ワンパンマン ~機械仕掛けの弟子~   作:Jack_amano

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味覚

 その日もいつものように兄さんと学校から帰る途中だった。

 いつものように、テストの結果や友達のこと、学校であった他愛のない出来事を話しながら、いつものように同じ道を帰っていく。

 

 いつものように、いつものように、

 いつもと同じはずだった。

 あの黒い厄災に出くわすまでは―――

 

 

 強制的に、突然夢から引き戻され、視覚が外部モニターに接続される。

 睡眠時間を一時間に設定しておいて正解だった。これ以上寝ていたら、確実に、いつもの悪夢に引きずり込まれていた。

 安堵のあまり、ため息を付きたくなる。が、今の俺にはそんな機能はない。

 今の俺はどんな顔をしてるんだろう?不安も何も感じさせない。澄ました何時もの顔なんだろうか?

 

 現在位置確認、Z市近郊の廃墟の中。近くに生体反応なし。

 膝を抱えて体育座りの態勢から、静かに立ち上がる。

 エネルギー残量85%。視覚の隅に表示されたゲージに、俺はガレージにオイルがあったことを思い出し、移動を開始した。

 

 災害レベル鬼、各地で起こっている大量の蚊の発生事項と対峙するには、この両手に仕込まれた焼却砲が有効だろう。

 蚊といっても侮ってはいけない。現にこの家の住人は蚊の群れに襲われてミイラ化していたのだから……… エネルギーは多いに越したことはない。

 

 オイルは、思っていた通りかなり酸化していたが、それでも通常の食物より熱効率が高かった。

 味覚のスイッチはOFFにしてあったが、底に溜まっていた錆の澱がざらりとした感覚を口の中に残す。

 ふと、この体を作ってくれたクセーノ博士が脳裏に浮かぶ。

 博士は俺が有機物を取り込む代わりに、手っ取り早くオイルを飲むのを嫌がった。

 なんで博士が味覚なんてものを俺に取り付けたのか解らない。強さをもとめ、サイボーグになった俺には、人間らしい機能なんて必要ないのに………

 

 遠くから、ヒーロー協会が発令した避難警報が聞こえる。

『避難警報です。災害レベルは鬼。住民は絶対に外に出ないようにして下さい。繰り返しますZ市の住民は絶対に外に出ないようにして下さい』

 エネルギーチャージ終了。

 さあ、狩りのはじまりだ。

 

 

 俺が現場に辿り着いたとき、Z市はすでにもぬけの殻だった。

 もともとこの辺りは怪人多発地帯の無人街、俺がいくら暴れようと文句を言う奴はいない。

 ドス黒い砂嵐のような蚊の群れは、まるで集合を掛けられたかのように唸りを上げながら同じ方角を目指していく。聴覚の広域範囲を下げよう。モスキート音が神経に触る。

 

 上空、ビルの谷間を埋め尽くすほどの蚊の群れの中に、俺が探し求めていた物は女王栫とそこにいた。

「ぷはぁ~なによアンタ達、こんだけじゃ全然足んないわよ。もっと吸ってらっしゃい」

 蚊を模した人なのか、人を模した蚊なのか、空に浮かぶ蚊女は、蚊の群れから噴き出した赤い霧を吸い込み妖艶さを増す。

 人サイズのあの体を、蚊のようなあの羽でフォバーリングさせているのだから重量は軽い筈、装甲も薄いだろう。

 念のため周囲500メートル内の生体反応を確認する――――――反応なし。

 俺は右腕に仕込まれた焼却砲にチャージをしつつ、敵の注意をを引くために口を開いた。

 

「なるほど、蚊の大群に血を吸わせそれをお前が独り占めしていたのか。お前が蚊に信号のようなものを送り、操っていたとすればこの不可解な集団移動にも説明がつく。主人であるお前を排除すればこの目障りな群れもいなくなるのか?」

 蚊女が俺の存在を認め微笑むと、一気に嵐のような蚊の渦が押し寄せてきた。

「食事が来たわ。吸い尽くしてあげなさい」

 無駄だ、鋼鉄の身体の俺には、そんなものは効かない。

 リミッター解除とともに、掌から放たれた火柱は差し向けられた蚊の群れを粉塵爆発のように粉砕した。

 ちっ、群れが邪魔して怪人にまで届かなかったか。まぁいい。ここなら遠慮なく吹き飛ばす事ができる。

「排除する。そのまま動くな」

 

「ふふふっ私を排除するですって?やってみなさい!」

 言葉を聞くより早く、俺はビルの壁を駆け上がり、蚊女に向かってジャンプした。

 鋼の拳を振り上げる。が、女の鎌のような腕に弾かれた。意外に硬い。

 ならば、女の腕が俺の腕を掴んだ瞬間、モーターの回転数を上げ、ブーストを図って拳を捻じ込む。が、空中であったこともあり、俺は地面に叩き付けられそうになった。

 想定内だ。両腕の焼却砲を最小モードで噴射し、回転しながら地面に降り立つ。これを最初に博士が見た時「ガメラだ」とか言って喜んでいたな。

「焼却」

 流れるような動作で焼却砲につなげ、撃つ、撃つ、撃つ!

 だが、全弾躱され、蚊女はもう目前に迫ってきていた。

 額から生えた女の角が勢いよく伸び、構えていた俺の左腕を引きちぎる。

 

「ふふっ次は足かしら?え?」

 これも想定内だ、俺の戦術は肉を切らせて骨を切る。こんなものは負傷のうちに入らない入らない。

「あれ…私の足は…?」

 首をかしげる蚊女に見せつけるように、俺はすれ違い様にもぎ取った女の両足を打ち捨てた。

 

「無駄だ俺からは逃げられない」

 戦術を変え、空高く、俺と距離をとった蚊女に、再度焼却砲を撃ち込む。

 だが、素早く間に入った蚊の渦にはばまれ、閃光は届かなかった。

「無駄だ」

 言いながら最大出力で焼却砲を撃とうとチャージを開始する。

 女の周囲には(おびたた)しい数の蚊が集まり、ドス黒い繭のようになって空を覆い隠していた。

 あの数……この町全体…いや、もっと広範囲で血を集めていたならば………奴にとって血液は単なる食料ではないのか…

 考えている間にもまだ蚊は集まってくる。これは早急に終わらせた方がよさそうだな。

 ターゲットロックオン、最大焼却砲―――

 

 撃とうとしたその瞬間、俺は近くに人が残っている事に気が付いた。

「待てコルァ―― 俺との決着がまだ着いてねーぞ!!」

 路地から走り出してきたのは、一人の普通な男だった。いや、普通のハゲた男だった。

 なんだあいつは。ここは無人街だぞ?

 

「!?何だあの雲。いや何かうごめいて…蚊?うわぁぁ…」

 蚊の塊をみて硬直している。どうやら本当に只の一般人らしい。

「そこのお前、避難していろ。あの群れは意思を持っている。こちらに気づけばすぐ襲ってくるぞ」

「……まじで?やべーじゃん早く逃げ… 」

 突如、蚊女の高笑いが響き渡った。

 と、ともに巨大な蚊の塊が、決壊したダムの濁流のように押し寄せてくる。

 俺は反射的に焼却砲を撃ち出した。

 辺り一面…どころが町一つ潰す勢いで火の手が上がる。事態は粉塵爆発の様相を呈していた。

 

「言葉を話すから人間程度の知能は持っていると思ったが…所詮は虫か。わざわざ焼却しやすく蚊をまとめて俺に向けるとは

 お前を発見時に周囲500メートル内に生体反応が無い事は確認済みだった。ここなら遠慮なく吹き飛ばす事が…」

 そこまで言って、俺は後ろにハゲがいた事を思い出した!

「しまった!一人巻き添えに…」

 慌てて振り向く俺に、何事もなかったかのようにハゲた男は声を掛けてくる。

 

「いやー助かったよ。すごいなお前!今の何?」

 !? 洋服は焼け焦げて強制猥褻物陳列罪のようになっている。だが、逆に言えば、ハゲた男には傷一つない。

 アスファルトも溶ける温度だって言うのに。

「あれがホントの蚊取り線香なんつってな」

 ハゲた男の、上手い事言ったみたいなセリフに、俺は一瞬フリーズを起こしかけた。

 

 またもや女の高笑い。

 しまった、フリーズ起こしている場合ではなかった!

 見上げると、女の姿は一変していた。俺が引きちぎった足は生えそろい、蚊娘から、妖艶な色気の蚊女に変わっている。

 血液を吸収して成長?蚊の癖になんかムカつく。

 

「その子達は必要なくなったのよ。バカねぇだって」

 女の姿が残像を残して消えさる。

「こんなに強くなったんですもの」

 いきなり、脇腹が鉤爪に引き裂かれた、反撃しようと拳を上げる。が、かすりもせずに姿が消える。

 

「そんなパンチじゃ蚊も殺せないわよ」

 目視出来ない!なんて速さだ!!

 顔にも、足にも斬撃を喰らい、空中に蹴り上げられる。

「ほっほっほっ脆いわねー 次は頭捕ったげる 」

 猫に甚振られる鼠のように切り刻まれていく俺。

 女はスピードだけでなく、攻撃力も格段にupしていた。

 血液を吸収するほど身体機能が進化する仕組みだったのか。

 完全に油断した。もう勝機は無い…もう自爆するしか…

 俺は覚悟を決めて、俺の心臓部、内部コアの圧力を上げる。鮮やかな青白い閃光が俺の身体を染め上げていった。

 

 すまない…博士…

 ごめん兄さん…(かたき)を取れなくて―――

 

 その時、一発のビンタの音が廃墟と化した町に響き渡った。

 

「蚊………うぜぇ」

 

「!!!」

 おそらく蚊女も自分の身に何が起こったのか分からなかっただろう。

 それぐらい、鮮やかにハゲた男のビンタは蚊女にきまっていた。いや、ビンタなんてもんじゃない、ハゲの掌が触れた途端、蚊女はビルに弾き飛ばされ、爆散した。

 サイボーグの俺でさえ目視出来ない、あの速さで飛ぶ蚊女を狙って平手打ち、しかも爆散?!あり得ない!

 ショックのあまり、俺のコアの暴走は解除されていた。

 

 平然と手の汚れを払うハゲた男。細マッチョ体系で筋肉は引き締まっているが、見た目だけではそんなにパワーがあるようには見えない。いや、でもおれの焼却砲で傷を負わないのだから、彼もサイボーグなのか?

 

 知りたい。彼の強さの秘密を知りたい。

 俺の強さはもう限界にきている。今回の事でも分かった。このままでは俺はみんなの(かたき)をとれない。

 

「待ってくれ、俺は単独で正義活動をしているサイボーグ。ジェノスという者だ!ぜひ名前を教えてほしい」

 俺は意を決して男に声をかけた。クセーノ博士以外、俺から話しかけるなんて滅多にしない。

「え サイタマだけど? お前…大丈夫か?身体千切れてケツが前向いてんぞ。救急車呼ぼうか?」

 男は心配そうに倒れた俺に近付いてきた。でも全裸。俺が焼いてしまった訳だが。見てはいけないと思いつつ、無駄のない綺麗な大胸筋や腹直筋に目が行ってしまう。俺より細い。それに、ヒューマノイドボディだ。これでサイボーグなら、合成皮脂や合成筋肉はクセーノ博士より優れているかも。

 

「大丈夫です。病院では治せないので。携帯で連絡すれば迎えが…あれ?」

 携帯電話がズボンの後ろポッケにない。不味い。落したか?

「携帯ないの?あ、これか?」

 サイタマと名乗った男は、周りをきょろきょろ見回し、見つけたらしい携帯を持って近付いてきた。

 あぁ、でも全裸。全裸でそのポジションに座るのは止めていただきたい。俺だって、父さんと兄さん以外見たことがないのに。

「ありがとうございます。」

 俺は取り敢えず礼を言って、目線を逸らし、クセーノ博士に連絡をいれた。

「迎え、すぐくるって?」

「はい、一時間ほどでくるそうです。」

「一時間?その間に怪人きたらどうすんの?」

「大丈夫です。自爆という手がまだありますから―――」

「バカかお前。ちょっと待ってろ」

 サイタマさんは、俺が混乱してる間に何処かに走って行ってしまった。まぁ、今ここに誰かが来たら強制猥褻物陳列罪で警察に捕まってもおかしくない。ちょっと待ってろ言っていたからにはまた帰って来るかもしないし、こないかも知れないが…

 それにしても凄い強さだった。あの力を測る計算式がまるで思いつけない。

 

「おい、」

 何か冷たい物を額に押し付けられて我に返る。危ない危ない。損傷が激しくてスリープモードになっていたらしい。

「チューペット喰うか?」

 シンプルな服に着替えたサイタマさんが、顔をのぞき込んでくる。額に当てられていたのは、二つに分けて食べるサイダー味の氷菓子だった。

 懐かしい。学校帰り、兄さんとよく食べたっけ。何時もならそんな気にならないけど―――

「…頂きます。」

 気が付くと、おれは場所を日陰に移動され、瓦礫に背をつけて座らされていた。俺の体重は軽く大型バイク一台分はある。それをこの人は俺が気付かない位軽々とやってのけたのだろう。

 アイスの蓋を契り、残った手に握らせてくれる。契取った方のアイスを躊躇(ちゅうちょ)なく自分の口に入れるサイタマの姿に、何だか兄さんを思い出した。

「懐かしい。昔、よく学校帰りに妹と食べました… 」

 五年ぶりか?こんなものを食べるのは。恐る恐る口に運ぶ。

 サイタマもアイスをくわえたまま、俺の隣に腰を下ろした。

 

「そうか。喰ったら寝ててもいいぞ。迎えが来るまで見ててやる。どうせ今日はもう特売もないだろうからな」

 氷菓子の容器をくわえたサイタマの横顔は、どう見ても俺より強いようには思えなかった。

 この人の強さを知りたい。どうしても知りたい。

 

「弟子にしていただきたい」

「あ…うん」

 

 朝飲んだオイルのせいで、アイスはオイルの味がした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 




はじめまして、jack amanoです。ワンパンマンが好きすぎてとうとう二次作品まで読み出し、とうとう自分でも書いてみたくなって書いてしまいました。

初投稿です。よろしくお願いします。

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