ワンパンマン ~機械仕掛けの弟子~   作:Jack_amano

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今回、バトルはありません。


味覚2

「クセーノ博士、折り入ってお願いがあるのですが」

 阿修羅カブトとのバトルでガタがきた(からだ)を直してもらいながら、俺は、この数日間考え続けていたことをクセーノ博士に切り出した。

「サイタマ先生との手合わせを想定して、新しいパーツを開発してもらえませんか?

 短期間だけの使用予定なので多少、生体に負担が掛かっても構いません。

 俺は日頃“肉を切らせて骨を断つ”というバトルスタイルをとっていますが、サイタマ先生が相手では、一度当たれば致命傷になりかない。

 ですから一秒でも長く手合わせしてもらえ、サイタマ先生の秘密に迫れるようにるようにするために回避を重視し、速度向上の為に装甲を減らして、確実に攻撃するために火力をもっと上げて欲しいのです」

 

()る気満々じゃなぁ」

「そのくらいで()れるものなら最初から弟子入りなど望みません」

 俺の焼却砲を至近距離からフルに打ち込んでも、先生が倒れるイメージが全くわかない。

 蚊娘(モスキートムスメ)の時の様に、せいぜい全裸になるくらいだろう。先生に対して遠慮なんて、思うだけでも烏滸(おこ)がましい。

 

「まぁ… オヌシが"突撃"以外の戦術をためそうと思うのはいい兆候じゃな。じゃが、まだ弟子入りは認めてもらっとらんのじゃろ?」

「俺は、何が何でも絶対にサイタマ先生の弟子になるつもりです。弟子になってから作ってもらうのでは遅すぎますから。

 それと、カメラアイと録画機能の性能を上げられませんか?サイタマ先生と阿修羅カブトとの闘い、フレーム落ちしてよくわからないところがありました」

「ふむ、確かに改良せねばなるまいな。じゃが… 脳への負担が増える事になるぞ?」

「構いません。何もできずに死ぬより、俺は闘って死にたい」

 あの時の様に――― 冷たくなっていく兄さんの手も握りながら、唯々(ただ)、何もできずに死を待っていたあの時の様になるのはゴメンだ。

 今の俺は違う、暴走サイボーグを倒すために、足掻(あが)いてでも前に進んでやる。

 

 新しく取り付けた部分との抵抗値をチェックしていた博士が、機材を置いて頭を振った。

「やれやれ、もっと自分を大事にせんか。薬があるからと言って安易に頼るのは良くないと言っておるじゃろう」

 これ以上ここにいると説教タイムになりそうだな。

 修理も終わった事だし――― 俺は手早く服を着た。

 

「出かけてきます」

「サイタマ君のところかい?今日は夜には戻れるかのう?たまには一緒に食事でもせんか?」

「俺には必要ない物なので」

 エネルギーはチャージしたばかりだ、急げば午前中のうちにサイタマ先生のお宅に着ける。

 玄関に向かう俺に、クセーノ博士がサンダルをパタパタ鳴らしながら追いついて来た。

「待ちなさいジュ―――ジェノス。お前が復讐以外の事に目を向ける事はいい事じゃ。これを持って行きなさい、サイタマ君には世話になったし…男の心を掴むにはまずは胃袋を掴むことじゃよ」

 台所からやってきた博士の手には、紙袋に入った箱が握られていた。

「はぁ」

 胃袋? そう言えば、先生はいつもタイムセールで必要最低限の食品を買っている。

 食べ物を持って行くというのは、先生の態度を軟化させるうえでもアリかもしれない。

 饂飩(うどん)好きのサイタマ先生ならきっと気に入ると博士が言うので、俺は勧められるがままに荷物を受け取った。

 

 

 

「先生!」

 玄関向かって声を掛ける。

 午前中のこの時間なら、先生はテレビを見ながらの読書中な筈だ。

「開いてるぞ~」

 "失礼します"と声をかけて扉を開けると。

 と、案の定、先生は(くつろ)ぎながら漫画を読んでいるところだった。

 

「おう、勝手に入れ。でも弟子にはしないぞ」

 …言いたかった事を先に言われてしまったな。

 でも、こうして足しげく通っていれば、きっと気持ちは動くはず。

 先生は、俺の顔を見るなり、

「お前、頭直ってんじゃん。いや~あんな(アフロ)でも、イケメンだと結構みれるから笑ったわ」

 と言った。

「はぁ」

 あの爆発頭(アフロ)、クセーノ博士のツボにハマったみたいで、まだ研究所に飾ってある。

 俺にとっては黒歴史でしかないので処分してもらいたいのだが…

 

「…イケメンですか?」

「何?お前、鏡見ないの?それともその顔、もとと似てないの?」

「デザインは15才の俺達をベースに、博士が経年劣化(けいねんれっか)を計算して作っているのですが… 自分的には目に違和感があって、あまり鏡を見ませんね」

 俺の知ってる兄さんとも俺とも違う顔。兄さんの目はもっと明るくて優しかった。

経年劣化(けいねんれっか)とか言うな。俺がいくつだと思ってるんだ」

 すいません。俺より上の25才でしたね。

 

 気を取り直して、先生の前に正座、箱を差し出す。

「先日はありがとうございました。これはクセーノ博士からのお礼の品です」

 先生は起き上がり、箱と俺とを交互に見た。

 

「弟子にはしないぞ」

「それとは別です。クセーノ博士おすすめの手延半田めんです。饂飩(うどん)好きにはたまらない逸品だと言っていました」

 博士は、俺がいらないといっているのに、『食べる楽しみが無いのはつまらない事だ』と言って勝手に味覚センサーを取り付けてしまう程の人だ。

 この素麺は、そんな博士が夏になるとお取り寄せする程お気に入りの品だった。

 

「へ~ 俺がうどんが好きってよく知ってたな」

 ………… 外から観察していたとは口が裂けても言えないな。この事は墓場まで持って行こう。

 

「丁度いい、昼にするか。お前、食べたことある?」

「いえ――― 俺はサイボーグなので」

 毎回進められてはいたが、食べた事はない。

 普通の食事はサイボーグの俺にとって非効率的なエネルギー摂取方法だと拒否していたからだ。

 先生は箱を受け取り、冷蔵庫から長ネギを取り出して台所に向かった。

 

「手伝います」

「いーよ座ってろ。お前は客だし、そんな大層な事しないから」

 確かに、素麺は茹でるだけだ。

 それに、家事に慣れない俺が狭い台所に入るのはかえって迷惑かもしれない。

 俺は、先生のお言葉に甘えてそのまま座っている事にした。

 

 しかし… この部屋、今までとなんだか感じが違う。なんだろう?

 そう言えば蟷螂(かまきり)が壊した天井―――

「天井、直されたんですね」

「あー、俺、色んなバイトやったから」

 え?!先生自ら修理されたんですか?

「以外に器用ですね」

「以外にって、なにそれ?!」

 ?何か言い方を間違っただろうか?

「見た目とは違うという事ですが」

「フォローになってねぇぞ おい」

 話しながらも部屋中を見回し、前回入った時と映像を照合する―――

 あ、部屋の違和感の理由が解った。綺麗過ぎるんだ。

 何時もと違って、布団が綺麗に畳んであるし、脱いだ服も散らかってない。畳んだ洗濯物も出ていない。ゴミも落ちてない。

 

「もしかして… 来客のご予定がありましたか?」

「?ねぇよ。悪りぃけど、マンガどけて机空けて」

 言われるがまま、漫画を本棚に戻す。

 五日観察してる間――― この部屋がこんなに綺麗だった事なかったな。

 掃除が終わっても、畳んだ布団の角とか合ってなかったし―――

 

 先生が、素麺を持って現れた。

 …普段よりも作る量が多いな。いつもは省エネモードなのか?

 ネギ、ショウガ、ワサビ、あれ? つゆが二つ? 箸が二つ??

 

「先生、俺の事は気にしないで下さい」

「?あれ?もう飯食ったの?いいじゃん食えば?持ってきたのお前だし」

 先生は『頂きます』とちゃんと頭を下げてから割り箸を割る。

 そう言えばいつもそうだった。

 この人は、一人の時もちゃんと食べ物に感謝してから食べていた。

 

「うま。素麺より太いけど弾力あんな」

 口いっぱいに頬張って―――まるで子供かハムスターのようだ。

 

「そんなに美味しいですか?」

「お前も食ってみればいいのに。喰えんだろ?アイス食ってたし」

 言いながらも続けざまに麺をすする先生。

 シンプルな素麺なのに、先生が食べると、なんだかすごく美味しそうに見える。

 

 

 俺は………食べる事には興味がない。

 俺にとって非効率的だし、そんな事に時間を費やすぐらいなら暴走サイボーグの探索に向かう。

 

 興味がない… 筈だったんだが―――

 幸せそうに… 食べている先生を見ていると何だか――――――

 ……………………………

 

 

「やっぱり……… 俺もいただいていいですか?」

 なんだろう?この気持ちは

 

「いっぱいあるから気にすんな」

「いただきます」

 先生を真似て手を合わせてから、コンビニで貰ったであろう割り箸を袋から取り出す。

 箸を割るなんて何年ぶりだろう? 最近の割り箸は細いのだな。俺の武骨な指では割り辛い。

 左右の指に均等に力を入れて引っ張れば… 

 あ、真っ直ぐに割れなかった。

 そう言えばこの体になってから、箸を使う反復学習(リハビリ)はしたが、割り箸を割る反復学習(リハビリ)はしなかったかもしれない。

 少し練習しよう。俺はそう心に決めながら素麺をつかんだ。

 素麺か。それこそ生身の時以来食べてないな。

 恐る恐るつゆにつけ、口に―――

 

 あれ?

 何だか思っていたものと違う。

 美味しいのかもしれない。弾力も確かにある。でもなんだかこう――― 微妙に何かが欠けているような…

「旨いだろ?」

「はぁ」

 先生が貧乏舌な訳じゃない、クセーノ博士も美味しいと言っていた。メンテナンス直後だから、俺の味覚センサーに狂いがある筈もない。

 じゃぁ、なぜ?

 俺と先生とではどこが違うのだろう?

 俺は先生周囲にスキャニングをかけた。

 冷たいつゆ、冷たい麺、つゆの、濃さも量も何ら変わりがない。

 俺のものとサイタマ先生のもの、赤外線サーモグラフィーも結果は一緒だ。

 

 なんだろう?

 俺がいらないと思っていじった機能に、何か関係あるのか?

 ダメージセンサー、触覚センサー、限界アラート、温感センサー、あと何があった?

 いらないと思ったもの―――いらないと思ったもの… ねぇ。

 確か食味は 味覚のほか、嗅覚や触覚、温度感覚、記憶などで拡張された知覚心理学的な感覚だったはず。

 

 もしかして―――

 温感センサー?

 口の中の温度が反映されないから、美味しく感じないのか?

 俺は、今気づいたことを踏まえて、もう一度麺をすすった。

 …………………

 

 そうかもしれない。

 こんな小さな事で食べ物の味は変わるのか。

 瞬間的に、こんな複雑な情報処理が出来る。今まで深く考えた事もなかったが、人間の身体とは凄いものだな。

 そして、その凄い機能を人工物に転嫁出来るクセーノ博士はやはり物凄い科学者だ。

 

「食った食った。誰かと喰う飯は久しぶりだ」

 満足そうに床に転がる先生。

「俺もです」

 味覚、嗅覚、触覚、圧力、温度―――そんな膨大な情報処理をしてまで、博士は俺に味が分かるようにしてくれていた。

 それなのに―――俺はその機能を使った事がなかった。

 

 今まで博士の誘いを頑なに拒否して…申し訳なかったかもしれない。

 もしかすると――― クセーノ博士も、誰かと一緒に食事をしたかったのだろうか?

 俺は自分の事に精一杯で、そんな事を考えもしなかった。

 …………………

 

 

「先生――― 俺、急用を思い出したので今日は帰ります」

「そっか、またな」

 先生は転がったまま手を振った。

「ご馳走様でした。弟子の件。考えといて下さい」

「ん、ダメ」

 即答ですか。

 でも、もう来るなとは言いませんでしたよね?

「また来ます」

 

 

 …今日はなにか博士の好きな食べ物でも買って帰ろうか。

 そして帰ったら、博士に頼んで口腔内の温感センサーを元に戻してもらおう。

 そうすれば、サイタマ先生の『旨いだろ?』という言葉に、素直に返事が返せるかもしれない。 

 

 

 

 

 




この後、ジェノスは100円ショップに行って割り箸をたくさん買った。
無駄にたくさん割って博士に呆れられた。
絶対にそうだ。

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