始業のチャイムが鳴り、十三は扉へ目を向けた。
先生が出席簿を持って教室へ入ってくるのが見えた。
1限目は数学だと、後ろの席の奴が言っていた。
酷くこの時間が憂鬱に感じる。
十三は数学が嫌いだった。
これはこの世界に限ったことではなく、生前も数学を苦手としていたためだ。
しかしながら、彼が朝っぱらから憂鬱に浸っているのは数学のせいではなかった。
始業前の号令に紛れて、後ろの席の奴が十三の肩をつつく。
後ろの奴とは、おしゃべりで、買い食いと少しの校則違反が好きな、どこにでもいる男子生徒のことである。
「おい、知ってるか」
そんな台詞が後ろから聞こえてきたので、十三は彼から見えないように顔をしかめた。
知っているかと言われれば、知っている。
今週に入ってその話を幾度となく様々な生徒から聞かされたからだ。
『謎の多重能力者』というのが、その噂話につけられた名前だった。
聞けば、その人物は悪党をひたすらに叩きのめし、何も言わずに去っていく通り魔的存在であるらしい。
その能力はデータに残らないほど多彩であり、学園都市にいる全員の能力を所持しているとか。
真っ赤な嘘である。
『知ってるよ』と声を荒げるのは簡単だが、話し好きの級友の機嫌を損ねる意味もないので、十三は適当に興味のあるふりをしておいた。
が、話された内容は概ね把握している情報と同じだったので、十三は再び顔をしかめた。
生前もそうだったが、なぜ人はこうも噂話が好きなのだろうか、と十三は考えた。
しかもそれは大げさであればあるほどいいらしく、事実先程の話にも多くの尾ひれがついている。
呆れるより先に、恐れが立った。
噂が広がるということは、それだけ皆が興味を持つということだ。
となれば、いつ誰が十三自身に目をつけ、そのスタンド能力を看破するか分かったものではない。
もしそこから神の存在がばれれば死、神のことをぬきにしても、こんな物珍しい能力を持っていれば研究室送りは妥当だろう。
実験室送りにされるのはまっぴらごめんだった。
しかしながら、そんな消極的な思考とは矛盾して、十三のクライムファイターまがいの行動は増えていた。
銀行強盗のような明確な犯罪者を処理したのは先の一回だけだったが、恐喝やゆすり、暴行などの軽犯罪者は数回程処理していた。
初めの方はまだ恐怖で体が震えていたが、最近は落ち着いて対処できるようになった。
『できて当然』だと思うようになったのが、大きな要因だったのだろうと、彼は考えている。
とは言え、心に余裕ができると、考えることも多くなっていった。
人を殴ることに対して、幾らかためらいができはじめたのだ。
最初こそ無我夢中だったが、問答無用で殴りつけることに意味は無いように思う。
なので彼は最近なるだけ警告をし、相手に無茶な怪我をさせないように注意をしている。
が、まぁ、骨の一本や二本は折ってしまうのだが。
要するに、十三は自らの『もてはやされたい願望』と『力の責任』の折り合いをつけるのに必死なのだった。
後ろの奴の話が終わると、十三はふうんと気の抜けた返事を返した。
「噂じゃあさ、そいつにやられた奴らが仕返しをもくろんでるって話だぜ」
十三は、少し胃が縮こまるのを感じたが、表情をつくって級友に返した。
「そうか、それじゃあその何とかって奴もひとたまりもないな」
昼休憩になってから、同じ話をもう一度された十三は、昼休憩を寝て過ごすことに決めた。
ここまで同じ話をされると、もう誰かが自分に目星をつけているんではないかと錯覚する。
顔は何かで隠しているし、制服を着ていた訳でもないので、自分に対象を絞ることは難しいと分かっているのだが。
毎度のごとく十三は臆病な自分に嫌気がさし、自らの腕の中で自嘲気味に笑った。
十三はこの時間帯が好きだった。
昼食をとり、教室内がぼんやり暖かくなってくるこの時間帯では、そんなことも忘れて微睡むことができたからだ。
難しいことは忘れて、夢の世界へ緩やかに落ちていく感覚が、幸せで・・・。
「おい」
幸せで。
「おーい、十三ー」
「はいはいはいはい。なんでしょーか」
級友に体を揺すられ、むりやり現実に意識を戻される。
十三にとってそれは好物に泥をぶちまけられることに等しく、生来の温厚なキャラ付けを無視し不快感を露わにして立ち上がった。
起こした級友もまさかこんな事でこの友人が怒ると思ってなかったらしく、僅かに慌てている様子が見受けられた。
「俺じゃねーよ。ほら、呼んでっから」
級友が顎を向ける先に目を向けると、女子生徒が二人、扉の前に立っていた。
一人は長髪、一人は短い髪をしていて、どちらも見覚えのない女子生徒だった。
というか、一人はいいとして、短髪の方は一度見たら忘れるはずがないような見てくれをしていた。
十三はふん、と級友に向けて鼻を鳴らし、扉へ向かってわざとらしくずんずんと歩いていった。
「何か用?」
打って変わって、声や態度に苛立ちを混ぜないように気をつける十三。
彼は別にフェミニストではないが、実際には年下である女の子を怯えさせるのは彼の趣味ではない。
髪の短い子が、十三の問に反応する。
が、髪の短い女子生徒は大きなマスクをしており、そのせいか言葉が良く聞こえなかった。
十三が聞き返すより先に、髪の長い女子生徒が十三の手を掴んだ。
「ちょっとだけ、話、聞いてもらえない?」
手を引かれるままに、十三は廊下の隅に連れてこられる。
人気のないこんな場所で何をするんだと、十三の中で一瞬下卑た想像が浮かんだが、馬鹿かと自分でかき消した。
髪の長い少女が立ち止まり、十三に振り返った。
長い髪が揺れ、白い花の髪飾りが良く映える。
「『謎の多重能力者』って知ってる?」
またその話か!と十三は思わず声を上げそうになった。
が、必死でその言葉を飲み込み、代わりの言葉を紡ぐ。
「まぁ、話ぐらいならな」
そう言って目をそらした十三の鼻先に、携帯電話が突きつけられた。
画面には銀行を遠巻きに囲む警備員と、目の前を通り過ぎる短髪の男が表示されている。
十三は胃が以前にも増して縮こまるのを感じた。
撮られていたのか、なら最後に聞いたあの声もこの女子生徒のものだったのだろう。
しかし映像は解像度が悪く、これだけで十三本人だと断定はできなかった。
十三は震える手先をポケットに突っ込み、できるだけ平静を装って答えた。
「これは?」
十三が聞くと、長髪の少女は得意げな顔で胸を張った。
「いやー偶然撮っちゃったんだよね。で、検索かけたら、ウチの学校に似てる人がいるなーってことになって」
ふむ、と十三は口を結んだ。
どうやらこの少女達は確信を持っているわけではないらしい。
カマをかけているにせよ単純な好奇心にせよ、ここでしらばっくれてまずいことはないだろう。
「悪いがね、身体検査でも無能力者って結果が出てるし、ヒーローって見てくれじゃあないだろ?」
「データに残らない能力なんだって話もあるよ」
「そりゃあいいな。でもよ、俺がそいつだとしたらそんな能力を隠しておくつもりはないね。めちゃくちゃ自慢するね」
「んー、それもそうかあ。ちぇっ、残念」
少女はあからさまに落胆した顔をした。
何だか子供の夢を壊したような気がして、十三の心が少し痛む。
と、そこで昼休みが終わる合図であるチャイムが校内に響いた。
短髪の少女が長髪の少女の袖を引く。
「ほら佐天さん、もう行きましょう」
「はーい」
くるっと振り返る彼女らの背中が小さく見えて、幼少の頃より培ってきた面倒見だとか保護心だとかそういったものが、十三の中で悲鳴を上げた。
いや、別に裏切ったわけではないし、十三は特に彼女らに実害をもたらしたわけではない。
だがまあ黙っておくことと同じぐらい、彼女らに希望を持たせることも悪くはないだろう。
かの有名な蜘蛛男だって、病床の男の子の前ではマスクを外したくらいだし。
「なあ、おい。ちょっと」
十三が声をかけると、女生徒二人が振り向く。
「いや、あれだ。ほら、探すんなら、人数が多い方がいいだろ?」
「?」
彼女たちは回りくどい言葉の真意を理解していないらしい。
きょとんとした顔をしていた。
「その動画だよ。俺にもくれたら、ウチのクラスでも興味出る奴もいるかもじゃん」
女生徒二人は、まだきょとんとした顔をしていた。
しまった、これだとナンパか何かをしているみたいだな、と十三は内心で舌打ちした。
そうしたところで、彼女らは顔を見合わせ、咲くような笑顔を見せた。
「マジ?手伝ってくれるの!?」
「まあ人捜しくらいならな。それに、都市伝説に迫るって感じがして面白いじゃん」
十三がそう言うと、長い髪の少女が嬉々として携帯を弄り始めた。
暫くしてから、十三の前に再びそれを突き出す。
ああ、アドレスかと気づき、十三も携帯を取り出し、操作を済ませて同じように差し出した。
空間を通じて情報が交換され、携帯の画面に完了を意味するメールアドレスが表示される。
「あとで動画添付して送るから、またね。いこ、初春」
初春と呼ばれた短髪の子の手を引いて、長髪の少女は小走りで行ってしまう。
先程よりは、幾らか大きな背中に見えた。
その背中に手を振りながら、十三はアドレスを携帯に記録した。
と、そこで十三は自分の間抜けさに気付く。
名前を聞いてないので、アドレス帳に何と登録すればいいのか分からなかったのだ。
「・・・適当に登録するか」
「登録はいいから、さっさと教室戻れよー」
その声に振り向くと、目の前に初老の教師が立っていることに気付く。
午後一番の授業の担当教諭だった。
授業中に眠っていればすぐ起こされる程度には、真面目な教師である。
十三は完全に寝そびれたことを嘆くばかりだった。
教室に帰ると、早速クラスメイトに冷やかされた。
ナンパ野郎だとかジゴロだとかそういう肩書きは十三には好ましい物ではなく、苦笑いで適当に乗っかるぐらいしか対応もできなかった。
しかし実際女子のメールアドレスを初対面で手に入れてしまった男の印象など、そんなもんだとは彼自身も思っていたが。
とにかくその評価は嫌々ながら納得済みで、彼が授業もそっちのけで考えているのは他の事だった。
それは今後自警活動をする時の注意である。
昼休憩にあの女生徒から見せられた動画は、既に彼の携帯に記憶されていた。
約束したとおりにクラスの皆に見せて回ったところ、概ね好評だったが、あの日に銀行に行っていた人は一人もいなかったらしい。
そのことをメールで送ると、彼女は文面越しにも分かる落胆を見せた。
因みに、メールを通じて送られてきたその際に、名前を聞いてなかった旨を伝えると、快く名前とクラスも教えてくれた。
ともかく佐天涙子というらしい彼女は、あの動画から当てずっぽうで十三に辿り着いたらしかった。
今でこそ実際に記録に残っているのはあの動画のみだが、今後ああいうものが残されないかと言うと、その可能性は薄いだろう。
つまりは単純に顔を隠す必要があるのではないかということである。
アメリカのヒーローよろしく全身タイツとは行かないまでも、マスク程度ならする必要はあるかもしれない。
今日あたりどこかの店で布でも買って、自分で裁縫しようかと十三は考えていた。
手っ取り早くマスクやお面を買わないのは、購入する行為自体から身元が割れそうだからである。
彼がここまで正体を秘匿するのに、一応は明確な理由はいくつかあった。
第一に神の存在を感付かれないためと、モルモット扱いをされないためである。
しかし後者は特に確証があるわけではなく、言うなればこの世界に対する猜疑心、彼の生来の捻くれた性格がもたらす暗鬼としての一面を持っていた。
それと、噂にも上がっていた報復のことである。
十三が処理した相手が彼にいい感情を持っている筈は無く、その復讐として正体を探すのは十分にあり得る話だからだ。
いかにザ・ワールドといえど、本体はただの人間である故に、不測の事態は起こりうると十三は考えていた。
十三は息を吐き、窓の外を眺めた。
外には連なる大きな建物と、遠巻きにぽつぽつとそびえ立つ巨大なビルが見える。
建物の隙間の暗がりから、誰かが睨んでいるような気がした。
学園都市にある廃工場は少ない。
大量生産と品質の折り合いをつけた生産的テクノロジーの塊である工場は、親会社の倒産と共に設備ごと他企業に吸収されるためである。
そのため、学園都市、こと第7学区で『廃工場』と言えば一種の合い言葉のようになっていた。
スキルアウトではなく、単なる不良のたまり場という意味である。
スキルアウトと呼ばれる一種の武装集団は、第7学区ではある人物によってまとまりを見せていた。
が、それに所属しないいわゆるチンピラ達が、こぞって何かをするための場所が、その廃工場だった。
廃工場の中は広く汚く、屋根に穴の開いている部分もあった。
どこぞの誰かが持ち込んだのだろう汚いソファーやテーブルが散乱しており、アウトローな雰囲気を醸し出していた。
工場内には人影が多数あった。
大柄だったり中肉中背だったり太っていたり痩せていたりとそのシルエットは多種多様だったが、彼らの目的は皆一様である。
その中で、古い革製のソファーに腰掛けた男が口を開いた。
「それが例の物か?」
話しかけられた人物は、工場の入り口に立っていた。
女であった。
糊のきいたスーツを着込み、清潔で整った姿は、この廃工場に全く似合わないものだった。
彼女の背後には、黒いバンが停まっていた。
「ええ、そう」
彼女はバンの背後を撫で、男達に答えた。
「注意事項は特に無いわ。強いて言うなら、なるだけ長時間使って欲しいことかしら」
「なんだっていい」
ソファーの男はそう吐き捨てて歯を剥き、怒りを露わにした。
この場にいない人間に対しての怒りである。
そして、工場内の何人かが同調するように身動ぎした。
「俺達はあの野郎にコケにされたんだ。その落とし前はつけさせなきゃなんねぇ」
「そう」
感情が満たされた声色に、スーツの女は一言で答えた。
酷く興味のなさげな声だった。
休日のその日、十三はいつもより早く目が覚めた。
もとから早い時間に目覚まし時計は設定してあるのだが、その日はそれの更に1時間ほど前に目が覚めたのだった。
起き出して背伸びをすると、枕元からパサリと音を立てて何かが落ちる。
見ると、白い麻布と茶色いロープ、それに太めの針と糸が袋詰めになって落ちている。
十三はそれらを少し眺めて、先日自分が百貨店で購入した物だと思い出した。
時刻は午前7時過ぎで、僅かな寒気で目が冴えてくる。
今日は予定があるが、出発するには早すぎる時間だし、二度寝する気も起きない。
ならいっそ今作業を済ませてしまおうと、十三はベッドから抜け出した。
物入れを開き、木製の箱を引っ張り出す。
中身は昔から使っている裁縫道具だった。
いつかの日に園長先生にもらった物だ。
十三にはあすなろ園で子供の世話をしている内に、園長先生の助けもあって磨かれた裁縫技術がある。
それがこんな形で活かされるとは、先生も思ってなかったことだろう。
部屋の電気をつけ、この住居で唯一のテーブルの前に座る。
テーブル上の電気スタンドを付けると、十三は裁縫道具もその上に置いた。
ベッド下に手を伸ばし、購入した品を引き寄せる。
結果から言うと、ものの10分で作業は終わった。
それもそうだろう、何しろ精密な動作とスピードが売りのスタンドが、彼には備わっているのだから。
出来上がったのは、ただの麻袋だった。
目や口の部分を薄く削り、呼吸や視界をなるだけ邪魔しないように作り上げた。
が、見てくれは酷く悪い。
言わば被る巾着袋だ。
装着して洗面台の鏡で確認したものの、死刑執行前の囚人にしか見えなかった。
これはヒーローじゃあないな、と十三は独り言ちた。
が、もとよりそんなつもりはなかったのだ、と自分に言い聞かせ、とりあえずはこの覆面で我慢することにした。
覆面を脱ぎ捨て、顔を洗うと、今まで以上に意識がはっきりした。
これなら今日の予定にも差し支えなさそうだ。
彼は二週間に一度程、心掛けている用事があった。
あすなろ園でのボランティアである。
彼からすれば里帰りなのだが、てきぱきと業務をこなし子供の世話をする姿は、どう見ても里帰りをしに来た子供ではない。
ゆっくりと団欒することも無いが、十三はこのボランティアがとても好きだった。
本当なら毎週のように休日中来たいものだったが、園長先生には二週に一度程度に止められている。
十三に学校でのつきあいを大切にして欲しいのと、それと彼の勉学が心配だったらしい。
十三も後者にはぐうの音も出ず、こうして大人しく従っているのである。
彼にとって園はこの世界における唯一の寄る辺であり、また帰る家であるための依存だったのだが。
ともかく、たまの里帰りを良きものにするべく、十三は準備を始めた。
小振りな鞄を壁から引っぺがし、慣れた手つきで荷物を放り込んでいく。
と、しばらくして彼の手が止まった。
脱ぎ捨てられた麻袋に、視線が向いたせいだった。
これは持って行った方がいいだろうか。
十三は少し迷ったが、道中何もないとは限らないと考えたのでとりあえずはと同じように鞄に放り込んだ。
時計を見ると、時間は7時30を回ったところだった。
出るにはまだ少し早い時間だと思ったが、そもそも別に早く着いても問題は無いはずだと、十三は考えた。
先生はそんなことを気にする人ではないからだ。
寮から園に行くには、電車に乗って行かなくてはならなかった。
容易に行ける距離ではない微妙な距離がもどかしかったが、十三には苦になるほどでもなかった。
電車の中から見える景色は、その間に緩やかに変化する。
商業地区から工業地区、いかにも未来都市といった外観の学区を通り抜け、視界に小学校や幼稚園が多くなると、13学区に入ったことが分かるのだ。
13学区の駅で降りて、十三は携帯電話をちらと見る。
時刻は9時を回ったところだった。
15分ほど駅から歩くと、その建物は見えた。
園は2年ほど前に改修され、十三が入園した時より大きく清潔になっていたが、どことなく可愛らしい雰囲気はそのままだった。
園の外には柵に囲まれたプレイスペースがあり、様々な遊具が立ち並んでいた。
今日彼の目についたのは、カラフルなジャングルジムだった。
色こそ塗り直されているものの、そのものは以前のままだった。
昔ザ・ワールドでへし折ってしまった部分は、修理されていたけれど。
遊具で遊ぶ子どもたちの姿はまだない。
日が照って暖かくなるまでは、確か朝礼を園内で行っていたはずだからだ。
代わりに、地面を平している背の高い男性がいた。
緑色のエプロンをしてしゃがみ込み、小石をせっせと拾っているからには、彼もボランティアなのだろう。
「ボランティアの方ですか?」
十三が話しかけると、男性ははっとして彼の方を向いた。
「そうだけど、君は?」
「俺も、同じですよ」
「うわ、今日は十三の日か!」
十三が言い終わったところで、園から小さな影が飛び出してくる。
その影は帽子を逆に被った男の子で、十三の腹部に肉声の効果音と共に突進してきた。
十三のよく知った子供で、その元気さも知っている。
思わず十三の口からうめき声が漏れた。
その子に次いで園からは次々に子供達が駆け出してくる。
いつもより早い時間なのは、このボランティアの男性のおかげなのだろうと、十三は考えた。
やがて十三の周りに子供達は集まり、彼の手を引いたり体によじ登ったりした。
「鬼ごっこしよーぜ!十三鬼な!」
「えー、ドッジボールがいいな。十三をみんなでねらうんだ!」
「いい度胸だなお前ら。なら足腰立たなくなるくらい遊んでやるよ」
十三は背中にしがみついていた男の子を引っぺがして、ジャングルジムに引っかける。
彼がわざとらしく怒って手足を振り回すと、子供達は笑ってちりぢりに逃げ出した。
その様子を見て、ボランティアの男性はくすりと笑った。
「君が、十三君か」
「あ、聞いてるんですか」
「うん。子供達や、園長先生からもね」
その言葉を聞いて、十三の顔が僅かに綻ぶ。
「あれ?ってことは、今日初めてじゃないんですね」
「そうだね。君に会うのは初めてだけど、以前からここには数回来させてもらっているよ」
素直に、十三はありがたいと思った。
昔からこの園は園長先生ひとりで切り盛りしていた節があったからだ。
ボランティアの数も限られている現状、彼のような男性は非常に助かる。
十三は笑顔で、彼に手を差し出した。
「じゃあ、改めまして。十三です、よろしくお願いします」
「うん。僕は大圄。よろしく、十三君」
そう自称して、大吾は十三の手に応えた。
後ろで子供の呼ぶ声がする。
挨拶も程々に、十三は振り返って『業務』に戻ろうとした。
するとそこで、ズボンのポケットに入れた携帯電話が震える。
駆け寄ってきた子供が、彼女か、なんてはやし立ててきた。
それを適当にあしらい、携帯を開くと、メールが一件届いているのが分かった。
差出人の欄には『佐天涙子』と書かれていた。
しかし、内容は十三の知る彼女の物ではなかった。
件名:多重能力者へ
内容:廃工場に来い
一般人はこのメールをできるだけ多くの人間に見せろ
警備員や風紀委員が来れば人質は殺す
添付された写真には、襟首を掴まれ首筋にナイフを突きつけられた、怯えた表情の人が数人並んでいた。
男女様々な外見の人だったが、年齢は皆学生程度だった。
そしてその写真の中には、見知った顔の少女がいた。
十三は血の気が引くのをはっきり感じた。