ワンパンマン ~機械仕掛けの弟子~   作:Jack_amano

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 何時もの事ですが、サイボーグ設定、捏造モリモリです。


温度

 意識が戻ると、目の前にキノコがあった。

 もとい、キノコのような髪型のクセーノ博士の頭があった。

 ここは… 保護溶液の入った培養槽の中か?

 

『 ハカセ 』

 外部接続コードから外付けスピーカーに流れた声が、まるで自分のものでないように聞こえる。

「気が付いたかのうジェノス?」

 見上げる博士と目が合う。博士の向こうには、処置台の上に完装予定であろう、俺の新しい義体が横たわっていた。

 

『 くせーの博士・・・アレカラ何日タチマシタカ? 』

「まだ5時間程しかたっとらんよ。“β(ベータ)”仕様の外装が出来ておったからのう、プログラムを入れ換えて融通(ゆうずう)する事にしたんじゃ」

 “β(ベータ)”… まだあのゴーストを使う気なのか…

 

『 ・・“β(ベータ)”ヲ破棄スルトイウ選択ハナイノデスカ? 』

「まぁ彼との約束じゃからなぁ」

 死ぬ前に兄さんが博士とどんな契約をしたのかは知らない。知りたくもない。

 …大体想像はついてしまうけれど……

 ともかく俺は、4年前、その契約のせいでこうして一人生き残った。

『 俺ハ 後ドノ位デ復帰デキマスカ 』

「2日は脳を休ませて―――――― それから接続後、動作チェックと調整じゃな」

 では少なくともあと4日―――――― まだそんなにかかるのか。

 …先生は今頃どうしているだろう?

 あんな事があったのに、いつもの様にただ漠然と一人であの部屋にいるのだろうか?

 寒々しい光景が脳裏に浮かび、心がざらつく。

 なんとなく今、先生を一人にしたくない気がした。

『 デハコレカラ接続・動作チェックデ、オ願イシマス 』

「ムチャをいうな。ちゃんと眠れとらんのだろう? 脳の疲労を軽減させなければ限界が早まってしまうぞ。月に一度のクールダウンでは少なすぎるくらいじゃ」

 

『 オ願イデス博士。弟子タル俺ガ不甲斐ナイバッカリニ、さいたま先生ニ多大ナ負担ヲ負ワセテシマイマシタ。先生ハ気ニスルナト仰ッテ下サイマシタガ、俺トシテハ直チニ修行ヲ積ミ、強クナッテ、俺ノ為ニアンナ理不尽ナ扱イを引キ受ケテ下サッタ先生ノ―――――― 』

「ジェノスや落ち着きなさい」

 いけない。先生にいつも話は簡潔に20文字以内と言われているんだった。

 

『 早ク先生ノ元ニ帰リタイデス 』

「・・・」

 

『 博士? 』

「・・お前が復讐以外の事を優先するとはのう・・・ 善処(ぜんしょ)しよう。だがアラートが付く前に必ず休むこと。安易にクスリに頼ってはならんぞ」

 

『 ハイ 』

 

 

 博士は急いでくれたが、結局あれから2日もかかってしまった。

 サイタマ先生はどうしているだろう? 何事もなければ… この時間、もう風呂も夕飯も終わってゆっくりと(くつろ)いでいる筈だ。

 俺は手土産(てみやげ)に途中で買い求めた煎餅(せんべい)を手に、全速力で家を目指した。

 …そう言えば… Z市無人街周辺では、朝、凄まじい黄色い突風が吹き抜けるという都市伝説がある。絶対に早朝ランニング中のサイタマ先生だ。賭けてもいい。

 何故なら、最近ネットでその都市伝説に、黄色い突風の後に黒い突風が続くと書かれたからだ。

 俺の事に違いない。

 街灯すら()かない真っ暗な無人街に、ひとつだけ小さい光がぽつんと(とも)る。

 あぁ、サイタマ先生は御在宅中だ。夜の招集は無かったらしい。

 扉の前で少しばかり髪を直す――― 2日ぶりの対面だ。見苦しい姿を(さら)したくない。

 俺は大きく息を吐き、心を落ち着かせると、声を上げた。

 

「先生、只今帰りました!」

「おー、おかえり~」

 涅槃像(ねはんぞう)の様に横たわって(くつろ)ぎながらテレビを見ている先生に、俺はほっとしたような残念なような… 何となく釈然(しゃくぜん)としない気分を味わう。

 何だろう? 俺は先生の弱った姿を期待していたというのだろうか?

 

「わりぃ、もう今日は帰らないかと思って飯喰っちまった」

「いえ、お気になさらずに。研究所帰りなのでエネルギーは満タンです」

 へらりと笑い座り直す先生にそう告げると、先生は微妙に片眉を上げた。何かが先生の気に(さわ)ったらしい。

 なんだろう? 会話を振り返っても該当する箇所が判らない。こうやって微細な変化に気付けるようにはなったが、理由が判らないという事は、俺の努力がまだまだ足りないという事だろう。

 もっと精進せねば。

「・・・ま、いっか。お前が今日帰ってきてよかったよ。明日は特売日だからな」

「はい、先生のお好きなヒジキが最安値でしたね。お供します」

 先生のためにお茶を煎れ、何時もの様に先生の教えを書いているノートを取出して卓袱台(ちゃぶだい)の前に正座する。

 卓袱台を正方形と仮定した場合、先生の座席が底辺としたならば、俺のいる位置は高さに当たる垂直位置だ。 初めて来た時は斜向(はすむ)かいに座り、目も合わせてもらえなかったのだが… 最近では意見を交換したりする事もあり、なんとなく先生との距離が縮まったようで嬉しく思う。

 

 さて、ノートは前回から二日も空いているので、先生がお休みになる前に少しでも深海王との戦闘を書いておかねば。

 先生と討伐に出掛けた経緯(けいい)、先生とはぐれてしまった詳細。闘ってみて得た深海王の戦闘解析。それを―――――― 一撃で(ほふ)った先生の常識を超越した戦闘力―――――――――

 もともと悪かった世間からの先生に対する評価は悪化の一途(いっと)辿(たど)った。

 ネットは炎上。

 インチキヒーロー(俺の前でそんな事を言う奴がいたら、直ちに焼却してやる)に対するヒーロー協会へのクレームでサーバーは落ち、新聞や雑誌は、隕石の事件も踏まえて、面白おかしく先生への罵詈雑言(ばりぞうごん)を書き立てている。

 

 勿論、先生の力量を認めた者もいた。

 だが、そんな人物の書き込んだ反論は多くの人々に罵倒され、追求されてネットで(さら)され、擁護(ひご)するものもいなくなってしまった。

 

 …ヒーロー協会は深く調べもせずに、それを見て見ぬふりをしている。

 もし先生の強さが本当ならば… あのムカつく男が言った通り、ヒーロー協会への支援金は減り、協会は弱体化するだろう。真実はどうであれ、C級の先生が(この判定自体が間違っているのだが)あっさりと倒してしまった敵に、S級ヒーローが無残に二人も大敗した事実は(くつがえ)せない。

 サイタマ先生はその事実から目を逸らすの生贄にされたのだ。 

 

 

 

 

 

「まだかかる? 俺、そろそろ寝たいんだけど」

 気が付くと、サイタマ先生は歯も磨いて寝巻に着替え終わっていた。

 

「あ、はい。直ぐ片付けます」

 もうこんな時間か! 先生の教えを書いていると何時もいつの間にか時間がたっている。

 そそくさとノートを片付けると、俺は卓袱台を壁際に押しやった。

 朝食用の米を()ぎ、タイマーをセットし終える。

 先生はもう布団を整え終えていたので、俺は何時もの様に部屋の隅で片膝をつき、待機状態をとった。

 ここに来たばかりの時、どうせ眠れないし――― と一晩中先生を観察していたら、バレて表情の少ない先生にしてはものすごく嫌な顔をされたのだ。仕方なくそれから形だけでもスリープ状態にする事にしている。

 

「・・・お前さ~ その野戦で補給中のガンダムみたいな寝方やめろよ。夜中起きるとなんか目が光っててびっくりするんだけど」

「はぁ」

 …補給中のガンダム?

「あれ? ガンダム知らない?」

「・・・後で調べます」

「いや、そんな大事な事じゃねーから調べなくていいから」

 なんだろう? 知っていて当たり前の知識なんだろうか? これはすぐにでも調べなくては。

「俺のことはこういう形のナイトランプだとでも思ってくだされば・・・」

「無理だから。たまになんかザクの起動音みたいな音してるし」

 ハードに接続する音だろうか? 身体機能の高い先生の事だからもしかすると耳もいいのかもしれない。俺の活動音もエアコンの排気音の様に不快に聞こえるのだろうか?

「お気に(さわ)る様でしたら、今日から廊下かクローゼットの中ででも休むことにします」

「何?! 俺、何処の鬼師匠?! そうじゃなくて、普通に布団で寝れねぇの?」

「寝れますが・・・サイボーグなのであまり睡眠は必要ありませんし、いつ狂サイボーグが現れても対処出来るように待機モードで休んでいます」

「? 身体は機械でも脳は生身なんだろ? 休ませないと効率落ちるんじゃねーのか?」

 あぁ、全く! この人は博士と同じことを言う!

「ですが、眠っている間に敵が現れた場合、迅速(じんそく)に対応するには――― 」

 本当はそれだけが理由じゃない。

 俺は寝ると十中八九、悪夢をみる。

 自分が15歳の時の夢――――― 全てを無くしたあの時の夢だ。

 だから俺は義体を待機モードにし、急激な脳波の変化が起こると強制的に覚醒出来るようにセットしている。博士がメンテナンスの度に培養槽の中に俺を長時間置きたがるのも、慢性的な睡眠不足による脳の疲労を懸念しての事だ。

「平気だろ。ここには俺もいるんだし、一晩中セコムやアルゾックなんて必要ないだろ」

「・・・ですが」

「ですがじゃねぇ。ちゃんと休めるときに休まないと、いざという時に動けねぇぞ」

 先生は卓袱台を壁に立て掛け、俺の寝るスペースを確保し始めた。

 どうしよう、このままでは押し切られてしまう。夜中に何回も再起動してしまう俺が先生の隣にいては、先生も眠れなくなってしまうだろう。何とか理由を考えねば。

 

「先生! 俺の身体は金属の塊です。もし寝ぼけて動作不良を起こした場合、先生は無事でも周りに多大な被害が出るかと思います!」

「お前、寝相悪いのか? お互い様だ。なんかあったら俺が止めてやる」

「ですが、 」

 あれ…? ちょっと待て。お互い様??

 それではもしかして俺の方がリスクが高いのでは… 先生は寝ている時もパワフルだし、目覚まし時計を止めようとして床板を叩き割るのは何時もの事、寝返りを打って拳を落とされでもしたら俺の命の保証はないのでは?

 

「師匠命令。今日から普通に布団で寝ろ」

 滅多にお目にかかれない先生のビシッとしたキメ顔での最後通告に、俺は論破を諦めるしかなかった。

 …もしやこれは、時代劇でよくある"不意の攻撃に対する精神力の鍛錬"と言うやつなのだろうか? くっ! これも修行の一環という訳か。

 

「暖かい時期でよかった。今日は俺の掛布団引いて、タオルケットでも掛けとけ。んで、明日布団を持ってこい」

「そんな、先生の唯一の布団をお借りするなんて! それに俺はサイボーグですから布団なんて物は必要ありません!」

「床に直寝(じかね)なんて何処の殺人現場だ、パワハラみたいでこっちが嫌なんだよ。布団持ってこなかったら俺が買ってくるからな」

「そんな! 貧乏な先生にこれ以上お金は使わせられません!!」

「・・・お前もっと気ぃつかってくれる? 金がないのは本当だけど」

  ………………………

「分かりました。明日にでも用意します」

 

 

 

 

 

 眠れない… 白い天井は、生死の狭間を彷徨(さまよ)い、身動ぐ事もできず只々じっと見つめていたあの病院の天井を思い起こさせる。

 あの時と違うのは… 俺に繋いであった延命装置がない事と―――――― 俺は一人ではなく… 隣から生きた人間の気配がするという事だ。

 

 先生はもうすでに眠っている。

 サーモグラフィでチェックしたら、体温が一度下降してからまた上昇したので、もうレム睡眠に入ったのだろう。

 先生の安眠のために、薬を使ってでも強制的に休もうかとも思ったが、それでは修行にならないと思い直し止めておく事にした。朝起きたら隣で大破していたなんて事になったら弟子として不甲斐なさ過ぎる。

 

 

 

 全くもって眠気は降りてこない。

 色々とありすぎてアドレナリンが過剰に出ているのかもしれない。

 

 眼光(サーチアイ)が先生の睡眠を浅くさせてしまうといけないので、俺は目蓋(まぶた)を閉じる事にした。

 何処に先生の強さの秘訣が隠れているか解らないからずっと観察していたいところだが… これも鍛練ならばここは“我慢”だ。

 

 視界(モニター)を遮断し、真っ暗な世界に意識を漂わせる―――――― つい脳裏に浮かぶのは、この前の深海王戦での出来事。

 人々の罵声。

 雨に濡れた何かを諦めたかのような先生の顔。

 そして―――――― 半壊する俺を見詰める、あの少女の恐怖をあらわにした瞳――――――

 この体になって、あるはずのない心臓がどくんと飛び跳ねる。

 

 ・・・いけ・ない、く・る。

 

 何時の間にか俺は眠りかけていたのか?

 突然起こる、頭が締め付けられる様な感覚。

 素面(しらふ)になってから何時も思う。脳と脊髄の一部しか生身ではないというのに、痛覚のないはずの頭が痛むのは何故だろう?

 

 フラッシュバックの様に脳裏に浮かんでは消える短い映像。

 ナイフで斬られたかのように破壊される街、瓦礫の中、物言わず横たわる人だったモノ、

 俺達は悪夢の様な世界を只々走った。

 家族に会いたい。家に帰りたい。俺達の頭を占めるのは唯それだけだった。

 兄さんが俺より早くあいつに気付いたのは、俺の手を引いて先を走っていたからだ。

 

『逃げろ!』

 

 兄さんが俺を突き飛ばす。コンクリートに体を打ち付けた俺の上に、一瞬にして紅く染まった兄さんが折り重なった。

 

 ずっと一緒だった。

 産まれた時から。ずっと一緒に育ち、死ぬときまでずっと一緒にいるんだとお互いに暗黙の了解で思っていた。

 

 あの時、自分たちの考えていた世界が音を立てて崩れていった――――――

 

「う゛っ」

 

 叫びたい。叫べない。

 臓腑を(えぐ)る痛みに、四肢を穿(うが)つ痛み、それよりも目の前で動かなくなった兄さんに自分の身体は硬直してしまった。

 あの時、もしも叫べていたら狂サイボーグは止めを刺しに戻って来てくれただろうか?

 

「おい、ジェノス! どうした?!」

 遠くで先生の声がした。

 

 

 

 

「おい、ジェノス! どうした?!」

 突然起こったジェノスの異変に、サイタマは慌てて起き上がった。

 ジェノスは頭を抑え、苦しそうに体をくの字に曲げて(うずくま)っている。身体の震えと連動するようにスリットから光を()らすジェノスに、サイタマは途方にくれた。

 やべぇ、どうすりゃいいんだ?! テレビみたいに電源抜けば直るとか45度の角度で殴れば直るとか… いや、そりゃないない。

 自問自答しながらも、兎に角、ジェノスの顔を見ようと肩に手をかける。

 その掴んだ体の熱さにサイタマは絶句した。

 風邪か?! あ、でもサイボーグは病気にならないか、じゃあ熱暴走?! か~っ、パソコンじゃねぇーんだぞ?!

 

「おいジェノス!」

 取り敢えず、博士に連絡か? あ、でも俺、連絡先知らねぇ。やべぇ、仮にも師匠だっていうんなら緊急連絡先くらい聞いとくんだった。

 頭を抱え、呻き声を上げながら丸まって震えるジェノスを、サイタマはただ背中を(さす)ってやる事しか出来ない。

 痙攣(けいれん)するように体を震わせ続けるジェノスの口から対処方法は望めそうもなかった。

 どうしよう。病院に運んだ方がいいだろうか? 救急車を呼ぶよりも、俺が運んだ方が絶対に早く着く。でも病院で何とかなるのか?

 

 その時――――― 暗闇の中、枕元に置いてあった携帯電話にライトが点った。

 電話? こんな真夜中に?!

 ジェノスのガラ携だ。

 日々の生活に余裕もなく、また連絡を取る相手もいないサイタマは、携帯電話も固定電話も持っていない。

 

 携帯のウインドウディスプレイは非通知、どうする? 出るべきか否か?

 オーソドックスな呼び出し音と共に連動して携帯電話は光り続ける。コールは15回以上にもなっているのに切れる様子は全くなかった。

 

 えい、どうとでもなれ! サイタマは携帯電話を取り上げた。

「もしもし」

 

『 俺です。サイタマ先生 』

 オレオレ詐欺か! なんて突っ込む余裕のないサイタマは、携帯から聞こえてくる、目の前で苦しんでいる人物によく似た声に一瞬戸惑った。

『 “β(ベータ)”です。緊急事態なので電話回線を経由して話しかけています―――――― ジェノスにフラッシュバックによるバグが発生しました。今から言う事を実行してください 』

 

 β(ベータ)? こいつはジェノスじゃないのか。β(ベータ)はジェノスに内蔵されている緊急プログラムだったんじゃ――――――?

 まぁいい、今はジェノスの苦しみを止める方が先だ。

 

「どうすればいいんだ?! え? それを言えばいいのか?」 

 “ジェノスβ(ベータ)”からの指示に一瞬戸惑うが、サイタマは直ぐ様、声を張り上げた。

 

 

「シャットダウン,ジェノス! 緊急停止だ!!」

 

 

 暗闇に響き渡る電子音。そして――――――

 

『・・・さいたま先生ノ声紋、及ビ身体的特徴ガ一致シマシタ。緊急停止ヲ受ケ入レマス 』

 

 ガシャン! と音を立てて、糸が切れた様に動かなくなるジェノス。

 スリットから漏れていた光も、人を射抜くように光っていた眼光も消え… 辺りは闇に吞まれた。

 

 人が倒れているのとは違う――――― 微動だもしないジェノスの姿に、サイタマは漠然とした気分の悪さを覚えながら部屋の電気を点ける。

 明かりを点けて見るジェノスは益々ただの人形の様に見えた。

 

 なんかムカつく、俺がジェノスを人からモノにしちまったみてぇじゃねぇか。

 

「で、どうすればいい?」

 つながったままの携帯に、サイタマは苛立ちながら次の行動を求めた。

 

『・・・脳が極度の興奮状態にあります。ループに入っていて俺が起動できません。指南しますので、ジェノスを深く眠らせる処置をお願いします 』

 …こんな状態なのに、ジェノスはまだ苦しんでいるのか。サイタマは苦々しく思いながら次の指示を待った。

 

『 まず、ジェノスのベルトに付いているブレッドホルダーから――――― 弾丸を差し込む波型の形状の物です。筒状の薬品を一つ取ってください。取りましたか? 次にジェノスの首の黒いカーボンスキンを後ろから(まく)っ下さい。力の加減を間違えて破らないようにお願いします。そして第6頚椎(けいつい)をスライドさせ、そこにある認証ウインドウに指を押し当ててアクセス・ライトがグリーンに変わったら、薬品のキャッ――――― 』

 

「なげえよ」

 ジェノスといい“β(ベータ)”といい、こいつ等はどうしてこんなに話が長いのか?

 

『・・・薬品をプラグに刺しこんで下さい 』

 差し込んだとたん、電話が切れる。 …これでよかったのか?

 

『 緊急AI。"GENOS(ジェノス):β(ベータ)" 起動します 』

 

 ジェノスの瞳に光がともる。

 ゆっくりと頭を(もた)げ、起き上がったジェノスに、サイタマは彼が“β(ベータ)”である時にいつも感じる違和感を捉えようと目を細めて見守った。

 

「どうしましたか?」

 声は若干(じゃっかん)、ジェノスより硬くて低い。だが、同じ身体のはずなのに、ジェノスとβ(ベータ)では受ける感じが何だか違う。

「お前とジェノスじゃまるで違うと思って」

 

「あぁ、成程。俺が起動する時は活動限界が近い事が多いんです。ですから、少しでもエネルギー消費を押さえるよう、生命維持を優先し、見せ掛けの機能は全部切ってあります」

 サイタマの疑問に答えながら、ジェノスβ(ベータ)は首に刺さっていた薬管を引き抜いた。

「見せ掛けの機能?」

「そうです。例えば―――――― 音声に合わせた口角(こうかく)の動作,俺の声は声帯を震わせて出している訳ではないですからね。呼吸に似せた微妙な胸部の運動,肺で酸素を取り入れている訳ではありませんから、これも必要ありません。静止中に起こる微かな揺らぎ。あぁ、瞬きもそうですね。そんな細かなプログラムが人形を人らしく見せているのですよ」

 ジェノスβ(ベータ)が一言一言いう度に、その機能のスイッチが入って行く。

 

 人型の置物だった固まりは―――――― 息を吹き込まれたかのように人となっていった。

 

「は――――――! スゲェな」

「えぇ、全く。人が異質なモノを見分ける能力は素晴らしい」

 

 ―――――――――――えっ?

 

 サイタマは素直に博士の技術力に対する感想を述べたのだが―――――― サイタマを見詰めるジェノスβ(ベータ)の表情は氷ついた様に固まったままだった。

 …こいつは違う。

 サイタマは唐突に理解した。こいつはAIなんてモノじゃないし、見せ掛けの機能なんてモノのせいだけじゃない、こいつの言葉にはあきらかに人の感情がのっている。こいつとジェノスとは見間違えようがない。

 

 俺の弟子は確実に二人いる。

 

 

「それにしても、先生のデータをエマージェンシー・コードに組み込んでおいて正解でした」

 何でもないとでも言うように、軽く個人情報の流用を語るβ(ベータ)に、サイタマは、お前らは本人に了解も取らず何をやってるんだ。と、ちょっぴり気が遠くなる。

「で、どうしてこうなったんだ? サイボーグは布団で寝かしちゃいけなかったのか?」

 そんな訳あるか。青い耳なし猫型ロボットだって、加速装置の付いたジョーだってちゃんと布団で寝てたじゃねーか、と心の中で自分にツッコミを入れつつも、サイタマはβ(ベータ)を見据えた。

 ジェノスは普通に寝るのを嫌がってはいた。が、その理由にしていたのはこんな事じゃなかったはずだ。

 

「いえそんな・・・(むし)ろクセーノ博士はジェノスが人の暮らしをなぞる事を推奨しています。

 今回の事はジェノスの個人的な理由―――――― 4年前の暴走サイボーグの事件と深海王との事件の類似性によるものです」

「あん?」

「ジェノスは4年前、彼の兄に(かば)われ、(から)くも生き残りました。それと今回、自分が人を庇って戦闘不能になった事が重なって心的外傷後ストレス障害(PTSD)の発作を引き起こしたんです」

 

「あぁ、小さい女の子を助けたってやつか」

 ジェノスも――――― あの子を自分と同じ目に合わせたくなかったって言ってたっけな。

 あの時のジェノスは――――― 生死の判別もつかないほどひどいケガを負っていたが、少女を守れた事実に、柔らかい表情を浮かべていた。

 

「ご存知でしたか」

「テレビつけたらやってた」

 嫌な事まで思い出して、サイタマは苦い顔をした。偉そうなコメンテーターが、『一人を助けるために大勢を犠牲にするような行動は馬鹿げている。ヒーローとしてあるまじき行為だ』とかほざいていたのを思い出したのだ。

 

「ジェノスは緊急移植を受け、奇跡的に助かりました。が、目が覚めた時には全てが終わっていて、家族の死体を確認することすらも出来なかったんです。それ以来――――― ジェノスは寝る事を拒否するようになりました」

 起きたら全てを失っていた――――― そしてその事実すら人から聞いた事で、自分で確認させてはもらえなかった。そんな事を受け入れるのは並大抵な事ではなかっただろう。

 サイタマはジェノスから、“昔の事はよく覚えてない”と聞いた事がある。覚えていないのではなく。覚えていられなかったのだろう。辛すぎて。

 

「で、兄はどうなったんだ?」

 おそらく死んだんだろうな。ジェノスを庇った時に。

 そうは思ったサイタマだったが、ジェノスには聞けないから今のうちに確認しておこうと口を開く。兄には悪いが、彼の死を確認できた事は、ジェノスにとって大事な事だったろう。現実を受け入れるために。

 だが、その答えはサイタマの予想は遥か斜め上を行っていた。

 

「本人の希望で、ジェノスを救うための生体パーツになりました」

 

「はぁっ?!」

 つまり、さっきサラッと言っていた移植って――――――――――

 

「都合が良かったのです。彼等は双子だったので。病院側は喜びましたよ。技術向上の貴重な体験が出来、もし何かあっても血縁者はいなく、文句も言われない。その上スポンサーがいて赤字にはなりえなかったのですから」

 

「ふざけんな! そんなんだからジェノスは今も苦しんでんじゃねーのか!!」

 サイタマの剣幕に――――― (ようや)くジェノスβ(ベータ)の表情が動いた。

「・・・かもしれません。それを知ったとたん、ジェノスは重度の拒絶反応を起こして生身を捨てざるをえませんでしたから」

 

 

 

 

 

 

 

 目が覚めると―――――――― すぐ目の前にはサイタマ先生の顔があった。

 一瞬、兄の最後に見た顔を思い出しかけたが… 大きく口を開け、幸せそうに眠っているサイタマ先生の寝顔に、思わず安堵の吐息が漏れる。

 

 大丈夫。

 先生は死んでない。寝ているだけだ。最強の先生が死ぬ訳がない。

 サーモグラフィーから判る体温は平熱、脈拍も正常。

 念の為に触って見ようと思いついて――――――― 手をタオルケットから出そうとし、俺は両手を先生に掴まれていることに気付いた。

 

 あれ? これも修行の一環か? この(いまし)めから逃れろという事か?

 フリーズしたまま動けないでいると、先生の目が薄っすらと空いた。

「あ?」

 まだ寝ぼけているらしい。

 

「・・・おはようございます。先生。これは修行の一環でしょうか?」

 先生はまるで力を入れている様子もないのに――――― その手から抜け出すことが出来ない。

 本当に不思議だ。

 アスリート系とはいえ、この一般人と同じ様に見える筋繊維で、どうしてメカである俺よりも高いパワーを生み出すことが出来るのか。

 

「あー、スマン。うなされてたから手を握ったら、なんか落ち着いたみたいだったから・・・」

 先生が手を外すと――――――― サーモグラフィーで見た俺の手は、そこだけ先生の体温で明るい色に染まっていた。

 

 そうか… 俺の手は今、温かいのか。

 

 俺の体感温度センサーは今、OFFになっている。

 博士は付けてくれようとしたが… 焼却砲を使う俺には必要ないと断ったのだ。

 …今の俺にはサーモグラフィーを起動しなければ、隣で寝ている人の温度も判らない。血が抜けて冷たくなるなっていっていても判らない。

 そう言えば… 昨日、悪夢を見たのに、今は珍しく頭がすっきりしている。これも先生が手をつないでくれた効果なのだろうか?

 サーモグラフィーで見る義手の色は、じんわりと青く変化していく。先生のくれた熱は、熱伝導率の高い俺のアームからあっという間に消えていった。

 

「・・・俺の街は4年前――――――― 俺が15歳の時、狂サイボーグに襲われました。瀕死の重傷を負った俺はなす術もなく、隣に倒れた兄が冷たくなっていくのを只々感じるだけでした。あの時・・・俺に先生の様な強さがあれば――――――― 」

 いつも話が長いと怒る先生が、黙って俺の話を聞いてくれている。

 

「今の俺には体感温度センサーが付いていません。先生の手が温かいのか冷たいのか、それすらソフトを起動しないと分からないんです」

 それなのに、どうして悪夢を退ける効果があったんだろう? 生き物独特の弾力だろうか? それとも―――――――

 

 

「・・・お前さ、温度分かるようにしてもらえ。色分けされた世界より、自分の肌で温度を感じる方がいいよ。その方がヒーロー活動にもいかせる」

「・・・そうでしょうか?」

「うん、視界の範囲だけ温度が判るより、空気の変化を感じる方が絶対いい」

 

「・・・考えてみます」

 そう、後でよく考えてみよう。

 取り敢えず、今は布団の入手と、先生と参戦する特売が先だ。それにガンダムとザクとやらも調べなくては。

 

 俺は、朝食を準備すべく布団を後にした。

 

 

 

 

 

 

 

 




お久しぶりです。インフルエンザで死んでました。

トラウマの話でちょっと長くて暗くなりましたが、ジェノスにはこれから頑張ってトラウマを克服して、心身ともに強くもらおうと思っています。

早く戦闘パートに入りたいとは思ってるんですが・・・


(注意はしてるんですが、誤字とうありましたら申し訳ありませんが、連絡お願いします)




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