、タイムラグが増えた事はあっても、減ったことはなかったのに。

 

「サイタマ君のところに通いだして一か月、その間何があったかね?」

「…何でしょう? 取り立てて特別な事をした記憶はないのですが… 」

 俺の戸惑いに、博士は穏やかに微笑んだ。

「食事じゃよ。それと―――ワシ以外の人間とのコミュニケーションじゃな。人間の脳は聴覚、嗅覚、記憶や言語的知覚が側頭葉の大半で、頂頭葉の体性感覚野で口唇感覚を、体性感覚連合野で味覚を、認知しておる。つまり、口に関する機能は、脳の1/3に関係していると言っても過言ではない。今まで疎かになっていた機能を使う事によって、衰えていたシナプスが活性化されたんじゃな」

 

 !! それはつまり、戦闘訓練だけではなく、食事にも――― サイタマ先生との繋がりにも意味があると―――

「ワシは嬉しいよ。オヌシが外の世界に目を向けてくれて。それだけでも、サイタマ君には感謝しとる」

 数値にも表れている、博士も効果があると言ってくださっている。

 第一、彼は強い。今まで俺が見た、何処の誰よりも。

 サイタマ先生ならば、強くなりたいと言う思い以外の、俺の切実な願いも叶えてくれるかも知れない。

 そのためには片時も彼から離れないようにしなくては―――

 一体どうすれば?

 

「クセーノ博士、俺、サイタマ先生の内弟子になろうと思います」

「なんじゃと?!」

 内弟子とは、外から通うではなく、拝する師匠と寝食を供にし、師匠のお世話をさせていただきながら、その教えを受ける者の事だ。

 昔見たアクション映画では、家族を皆殺しにされた青年が、自分の固い決意を示すために全財産を処分して師と崇める人物に手渡し、内弟子となっていた。

「いゃ、じゃがしかしオヌシは―――」

「関係ありません。俺、は男ですし、生殖機能はついていません。それにサイタマ先生は男には興味ないと仰っていました。大体、今までだって放浪生活で野宿してたじゃありませんか」

「じゃ、じゃが、サイタマ君は25才なんじゃろ?オヌシがいたら彼女と上手くいかなくなって――― 」

「先生に彼女はいらっしゃいません」

 いれば何かしら部屋に遺留物がある筈、携帯電話も固定電話もない、可愛い食器一つもない家の家主に彼女など絶対にいないと断言できる。

 あんなに強く優しく美しい、料理まで出来る素晴らしい先生が独り身とは… まったく世の女共は人を見る目がない。

「全く、オヌシは身も蓋もないのう… 師匠に従事するならば、もう一寸歯に衣を着せんか」

「はぁ… 」

 ? 俺は何かおかしなことを言っただろうか?

 

「ともかく、ワシは反対じゃ未成年で預かりもののオヌシをよmei…

「博士!」

 クセーノ博士の毛髪はとても多い。サイタマ先生がみたら羨むほどの髪をたたえた"きのこの山"のお菓子のような頭をふって、博士は俺の決意に猛反対した。

 けれど、俺だって後には引かない。俺にとってもうこれは決定事項だ。

「だが、ジュ―――

「ジェノスです!俺の名前はジェノスです!!」

 困ったように、博士は黙ったまま俺を見つめている。俺を心配してくれているのはわかる。わかるが―――

 

 クセーノ博士。俺、知ってるんです。

「博士、俺、博士が過去に発表された論文を読みました。日々休まずに使用し続けている補助電脳の寿命は長くて10年なんですよね? しかも、交換するときに記憶障害が出る事も多いとか… フル・サイバネティクについても書かれていましたね? 脳以外を全てサイボーグ化した場合、精神を病む者が多く、長生きする者は少ないと―――」

 博士が息を飲むのが判る。

「あれを読んだのかね? あれは共通語で書かれとったじゃろう?」

「えぇ、戦闘以外の正しい補助電脳の使い方をしたと思います」

 クセーノ博士は黙って目を伏せた。

 

「ジェノス、技術は日々向上しておる。それにオヌシはワシ自ら定期的にメンテナンスしておる。論文の被検体とは状況が違う―――」

 まだ何か言いたそうだったクセーノ博士を押し止め、俺は口を開いた。

「博士。俺は希望的観測にすがるのは止めたんです。そんなものは役に立たないと4年前に気付かされましたので―――」

 ため息をついて、博士はとうとう同意した。

 

「…わかった。好きにしなさい。何かあったら直ぐに連絡するんじゃぞ」

 心配する博士に頭を下げ、俺は軍用リュックに荷を詰め込んで研究所を飛び出した。

 

 

 何時もの様に先生のお宅に伺うと――― 何時もの様に先生は読書に勤しんでいた。

 が、俺の背負う荷物に何かを感じたのだろう、何気ないふりをしているが、先生の体温は一気に一度も下がっている。

 

 ここが正念場だ。

 俺は背負っていた荷物を投げ出し、先生に決断を迫った。

「ここに住んでもいいですか?」

「うん、絶対ダメ」

 …俺は自分の決意を見せるため、持ってきた帯のついたままの新札、一千万円を先生の目前に投げ出した。

「部屋代払います」

 部屋の中に静寂が広がる。こう言うの、天使が通り過ぎたっていうんだっけ? 昔、母さんが言ってた気がする。

 …………………

 

「…ちゃんと歯ブラシ持ってきたか?」

「はい!」

 なにかを諦めたようなサイタマ先生の声に、俺は勢いよく返事をした。

 

 

 

 

 




あぁ、やっとここまできました。

アニメ版のこの回、とても好きなんです。戦闘シーンが凄くカッコいい!
文章で戦闘シーンを表現するのは難しいですよね~。永遠の課題です。

さて、少しずつ、少しずつ、原作と分岐させていっているのですが、ジェノサイに持ち込む気は毛頭ありません。それっぽいところは感じるかもしれませんが。
気のせいです。よほど筆が滑らない限り、その展開はないと思います。

それと、何度か書いていますが、短編集~日常ショートショート~の師弟とは別時空で考えて下さい。よろしくお願いします。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。