ポケの細道   作:柴猫侍

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第八十八話 笑顔が可愛いって素敵

 

 ドンカラス。

 【あく】・【ひこう】タイプで、ヤミカラスの進化形。黒々とした羽毛は、まさに首領(ドン)を思わせるかのように膨らみがあり、見る者に威厳を感じさせる。

 その相手に対し、何を繰り出そうかと思案を巡らせるライト。

 コルニとの特訓の時からずっと出ているジュカインは、生憎ドンカラスとの相性が悪い。ここは素直に交代を行った方がいい筈。

 

(でも、もしも【ひこう】タイプとバトルする時に、ジュカインしか手持ちが残ってなかったら……)

 

 やや時期尚早かもしれないが、ポケモンリーグでの事を考えれば、苦手な相手に対してのバトルの経験を積んでおかなければならないという考えが、ライトの頭に浮かんだ。

 絶対に勝てない訳ではない。問題はどう立ち回るかだ。

 

「ジュカイン。相手の動きをよく見て、できるだけ避ける方向で……イケる?」

 

 どういった風に立ち回るのかを簡潔の伝え、今や今やと自分の番を待ちわびていたジュカインに微笑みを見せる。

 始めの頃のオドオドした様子が嘘のようだ。

 だが、この意気込みであればあのドンカラスにも―――。

 

「準備オッケーです!」

「おう、そうかい。じゃあ、そっちから仕掛けていいよ」

「そうですか? よし……」

 

 先攻を譲るクチナシ。それに素直に従うライトは、ジッと自分の瞳を見つめてくれていたジュカインに一度頷き、腕を前に突きだす。

 

「―――“りゅうのはどう”!!」

 

 直後、反動に備えて四つん這いになったジュカイン。同時に、次々と点灯していく背中のタネ。

 それらが輝きを強めた瞬間、ジュカインの口腔から竜の形を波動が発射され、地面にドンと構えているドンカラスへと爬行していった。

 

「お~、こりゃ派手だね。“こごえるかぜ”」

 

 バトルコートに満ちる水を跳ねあげながら進む“りゅうのはどう。それに対してドンカラスは、悠々と毛繕いするのを止めて、大きく翼を一度だけ羽ばたかせる。

 次の瞬間、羽ばたきによって噴き上がった水の壁が、ドンカラスの繰り出した“こごえるかぜ”によって凍結した。

 一瞬の内に出来上がった氷の壁。それはすぐ目の前にまで迫っていた“りゅうのはどう”を受け止める。

 

「いっ……!?」

 

 その光景に驚きの表情を隠せないライト。

 それもそうだ。バトルコートに満ちている水など、足の甲が浸る程度の量。それを巻き上げて凍らせた所で、出来上がる氷壁の厚さなどたかが知れている。

 しかし現実は違った。

 氷壁とぶつかる“りゅうのはどう”。それらは一瞬の拮抗の後に爆発し、氷の結晶を周囲にまき散らしながら相殺した。

 

 噴き上がる水柱は、ドンカラスが居た場所よりも前。

 つまり、ドンカラスには命中していないことを意味する。

 

(どこだ……!?)

 

 水と氷が宙に舞うことによって伴う光の乱反射は、ライトの視界を大いに妨げる。だが、ふと自分に掛かる影に気付き見上げれば、大きく黒々とした翼を羽ばたかせる影を捉える事ができた。

 

「上だ、ジュカイン! “きあいだま”!」

 

 ジュカインから斜め上。そこでこちらを見下すように羽ばたくドンカラスに向けて、ジュカインはすぐさま“きあいだま”の発射に取り掛かる。

 瞬く間に収束されていくエネルギー。橙色をした光弾は、ジュカインの両掌の間でドンドン大きくなっていく。

 

「“ブレイブバード”だ」

(正面から!?)

 

 今まさに発射されようとする“きあいだま”に対し、クチナシがドンカラスに出した指示は“ブレイブバード”。

 強力な【ひこう】タイプの物理技であるが、その分自分にも反動が降りかかる技である。

 

「正面から受けて立つよ、あんちゃん」

「むっ……!」

 

 あからさまな挑発。

 その言葉に少しだけ頬を膨らませるライトは、発射準備が終了したジュカインの様子を窺って小さく頷いた。

 

「ジュカァァアア!!」

 

 合図を確認したジュカインは、咆哮を上げながら両手を前に突きだして、“きあいだま”を青空に浮かぶ黒い点目がけて繰り出した。

 するとドンカラスは大きく体を捩じり始め、ある程度回転し始めた頃を見計らって“きあいだま”に突撃する。

 まるで弾丸のように黒い点となって落ちてくるドンカラス。

 

 そのようなドンカラスの行く手を阻むのは、自分の体よりも大きいエネルギーの塊だ。

 余程パワーが無ければ突破することはできない。そう、余程――――。

 

「ッ!?」

 

 ジュカインの瞳が大きく見開かれる。彼の瞳に映っていたのは、“きあいだま”の中心を貫き、自分の懐へと一直線に向かって来るドンカラス。

 “きあいだま”を放った反動で一瞬の硬直に陥っていた―――それだけではなく、自分の技をいとも容易く突破されたことに対しての驚愕で動けないジュカインに、ドンカラスの“ブレイブバード”が直撃する。

 鈍い音が一瞬響けば、ジュカインの体は一度大きく飛び跳ね、宙で錐もみ回転しながら水が張られているバトルコートへと着水した。

 

「ジュ、カイン……!?」

拳銃(チャカ)と一緒さ。弾道を安定させるにも、突破力を付けるにも回転が大事って事よ。ほら、戦闘不能だ。ボールに戻してやりな」

「っ……」

 

 グッタリとして動かないジュカイン。戦闘不能であることは一目瞭然だ。

 苦渋に満ちた顔でジュカインをボールに戻すライトは、大きくとんぼ返りしてクチナシの前へと舞い戻るドンカラスを一瞥する。

 

(強い……!)

 

 たった二撃で理解した。

 あのドンカラスは―――否、クチナシは強い。考えてみればそうだ。国際警察という世界を股に掛ける組織で働いているのだから、トレーナーとしての実力も相当であることは容易く想像できたはずだ。ライコウなどという伝説のポケモンを所有しているトレーナーを部下にしているのなら、尚更であるかもしれない。

 

(っていうか、勝たせてくれる気が全然ない……)

 

 今の一連の流れを見る限り、どうやらクチナシは自分を勝たせる気など毛頭ないらしい。確かに全力で戦ってくれた方がライトとして嬉しいことは事実だが、余りにも一方的に敗北すれば手持ちの士気に関わる。

 只でさえ、最後のジム戦が近付いてデリケートな時期に、それは避けたいところでもあった。

 

(まあ、そうさせないのが(トレーナー)の役目であって)

「どうしたあんちゃん。次のポケモン出さねえのかい? それとも、もう止めるかい?」

「まさか……リザードン!」

「おっ、リザードンかい」

 

 クチナシの挑発に対し強がった笑みを見せながらライトが繰り出したのはリザードン。若々しく猛々しい炎を思わせる火竜の姿に、故郷のライドポケモンを思い出したクチナシは『おぉ』と感嘆の息を漏らす。

 【ひこう】ポケモンには【ひこう】ポケモンを、といった考えで出したのだろう。

 

「いいね。そういう素直な判断も大事だと思うよ」

「……馬鹿にしてます?」

「いんや。そこまで厭味ったらしいつもりはないよ」

「そうですか。じゃあ……」

「?」

 

 徐に左手を空に翳すライト。その挙動に訝しげな表情を浮かべるクチナシであったが、ライトがメガリングのキーストーンに触れると同時に、その顔は驚愕の色に染まる。

 

「光と結べ、メガシンカ!」

「グォォォオオオッ!!!」

「なんだいなんだい、こりゃあ?」

 

 キーストーンとメガストーンから放たれるX状の光が結べば、みるみるうちにリザードンの姿が変貌していく。

 数秒もすればリザードンはメガシンカを果たし、

 

「―――これが、メガリザードンです」

「……初めて見てびっくりしたよ。虚仮威(こけおど)しって訳でもなさそうだ」

「強いて言えば……パワーアップです!」

「結構まんまだな」

「はい!」

 

 メガシンカを初めて見たクチナシに、具体的にどういった現象であるかを説明しようとしたライト。

 だが、話せば長くなると考えてはぐらかす。

 勿論そこには、出来るだけ相手に情報を渡したくないという心理が働いたということもあったのだが、結果的にパワーアップであるということは伝わってしまった。

 問題なのは、どの程度パワーアップしたのかだが―――。

 

「まあ、様子見といこうか」

「リザードン、“だいもんじ”!」

 

 再び凍てつくような冷たい風を吹きつけてくるドンカラス。それに対しリザードンは文字通り大の形をした蒼い爆炎を解き放ち、前方から迫りよる“こごえるかぜ”を迎え撃つ。

 【こおり】タイプと【ほのお】タイプ。更に元の威力から、“こごえるかぜ”程度では“だいもんじ”を突破すどころか、相殺することも出来ない筈。

 だが、クチナシのドンカラスが繰り出した“こごえるかぜ”は、メガシンカしたリザードンの“だいもんじ”を相殺した。

 氷と炎。それらが、水の満ちているバトルコートで激突した後発生するのは、凄まじい量の白い水蒸気。

 先程とはまた別の方向で悪くなる視界に、ライトの顔は少しばかり歪む。

 

(また……でも!)

「“かみなりパンチ”を―――」

 

 指示を耳にしたリザードンの右拳に、バチリと青白い雷光が閃く。

 直後、白い水蒸気を突き破って突撃してくる黒い弾丸(ドンカラス)

 

「振り下ろせぇぇぇえええッ!!!」

「グォォォオオオッ!!!」

「ッガァ!!?」

 

 一直線に向かって来るドンカラスを叩き落とすかのように振り下ろされた“かみなりパンチ”。

 渾身の一撃は見事回転を掛けた“ブレイブバード”で突進してくるドンカラスを捉え、石畳のバトルコートへと叩き落とした。

 

 その光景を、ドンカラスが突き破った水蒸気の奥から眺めていたクチナシはといえば、

 

「……へっ」

 

 笑っていた。

 効果が抜群である【でんき】技を喰らったドンカラスは一たまりも無かったようであり、目をグルグルと回してバトルコートで伸びている。

 それを見たクチナシはゆったりとした挙動でドンカラスをボールに戻し、待機していたワルビアルとアイコンタクトを取った。

 

(次は……ワルビアルか)

 

―――カタカタッ

 

 ふと揺れる一つのボール。

 だがライトは、そのポケモンではワルビアルの相手はできないのではないかという考えが頭に過り、そのままボールの揺れを無視した。

 

「ビャウッ!」

「ひょっ!?」

 

 ワルビアルがコートに出てきたと同時に顎に手を当てて考え込もうとするライトであったが、ワルビアルの威嚇のような鳴き声に頓狂な声を上げてしまう。

 一方リザードンはというと、出てきたワルビアルの“いかく”によって少々動揺している顔を浮かべていた。

 

「ほら、先攻いいぞ」

「っ……リザードン、“だいもんじ”!」

 

 クチナシの声で我に返ったライトは、すぐさま“だいもんじ”を指示する。

 “いかく”で【こうげき】を一段階下げられた今、物理攻撃はさほど相手にダメージを与えられないだろうという判断の下だ。

 しかし、水上を奔る蒼い爆炎は、石畳を突き破って飛び出してきた“ストーンエッジ”に阻まれ、ワルビアルに命中することはなかった。

 

(さっきのドンカラスの“こごえるかぜ”もそうだけど……指示も出されないで動くなんて!)

「ふぅ~……どっこらしょ」

「えっ……ちょ!?」

 

 ライトがワルビアルの動きに歯噛みしていると、徐にクチナシはその場で胡坐をかき始めた。

 バトル中に座り込むなど、余程舐められているのではないか。

 その考えが一瞬頭を過ったライトは思わず一歩前に歩み出すが、バトルコートで激しい攻防を繰り広げる二体を目の前に、指示の方が先だと“ドラゴンクロー”を指示する。

 指示を出されなくても動くワルビアル。

 そして、メガシンカして尚且つトレーナーの指示を仰ぐリザードン。

 どちらがバトルを優位に進めているのかと問われれば、前者(ワルビアル)なのだから、ライトにしてもリザードンにしても堪ったものではない。

 

「……はぁ。中の下ってトコだな。あんちゃんのバトルの腕」

「ちゅっ……うの下!?」

「ああ。アレだろ? ポケモンリーグって予選もあんだろ? あんちゃんの腕だと、予選突破できれば上々ってトコだろ」

 

 容赦ないクチナシの評価。

 同時に、バトルコートの中央で二体のポケモンが両手を組んで、ピタリと動かなくなる。勿論、両者共にかなりの力を込めており、二体の立っている場所の水面から小刻みに波紋が広がっていく。

 先程の熾烈な攻防とは打って変わっての膠着状態。

 ちょうどいいとばかりにクチナシは、膝の上に肘をつくようにして頬杖をつきながら、充血しているかのように真っ赤な瞳を狼狽えているライトに向ける。

 

「この地方のポケモンリーグ出場者がどんくらい強いのかってのは知らねえが……あんちゃんはよぉ、心構えが駄目だ」

「心構え……ですか?」

「おうよ。俺が座った時、『舐められてるんじゃねえか』なんて思ったんじゃねえのか?」

「それは……!」

「駄目だねぇ。バトルしてんなら、バトルに集中しなきゃよ。チャンピオンみたいに強者でもないんだからよ」

 

 バゴンッ!

 直後、リザードンがワルビアルに押されて後方にのけ反ろうとしたが、寸での所で石畳を踏み砕き、何とか踵の部分にストッパーを作る。

 

「あんちゃん、なんでポケモンリーグに出場するんだ?」

「ッ……優勝して、ポケモンと……皆と一緒にチャンピオンに―――」

「それは、恥じらうことなく他人に宣言できることかい?」

「はっ……?」

「大声で他人に宣言できないような夢なんて叶わないのが大抵だ。あんちゃんは、その夢を全力で丘の上から叫ぶくらいのことはできるかってことよ」

(えっ? だって僕……この旅だって……)

 

 畳み掛けるような言葉に少しばかり錯乱してしまうライト。

 まるで、今迄のカロスの旅の目的を問い直すかのような質問だ。

 

「中途半端な覚悟でやるくらいなら、もう一度鍛え直して来年挑戦することを勧めるよ。そっちの方が良い」

「そ、そんなこと!」

「おじさんは、半端に夢を追いかけた挙句、途中でへばってやさぐれた連中を何人も見てる」

「僕はそんなやさぐれるつもりなんてありません!」

「そうかい。終わった後にそう言えたらいいんだけどねぇ」

「うっ……!」

 

 思わず息が詰まる。

 

(なんで、だろう……?)

 

 弱気になってしまう。

 背中に圧し掛かる重圧に圧し潰れそうになってしまう。

 この重圧の正体は一体なんなのか。

 

(急に不安になって……心臓が締め付けられたみたいに……!)

 

 例え途中で負けてしまっても、『次があるよ』と笑って手持ちのポケモン達に笑いかけてあげられる余裕はあったはずだ。

 それなのに、いざ言葉として目の前に突き付けられてみたら、負けて泣いている自分一人の姿しか頭に思い浮かべられなくなる。

 

(どうして―――)

「ライトのバカァ―――――ッ!!!!!」

「いっ!?」

 

 バッと振り返るライト。

 ほぼ反射的に振り返った少年の視線の先に居るのは、オニゴーリのような形相で仁王立ちしているコルニだった。

 

「なに色々言われて弱気になってるのさ!! っていうかアタシは、ライトがチャンピオンになりたいから、アタシもその特訓に付き合ってあげようって毎日バトルしてるんじゃん!!」

「そ、それはコルニがジムリーダーになる為の特訓でもあって……」

「そうだもん!! だから本気で付き合ってあげてるのに、そんなさぁ……ライトが本気でチャンピオンになりたいって思ってないとか……本気でやってるアタシがバカみたいじゃん!!」

「っ!」

「根性見せろォ―――!!! バカライトォ―――ッ!!!」

 

 レンリタウン全域に響き渡るのではないかと思う程の声量で叫ぶコルニに、クチナシは『元気がいい嬢ちゃんだな』とニヒルな笑みを浮かべて呟く。

 一方ライトはというと―――。

 

 

 

 ***

 

 

 

 ……そっか。

 そうだよね。僕だけの夢だったら、多分ここまでプレッシャーなんてないんだろうけど、違うもんね。

 皆の夢、だから。

 コルニとの。

 姉さんとの。

 レッドさんとの。

 ハッサム、リザードン、ヒンバス、ブラッキー、ジュカイン、ギャラドス……ハクリューとロトムは分からないけど、ポケモンの皆との。

 あと―――

 

 

 

『頑張ってね』

 

 

 

 カノンとの。

 僕だけの夢じゃないから、重く感じてしまうのかもしれない。

 でも、それは多分違うよね。僕だけの夢じゃないだけであって、僕だけが頑張る夢じゃないんだ。

 皆で頑張る夢だから。

 だからここまで足並み揃えてこれたんだ。

 ポケモン達が居てくれたから、今迄無意識に本気でやって来れた。僕の言葉を信じて付いて来てくれた。

 その結晶がジムバッジなんだ。

 その集大成がチャンピオン―――殿堂入りなんだ。

 まだ途中なんだ。

 

 僕の夢はまだ途中なんだから、立ち止まってなんかいられない。

 我武者羅に。

 でも、歩みは一緒に。

 

 ……ごめん。

 歩みは一緒のつもりの筈だと思ってたんだけど、君だけを置いてったかもしれない。

 でも、安心して。

 すぐに……迎えにいくから。

 

 

 

 ***

 

 

 

「戻って休んで、リザードン」

「ん?」

 

 徐に振り返ってリザードンをボールに戻すライト。突然組み合う相手を失ったワルビアルはよろめくも、すぐさま体勢を立て直す。

 

「ありがと、コルニ」

「ふぇ?」

「僕……コルニみたいな友達が居て、ホンットに良かったと思うよ!」

「そ……そう?」

 

 突然満面の笑みで褒めてくるライトに、思わずコルニは頬を赤らめる。思えば、こうして面と向かって褒められたことなど旅の途中ではなかった。

 どこか新鮮な気分と同時に愉悦、最後に羞恥心を感じたコルニは、頬をポリポリと掻きながら『どういたしまして……』と尻すぼみな答えを返す。

 そして次にライトが視線を向けたのはクチナシだ。

 

「クチナシさん、ありがとうございます! やっぱり僕の夢ってチャンピオンです!!」

「おー、元気がいいね」

「だから、僕達の今のゼンリョクでクチナシさんと戦います!」

「そりゃ、楽しみだ」

 

 先程とは打って変わって清々しい顔で宣言するライト。

 心の中で『吹っ切れたか』と呟くクチナシは、ライトがやさぐれる性質の人間でないことをはっきりと理解し、ライトが手を掛けたボールに目を遣った。

 

(何を出すのかな、っと)

「よーし……ヒンバス!!」

「……おお」

 

 繰り出されたのは、予想とは百八十度違う貧相な魚ポケモン。

 勿論、見た目が貧弱そうでも実際強いポケモンなどごまんといる。だが、クチナシは繰り出されたポケモンの正体を知っているからこそ、何とも言えない声を漏らさずにはいられなかった。

 水の張ったバトルコートに、前ヒレで上手く体を起こしたままで佇むヒンバス。

 ポロックを食べて美しさのコンディションがかなり上がったとはいえ、素人目には解らない変化だ。

 

 その素人に該当するクチナシが狼狽えていると、どこか寂しげな顔を浮かべているヒンバスに、ライトは膝立ちになって近寄った。

 するとポンッと優しく、そして力強くヒンバスの頭に手を置く。

 

「……ごめんね、ヒンバス」

「?」

「大好きクラブの会長からヒンバスが進化するって聞いてから、僕は心の中で『ヒンバスをバトルに出すのは進化してからでいい』って思ってたんだ。それが、ヒンバスを必要以上に傷付けなく済むって思って……でも、ヒンバスは違ったんだよね?」

「……ミ」

「他の皆だけ駆り出されて、自分だけいつもボールの中なんて……自分が信頼されてないみたいで辛かったでしょ?」

 

 ヒンバスの顔を見つめながら話すライト。

 しかし、ヒンバスは一向に顔を合わせようとはしない。だが、それは無理も無い話かもしれないと、ライトはそのまま話を続けていく。

 

「……初めて会った時に、サイコソーダを飲ませてあげたよね。あの時のヒンバスの笑顔、とってもかわいかった」

「……ミ?」

「ホントだよ。その後さ、ギャラドスがヒンバスを驚かせちゃって……ふふっ。でも、だからなのかな。あの後、またヒンバスに会いたいって思ったの」

「ッ!」

「捕まえた理由は……結構適当かもしれない。半分責任感みたいな? でも、旅に連れ出したのは責任感とかそんなんじゃない。ホンット、聞いて呆れちゃうかもしれないけど、ごめんね―――」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ただ、君や他の皆と一緒にチャンピオンになってる光景を夢に見た。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 だから、『キミに決めた』。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 今更だけど……こんな僕に付いて来てくれる?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ***

 

 

 

 不安だった。

 苦しかった。

 何時か、ジュカインがキモリだった頃のように、弱いという理由で捨てられるかもしれないと。

 でも、貴方は優しいからそんなことはしないって分かっていた。

 だから、苦しかった。

 その優しさが辛かった。

 

 だから私は、他の皆にも負けない力が欲しいって思っていた……でも、今分かった。

 

 欲しかったのは、その言葉。

 

 その一言の為だけに、私は……。

 

 でも、良かった。

 貴方に付いて来て。

 貴方の―――パートナーになれて。

 

 

 

 ***

 

 

 

 頭に乗せていた手を、徐に頬の方へと撫で下ろす。その時、自分の掌に熱い雫が触れるのをライトがしっかりと感じた。

 その時だった。

 

―――神秘の光がヒンバスの体を包み込み始めたのは。

 

 言葉を失う周りの者達。それは主であるライトもだ。

 頬に添えた手が、次第に高い位置へと動いていく。それは魚の形をしたフォルムが、次第に細く長い竜のようなフォルムへと変わっていくからであった。

 膝を石畳から離し、半ば背伸びするかのような状態まで動いたライトの目の前に佇む影。

 それは光を弾けると同時に、完全に姿を露見した。

 

「わぁ……」

 

 しかし、光が弾けても尚、目の前のポケモンから放たれる輝きは衰えない。

 空から燦々と降り注ぐ太陽の光。それが水面に反射された光。二方向から放たれる光をその体目一杯に浴びるポケモンは、凛とした瞳を主人に向ける。

 ルビーのように紅い瞳。水に浸る尾にもルビーのような紅色とサファイヤのような青色の鱗が輝いている。

 

「……綺麗なもんだなぁ」

 

 ライトをジッと見つめるポケモンを視界に映すクチナシは、故郷で何度か見たことのあるポケモンを目の当たりにし、何時ものニヒルな笑みもどこか鋭さを失う。

 まるでこの場だけが時間がゆっくりと進んでいるのではないかという空間。

 しかしそこへ、良いタイミングでロトム入りの図鑑が起動した。

 

『ミロカロス。いつくしみポケモン。最も美しいポケモンと言われている。怒りや憎しみの心を癒して争いを鎮める力を持っている』

「ミロ……カロス?」

「ミ~♪」

「は、ははっ! そっか……水族館で見た図鑑のポケモンは……君だったんだね」

 

 笑顔で頬ずりしてくるミロカロス。進化して自分よりも何回りも大きくなってしまった体のミロカロスの頬ずりに少し戸惑いながらも、精一杯の甘えを見せてくる彼女の頭を撫でる。

 

「さ、てと……あんちゃん達が両想いになったところで、バトルを再開といこうか」

「両想い?」

「おう。そのポケモンは、あんちゃんの為に頑張りたいんじゃねえのか? あんちゃんも、そのポケモンを活躍させてあげたいんじゃねえのか?」

「……やれる? ヒン……じゃなかった、ミロカロス」

「ミ!」

 

 力強い頷き。

 ならば、後の問いは必要ない。

 

 

 

 

 

「よし……ミロカロス、キミに決めた!!!」

 

 

 

 

 

 ***

 

 

 

「それで、夕方近くまでバトルを?」

「おう。中々楽しかったぜ」

「はぁ~……一応捜査で来ているのをお忘れになってるんじゃないんですか?」

「……まあ、アレだ。ブランクを取り戻すためのウォーミングアップってところだよ」

 

 西の空に陽が落ちて、あちこちでヤミカラスが鳴く時間帯。

 病院のベッドの上で体を起こすリラに、一応の弁明を口にするクチナシ。

 らしくもない上司の姿を見たリラは毒気を抜かれ、クスクスと微笑んで見せた。

 

「……うふふっ、まあ仕方ないと思います」

「おう? なんでだ?」

「だって……ポケモンバトルって楽しいじゃないですか」

「……そうだな」

 

 窓辺に寄りかかるクチナシは、ジッと夕日を眺める。

 

 

 

「……ま、録画ぐらいはしとくか」

 

 

―――今年のポケモンリーグの。

 


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