ポケの細道   作:柴猫侍

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第七十三話 勝者は臆病者

 

 

 

 

 

 ズリズリ……。

 

 メガシンカを果たしたリザードン。所謂、メガリザードンXは腕に絡みついたニンフィアの触覚を握りしめ、力尽くで引き寄せようと試みていた。

 メガシンカによって飛躍的に上昇した膂力を以て、どんどんニンフィアを己の下へと引き寄せていく。

 

「あらまあ、もうメガシンカを使うん? 随分強そうな見た目やなぁ」

 

 ギシギシと軋む音が鳴り響く中、袖で口元を隠して強張った顔のままのライトに声を掛けるマーシュ。

 一方ライトは、ぶっつけ本番でメガシンカできたという事実に、少しだけホッと胸をなで下ろしていた。

 

 コルニの大雑把な説明でやってみたものの、確かにこれは口で説明されるよりも実際にやってみなれば分からない。

 左腕から伝わる鼓動、若しくは血の流れとでも言おうか。

 全身が火照るようなこの感覚。

 

(滾ってる……!)

 

 ニッと口角を吊り上げ、触覚を引っ張り続けるリザードンに笑みを向ける。

 

「リザードン、そのままいっけぇ―――ッ!!」

「させまへん! “ムーンフォース”や、ニンフィア!」

 

 ここ一番でグッと力を込めて手繰り寄せようとするリザードンに対し、再び攻撃を仕掛けようとするニンフィアは、頭上に一つの光弾を収束する。

 【フェアリー】タイプの技の中でも高威力な特殊技―――“ムーンフォース”。本来、【ドラゴン】タイプには効果が抜群な技だ。だが、メガシンカを果たして【ひこう】が【ドラゴン】へと変化したリザードンも、【ほのお】を有すことに依然変化はない。

 【ほのお】に対して【フェアリー】技は効果がいまひとつ。

 つまり、“ムーンフォース”は今のリザードンに対して等倍だ。

 

 しかし、威力が高いことに変わりはない。

 だからこそ、

 

「リザードン! 真下に向けて“だいもんじ”!!」

 

 “ムーンフォース”が今まさに解き放たれようとした所で、真下に高威力の“だいもんじ”を繰り出すように指示するライト。

 普段であれば、PP切れでそう易々と無駄弾を放ちたくはない大技であるものの、ここで相手ではなく地面に放つ真意とは一体なんなのか。

 それは相手をしているマーシュのみならず、観戦している者達も同意であった。

 

 青い爆炎が口腔から解き放たれ、地面に爆炎が大の字に刻まれていく。同時に、ニンフィアが収束していた“ムーンフォース”も放たれるが、

 

「そのまま飛んで!!」

「なんやてっ!?」

 

 真下から吹き上げてくる爆風。リザードンが放った“だいもんじ”は、メガシンカしたことにより通常よりも何倍も高熱の炎であった。

 故に、炎に共通する上昇熱も強烈なものとなり、リザードンがフィールドの上へと羽ばたくための勢いを増したのである。

 広げられた翼に万遍なく吹き付ける爆風と上昇熱は、一気にリザードンの巨体を宙へ浮き上がらせ、同時に腕に触手を絡みつかせていたニンフィアも地から足が離れてしまう。

 

「面白いことしなはりますなぁ……せやけど、攻撃は終わったとちゃいます! そのまま撃ちなはれ!」

 

 警戒していた事態が起こってしまったことに大きな瞳を見開いていたマーシュであったが、すぐさまニンフィアに“ムーンフォース”を放つよう指示する。

 空中でふらつき、狙いは上手く定まらない。

 だが、相手は自分に比べて何回りも大きな巨体。幾ら照準が不安定な場所になろうとも、中央を捉えれば必然的に命中する確率は高くなる。

 

 そして、文字通り月の力を借りて収束された力の塊は―――。

 

「ッ!!」

 

 フィールドの上で必死に羽ばたくリザードンの腹部へと叩きこまれた。

 決して少なくないダメージを受けたリザードンを目の当たりにして浮かべる表情は、人それぞれだ。

 だが、彼のポケモンの主である少年は、

 

「……へへっ! リザードン!!」

 

 笑っていた。

 その表情に、マーシュは悪寒が背筋を過る感覚を覚える。

 するとその間に、腹部に“ムーンフォース”を喰らって、体を九の字に折り曲げていたリザードンがそのままクルリと回り始めた。

 まるで体操の競技の一つである『つり輪』のような動き。同時に、リザードンが有している雄々しい尻尾も振るわれる。

 

「“アイアンテール”ッ!!!」

「なっ!!」

 

 瞬間、ニンフィアを一気に引き上げたリザードンは、鋼のように硬くなった尻尾を叩きつけた。

 己の尻尾を鋼のように硬くして相手に叩き付ける【はがね】タイプの技である“アイアンテール”。

 そのモーションによる命中率と引き換えに、かなりの威力を誇るこの技こそ、ライトがクノエジム攻略の為にリザードンに技マシンで覚えさせた技だ。因みに商品名で言えば『技マシン23』である。

 

 メキメキと音を立ててニンフィアの顔面に振るわれた尻尾。【フェアリー】タイプに対して効果が抜群な技はまさしく必殺の威力を誇り、喰らったダメージに思わず先程までリザードンの腕に絡みつかせていた触覚を解いてしまう。

 するとどうなるか。

 凄まじい勢いで振るわれた尾を空中で喰らい、自分が空中に留まっている為に命綱を離したニンフィアの行く先は―――地面だ。

 

 

 

 ズドォン!!!

 

 

 

 土煙を上げて地面に叩き付けられたニンフィア。同時に漸く拘束が解かれたリザードンが地面にヒュルリと舞い降りる。

 紅く光る瞳をギラギラと光らせるその勇士はまさしく『竜』。メガシンカする前よりも刺々しい見た目になった姿のリザードンの後ろ姿は、少年の心を激しく躍らせる。

 轟々を燃え盛る青い炎は、まさしく彼らのバトルへの情熱を表す。

 

 そのような彼等を観戦しているコルニは、『ひゃっほー!』とテンションMAXで応援に徹しており、傍らに居るアッシュはカッと目を見開いたままリザードンを凝視していた。

 

(アイツ……メガシンカを……?)

 

 表情筋は動かないが、彼の瞳の奥底に映っているのは羨望や嫉妬が入り混じったかのような感情。

 まさか、自分のジム戦が始まる前にメガシンカを見る事ができようとは。

 

 アッシュがそう考えている間にも、天所付近まで巻き上がった土煙は徐々に晴れていき、地面で目をグルグルと回しながら倒れているニンフィアの姿が露わになる。

 

「ニンフィア、戦闘不能!」

「よっしゃ!!」

「グォオオ!!」

 

 ライトが左腕を掲げると、呼応するようにリザードンも左腕を掲げてみせる。まさに一心同体とでも言わんばかりの光景を目の当たりにしながら、マーシュはニンフィアをボールへと戻す。

 これで残りの手持ちは一体。対して挑戦者の手持ちは三体。細かに言うのであれば、体力満タンのジュプトル、【まひ】で痺れているハッサム、そしてメガシンカを果たしたリザードン。

 

「―――……ふふっ、ええなあ。これこそ逆境やわ」

 

 桃色の薄い唇を三日月状にしながら、徐に着物の帯へ手を伸ばすマーシュ。すると彼女は、帯にポツンと刺さっていた簪を一つ取り出した。

 そこで初めてライトは気付く。

 

(あれって……キーストーン?)

 

 メガストーンを有していることは本人が既に口にしていたが、トレーナーが持つキーストーンはどこに備えているのだろうと考えていたライト。

 だが、漸くここでその疑問の答えが出た。

 簪の端の部分に丸く、美しく、まるで宝石のように煌めいているキーストーンを取り出したマーシュは、もう片方の手でボールを放り投げる。

 

「出番やさかい、クチート!」

 

 光と共にフィールドの上に姿を現すポケモン。

 黒と肌色を基調とした、小ぢんまりとした可愛らしい姿。まるで袴を穿いているかのような姿をしたポケモンの後頭部からは、巨大なツノのようなモノが生えているが、二つに裂けて牙のようなモノが生えているソレはツノといよりは『口』だ。

 そして何より、そのツノと後頭部の境目にはメガストーンと思われる宝玉を髪飾りのような形で身に着けていた。

 

 『クチート』―――あざむきポケモン。ツノが変形して出来た大顎が頭についており、その咬合力は鉄骨を噛み切るほどだと言われている。

 見た目不相応にパワフルなポケモンが身に着けているメガストーン。それが意味するのはつまり、

 

「ほな、(たお)やかに行きましょ……クチート、メガシンカ!!」

 

 マーシュがキーストーンを掲げると、発せられる眩い光が四つの線となり、クチートの下へと伸びていく。

 同時にクチートの身に着けるメガストーンも、マーシュのキーストーンに反応して光を放つ。

 二人の有す宝玉はやがて繋がり、先程リザードンがメガシンカを果たした時のような眩い光が室内を照らし上げる。

 

(クチートもメガシンカを……!)

 

 一度輝きの洞窟で相対したことのあるクチートであるが、今から相対すのはそのポケモンがメガシンカを果たした形態。

 否応なしにライトの表情は強張る。

 

「クチャアアアアア!!!」

「っ……あれが……!?」

「メガクチート……可愛らしいと思わへん?」

 

 驚愕の余り目を見開くライトと、妖艶な笑みを浮かべるマーシュの間に居るのは、大顎に変形したツノを二つ有したクチートの姿であった。

 袴のような部分は菖蒲色へと染まり、もみあげに当たる部分もスラリと伸びたその姿からは『雅』のようなものさえも感じ取れてしまう。

 体高として未だリザードンの方が高く、メガシンカする以前よりも高くはなったものの、『それほど……』という印象を受けてしまう。

 

 だが、今問題であるのはその強さ。

 

(確かクチートって【はがね】・【フェアリー】だったっけ……タイプが変わってないなら、まだリザードンが有利だけど……)

 

 タイプ上はこちらに分がある筈。

 相手は【ドラゴン】技を喰らわない【フェアリー】である以上、メインウェポンの一つである“ドラゴンクロー”が封じられてしまうが、その為に覚えさせてきた“アイアンテール”だ。そして何より、効果が抜群な“だいもんじ”がある。

 

(まずは遠距離で仕掛けるべきだ……なら!)

「“だいもん―――!!」

「“ふいうち”や、クチート!!」

「―――じ”……!?」

 

 口腔から爆炎を解き放とうと身構えた瞬間、クチートが凄まじい速度でリザードンの懐に入り込み、片方の大顎がリザードンに襲いかかった。

 ガブリと噛み付く、というよりは、顎に生えそろっている牙がリザードンの体を斬りつける形で繰り出された“ふいうち”。

 

 完全に不意を突かれた攻撃に体もグラつき、照準が定まらないまま放たれた“だいもんじ”はクチートの体を捉える事は出来なかった。

 余りの攻撃の出の速さに目を見開くライト。

 一瞬頭が真っ白になるライトであったが、自分の頬に伝わるリザードンの炎を感じ取り、すぐさま正気に戻って指示を出す。

 このまま攻勢に出させたら負ける、と。

 

「“アイアンテール”!!!」

 

 重厚な音を立てて地面に叩き付けられた尻尾。だが、その一撃はクチートの小さな体を捉える事ができず、地面に大きな罅を入れるだけだ。

 その間、クチートは大の字に腕や足を伸ばした状態で宙に居た。今からリザードンを襲うと言わんばかりの体勢で飛び掛かってくるクチート。

 だが、宙に居るのであれば逃げ場所は無い。

 

「“だいもんじ”を叩きこんで!!」

「“かみくだく”や!」

「いっ……!?」

 

 飛び掛かってくるクチート目がけて“だいもんじ”を放ったリザードンであったが、大の字を描く爆炎はクチートの二つの大顎に噛み付かれ、爆発を起こす。

 それだけであればライトは驚かなかっただろう。

 だが、クチートは苦手である筈の“だいもんじ”を噛み砕き、そのままリザードンの頭上へと肉迫したのだ。

 

「“アイアンヘッド”!」

 

 次の瞬間、“だいもんじ”を噛み砕いた大顎が、金属光沢を放ちながらリザードンの体を凄まじい勢いで激突した。

 余りの威力にリザードンの足元には罅が入り、若干ではあるが足がフィールドへと埋まってしまう。

 

(あんな体のどこにそんな力が……くっ!!)

 

 クチートが場に現れた瞬間から流れが変わったバトル。それを打開しようと考えるライトの頭は次第に熱を帯びていく。

 その間にもリザードンは“アイアンテール”を放ち、迫ってくるクチートに対抗しようと試みているが、軽快なクチートの動きを捉えきることができずに全てが空振りに終わる。

 

 次第に焦燥が浮かび上がってくる少年を見たマーシュは、クスりと一笑してから口を開いた。

 

「アカンなぁ」

「……えっ」

「あんさんのリザードンは、メガシンカのパワーに振り回されとるさかい。そんな力任せの戦い方じゃ、うちのクチートの動きは捉えられへんよ」

 

 マーシュの言葉に、もう一度リザードンの姿を見つめるライト。大技を繰り出してクチートを捉えようとするリザードンであるが、心なしか普段よりも大振りになっている気がする。

 その瞬間、ライトは自分の考えの甘さを呪った。

 ぶっつけ本番など、何故そのようなバカな真似をしてしまったのか。これならば、メガシンカをしないままで戦った方がマシだったのではないか、と。

 

 内より溢れ出る力。確かにそれは凄まじいものであったが、それは一度や二度で御することができるほどの量ではなかったのだ。

 否応なしにポケモンの闘争本能を駆り立てるメガシンカは、普段よりもポケモンの冷静な思考を奪ってしまう。その為、攻撃にしても回避にしても、どちらかと言えば反射的な動きになってしまう。

 故にその後―――攻撃が失敗した後を省みないような攻撃を放ってしまうのだ。

 

 それはライトのリザードンも同じ。指示通りには動くものの、その動きには如何せん無駄が多すぎる。

 故に、ライト達よりもメガシンカの経験が多くあり、溢れ出る力を制御できているクチートからしてみれば、見切ることが非常に容易なものとなってしまっていたのだ。

 

 更に、クチートがここまでリザードンを圧倒できる理由がもう一つ。

 

「グォオオオオオッ!!! ……ッ!?」

 

 漸く叩き込むことができた“アイアンテール”。しかし、渾身の力を込めたにも拘わらずリザードンの尻尾はクチートの大顎に挟まれ、受け止められてしまっていた。

 『バカな』と目を見開くリザードンに対し、悪戯っ子のような笑みを浮かべるクチート。

 ノーダメージである訳ではなさそうだが、クチートの持つ力はリザードンの渾身の一撃を受け止めても尚、笑みを浮かべられる程だということだ。

 

「ふふっ、息が上がってきましたなぁ。なら……“じゃれつく”や、クチート!!」

「っ……リザードン!!?」

 

 尻尾を噛みつかれたリザードンは、そのままクチートに振り回されてから地面に叩き付けられる。

 体に奔る凄まじい衝撃に視界が揺らぐリザードン。だが、リザードンが体を休める間もなくクチートの“じゃれつく”という可愛らしい文字列から繰り出される暴力が、その身に襲いかかった。

 ボコスカと鳴り響く音と、巻き上がる土煙。

 唖然として口をぽっかりと開けるライトは、巻き上がる土煙の間から垣間見えた光にハッと息を飲んだ。

 

「リザードン、戦闘不能!」

「っ……ゆっくり休んで、リザードン」

 

 地面で伸びているリザードンは、既にメガシンカする前の橙色の体色の姿へと戻っていた。

 そんなリザードンをボールに戻した後、それをコツンと額に当ててから呟いたライトの表情はひどく険しい。

 

「さあ、次の子は誰やの?」

「……ハッサム!!」

「成程、そう来なはりますか」

 

 ズダンッ、と音を立てて現れるハッサム。【まひ】で思うように動けないことを案じているのか、ハッサムの表情は幾分か険しい。

 動きを確認するかのように鋏を二、三度開け閉めした後にクチートに視線を遣るハッサム。

 

「……ハッサム!」

「クチート!」

「“バレットパンチ”!!」

「“ふいうち”や!!」

 

 瞬間、フィールドの両端に佇まっていた二体が一気に肉迫し、己の武器を振りかざす。だが、先に攻撃を仕掛けることに成功したのはクチートであった。

 再び牙で斬りつけるように大顎を振るうクチートの一撃は、鋼の高度を持つハッサムの胴体に決まる。

 ニヤリとほくそ笑むクチート。

 しかし―――。

 

 ドゴォ!!!

 

「チャッ……!?」

 

 【まひ】に屈することなく振りぬかれた鋏が、クチートの顔面を捉える。鬼気迫る表情で振りぬかれた渾身の一撃に、クチートの小さな体はフィールド上を滑っていく。

 意地っ張りの面目躍如と言わんばかりの一撃。

 

「クチート!? ……“ふいうち”や!」

「ハッサム、“つるぎのまい”!!」

「っ!」

 

 クチートが怯んだ今しかないと“つるぎのまい”で勝負を仕掛けるライト。対してマーシュはクチートに再び“ふいうち”を指示する。

 だが、ハッサムが自分の周りに剣の形をしたオーラを発しながら、クチートの“ふいうち”をヒラリと躱す。

 その光景に驚いたのはマーシュのみならず、“つるぎのまい”を指示したライトもであった。

 

(……なんで“ふいうち”が……? いや、今はそれよりも……!)

「“バレットパンチ”!!!」

 

 “つるぎのまい”で二段階上昇した【こうげき】の能力であれば、今のクチートにも大ダメージを与えられる筈。

 そう考えた上での“バレットパンチ”。最善と言っても、如何せん相手が悪かった。

 

「今度こそ“ふいうち”や、クチート!!」

 

 今度は殴打の音ではなく、『ザンッ』という斬撃音がフィールドに響き渡った。直後、交錯した二体のポケモンは数秒硬直するが、

 

「―――ハッサム、戦闘不能!」

「っ……!」

「ふぅ……今んはちょっと肝が冷えましたわぁ」

 

 ハッサムもクチートの攻撃の前に打ち取られ、力なく地面に崩れ落ちた。

 そんなエースをボールに戻し、小さく『ごめん』と呟くライトの様子は痛々しい。だが、まだジム戦は終わった訳ではない。

 クチートにも少なくはないダメージを与えている事は、これまでの試合展開から充分理解している。

 ならば、よく戦ってくれたリザードンとハッサムの為にも、今こそ彼を活躍させてあげるべきではないのか。

 そう考えたライトは、自分の頬を叩きながら最後のボールに手を掛けた。

 

「ジュプトル……君に決めた!!!」

 

 気合いは充分。

 刃のような葉を手首から生やす森蜥蜴が姿を現す。

 

「ふふっ。折角のジム戦やから、そない怖い顔せんといて」

「っ……!」

 

 明らかに挑発されている。

 だが、ここで思考を止めてはいけない。

 

(メガシンカしたリザードンの攻撃を真正面から受け止めることのできる力……真正面から攻めても、逆に力で叩き伏せられるだけだ……!)

 

 ギリッと歯を食い縛る音が室内に響き渡る。

 

(だからって遠距離の攻撃を仕掛けても“ふいうち”で距離を詰められる……と言うより、“ふいうち”の効果がよく分からない)

 

 ジュプトルが得意な間合いで戦いたいところであるが、クチートがこのジム戦中幾度となく繰り出した“ふいうち”の前では、一瞬で距離を詰められてしまうことは明白だった。

 そして何より、“ふいうち”がどのような技であるのかを完全に把握できていないことに焦りを覚える。

 “バレットパンチ”とタメを張る攻撃の出の速さから先制技である筈だが―――。

 

(……なんで“つるぎのまい”の時は失敗したんだろう?)

 

 心の中の引っ掛かり。

 ハッサムが“つるぎのまい”を使った時だけは、クチートの繰り出した“ふいうち”は失敗した。

 

(なんで……?)

 

 

 

 

 

―――“ふいうち”……“つるぎのまい”……補助技……先制……

 

 

 

 

 

(……補助技……これだ!!)

 

 

 

―――試してみる価値はある。

 

 

 

 

 心の中にあった引っ掛かりが漸く解けたような気がしたライトの顔は、瞬時に晴々としたものとなる。

 これしかない。

 今、繰り出せる最善の手はこれしかない。

 

「ジュプトル!!」

「ふふっ……ほな、終わりにしましょか。クチート!! “ふいう―――」

「“くさぶえ”!!」

「―――ち”……!?」

 

 次の瞬間、頭部から生え延びる葉を手繰り寄せて口元に当てるジュプトル。相手の不意を突こうと駆け出したクチートであったが、前方より響いてくる優しく響いてくる草の音色に、足元がふらつき始め―――。

 

「ク……チャ……」

 

 滑るようにして前のめりに倒れ込むクチート。安らぐ音色を響かせたジュプトルの“くさぶえ”を前に、クチートは【ねむり】に陥ったのだ。

 “ふいうち”を指示したマーシュは、思わぬ展開にハッと目を見開いた。まさか“くさぶえ”を覚えているジュプトルであったとは、予想だにしなかった展開だ。

 

 “ふいうち”―――【あく】タイプの先制技であるが、これには欠点がある。威力が他の先制技より高い代償に、相手が攻撃技を仕掛けた時にしか成功しないのだ。

 更に付け加えれば、相手が自分よりも【すばやさ】が高い、且つ先制技を繰り出してきた時も失敗する。

 故に補助技を繰り出された時は不発に終わり、只でさえ少ないPPが無駄になってしまう。

 

 そのように繰り出すタイミングを見極めなければならない技だが、マーシュは単純に“ふいうち”を指示した訳ではなかった。

 メガシンカを果たしたクチートであるが、飛躍的に上昇した【こうげき】に比べて【すばやさ】は一切上昇していない。

 元のクチートの【すばやさ】はハッサムよりも遅く、ジュプトルと比べれば確実に競り負けるだろう。

 

 だが、“ふいうち”であればその【すばやさ】の差もどうにかできる。

 相手は後がなく、一撃でも喰らえば負けになることを理解していた筈だ。“ふいうち”の性質を知っていれば補助技で流そうとする筈だが、ジュプトルはクチートに対し脅威となる補助技を覚えない筈とマーシュは考えていた。

 “ふいうち”のPPは五。リザードンに一回、ハッサムに二回使ったため、あと二回ほど繰り出せることになる。

 

 二回あるのであれば、一回は様子見で繰り出してもよい筈。それでもし相手が攻撃技を繰り出せばそれで仕留める事ができる。そうでなければ、相手が繰り出した補助技を見た上で他の技で対抗すればいい。

 しかし、今回はそれが裏目に出てしまった。

 

 尤も、単純な【すばやさ】はジュプトルが上である為、普通に攻撃技を仕掛けてみようものなら上から“くさぶえ”を聞かされることとなり、今と結果は変わらなかったかもしれない。

 だが、だが、だが―――。

 

 そのようなマーシュの思考が駆け巡っている中、ジュプトルは既に攻撃の用意に入っていた。

 両手を重ねる様にエネルギーを収束し、今や今やと解放の時を待つ。

 

「ジュプトル!!」

「クチート! 起きなはれ!!」

「“めざめるパワー”!!!」

 

 タイプは【ほのお】。解放される隠された力が、深い眠りに落ちているクチートの体に直撃する。

 だが、一度の攻撃で倒しきることは出来る筈もなく、未だにすやすやと眠ったままのクチートの小さな体が爆風で宙に浮かび上がった。

 そこへジュプトルは、“でんこうせっか”で上に回り込み、再びエネルギーを集め、

 

「ジュプァアアアアアアアッ!!!!」

 

 叩き込んだ。

 完全に無防備な胴体に叩き込まれたクチートは、爆発の勢いで地面に思いっきり叩き付けられる。

 激戦が繰り広げられボロボロなフィールドにクチートが叩き付けられると、凄まじい大きさの土煙が舞い上がった。

 クルクルと軽やかな身のこなしで着地するジュプトル。

 着地の音と同時に、室内は静寂に包まれる。人間は誰も声を発しない室内において、ジャリっと音を立てて間合いを測るジュプトルの眼光は鋭い。

 

 やがて、土煙が晴れて土煙の中にクチートの姿が窺えたが、全員の瞳にその姿が映った瞬間にクチートのメガシンカが解除された。

 意思も持たずして解かれたメガシンカが意味すること。それ即ち―――。

 

 

 

「クチート、戦闘不能! よって勝者、挑戦者ライト!!」

 

 

 

 激戦を終えたフィールドに立つ勝者は、一番の臆病者だった。

 


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